『愁傷』





 「いい瞳になった・・・」

 甲残は歩きながら、一人呟く。
 甲夜の姿は、一人前の戦士だった。
 守る者を得て、自分を捨てられるほどに成長していた。
 これなら、甲夜の両親もさぞ満足だろう。

 「・・・残志、沙由さんや。お前達の息子は立派になったぞ」

 見上げた空に、二人の顔が浮かぶ。
 
 「お前達が逝って・・・何年経ったか・・・」

 守りきれなかった息子夫婦。
 儂が殺したようなものだ。
 あの時、従僕する犬であれば・・・
 命令を拒絶するような真似さえせねば。
 残志も、沙由さんも、『事故』で死にはしなかった。
 
 「悔いても・・・悔やみ切れぬわ」

 トレイサー、甲残。
 かつて、若きその姿は軍服の似合う将校であった。
 勇猛さと知謀で名を馳せた、一級の戦士。
 その才能は、極秘任務の指揮すらもまかせられ、また期待通りの成果を出し続けた。
 ある日、甲残はできたばかりのラボという施設に呼ばれた。
 上官が彼に与えた指令は、かつてないほどの規模と時間を要し。
 人間の心を捨ててもなお、余りある悪魔のプロジェクトだった。
 甲残はそれを強く拒絶し、また中止するよう進言した。

 「若かった・・・」

 次の日、息子夫婦は『事故』によって死亡する。
 再度、甲残を呼び出した上官はこう語った。

 『孫の・・・甲夜君だったな。彼が事故に遭わないよう祈るばかりだ』

 と。
 甲残は命令に対し、首を縦に振るしかなかった。
 そのプロジェクトは数十年経った今もなお続けられている。
 ただ、その内容は変化し、今や責任者の地位にない甲残のあずかり知るところではない。
 わかっているのは、人の為す所行ではないという事。
 そしてプロジェクトの終了が近いことも、また感じていた。
 
 「阻止せねば・・・一度は鬼に食らわせたこの命、代えてでも惜しくはない」

 Cブロックのラボに戻った甲残は、仲間が詰めているであろう部屋へと向かう。
 中に入ると、餓雷と楼円がテレビゲームに興じている。

 「む・・・偲音はまだか?」

 手を止めた二人は、作戦資料の散らばったままのテーブルに戻り、

 「昨日の夜に電話で呼び出されて、まだ戻ってきていません」
 「なんなんすかね、リーダーたまにこういうのあるんすけど・・・」

 甲残もテーブルにつき。

 「儂に言われてもわからんわ。それよりも餓雷」
 「はい?」
 「茶をくれ」
 「・・・偲音ほど、上手くは煎れられないですよ?」   
 「これも修行と思え」
 「はぁ」



 乱れたシーツにうずくまったまま、華留はシャワーの音を聞いていた。
 快楽の後の虚脱感。
 汗の乾いた全裸の肌を、わずかな風がなぞっていく。
 電気の消された暗い部屋、伏せられた写真立て。

 「留応・・・・」

 カタン、とシャワールームのドアが開く。
 そのひきしまった体を惜しげもなくさらし、暖かい笑顔を華留に向ける。

 「おはよう・・・眠れた?」
 「偲音・・・」

 長い黒髪をまとめあげながら、偲音はベッドに腰掛ける。
 偲音とは対照的に、女である事を主張するような体の華留。
 それを羨むように、偲音は指先で肌をなぞっていく。

 「華留・・・」
 「あ・・・」
 「大丈夫、貴女が怖がることなんて何もないの・・・」
 「・・・ん」
 「私がいるわ・・・ずっと貴女の側に、ね」
 「偲音・・・」

 造られたモノと造りしモノ。
 愛と呼ぶには、あまりにもかけはなれた感情。
 造られたモノ、偲音。
 華留に対して在るのは、憐憫と憎悪。
 造りしモノ、華留。
 偲音に対して在るのは、後悔と希望。  
複雑な両者の心は、また複雑にからみあっている。
 それが体だけの関係を紡ぎだした事は、また自然であり不自然でもあった。
 性を介することでしか、互いの感情を相手に伝える事はできないのだ。

 「もう一度・・・抱いて、偲音」
 「・・・・」

 閉じた瞳、その端に浮かぶ涙を舌ですくう。
 紅潮した頬に手をのせ、腰を抱き寄せる。
 閉じられたカーテン、そこからわずかに差し込む陽光が、淫靡な体のラインを浮かび上がらせている。
 薄く微笑み、偲音は華留を優しく押し倒した。

 「大丈夫、心配はいらない・・・私がいつもいるから・・・」
 「偲音・・・偲音・・・・」

 自分が来る時は、いつも伏せられた写真立て。
 それに一度だけ目をやって。
 偲音は華留と唇を合わせた。



 「おい、楼円、お主は年寄りに対して加減というものを知らぬのか?」
 「んなこと言ったって・・・たかがゲームじゃないっすか」
 
 リーダーである偲音がいなければ会議は進まない。
 時間を持て余した三人は、再びテレビゲームに興じていた。
 明らかに年代が違う甲残を交えて。
 当然、覚えも悪ければ動きも鈍い。

 「ぬ・・・またしても、楼円!」
 「爺さん、勘弁してくれよ・・・」

 一方、餓雷は横でそのマニュアルを穴が開くほど読んでいる。
 餓雷もまた楼円に負けが込んでいるのだ。

 「飛び道具にはガード。もしくは垂直ジャンプ・・・」

 と、甲残がコントローラーを投げ出した。

 「餓雷、儂の仇を取れ!」
 「そんな・・・本気にならなくても・・・・」
 「いいや、この若造、いい気になっておる!」
 「爺さんがやってみたいって言ったんでしょーが・・・」

 呆れ顔の二人。
 いつもは冷静沈着なだけに、なんとも滑稽である。
 甲残にしてみれば、若者の興味がどんなものにあるのかを知りたいだけだったのだが。
 こうまでしてやられるとは思いもしなかったのであろう。

 「んじゃ、楼円、今度は俺が相手だ」
 「かかってきな、胸かしてやるよ」

 好調な滑り出しの楼円。餓雷もまた善戦している。
 
 「あ・・・」

 楼円の致命的なミス。
 ここぞとばかりに餓雷がたたみかける。

 「やべ・・・」
 「よし!」

 餓雷に凱歌があがると思われたその瞬間。

 「あら・・・みんな、何をやってるの?」
 「偲音!?」
 「いただき!」
 「バカモノ!」

 一瞬の餓雷の硬直を楼円が見逃すはずもなく。
 WINの文字の中には、楼円の操るキャラクターが立った。

 「この・・・餓雷!」
 「す、すいません!」
 「ひゃひゃひゃ!偲音、今度なんかおごるぜ!」
 「?」

 笑いながら席に戻る楼円。
 頭を小突かれながら餓雷が、そして甲残もテーブルに戻ってくる。

 「ごめんなさいね、ちょっと長引いてしまって」
 「どこ行ってたんだ、偲音?」
 「うん、ちょっと・・・」
 
 その脇を甲残がヒジで突く。
 小声で。

 「なんです?」
 「男の所に決まっておるわ」
 「ひゃははははは!」
 
 根に持つ甲残。

 「ほ、ほんとかよ偲音!?」
 「・・・・なにが?」
 「あ、いや・・・」
 「では、続きを始めるとするか」

 すました顔で甲残が手元の資料を見る。

 「ええ、おおまかな指令内容は昨夜伝えた通り」
 「オリジナルの確保と」

 餓雷の後を継いで、楼円。

 「オリジナルを嗅ぎ回っている奴らの処理だったな?」
 「そうよ」

 資料に添付されている写真は四枚。

 「二人は確実に処理。後の二人ははっきりとしていないから、確認後、処理」
 「メインターゲットの・・・こいつって、なんか神父みたいな格好してやがんな」

 楼円の疑問のようなぼやきに。

 「彼は正真正銘、神父よ。教会もかまえているわ」
 「変なヤツ・・・どうしてこんなヤツがオリジナルを?」
 「そこまでは・・・」

 餓雷が写真を投げ出して、天井を眺める。

 「ま、いいさ。とにかく処分すればいいんだろう?」
 「そうよ。確実に、そして迅速に。いつもと変わらないわ」
 「で、偲音よ。どう動く?」

 と、甲残。
 ターゲットは四人。トレイサーもまた四人。

 「相手は一般市民ってわけじゃないから・・・二対一くらいで確実に処理しようと思ってるけど・・・」
 「またかよ?」
 「不服なの、楼円」
 「たまには楽しみたいぜ」
 「これは任務よ、遊びじゃないわ」
 「そりゃ、わかってるけどよ」
 「じゃあ、私の指示に従って。いい?」
 「はいよ」

 偲音は書類に目をやりつつ。

 「まずメインターゲットの二人を処理します。これには餓雷と私があたります」
 「了解」
 「次にオリジナル『00』の捜索。これは楼円がやって」
 「うわ、地味な仕事が回ってきたぜ」
 「いいわね?」
 「はいよ、了解」
 「では、儂はサブターゲットの確認、か」
 「お願いするわ」
 「うむ」
 「作戦実行動は今夜、日が落ちてからとします。各自、作戦に備えて準備して」
 「了解」
 「はいよ」
 「・・・・・」
 「甲残?」
 「む・・・ああ、わかっておる」

 そして、トレイサーが動き始めた。





『愁傷』  END
to be C・・・・




『亡愛』






 戦いが終わり、二人はバーミンが抱えている少年を見つめていた。
 幼さの残る顔には疲労が覆い被さり、脱力した全身をバーミンに預けたまま微動だにしない。

 「どう思う・・・昂麻」
 「さて・・・私もこんなケースは初めてですから」

 歩み寄り地にヒザを着けて少年の顔をのぞき込む。ほほを軽く叩くが反応はない。

 「気絶・・・いや昏倒状態か・・・」

 それが危険な状態である事はわかっていても、慌てたところで処置のしようはない。
 昂麻もまたしゃがみこみ、少年の様子を看ている。

 「どうだ・・・・・?」
 「これは・・・昏倒というよりも、熟睡に近い状態のようですが・・・」
 「眠っているのか?」
 「呼吸は安定しています。しかし・・・」
 「しかし?」

 腑に落ちないと言った面もちで昂麻が少年の脈をとる。医者だけあって慣れた手つきだ。
 
 「いえ・・・仮死状態であるような気配もあります。どうなればこんな状態になるのかはわかりませんが・・・」
 「・・・・」

 次の瞬間、二人が見守る中で少年の体がビクンと跳ねた。短い黒髪を何度も振り回す。

 「昂麻!?」
 「わかりません・・・発作?とにかく押さえつけて!」
 
 バーミンに抱かれたままなのでそう激しくはないものの、地に打ち付けられた少年の手から血が滲む。

 「・・・くっ・・・子供の力とは思えないな・・・」
 「精神の抑制がありませんからね・・・筋組織がパンクしてしまうかも」
 「まだ・・収まらないか・・・」
  
 両手を留応が、頭部と胸部を昂麻が抱きかかえるように保持している。
 だんだんと少年の力が弱まっていくのが感じられた。
 そして躍動が完全に止まる。

 「やっと収まったか」

 留応が安心したように手を離す。昂麻も同じく、ゆっくりと少年を寝かせた。
と、少年のまぶたがゆっくりと開いていく。高く昇った太陽がまぶしいのか、少年は朦朧とした視線で二人を見つめていた。

 「気がついたか?」
 
 留応の声に少年は小さな吐息のようなものを漏らしたかと思うと、

 「・・・・お前達・・・よく・・も・・・」
 「ん?」
 「なぜ・・・僕の邪魔をした!」

 体の自由がきかないのか、少年は起きあがる事もできずただ恨みをこめて叫び続けた。

 「お前達のせいで・・・僕は、僕は!」
 「おいおい、ちょっと待て・・・邪魔とはどういう事だ?」
 「私達は君をバーミンから救い出しただけです。礼は言われても非難される覚えは・・」

 昂麻の声も続けざまに発せられた少年の叫びにかき消される。

 「助けた・・・だって!?僕はそんなこと頼んじゃいな・・・・ゲホッ!」

 無意識に抱きかかえていた留応の胸が少年の吐血で赤く染まる。
 
 「お、おい!」
 「くそ・・・こんな所で・・・」

 少年は泣いていた。空を見上げて、その向こう側にある何かを見つめて。

 「僕は・・モルモットじゃない・・・00を殺して・・・僕になる・・・んだ・・・」
 「おい・・・もうしゃべるな・・・!」
 「僕は・・・華留・・・あんたの玩具じゃな・・・い・・・」
 「!」

 空に伸ばしていた手が力無くたれた。首がゆっくり傾いて開いた瞳から光が消えた。

 「・・・死亡したようですね・・・・」
 「・・・・・」
 「留応・・・・?」

 俺は少年を抱いたまま・・・
 震える自分を抑えきれず呟いた。

 「華留が・・・・生きている?」

 信じられない事だった。



 それからの留応はいつもと違う様子だった。少なくとも今まで見た事のある留応ではない。
 バイクと車を駐車した場所まで歩く間、留応はただひたすら考え込むような遠い目をしていた。夢を見ているのか、それとも虚構の世界に心があるのか。
 
 「留応・・・さっきからどうしたのです?」
 「いや・・・なんでも・・・」

 これもすでに三度目のやりとりだった。
 大方の予想はついている。少年が呟いたある女性らしき名前。
 ただ、それを追求していいものか判断がつかない。

 「・・・そろそろ教会に向かったほうがよいのでは?」
 「ああ・・・わかってる」
 「華留さんとは?」

 その言葉を発したとたん、留応が私の方に向き直る。
 ややあって、また視線を外す。

 「留応。言いたくないですが、今の貴方はスキだらけです。貴方がその様子では、私は手伝いを続けるわけにはいきませんよ?」

 私は単に留応の死に様がみたいわけではない。
 留応という戦士が戦いに足掻き、苦しみ、そして迎えるべき死の光景を目にしたいのだ。
 戦う事を拒絶したような戦士の死など、バーミンの虐殺にも劣る。

 「わかってる・・・・すまなかった」
 「よければ聞かせてくれませんか?」
 「・・・・・」
 「私は貴方に命を預けるんです。できる限りの不安要素は知っておきたい」
 「・・・そうだな。だが、これは俺の問題だ。誰にも口出しはされたくないんだ」
 「・・・・随分とセンチメンタルですね」
 「・・・・」

 皮肉るような口調でつきつけた言葉にも、留応は動じない。

 「わかりました。ただし、ケジメはつけて下さい」
 「わかってるさ・・・」

 そしてルートを話し合い、私達は教会へと向かった。
 先導する留応のバイクを追う形で、私はハンドルを握っている。
 
 「華留とは・・・・何者なんですかね?」

 留応に肉親はいないという。そして恋人も。
 昂麻が知る留応とは一流のバーミンハンターであり、自己破壊願望を持っているという事ぐらいだ。それが生み出す戦闘能力と生き方だけが、昂麻の興味対象であった。
 
 「自分の死を恐れない留応がここまで動じる存在・・・・」

 私は思わず唸りを上げた。そして。

 「なんにしろ、今の留応を作り上げた上での重要なファクターには違いないようですね。非常に楽しみです」



 俺は胸の鼓動を感じていた。
 亡くしたはずの愛が・・・失ったはずの心が躍動し始めていたのを感じる。
 馬鹿なことだ。間違いなく死んだはずだ。
 俺の目の前でバーミンによって殺されたはずだ。
 最後に笑顔を浮かべて、何も言わず逝ったはずだ。
 生きているはずがない。
 同じ名前の女性がいても不思議じゃない。
 
 「華留・・・・」

 それでもその名前を小さく呟くだけで、忘れていた感情が大きく膨らみ、褪せた色が鮮やかに戻っていくのを感じる。

 「もし生きているのなら・・・・俺は・・・・・」

 疾走するバイク、死への道筋。
 この先に待っているのは戦闘と殺戮と終結。
 求め続けた死が扉を開けて待っているはずだ。

 「俺は・・・・死ねない・・・・戦えない・・・・」

 思えば死を求めていたのも華留を失ったから。
 対象をバーミンに選んだのも、華留を殺した存在だから。
 バーミンを殺し続ける事で華留の死を忘れ、バーミンに殺される事を望んで死線をくぐり抜けてきた。
 華留・・・留応の中でもっとも大きく、最も哀しい存在。
 死ぬほど愛し合っていた。背徳にまみれてもなお、それだからこそ愛は燃え上がった。
 両親のない孤児だったからこそ、罪悪感はなかった。
 お互いがお互いの温もりを感じる為に、生きているという確かな証を得る為に愛し合った。

 「華留・・・・」

 このまま死ねない。死にたくない。
 もしも華留が生きているのなら・・・死ぬわけにはいかない。

 「・・・・・」

 やがて教会の象徴である巨大な十字架が見えてくる。   
 死が幕を開けるのを今か今かと待っている。

 「死ねない・・・華留に会うまでは・・・・」

 留応は大切な人間が生きているという事実に、かつての愛を思い出す。
 そして同時に・・・死を恐れるという事を思い出していた。





『亡愛』  END to be C・・・・





『除幕』






 俺は教会の前にバイクを止め、大きな十字架を見上げた。
 神。この時代において、これほど滑稽な存在はない。
 俺の心は揺れ続けている。死を求めて麒麟に会いに来た自分を否定し始めている。
 華留が生きているかもしれない。
 あの時・・・俺を救うために死んだはずの華留が生きている。ありえない事なのに。
 それでもどこかで信じたがっている自分がいる。
 今の俺を造り上げた姉さんが。

 「留応?」
 「ん・・・ああ」

 後ろからポンと肩に手をかけられる。うかがうような昂麻の視線と口調。
 
 「中に入りましょう」
 「ああ・・・」

 巨大な扉がそびえ立つ教会、それがゆっくりと中から開かれていく。
 現れたのは一人の女性だった。

 「留応様とお連れの方ですね?どうぞ、神父様がお待ちです」
 「・・・君は?」
 
 俺の問いにその女性はにっこりと笑い名乗る。

 「命稟と申します。今回の作戦のメンバーです」
 「君が?」
 「はい・・・どうぞ、こちらへ」

 香澄よりもいくぶん年上といった感じだが・・・それでも戦士としては若すぎる。
 むろん年齢と強さは別だとわかっているが、残してきた香澄とその姿がダブる。
 俺と昂麻は教会の中へと歩を進める。
 目につくのは巨大なステンドグラス。差し込む太陽光がプリズムとなって俺達を照らし出す。
 そして十字架。その下に麒麟が立っていた。

 「お久しぶりです。お待ちしておりましたよ、留応さん」
 「・・・・」
 「そちらの方は?」

 昂麻を見て麒麟が訊ねる。
 
 「初めまして。留応の手伝いをする事になった昂麻と言います、あなたが依頼人で?」
 「麒麟と申します・・・ことわっておきますが、この仕事は相当な危険がつきまといます」
 「承知していますよ、麒麟さん」
 「それならば結構です」

 麒麟は再び視線を俺に向けた。

 「では依頼の詳細をお話しします」



 双子の探索。これが俺と昂麻に依頼される仕事だった。麒麟は独自で調査を行っていたらしく、この二人のうちのどちらかはこの街に居るという。

 「詳しい事はまだわかりませんが、これだけは確実です。この双子こそ、悪魔の申し子だと言う事です」
 「悪魔・・・ですか」

 昂麻がいかにも神父のセリフだといった顔で疑問をつきつける。

 「ええ。バーミンと密接な関係にあるようです。どういったものかはわかりませんが少なくとも人間では・・・ありません」
 「非常に興味深いですね」

 バーミンを探求対象にし続ける昂麻の正直な反応だった。

 「一部では『オリジナル』とも『00』とも呼ばれる存在のようですが、これもまた詳しい事は不明です」
  
 その麒麟のセリフを聞き、俺と昂麻は顔を見合わせた。

 「どうかしましたか?」
 「俺達はここに来る前・・・・『00』と呟いた少年に会ったんだ」
 「ほう?」
 「事情を聞く前に死亡したが・・・」
 「その少年は・・・もしやバーミンと一緒だったのでは?」
 「なぜそれを?」
 「やはり・・・しかし・・・」

 麒麟は一人うなずく。

 「麒麟さん、貴方は何かを知っているようですね?」
 
 昂麻の問いかけに麒麟は首を振る。

 「まだなんとも言えません。不鮮明な情報は貴方達を混乱させる原因となります」
 「わかりました。ところで・・・・あちらの美人は?」

 昂麻がさきほど教会に招いた女性を目で追う。
 女性はもたれていた壁から背を離し、会釈をした。

 「私が世話をしている女性で命稟といいます。今回の仕事で共に行動していただく事になります」
 「命稟です。よろしく」

 その微笑みはなぜか殺気のようなザラついたものが含まれている。外見は愛くるしい笑顔なのだが、瞳の底で燃え上がるようなものが感じられた。

 「さて具体的な行動ですが・・・」
 「麒麟、その前に質問がある」
 「なんですか?」

 俺は華留の存在を知る少年と麒麟の持つ情報の接点に少しばかりの希望を持って問いかけた。

 「華留という女性を・・・・知っているか?」
 「華留?・・・・ええ、存じていますよ」
 「・・・知っている・・のか?」
 「貴方がどこでその情報を手に入れたかは知りませんが・・・今回の作戦で重要な人物です」
 「何を知っている?」
 「何を求めているのです?」

 逆に問い返され、俺は言葉につまる。

 「いいでしょう。私が持つ情報は提供します。彼女は現在、Cブロックの軍部施設ラボという場所で研究を行っています」
 「・・・・・」

 生きている・・・華留が・・・

 「彼女が行っているのは神に背信するが如き研究です。簡単に言えば人の改造」
 「人間の改造、ですか」

 いささかの興味を惹かれたのか昂麻が麒麟の言葉を繰り返す。

 「貴方達が出会った少年もおそらくは華留博士が造り上げた改竄されし魂を持つ生命でしょう」
 「・・・・華留が?」
 「留応さん、貴方は華留博士となにかしらの関係を持っているようですが・・・」

 麒麟は躊躇なく次の言葉を留応に放った。

 「私の今回の最大の目的は華留博士を殺す事です」
 「なん・・・だと」
 「その為にも貴方達に双子の探索を依頼するのですから」
 「・・・・」

 俺は麒麟に背を向けた。

 「どうしました?」

 その言葉に幾分かの殺気が混じっている。

 「悪いがこの件はなかった事にしてもらう」
 「なぜです?」
 「生きる希望を思い出した。それを殺そうとするお前は・・・敵だ」
 「残念です・・・本当に」

 殺気が膨れ上がっていく。この距離なら俺の銃の方が有利。
 と、それが急速にしぼんでいく。
 
 「ですが、ここで貴方の協力を得られない事には私の計画も失敗に終わる事でしょう」
 「・・・・」
 「そして貴方も華留博士に会う事はできない。私の協力なくしては」
 「・・・どういう事だ?」
 「華留博士はさっきも言った通り、Cブロックのラボにいます。どんな腕利きのハンターといえ、あそこへの侵入は不可能です。そう、単身では・・・」
 「麒麟・・・お前、何を考えている?」
 「それはまだ・・・ですが、最終的にここにいるメンバーはラボへと侵入する事になります。華留博士とあるものを捜しに・・・」
 「・・・・」

 確かにCブロックに潜り込む事は不可能。
 そして俺にはラボという存在も、その情報もない。

 「これ以上は説明する必要もないでしょう?」
 「わかった・・・だが、ラボに潜入した後は敵同士だ」
 「それで結構です」
 
 
 
 麒麟の話は具体的な行動へと移った。

 「まず貴方達には最初に言ったように、双子の探索をして頂きます。ですが気を付けて下さい」
 「ん?」
 「何か問題でもあるんですか?」
 
 俺と昂麻が訊ね返す。

 「この双子は生きる軍事機密です。どのような過程で脱走したのかは不明ですが今だ軍がその存在を追い続けている事は確かです」
 「・・・軍が動いているのか?」
 「恐らくはトレイサーも動いていると思った方がいいでしょう」
 「・・・・」
 「トレイサー?」

 ただ一人、その存在を知らなかった昂麻が俺に視線を向ける。

 「昂麻が知らないのも無理はないが・・・彼等の存在は今だはっきりとした輪郭がない。わかっているのは特殊な軍隊である事と、人間離れした戦闘力を持っているという事ぐらいだ」
 「はぁ・・・」
 「トレイサーは単体で成体と渡り合えると聞いた事もある。そんなトレイサーが動いているとなると・・・」

 俺は麒麟の企てが想像以上に大きなものだと予感する。そしてそれは間違いないだろう。

 「最高の死に場所を用意するとお約束したでしょう?」

 確かにこれ以上の舞台はないかもしれない。だが・・・

 「生憎、俺はもう死にたいとは思っていない。必ず生き延びて華留に会う」
 「その甘さが、生の執着が貴方の戦闘能力を低下させない事を祈ります」
 「・・・・・・麒麟、あんたは何をするんだ?」
 「私と命稟は他にやる事があるのでそれを。Cブロックに入り込むのにはまだ情報が不足しているんです」

 麒麟と命稟が目を合わせる。心なしか命稟の笑顔から完全に殺気が消える。主人に可愛がられる子猫のような従順さが感じられた。

 「以後、連絡は定期的にとりあいましょう。これを使ってください」

 麒麟は小型のレシーバーを俺と昂麻に差し出した。

 「動き出すのは夜を待ってからとしましょう。あまり目立ってはすぐに感づかれますからね」
 「わかった・・・麒麟」
 「なんです?」
「華留は・・・殺させない」
 「私にも譲れない理由がある・・・」
 
 今、目の前に立っている男を敵に回して俺は勝てるだろうか・・・
 麒麟は死を恐れていない。
 昨日までの俺ならば負ける事はなかっただろう。
 だが・・・今の俺で果たして・・・
 そしてトレイサーすらも介入してくるという。
 成体のバーミン、そしてCブロックへの潜入。
 死の扉を何度もくぐりぬけて、俺は華留に・・・
 だが、生き抜かなければならない。華留にもう一度出会い、この腕に抱きしめる事ができるなら・・・
 この身を地獄に落としてでも。





『除幕』  END  to be C・・・・