『少女』






 今日も少女は、そこにいた。
 大きな公園の中、木漏れ日の下の小さなベンチ。
 家族連れや恋人達が、それぞれの笑顔を浮かべて語り合う中で。
 今日も少女は独りだった。
 彼女の見る景色はセピア色の公園。
 心の中で何度もリフレインされる一言。
 『君の誕生日に僕は帰ってくる』
 少女は、その言葉を忘れていない。
 日々、それだけの言葉を抱きしめるように生きている。
 そうして三年が過ぎ去った。
 そしてまた、少女は誕生日を迎えた。
 夜明けとともに、少女は公園へと足を運んだ。
 朝は終わり、昼が来た。
 少女は独り、ベンチで瞳を閉じていた。
 このまま夜を迎え、夜が明ければ四年目の刻が始まる。
 十一月の風はひどく冷たく、少女の頬をなでていく。
 秋の終わり、冬の始まり。
 少し早いと思ったコート、それを着込んでなお、少女は体を堅くしていた。
 寂しさとか。
 悲しさとか。
 少女が想えば想うほど、それは強く強く募っていく。
 『君の誕生日に僕は帰ってくる』
 その言葉を信じないわけではない。
 ただ信じる。
 それを続けるには少女は幼く、また独りでいる時間が長すぎた。
 あと、一年、また一年と、繰り返してきた今。
 堅く結んだ唇はかすかに震えている。
 少女の影が長くなり、公園が朱に染まっていく。
 気がつけば、子供達の笑い声はなくなり。
 恋人達が囁きあう愛の言葉もなくなっていた。
 少女は独り、ベンチに腰掛けている。
 数え切れないほど涙で枕を濡らした夜が始まる。
 夢の中で会えることを祈って眠った夜が始まる。   
 そしてもう会えないのではないかと震えた夜が。
 少女はまだベンチに座っている。
 小さな体は震え。
 細い指先は震え。
 瞳を閉じたまま。
 ただ一つの願いを、祈りを胸に抱きしめて。
  
 少女にはわかっている。
 公園で誕生日を何回迎えようとも、待っている人が帰ってこないことは。
 少女はそれを否定した。

 年上だった。
 頼もしくて、優しかった。
 面倒見のいい先輩だった。
 そう、年上だった。
 今日の誕生日で、少女が年上になった。
 少女はそれを否定した。
 
 だから少女はここにいる。
 最後に言葉を残して場所で。
 ただ待ち続ける。
 『君の誕生日に僕は帰ってくる』
 語学の勉強のために、国外へと旅立つ前日。
 木漏れ日の下、笑顔でそう言った。
 修了が予定より早く終わったと、空港からの電話。
 空港からこの場所へまっすぐ向かうと。
 電話の向こうで笑顔が浮かんだ。
 少女は待ち続け。
 そして事故を知ったのは翌日。
 待ち続けて。
 待ち続けて。
 しかし、その笑顔は少女に向けられる事はなかった。
 少女はそれ否定した。
 何度も否定して、現実を捨てた。
 全てを否定して。
 『君の誕生日に僕は帰ってくる』
 だから、ベンチで待ち続ける。
 この先も、少女は待ち続ける。
 三年前の気持ちのまま、想いのままで。
 少女であり続けながら、ただ誕生日を迎えるのだ。

 だから少女はベンチに座っている。
 壊れかけた心と、崩れかけた恋。
 ただ待ち続けて、夜がやって来た。
 空気が静まり、冷たく少女を包んでいく。
 吐いた息は白く。
 そのたびに体から、暖かさが奪われるような感覚。
 少女は閉じていた瞳を開き、夜空を見上げた。
 月が赤い。
 血のような輝きは涙に塗れて、歪んだ。
 頬を伝い流れ落ちる涙だけが、彼女の唯一の暖かさだった。
 やがて彼女は、意志とは関係なく瞳を閉じた。
 季節はずれの雪が降り出すとともに、少女は眠りに落ちる。
 真綿のようなそれが、少女の体を優しく包む。 
 やがて、公園の時計が十二時を告げようとした時。
 眠っているはずの少女がふと、微笑んだ。
 ずっと待ち続けていた想いがかなったように。
 そして。
 微笑みを浮かべたまま、少女は力無く首を傾けた。
 まるで隣の誰かに寄り添うようにして。





 少女が誕生日を迎える事はもうない。
 待ち続けた想い、今、強く抱きとめられたのだから。





『少女』 END






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