最後の待ち合わせ






 2時37分。
 いつもこうだ。
 私は駅の前の広場のベンチに一人で座っていた。
 改札がよく見える場所で、待ち合わせにはよく使われる場所。
 そして今日の待ち合わせの時間は12時。
 一緒にお昼を食べて、映画を見る。約束したのに。
 昨日の夜、電話で何度も念を押した。
 何回も何回も。
 それでこれだ。

 「はぁ」

 ここに座ってから、何度目のため息だろうか。 
 今日が何の日かアイツはわかってないかもしれない。
 いや、絶対に忘れてるに違いない。

 「はぁ」

 私はカバンから電話を取り出し、着信がないかを見る。
 ない。
 あるわけない。
 考えてみればアイツが1度として、遅れるなんて連絡してきたことはない。
 
 「はぁ」 

 私はベンチで足をブラブラさせながら、周りを見る。
 ふと目についたのは私より少し年下の女の子。
 隣のベンチに座って、改札の方を見ていた。
 たまに手首の時計に目を落とし、また改札の方へ視線を戻す。
 何度も何度も、それを繰り返していた。
 時間は2時45分。
 3時に待ち合わせかな。
 女の子はスカートに目をやり、シワをのばしている。
 クツの汚れをとったり、鏡を取り出したり。
 
 「そーそー、色々と気になるんだよね。待ってる時は特に」

 私はボーっとその女の子を見ながら、昔を思い出す。   

 「私にもあったなぁ、あーいう時期」

 アイツとの初めてのデートも、ここで待ち合わせだった。
 アイツは最初から遅れてきた。30分。
 一言もあやまらなかった。ある意味、スゴイやつだ。
 もちろん今でもアイツは謝らない。

 「はぁ」

 自分でも不思議だ。
 容姿だって、学歴とか趣味とか、色々とひっくるめて普通のアイツ。
 性格だけがひねくれて、自分勝手で自己中心的。
 何が良くてつきあってるんだろ。
  
 「お・・・」

 そうこうしているうちに3時。
 女の子に目を向ける私。
 さてさて、どんな男が来るのかな。 



 10分経って。
 女の子はベンチから立ち上がり、辺りを見まわす。
 あげていた顔が下がり、もとのようにベンチに腰掛けた。
 まーまー。10分くらいなら、遅れても不思議じゃないって。
 私は心の中で励ましてみる。 



 20分経って。
 それまではキョロキョロとしていた顔が、ジッと足元を見つめている。
 ・・・あ、ちょっと泣いちゃってる。
 でもね、ほら? 電車に乗り過ごしちゃったとかさ、色々とあるかもよ?


 
 30分ほど経って。
 女の子はベンチから立ち上がる。 
 改札の方へトボトボと歩き出した。 
 あ、ねぇねぇ、もう帰るの? あきらめたらダメだって・・・。
 女の子のキップを買う後姿。そして改札の前で立ち止まり。
 ・・・お?
 戻ってきた。
 キップを手にしたまま、もとのようにベンチに座る女の子。
 なんか・・・すごくかわいそう。
 相手の男はなにやってんのよ。



 そして1時間経った・・・
 女の子、完全泣いてるし。
 ハンカチを顔に当てて、肩を揺らしてる。
 ・・・でも、ね? ほら。1時間くらいの遅れなんてよくあることじゃない?
 現にここで4時間待ってる女もいるんだし?
 女は忍耐よ。耐えてこそ女よ?
 だからほら、泣かないでさ。
 と、その時。

 『すいません、どいて! どいて!』

 駅の方から元気のいい男の声が聞こえてくる。
 混雑した人ごみの中を泳ぐようにして、改札から声の主が現れた。
 高校生くらいの男の子だった。
 彼は広場に目を向けて、首をめぐらし。
 その視線が私の横の女の子で止まった。
 女の子は気づいてない。ずっと下を向いたままだ。
 男の子は走り出し、女の子が泣いてるのに気づいて、途中で立ち止まった。
 しばし悩んでいる。言い訳でも考えているんだろうか?
 男らしくない。それは男らしくないぞ。
 私が待ってるアイツですら言い訳はしたことない。
 ・・・謝ったこともないけど。
    
 「さぁ、どうする?」

 私は興味津々のまなざしで二人を見つめる。
 男の子は顔をあげ、まっすぐに歩き出した。
 ゆっくり、ゆっくり。
 そうして女の子の前で立ち止まり。

 「さぁ、どうするどうする?」

 私が考える選択肢としては。

 1、平謝り。カッコわるいけど、当然かな。 
 2、開き直り。最悪だけど、考えられる。
  
 の、どっちかだろう。
 そんな私の予想とは裏腹に、男の子は3つ目の選択肢を選んだ。

 「・・・待った?」

 女のコがふせていた顔をバッと上げた。
 まず驚き、そして悦び。
 女の子はあわてて涙をふいて。

 「・・・ううん、少しだけ」

 そうして、男の子が差し出した手を女の子がとって。
 並んで歩き始めた。 
 
 「・・・私も言われてみたいなぁ」

 アイツが『待った?』なんて聞いてきたら、聞くはずないけど、聞いてきたら。
 もう今までたまった文句をドトーのように浴びせてやる。
 ・・・というより。

 「アイツ、今日来るのか?」
 
 4時間待ってるぞ。
 ・・・まぁ、いつもなら許してやれるけど、今日は譲れない。
 特別な日だぞ、1年に一回しかない日だぞ。
  
 「はぁ」

 ため息検定があれば、まちがいなく私は1級だ。
 私はベンチに大きくもたれかかって、空を見た。
 
 「よぉ」
 「・・・」

 と、そこにはアイツがいた。
 ベンチの後ろで立ってまま、私を見下ろしている。
 私はそのままの姿勢で。

 「・・・今、何時?」
 「なんだよ? デートなのに時計持ってないのか? 4時だ」
 「待ち合わせは何時?」
 「4時」
 「いい度胸よね」
 「ほめるな、照れる」 
 「・・・」
 「・・・」

 私はため息とともに、ベンチから立ちあがる。
 そして正面から目を見て。

 「・・・今日こそは言わせてもらう」
 「お先にどうぞ。レディ・ファーストだ」
 
 ・・・?

 「なにそれ?」
 「奇遇だな。俺もお前に言いたいことがある」

 なんか真剣な顔してるし。
 コイツのこんな顔、見たことないぞ。
 
 「・・・大事なこと?」

 私も真面目な顔で聞き返す。

 「・・・」

 無言でうなずく
 おいおい・・・もしかしてシャレにならないこと言い出す気か?
 そりゃま、私だって悪いとこはあるけど、そんな突然・・・
  
 「どうした、だんまりか? 俺から先に言うぞ?」

 私は口を開きかけ・・・黙ったままうなずいた。

 「俺達、けっこう長いこと続いたよな」
 「まぁね」
 「待ち合わせはいつもここだったな」
 「そうね」
 
 やっぱりそういうハナシか。

 「だけど、今日でそれも終わりだ。もう、ここで俺を待つ必要はない」

 ドライな言い方。
 私もムキになって。いや、実際は混乱してたと思う。
 
 「・・・あっそ。アンタがそーいうなら私はかまわないわ」 
 「つきあいが長いと話も早いな。んじゃOKなんだな」
 「・・・いいわよ」

 最後の待ち合わせがコレ、か。
 4時間も待って、1分にも満たない会話で全てが終わり。
 最後だから文句の一つでも言えばいいのに。
 私は何も言えなかった。
 ふられても惚れた弱み。
 結局、恋は好きになった方の負け、か。
 
 「ボーっとしてんなよ、行くぞ」
 「・・・は?」

 まだ呆然としていた私の手をとって、スタスタと歩き始める。
   
 「・・・ねぇ」
 「ん?」

 私は連れられるまま、歩きながら声をかける。

 「なにやってんの?」
 「なにが?」

 首をかしげて私に聞き返してくる。
 
 「さっきの話は?」
 「だからお前、OKだっつたろ?」
 
 ・・・。

 「ああ、そうか。すぐ近くだ。こっから歩いて5分」
 「なにが?」
 「借りたマンション」
 「・・・」

 ポケットからカギを取り出し、私の目の前でプラプラさせる。

 「・・・は?」
 「は? じゃねーだろ。ここは寒いし、とりあえず帰ろうぜ」
 「・・・帰る? どこへ」
 「俺達の家」
 「・・・は?」
 「日当たり良好、3LDK。いやー、探した探した」
 「・・・は?」
 「なんだよ? ああ、ペットはダメだ」
 
 コイツ、何言ってる?
 さっきの別れ話は?
 今日で終わりって・・・終わり?
 ・・・何が?

 「ねぇ」
 「まだなんかあるのか?」
 「さっきの話の終わりってなによ?」
 「・・・人の話はちゃんと聞けよ。一緒に住めば、待ち会わせなんてしなくていいだろ?」

 あきれたような口調で、ずんずん歩いてる。
 私の頭は真っ白だ。
 つまり何?
 さっきのは別れ話じゃなかったわけ?
 ・・・なによ、そうならそうと、あんな紛らわしい言い方して。
 一人で愕然となってた私は?
 泣きそうなくらい嬉しい今の私の気持ちは?
 
 「・・・あ、そうだ」

 ふと思い出したように足を止めて、こちらを振り返る。
 
 「そういえば、お前もなんか言いたいことがあるって言ってたな。なんだよ?」
 「・・・」

 言えるわけないじゃないの、こんな気持ちの時に。
 いいかげん、その意地悪なトコ直さないと私、泣くわよ。
 
 「また、だんまりか。まぁいいや」

 その言葉の終わりとともに、コートのポケットから小さな包みを取り出し。
 それを私の手に乗せながら、私の耳元で。

 「誕生日、おめでとう」
 「・・・」
 
 それだけ言って、また前を向いて歩き出す。
 コイツは今日が何の日かしっかり覚えてた。
 私は手の中の包みをキュッと胸に抱く。
 泣きそうになるのを懸命にこらえる。
 こらえてから、やっとのことで言葉をしぼり出す。

 「私、アンタのこと大嫌い」
 
 自分勝手、自己中心的で。時間に遅れても謝らず。
 それでも最後は私を喜ばせて、何も言えなくしてしまう。
 いつもそうだ。
 
 「本当だからね。私、アンタなんて嫌いなんだからね。自分勝手で、自己中で・・・」

 最後まで言う前に。
 
 「俺は好きだ」
 「・・・」

 ・・・また、だ。
 私はまた何も言えなくなる。

 「・・・そういうところが嫌いなのよ」
 「俺はお前のそういう所がかわいくて好きだ」

 口調も歩調もいっさい変えず、それが当然とはがりに言いきるこの態度。

 「・・・」
 
 私はバンと後ろから背中を叩く。
 
 「いってーな、なんだよ」
 「なんでもない」
 「・・・ったく」

 また歩き始める。
 まだまだコイツには勝てそうにない。
 でもいつか、私がコイツを黙らせてやる。
 逆の立場に立って、私がどんな気持ちでため息をついていたか、わからせてやる。
 一生かかるかもしれないけど。
 ・・・そうだ。
 部屋についたらプロポーズしよう。
 『一生、側において』、とか、何でもいいから。
 さすがにこれには驚くに違いない。
 そして言葉を失ったコイツに、私がどれだけ好きなのか教えてやる。
 いつもいつも私の恋心で遊んでる仕返し。
 今は冗談でもいい。ただコイツの驚く顔が見たい。
 それくらいは許されるだろう。





 やがて、マンションにつき。

 「着いたぞ、ここだ」

 私達は1003の部屋の前で立ち止まった。
 ネームプレートをはめる場所には、まだ何も書かれていない。
 コイツ、こんな高そうな所、大丈夫なのか?

 「いいトコだろ」
 「・・・」

 カギを取り出して、ノブに差し込む後姿を見ながら私は考えていた。
 もちろんさっきの企みの心の準備だ。
 玄関に入ったら、まず後ろから抱きつく。
 そして決めゼリフを言う。
 驚くに違いない。

 「なぁ?」

 いきなり呼ばれて、私は思考を中断させられた。

 「・・・え? 何?」
 「さっきの開けてみな」
 「あ、これ?」
 「それ」
 「ここで?」
 「ここで、今だ」

 私はさっき受け取った包みをゴソゴソと開ける。
 中からは宝石箱。

 「・・・」

 今までこんな高いもの、くれたことなかったぞ?

 「早く開けろよ」  
 「う、うん」 
 
 中にはリング。
 それも・・・かなり高そう。
 
 「・・・ねぇ、これ高いんじゃないの?」
 「3ヶ月分」

 言葉の意味を理解するのに数秒。

 「・・・はぁ」  

 私はため息とともに、両手を上げた。

 「なんだよそれ?」
 「アンタにはかなわないってコトよ」

 一生かかっても、コイツには勝てない。
 私はこの先、何度も何度もため息をつくことだろう。
 待たされて、スカされて、遠回りなセリフに悩まされて。
 必ず次の瞬間に喜ばされ、言葉を失って。
 ため息をつく以外、何もできなくなる。 
 
 「ほんっとに、アンタって嫌なヤツだわ・・・」
 「俺はお前が好きだよ」
 「・・・はぁ」
   
 私はこれからもため息をつくだろう。
 何度も、何度も。
 ため息ばかりの人生。
 悪くない、けどね。





最後の待ち合わせ END






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