夢幻泡影 〜ユメ・ウツツ〜 (後編)






 シャロンの要望を全てかなえた依頼が始まった。
 武器はランス。ギルドナイトは、基本的にランスをよく使うからである。
 相手はリオレウス一頭。

 「リオレウスか。これでよかったのか?」
 
 キャンプ場で首をかしげるイスキ。
 これで信用が得られるのだろうか、という不安が見てとれる。
 
 「はい、出没が多く、被害が最も多いのがリオレウスですから!」
 「なるほど」

 嬉しそうに話すシャロン。

 「あ・・・」

 はしの方でそれを眺めているエルナム。
 混乱していますと顔に書かれているほどである。
 イスキが二人に向き直り、

 「それでは始める、距離をおいてついてきなさい。無理はしないように」

 二人に告げて千里眼の薬を飲み込む。
 そして駆け出した。
 二人もその背に続く。
 イスキの背は瞬く間に小さくなっていく。
 懸命に追いかける二人であるが、その差は広く一方だった。
 それでもなんとかイスキを見失わないのは、厳しい学園での教育のおかげだろう。
 やがて、二人は中空を見上げるイスキの背に追いつき、足を止めた。

 「発見した。これより討伐を開始する・・・二人は隠れているように」

 二人もまたイスキの視線の先を見上げる。
 そこには羽ばたきとともに、ゆっくりと降下してくる火竜の姿。

 「・・・リオ、レウス?」
 「あのリオレウスって・・・教官!?」
 「下がっていなさい」

 イスキはランスを構え、ゆっくりと降下地点に歩み寄っていく。
 二人はただ従い、距離をとって草むらにしゃがみこんだ。

 「シャロン・・・・あれ」
 「シルバーソル、だと思う。初めて見るけど間違いないわ」

 銀の鱗を持つリオレウス、通称シルバーソル。最強の一角と言われる竜である。
 二人は同時に息をのんだ。
 決して単身で挑んでいい相手ではない。

 「教官は隠れてろと言ったけど援護を・・・」

 シャロンが抱えていたライトガンに弾をこめる。
 エルナムもまた同じように、マヒ弾を装填するのだが。

 「・・・う」
 「シャ、ロン・・・」
 
 二人とも、一歩が踏み出せなかった。
 学園の実戦演習では確かに優秀な成績を残した二人である。
 通常のリオレウス、つまり赤い火竜の討伐も数回だがこなした。
 しかし、目の前で銀色に輝く火竜はあきらかに違う。もはや別種と言ってもいい存在だった。
 恐怖に身をすくませた二人をよそに、イスキの前にシルバーソルが降り立った。
 互いが一瞬、目を合わせたように見えた次の瞬間、シルバーソルがイスキに突進する。
 それをガードするのではなく、ステップにより紙一重で避けたイスキは、その銀色の背へチャージをかける。
 またも超至近距離の間合い。
 牙がイスキの頭を砕こうとするが盾で弾き、そのスキにシルバーソルの側面へ回り込み羽を突き裂く。
 常に回り込みつつ、その距離を離す事のないイスキの動きにシルバーソルが苛立ったのか、火炎とともに飛び下がる。
 それを予測していたように、イスキもまた己を槍と化して追撃する。

 「・・・」
 「・・・」

 二人に言葉はない。
 ギルドがランスを推奨するのは、それが優れた武器であり、扱いやすいものであるからだ。
 竜と戦う時に最も重要な事は、攻撃する事ではなく、身を守る事であると教えられている。
 人の一撃と、竜の一撃。その威力は比べられるものではない。
 ゆえに人が竜を打倒するならば、まず竜の牙から身を守りつつ、着実にダメージを与えるしかない。
 ランスはその最もたる武器である。
 堅実な防御と、確実な攻撃。鈍重さは否めないが、それは勝つための動きとも言える。
 目の前のイスキは、それをまさに実践している。
 何度も繰り返し呼んだギルドの教本通りの戦術がそこにある。
 むしろ、イスキの動きを解説したのが、あの教本なのではないかと疑うほどに。
 討伐はこのまま終わるかと思われた。
 すでに銀色の尾は落とされ、翼爪は砕け、頭部からはおびただい出血。
 そしてついに足を引きずり始めた。目の前のハンターから逃げ去ろうとしたのである。
 むろん、イスキは油断しない。深追いせずに様子を見ている。けれど二人は。
 さきほど自分で感じたように、リオレウスと同じ生き物ではないと感じたのに。
 教本でも、自分達の経験でも、この後はどこかで体を休めようとするリオレウスを見つけて止めを刺すだけだ。
 そう安堵してしまった。そしてカチャリと、二人の抱えていたライトガンがこすれあう音。

 「シャロン!」
 「あ・・・」

 新たなる気配を感じたシルバーソルが、二人を見つけたのだ。
 激しい咆哮が二人を縛る。

 「む」

 飛び立つようにしむけていたイスキは距離をはなされている。すぐさまシルバーソルへ走り出す。

 「気づかれた!」
 「エルナム、どうする!?」

 振り絞るようにしてエルナムがシャロンに応える。

 「シャロン・・・私達はギルドナイトになるのよね」
 「・・・ええ、そう。だから決して逃げない! 何が相手でも、退かず、怯まず、剣を取る!」

 飛び出した瞬間、銀色の双眸が息を大きく吸い込む。
 この予備動作は火球。

 「ブレス!」
 「シャロン、避けて!」

 エルナムがシャロンをはじきとばす。
 死を確信したエレナムが強く目を閉じた。
 頭に衝撃が響く。
 それは、優しい感覚だった。

 「エルナム。目を閉じてはいけない。どんな時も」
 「あ・・・」

 まだおさまらぬ火の粉をまとったイスキがコツンと、エルナムの頭を叩いた。
 すぐそこには、咆哮とともに、あたりへ尻尾を振り回すシルバーソルの姿がある。

 「これが『英雄』・・・」

 目を閉じた刹那の間の事を、シャロンは全て見ていた。
 エルナムに突き飛ばされた次の瞬間、イスキが自らの身をシルバーソルの前に投げ出した。
 炎の塊となったイスキに超えにならない悲鳴をあげるシャロン。
 火の中からあらわれたイスキはガードを解くと、すぐさまシルバーソルに背を向けて閃光玉を投げはなった。
 どれもが感嘆という言葉では言い尽くせない判断と動きだった。
 仲間の位置と状況を把握し、己の技量を信じてブレスを防ぎ、凶暴な牙に背を向けて閃光を使う。
 そして。

 「シャロン。ケガはないか?」

 信じられないほどに冷静で、穏やかな微笑みをもってシャロンを気遣う。
 ただ、コクコクとうなずくだけのシャロン。
 もっとも、イスキの心中からすれば、

 (子供がまきこまれた時の非常対処、その6。まあまあ使えるといったレベルか)

 なのだが。
 当然、二人にはそんな事を知るはずもない。
 イスキはシルバーソルの焼かれた目が回復する頃合をはかりつつ、二人に告げる。

 「離れていなさい。ああ、シャロン、すりむいてしまったな。これを使いなさい」

 シャロンは、いまだ呆然としたままの表情で、差し出された回復薬を受け取る。

 「さて」

 シルバーソルに背を向けたままのイスキが、次の閃光弾を投げはなったのは咆哮と同時だった。
 またしても、強烈な光にひるむシルバーソル。
 二人の教え子は唖然とするしかない。
 銀色の凶竜を完全に手玉にとっているのだから。

 「それでは授業の続きだ。本当はこの後、無防備になった火竜へ攻撃方法を見せたかったが、予定通りにはいかないものだな」

 イスキは苦笑して、ポーチの中の落とし穴や爆薬を眺める。
 狩るモノと、狩られるモノ。
 前者が竜で、後者がヒト。
 目の前の光景は、完全にそれが逆転していた。
 街で歌う吟遊詩人の英雄譚すら、滑稽に思える現実。
 人の力。
 英雄と呼ばれる幻想の生き物。

 「シャロン・・・」
 「うん」

 二人は初めて、イスキに恐怖を覚えた。
 ギルドは時に『英雄』を束縛する。
 無理もない。
 竜よりも強き力なのだから。人の形をしているが、人の範疇にない人。
 だが抱いた恐怖よりも、感動が大きかった。
 人はここまで強くなれる。
 強くなれるという事は、それだけ守る事ができるという事に違いない。
 そしてイスキは誰かを悲しませるような男ではないと、わかっている。

 「ねぇ、エルナム」
 「なに?」
 「『英雄』って本当にいたんだね・・・」
 「ええ・・・よかったね、シャロン」

 泣いていたシャロンに、エルナムは優しく微笑んだ。
 だが、その微笑は長く続かなかった。

 「イスキ様・・・ステキ・・・」
 「ええ・・・本当に素敵よね、シャロン・・・って、え? えっ?」





 翌日。

 「イスキ様、おはようございます!」

 朝はやくドアが叩かれる。ノックではない。まさに叩いている。

 「む・・・誰か?」
 「シャロンです! 入ってよろしいでしょうか!?」
 「ん? しばし待ちなさい」

 何事かあったのかと、すばやく着替えるイスキ。
 そしてドアを開けると、

 「おはようございます!」
 「うむ、おはよう。何かあったのか?」
 「は? いえ、ぜひイスキ様に食べ頂きたいと思いまして!」

 シャロンはそう言うと、バスケットのようなものを差し出す。
 中には、作りたての朝食。

 「これは?」
 「いつもお世話になっていますから、ささやかですけどお礼にと!」

 ニコニコしながら、シャロンが持参してきた飲み物を用意する。

 「ふむ・・・そうか、気遣いは有難いが、私などただの教官。そういった事は恋人にしてやったほうが・・・」
 「やだ、教官、恋人なんていませんよー」

 イスキは考える。
 なんというか、イスキの知るシャロンと、このシャロンは別人である。
 昨日までは、孤高というか自信に溢れているといか、研ぎたての刃のような雰囲気があったのだが。
 目の前のシャロンは、なんというか、デレッとしている。雰囲気も年相応の甘い感じである。

 「シャロン」
 「はい?」
 「私はハンター以外に取り柄がないので、よくわからないんだが」
 「ええ、教官は素晴らしいハンターです!」
 「何か悩みがあるのならば、できる限り力になりたいとは思っている」
 「悩みというか、疑問というか、質問というか」
 「私でわかる事ならば答えよう」

 シャロンがでは、と詰め寄り。

 「イスキ様は・・・」

 ふと気づく。シャロンは昨日まで、自分を教官と呼んでいたはずだが。
 まぁ、自分をどのように呼ぶかは自由にしていいと言ってある。
 それにこのシャロンの変貌とは関係ない事だろうし、特に理由を聞く必要はないと結論づける。

 「どんな女性が好みですか?」
 「女性の好み?」
 「はい、ぜひ教えて下さい!」 

 考えた事のない問いだった。
 それでもイスキは考えてみる。けれどもともと答えがないのだから、答えようがない。
 物心つく前に剣を握っていた自分。
 悲しい事もあった。いや、悲しみの連続だった過去だったとかすかに覚えている。
 記憶がハッキリしないのは、悲しみが何かを壊した時、いつしか自分でもその悲しみを思い出せくなったからだ。
 以来、気が付けば人に愛されるように目指していた。
 よって、自分が愛するという逆の立場にたった事がないのだ。
 イスキは懸命に考える。考えて、方向性が少しずれた。
 要点はシャロンが求めるべき答えである。
 あれはいつだったかと、イスキは記憶を探る。
 酒場でのハンターは、確かに似たような事を聞かれた時、目の前の女性の容姿を語っていたと覚えている。
 うむ、とイスキがうなずく。そして淡々と答えはじめた。

 「束ねられた美しい金色の髪は魅力的だ」
 「・・・ッ!」

 無意識にシャロンが自分の金髪に触れる。

 「海色の瞳は、まるで魂ごと吸い込まれそうだ」
 「・・・ああ・・・」

 シャロンの蒼い瞳が潤み始める。

 「そして、シャロン、その名の響きこそ何よりも愛しいと感じる」
 「イ、イスキ様・・・!」

 ちなみに。
 元のセリフは、束ねられた美しい赤い髪は魅力的だ。
 琥珀色の瞳には魂ごと吸い込まれそうだ、と続き、当然ながら最後の名前は別人。
 この『英雄』の名はイスキ。『狂刃』と呼ばれる大バカ者であった。

 「シャロン?」
 「嬉しい、あんなに失礼な事をしていたアタシなんかを!」

 突然、抱きついてきたシャロンに困惑するも、嫌われてはいないようなので良しとした。
 イスキは街の人にも愛されたいし、弟子にも愛されたいのである。
 まさしく『愛されて』しまったのだが、当然、欠片も気づいていない。
 と、ここでまたもドアがノックされた。聞きなれた音だ。

 「教官・・・朝はやく申し訳ありませんが、失礼してよろしいですか?」
 「入りなさい」

 間をあける事なく入室を許すイスキ。
 シャロンが「えっ?」と漏らす間もなく。

 「失礼します。余計な事とは思いましたが、よければ朝食をお作りしてきたの・・・で、す、が?」

 手にバスケットを持ったままエルナムが硬直した。
 
 「おはよう、エルナム。君にも気遣いさせてしまったようだ。しかし私などはただの教官で・・・」

 初めて教官であるイスキの言葉をさえぎってエルナムが口を挟んだ。というか、吠えた。
 
 「シャロン、なにしてるのよ!?」
 「あー・・・おはよう?」
 「ああああああ、信じられない、信じられない、信じられない!?」
 「そうね、世の中は謎だらけよね」

 走りこんできたエルナムが、シャロンをひきはがす。
 転がっていくシャロン。ああん、と昨日までのシャロンからは考えられない声で。

 「ちょっと、どういうつもりよ!? 教官に失礼でしょう!」
 「そんな事ないわよ? イスキ様はアタシの事を、愛しい、って言ってくれたし」

 愛しいを強調するシャロン。

 「イ、イスキ様・・・って・・・え、愛しい!?」
 「そうよ・・・でもエルナムの言うとおり、アタシも信じられないわ」

 シャロンが窓から差し込んだ朝の光を浴びて、天をながめる。
 絵画ように、上品かつ悩ましい座り方になっている。

 「一晩考えてわかったのよ」
 「なにが?」
 「『英雄』は本当の『英雄』として実在してた。嬉しくて昨夜は眠れなかったの。胸の鼓動は高まるばかり」
 「そ、それで?」
 「でも、この胸の高鳴りは、それだけじゃないって、気づいたの・・・」
 「・・・待って、シャロン。それは『英雄』以上に伝説よ、実在しないの! 昔の人が考えたおとぎ話なのよ!?」

 イスキはまたもいぶかしむ。
 これほど取り乱したエルナムは見た事がない。もしや二人してそっくりの別人に入れ替わっているのではと。

 「そう、これは、この鼓動の高まりは・・・」
 「落ち着いて、それだけは口にしちゃいけないのよ、17歳の女として! やめて!」
 「一目惚れなの!」
 「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!! 背中にゾクゾクきたぁぁぁぁぁ!!」

 朝だというのに目に星が輝くシャロンと、見えない虫をはがすように、背中をかきむしるエルナム。
 イスキが疑問を口にした。

 「出会ってから一月経つから、何かの間違いだろう」

 シャロンがカバリと起き上がり。

 「自分の心に気づけなかった愚かな少女シャロンは昨夜、死にました。悶死でした」
 「ふむ、一大事だな」
 「今、ここに立っているのは少女という殻を脱ぎ捨て、女になったシャロンです」

 シャロンはポッと赤くなり、

 「シャロンって呼んでください」
 「いや、これまでもそう呼んでいるが」

 よろよろと立ち上がるエルナム。

 「わ、わかったわ、シャロン・・・正直、あたしも自分の心を偽っているのに限界。一目惚れは実在します」
 「・・・エルナム? バカな事はやめなさいよ」
 「ふふ、あなたにできて、あたしにできないとでも?」
 「いいの? すでに勝負は決まっているのに?」
 「ギルドナイトとは、いかなる敵にも退かず、怯まず、剣を取る!」
 
 エルナムはイスキに詰め寄り。

 「あたしこそ、真の一目惚れでした!」
 「真偽があるのか」
 
 見当違いの返答である。
 
 「教官、質問です! 教官の好みの女性はどういった人ですか!?」
 「ふふふ、バカな子。イスキ様、遠慮なく教えてあげてください」
 「・・・ふむ」

 さきほどのシャロンを見る限り、あれで間違いないはずだと確信し、イスキは。

 「美しい銀色の髪は魅力的だ」
 「え?・・・あ」

 エルナムが自分の銀髪に触れる。

 「は?」

 シャロンの間の抜けた声をよそに、イスキは続ける。

 「炎の瞳は、まるで魂ごと焼き尽くされそうだ」
 「き、教官・・・」

 イスキにしては偉業ともいえる台詞の改変である。
 エルナムの赤い瞳は、既にうっとりとしている。
 そして決めゼリフである。

 「そして、エルナム、その名の響きこそ何よりも愛しいと感じる」
 「教官! 教官!!」

 抱きつくエルナム。イスキは神妙にうなずいている。

 「イスキ様、どういう事ですか!? さっきはアタシが好みだって!」
 「シャロン、ごめんなさい。仲がいいとは言えなかったけど、あなたの事は尊敬していた」

 エルナム、イスキの胸の中で切なげに呟く。

 「ちょっとエルナム、寝ぼけた事いってるんじゃないわよ!?」
 「ごめんね・・・」
 「この・・・ちょっと離れなさいよ、はーなーれーろー!」
 「やめてやめて、脱げちゃう、シャロン、ほんとやめ・・・あっ!」

 イスキは思う。
 なんでこんな事になったのだろうかと。
 けれど、二人は楽しそうにしている。
 ケンカするほど仲がいいという。
 つまり。

 「私はうまくやれたわけか」

 二人を仲良くさせる事ができたのだ。大いなる一歩と言えよう。
 その言葉をどうとったのか、二人が騒ぐ。

 「教官、シャロンにも愛しいって言ったんですか? 嘘ですよね!?」
 「エルナム、アンタの小さな胸なんか押し付けても、イスキ様は嬉しくないわよ」
 「あー、それ言った、ついに言ったわね!」
 「ははん、事実を述べたまでよ?」

 イスキ、27歳。
 確かな歩みを感じられた、素晴らしい朝だった。 





夢幻泡影 〜ユメ・ウツツ〜 END






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