その日の実習課題はイャンクック、指定された武器はガンであった。
ギルドの学園の仮卒業生にとってみれば、実にたやすい獲物である。
しかしこれは任務遂行中に現れた障害物、という想定のもとで行われていた。
つまり、本来は別の任務がありその道中である中の討伐。
求められる条件は、いかに迅速に、そして己の損傷と弾薬や薬品の消費を抑えるか。
イスキは及第点を提示しない。それはいかにも実戦的で、厳しい教育方針である。
全ては自分しだいという事なのだ。出た結果を良しとするか、未熟とするかは本人次第なのである。
「出発前にもいったが、この辺りでは現在、大怪鳥が氾濫している」
森と丘に設営されたキャンプ地でイスキが教え子を見回す。
「依頼として受けてはいない。だから無理して討伐する必要はない。あくまで自分の技術の確認が目的だ」
全員がうなずくのを確認してから、イスキはエルナムに向き直り。
「では、始めよう。まずはエルナム、君からだ。準備はいいか?」
「はい、いつでも行けます」
「よろしい。では、開始」
「はい!」
千里眼の薬に口をつけて、キャンプ場から走り出すエルナム。
イスキは随行しない。後ろに教官が控えていれば、試験という気持ちでミスを犯すかもしれない。
それにいざという時に手助けされるという気持ちも生まれる。
あくまで実戦を想定した教え方がイスキのやり方である。
言うまでもなく、エルナムの実力を信用しているからできる授業である。
エルナムを見送った後、残った全員がテントへと戻る。
「・・・ところでイスキ様」
「む?」
シャロンがこれ幸いとばかりに寄りかかり、小さな声でたずねる。
「今朝お届けした朝食、お味はどうでしたか?」
「む。実においしく頂いた。感謝している」
「あら、そんな・・・イスキ様さえご迷惑でなかったら毎朝でも・・・いいえ、毎食でも!」
そのカゲには、朝一でエルナムと殴りあった時間があるのだが。
今日の勝者はシャロンであり、昨日は残念ながらエルナムの拳にヒザをついてしまった。
「ありがたいが、毎朝君達にそんな事をさせるのは越権行為だ。気持ちだけで充分だ」
「越権? ああ、ギルドのルールですか?」
ギルドから依頼された、イスキのような現役ハンターには、一応の規則が言い渡されている。
もっとも、守るものは半分も満たないのだろうが。
シャロンは笑って。
「お食事を作るくらいで大げさです。教官の中には教え子に身の周りの世話どころか夜の世話をさせる者もいるのに」
「夜の世話?」
「あら、いいえ、こちらの話です。でもアタシなら喜んで・・・」
「ふむ?」
「わかりませんか?」
シャロンが微笑む。愛と色が混ざった実に魅力的な微笑み。
イスキはふと考える。
もしや、と思い。
「シャロン、君は実によくやっている」
「え? は? あの、ありがとうございます」
真顔でそう言われて、シャロンは困惑しつつも頭をさげる。
その反応にイスキは、
(子供に好かれた場合の対処、その1・・・ではなかったか)
イスキは自嘲する。希望的観測にすがった、哀れな失敗に。
先日からやたらと素直になったシャロン。
嫌われてはいないのだろうが、好かれているのでもないのだろうか。
人の心は実に難しいと痛感する。
一方、シャロンは曖昧な笑顔のまま、次の言葉を探して空を見る。
(イスキ様、基本的にニブいわよね。そこもまたいいんだけど)
表向きは猫をかぶりつつも、内心では計算高い。
目指す目標に到達する為には手段を選んではいけない、というのはギルドの教えでもある。
(エルナムが帰ってこないうちに、あと一手、何か・・・)
しかし。
「ただ今、戻りました!」
キャンプに駆け込んでくるエルナム。シャロンはイスキすぐに離れる。
多少、性格が変わったが『教官』と『イスキ様』と区別するくらいの分別はある。
もっとも、不真面目だと思われないように、という理由の上の区別だが。
イスキはテントが出るとエルナムの全身を眺め、土や草に汚れてはいるものの、損傷がない事を認める。
「損害なしの上、迅速といえる速さだ。使用したものは?」
「音爆弾1、閃光1、千里眼1です」
エルナムはポーチを開き、イスキに残数が確認できるようにする。
「想定する本来の任務を考えた良い成果だ。では休んでいなさい」
「はい!」
テントへと入るエルナムと、テントから出てくるシャロン。
シャロンとすれ違いざまエルナムは、
「教官にちょっかいかけてないでしょうね?」
「まさか。アプローチする時は抜けがけなしって約束したでしょ」
「あ、うん、そうだけど」
「アタシだって正々堂々勝負するくらいの誇りはあるわよ」
「・・・そうよね、ごめんなさい」
「いいの。アタシもアンタも真剣なんだから」
手をヒラヒラと振って出て行くシャロンの背を見送るエルナム。
ボソリと小声で。
「甘い子」
「え?」
「ううん、じゃあ行って来るから」
「ええ、がんばってね」
一切の疑いのない目で、恋のライバルを見ているエルナム。
「ホントに甘い・・・ふふふふ」
イスキと一言二言交わした後、シャロンもエルナムと同じようにイャンクック目指して走り出した。
それを見送ったイスキがテントの中に戻る。
待っていたかのようにエルナムが問いかける。
「あの、教官」
「む?」
「昨日お届けした・・・」
朝食はどうでしたか? と口にしようとして思いとどまった。
さっきシャロンに自分から約束を破ってないかと疑っておいて、自分は・・・
「あ、いえ、なんでもありません」
「そうか」
自己嫌悪にうなだれるエルナム。
イスキはそれを見て、考える。
「エルナム。落ち込んでいては可愛い顔が台無しだ」
「え!? 今、なんて?」
途端、きらめくような笑顔になるエルナム。
(落ち込む女の子を励ます方法、その5・・・効果あり)
「落ち込んでいては可愛い顔が台無しだ、と言った」
「そんな・・・教官、あたしなんて、そんな・・・」
モジモジと照れながら、体をクネクネ。
イスキは冷静に観察している。
(落ち込む女の子を励ます方法、その5。効果ありから訂正。効果抜群へ)
しばらくの静寂。
何度かエルナムが口を開きかけるが、そのたびにうなだれたり、首を振ったりしていた。
やがて、シャロンが帰ってくる。
「戻りました!」
イスキがテントから出てシャロンを確認する。
多少のキズはあるものの、大したものではないようだ。
「エルナムの半分の時間か。使用したものは?」
「音5、閃光5、千里眼1、回復3、落とし穴1です」
「うむ。想定した任務よりもまず目先を確実に処理する事は大切だ。休んでいなさい」
「はい! ありがとうございました!」
「では・・・」
イスキはテントの中に目をやり、
「ステア、君の番だ」
三人目の名前を呼んだ。
夢幻泡影 〜ヒナタ〜
ステアと呼ばれた黒い髪を三つ網にした少女が、ガンを担いでテントから出てくる。
「ステア、教官に失礼のないように」
「危なくなったら無理せず帰ってきなさいよ?」
エルナムとシャロンが、後輩に声をかける。
ステアは、丁寧に頭を下げて。
「では、先輩方。行ってまいります」
ステアはテントを出てイスキの前に直立不動となって言葉を待つ。
イスキが高身長というのもあるが、ステアの頭はイスキの胸ほどしかない。
「ステア、君は学園でも実戦演習で優秀な成績と聞いている」
「恐れ入ります」
「だが今回の演習は、つきそいがない。無理だと思ったら、すぐに退くように」
「はい」
「任務達成は絶対だが、次につなぐ事も大事だ。良いか?」
「はい」
「では、開始」
「はい」
ステアは千里眼を飲み込み、走り出す。
それを見送りイスキはテントに戻った。
二人のガンナーが、ステアについて話している。
「ステア、大丈夫かしら。シャロンどう思う?」
「いまいち覇気がないというか・・・ま、いいんじゃない、性格は人それぞれだし」
「礼儀正しい子なんだけれど」
「でも、なんか暗いのよねー。アタシ、あんまり仲良くなれそうにないわ」
「ちょっと、イジメるのよしなさいよ。あなたはいつもそうやって後輩にきつく当たって」
「ギルドは上の者に絶対よ」
「あなたが言うと何か違う意味になるのよ。それに、あの子、ガンあまり得意じゃないみたいだし、心配よ」
「学園であまり触らなかったのかしらね? 他の武器を触る時間があるなら、ランスかライトガンの練習するのが普通なんだけど。ま、ここに来るくらいだから優等生なんじゃない?」
イスキはかまわず、無言で座り込んだ。
やがて、エルナムとシャロンの会話が途絶える。
ステア。15歳。
数日前にギルドからの紹介状をたずさえて、イスキの前に現れた少女だった。
紹介状は正式なもので、内容は将来有望なハンターをもう一人お願いしますとの事。
仮卒業生ではなく他国ギルドの学園の在学生なのだが、その優秀さに特例として実戦経験を積ませたいとの旨が記されていた。
イスキとしては二人も三人もそう大差ないので、ステアを迎え入れた。
すでに何度か実戦形式のような演習を行いステアの実力を確かめたが、優秀と言われるだけあり、大したものだった。
ある程度ならば、どの武器を扱う事ができるのは、ギルドの者として珍しい技術だ。
ギルドはランスとライトガンを推奨している。標準装備とも言える。
徒党を組み、確実に効率的に討伐するに最も適した武器であり、組み合わせだ。
エルナムとシャロンも例外でなく、ランスとライトガンに習熟している。
逆にイスキのようなハンターは使える武器が多いほうが、様々な状況に対処できる。
そういった点では、ステアはハンター寄りの技術を持っている。
ただ問題はガンの扱いもある程度、という事だった。
それでも確かに同年のギルドの生徒に比べれば実力は上だろう。
エルナムやシャロンと比べるのも酷な話だが、甘く評価しても彼女達の半分ほどの技量だ。
無言でステアを待つ時間だけが過ぎていく。
エルナムが討伐した時間の倍ほどがすでに過ぎた。
やがて。
「教官」
「む?」
エルナムが不安げに。
「ステア、遅くありませんか?」
「アタシもそう思います・・・様子を見に行った方がいいかもしれません」
「ふむ」
確かにイャンクックを一頭討伐するだけの時間は、充分過ぎている。
イスキはポーチを確認した後、立ち上がった。
「二人は待機しているように」
イスキはテントを出て、千里眼を飲み込む。
眉をしかめてイスキは、すぐさま駆け出した。
ステアは散弾を装填すると、目標に向けて放つ。
木々に穴をうがち、草をむしり、地面をえぐる。
そして目標の鱗に突き刺さる。だが浅くかする程度の散弾では、たいした効果はない。
「・・・」
目標から迫り来る火炎のブレス。
それを紙一重で交わし、すぐに体勢を整えて再び射撃を開始する。
小気味よく銃声が響く。
ステアの表情に恐怖はない。機械のように、まるで自分が武器であるかのように射撃を続ける。
「・・・」
空に舞い上がるリオレウス。
その足元には、穴だらけになったイャンクックの死骸がよこたわっていた。
「・・・」
ステアは駆け出し、リオレウスの足元へと到達すると同時に散弾を装填する。
はばたきの音が地面に近くなると同時に、離脱し、かと言って離れすぎない程度の距離で銃を構える。
そして、散弾を撃ち続ける。
もし名うてのガンナーがこの光景を見たらどう思うだろうか。
安全確実な討伐ならば、遠距離からの射撃を繰り返すべきである。
確かに離れていても、火竜の突進速度はあなどれない。
装填や回復の隙、咆哮による鼓膜を突き破るかのような金縛りに突進されれば回避は難しい。
だが至近距離であれば、別である。その予兆を見逃さなければ、最低限の動きで回避して攻撃の機会とできる。
またそうすることで、弾丸の威力を最大に活かす事もできる。
だが、これはあくまで理想論でしかない。なにより死と常に向き合う事である。
実際にこの戦術をとるガンナーなどギルドにはいないし必要もない。
ギルドは常に、多人数による大火力で殲滅するのだから。
もしこのような戦い方をするとすれば、それは『英雄』と呼ばれるギルドには属さないハンターくらいだろう。
「・・・」
だが、その神がかった動きが不意に崩れた。
「ステア、無事か?」
駆け込んできたイスキに気づいた瞬間、ステアはその顔に人形のような恐怖の表情になり。
「教官・・・」
リオレウスに背を向けてイスキへと走り出したのだった。
そのステアを見逃すはずもなく、リオレウスが牙をむいて突進してくる。
「ステア、しゃがみなさい」
言葉と同時にイスキが閃光玉を投げつける。リオレウスが苦悶の声とともに、たたらを踏んだ。
「ステア、キャンプへ戻りなさい。よく私が来るまでがんばった」
「は、はい」
いまだ体を小刻みに震わせつつも気丈に、イスキに返事を返してステアは走り出した。
イスキとリオレウス、二つの生き物だけがそこに残った。
背から大剣を抜き、リオレウスと対峙する。
よくよく見れば、その鱗には無数の弾痕がうがたれている。
相当の時間、ステアは戦い続けたのだろう。
(・・・ふむ?)
軽い疑問がよぎるが、イスキはそれを隅へと追いやり剣を振るった。
やがてリオレウスが力尽きた。
イスキは剣をおさめた後、イャンクックの死骸を見つけ確認した。
「こちらは通常弾と貫通弾か」
対してリオレウスには、散弾の跡しか残っていない。
「・・・弾が底をついて、散弾を使ったのか?」
通常であれば、散弾は火竜には使用しない。
着弾の数は多いが威力が低い。その特性を活かすならば、群れたランポスなどを蹴散らすような用途だ。
「まあいい。これも一つの教訓になっただろう」
むしろ、褒めてやるべきだ。自分が来るまでは冷静に戦闘を継続させていた。
もちろん、長引けばイスキが様子を見る事をあてにしての事だろう。
だが、無理に逃げようとして背を見せ、致命的な隙を作らなかったのは高く評価できる。
「しかしリオレウスと邂逅するとは、運のない子だ」
イスキはキャンプへと足を向けた。
数歩の先、硬い感触がつま先に触れる。
どこにでも転がっている、砕けた竜骨だった。
イスキは一瞥しただけで、キャンプへと戻っていった。
キャンプに戻ると、不安げな顔をしたエルナムとシャロンが待っていた。
そこにステアの姿はない?
「教官、ステアは?」
シャロンの問いにイスキは首をかしげる。
「戻ってきていないのか?」
「いいえ、まだ・・・」
答えたのはエルナム。今にも飛び出しそうな表情だ。
「ふむ」
ステアは特にケガを負っているようには見えなかった。戻るのに支障もないはずだ。
イスキが手分けして探すように支持をしようとした時。
「ただいま、戻りました」
ステアが息を荒げて、キャンプ場にあらわれた。
駆け寄ったのはエルナム。
「どうしたの、そのケガ!」
「遅くなり、申し訳ありませんでした」
「いいから、ちょっと見せなさい」
幾つかの傷からは、血がにじんでいる。
「ステア、火竜にやられたようには見えなかったが、どうした?」
「火竜?」
シャロンの声に、イスキがうなずく。
「ステアはリオレウスと遭遇してしまい、戦っていた」
「うそ、ステア、大丈夫?」
シャロンもまた駆け寄って、ケガの具合を確かめる。
そこには好き嫌いといっていたさっきの感情はなく、仲間を思いやる先輩としての感情しかない。
ステアは痛みを隠そうとしつつも、苦しげに漏れてしまう息でイスキへ。
「教官に助けて頂いた後、すぐにイャンクックに見つかりました」
「そうだったか」
「なんとか逃げ出したものの、体が思うように動かずこのような有様に。自分の未熟さを痛感しています」
二人の先輩は傷の手当てをしながら、そんなことはない、よくがんばったわ、と励ましている。
エルナムにしても、シャロンにしても、一人でリオレウスと戦うのは無理ではないが、なかなか勇気がいる。
それをこのステアが、一人で持ちこたえたのだから、感動しても無理はない。
ステアの傷の手当てが終わった後、四人は街へと戻っていった。
夜。
エルナムの部屋にあがりこんで、酒に口をつけていたシャロンが、思い出したような顔で問いかける。
「あの子さー、どこかヘンじゃない?」
「ん? ステアの事?」
「んー、なんていうかさ。あの子、落ち着きすぎてると思わない?」
「確かにね。ろくな実戦経験もないのに、レウスと対峙してたのは今も信じられない」
「それにイスキ様の話だと、無傷だったらしいじゃない。まぁ体力とか気力がつきてクックにやられてたけど」
「イスキ様って・・・まぁいいけど。ステアってガン苦手のはずなんだけどね。死に物狂いってヤツかしら」
シャロンは肩をすくめる。
「どちらにしろ、先が楽しみというか、先輩として焦ってしまうというか」
「うぬぼれてるわけじゃないけど、あたし達よりも素質あるかも知れないわ」
エルナムも肩をすくめて、酒をあおる。
「まぁ、真面目なのはいいコトだわ。問題はあの子がイスキ様にちょっかい出さないかよ」
「同感。かわいい子だし、ちょっと陰のある所とかも雰囲気あるし」
「命を助けられた少女、助けたのは『狂刃』と呼ばれる優しき英雄。惚れなきゃウソでしょ」
「うーん」
エルナムは、今日のステアの立場を自分に置き換えて考えてみる。
「惚れなきゃウソかも」
「ノンキなものねぇ。アンタより胸もあるわよ、あの子。ま、アタシの不動の地位は揺るがないけどー」
「そうそう、年下なのに・・・って、胸の話やめてよ!」
「現実を見つめなさいよ。見苦しいわよ?」
「こ、この・・・ボンッボンッボンッの体型のクセに!」
「失礼な! このくびれたウエストを見なさい! キュッキュッキュッの幼児体型!」
「あなた、明日の朝日をおがめると思ってるの?」
「ハッ! 真面目ぶっても、いつもそうよアンタは。最終的にはグーで決着つけようとするんだから!」
二人の話題はステアから、どうでもいい話へと移っていく。
「・・・」
部屋のドアにもたれて耳を傾けていたステアは、音もなく立ち去っていく。
そしてイスキの部屋に向かった。
「・・・」
ドアの前に立ち、ノックする
「誰か?」
すぐに返ってくる声。
「ステアです。よろしいですか?」
「うむ、入りなさい」
「失礼します」
部屋に入るとイスキが立っていた。
ベッドのシーツが乱れている。眠るところだったのだろうか。
「何か用かね?」
「いえ、今日はありがとうございました」
「教え子を守るのは教官として当然の事だ」
頭をなでられるステア。痛いほどに胸を締め付けられる。
とっさに、その手をはらいのけるステア。
ステアにとってステアに触れられるのはステアだけなのだから。
「・・・すまん」
「あ、いえ、私こそ失礼しました・・・そのできれば私の髪をなでるのは控えていただけますか?」
「うむ。以後気をつけよう」
イスキは小声で、何かが失敗と言っていたがステアが話をすすめる。
「お聞きしたい事がありまして、夜分失礼ながらもお訪ねしました」
「何かな」
「教官は記憶喪失と、先輩方に聞いたのですが本当ですか?」
「ああ、どうもそのようだ。正確には二年より以前のことが記憶から抜けている」
「そんな状態で『英雄』と呼ばれるほどの強さなのですか?」
「染み付いた動きというものは、体が覚えているようだ」
「なるほど・・・それで、今もまったく思い出せそうにはないのですか?」
「うむ。だが心配しなくていい。教官としての役目は全力で果たす構えだ」
「いえ、そんなつもりで。私はただ教官が心配で」
「私の教え子は皆、優しいな。ありがとう」
その後、しばらく雑談を交わした後、ステアは退室した。
ここに来る前に、ギルドから伝えられた通りだ。
イスキの記憶はまだ失われたままであり、しかし腕は確か。
「私は、愛される教え子や、かわいがられる後輩になれるだろうか」
今のところ自分は、二人の先輩にも、英雄の教官にも嫌われてはいないようだが。
「・・・」
確認すべき事は全て終わった。
ステアは明日はどう行動するべきか、考え始めた。
夢幻泡影 〜ヒナタ〜 END
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