「ふぅ、やっと到着か」

 シャロンは懐かしい施設を前にして、荷物を背負いなおす。
 半年前に仮卒業し、イスキの下へ旅立ったのもこの場所。

 「半年前のアタシはガキもいいとこだったわねー」

 英雄を幻想としながらも、どこかで信仰していた自分。
 結果それは、幻想よりも遥かに現実離れした真実であった事を実感した。
 人の可能性は、自分が思う以上に果てがなかった。
 無論、自分はまだイスキの足元にもたどり着いていないだろう。
 何せ、どれほど強いのか限界がわからないのだ。足元を知りようがない。

 「アタシも成長したってコトか。今考えるとここでアタシがしてたコトって・・・」
 
 問題児として名を馳せていた半年前までの自分。
 
 「お山の大将というか、偽善者というか、傍若無人というか」

 悪いことはしてないと思うが、全てが褒められたものでもないだろう。
 そんな思い出とともに、シャロンは施設の中へ入っていった。
 施設は、大きく分けて校舎、宿舎、修練場となる。
 門をくぐると、まず大きな噴水がある。
 そこからまっすぐ行けば校舎、左が宿舎、右がが修練場である。
 男子訓練生は違う場所に施設があるので、ここには女子訓練生のみである。
 シャロンは大きな噴水の横を通りぬけ、校舎へ向かう。
 まず校長のもとへ到着の挨拶をすませなければならない。





百禍繚嵐 〜ヤミカゲリ〜






 校長室にて、相変わらず元気そうな校長と挨拶をかわすシャロン。 
 
 「ご無沙汰です、校長」
 「お久しぶりね、シャロン。あら一人? エルナムは一緒じゃなかったの?」
 「それがですね。どうも実家の方がゴタゴタしてるらしくて・・・」

 シャロンはエルナムから預かっていた手紙を渡しながら、簡単に事情を説明した。

 「そう・・・残念ね。じゃあこの手紙に目を通してから、お話しましょう。第一応接室で待っててもらえる?」
 「わかりました」

 その後、シャロンは勝手知ったる校舎を懐かしげに歩く。
 途中、自分を知る後輩の中でも親しかった者から、何度も声をかけられた。

 「シャロンお姉様! お帰りになられたんですね! アタシのコト、覚えていてくれましたか?」
 「あー、久しぶり。元気してた?」
 「お久しぶりです、お姉様! あいかわらず凛々しくて! 私は、私は!」
 「あー、それ褒めてるつもりだろうけど、カンベンして」
 「シャロンお姉様!? という事はエルナムお姉様もいらっしゃるんですか!?」
 「あー、アイツは来てない。アタシだけ」
 「そんなぁ! ま、まさかシャロンお姉様がエルナムお姉様を亡き者に・・・」
 「あー・・・まぁ、いいや、どうでも」

 声をかけてくるうちの約半分がエルナムの姿を求める。
 時折、こういった感性の者がギルドナイトになってよいのだろうかと疑問に思うシャロンだが。
 やはり、それでもギルドナイトの卵。訓練中は別人と言えるほどに自制し、己を切り替える。
 優秀なほど落差が激しい傾向にあるのは、エルナムを考えればわかりやすい。

 「ふぅ」
 
 何度も足を止められ、ようやくたどりついた第一応接室の扉を開けた。
 訓練生の頃には、優等生の義務というか伝統として、何度か茶など運んだ事のある部屋である。
 なかなか豪華なつくりで、今も昔とかわらず掃除も行き届いている。
 目の前にある、希少鉱石を加工してつくられたテーブルなど、自分の顔が写るほど磨かれている。
 この椅子に座るのは初めての事だなと思いながら、腰かけた。

 「久しぶりねぇ、この雰囲気も」

 座学が行われる校舎では、朗々たる教官の声以外は聞こえない。
 私語はなく、全ての者が明日のギルドナイトを目指している。

 「間違ったコトは言ってないのよ、確かに」

 イスキの動きを反芻する。
 閃光玉の投げ方、ランス使用時のステップの仕方、各飛竜への有効戦術。
 確かに特別な技術や独自の戦術を行っているわけではない。 

 「でも、イスキ様ほどになると別次元なのよねぇ」

 イスキは筋力や体力、視野の広さ、そういったものも確かに優れている。
 それぞれの動きにして、一つ一つの動作というより、全ての動作が流れるように的確で途切れない。
 なによりも、抜群の判断力。
 ではその判断力はどう養うか。それは経験を積むのみだろう。
 イスキは実にいい例だ。
 記憶を失ってなお、体に経験が染み付いている。
 逆に言えばそこまでしてようやく、あれほどの判断力が身につくという事だ。

 「遠いなぁ・・・」

 イスキに認められる日は本当に来るのだろうか。
 心のどこかで、今がずっと続けばいいとも思っていないだろうか。
 いつかイスキに認められた日がくれば、それはイスキとの別れの日。
 
 「あは、アタシも乙女よね」

 けれど、自分の心には何よりも強い想いがある。
 ギルドナイトとなり、民の盾になるという想い。
 
 「懐かしい場所ってのは、どうも物思いにふけっちゃうわ」
 シャロンが退屈をまぎらわすように、部屋の調度品を眺め始めた頃、ノックの音が部屋に響く。

 「どうぞ?」

 シャロンはドアに目を向けて声をかける。

 「し、失礼します」

 現れたのは、飲み物と菓子を持った訓練生生だった。
 過去の自分と同じ事をしているあたり、優秀な生徒といった所か。
 その訓練生はシャロンが座るテーブルの前に飲み物と菓子を置く。

 「ありがと」

 礼を言うシャロンに訓練生は頭をさげた。
 明らかに緊張している。

 「どうしたの?」
 「は、はい! なんでもあり、あります、ありません!」
 「は?」

 見れば、年は自分よりも二つ三つくらい下であろうか。
 ここに集うギルドの訓練生というのは、年令に分けられている。
 初等・中等・高等とあり、腕章の色から見て初等の訓練生だろう。
 シャロンは高等訓練を終えて、現在は仮卒業の身である。
 つまり自分と入れ替わりで入ってきた訓練生だ。
 ちなみに、エルナムはそろそろ18歳、アタシはもう少し17歳のままだ。
 エルナムが誕生日を迎えたら、盛大にオバサンと祝ってやるつもりではいる。

 「初等訓練生ね? もう16歳になった?」
 「は、はい。いいえ、まだ15歳です!」
 「15歳か。ステアと同い歳ね」

 自分のよく知る15歳と比べて、この15歳は実に年令相応の可愛らしさがある。
 ステアはあの歳にしては落ち着きすぎているし、からかっても、かえってくる反応がいまいちこちらの期待とズレている。
 先日もステアを無理やり先輩命令で酒の席に呼び、エルナムと自分とステアの三人で飲んでいた時。
 乳比べをするから脱げと言ったら、こんな疑問が返ってきた。

 『胸囲を比べる事に何か意味があるのでしょうか? 防具着用に関しての要項でしょうか?』
 『・・・』
 『・・・』
 
 酒の肴程度にエルナムを、からかおうとしただけなのだが。

 『確かに防具の中にはその形状上、装備者の体形が装着する為の時間に影響するものもあります。迅速な準備を求められる状況下では、軽視できないものです』

 ステアはアタシの胸を見て。

 『このような言い方は失礼かもしれませんが、シャロン先輩がご自分の胸囲に不満があるのは理解できます』
 『は?』
 『は?』

 大きければいいというものでもないが、全体のバランス的にも、アタシはそれなりに自信があった。
 もしかして、形がどうとか言われるのだろうかと、ステアの言葉を待っていると。

 『大きすぎる乳房は防具着用の際に時間もかかります。布などで巻きおさえる必要があるでしょうから。確かに打撃を受けた場合の緩衝材としての効用はあるでしょうが、動きにくさなど考えると総合的に不利な点が多いと思われます』
 『・・・』
 『・・・』

 乙女の誇りを担う一部分を、緩衝材と言い切る強さ。いや、強さなのかは疑問か。
 次にステアはエルナムの胸を見て。

 『その観点からして、エルナム先輩は実に戦闘向きと言えます。私にも胸囲の発育を止める方法をぜひ教えていただきたいと思っていました』

 エルナムが凍りついた。アタシの腹はよじれた。
 と、まぁ、そういう15歳である。楽しい子ではあるが、なんというかナニか違う。

 「あの? 私、なにかその、無礼な事を・・・?」

 可愛い15歳が何かを考え込むアタシに、おそるおそる声をかける。
 アタシは目の前に現れた15歳に興味を覚え。

 「名前は?」
 「は、はい! ファナラド=ディアンと申します!」
 「長い名前ねー」
 「申し訳ありません!」
 「いや、別にケチつけてるわけじゃないんだけど・・・いいわ、コレからあなたの事はファナと呼ぶから」
 「は、は、はい! ありがとうございます!」

 なぜか感動しているファナラド。

 「じゃあ、ファナ。なんでアンタ、そんなにガチガチなの?」
 「え、はい! 憧れのシャロン先輩とこうしてお話する事ができる事が嬉しくて、その・・・失礼しました!」
 「憧れ・・・って。お姉様と呼ばれるのは慣れたけど、妹をつくる気はないわよ・・・」

 またそういうノリかと、シャロンが眉をしかめる。
 
 「は、はい。いえ、私はシャロン先輩が残した数々の成績や行動に憧れ、尊敬しています!」
 「えっと、あ、そう?」
 「はい!」

 目に星を浮かべている少女、ファナラド。
 お姉様と言い寄ってくる血のつながってない妹とは違う、まっすぐな目。

 「ふ、ふぅーん」

 純粋に自分の実力を褒められ、憧れているといわれれば気分はいい。

 「でも、さ。アタシってはっきり言えば、不良生徒だったのよ?」

 確かに成績は優秀だったと自分でも思う。
 次席ではあるものの、過去の主席と比べても秀でた成績を残した。
 僅差でエルナムに主席を譲ったが、だからと言ってシャロンの評価が落ちるわけではない。
 ただし、数え切れないほど問題を起こしたので、人物評価は低くかったはずだ。

 「はい、ですがそれはご自分の意思を強く持ち、信念をつらいたからではないかと、思いました!」
 「まぁ・・・そういう見方もできるのかしらね?」
 「はい! 教官に意見するというのは覚悟が必要です! ギルドという体制の中でギルドナイトを目指す者が、異見を唱えるという事は、何を敵にしても、己の中に民を守る信念があったからこそだと思いました!」
 「・・・」

 確かに間違ってはいない。
 民を守る為にギルドナイトを目指しているわけで、ギルドナイトの名誉や肩書きが欲しいわけではないのだから。
 ただそこまで考えていたかと言われると・・・
 そんな、あまりの美化にシャロンがうろたえる。

 「アタシはそんなに立派な人物じゃないわよ? そう言ってくれるのは嬉しいけどね?」

 ただ、自分に好感をもっている者にきつい言い方はしたくないので、やんわりと否定した。
 
 「はい、いいえ! ご謙遜される所もその、ステキです!」
 「・・・15歳ってのはヘンなのばかりなのかしら?」

 自分が15歳だったときを思い起こす。が、人並みに普通だったような記憶がある。
 そろそろファナラドの勢いについていけないと思ったあたりで、ノックの音が響く。

 「シャロン、お待たせしたわね」

 そう言いながら、校長があらわれた。 

 「あ、いえ。じゃあファナ。訓練がんばってね。アタシは校長と話が・・・」
 「はい! よろしくお願いします!」

 遠回りに退室するよういった言葉が途中で、ファナラドの元気な声にかきけされた。

 「・・・は?」

 校長がシャロンの対面に腰かけ、ファナラドを見ながら。

 「彼女は今年入ってきた初等部の最初の試験で首位のファナラド。しばらくの間、面倒をみて欲しいの」
 「・・・アタシが?」
 「アタシが・・・って。一応、仮卒業生による訓練で帰ってきてるでしょう、あなた」

 苦笑する校長に、呆然とするシャロン。

 「いえ、でもそれは口実というか、なんというか」
 「確かに外部教官、それも英雄のもとでの訓練は厳しいものでしょうし、休みたいのもわかります。ですから高等部ではなく、初等部のこの子をお願いしたのよ。体面を維持する事は大事よ?」
 「・・・まぁ、そうですが」
 「この子は将来有望よ。才能もあるし、心持ちも立派だし」

 確かにこの風習がなくなってしまっては非常に危険だ。
 外部教官の質は落ちるだろうし、仮卒業生の現役訓練生への訓練という名目の休暇もなくなってしまう。
 別に訓練をするのはかまわない。
 実際の訓練内容は、茶を飲み菓子をつまみながら外部教官の愚痴や、野のハンターなどの話を後輩とするぐらいのものだ。
 しかし、この娘の場合は本当の訓練を求めるに違いないだろうし、何より精神的に疲れそうだ。

 「訓練というのは、毎年行われている訓練内容でいいんですか?」

 つまり、実際に剣を振らなくてもいいかと校長にたずねる。

 「そうねぇ・・・シャロンも疲れてるだろうし。ただ少しくらいは教練をお願いしたいわね」

 教練とはこういった場合の隠語で、実際に体を動かせという事だ。

 「そんな顔しないで。軽くでいいわ」
 「はぁ、まぁ・・・それなら」

 しぶしぶの承諾をしてシャロンがファナラドを見る。そこには満面の笑顔を浮かべているファナラド。
 この笑顔は仮卒業生の訓練を受けることになった現役訓練生が、正当な理由で訓練を休み、茶や菓子でのんびりという、喜びの意味では絶対にないだろう。

 「じゃあ、話は決まりね。ああ、あと宿舎なんだけど、今年は帰ってきてた仮卒業生が多くてもう部屋がないの」
 「え? じゃあアタシどうするんですか?」
 「ファナラドの部屋は二人部屋だけど、彼女と相室の者はいないからそこに泊まってちょうだい」
 「・・・」

 ペコリと頭を下げるファナラド。

 「精一杯、お世話させていただきます!」
 「こ、校長。アタシ、宿舎行ってきます。多分、すぐに誰か一人くらい自分から出て行くと思いますんで」

 立ち上がり走り出したシャロン、その腕を校長につかまれる。
 歳からは想像もできない腕力と握力。さすがギルドナイト。前線から退いた今でも訓練は怠ってないようだった。

 「ダメよ。シャロンの顔見たら、出て行くのが一人どころじゃないわ。せっかくみんな骨休めしてるのに」
 「・・・宿舎、本当に満室ですか?」
 「満室」

 宿舎が満室に”なってしまった”理由には、当時、シャロンがお姉様と呼ばれていた事による。
 その意味はエルナムと少々違う。確かに二人とも容姿は端麗である。
 ただし、エルナムが主席で品行方正であり、後輩からも同年代からも尊敬されていた人物であり。
 シャロンは次席ながらも問題児だった・・・が、その問題となる理由ゆえに、お姉様となってしまった。
 先輩というだけで、後輩に難癖をつけている者がいれば、とりあえず蹴り飛ばした。
 名家出身のエリート意識をもった者が、家柄を理由にくだらない揶揄をする者がいれば蹴り飛ばした。
 またそういった者達が集まってシャロンを追い出そうとしたが、やはり全て蹴り散らした。
 シャロンにとっては、己の感じるまま思うまま蹴っていただけだが、いつしか後輩達の守護神のようになってしまった。
 逆に言えば、同年代や先輩の立場にある者からは、近づくと危険という印象を持たれてしまった。
 理由はともかく、それを知らなければただの暴力としかとられない。
 しだいにシャロンは敬遠されていくようになった。
 もともと友達を作ることをしないシャロンであったので、それはそれで好都合だった。
 ただ、問題を起こすたび口うるさく注意してくるエルナムだけが・・・友達だったと言えるかもしれない。
 今、思えばそれで救われていたんだと思う部分もある。絶対にエルナムには言わないが。

 「自業自得・・・か」
 「よくできました。ふふ、でも今だから言えるけど。貴女の行動内容はともかく、貴女の行動動機にはとても好感を持っていたのよ。私も教官達もね」
 「それは初耳です」
 「信じるかどうかはまかせるわ。でも貴女こそギルドナイトの本分を誰よりも理解していると思うわ」
 「・・・そんな笑顔で言われたら信じないわけにはいかないじゃないですか」

 シャロンは笑って、あきらめた。

 「ファナ。じゃ、しばらく厄介になるわ。よろしく」
 「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 こうして、シャロンは仮卒業生としての義務を果たす事となった。





 その夜。
 相変わらず緊張したままのファナラドに、シャロンは息づまっていた。
 とにかく直立不動。声をかければ大声で返事。
 これではファルナドも疲れるだろうに、しかし本人は満面の笑顔だ。
 かと言ってこちらが何も言わなければ、飲み物はどうですか? などと気を使ってくる。
 
 「ファナ」
 「はい!」
 「とりあえず、座りなさい」
 「はい、でも、その!」
 「いいから、座って。命令はしたくないの。お願い」
 「あ、はい!」

 テーブルを挟んで、シャロンの正面に座り込む。
 
 「ねぇ、ファナ。アタシを尊敬してくれるのは嬉しいんだけど」
 「はい! 尊敬してます!」
 「・・・もう少し静かに話して。もっと気軽に」
 「はい! あ、はい、でも気軽になんてそんな失礼な事・・・」
 「確かにファナからみればアタシは年上で先輩。ここでは上のものには絶対っていう決まりもあるけど」
 「はい」

 一言一句聞き漏らすまいという姿勢のファナに苦笑するシャロン。
 ここまで好意を表に出せるというのは、人間として素晴らしい事だと思う。
 確かに気疲れはするが、自分はどうもこの少女を嫌いにはなれそうもない。
 むしろ、このまっすぐさは、うらやましくもある。

 「でも、今日からアタシとファナは友達」
 「あ・・・でも」

 何かを言いかけ、口をつぐむファナラド。
 シャロンには、ファナラドが何をいいかけたかはわかっている。
 そして、口をつぐんだのも同じ理由からだ。

 「アタシが甘い事を言ってるのは自覚してるわ。ギルドナイトとして最も重要視される中の一つに統制がある。確かに命令を絶対とし、常日頃からそういう環境に身をおく姿勢は大事よ。ファナが今アタシに反論しなかったのもその中に含まれるわ」

 けどね? と、シャロンは微笑んで付け加える。

 「アタシ達は確かにギルドナイトを目指す者であり、戦友であり、仲間である。けれど、できるならばそれ以前に、友達になって、いつか親友になりたいと思う」
 「・・・」

 まさしく驚愕という表情のファナラド。
 それは仕方ないだろう。
 かつてのシャロンの噂を聞いているとしたら、別人のような事を言っているのだから。

 「アタシがこんな事を言うのは意外?」
 「その、シャロン先輩は一人で過ごされていた時間が長かったと、聞いてましたから・・・」
 「そうね。以前のアタシが今の自分の言葉を聞いたら、今のファナと同じ顔をしたかもね」
 
 シャロンはファナラドから視線をそらす。

 「アタシはここを出て、少しだけ成長したのよ」
 「はぁ・・・」
 「アタシのバカな話をきいてくれる?」
 「・・・」

 浮かびあがるのは親友の顔。
 
 「アタシには気に食わないヤツがいた。そいつは真面目ぶった優等生。名前はエルナム」

 ただ、黙って聞いているファナラド。

 「同じ外部教官にあてがわれると知った時は、校長を恨んだものよ・・・でもね?」

 シャロンは自嘲を浮かべつつ。

 「同じ教官の下で訓練を受け続けて。最初はケンカばかりだったけど、しだいに彼女の事がわかってきた」
 「・・・」
 「彼女には強い想いがある。民を守りたいという意思。その意思は少しの曇りもない透き通った心。アタシにはそれが眩しくて。結局、アタシがエルナムを嫌っていたのは、自分にないものを彼女が持っていたから、羨んでいたからと気づいた」

 今では親友となったエルナムを誇るようにシャロンは告げた。

 「・・・その、シャロン先輩はそうではないと?」
 「いいえ。想いの強さでは負けるつもりはないわ。そういう意味じゃないの」
 「あ、失礼しました・・・」
 「いいわ、誤解させるような言い方だったもの。アタシとエルナムの違う点は一つ。アタシは結果のみを求める。手段がどうであれ、民を守るという結果のみを求める」
 「・・・」
 「この違いがわかる?」
 「あの、私には少し難しいです」
 「ふふふ。簡単に言うと、あの危なっかしいエルナムがほっとけなくなった、といった所かな。そして一緒に想いを果たせるようになりたいと思った。そんなところよ」
 「はあ」
 
 一人で笑うシャロンに、ファナラドはどう対応していいものか、うなっている。

 「小さな子供でもわかる事。友達はいいもので、親友はもっといいもので。そんな仲間とともに戦う時、一人では敵わない敵にも勝てる気がするから」
 「・・・」
 「たとえ地位や立場が変わって、どちらかが命令を出し、どちらかが命令を受ける立場になってもそこには信頼が生まれるわ。もし道を誤れば正してやる事もできる。それがアタシの思う親友の意味。馴れ合うだけの関係は親友とは言わない」

 その時浮かべたシャロンの微笑みは、戦士として、女として、人として、とても魅力的だとファナラドは思った。

 「なんてね。難しく言葉で飾るコトじゃないかな。お互いに大切な思い出があれば、自然とそうなると思うから」

 照れ隠しのようにシャロンが言葉を続ける。

 「でもアタシは勝手だからさ。誰とでも友達になれるわけでも、なりたいと思うわけでもない。アタシはアタシが認めた人だけに、自分も認められたいと思ってるから・・・ファナはアタシの友達にはなってくれない?」

 ファナラドの心、その奥からこの人に親友と認められたいという思いが浮き上がる。それは衝動ともいえた。
 彼女の言う友人とは、慣れ合うだけの関係ではない。
 彼女の言う親友とは、命を預けられるほどの信頼関係。
 確かに命令とあれば、命を賭けるが・・・それだけでは成し得ない何かを成せる力がそこにはあると感じたから。

 「・・・シャロン先輩。私、先輩の親友になりたいです!」
 「アタシもファナと親友になりたいわ。だから、まずはお友達が始めましょうか」
 「はい! ・・・あ、でも」
 「なに?」
 「何と言うか、そういう言葉はここでは危ない感じですね」
 「・・・まぁね」

 友達から始まって恋人になってしまうのは、お姉様よりも遥かに危険だ。
 二人は友達として、初めて笑いあった。
 
 



 十数日の訓練をともにしたシャロンとファナラド。
 校長から引き受けた時は渋々だったシャロンだったが、精一杯の事をファナラドに教え込んだ。
 ファナラドも弱音を吐かず、よくついてきた。
 馴れあいを友情とは呼ばないシャロンの指導は厳しいものだった。
 ギルドの教官であれば淡々と説明する部分も、激励と叱咤の入り混じった激しいもの。
 それも昨夜で終わった。
 今日は、シャロンが再びイスキの下へと戻る日だった。

 「では校長、アタシはこれで」
 「ええ。ご苦労様。これからもがんばって」

 施設の門を出る手前まで見送りにきた校長に軽く頭を下げる。
 シャロンの手には数々の義理の妹から送られた品々で溢れていた。
 それを見て校長が、

 「相変わらずだったようね」
 「ええ、まぁ・・・」
 「ファナラドの件もお礼を言うわ。ずいぶんと濃い内容だったみたいね?」
 「あの子は本当に将来有望ですよ」
 「あらあら。ずいぶんと心変わりしたわね。あんなに嫌そうだったのに」

 昨夜過ごした、最後の一時は楽しかった思う。ずっと笑顔だったファナラド。
 ずいぶんとムリした笑顔だったが、シャロンはそれがとても嬉しかった。

 「ええ。アタシの数少ない友達の一人ですから、ファナは」

 少し照れながらも、シャロンは笑う。
 校長も満足そうに笑い返した。

 「貴女はずいぶんと大きくなって帰って来たのね。次に会う時が楽しみよ」
 「はい、では。ファナによろしく」
 「ええ。本人も見送りたいと言っていたけど、どうしても参加しなければいけない教練があったから」
 「むしろ見送りになんて来ていたら、蹴りいれてましたよ。そんなヒマがあったら少しでも訓練に時間をあてろって。あの子は本当に強くなります」

 そして一瞬、校長の背の向こうに見える噴水に視線を向けるシャロン。

 「いつか・・・親友として共に戦える日が待ち遠しいです。だから少しでも強くなってもらわないとアタシが困ります」
 「ふふふ。貴女も優しいのか不器用なのか。それだけは変わってないわ」
 「別に優しくも不器用でもないですよ。では、またお会いできる日まで。失礼いたします」
 「ええ、シャロン仮卒業生・・・いつ、いかなる時も貴女の生き方と意思を貫きなさい」
 
 最後の挨拶をかわし、やがてシャロンが背を向けて歩きだす。
 やがて、その背が見えなくなった頃。

 「シャロン、行ったわよ」
 「・・・は、はい」

 噴水の陰から出てきたファナラドは、子供のような泣き顔だった。
 泣きぬれて顔は赤くなり、嗚咽でしゃくりあげる声は小さく震えている。

 「あらあら、ひどい顔。何も泣かなくてもいいでしょう」
 「別れが、悲しいわけじゃ、ないです」

 確かにひどい顔だった。
 けれど、それは悲しみの涙ではない。
 どうしようもなくこみあげる嬉しさがもたらした涙。

 「シャロン先輩が私を・・・私なんかを・・・待っててくれるって。親友として一緒、戦いたいって・・・」
 「・・・あまり待たせないようにね。強くなりなさい」
 「はぃぃ・・・!」

 ファナラドを見て、校長はこの短い期間、ここまで人の信頼を得る事のできるシャロンに感嘆していた。
 エルナムとは違う人望を持つシャロン。それはその生き方からだろう。
 技術や良識といったものは学ぶもの。しかし人の本質は生まれ持ったもの。
 そして己の意思を貫く強い意思。
 校長はとある人物から直接、エルナムとシャロンの報告書を提出するように言われている。
 かなり異例な事である。そしてその意味する所も校長はわかっている。
 今回提出する報告書により、エルナムとシャロンの歩む道を分かつ事だろう。
 光と影。
 分かれてしまえば、決して交錯しない二本の道。
 ・・・もし、それが交わる時は。
 もちろん校長しだいでそれは避けられる。
 だから、校長は最後に告げたのだ。
 生き方と意思を貫けと。励ます事も謝罪する事もなく。
 夜と闇に愛する教え子を落とすとしても。
 ギルドナイトとして、校長はそれが民の為になると信じているのだから。





百禍繚嵐 〜ヤミカゲリ〜 END






ノベルトップへ戻る。



トップへ戻る。