夜。
 けわしい密林の中で、『魔眼の射手』は素早く貫通弾を装填する。
 使い慣れたヘヴィーガンは意思に滑らかに従う。
 銃口の先には、大剣を構えた女剣士の姿があった。
 まとっているのは青黒いリオソウル。ただし、カブトだけはガンナー用の顔を覆い隠すものをつけていた。

 「ガンなのに接近戦もできるんだね! あは! 今までのギルドナイトとは大違いだよ!」

 かなりの時間、戦いは続いていた。
 何発もの弾丸をうけた女剣士のカブトはひしゃげている。
 しかし『魔眼の射手』は気づいていた。
 顔面をかばうために、故意に銃弾をカブトで受け流されていた事に。
 遠距離からの射撃ではカブトを貫く事どころか、脳震盪さえ起こす事も難しい。
 度重なる攻撃はそうして無効化され、ついにこの距離まで詰められた。

 「ん、もう、見にくいなぁ。これだからガンナー用のカブトはダメなんだよ」
 
 変形したカブトを脱ぎ捨て、素顔をさらした女剣士。
 いくら視界が狭くなろうとも、脱ぐべきではない。
 これで一発でも頭部に直撃すれば、それで終わりだ。
 しかし女はさして気にした様子もなく笑っている。
 それは酷薄な笑みであり、子供のような笑みでもあり。
 つまり女剣士は言葉にせず、態度であらわしたのだ。
 この距離まで詰められた『魔眼の射手』に勝ち目はないと。

 「ガンナーはこういう場所が苦手だと思うんだけどなー。すごい!」
 「・・・」
 「それに、こんなにカブトに当てられたのは、あなたが初めてだよ? でも顔を見られたから、絶対に生きて帰せなくなっ ちゃったねー」

 『魔眼の射手』は間合いを維持しながら、女を観察する。
 二十歳ほどの、その女は実に美しかった。長い金髪は夜風にゆらめき、月のない夜を美しく飾っている。
 まだどこかあどけなさを残している面影。 常に微笑んでいる唇は、疲れに息を荒げる様子もない。
 しかし、その美しさ以上に、見るものの目を縛り付けるのは、彼女の瞳。
 その海のように蒼い瞳は、どこまでも澄んだ・・・狂気に染まっていた。

 「ねぇ、あなた『魔眼の射手』なんだよね? それって『龍食らい』みたいなもの?」
 「・・・」
 「だんまりかぁ。残念。でもどっちみち、悪いヤツだからやっつけなきゃ!」

 何がおかしいのか、女はとても楽しそうに笑う。
 笑いながら、霞むほどの速さで閃光弾を投げつけた。

 「・・・」

 一挙一動に反応できるように体勢をととのえていた『魔眼の射手』はすぐに目を閉じ、転がって身をかわす。
 一瞬前まで立っていた場所に風きり音。それは近くの木に深く刺さった。毒の塗られたナイフだ。
 すぐさま立ち上がり、素早く移動する。またしてもそこへ正確に突き刺さる毒ナイフ。
 やがて閃光が消え、闇に戻った時、女剣士の姿は消えていた。

 「・・・」

 落ち着いて耳をすます。
 相手がつけている防具のこすれる音や、足音を聞き逃すまいと。
 
 「あはは! ここでしたー」
 「ふ・・・っ」

 『魔眼の射手』の腹から突き抜ける赤い剣先。
 音など聞こえるはずがなかった。
 女剣士は『魔眼の射手』の背後に立っていたのだから。
 全ての先を読んだ当然の結果だった。

 「あなた強かったよ? でも、ダメだったね、はははは!」
 「く・・・」

 最後に一矢とばかり、『魔眼の射手』が銃口を弱弱しく向ける。
 女剣士は血によってさらに赤く染まった剣を引き抜く。
 それだけで『魔眼の射手』、ラウンナドは力尽きた。

 「あはは! まだかな? もうすぐかな? あははははははは!」 

 哄笑はいつまでも夜に響き続けた。





百禍繚嵐 〜クグツマイ〜






 レイドールから告げられた任務は暗殺であった。
 イスキ監視の任務を中断してまでの任務である。相当な規模の盗賊団や反逆者を想像したが。
 レイドールの口から出たのは、たった一人の。それも野にいるハンターの暗殺であった。

 「これが相手の詳細と、これまでの経過です」

 いつもの司令室でレイドールが資料をステアに渡す。

 「拝見します」
 「読めばわかりますが、相当な実力者ですよ」
 「・・・」

 使用武器は大剣。二十歳前後の女性。カブトからのぞく髪は金、瞳は青。
 素顔はいまだ不明。すでに数人の暗部が返り討ちに会っている。
 この情報もただ一人生きて戻った者が報告した手がかりだ。
 その者も報告を終えた後、絶命している。

 「この者は何か犯罪を?」
 「それならば正規の部隊を投入してすぐに片付けられるのですが、その女は我々ギルドナイトを闇討ちし続けている人物で す。一般人やハンターには手を出していません。とは言え顔がわからなければ、どうしようもあれませんが・・・」

 苦笑するレイドール。
 だがこの男の笑いはやはり演技という印象が強い。
 今の言葉もどこまで真実を語っているかはわからない。
 わからない事ならば、話をあわせるしかない。

 「我々に怨恨を持つ者ですか」
 「そう考えるほかはないでしょうね。返り討ちにあった最後の一人、ラウンナドは新しい『魔眼の射手』でした」

 つまり自分の身代わりであり、暗部での『魔眼の射手』の象徴に選ばれるほどの人物。

 「選定は大司令がされた者ですか?」
 「はい。先代の『魔眼の射手』ロイードにひけをとらない実力者でしたが、残念な結果に終わりました」

 ここでステアが疑問を口にする。

 「しかし顔もわからず、どうやって相手を判別したのですか?」
 「簡単な事ですよ。その女ハンターには内通者がいるようでしてね。街にあるハンターギルドで仕事をしていれば、いずれ 向こうから接触してくるでしょう」
 「内通者?」
 「目下調査中ですが・・・表の『魔眼の射手』を知る程度は裏に通じている人物ですね」

 ただ、それだけでは内通者を確定できない。
 その上、それほどの立場の者に確証なく嫌疑をかける事も難しい。
 ステアはレイドールが語らずとも理解する。

 「とは言え、さすがに貴女の事までは知らないはずですから、仮の立場と名前を使っていただきます。すでにギルドナイト の名簿にも載せてありますので」

 後手にまわらざるを得ない状況は、レイドールにとっても本意ではないだろう。
 完全にその内通者の思うままであり、とは言えこちらには他に手がない。
 ステアは手元の資料に目を戻す。
 これまでの手としては、依頼遂行中にしかけてくる事が多いらしい。
 例えば酒場で声をかけてきたハンター達とクエストにいった場合、それらのハンター達は気絶させられている。
 一人でクエストに向かえば、当然しかけてくる。
 かと思えば、最後の『魔眼の射手』の時のように姿を見せず、引き上げようとした道中で狙われる場合もあった。
 
 「わかりました。ならば探す必要はありませんね・・・可能ならば内通者も聞き出すという事ですか?」

 レイドールは首を横に振る。

 「そういう事が可能な相手ではなさそうです。その女剣士はすでに正気ではない。内通者という言い方はしましたが、実際 は一方的に騙して利用してるというのではないかと思われますから」
 「・・・わかりました。すぐに向かいます」
 「よろしくお願いします」
 「了解しました。それでは・・・」





 翌日には、すでにステアは目標が潜伏していると思われる街に足を踏み入れていた。
 現地の店でそろえたバトルメイルに、ラピッドキャストという、いかにも駆け出しの新米という風体を装う。
 歳のせいもあってか、周りの視線は珍しそうにステアを取り囲んでいる。

 「お嬢ちゃん、こんなトコにいたら危ないぞー?」
 「パパかママのお下がりかな?」
 「お外で遊んでおいでー」
 
 酒場で食事をしていると、若い男性のハンターたちに野次られる。一瞬、首をかしげるステア。
 見知らぬ他人から声をかけられるのは初めての事だ。
 表舞台での任務の経験もこれが初めてだった。
 とはいえイスキ達との暮らしで、だいたいはわかっていたつもりだったが、このように声をかけられた事などなかった。
 当然である。
 英雄『狂刃』とギルドナイトの卵が同席するテーブルに野次をかける無謀な者はいないのだから。
 ただそういった常識を知らないステアは、別の視点で男達を見ていた。

 (未熟な者ばかりだな。イスキほどの手練れはそうはいないか。それに友人エルナムとシャロンの方がよほど卓越している
だろう) 

 視線を向けられたままの男達は、よくよく見ると美少女であるステアに気づいたのか態度をあらためた。

 「俺達と一緒にキノコでも採りにいく?」
 「そんな歳でハンターになるなんて、なんか大切な理由があるんだよね?」
 「手伝うぜ?」

 ステアは考える。
 この街にはまだついたばかりである。
 目標が自分の存在をまだ知らなければ、クエストにいって誘ったとしても接触してくる確立は低い。
 数日はなるべくこの酒場に身をおいて、姿をさらした方が確実だ。
 ステアはそう結論を出すと、男達に。

 「必要ない」

 と、だけ答えて食事を再開した。
 呆気にとられたの男達である。
 見れば見るほど幼い少女の声にしては、あまりに毅然で鋭い。
 
 「ちょ、ちょっと、お嬢ちゃん? 人の好意をそういう風に・・・」
 「そうだよ。お兄さん達、これでもけっこう名前が売れててね」
 「そうそう。ついてくれば、すぐにでもいい素材がとれるよ?」

 今度は目線すらあわす事なく。

 「必要ない」

 さすがにこれには腹をたてたのか、三人の男達がステアのテーブルを取り囲む。
 
 「・・・」

 周りのハンター達もその雰囲気を感じて注目し始める。
 しかしステアは平然と食事を続けていた。

 「おい、こっち向けよ」

 男の一人がステアの腕をつかもうとした瞬間、男はテーブルの上に倒され料理にまみれる。
 すかさずその首筋へヒジを打ち込み、男を気絶させる。

 「私に触れるな。この身に触れられるのはステアと私の友人のみだ」

 ようやく男達の望みどおり、ステアが視線を向けた。
 その瞳には言いようのない圧力。
 硬直する男達をしばし観察するステア。

 「まだ何かあるのか?」
 「・・・チッ!」

 舌打ちとともに、男達は気絶した仲間をかついで酒場をでていった。
 ハンターとして最低限、そして絶対に必要な能力である、自分より強い存在を見るだけの目はあるようだった。
 ステアは料理の散乱したテーブルから立ち上がり、カウンターへ。

 「すまないが、さきほどと同じ料理を。あれはあとで片付ける」

 給仕に声をかけるステア。

 「あ、いえ、こちらでやりますから・・・その、かっこよかったです」
 「?」
 「あの人達、確かに腕は立つんですけど・・・若い子を見るとすぐにちょっかい出してくるんです。私もよく触られますし ・・・最低」
 「そうだな。確かに男しては格が低すぎる。あの程度の技量では優れた子孫を残すのは無理だ」
 「は?」
 「違うのか?」

 首をかしげるステア。それ以上に首をかしげている給仕。

 「あー、ええと。あってるのかなぁ? じゃあ、お客さんは好きなタイプってどんな男の人ですか?」
 「私が男として認めるのは少ない。子を成していいと思えるのは今のところ一人だ」
 「はぁ。なんというかお若いのに、考え方が変わってますね?」
 「そうでもない。いや、そうなのかもしれない。私はまだ不勉強だ。ステアを名乗っているがステアに申し訳ないと思っている」
 「はぁ?」

 わけがわからないという表情の給仕に、ステアは続けて。

 「参考までに聞きたい。さきほどの男が最低ならば、どんな男が最高だ?」
 「あー、えっとそうですねぇ・・・あ、少し前からこの街に滞在してる剣士さん、ステキですよ?」
 「ふむ」
 「たぶん、もうすぐ来られますよ。いつもここで朝食をとってますから」
 「わかった。では待ってみよう」

 ステアは別のテーブルで新しい料理に手をつけて、最高の男を待つ事にした。
 ややあって現れた男は、まっすぐにカウンターへ。

 「おはようございます、ジーナさん」
 「あら、ジェンドさん」

 給仕に声をかけたのは、ハイメタ装備にエンシェントプレートを背負った男だった。
 給仕がちらりとステアに目配せする。 どうやら、この男が最高の男らしい。
 ステアは立ち上がり、カウンターへ向かい、ジェンドの正面に立った。

 「おや?」

 頭二つ分ほど背の低いあどけない少女の姿を見て驚くジェンド。
 しかしすぐに紳士的に微笑んだジェンドは、優しく声をかけた。

 「何か御用ですか、お嬢さん?」
 「お前が最高の男か?」
 「は?」
 
 わけがわからないジェンドに給仕が笑って説明しようとした時。

 「ぐほっ!」

 ステアの拳がジェンドの腹にめりこんだ。

 「ジェンドさん!?」

 予想外の出来事に給仕が悲鳴をあげる。
 予想外の結果にステアが首をかしげる。

 「最高というわりには無防備だ。給仕、男を見る目がないな」
 「ああん、このお客さん、絶対ヘンー!」



 

 「はは、そういう事でしたか」
 「すまなかった」

 同じテーブルで茶を飲んでいるステアとジェンド。
 脂汗を浮かべつつも、すぐに復活したジェンドに給仕が事の発端を説明。
 同時に、ステアに対しても男は強さだけではなく、礼節や容姿や色々とあるという事を説明。
 ただその説明を受けている間、ずっと首を右や左にかたむけていた。
 とりあえず、自分に否がある事を悟ったステアがジェンドに謝罪しているというわけである。
 
 「誰にでも間違いはありますから」
 「すまない」

 もう一度頭を下げて、ステアは男を観察する。
 柔和な笑顔、丁寧な物腰に、優しい言葉。ここまでならば、そう珍しくない。

 (悪くない腕だな。『英雄』とまではいかないまでも、それなりの力を持っている)

 強者の雰囲気というものを感じるが、今回の件とは無関係だろう。
 狩人としての鋭い光が目の奥にはあるが、殺人者が持つ闇はない。

 「私はジェンド。お名前をうかがってもよろしいですか?」
 「ああ。私はレンという」
 「レンさん、ですか。いい名だ」

 ギルドナイトとしてのレイドールが登録した偽名である。
 立場としては、それなりに高いものとされており『魔眼の射手』候補の一人という話になっている。

 「初めてお会いしてましたが、この街には来られたばかりですか?」
 「ああ。まだ右も左もわからない」
 「そうでしたか・・・さしでがましいですが、よろしければ私と一緒に行動しませんか?」
 「・・・」
 「少し用事もありまして、しばらくこの街にいるつもりですから」

 それなりの腕を持つだろうこの男ならば、目標に手傷を負わせる事もできるかもしれない。
 報告書によれば、ギルドナイト以外のハンターをまず気絶させている。
 うまくいけば、この男を狙う瞬間をこちらが逆に待ち構える事もできるかもしれない。

 「かまわない。いや、お願いしたい」
 「そうですか、よろしくお願いします」

 こうして、ステアはジェンドとともに行動する事となった。 






 それから。
 ステアはジェンドとともに、酒場で食事をしたり、何度かの討伐も行った。
 自分の大剣の腕もそれなりだと思うが、さすがに本職とするジェンドには届かないだろう。
 大剣という特性を活かしており、それは特に火竜戦で発揮された。
 今も雌火竜の討伐を終えて、街に戻る途中だった。
 すでに太陽は沈み、空は夜に染まりだしている。

 「レンさん、ケガなどはありませんか?」
 「問題ない。しかし大した技量だ」

 幼い口から発せられる、居丈高ともとれる口調にジェンドは常に笑顔だった。
 最初はとまどっていた様子だったが、こういう性格なのだと割り切ったらしい。

 「独学か?」
 「半分は。残り半分は師のおかげですね」
 「名のあるハンターなのだろうな。名前を聞いてもいいか?」
 「いえ。残念ながらお教えできません」

 申し訳なさそうに首をふるジェンド。

 「そうか」
 
 何か事情があるならば、無理に聞くほどのものではない。
 その者がもし民の敵となれば、いずれギルドの者が赴くだろう。

 「ところで、レンさんはこの街に何か御用でも?」
 「そういうお前も何か用事があると言っていたな?」
 「・・・ええ。ちょっと人探しを」
 「そうか。私も似たようなものだ」
 「奇遇ですね。もしかしたら同じ人物を探しているかもしれませんね?」

 冗談まじりに笑うジェンドが、思い出したように。

 「あ、すいません。先に行っていて下さい。すぐに追いつきますから」
 「なぜだ?」
 「それは、その、ですね。生理現象というか」
 「・・・ああ、排泄か。ではゆっくり歩いていく」

 ジェンドが言いにくかった言葉を簡単に吐き出し、ステアは振り返る事なく歩き出した。
 その背を見送った後、ジェンドは後ろを振り返る。

 「・・・変わった子だ。そう、思いませんか? 『魔眼の射手』候補となれば、普通ではないのも当然ですかね」
 「どうだろう? よくわからないよ。でも、どうしてジェンドが、あの子と一緒にいるの?」

 少し離れた場所から、姿を現したのは大剣を手にしたリオソウル装備をまとった女だった。
 カブトはガンナー用のもので、素顔はわからない。
 けれど、ジェンドは笑顔を浮かべて、歩み寄る。
 何の緊張もなく、女剣士もまたジェンドに近寄ってくる。

 「あの子がギルドの暗部だという事は調べがついてましたから」

 メサイアからの使いの者が、レンの名前と似顔絵を届けていた。
 彼女と初めて会ったあの日、まさか向こうから接触してくるとは思っていなかったので、少々とまどったが。

 「そしてギルドナイトと一緒にいれば貴女が現れると思いまして」
 「やっぱりジェンドは頭いいね」
 「いえいえ。さ、帰りましょう?」

 女剣士の手を優しく握るジェンド。
 ようやく見つける事ができ、安堵したのもつかの間。

 「師匠に言われたの?」
 「え?」
 「ジェンドは師匠の命令で来たんでしょ!」

 女剣士は、自分の手を握るジェンドをにらみ。

 「ダメだよ! まだ、やる事があるんだから! 師匠がダメって言っても、これだけはやらないとダメなの!」
 「わ、わかっています。師匠の元から無断で出て行くほどですから、とても大切な用事がある事は! けれど師匠も心配さ れていますから、とにかく一度、戻ってきてください!」
 「やだ! やだやだやだ!」

 子供のように暴れる女剣士。
 ジェンドは振り払われまいと、その体を抱き捕らえようとしたが。

 「離して! 邪魔するならジェンドだって叩くよ!」

 女剣士がジークムントの刀身を横にして、その腹でジェンドを殴りつける。
 なんとかエンシェントプレートでそれを受けたジェンドが女の名を叫ぶ。

 「サリナさん! もう帰りましょう! 貴女がやっている事は間違っている!」
 「うるさい! うるさい! うるさい!」
 「メサイア様が泣いてるんですよ! 貴女の名前ばかり呟いて、ずっと!」
 「う? ・・・うぅー・・・うーうー!」

 メサイアの名を出されたサリナがうなる。
 彼女にとって一番大切な人が自分のせいで泣いている。
 それでも。

 「うう・・・うああああん!!」

 サリナは泣きながら、ジェンドに向かって走る。剣の刃は向けていないが、まとも食らえば昏倒は確実だ。

 「サリナさん!」
 「もう少しなの! もう少しなんだから! ギルドの偉い人がそう言ったんだから!」
 「くっ・・・やはり、裏に誰かが? メサイア様の読み通りか・・・」

 最悪とも言える予想があたってしまった。
 舌打ちするジェンドにサリナは涙をぬぐった笑顔で。

 「大丈夫だよ! きっと後で師匠はサリナの事ほめてくれる! だから!」
 「どういう事ですか!?」

 剣の腹で打ち合いながらジェンドは少しでも情報を得ようとする。

 「たくさん悪い奴をやっつけたらイリアは帰ってくるって! イリアを返してくれるって約束してくれたんだから!」

 サリナが笑顔を浮かべる。
 ずいぶんと久しぶりに見る、かつての優しい笑顔。
 けれど、それはどこか歪んだものだった。
 ジェンドは唇をかみ締める。口の中に血の味が広がった。
 それでもなお、彼女を止めるための言葉を吐き出した。

 「サリナさん! イリアさんはもういないんです! ・・・死んでしまったんですよ!」
 「・・・うう・・・うわああああ! 違う違う違う!! 嘘つき、嘘つきジェンド! ジェンドなんか嫌いだ!!」

 サリナの蒼い瞳孔が大きく開く。
 そして刃をジェンドに向けて斬り下ろす。

 「ジェンドなんて・・・意地悪なジェンドなんか、いなくなっちゃえ!」
 「くそっ! 汚い手でサリナさんを・・・心の傷につけこむなど酷すぎる!」

 ギルドナイト、ジェンド。
 暗部『龍食らい』メサイアの弟子にして補佐をつとめる男は、突然消息を絶った姉弟子サリナを探していた。
 そして、サリナが消えた同じ頃から起きた始めたギルドナイト殺害。
 もしも何者かがサリナを利用しているとすれば・・・という懸念に駆られたメサイアの命令だった。
 メサイアは『龍食らい』である。その身はギルドに管理、むしろ拘束されている。自由な行動はとれない。
 無理に動けば大事となり、サリナの犯した罪を隠蔽する事もできなくなる。

 『お願い、ジェンド、あの子をサリナを連れ戻して・・・絶対に・・・』

 本当は自分が探したい、連れ戻したいという想いはその顔に痛烈なほど浮かび上がっている。
 二年前のあの日以来、サリナは長い間、精神が非常に不安定な状態にあった。
 メサイアにとっても、あの日は深い悲しみをもたらした黒い夜の出来事。
 深い爪でえぐられたかのような心の傷はまだ癒えていないだろう。

 『サリナはもう私の命そのものなの・・・お願いよ、ジェンド!』

 ジェンドに泣きすがるメサイア。
 かつて天使の両翼と言われた双子がいた。
 純真無垢で、メサイアに大切な事を教えてくれた、かけかげのない二人の少女。

 『イリアの時のような涙はもう、流したくない! 耐えられない!』

 そう。
 天使はあの日一枚の翼を、イリアという翼を失ったのだ。
 もしも片翼となったサリナまで失えば、メサイアはもう立ち直れないだろう。
 なんとしてでも、サリナを連れ帰らなければいけいない。
 彼女の弟子として、彼女を愛する男として。

 「しかし今だこれほどの力か・・・衰えがみえない!」

 サリナはこの二年、ほとんど戦う事もなくただ息だけをするように暮らしていた。
 対してジェンドはメサイアの下で修行も積み、難しい任務もこなしてきた。
 しかし今、押されているのはジェンドだった。
 腕力は当然ジェンドが上。経験もジェンドが勝っているだろう。剣の技量もそれほど差はない。
 確かにジェンドはサリナを傷つけないように戦わなければいけない。
 いや、最初の数合はそのように考えて打ち合っていたが、今ではただ身を守るだけで精一杯だった。
 戦いの勘というものが、ジェンドをはるかに上回っているのだ。

 「天性の素質・・・天才というヤツか。くっ、己の不才を呪う!」

 と、不意にサリナが剣を止めた。
 そして背を向けた。

 「サリナさん?」
 「ジェンドはサリナに勝てないよ」

 涙声ではなかった。ひとしきり暴れて、少しだけ落ち着いたのだろうか。

 「だから帰って。それで師匠に伝えて。もうすぐ帰るからって。ごめんなさいって。大好きだって」
 「サリナさん・・・」
 「サリナはあの子を追わないと。ジェンドにかまってる時間、ない」
 「・・・」

 決して冷静さを取り戻したわけではなかった。いや、ある意味非常に冷静だった。
 あのレンというギルドナイトを追う時間のために、剣を止めたのだ。
 すぐにレンの歩いていった方へと走り出すサリナ。

 「サリナさん、待ってください!」
 「ちょっと痛いけど、ジェンドが悪いんだからね?」

 サリナが振り向いた瞬間。
 ジェンドの足には、投げナイフが突き刺さっていた。
 たまらず転倒するジェンド。

 「く、あ・・・麻痺ナイフ?」
 「しばらくはビリビリだよ。もう追ってきちゃダメだからね、ジェンド」
 「サリ、ナさ・・・ん!」

 サリナは振り返る事なく、走っていった。





 ギルドナイトの後を追いかけていたサリナだが、街へと帰る道をたどっても見つける事ができなかった。
 確かに夜で視界は悪いとは言え、動く人影を見逃すサリナではない。

 「おかしいな、歩いて帰ったならまだ間に合うはずなのに」

 せわしなく辺りを見回すサリナ。
 月夜の薄暗い中で、歩き回るが人影はない。

 「もう! ジェンドのせいだよ! どうしよう!」

 その瞬間、一発の弾丸がリオソウル装甲の継ぎ目を狙って撃ち込まれた。

 「あ、れ?」

 腹部から伝わった熱い感触。
 触れれば、そこからは暖かい血が溢れていた。
 続けざまに、数発の弾丸がサリナへ発射された。

 「・・・あは!」

 すぐさま身をひるがえしたサリナ。同時にそれまで立っていた場所に砂煙が舞った。

 「一発当てて、すぐに足を狙うなんて、慣れてるね!」

 発射音を聞き逃すサリナではなかった。
 すぐに狙撃手の位置を割り出し、ひときわ大きな木へと走っている。
 その木の上から飛び降りてきたのはステアであった。

 「・・・」

 着地と同時に、込めていた貫通弾から違う弾種へと装填。
 だがステアが銃を構えた時には、すでにサリナはその剣の間合いまで踏み込んでいた。

 「あはは!」
 「・・・」

 転がりそれを回避するも、返す刃がステアを薙ぐ。
 左の篭手でそれを受け流しつつも、勢いを殺さず飛んで間合いをとるステア。
 そして照準を合わせ、引き金を絞る。
 
 「だめだよ、だめ! そんなのじゃ当たらないんだから!」

 ジークムントを横にして、その腹で弾丸を受けるサリナ。
 ステアは装填中。当然、その隙を見逃すサリナではない。

 「この前の人の方が強かったかな!? ばいばい!」
 「・・・」

 迫る巨大な刃には視線を向けず、ステアは装填を完了させる。

 「あう!」

 爆発をまきおこしたジークリンデに巻き込まれ、サリナが吹き飛ぶ。
 さきほどステアが剣に向けて撃ったのは徹甲榴弾だった。
 新たに装填した弾丸は火薬量の多い通常弾。それを追い討ちするように撃ち込んでいく。
 射線を読んで弾丸をはじくサリナだが、その火薬量が生み出す力により、たたらを踏む。
 数発の攻防ののち、距離は離れる。
 ステアは素早く装填をするが、サリナはそれを見ながら笑った。

 「すごい、すごいね!」
 「・・・」
 「今まで一番強いよ! それラピッドキャストだっけ? あんまり強くない鉄砲なのに!」
 「・・・」

 ステアは冷静に相手を観察していた。
 最初に与えた一撃は確実に痛みを与え、血を失わせている。
 この装備でも初撃さえ命中させ、相手の疲労を待つ戦法で十分な勝算はあった。
 しかし、目の前の目標は、それでもなお、あの動き。
 呼吸も乱れず、痛みによる発汗もなく。

 (この装備では無理か)

 互いの戦力分析をした結論がそれだった。
 体力的には自分よりも相手が上だろう。体の大きさや、扱っている武器から推察できる。
 小柄な自分は敏捷性で有利だが、攻撃力に差がありすぎる。
 そして相手はリオソウル装備。おそらくは最上級の物。カブトだけは顔を隠す為かガンナー用であるが、この銃とこの状況 で狙い撃つ事は難しい。
 逆にこちらはガンナー用のバトルメイル。刃は防ぐかもしれないが、大剣の一撃を受ければ骨折はまぬがれない。
 さきほど威力を受け流したはずの篭手すらもゆがんでいるし、痺れもまだ続いている。
 剣士とガンナーという単純な図式からみれば、現状は絶対的な不利である。
 ただしステアには相手が及ばないほどに、人を相手に戦う、という経験の積み重ねがある。
 全力を尽くせばこの状況下でも五分五分の戦いとなるだろう。だが勝ったとしても無傷ではいられない。
 またステアには、イスキ監視という任務もある。
 せめて、いつもの銃と防具があれば、正面からでも五分以上に戦えるのだが。

 「どうしたの? 考え事?」
 「・・・」

 女剣士が剣を降ろしてステアにたずねかける。

 「お前は強い」
 「ん? あ、褒められた! ありがとね!」
 「・・・そうだ。お前の力は称賛に値する。残念だが今の私の装備では勝てそうにもない」
 「あははは! でも戦いの前に準備をちゃんとするのも強さのうちだよ!」
 「その通りだ。お前の評価を誤った。今回は退かせてもらう」

 女剣士は眉をしかめ、嫌なことを思い出したように。

 「ダメ。前に一度だけ失敗したらすごく怒られたんだから!」
 「そうか、ならば仕方ないな」
 「そうだよ、逃がさないよ!」

 剣を握り直しつつ、剣士がステアへと踏み込んでくる。
 その重量、その速度。今までよりも加速した攻撃は、受ければ骨折程度ではすまないだろう。
 ステアは冷静に相手の動きを見極める。
 相手を仕留める事は、現状難しい。
 しかし、退くだけならば・・・この闇夜にまぎれる事は難しくない。

 「・・・」

 ステアが手にしたものを投げる。

 「あは、閃光玉? バレバレだよ?」

 ジークムントで切り裂いたそれは割れ、女剣士に飛び散った。

 「あ? ペイント・・・?」

 予想外の事に女剣士の動きがとまった。
 ステアの装填の音。すぐに我にかえった女剣士がステアに目を向けた時。

 「あう!」

 今度こそ閃光が夜を白く染めた。
 完全に虚をつき、女剣士の視界を奪ったステアはすぐに銃を捨て身軽になる。
 女剣士はすぐにその場から転がり、立ち位置をたくみにかえながらも視力の回復を待つ。
 やがて、女剣士が目を開いた時。すでに敵の姿はなかった。

 「あー! やられた! もう! どうしよう、また怒られるよ!」

 女剣士はあわてて、駆け出した。ただし方向はあてずっぽうだろう。
 だがもし方向が合っていも、どのみち、ステアを見つける事はできない。
 ペイントは女剣士の体にこびりつき、強烈な匂いを放っているのだ。
 近くまで追いついたとしても、すぐに逃げられてしまう。

 「ああーん! 待てー!」

 女剣士が走り去った後。
 最初と同じく、木から飛び降てきたステアが、地に投げ捨てたラピッドキャストを拾う。

 「・・・」

 ステアはあの閃光玉のあと、木にのぼり相手の様子を見ていた。
 下手に動くよりはこの方が確実であると判断したのは間違いではなかったようだ。
 そして女剣士が走り去った方角を見てつぶやく。

 「・・・厄介な相手だ」

 『魔眼の射手』、初めての任務失敗だった。










 報告を受けたレイドールは、少しばかりの驚きでステアを見た。

 「貴女が討ちもらした・・・それほどの相手でしたか」
 「言い訳はいたしません。何なりと処分をどうぞ」
 「いえ。貴女の判断は正しい。無傷で帰還したという事は、イスキ監視の任務も考慮に入れての事でしょうし」

 レイドールは続けて。

 「目標について何かわかりましたか? 顔を見たとか、あるいは名前などは?」
 「残念ながら何も」
 「そうですか。わかりました。今回の任務はこれで終了です。再びイスキ監視の任務に戻ってください」
 「はい。それでは失礼します」

 退室したステアを見送っていたレイドールが、隣の部屋に声をかける。

 「お互いほぼ無傷で、引き分けとなりましたね」
 「アンタにはおそれいるよ。完全に予測通りじゃないか」

 出てきたのは銀髪の若者だった。

 「作戦中、留守にして悪かったな。これでも急いで戻ってきたんだが」
 「いえ。作戦に全く関係ない事でもないですし。それに家族を大切にするのはいい事ですよ」
 「皮肉か? まぁいいがな」

 銀髪の男はレイドールの机に腰を乗せて。

 「『片翼』は腹に一発くらっているが、たいしたコトはないと報告があった。だが、『魔眼の射手』にいたっては無傷か。装備し だいでは『魔眼の射手』の方が格上かな」
 「そうとも言い切れません。視界の悪い装備ではままならない部分もあるでしょうし。ところで『片翼』の剣のほうは?」
 「ああ、ジークムントは間に合わせで用意したもんだからな。今、封龍剣の製作を急がせてる」
 
 銀髪の男は髪をかきあげながら。

 「ま、とりあえずは一段落か」
 「そうですね。作戦も終わりましたし、『魔眼の射手』と『片翼』の顔合わせも終わりました」
 「ギルド内部において反乱分子の疑いがある者の一掃。意外と早くカタがついたな。ただ・・・ラウンナドは意外だった よ。アイツとは学園で同期だったし、優秀で正義感のあるヤツだった」
 「いえ、彼は反乱分子ではありません。正義感も強く、ギルドにも高い忠誠を示していました」

 銀髪の男の表情が曇る。

 「なら、なぜだ?」

 その強い口調の問いかけにレイドールは、冷ややかに答えた。

 「ギルドへの忠誠心が高すぎたんですよ。今後の我々の行動を妨害する可能性が高かった」

 それだけで銀髪の男は納得した。

 「ああ、そういう事か。いくら優秀でも、心が腐ってたなら仕方ない」

 そうしてまた二人は次の作戦に関しての話を始めていた。
 ギルドの闇はどこまでも深く罪に埋もれている。
 全ては民の為に、と。





百禍繚嵐 〜クグツマイ〜 END






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