百禍繚嵐 〜カゲロウ・ツキヨ 〜 (後編)






 やがて日は暮れ。
 予想通り、イスキとメイラの二人はそれぞれ別れて、スヴェツィアを探し始めていた。
 グーラーは身を隠し、ただ待ち構える。
 スヴェツィアは処理してもよかったが、グーラーとて無駄な死人を出す趣味はない。
 決して避けえぬ道ならば人殺しはいとわないが、グーラーは殺人鬼ではないのだから。
 なにより戦場以外で人を殺すというのは、実に面倒である。
 死体は多くを語る。その死因である刀傷や銃創、身なり、顔・・・
 それらは殺した者へとつながる糸となる。暗部に身を置く者は、そういった事を熟知している。
 可能な限り殺害はせず、殺害する必要があるならば可能な限り証拠を残さず。
 スヴェツィアは殺すべき対象ではないし、後々必要になる可能性もある。今は近くの茂みに縛って転がしてあった。
 ふと。

 「・・・」

 月を見上げた。
 美しいと思う。
 不可侵であり、何にも汚されない白銀の光。
 どんな人間にも、分け隔てなく降り注ぐ光。
 太陽の光は、裏道を歩く者には少々まぶしすぎる。
 しかし、月が照らし出す影はどこか柔らかい。
 そんな事を考えてしまうのは、あの白髪の男のせいだろうか。
 彼の目は太陽の下では己の目は役に立たないと言っていた。
 だが月の下でならば、多少は見えると。
 裏の血路を歩く男にすら、月は優しく。
 だから、こんなにも月は美しいのだと。

 「ましさく夜を照らす光か」

 呟き。グーラーはゆっくりとその身をさらした。
 少し距離をおいたそこには。

 「スヴェツィア!?」

 グーラーの影を自分の探し人と思ったのか、駆け寄ってくる黒髪の女、メイラ。
 しかしすぐにその足は止まり。

 「だれ?」

 グーラーは答えず、そして無言が流れる。
 メイラは数瞬、グーラーを見据え。

 「裏か」
 「ほう? これは期待できるかな」

 裏のギルドというものは一般には知られていない。
 しかしそれを知るという事は少なくともまっとなハンターではない。
 つまり、あの白髪の男の情報も期待できる。

 「スヴェツィアは?」
 「そういきり立つな。眠ってもらっただけだ。少し離れた場所に転がしてある」

 グーラーはアゴで方向だけを示す。

 「あんたの狙いは?」
 「思い当たるふしでもあるのか?」

 グーラーは笑いながら、剣を抜く。
 メイラもまたランスの穂先をグーラーに向けた。
 ますますグーラーの予想が確信へと変わっていく。
 グーラーはまず、その重要な部分をメイラへとぶつけた。

 「『黒き灼熱』」

 ただ、その『英雄の名』を口にした。
 瞬間、メイラは猛るような目でグーラーをにらみ。

 「アザァに何かしたら絶対に許さない! 殺してやる!」
 
 予想以上の答えに満足しつつも、女を哀れむグーラー。

 「は、なんともマヌケだな。俺は確信があったわけじゃない、少しでも手がかりを期待しただけだが、そうもあっさりと教えてくれるとはな。イスキという男にも感謝しないとな。くだらん監視任務だと思えば、大当たりだ」

 だが、対してメイラは妙に落ち着きを取り戻し。

 「イスキさん? ううん・・・もういい。口じゃ勝てないし。でもやるべき事はわかってる」
 「ほう、どうする?」
 「殺せばすむもの。いつもみたいに」 
 
 メイラの手のランスが、月光を受けて鈍く光る。
 対人戦ではまず選ばれることのない重武器。
 メイラがグーラーを一瞥して、吐き捨てるように。

 「イスキさんがギルドにどう関わっているのかは知らないし、関係のない事。彼はあたしの世界を壊さないから」

 グーラーは目の前の女が変貌するのを見た。
 表情が全て消え、唯一感情が宿っているのは瞳のみ。
 殺意に染まった黒い、どこまでも黒い闇色の瞳だけだった。

 「けどお前は違う・・・死ね」

 そしてそれ以上、話をする必要も、話すをするに足る存在でもないというように、メイラはグーラーへと駆け出した。
 走り出したメイラに対して、グーラーは嘲笑に顔をゆがめる。
 どんな事情があるかは知らないが、愛に狂った女が自分に向かって無謀にも突進してくる。
 ランスというものはその最大の利点である重量からして、どうしても動きが鈍くなる。
 対してグーラーは片手剣。しかも暗部という場所に身を置く者。
 まずはこの女を始末し、『黒き灼熱』の生存を報告。確実な出世がもう手の届く距離にある。

 「夢のようだぜ、まったく」

 メイラのチャージは確かに素早いと言える。この動き一つでも、ただの女ハンターではないとわかる。
 踏み込みの速度、足運びの滑らかさ、目標に向けられ揺らぐことのない穂先。
 事実、今日の討伐内容は見事だったが・・・
 所詮は軌道の変化も乏しい攻撃手段。相手は竜ではなく、人なのだから。

 「ふ」

 右、左と小刻みに体を揺らし的を散らすグーラー。
 メイラのランスが寸前まで迫った瞬間、盾の方へ飛ぶ。
 堅牢、そして巨大な盾を逆に利用したグーラー。この体勢からではランサーに攻撃の手段はない。
 あとは背後から剣を振るえば終わりだ。
 剣を振り上げるグーラー。
 その瞬間。

 「お前が見るのは悪夢だ、ギルド」

 メイラは盾を捨てた。ランスも捨てた。

 「な・・・に?」

 そして腰の後ろに差していた小さなナイフを素早く抜き、そのままの動きで真横へ打ち付ける。
 ハンターなら誰もが持っている剥ぎ取りに使用するナイフ。
 竜との戦いに耐えるほどの頑強さはないが、人を相手に一撃を放つには充分な刃物。

 「が、はっ!」

 ナイフは、グーラーの鎧を貫き、胸に突き刺さる。
 一瞬の事だった。
 グーラーは大きく目を見開いてメイラを見るが、全てを理解する間もなく、地に伏した。
 戦いは呆気なく、刃を一度として打ち合わせる事もなく終わった。
 
 「・・・さて、と」

 メイラはランスと盾を拾い街へと歩き出す。
 背後に打ち捨てられたグーラーの姿など一目ともせずに。

 「アザァ、お腹すかしてるよね、早く帰らないと」

 すでにその顔は、いつものメイラだった。

 「・・・あと、どれくらい、こうして・・・いられるのかなぁ」

 愛する男から、彼女の本当の名前が呼ばれる事はもうないだろう。
 自分はただヒザを抱えて泣いていた、あの悪夢の夜に何があったのかはわからない。
 けれど、数日後あるギルドナイトがアザァへと引き合わせてくれた。
 街から離れた場所にある洞窟の奥にアザァは眠っていた。

 『最後に見た彼の心はもう壊れていました。貴方ならばそれを癒せると思いまして、お連れしました』

 ひどい状態だった。
 簡易ベッドに寝かされたアザァ、その全身に巻かれた包帯からは血が滲んでいる。
 それらの傷は黒龍から受けたものではなく・・・刀傷や銃創だった。
 それをギルドナイトに問い詰めると、彼は首を横に振り。

 『それを知ったら、貴女は彼と一緒にいられなくなる』

 ただ、こうも告げた。

 『ただ、何も聞かないのであれば、このまま彼をつれてギルドが統治していない場所で暮らす事もできます』

 その言葉にただ頷く。それは彼女にとっての願いでもあったのだから

 『彼は死んではならない。生きてもらわなければならない』

 ギルドナイトのその言葉がどういう意味なのかはわからない。
 アザァの実力を惜しんだのか、それとも何か個人的な思いがあるのか。
 
 『彼には追っ手がかかる事でしょうが・・・貴女が守ってください』

 それがギルドナイト最後の言葉だった。
 さらに数日後。
 目覚めたアザァは、おぼろげにしか見えない白い瞳で彼女を見て「メイラ」と呼んだ。
 アザァは、彼女の髪をくしゃくしゃと撫で付けて、もう大丈夫だ、と。
 それだけでアザァが誰を愛していたか、彼女は悟った。
 だが、それでもいいと。
 今、こうしてアザァが生きている事に比べれば、これ以上の事は必要ないと・・・。
 彼の横に立つのが、メイラならば、それは素敵な事だから。
 涙をこらえて、アザァに笑顔で彼女はこう言った。

 『もう・・・しっかりしてよね。あたしだよ』
 『・・・? メイラだろ?』

 見間違いではなかった。
 今のアザァの心に存在しているメイラは、あやふやで、おぼろげな存在。
 思い出の全てが、自分との思い出すらも、メイラに置き換えられている。
 その瞬間、全てを悟った。
 アザァは見たのだ。

 ――メイラの死を。

 そしてアザァは壊れてしまった。それを見た自分の目も、彼女を愛した心も、壊れてしまった。
 だが、いつか、真実を思い出す日が来るかもしれない。この強き男ならば悲しみを越えて。
 けれど、今のアザァには『メイラ』が必要だった。そうでなければ、今度こそアザァは壊れてしまうと。
 アザァの髪は白くなっていた。
 かつてエンと名乗った時のように染めているのではなく。
 それはきっと、激しい感情が弾けた結果なのだろう。
 まさしく身も心も引き裂かれるほどに。
 あの悪夢の夜、アザァもまた伝説と戦っていた。
 だが彼が戦いの恐怖で、それが例え死の寸前に身をさらしたとしても、そうはならないだろう。

 「だから、アザァには『メイラ』が必要なのよ」

 そう自分に言い聞かせた彼女は、その日、メイラとなった。
 そして今もメイラでい続けている。
 ギルド統治下のない国に居を構え、アザァとの新しい生活。
 それはとてもとても幸せで。
 ゆがんでいるかもしれない。
 それでも、幸せだったから。
 ギルドナイトの言葉どおり、こうして追っ手がやってくる事もある。
 それでも、幸せだったから、殺し続けた。
 だから、これからも。

 「・・・」

 メイラは目を閉じて、かつて一緒に旅し、戦った女の顔を思い出す。
 優しかった。
 厳しかった。
 大きかった。
 力強かった。
 誰よりも尊敬していた。姉のようにも思っていた。
 メイラはまぶたの裏に映った、その女に微笑む。
 銀髪をひるがえし、ランスを舞うように操り。
 ともに戦い、ともに同じ夜を眠り、ともに同じ男を愛した。

 「メイラ・・・大好きだった」

 師を敬愛する弟子の微笑みが自然と浮かぶ。
 けれど、その微笑みは。
 しだいに違う笑みへと変わった。
 
 「でも・・・ごめんね? アザァおにぃ・・・もうあたしのものだから」

 彼女は望んでいない。絶対に望まない。
 アザァが記憶を取り戻す日を。
 それは彼女の世界が終わる瞬間なのだから。
 メイラへ向けられた愛を、一身に受けられる世界。それはこの上なく幸せな世界。
 ティティの望む全てがある世界。

 「・・・さて・・・バカ弟子を拾っていかないとね」

 そして『メイラ』は、可愛い弟子のもとへと駆けていった。










 「げほっ! がはっ!」

 呼吸を止め、一切のみじろぎをせずに地に伏せていたグーラーが、苦しげに立ち上がる。

 「なんなんだ・・・あの女ッ!」

 剣を交えた今になって理解できた。
 確かに技術も経験も自分と同等かそれ以上。何より圧倒的な殺気と狂気。
 すでに心をのまれたグーラーは、女を追うことなど考えていない。

 「チッ・・・」

 胸からナイフを引き抜き、血のついたそれをうち捨てる。
 急所はそれていたといはいえ、軽傷とは言いがたく、流血は続いている。
 しかし、それは間違いなく幸運だった。鎧だけでは確実に死んでいたはずの一撃。
 グーラーの命を救ったのは、胸に忍ばせていたあるものだった。

 「・・・」

 鎧を外したグーラーは、首から下げていた二枚のリオレウスの逆鱗が砕けているのを見る。
 剥ぎ取り用のナイフでグーラーの鎧と二枚重ねの逆鱗を砕くなど、信じがたい事実だった。
 グーラーは苦笑し。

 「・・・すまねぇな。また助けられた」

 一枚は自分のもの、もう一枚はかつての友人が身に着けていたもの。
 グーラーとてかつては、『表』の遊撃小隊で、ギルドナイトの誇りを抱いていた頃があった。
 しかし彼が所属していた部隊は、とある戦いで自分だけを残して全滅した。グーラーはそれを機に自ら闇へと落ちた。

 「ジラッド・・・」

 親友の名を口にすると、かつての仲間達の顔が次々に浮かび上がる。
 ファイアス隊長、速射のレエオル、剣風のハン、そして親友である断頭のジラッド・・・。
 そこに自分、無音のグーラーが加わり、五人で為された部隊。
 グーラーの部隊は『蒼』と呼ばれていた為か、ファイアス隊長は隊員全員に蒼い逆鱗を贈っていた。
 血のつながりではなく、心のつながり、正義の証明に満ちた、仲間との絆として。
 グーラーがファイアスから逆鱗を受けた日が、今では遠く感じる。

 「ははは、これじゃそっちにいった時、ますますお前にゃ頭があがらなくなっちまう」

 グーラーは、体全ての動きを確認する。
 悲鳴をあげる痛覚を無視して、人間の体としての機能に障害がないかの確認作業。
 損傷はない。ならば、この程度の傷などかまっていられない。

 「問題はない。これならば・・・」

 あの女はもともと目標ではない。
 グーラーにとって、障害を排除したか、障害から逃げ去ったかなどどうでもいい事だった。
 肝心な『黒き灼熱』の確証は得られたのだ。
 あとはイスキがこの街から帰る頃を狙い処理。
 その足でギルド戻り『黒き灼熱』発見の報告で全てが終わり。
 そしてグーラーの夢への実現が一歩近づくのだから。
 あの女は自分を殺したと思っているだろうし、その上『黒き灼熱』やイスキには自分の裏の顔を隠している。
 ならば、万一にもイスキへ自分という襲撃者がいた事などは告げないだろう。

 「しかし、この体で『狂刃』と一戦交えるとなると、な」

 どう仕掛ければ確実か。
 モデストへの道順、その地形や手持ちの武器などを考慮し、結果の予測を重ねていく。
 しかし現状で可能な手段では、どうしても剣を交える事になるだろう。
 いかに最初の一撃、不意をついた攻撃でどれほどの手傷を負わせられるかが鍵と結論づける。
  
 「それでも無傷というわけにはいかんだろうが・・・なに、生きていればどうとでもなる」
 「うーん、それは無理な話ね?」

 女の声がすぐ背後から響く。

 「な?」

 全くの不意をつかれ、グーラーが反応するよりも早く、次の瞬間。

 「ぐ」

 二度目の奇跡は起きなかった。
 素肌をさらしていたグーラーの背から胸へと刃が貫いた。
 グーラーは背後を見ようと体を向けたものの、そのまま体を横にして倒れこんだ。

 「ふぅー・・・うまくいって良かった。私、戦闘訓練なんて受けてないから、こういう時はいつも冷や汗ものでね。できるのはせいぜい物音を立てずに近寄るぐらい」

 髪をかきあげグーラーを見下ろしつつ、少し距離を離してその女は座り込んだ。
 その顔には見覚えがある。

 「お、まえ・・・」
 「驚いた? やられたフリするのはアンタも得意みたいだけど、私も得意なの。しかし、先生にも困ったもんよねー。ツメが甘いから、私も忙しい」

 激しく揺れる視界の中でグーラーが見た者は、あの女だった。 
 スヴェツィアと呼ばれていたランス使いの弟子。
 自分が昏倒させたはずの未熟なハンター。
 混乱するグーラーにスヴェツィアは、友達に話しかけるような口調で。
 
 「アンタの任務が何かは知らないけど、ね。私は私の任務を遂行してるの」
 「お前も・・・ギルドか」
 「暗部よ。アンタもでしょ? でも残念な気持ちはあるのよ? 同胞を殺すのはいつだって気がめいるから。これで何度目かしらね」
 「何度も・・・」

 いまだ現状が理解できていないグーラーにスヴェツィアが溜息をひとつ。

 「少し考えればわかるのに。『黒き灼熱』の動向を表向きはともかく、ギルドがおさえてないわけないって。それに『黒き灼熱』はまだ使えないけど、メイラ先生は彼の為ならなんでもするから。都合よく鎖がついてるコマをほっとくわけないでしょ。というか、すでにさー。メイラ先生はでっかい作戦に組み込まれてるの。そんな時にアンタみたいなのに茶々いれられるのは困るのよ。わかる?」

 スヴェツィアは肩をすくめ、グーラーの傷に目をやる。

 「・・・まぁ、貴方死ぬから教えてあげるけど。アザァさんって黒龍の亜種を単身で討伐した人よ。今は壊れてるけど、さ。ある意味ほんとに、おとぎ話の英雄、よねー」
 「『龍食らい』か、げほっ!」 
 「そんでもって、メイラ先生・・・ま、偽名だけど、彼女もかなりの使い手よ。なんせ、本物の『銀の疾風』の弟子だったんだし。少なくとも私じゃまるっきり歯が立たないわ。さっきの立会い見てたけどアンタ、よくやった方よ。メイラ先生がランス捨てたのは今までも数えるほどしかないんだから」

 けれど、と付け加えるスヴェツィア。

 「先生って、かわいいトコもあるのよねー。アザァさんの本名を呼んでるトコとか。目立っちゃいけないとわかってるはずなのにさ。嘘の生活でも、愛する男の名前は本名で呼びたいってトコかしら? ま、それを通す力があるからできるワガママだけど」
 「お前は・・・監視役、か」
 「正確には監視と、アンタみたいなのの排除。たまにいるのよねぇ、欲ばっちゃうのがさ。手出し厳禁って書いてあったでしょ?」

 スヴェツィアは自分が持っている手配書を取り出し、『黒き灼熱』の項目を開く。

 「ほら、ここ、ちゃんと書いてあるのに。手、出、し、厳、禁。要報告。まー、どっちにしてもアンタ死んでたけど」
 「どういう・・・?」
 「さっきも言ったけど、アザァさんの扱いは先生の事も含めて、かなり厳しくて難しいのよ。それに壊れたままじゃ使い物にならないからさ、定期的にギルドから刺客を送ったりしてカンを取り戻してもらったりね。もちろん正義感溢れる暗部のメンバーに」
 「生贄、か」

 まさしくそのまま意味で、ギルドは『龍食らい』に龍はおろか人も食わせている。

 「少なくとも無駄死にってワケじゃないと思うけどねー。でもアザァさんって甘いからね。たいてい生きて逃がしちゃうのよ、アンタみたいに。ちなみに、メイラ先生はそんな事知らないし、アザァさんも言ってない。アザァさんもメイラ先生との暮らし気に入ってるみたいだし。アザァさんへの鎖もできてますます好都合。要するに、アザァさんとメイラ先生って、お互いを守る為に、お互いに隠し事してるのよ、命を賭けて。正直、うらやましいなぁー、と思うわ」

 淡々と語るスヴェツィア。

 「でも、アンタみたいな予定外の手出しは計画が狂っちゃうワケで。たまーにいるのよ。『黒き灼熱』発見、手柄いただきー、みたいな。その後はたいてい同じ行動をとるわね。私かメイラ先生に『黒き灼熱』の真偽を確かめる。アザァさん本人は、見た目の特徴の黒髪が今は真っ白だから、微妙だし」
 「・・・」 
 「メイラ先生に確かめた、つまりアンタと同類は、みんな先生にやられちゃったわね。で、たまに打ち漏らした相手を私がこうして後始末」

 グーラーを見てスヴェツィアは、言葉を続ける。

 「もしくは私に確かめに来て、ギルドに報告した場合はあっちで処理されるみたい。『黒き灼熱』の情報は、まだ漏れる可能性すら処分される状態なのよ」

 グーラーの耳に届くスヴェツィアの声が、次第に小さく遠くなっていく。
 体からも力が抜け倒れこむ。背が冷たい地につき。
 薄赤色にぼやけ始めた視界は夜空の月で埋まった。
   
 「多分、アンタの任務ってさ、イスキさんって人の監視じゃなかったの? まったく、それだけやってればいいのに」
 「お前に・・・俺のなにが・・・わかる・・・」
 「はぁ? アンタのコトなんて、なんもわかんないわよ。どうでもいいし。唯一大切なのは命令に従うコト。それさえちゃんとしてれば、あとは気ままに生きてればいいんじゃないの?」

 言葉に疑問の余地はない。
 その内容とは対照的に、人一倍豊かな表情を様々に浮かべるスヴェツィア。
 彼女にとって任務は生活の一部でしかない。食事、睡眠、娯楽、恋愛、そうした中の一つ。
 それゆえにグーラーは恐怖を覚えた。

 「・・・ああ、そういうこと、だな」

 暗部。
 結局、グーラーは自分が首まで漬かり、染まったと思っていたが。
 スヴェツィアに比べれば、足裏が濡れた程度にしか過ぎなかったと最期の瞬間に悟った。
 心を壊さず、狂気を正気とし、そこに一切の疑問がない。
 
 「なによ? 言いたいコトあったら言っておきなさいよ、もうすぐアンタ・・・あれ?」

 グーラーは苦笑を浮かべたまま、息絶えていた。

 「ちぇ、気になるじゃない」

 スヴェツィアはため息をひとつついて。

 「さーて、帰ろ。明日もまた先生のシゴキがまってるし・・・気が重いなぁ。でもその後のゴハンは楽しみー」

 その笑顔に偽りはなく。
 ふと、今日、メイラにかばってもらった事を思い出す。
 命をかけて自分を守ってくれたメイラ。

 「先生、私の正体知ったら怒るかなー・・・私、先生もアザァさんも大好きだし」

 リオレウスは本当に怖かった。死を覚悟した。
 メイラに抱きかかえられた瞬間、そんな不安は一気に薄らいで、このまま死んでしまってもいいかとも思った。
 任務の事気がかりだったが、自分が死んだら次が来るだけの事だと。
 けれど自分は今、生きている。ならば。

 「まず任務、よね」 
 
 自分に言い聞かせるわけではなく、ただ、そうだからと。
 そういうものだから、他の全ては任務に関係ない部分は素直に、ありのまま受け入れ、楽しんでいい。
 それがスヴェツィアというギルドナイトの生き方だった。
 そんなスヴェツィアは次の事を考え始めている。

 「さーて、先生にどうやって説明したもんかなー? でも鋭いとこあるし、知らぬ存ぜぬが一番かな?」

 スヴェツィアはうんうんとうなりながら、グーラーの死体をひきずり、滝へ続く河へと投げ込み。

 「・・・あ!」

 その直後、とんでもない失敗に気づいた。
 滝つぼが近く、勢いよく流れていくグーラーの姿に手を差し伸べ。

 「あたしの剣! デッドリィ! メイメイ!!」

 メイラへの言い訳を考えるに夢中で、グーラーの体から剣も抜かずにそのまま投げ込んでしまった。
 もともと戦闘は任務の範疇になかったスヴェツィアだった。
 しかし監視役として、アザァやメイラの状況を判断し、弟子志願としてメイラ近づいた。
 ずいぶんとしつこく食い下がった結果、完全な素人だった自分をメイラは迎えてくれた。
 そして一つ一つ丁寧に教えてくれた。そして実戦を控え、ハンターナイフも贈ってくれたのだ。
 そんな大切なハンターナイフから強化を続け、難しい素材もメイラに手伝ってもらって集め。
 つまり自分と一緒に強くなり、苦労をわかちあった大切な自分の一部。
 最近では自分が強くなっていくのが楽しく、それ以上にメイラに誉められる事が嬉しかった。
 そしてデッドリィポイズンが次の段階へ進む事は、スヴェツィア最大の楽しみでもあった。
 メイラが他の武器も試したらと言ったが、片手を使い続けていたは、その剣で戦いたかったから。
 メイラには言っていないが『メイメイ』という名前すら剣に付けていたのだ。
 それが今。
 河を流れて、滝つぼに落ちていった。

 「ううぅー、ううううー・・・・うわーん!!」

 本気の涙を浮かべながら、愛する先生の姿を探して密林の奥へと力なく歩き始めた。






 レイドールは届けられた一枚の報告書に目を通していた。
 現在『黒き灼熱』の監視を行っている暗部からの報告である。

 「グーラーと言ったかな。予定外にしてはそれなりの働きをしてくれました。『黒き灼熱』には、ほどよい刺激を与えておかないと、いざという時に使い物にならない」

 レイドールの作戦にとって『黒き灼熱』は『狂刃』と同じく欠かせない存在。
 『狂刃』が表舞台の主役ならば、『黒き灼熱』は舞台裏の主役。 
 ただ、計算違いはアザァとイスキが出会っていたという事。

 「ふむ・・・過去、『黒き灼熱』が『狂刃』を助けた偶然を組み込んだ作戦ですから、まぁそういう事もあるでしょうが・・・」

 珍しく眉をしかめるレイドール。
 
 「再会させるのが予定よりも早い。・・・何か感づきましたか、ね?」

 レイドールは、ふと考え。

 「そうだとしても、『黒き灼熱』はまだ動かない。動きようがないですか」

 メイラが愛したという男。
 メイラを愛したという男。
 二人の間にどれほどの絆があったかは、レイドールは知らない。
 だからこそ、無意識に漏れ出た呟き。

 「せいぜい、生き続けて苦しみなさい・・・憎しみの中でね」

 そんな言葉を吐いた自分に気づき、レイドールは自嘲して、飲み慣れない酒のグラスを傾けた。
 今夜はあの悪夢の夜のように、月が赤く眩しかった。





百禍繚嵐 〜カゲロウ・ツキヨ 〜 END






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