小春日和






 高校一年が始まったばかりの春。
 皆の初々しい活気と太陽の暖かさに満たされた校舎の屋上。
 備え付けのベンチに座るボクのヒザの上には、可愛らしい弁当箱がのっている。

 「コウ君。私、がんばって作ったんだから、残さないでね?」

 隣には小さな頃から一緒に育った、幼馴染のナミの顔がある。
 ボクはただ照れたまま、黙ってうなずいた。
 美味しい、その一言が言えないまま。
 ボクは赤くなった顔をそらして弁当を食べ続けた。





 夏休みも目前に迫っていた。
 暑い日ざしから逃れるように、中庭の木陰にボク達は座っていた。
 ボクのヒザの上には、大きな弁当箱がのっている。
 選んだ部活は陸上部。練習は大変だけれど、仲間もできて楽しく頑張っている。

 「練習はハードなんだから、コウ君も体力つけないとね」

 隣には同じく陸上部のマネージャーとなった、ナミの顔がある。
 ボクは弁当をかきこみながら、うなずいた。
 今でも美味しいの一言が言えないまま。
 ボクはナミの顔を見ないように、もどかしく食べ続けた。





 秋風に冷たさが混じり始めた頃。
 白い病室にボクは立っていた。交通事故にあったナミ。
 命はとりとめたものの、頭部への衝撃で記憶が失われてしまった。
 面会謝絶の札がとれた日。
 ボクの顔を見たナミの言葉は忘れられそうにない。

 「えっと。君、だれかな? ゴメンね、何も覚えてないの」

 包帯を頭に巻いたナミは、申し訳なさそうにそう言った。
 ボクはそれ以上ナミの顔を見ることができず、ただ下を向いていた。





 雪に埋もれた冬。
 退院したナミは、最初は大変だったものの、今では普通の学園生活を送っている。
 それまでの友達は、新しい友達になり。
 ボクとナミも友達になった。
 お見舞いにいった時、何度も聞かれたボク達の関係。
 幼馴染。その一言を言ってしまったら、何かが終わってしまいそうで。
 けれど、それ以上の事は何も言えなくて、ただ友達だったよ、と言った。
 今ではボクの事を高木君と呼ぶナミ。だからボクも相原さんと呼んでいた。





 二年目の春。
 少し曇り空の下、屋上のベンチに座るボクのヒザの上には弁当箱があった。
 相原さんがボクに弁当を作ってきてくれていた。

 「昨日ね。昔の日記がでてきたの」

 相原さんは困ったような、それでいて、楽しそうな笑顔だった。

 「私には目標があったみたい。だからなんとなく作ってみたの」

 あまり話す事もなくなった幼馴染がそう言って、弁当を指差した。
 ボクはそれを口に運びながら。
 ようやく・・・本当にようやく。

 「美味しい」

 と言えた。

 「・・・そっか。よかった。目標達成。でも深い意味はないから気にしないでね」

 今の自分と昔の自分は別人だからと。相原さんはそう付け足した。
 その言葉とともに涙が流れた。
 ボクではなく、相原さんの瞳から。

 「あれ? おかしいな・・・あはは、ヘンだね、どうして」

 それを見たボクは無意識にナミを抱きしめていた。
 そして今まで言えなかった全ての言葉を吐き出した。

 「生きてて良かった、生きていてくれて良かった」
 「ちょ、ちょっと、ねぇ、どうしたの急に・・・」
 「死ぬかもしれないって、助からないかも知れないって言われた時は何もわからなくなった」
 「その、うれしいけど、周りに人いっぱいいるから」
 「ナミがずっと好きだったから。ナミが側にいてくれるだけで幸せだった。ナミがいなくなってから、やっと気づいた」

 慌てていたナミの動きが止まった。

 「・・・コウ君、あのね。日記は見つけたけど中は見てないの」
 「え?」

 ナミの言葉を理解するのに数秒。

 「え!」
 「まだ両親にも言ってないの。まずコウ君に・・・ただいまって言いたかったから」

 まだ涙の止まらないナミの笑顔。その頬を、ほんのり赤く染めて、こう続けた。

 「それに今なら、その・・・美味しいって言ってもらえるかなって思って」

 ボクは何か言おうとして、でもモゴモゴと動く口から言葉は生まれなくて。
 ただ、強くナミを抱きしめた。泣きながら。泣くことしかできなくて。
 けれど、言わなければいけない。

 「おかえり、ナミ・・・おかえり」

 嗚咽交じりのその言葉は、言葉になっていなかったと思う。
 だけどナミは泣き顔の笑顔のまま。

 「うん。ただいま、コウ君・・・遅くなってゴメンね」

 と言って、ボクの髪をなでてくれた。
 冬はずいぶんと前に終わっていたはずなのに、ようやく春がやってたきたと感じられる。
 ボクは胸にあるその暖かさを、何度も確かめるように強く抱きしめた。
 今まで伝えられなかった想いの数だけ、おかえり、と繰り返して。





小春日和  END






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