校外。
 全ての生徒たちは帰宅させられた中で、校外にある道場に急遽設置された警察の対策室。 
 無線を片手にあわただしく動き回る警官達をよそに、手を合わせて祈るようにしている人物がいる。

 「・・・薙峰君・・・鬼河原さんまで・・・」

 担任の桂小百合である。
 
 「だ、だいじょうぶよ、ケイちゃん、薙峰クン強いんだから・・・大丈夫・・・」

 その肩を抱きしめるようにしているのは、二年生の春日桜である。
 小百合を励ましているようで、その言葉を自分に対しても言い聞かせているようでもある。

 「・・・これが起こりうる事件、か」

 その二人を守るようにして、側から片時も離れないのは、更葉抱月。
 確かに今のところケガ人などは出てはいないが。
 おそらく。
 自分が出れば、この騒ぎはすぐにでも終結させられるだろう。
 銃を持っているとはいえ、たかが二人。
 しかし、あの謎の女の言葉がここまでその通りになっているならば、手を出さない方が結果としてはいいのかもしれない。
 気づけば。

 「抱月・・・その」

 小百合の願うような眼差し。
 抱月は首を横に振る。それは問うまでもなく当たり前の返答であり、小百合もよくわかっている。
 テレビカメラが入っているような場所で、力を振るう事は無理だ。
 その筋では有名とはいえ、椿の力というはのやはり異質。
 人は自分と違うものを恐怖し、排除しようとする。
 確かに二人を助けられる事はできるだろうが・・・それでは、抱月が本当に守りたいものを、自ら捨てる事になるのだ。
 ここまで騒ぎが大きくならない内ならば、それも可能であっただろうが。
 抱月はあの女の言葉を真実と判断し、自らの決断でこの二人を危険から連れ出したのだから。

 「機はもう逃しているか。信じるしかないんだろうな、あの女の言葉を」





『15/白馬の王子様に憧れた罰ですか?(下)』






 ボク達が、西校舎から目的である一年の東校舎へと続く二階の渡り廊下までやって来ると。

 「おい、通せんぼしてるアホがいるぞ。強盗は三人いたのか?」
 「さー、そのようですね、さー」

 渡り廊下の中央に仁王立ちとなって、ボクらを見ている男が一人。
 テレビに出ていた男の顔とは違う。けれど、どこか違和感がある。

 「さー、会長閣下は、下の廊下で先に行って頂けますか、さー」
 「あん? あんなの二人がかりでボコっちまえばいーだろ。銃も持ってないようだし」
 「さー、お願いします、さー」
 「・・・ふん、まぁいい。まかせたぞ、コゾー」
 「さー、いえっさー」

 そうと決まると、きびすを返して階下へと向かう会長閣下。
 自分より相手が強いと悟ったのか、それとも何かの雰囲気を感じたのか。
 それも含めて、あの小さな三年生、かなりセンスがいい。
 今だけではなく、ボクが見ている限り、常に最良の選択をしている気がする。 
 冗談にしろ、本気にしろ、強盗に対してボクを向かわせようとした事。
 そして監視するようなつもりはないだろうけど、自分も同行してきた事。
 おおっぴらに暴れたくないボクは、他人の目がある場所では力を抑えざるをえない。
 しかし、厄介な敵がこうして出てきたおかげで、彼女は別路を行き。

 「ボクは一人になれて、自由に・・・遊べるねー」

 会長閣下にもボクにも利になる状況。
 あの小さな三年生の選択は、彼女自身にも、周囲の人間にも利を与える不思議な決断者だと思う。

 「最近、楽しい人によく出会えるねー」
 
 そして、ボクは歩を進める。
 この男は多分強い。それも人としての真っ当な強さではなく。
 あのナイフ使いのような、異質の強さを持っていると鷹乃の直感が告げている。

 「止まれ」

 ある程度の距離で、目の前の男が手をあげて制止をうながす。
 もちろん、ボクは止まらない。

 「話をする気もなしか」

 男は黒いブレスレットのはまった右手を振るい。

 「バッカラ」

 突然、その手に出現した黒い剣。ものものしくも西洋風に飾り付けられた大きな剣だ。
 
 「最近は、手品が流行ってるのかなー」
 「多少は驚いてもらわないと、こちらも張り合いがいなんだがな。ま、いいさ、手加減はする」
 「お気遣いどうもー」

 ボクは歩調を一切変えず、踏み出した右足の力を解放する。
 まったくの水平にボクの体が宙をスライドするように飛ぶ。足場が硬いってのはいいね。

 「へー」

 完全に不意をついたと思ったボクの手刀、首筋を狙った一撃を紙一重で交わす男。
 男はすぐに後ろに飛んで距離をとる。
 ボクが追わなかったのは、指先の違和感の為。

 「んー?」

 目をこらす。
 指先に何かの感触。男には触れることのなかった爪に。
 しだいにぼんやりと、浮かび上がってきたのは黒い髪の毛。

 「長くてキレーな髪ですねー。本当に種も仕掛けもわからない手品ですよー」
 「・・・まったく。鷹乃というのは、本当に人か?」
 「あ、ご存知ですかー」
 「ご存知ついでだ。私は敵じゃない」
 「通せんぼしておいて、それは通らないでしょう?」
 「行けば、お前は犯人を殺しかねないだろう」
 「まさか。今は自重していますからー」

 鷹乃が自重。
 これ以上信用できない言葉もないだろうと、ボクは我ながら苦笑してしまう。

 「ある理由があって、お前はこの件に絡んでほしくない。このままで、何事もなく無事解決するのだから」
 「はぁ、そうですかー。まぁ、それはそれでもいいんですが」

 指先にある髪をもてあそびつつ。
 ボクは。

 「色々とガマンしているんで、ストレスが溜まってるんですよねー」
 「・・・結局、そういう流れになるか」
 「逃げてもいいですけど、その場合はボクも会長閣下の後を追いますから」
 「脅迫だな、まるで。まぁいい、相手してやる。これ以上の闖入者はないだろうしな。”この世界”でのお前の力を図れるな ら、こっちも願ったりだ」





 さて。
 時間だけが経っていく中で、変化と言えば。

 「・・・」

 オレの隣でただ泣き濡れていただけの鬼河原先輩が静かになっていた。
 むしろ気のせいか・・・その赤く晴れた瞳に、何かしらの決意のようなものが宿り始めている。

 「薙峰君・・・」
 「・・・」

 窓の外を見ている二人に聞こえないほどの小声で、呼びかけてくる。

 「だ、大丈夫、私がきっとなんとかしてあげるから、だから、だから安心して」

 気丈にも、この状況で笑う鬼河原先輩。
 ・・・情けない。オレはそんな気遣いすらできずにいた。
 と、自己嫌悪していると。

 「あの!!」

 鬼河原が叫ぶ。

 「ん、どうしたの?」
 「あ、トイレ? ごめんね、気づかなくてー」

 と、二人が寄ってくるなり、再び叫ぶ。

 「じゃ、あたしちょっとついていくからー」
 「あいよー」

 もともと鬼河原先輩は椅子に縛り付けられていない。手だけ縛られている。それも呆気なく解かれ。

 「じゃ。いこっかー」
 
 と女の人が手をつないだ時。

 「こ、この子は後輩で一年生でまだこの学園に入ったばかりなんです! だから、人質は私だけにしてもらえませんか!!」

 息も切らさず、一気に言葉を吐く。
 声は震えているし、あきらかに強がっているとわかる表情。
 それを聞いた二人は一瞬顔を見合わせて。

 「・・・んー・・・それは、ちょっと、アレなセリフよねー」

 女の人が困った表情で。
 一方、男の人は。

 「あーいや。なんというか。少年、一発、いっとくか?」
 「・・・」

 オレはうなずく。
 瞬間、オレの顔に拳が埋まる。勢いで椅子ごと吹っ飛んだ。さすが、パワフル。

 「いや、やめて、やめてください!!」

 止まっていた涙を再び流して、かけよってくる鬼河原先輩。
 男の人も困ったように。

 「いや、少年の立場ないよ、さっきの言葉は」
 「そーよー。もともと危害を加える気なんてないからさ。むしろ君の言葉の刃が少年を傷つけちゃうかも」
 「ん。だからさっき一発いっとくって聞いた時、即うなずいたっしょ?」

 そう・・・細やかに解説されるほうが切ないですが。

 「でも、まったく喋らないな少年は。口がきけないとか・・・あ、悪いこと聞いた?」

 オレは首を横に振る。

 「無口クール君みたいねー。時と場合による気もするけど、まぁそれはそれで個性かしら」

 と、その時。

 「お、何かしら?」
 「何だ、何だ?」

 ガンガンガンと教室の前のドアがノック、ではなく殴ったり蹴ったりしたかのような音が響く。
 男の人が様子を見にドアへと向かう。女の人もオレも先輩も、成り行きを見守る。
 男の人が視線を受けつつも、躊躇なくドアを開け放った時。

 「くたばれ、盗人ども!!」

 後ろのドアが勢いよく開き、猛然とダッシュして走りこんできたのは・・・会長!?
 しかも一人? 確かに合気のような技を会得しているようだが、銃を持った二人相手に、こんな考えなしの!?
 その上、合気はカウンターが命。自分から仕掛けるのは難しい・・・というオレの思考もよそに、会長は止まらない。

 「あらあら、可愛らしい子がまた来たわねぇ」
 「往生・・・せいやぁぁぁぁぁ!!」

 後輩を助けに来た正義感溢れる先輩のものとしては、非常にミスマッチな雄たけびをあげつつ、手近な机の上へ駆け上がり。
 さらにそこから勢いよく跳んだ。

 「だあああぁぁぁっしゃゃゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 放たれる見事なまでのドロップキック。
 全身のバネを活かしたその速度たるや、まさに弾丸のように一直線に目的に向かう。
 ・・・あれ・・・合気は? 

 「うわ、実戦でその技しかけてくる人、初めて見たわー」

 しかしその意外性は、銃を構えて、狙いをつけ、撃つ、という三つの動作を封じていた。
 慌てて撃ったとしても、命中させるのは難しいはずだ。
 けれど、女の人は手にしていた銃を。
 投げた。

 「きゃいん!!」

 空中で撃墜される会長。体勢を崩したまま飛んでいった小さな体は、教室の前に固められた机の列に突っ込んでいく。
 女の人は苦笑して。

 「銃を持った相手二人に挑むなら地の利を活かすとかしないと。いくらなんでもドロップキックじゃあねぇ・・・」

 ごもっとも。 
 しかし、会長は散乱した机の中で返事どころか身動きすらしない。

 「あらヤダ。頭でも打ったかしらね」

 心配そうに近寄り、女の人が会長の肩に手をかけた瞬間。

 「捕った!!」

 一瞬にして体を入れ替え、ガッチリと女の人の腕の関節を極めていた。

 「あ、あら? あらららら?」
 「バカめ、全ては油断を誘う為の演技だ!!」 

 女の人は驚いた表情で、会長の盾のようにされている。

 「・・・なにやってんの?」
   
 前のドアを開けたまま、その場所で見ていた男の人が首をかしげる。

 「さすがに、プロレスごっことかしてる場合じゃないっしょ」
 「いや、この子、プロレスじゃなくて、本命は関節とかみたい。ホント抜けられない、ホントホント!」

 女の人は拘束されていない手をパタパタ振りつつ、助けてー、助けてー、とやはり緊張感のない声を上げる。

 「いや、助けろって言われてもさぁ。どうするの? 女の子を、それもそんな小さな子、殴ったりできんしょ」
 「小さい言うなや、これでも三年だ!!」
 「うそー、本当に? うふふ、背中に当たってる胸も小さくてかわいいたたたたたたたっ」

 三年という言葉に反応した女の人の言葉が途中で悲鳴に変わる。

 「とりあえず有栖。そこの役立たずの痴漢男の縄を解け!」
 「あ、え、あ、う?」
 
 オロオロする鬼河原先輩。

 「薙峰の事だ、早くしろ!!」
 「は、はい!! な、薙峰君、痴漢なの? ごめんなさい、知らなくて、あの、でもダメよ? 痴漢はダメよ?」

 言語機能は正常でも、思考回路がショートしているらしく、鬼河原先輩はよくわからない事を言いつつも、縄を解いてくれた 。

 「よし・・・有栖、お前はグラウンドへ避難しろ! 邪魔だ!!」
 「そ、そんな、会長や薙峰君を置いてないて、それに高野君の姿もなくて・・・」
 「うるさい、お前がいると絶対にややこしくなる、行け!! 高野も無事だ!!」
 「は、はい!!」

 叱られた子犬のように教室から出て行く鬼河原先輩。
 残されたのは、オレと会長、強盗さんの二人組み。

 「で、どうするのよ、ここから?」

 盾となっている女の人が、たずねてくる。

 「もちろん、銃を捨てて投降してもらう。薙峰、この女の銃を持って来い!」 

 そんな事をしたら男の人の方が黙っていないのでは・・・と思いきや。

 「あー、いいよ、欲しければどーぞー」

 と、自分が持っている銃を向けることなく、逆にうながされるオレ。
 会長を撃墜した場所の床にある銃を拾い上げる。本物というものを初めて持ったが思っていたよりも軽い。 
 プラスチックでできている銃もあるというから、そういったものなのかもしれない。

 「よこせ、早くしろ!」

 はいはい、とオレが会長に銃を渡すと。

 「・・・」

 会長のこめかみにハッキリと浮かぶ血管。

 「なんか、ごめんな?」

 その表情を見て、男の人がなぜか謝ってくる。

 「こ、この・・・ボケども!!」

 その銃を男の人に向け。

 「お、やる気かい、ならこっちも!!」

 男の人も銃を構え、互いが同時に引き金を引く。
 さすがにこれはマズイと思った瞬間、銃声が・・・鳴ることはなく。

 「あはははははは、ごめんね! あははは、冷たーい、あはははは! いたたたたたた!!」

 ぴゅー、と飛んできた水に会長もろとも濡れながら笑う女の人。
 男の人は会長の水鉄砲をシッカリと避けている。

 「お前ら・・・こんなモンで銀行強盗してきたあげく篭城だと? ・・・ナメやがって」

 床に水鉄砲を叩きつけ。

 「薙峰、その男を倒せ! とっとと終わらせるぞ、こんな茶番は!!」
 「・・・」

 ふいに出番を回されるオレ。

 「お前も心得があるなら、こんな時に使わずいつ使う? 私の技を破ったのはまぐれだろうが、チンピラ一匹ぐらい倒せるん だろうな!?」
 「・・・」

 確かに。
 女の人は会長が捕まえているし、ここでオレがこの男の人を倒せば事件は終わりだ。
 しかし・・・あの重いバッグを四つも持ち上げて、まだ余裕がありそうだったこの人も弱くはないはずだ。
 身長はそう高くはないもののオレよりは高い、という事はリーチもやや不利。
 小回りを活かすにしても、オレはフェイントとかそういったものは苦手だ。
 まともな威力を期待できる技は正拳突きくらいだし・・・果たして。

 「少年、もしかして本気でやる気・・・なのかな?」

 男の人は自分が勝つのわかってる、そんな苦笑を浮かべている。
 オレも気が短い方ではないし、血気盛んというわけでもないが・・・ちょっと腹が立つ。
 勝負事というのは、やってみなければ結果はわからない。
 ましてや格闘ともなれば、筋力が全てではない。なにより、オレは、 
 
 「真王寺流無名、薙峰梓」

 なのだから。
 と、言っても、こんなところで、強盗相手に名乗りをあげるのは間違っている気もするが・・・。
 だが・・・それこそ、気のせいだった。

 「・・・失礼。まさか名を背負っている者とは思わなかった。それにその目。名乗り上げるという意味を知っている目だね」

 男の人の顔が急に真剣なものとなり、口調は柔らかいままだが、声は筋の通ったものとなる。
 対して女の人は。

 「・・・時と場合を選べって気もするけど・・・ま、名乗られたらアンタとしては仕方ないかー」

 特に止める気配もなく、傍観の構え。
 会長だけが首をかしげ。

 「真王寺・・・だと? どこかで聞いたような・・・」

 と、呟いている。
 あんまり表立って有名な名前ではないはずだけど、会長の合気はたいしたものだし、もしかしたら会長の師匠とか先生あたり の口から真王寺の名前が出た事があってもおかしくない。 

 「名乗られたなら、名乗るのが礼儀だね」

 両拳を胸の前で合わせ、男の人は。

 「俺の名前は山本川大地。流派は特にない。真似事にもならない我流だが、よろしいか?」

 オレはうなずき、構えをとる。
 すると、大地と名乗った男の人はトントン、ステップを踏み出す。
 
 「はっ、ボクシングだと? ずいぶんとミーハーだな」
 「ドロップキックよりはマシだと思うけどなー」
 「あれはお遊びだ、というかお前たちを油断させるための・・・」
 「でも、結構サマになってたわよ?」
 「・・・そ、そうか?」

 と、外野の会話はともかく、本人の言葉を信じるなら真似事のボクシング、もしくはかじった程度なのだろうか?

 「じゃ、行くよ」
 「・・・ッ!!」

 声とともに、一気に間合いを詰めてくる。
 ボクシングのステップから豹変して、剣術の千鳥駆けのような動きの予測ができない足運びへ。
 間合いに入るタイミングをズラされ、まずい、と思った瞬間には大地という人の足がオレの足を払う、柔術!?
 体のバランスが崩れたところへ、顔面に迫るのは掌? なんなんだ、この混ぜ具合!!
 なんとかそれをガードしたものの、もともと体勢が崩れていたところへのショックで大きく吹き飛ぶ。

 「薙峰、逃げろ!」
 「・・・!!」

 そうだ、柔術があるとなると、寝技はマズい、一気に決められる!!
 すぐさまその場が転がるように脱出し、一気に立ち上がる。

 「若いのによく避けるね、薙峰君」
 「・・・」

 すでに大地さんはボクシングの構えではない。いや、呼び捨てでいいはずなのだろうけど、なんとなく。
 強盗だというのはわかっていても、いまだ悪人ではないような気がする為なのか、それとも相手が名乗り返してくれたからな のか。
 それはともかく、オレは大地さんの構えをよく観察する。
 重心を下に、低い姿勢で開いた両手を前に。典型的なレスリングスタイルだが・・・そのまま来るとは、今の攻撃からして思 えない。
 レスリングであれば、タックルでオレを転がしグランドへという狙いだろうが、おそらくこの構えもフェイントだろう。

 「そちらからは来ないとなると、君は合気系なのかな」
 「・・・」

 単純に攻め手のレパートリーが少ないだけであって、合気はさっぱりなオレだが。
 狙うべきものは、カウンターの正拳。というより他にない。正直、これほど腕の立つ相手とは思いもしなかった。
 一応、もうひとつだけ修練を重ねた技はあるものの・・・しかし、あれはあまり・・・。
 
 「では、また俺から行くよ」

 低い姿勢のまま突進してくる大地さん。オレは来るであろう変化を見逃すまいと油断せず待ち構え。
 変化のないまま突っ込んできた大地さんのタックルを受けるハメに。なんというマヌケ!! 
 ギリギリで姿勢を落とし、なんとか踏ん張るオレ。しかしこのままで、絶対に倒される。
 
 「・・・」

 ガラ開きの大地さんの背中に、呼気ともにヒジを落とすも。

 「君、合気系でもないみたいだね。今の密着でも狙ってこなかったし。ヒジからして空手系かな?」

 寸前で避けられ、そのまま逃げられる。その上、こっちの手の内もどんどん剥がされていく。
 ・・・しかし妙なのは。
 オレと違って攻め手の豊富な大地さんなら、オレは考える暇もなく防戦一方になっているはず。
 それをこうして言葉を交えながら、まるでオレが攻めるのを待っているようでもある。
 
 「・・・」

 やめよう。相手の考えを読むにしては、経験の差がありすぎる。
 自分の考えにとらわれて、何もできなくなり自滅ってのは最悪だ。
 狙うのは一つ。次、攻めてきた所へカウンターの正拳、これのみだ。
 オレは静かに息を吐き・・・止める。そして左手を目の前に、右拳を腰だめに再び構える。

 「・・・いい構えだ。決めにきたね」

 大地さんの構えがまた変わる。ベタ足で、重心は後ろ足。空手だ。
 これまでとは一転して、スリ足で静かに間合いを詰めてくる。
 
 「・・・」
 「・・・」

 お互い、視線だけが合ったまま距離が詰まる。
 やがて大地さんのリーチであろう間合いとなっても。

 「・・・」
 「・・・」

 さらに距離を詰めてくる。
 そして互いの拳が十分に届く位置となり。

 「フッ!!」

 鋭い呼気とともに放たれたのは右正拳。フェイントもなにもない、一直線の突き、これなら!!
 オレは前に構えていた左手でそれをいなす。組み手で何度もやってきた事だ、そしてここから右の正拳を打ち・・・

 「!?」

 いなしにいった左手が、逆に弾かれるほど力。忘れていた、この筋力!!

 「・・・ッ」

 もはや賭けに出るしかないと決断する。
 オレは後ろに下がらず、前へ出たまま、右拳を繰り出す。 
 迫りくる拳が額に直撃し、意識と視界が揺れる・・・が、かまわず勢いで拳を伸ばす!
 拳が大地さんに命中する感触を確かに覚えたものの。
 爆発のようなダメージを受けたオレは、やはり耐え切れず途切れるように意識を失った。


   






 翌日。
 生徒会室に呼ばれたオレは。
 
 「情けない、本当に情けない! もっと右、もうちょっと、そのへんそのへん!!」
 「厳しいわねー」

 頭に包帯を巻いたまま、罰として会長の肩を揉んでいた。
 気を失ってしまったオレは、その後の事を会長に聞かされる事となる。
 オレの正拳は大地さんのミゾオチに命中し、大地さんは昏倒したいう。
 状況からしてそこまでの威力を発揮できたのは運が良かったのだろう。
 結局、強盗はめでたく。

 「たかだか強盗相手に相討ち? 使えん男だな、まったく!!」
 「でもね、貴女ももう一人に逃げられたんでしょ?」
 「む、ぐ・・・」

 逃げた。
 女の人が隠し持っていた本物の銃を出し、会長をホールドアップさせたまま逃走。
 あの警察の包囲網をどうやって抜けていったかは不明だが、今も捜索が続いている。

 「それでも、大したものよ。なんせ立てこもった強盗をやっつけたんだからー」

 正直、オレは満足できるほど役に立たなかったが、結果は誰も傷ついていないし、万々歳だ。 
 それよりも問題は他にある。山ほどある。
 その一、要姉さん。
 テレビではオレの名前は出ていないので、要姉さんには頭のケガは階段が落ちたものと言い張ったが。
 姉さんほどの人が、どういうケガがわからないはずもなく。
 ただ一言『負けたのか?』と聞かれ、オレは首を横に振った。
 すると、姉さんは考え込んだあげく。
 『・・・梓も年頃だしなぁ。ついに姉さんに隠し事をする年か』と、なぜか頬を染めていた。本気で謎だった。
 その二、愛するクラスメートの一部。具体的には、加藤君と鈴木さん。
 テレビに名前は出ていなくても、やっぱりすぐに学内にはオレが最初の人質だったと広まった。
 休み時間ごとに発展していく噂の誇張度と加速度は、入学式の頃よりもパワーアップ。
 最初は銃を持つ相手におそれず向かっていくというもの。頭のケガは弾丸がかすったものという設定だったのに。
 やがて、飛んでくる弾丸を避けつつ、殺す気で強盗に襲い掛かり、たまらず犯人は逃げていったという事になっていた。
 帰り際には銃を奪い取って、撃ち合いしていたという事なので、明日あたり緋桜学園のジョン・ウーと言われるかもしれない 。殺人鬼よりはマシですが。
 問題その三、桜センパイ。 
 事件後、ケガの箇所が頭だという事で精密検査を受けることとなったオレが、救急車で運ばれる時の事。救急隊員の人に付き添われて救急車に乗り込もうとした時。
 走りよってきた桜センパイは、オレの制服にしがみつくなり。

 『バカバカバカバカバカッ!! またこんな無茶して、嫌い、嫌い、大ッ嫌い!!』

 と、猛烈なお怒りの言葉を連呼し、その上、思い切り繰り出された平手をいただいてしまったのです。
 お昼休みも、いつものように迎えに来てくれることもなく、屋上に行ってもその姿はなし。
 強盗に逃げられたのがいけなかったのか、人質になるようなマヌケさにお怒りなのか。
 何もわからないまま、こうして放課後に。
 いや、わかっているのは・・・そう、ひとつの叶わぬ恋が散ったこと・・・ふふふ・・・ふふふ・・・
 
 「・・・」

 カクンと力なく頭を落としていた時。
 音もなく、生徒会室のドアがゆっくり開いていき。
 顔だけひょっこりと現れたのは。

 「・・・薙峰クン、来てる?」

 桜センパイ。
 すぐさまオレの姿を見つけると、トボトボと肩を落としたまま歩み寄ってくる。

 「き、昨日のコト、怒ってるかな、怒ってるよね? ごめんね、思い切り叩いて・・・」
 「・・・」

 ものすごくショボーンとしたオーラを全開のまま、オレのほほに触れる桜センパイ。
 お怒りは・・・冷めているようで。しかも、謝られているオレ。
 なんというか、とても・・・やわらかくて、ボーッとしてしまう。
 
 「あの後、会長に全部聞いたんだ。薙峰クンが強盗に殴りかかっていったのは、会長を助ける為だったって」
 「・・・?」

 会長を助ける? 

 「鬼河原先輩が開放された後、今度は会長が捕まっちゃって、それを助ける為にムリしたんだね、ごめん、何にも知らないの に。ううん、キミがそういう子だって知ってたはずなのに、ごめんね、ごめんね・・・」

 とうとうすがりついて、シクシクと泣き出す桜センパイ。そして硬直するオレ。
 首だけを会長に向けると。

 「そういう事だ。もっとも私なら自分でなんとかできたがな」

 と、言いつつ、そういうコトにしておけと顔だけで命令してくる。
 副会長もまた、そういうコトにしておいた方が、おさまりはいいわよー、と口元の笑みで伝えてくる。
 要するに。
 オレは人質になったものの、会長とともに鬼河原先輩を開放。
 しかし、その後、会長が捕らわれてしまった為、やむなく戦闘へ。
 相打ちになったものの、強盗は逃走、会長も無事であった、というストーリーなのだろうか。
 会長はオレを気遣って、こういう配慮をしてくれたのだろう・・・実はいい人?

 「春日、お前もいつまでも泣くな、目障りで耳障りだ」

 会長はぺいっとオレから桜センパイをひっぺがし。

 「春日」
 「な、なんですか?」

 耳元でゴショゴショとささやいた途端。
 桜センパイの泣き顔が一気に紅潮し、すぐさまいつもの笑顔に戻った。

 「薙峰クン!!」
 「・・・」
 
 突然、大声とともに、ずびしッと指を指され。

 「色々とあったけど、よくがんばったで賞!」

 いつもの桜センパイに戻ってる。会長が何を言ったかわからないがすごい。
 その後も。
 後からやってきた高野君にも、よくがんばったで賞が贈られたり、鬼河原先輩もまた泣き出して、会長からの耳元で一言によ り復調したりと、騒ぎは一日中に及んで生徒会の仕事どころではなかった。
 が、それでも、いつもと変わらないメンバーと日常というのはかけがえのないものだと、こういう時は実感できる。
 もしまたこんな事があったら・・・今度こそは役に立ちたい。
 桜センパイがこうして近くで笑ってくれる事。それは何よりも大切で幸福なコトだと思うから。





 駅前の繁華街、その通りにある喫茶店のテーブルに一組の男女の姿があった。

 「いやー、面白かったねー」
 「色々とすごい学校だったなー」

 山本川大地は、今もアザとなって残る胸板の拳の跡を服の上から撫でる。

 「で、いいの、あんた? 負けたことにしちゃったけど?」
 「別にいいさ。それに勝ったわけでもないしなー」
 「ん?」
 「実は折れてる。アバラ三本持っていかれた。それに気絶しているようだったけど、追い討ちをかければ、多分、反撃を受けてたよ」
 「ほー。カンってやつ?」
 「ん。それにあの子、まだ何か隠してるカンジがした。切り札を持ってるって目だよ、アレ」
 「じゃ、もし続けてたら?」
 「負けてたね、間違いなく」
 「お、言い切った」
 「勝利とか名誉が欲しいわけじゃないし。それに、本来はそういう依頼だったろ?」
 「ま、ね。お金も銀行に戻しといたし、壊しちゃった門は向こうでなんとかしてくれるって話だし」
 「そっちの方こそいいのか? たかが銀行強盗を失敗したみたいなカンジになってるけど」
 「それこそどーでもいいわー」

 いまだ警戒態勢がとられている中にあって、まるで他人事のように。
 と、そこへ。

 「お、クライアントからお電話ー」

 と、携帯を取り出し。

 「はい、どーもー。はいはい、うんうん、あははは、そうそう、あ、でもその子は出てこなかったわねー」

 依頼内容は三つ。
 何でもいいので騒ぎを起こし、緋桜学園へ警察を誘導するようにして立てこもる事。
 その後、ある程度騒ぎが大きくなってから撤収。学園の人間や施設には可能な限り被害を与えないこと。
 高野、という男子生徒が出てきた場合は、絶対に手を出さず、即座に撤収する事。
 最初の二つはほぼ完璧にこなしている。
 梓と大地の戦いが終わった時点で、二人は頃合と見て緋桜学園から撤退。
 その際、ドロップキックをしかけてきた女生徒と口裏を合わせている。
 彼女からすれば、生徒だけで学園の危機を救ったという事になるし、悪い話ではないと即座に了承してきた。
 学園からの脱出は、二人からすれば簡単な事だった。
 包囲されているとはいえ、二人の目から見れば実に穴だらけである。

 「え? 予想以上の結果? うれしいわねー、じゃ報酬の方、よろしくねー、うんうん、またなにかあったら言ってねー」

 と、言って電話を切る。

 「お客さん、なんて?」
 「バッチグーだって、よかったよかった」
 「そっか。で、これからどうすんの?」
 「あんたは?」
 「しばらく、この街にいようかなって。宿は・・・大海のトコにしばらく厄介になって、アパートでも探すよ」
 「ほうほう。薙峰君目当て?」
 「ああ。興味ある」
 「ふーん、じゃアタシも、しばらくはここにいようかな」

 意外な答えに大地がたずね返す。 

 「この街になにかあるの?」
 「ないわけじゃないのよ。この街って結構、名家がそろっててね。そういうトコには古いいわくつきのお宝があるってのが、 よくあるパターンだし、それよりも」
 「それよりも?」
 「パンツ泥棒。アレ気になってねー」
 「・・・ああ、一時期、うわさになってたよね」
 「やってるコトはどーしょーもないけど、技術はハンパじゃないわよ、あれ」
 「ま、兄貴がそういうなら」

 問答無用で水をかけられる大地。

 「・・・姉貴がそういうなら、そうなんだろうな」
 「そうよ。この姉がそういうんだから間違いないわ」

 山本川 大空(ヤマモトガワ オオゾラ)。
 山本川三兄弟の長男であり、世界を股にかける大泥棒であった。
 こうして。
 今日もまた平和な夢見坂の地に、あまり平和でない人物がまた増えていった。





『15/白馬の王子様に憧れた罰ですか?(下)』 END





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