「くだらん」
 「そうおっしゃると思いました」

 全ての授業が終わり、バラの咲き乱れる温室にしつらえられたテーブルには二人の少女。
 葛竜胆と更葉臘月である。
 テーブルの上には香り漂うバラの紅茶のティーカップが二つと、一通の紙片。
 初真の会長から、生徒会への勧誘の旨が記されている。

 「後藤の娘がこの学園で何をしたいのか知ったことではないし、私は見知らぬ他人と名前だけの付き合いをする気もない」
 「考えられるものとしては、葛と直接のコネクションを持ちたいといった所でしょうか」
 「防犯メーカーが墓荒らしの葛と組んで何をしたいと言うのか」
 「墓荒らし、というのはいささか言葉が荒いかと」
 「事実だ。もっとも世間では考古学者だとかなんとか呼ばれているようだがな、敬愛する父上様は」
 「八代様は素晴らしい方です。竜胆様が愛すると言われるのもごもっともかと」
 「皮肉だ」
 「そう照れずともようございます」

 竜胆はこの椿に口で勝とうという気はとうの昔に失せている。ため息をひとつついて、今は国外にいる父を思いこすが、最後に見たのはいつだったかとその顔もおぼろげだ。
 葛八代(ヤツシロ)。
 世界を股にかける考古学者であり、いくつもの論文や研究結果を発表している。
 暗い部分の事情を知っている者ならば、黄蝗(コウオウ)、と侮蔑まじりに呼ぶ。
 黄色いイナゴ。欲深い日本人で、イナゴのように全てを奪いつくす者と。

 「敵もずいぶんと作っているようだが、そこまでして何を欲しているのか。か弱い娘を捨て置くほどの宝とは何なんだろうな」
 
 その独白にも恨みはこもっていない。
 母が病に倒れ、瞳を二度と開けなくなってもなお姿を現さなかった男だ。今さら何を期待するというのだろうか。
 
 「・・・」

 臘月はただ黙ったまま寄り添っている。
 こういう時、言葉で慰めをかけない臘月の気遣いが竜胆にはとても有難い。

 「つまらん話をしたな。で、この件はお前がそれなりに断っておいてくれ」
 「はい」
 
 この話はこれで終わり、とばかりにティーカップに口をつける竜胆。
 と、そこへ。

 「ご機嫌いかがですか?」

 白い学生服をまとった男子生徒が花束を持って現れた。
 
 「・・・貴様もいい加減しつこいな」
 「根性だけはそれなりかと」

 竜胆の腰掛けたイスの前で片ヒザをつき、花束を差し出す。

 「この轟剛毅、ハニーの寵愛を受けるまで幾度なくともこうしてお邪魔するつもりです」

 一拍とおかず竜胆の掌底が飛び、ついでとばかりに臘月の回し蹴りが加えられ、回転しながら近くの茂みへと埋没する剛毅。

 「それで・・・迎えはまだか?」

 と、ちょうど臘月の携帯電話が着信を知らせる。
 失礼しますと竜胆に断り、臘月が着信相手と一言二言と言葉を交わし通話を終える。

 「申し訳ありません。ついにドクターストップとの事です」
 「・・・ふむ。ひどい腰痛らしいからな。今年でいくつになるんだったかな、斉藤さんは」
 「今年で80歳を迎えるそうです」
 「定年退職どころの年ではないな」
 
 竜胆の運転手をまかされてる、斉藤源之助80歳。
 先々代の当主の頃から主要車の運転手を勤めており、葛家の使用人としてはもっとも古い人物である。
 先代、つまり八代の車のハンドルを握っていた頃まではボディガードも兼ねていた古強者であるが。
 寄る年波には勝てず、現役を引退し国外へ出向く八代を涙ながら見送った。
 以後は純粋に運転手として竜胆に仕えていたものの、数時間前に持病の腰痛が悪化したと臘月に知らせが入った。
 それでも竜胆の下校時間になると、這って車に乗り込み竜胆を迎えに行こうとしたため、数人かがりで止めに入ったらしい。
 しかしその数人が返り討ちにあい、結局、警備にあたっている屈強なガードマンたちが相打ち覚悟でようやく取り押さえ、今は葛家に与えられた斉藤の自室のベッドで休んでいるそうだ。

 「よく大人しく寝ているな」
 「もちろん縛り付けてあるそうです」
 「難儀な人だ」

 竜胆は苦笑しながら、今もきっとベッドで暴れているであろう斉藤の姿を思い浮かべる。

 「なら急いで帰るか。腰痛が悪化しかねない」
 「しかし、お車が。タクシーなどは危険ですし、今別の車を他の者に・・・」
 
 斉藤の車は完全防弾車であるのは当然ながら、指紋、網膜照合によるキーを使用しているため、他の誰も運転ができない。 
 むろん、予備の車もそれを運転する運転手もいるのだが。

 「やめておこう。私は斉藤さんがいる以上、他の者が運転する車には乗らん」

 以前、インフルエンザで倒れた斉藤は、風邪ごときでお役目を果たせず、それどころか若造に竜胆の乗る車をまかせてしまった、と、腹でも切らんという勢いであった。
 竜胆も慌てて止めたものだ。あの人は本気でやりかねないと。

 「ではどのようにお屋敷に戻られるおつもりですか?」
 「二本の足がある」
 「いけません」

 徒歩で帰るなどと、臘月が止めるまもなく竜胆は立ち上がり。

 「それにお前がいる」

 一言付け加える。

 「・・・」 

 臘月は眉をひそめ。
 それを見ても微笑む竜胆に。
 
 「竜胆様をお守りすることに一切の不安はありません。しかし、常に万全を持って万難を排するのが私のやり方です」
 「ああ、わかっているさ。さ、帰るぞ」  
 「まったくわかってらっしゃらないではないですか」
 「行くぞ。せっかく登校してきたのだ。たまには学生らしく親友と歩いて帰り、途中で道草を、というのも粋だと思うぞ。」
 「親友、などと。そのような甘言で、私は言いくるめられません」
 「なんだ。私はお前の事をとても好きだというのに、お前はそうではないというか。悲しいな」
 「そ、そんなはずはありません! どうしてそのような意地の悪い事ばかり並べて」
 「行くぞ、無二の親友」
 「う、く」

 結局、臘月が折れ。
 二人の美少女は温室から出て、帰路へと着いた。





18/『女神と盗賊』






 「・・・ったく、めんどくさい事になったな。オイ、いくぞ。今日は帰り道も隠れてエスコートだ」

 耳から盗聴器のイヤホンを外し、温室から少し離れた木の影に身を潜めていたアタシはため息をつく。
 おとなしく迎えの車が来るのを待ってろというのに、コッチの身にもなってほしい。

 「はっ」

 茂みに突っ込んでいたはずの茜であるが、その姿はすでに忍のものとなり、アタシの背後に控えていた。
 いつの間に、というツッコミをするのはもう諦めた。帰ってくる返事はどうせ忍術ですので、の一点張りだ。 
 ちなみに盗聴器のマイクは茜の服に仕込んであるものだ。
 直接、お姫様の服に仕掛けるのが確実だが、見つかると後が色々と面倒そうだし。

 「しっかし、こっから歩いて帰るとなると、けっこーな距離だろうに」
 「葛邸宅から車で朝の通勤時間帯で約30分。徒歩となると1時間程度でしょうか。主の気まぐれに付き合う従者にはご苦労様としか」
 
 茜がアタシをジト目で見ている。が。

 「まったくだな。面倒くさい主はたまったもんじゃない」
 「まったくです。面倒くさい事ばかりでたまったもんではないです」
 「・・・」
 「・・・」

 目をそらさないとか、いい度胸だ。
 最近この忍者がえらい生意気だ。言葉もだんだん砕けてきて、口調もタメ口一歩手前だが、まぁそれはいいとして。

 「ま、役目は役目だ。ぼちぼちやっていくか。とは言え、お姫さんの婚約者であるお前がアタシと歩いているのはマズいから、お前は隠密で尾行。二人から離れるなよ」
 「はっ」

 そしてアタシもぶらぶらとヤル気なく、距離をとって二人の後に続く。

 「しかし、ホントに狙われてるって自覚あるのかね、あのお姫さんは」
 
 すでに散ってしまった桜道を歩き、四門の一つをくぐり学園の外へ。
 放課後からやや時間も経っていた為、生徒の姿はまばらで、二人に注目する者もいない。
 これがもう少し早い時間であれば、送らせて下さいと何人もの生徒が群がった事だろう。

 「ま、そんな好意を受けるはずもないけどな」

 学園を出てからも、二人はペースを乱すことなく歩をすすめている。
 が。 

 「・・・んー」

 違和感がある。
 お姫様の竜胆はともかく。狙われていると知っているには、護衛の椿の挙動があまりにもいつも通りだ。
 少なくとも警戒をしているような様子は一切ない。
 
 「知らされていないのか、主を不安にさせないために平静を装っているのか」

 おそらくは後者だろうが、それにしても。

 「椿とは言え単身。この条件で護衛ってのは厄介だ」

 もしアタシが襲撃側ならこんなチャンスは逃さない。
 まだ陽はあるとはいえ、人通りの少ない場所にさしかかれば襲撃は可能。
 そもそも、そんな常識すらも通じないのが鷹乃どもだ。目撃者がいようがいまいがお構いなしにくるだろう。
 それでも仕掛けてこないとするならば、竜胆の護衛が他にも隠れているというのを推測してだろうか。

 「一応、持ってきてはいるけどな」

 アタシは懐に一振りの短刀を忍ばせている。”契離(チギリ)”という銘で、ウチにある刀の中で今の状況に関してはもっともマッチした刀だ。
 しかし出来る限り抜きたくはないし、抜いたとしても”伺い”は使いたくない。アタシだって相手を選ぶ権利はある。
 かと言って、素の力で鷹乃の分家を相手どる事ができるかと言われれば、微妙なトコではある。
 最悪なのは契離を伺ってなお足らず、茜に預けてある”虎雷(コライ)”を伺う場合だ。これだけは絶対にカンベンだが、背に腹は変えられない状況なら抜くしかない。
 と、そんなアタシの憂鬱も知らず歩いていく二人。
 そうして15分ほども進んだだろうか。辺りは閑静な高級住宅街。
 ここからさらに15分も進めば人の多い駅前の商店街へと続くのだが、そのルートで言えば今がもっとも人の目が少ない場所がココだ。
 そこで。

 「竜胆様」
 「む?」

 茜に仕掛けているマイクが二人の会話をひろってアタシのイヤホンに届ける。
 えらく声がクリアに聞こえる事から、ずいぶんと二人の近くにいるのだろうが、茜の姿はどこにも見えない。はいはい、忍術忍術。
 それはともかく。

 「・・・いかにも、といった男だな」

 椿が用心しているのは、道の先から歩いてくるスーツの男。
 その白いスーツに白い帽子とサングラスという格好は、映画の世界でならマフィアかなんかといった風体だが、それゆえに浮きまくっている。
 スーツの男は竜胆たちの姿を認めると、歩調はそのままに、しかし確実に近寄ってきたのだ。

 「竜胆様、後ろに」
 「ああ」

 こういう時に素直に従う竜胆は、やはり椿に絶大な信頼を寄せているんだろう。
 一方、ウチの忍者はまだ姿を現さない。 

 「失礼、お嬢さん方。おたずねしたいのですが」
 「何か?」

 対処するのは椿。

 「貴女達もまた戦士でしょうか?」

 ・・・?
 一瞬、マイクかイヤホンの調子が悪くなったのかと疑ったが。

 「ああ、私は怪しい者ではありません。最近こちらにやってきた者なので、丁度その制服を着用されているあなた方が通う訓練施設の見学に向かう所だったのですが。運良く通われている方と出会えたので、ついお話をうかがえたらと思い、お声をかけてしまったのです」

 ・・・。
 なんだ、コイツ。
 口調は丁寧だが、内容が理解できない。

 「・・・おっしゃる意味が理解できませんが?」

 椿があきらかに怪訝な目でスーツの男を見る。 
 
 「いえいえ、隠れさずとも結構です。私も戦士の一人ですし、この星を守るという目的は貴女方と同じくですよ」
 「・・・」

 言葉を失う椿。
 ・・・電波か。まぁ桜は散ったと言えどまだ春だしな。

 「とは言え、私は訓練中の貴女方と違って、すでに前線で剣を振っております。最近ではサーベタイト惑星郡内での反乱の制圧や、リッゲンタルド湾内での原生生物などを討伐しておりました。おっと、これは機密でした。どうぞ内密に」

 やや誇らしげな態度で、朗々と謳うようにワケのわからない事をのたまうスーツ。

 「・・・」
 「・・・」

 一方、ますます怪訝な顔になった椿と、眉をしかめるお姫様。

 「と、いうわけで話を戻しますが、貴女方も戦士でしょうか? もしお時間があれば、訓練施設の案内などをお願いできないでしょうか?」

 電波だけじゃなくて、花粉も脳に入り込んだのか? もう本当にどうしようもない。
 
 「・・・」

 視線だけで辺りを確認する椿。どうやらこの電波スーツを引き止め役と判断したらしい。
 しかし辺りには人影どころか気配もない。

 「貴方が何者かは存じませんが、先を急ぎますので失礼します」

 椿がハッキリとした拒絶をもって話を終わらせ、その横を通り抜けようとし。

 「あ、お待ちください」

 と、スーツの男が椿のその小さな肩に手を伸ばした瞬間。

 「!?」

 スーツの男の体が地面に叩きつけられる。合気なのか柔術なのかは専門外なアタシとしては判断がつかないが、やっぱり小さくても椿。

 「次は容赦いたしません」
  
 地に倒れたスーツにそう告げるものの。

 「臘月、この男、気絶しているぞ」
 「軟弱ですね」
 「まったくだな」

 それだけを言い残して、再び歩き出す主従。

 「・・・本当に容赦ないな。まぁ重度の花粉ジャンキーにはいい薬かもしれんけど」
 『剛毅様、お待ちを』

 アタシも身を隠していた車の陰から出て二人を追おうとした時、イヤホンから茜の制止が入る。

 「ふむ。見事な技だった。間違いない、あの二人は戦士だ。あの手際からしておそらく施設の中でも優秀な戦士だろう・・・しばらく行動を観察させていただくとしようか」

 むくりと起き上がったスーツの男が再びワケのわからない事をのたまった後、二人が歩いていった方向へとゆっくりと歩き始める。

 「アイツもお姫さん達の後をつける気か」
 『面倒な事になりましたね』
 「まったくだ。害意はないようだが、無害でもなさそうだなぁ」

 計らずとも二重尾行のような状況になってしまったが、嘆いても仕方ない。
 アタシはやれやれと、駅前の商店街へと続く道をまた歩き始めた。
 それからは実に平和な道のりだった。スーツの男も後をつけているだけで、特に何か手を出そうという雰囲気すらなく、駅前の商店街へ到着。
 これでようやく葛家まで半分といったところだが、ここでちょっとしたイベント発生。
  
 「・・・やけに親しげだな」
 『そうですね』

 人ごみの中、お姫様が菓子やら飲み物が大量に入ったスーパーの袋を持った男子生徒の背に話しかけたのだ。それも自分から。
 男の方は制服からしてこの近くにある夢見坂学園の生徒。
 そして、やたらと笑顔というか、男同士が親友と話しているような雰囲気のお姫様。
 一方の椿は対照的に、敵意どころか殺意をこめた目で、頬もふくらまして今にも襲い掛からんという状態だ。

 『あの人、カレシとかですかね』
 「お前、そういう言葉だけは現代語だよな。想い人とか良い人とかは言ったりしないん?」
 『ハニーとかでも可ですが』
 「今時、ダーリンとかハニーとかいうヤツおらんだろ」
 
 と、思っていたら。

 「オイ、これからどうするんだ、ハニー?」
 「このままです。ダーリンとしてはこんな退屈なデートはご不満かもしれませんが」 

 後ろから歩いてきていた痩身の男と、乳がこぼれそうな赤毛の女という外人カップルがアタシの横で立ち止まり、ハニーだのダーリンだのと喋っている。
 見るからに乱暴者っぽい男だが、おそらくは男のものだろう皮ジャンを女が着ているあたり実は紳士か。確かに風に吹かれればまだ肌寒い時もあるし。
 しかし・・・見れば見るほど乳が凶悪だ。

 「なんだガキ?」

 さすがに凝視していたためか、見ていたのが男にバレた。が、すぐに女の方がアタシに笑いかけ。

 「あらあら、可愛らしいお嬢さんね。ダーリン、浮気はダメですよ?」
 「ふざけろ、ハニー。こんなガキに興味はねぇよ」
 
 そりゃ、こんなフェロモン全開、胸元も全開のオネーサマに乳押し付けられて腕組まれてる男ならそー言うわな。 

 「ハニー、そんな寄ってくるな、少しは離れろ」

 うるさそうにして、男は組んでいた腕を振り解く。細身の女はそれだけでよろめく。おいコラ、もったいないオバケが出るぞ。
 しかしすぐに。

 「だめですよダーリン。ここではこうするのが恋人同士の決まりですから」 
 「・・・チッ」

 結局、また腕を組まれて為すがままの男。
 ここで女がアタシにウインク。
 会話からして、女はどうやら日本に慣れていない男の方を決まりだなんだと騙してラブラブしているらしい。なんという策士。

 「・・・まぁ、本場の人達が使うのはサマにはなってるな」

 このカップルに聞こえないほどの小声でアタシがそう言うと、返ってきた言葉は。

 『乳、すごいですね』

 だった。ダーリンだのハニーだの呼び方よりも、そっちが気になるらしい。

 「ハンパないな。誰かさんと大違いだ」
 『あんなの数年後には垂れてますよ。でろーんと。でろでろーんと』

 声がやや震えている。それは嫉妬か絶望かどっちだ。まーどっちでもいいが。

 「ムキになるな。超えられない人種の差だ」
 『・・・ちなみに茜はさらしを巻いています。実は90オーバーです。そしてロケット型です』
 「自分も騙せないウソはやめておけ。お前もアタシも空しくなるだけだ」
 『・・・』

 と、ここでさらにイベント発生。
 二人の外人カップルが、アタシ達のやや前方に位置していたスーツの男に気がつき。

 「おい、ゲシュ・・・むぐ」
 「こちらへ!」
 
 男の方が声をかけようとして、女がすぐさまその口をジャンプして手でふさぎ、路地裏というか裏道とへ連れ込んだ。
 なんなんだ。もしかして、あの電波スーツと知り合いか?
 これはどうしたものか。
 もしスーツの仲間だというなら合流して厄介な事にならないうちに、後を追って後ろからドツいて気絶していただくというのもアリだと思うが。
 しかし、カンというか、まず間違いなく鷹乃関連ではないよなぁ。んー。
 結局、アタシはお姫様から目を離す事はせず、夢見坂の男子生徒と一緒に歩き出したお姫様一行と、それに続く電波スーツの後ろ姿を見つめながら再び歩き始めた。





 危ない所でした。
 せっかくこうしてゲシュウルと二人きりだというのに、ボンボンと合流しそうになってしまうなんて。
 けれどそれは回避できました。問題は。
 
 「おい、ハニー、どういうつもりだ」

 やっぱり怒ってる、ふふふ。怖い顔も素敵。とりあえず。

 「サー・ゲシュウルは隠密行動をとっていらした様子でしたので、私達が声をかけてしまっては弊害があると判断しました」
 「・・・言われてみりゃ、確かにな」
 
 出まかせで言ってみたものの、ゲシュウルは先ほどのボンボンの様子を思い出しながら、小さくうなずいて何事か考えていますね。

 「今回はお前の判断が正解だったのかもな」

 私は一瞬、何を言われたのか把握できず、とっさに。

 「私はいつでも正しい判断しか致しません」
 「・・・はいはい、そーですか、そりゃ失礼、ケッ」

 いつものようにそれを軽く流して。

 「あ・・・」

 ようやくゲシュウルが初めて私を誉めてくれたのだと理解に至り。

 「・・・おい」

 嬉しさと喜びでめまいを起こしてしまい、足から力抜けて倒れそうになってしまいました。 
 せ、せめてゲシュウメの体にもたれかかりたい、と思ったものの、体は言うことをきかず全身が崩れ落ちて。

 「おい! テメェ、やっぱり大丈夫じゃねぇだろ! 抑制器具だけじゃ遮断が完全じゃねぇって事くらい知ってんだよ!」

 地面に倒れこむよりも早く、獣のような力強さと素早さで、私の体は硬く引き締まった胸に抱きかかえられる。
 あーもう死んでもいいかも。むしろ死ぬなら今がいいかも。

 「チッ、顔も真っ赤じゃねーか。ちゃんと動いてんのか!?」

 ゲシュウルが乱暴に私の髪をかきあげる。そんな男らしい仕草がとっても素敵。

 「動いてはいるが・・・どうすりゃいいんだ」

 抑制器具の動作を確認してるようですけれど、正確に言えばそれは抑制器具を模した、ただの動作確認器具。
 私の抑制方法は器具などではなく、体内の血管、つまり血液に混ぜられた液体。液体と言っても生物に近いのですが。そしてイヤリングは血液中の液体の濃度を示しているにすぎません。
 その液体、つまり抑制液というのは、もう少し細かく言うと・・・やはり言葉にはしたくないですね。
 そして私が力を使用するとその液体が死滅していきます。もちろん、こうして力を使ってない時も少しずつ死滅しながら私への影響を抑えてはいます。要は身代わりのようなものですね。
 単純にその液体の量を多くすればするほど、遮断率は上がり、力を使用できる時間も長くなるのですが、結局は異物。
 量を多くすればするほど、私の生物としての活動に弊害をもたらします。言ってしまえば毒液ですしね。
 任務によっては致死量寸前まで投与する場合もありますが、現在はその半分以下。かなりの余裕があります。
 ちなみに、以前ゲシュウルが言っていた艦での施設による抑制というのは、この液体が死滅した後、それを血液から取り出す事を指しているのかと。
 死滅した液体は正常な血流を妨げ、内臓器官にもダメージを与える可能性もある為、可能であれば体外へ破棄した方がよいのですが。
 実際、そのほとんどは血液に溶けてしまうので、さしたる問題はありません。あくまで弊害を予防するための手段の一つという程度です。
 ちなみに、このあたりの事情はゲシュウルは知りえません。抑制液に関することはかなり重度な機密情報となっているからです。
 そして抑制液を使っているのは、軍属の能力者のみ。
 通常の能力者はゲシュウルが思っているように、抑制器具で遮断を行い、症状への対処は専用の施設や機器で処置を行います。
 そういった背景から、能力者は特定の機材を使って、症状を抑えている、と思われているのが一般的です。
 ですが。

 「おい、返事しろ、おい、クソ女!」

 私を抱きかかえ、間近で心配そうな表情を浮かべたゲシュウルの顔がこんなにも近くに。
 女として、この瞬間の幸せを味わうためなら、どんな嘘もつき続けましょう。
 そう、この時間がこのままずっと続けばいいと思っていてたのに。

 「・・・チッ」

 ゲシュウルが不意に背後を振り返り、私の肩を抱いていた手に力が入る。

 「こんな時に限ってかよ、クソったれ」

 ゲシュウルの視線の先、路地裏のさらに奥から現れた人影は。
 
 「また会えましたねー、ナイフの人」

 楽しそうに笑うあの少年でした。  





 「なるほど、生徒会に入会した早々、使い走りか。まぁ仕方あるまい」
 「実にお似合いですよ。ええ、まったくもって」
 「・・・」

 事情をなんとか説明し終えると、竜胆は軽く笑い。
 臘月さんは無表情のまま何度もうなずいている。ホントに嫌われてるなぁ。
 そういえば、何でお嬢様の竜胆がこんな所を歩いているんだろう。制服姿のままだし。
 と、そんな疑問の視線を投げかけていると。

 「ああ。迎えの車にトラブルがあってな。こうして歩いて帰宅しているわけだ。以前ならばそうはいかなかったが、今は多少なりとも体が復調しているしな」
 「それは喜ばしい事ですが、葛家の方がこんな雑多な場所を無防備に歩くというのは尊敬できません」
 「お前もしつこいな」
 「薙峰様」

 主である竜胆のしかめっ顔も無視して、臘月さんはオレを見て。

 「ここでお会いしたのも何かの縁。葛家まであるゆる危険から竜胆様をお守りくださるように」
 「・・・」

 丁寧なお願いのように見えて、その目は有無を言わせない迫力に満ちている。
 普段ならば別に断る事もないけど、今は会長に言われてお買い物の最中であります。

 「・・・」

 かと言って、ここで臘月さんに逆らえば後々ひどい事になりそうな雰囲気。雰囲気というか、間違いなく。
 今、オレは間違いなくどちらを選んでもいずれ後悔する選択をしているんだろうなーと思っていた時。

 「梓」
 「?」

 竜胆が表情を変えず、声だけを抑えて。

 「実は私たちは尾行されている。振り向くな、気づかれる、そのまま私を見ていろ」
 「・・・」
 「学園を出たあたりで妙な男に声をかけられてな。春の陽気のせいなのか理解できない事を何やら言っていた。なんと言っていたかな、臘月?」

 たずねられた臘月さんは、その男を思い起こしたのか実に機嫌が悪そうな顔で。

 「いきなり私たちに戦士か? などと。他にも何やらいろいろと宇宙人のような戯言を。あれがオタクでゲーム脳でストーカーという病気ですね」

 ・・・戦士、宇宙人。なんだかとってもイヤな予感がする。
 少し前にレッドの人に襲われた後、竜胆に助けてもらったけど、事情は説明してないし。
 だって、宇宙人に襲われてとか説明したら、この二人が今のような反応をするのはわかっていたし。

 「というわけでな、梓。捕らえて警察に突き出してもいいのだが、自意識過剰と無碍に扱われるのも業腹だからな」
 「これから人気のない場所に誘い込んでしまおうと思っていたところに、薙峰様とお会いできたしだいです」  

 そしてこの二人も考え方が非常にとがっている。というか、誘い込んでから後の事を言葉にしない臘月さんが怖い。
 あと、そんなのに加担したら自意識過剰から過剰防衛とかになりそうなんですけど。

 「が、万に一つの可能性として、阿呆を装っているだけかもしれん。葛家に恨みを持つ者は多いからな。娘を人質に、と軽率な考えを持つ者もいるだろう」
 「送迎車がいない時に限って、ではなく、長く好機をうかがっていたのかもしれませんし」

 何か生々しい事情が垣間見た気がするが、深くは聞けないし、あんまり聞きたくもない。魔法少女だけで精一杯だから。

 「まずは捕まえて裏を吐かせる。場所はあの時の朽ちた噴水だ。あそこならこの時間でも人はいまい、行くぞ」
 「では、参りましょうか、薙峰様」

 もう決定事項らしい。
 竜胆が先頭、次にオレ、そしてオレを逃がさないかのような位置取りで後ろからついてくる臘月さん。
 ・・・仕方ない、覚悟を決めよう。レッドの人の仲間なら、このままほうっておくと何かしらトラブルになりそうだし。
 そしてオレ達は商店街の先、人気のないあの噴水へと向かってのであります。





 『どうされます、剛毅様』
 「なんだか、さらに面倒な事になってきたな」

 マイクを通してお姫様達と緋桜の男の会話を聞き終えたアタシ達は。

 「しかしどーもこーも、ついて行くしかないんだろうなぁ。とっとと帰宅すればいいものを」
 『変質者が怖くて家に逃げ帰るというタイプではない事は確かですが、まさか誘拐犯という前提で人気のない所に誘い込むとか、良家のお嬢様にあるまじきですよね』
 「そもそも病弱って設定はどうなったんだ。やっぱり”婚約者の剛毅”に会わない為の嘘か」

 診断書をでっちあげるくらい葛なら簡単だろうし、初真学園とてそれを疑いはしないだろうが。

 『いえ、確かに幼いころから体は弱いようです。ただごく最近になって著しく快調に向かっているらしいのですが』
 「ほー。何? 葛の家に忍び込んだりして調べたんか? さすが忍者? ちょっと見直したぞ?」

 葛ともなれば、警備員や監視カメラ等々、網の目のごとくだろう。
 時代錯誤はともかく、なんだかんだで中身は一流ってコトか。
 と、感心していたのもつかの間。

 『いえ、業火様からメールで』
 「・・・そうか」

 もはや何も言うまい。

 「とにかくだ。相手がそういう類だってんなら話は早い。チャンスでもある」
 『チャンスですか?』
 「”剛毅”がさっそうと助け出せば、印象も変わるだろう?」
 『椿がいる以上、”剛毅”様の出番はないと思いますが』

 それは確かに。しかし、ここで”剛毅”に対する印象をいいものに変えておけば、後々、非常にやりやすくなる。
 少なくとも陰に隠れてコソコソする必要はなくなるだろう。

 「・・・椿には少しお姫様から離れててもらうか」
 『剛毅様?』

 ”契離”に伺えば、多少の時間ぐらいは束縛できるだろう。
 もちろん顔を見られるワケにはいかないので、変装は必要だが。
 そして変装と言ってもアタシの場合は、男の姿になるだけでいい。
 と、なるとまずは服か。
 
 「お前、制服の代えってもってるか?」
 『ええ、身代わりの術にも使いますので何着かは』
 「よし、一着よこせ。顔の知られてないアタシが男に変装して、椿をちょろっと退場させてくる」
 『・・・本気ですか?』

 うわ、本気でコイツぶん殴りたい。

 「お前、今、アタシを軽く見ただろ?」
 『いえいえ、決してそのようなことは。ただ椿と言えばあの椿。並の武芸者ではとうてい敵わぬ相手ですし、時代の轟を背負う剛毅様の身に何かあっては』
 「アタシは並か。というか、お前、アタシになんかあったら自分の責任問題になるとか思ってるだろ」
 『読心術!? 剛毅様も忍術の心得が!?』
 「・・・いいから一着もってこい」
 「は」

 返事がかえってきた瞬間、アタシの手には制服が現れた。まるでイリュージョン。

 「お前、本当はすごいよな」 
 『忍者ですので』
 
 そんな事をしながらも足は進み。
 商店街を抜けて、雑木林のような場所へと入っていくお姫様一行。その後に続く電波男。そしてアタシ達。
 
 「まぁ、ここらならいいか。手早く着替えるとしよう」
 『女の格好はしていても、女の恥じらいはないんですね』
 「アタシは男だ。変態のように言うな」
 『はぁ』

 口を動かしながらも、手を動かす。
 近くの木に男物の制服をかけ、着ている女物の制服をすばやく脱ぎ捨て、スボンをはく・・・く、あのバカ忍者、アタシより足長い。  
 そして上も着込むものの、こちらは逆に腕や肩、あと首周りがキツい。なんだかんだで女。華奢と言えば当然か。
 前のボタンは止めないままにしておく。多少バタついてうっとうしいが、わずかなりとも動きが制限されるのは有難くない。
 腕まくりをしつつ、目が隠れる程度の長さの髪は後ろで縛っておく。多少は視界でチラつくがこれなら問題ない。

 「よし」
 『・・・』
 「どうだ、これなら”茜”とは思うまい?」
 『・・・』
 「おい? 聞いてるか?」
 『あ、あ、は、はい、そ、そそそそそそ、そうですね』
 「なにをキョどってんだ」

 懐に忍ばせておいた”契離”を腰の後ろに差し具合を確かめる。
 
 『御髪に隠れていたので、剛毅様のご尊顔を初めて拝見いたしましたので、やや取り乱しました』
 「なんじゃそりゃ。髪に隠れてたって言っても軽くかかってただけだろうに」
 『まぁ、そうなんですが。男装されて髪を詰められると、その、印象が大きく変わるというか』
 「? まあ、それなら好都合だ。変装なんだしな」

 問題はどうやって椿を誘い出すかだが、まぁこういうのはシンプルな方がいい。

 「これからアタシが椿に気を向ける。向こうからすれば、別口の敵が増えたように感じるだろう」
 『その後は?』
 「あの電波よりはアタシの方が脅威と思ってくれれば、守りに徹するよりも、攻めに転じるはずだ」
 『そうですか? 普通は逆では?』
 「護衛ってのはなかなか厄介なもんでな。普通は単身でできるようなもんじゃない。チームを組んで、目的地まで対象を運ぶのが本来の動きだ」
 『そうですね』

 しかし、今はお姫さんの気まぐれで誘拐犯退治なんぞしようしているため、自分から人気のない、さらに視界の悪い雑木林にいる。
 
 「もしこんな状況で相手が誘拐犯ではなく、命を狙っているとしたら爆弾の類の使用も想定されるだろう。待っていられる状況じゃない」
 『なるほど』
 「だが、それは椿だってわかっているだろうし、そのような状況でも守り通せるという自信と自負はあってお姫様のワガママに乗ったんだろうな、少なくとも相手があの電波程度なら、と」
 『ふむふむ、さすがですね』

 と、いうのがアタシの素人意見だ。
 アタシだってプロじゃないし、多分そーだろうと思う。バカ忍者はうんうんふむふむとうなずいているが、多分、穴だらけの作戦だ。
 とは言え、失敗したところでマイナスはないし、成功したらラッキーというカンジで。

 「じゃ、アタシは反対側に回り込む。椿からすれば、電波とアタシに挟まれたカンジになるだろう」
 『ではこちらは椿が離れ次第、行動開始します』
 
 そしてアタシは大きく迂回するようにして走り出した。
 

 
 


 「さて、どうやらお取り込み中のようですねー? そちらは恋人さんですか? 具合がよくなさそうですけどー?」
 「・・・ケッ、そう思うなら遠慮しやがれ」

 言うだけ無駄だろうが、な。
 負ける気はさらさらないが、今はマズイ。とっとと信号を出して艦に転送をさせるのがこの場は先決だ。
 いつもならこのクソ女が勝手に転送するだろうが、今は判断できるヤツが艦にいない。
 サインを送るだけならば、このサングラスの右耳の部分を軽く押すだけだが・・・可能な限り会話を続けて情報を聞き出すくらいはしとかねーと、艦に戻った後、この女の口がめんどうだ。

 「そーですねー。ボクは別に戦闘狂というワケではないのでー」

 意外な答えが返ってくるもんだ。確かにこのガキにゃ、戦場に酔った戦士の目ってわけじゃない。

 「・・・そうかい、じゃ、この前の続きはまた今度だな」  
 「ボクはどちらかというと一方的な戦いの方が好きなんですよ。特に相手が弱点をさらけだしている時とか」
 「いい根性してるな」

 完全にイカれてやがる。そのわりには目が正気だってんだから、さらにタチが悪い。
 戦場での緊張感や、薬物の過剰投与、魔術の反動で精神がボロボロになったヤツにゃ、似たような症状が出るが、このガキは違う。
 
 「チッ、しゃーねぇ」
 「やる気、になったようにみせかけて、また逃げを打つ気ですね?」
 
 その上、こっちの思惑も透けてやがる。

 「悪いな、こっちも仕事でやってるんでな」

 この距離。そして、壁に挟まれた直線しかない空間のこの場所ならば、クソガキの一撃がどれだけ早かろうとしのぐ事はできる。
 問題はこのクソ女を狙われた場合だが、腕の一本捨てる気ならなんとかなるだろう。
 オレはクソガキの一挙一動を見逃すまいと、集中しつつ。
 サングラスに仕込まれた緊急回線を発信する。
 瞬間、いつものように体が浮遊感に包まれ。

 「・・・」

 ・・・転送されねぇ? どうなってやがる?
 動揺を気取られないようにサングラスを外し確認するも発信はしている。
 と、なると・・・艦に異常があった?

 「どうしたんですか? 逃げを打つと言っておきながら動かないなんて」
 「そういうテメェも動く素振りがないが逃がすつもりなのか?」
 「・・・まぁ、あんな手品を使われれば追いつけませんしねー。なら、ジックリ見物させてもらおうかな、と思って」
 「見せモンじゃねーんだがな」
 
 逃げると言っておいて、このままじゃ、いずれバレる。そうなると不利にしかならねぇ・・・どうする?
 ・・・仕方ねぇか。
 
 「・・・クソガキ、なんだかオレに勝てるって顔だよな」
 「あれ? 逃げないんですか?」

 サングラスの左耳の部分を押しつつ、クソ女を寝かせる。
 これで隊長とボンボンの貴族にゃ、こっちの異常が伝わったはずだ。
 あとは。

 「テメーに少しでも誇りとかそういったもんがあるなら、一対一正々堂々と・・・ってのはどうだ?」

 あの二人が来るまで時間を稼ぐしかねぇ。

 「腕に覚えがあるなら、そういう楽しみ方も知ってんだろ?」
 「興味ないですねー」
 「・・・クソガキが」

 まったく・・・しんどい時間になりそうだな。
 


18/ 『女神と盗賊』  END




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