8/『魔法少女、ちびっ子居合い使い、次はメイド・・・って!?』






 バルカロールの守りを貫いたそれは、かすめるだけでリンを激しく地に打ちつけた。

 「リン!」
 「マスター!」

 エバーゴールド、そしてウィンチェスターの絶叫。

 「・・・うぅ・・・あなたは、一体・・・?」

 激痛に耐えながらも、気丈に立ち上がるリン。
 だがそのヒザは震えており、槍と化したウィンチェスターを杖代わりにしてようやく立っていられる状態だった。
 今までの敵・・・いや、悲しみの犠牲者達には、どうしようもないほどの想いがあった。
 ゆずれない想い、大切な想い、かけかげのない想い。
 涙を流すことでしか、傷つくことでしか、そして戦うことでしか、その想いを守れない切なさと後悔しかなかった。
 自らの姿を薔薇にささげ、その代償としての力を得てまで戦うしか道のなかった者達。
 だが。

 「この程度か・・・この程度なのか!!」

 リンが吹き飛ばされた場所に立つ影が激昂する。
 全身を黒い鎧でまとった剣士は、仮面の下から唯一のぞく黒い瞳に怒りだけを宿していた。
 そして同じく黒く燃え上がる大きな剣を振り上げる。
 ありえるはずのない、自分と同じく異薔薇の力を振るう存在が。

 「バッカラ!」

 剣の名を呼び、無造作に振るった。
 剣より生まれた炎が地を這い、何本ものバラのツルとなってリンへと伸びていく。
 異薔薇の中でも、ひときわ特殊な性質をもつ黒薔薇。
 トゲを宿したその太いツルは、凶暴な蛇のごとくリンへ襲い掛かる。

 「バルちゃん、お願・・・あ・・・」

 同じく黒薔薇であるバルカロールが、その花弁を撒くが。
 それらは全て今までと同じように紙を裂く如く貫かれる。
 
 「リン、避けろ!」
 「マスター!!」

 リンはそれでも目を閉じない。誰が相手としても、最後の最後、その瞬間まで戦うと誓ったのだから。
 だが、その視界をさえぎったのは黄金の疾風。
 
 「え・・・?」

 リンが呟いたその刹那の時、白と黒の線が幾筋も走る。
 それが拳の軌跡だと気づいたのは、いまにも襲い掛からんとしていた黒いツタの全てが霧散してからだった。

 「まさしく間一髪、でしたわね」 

 そこに立っていたのは、黄金のドレスをまとった女。
 右拳には白と黒の雷光の残滓が今も音を立てている。
 突如あらわれた女は、リンを背にしたまま小さく笑う。

 「ふふ、バッカラと言いましたか? 黒薔薇にしては火力不足ですね。それとも使い手が未熟なのかしら?」 

 それを聞き、黒き剣バッカラの炎が一層と燃え盛る。
 一方、黒い剣士はリンに見せていた激怒を一切かきけし、静かに。

 「・・・貴様、何者だ?」 

 黒い剣士が黒髪の女に問いかける。

 「あなたは・・・だれ?」

 リンもまた、その輝くドレスの背に問いかける。
 
 「そうね。この世界における、二人目のローズマスターとでも言っておけば、話がはやいかしら?」

 何でもないような事のように、さらりと。

 「え・・・そんなことって」

 リンの驚きを、黒き剣士がかき消す。

 「戯言を。そのような事があるはずもない。一つの世界に存在できるローズマスターは一人のみ。それがあの紅き女の限界だ」
 「では、これはどう説明しますか?」

 ドレスの女が右手を突き出す。そこには、美しい黒に輝く手甲がはめられていた。

 「さぁ、貴方の力を今一度、見せてあげなさい、黒真珠」

 手の甲あたりに白みを帯びた黒き薔薇が咲く。
 そこから伸びたツルとトゲが再びその拳を覆い、白と黒の雷光を帯びる。
 
 「この黒薔薇と、そちらの黒薔薇。どちらが優れた黒か試してみますか?」

 異薔薇の基本的な性質は、その色に由来する。
 例えばリンの持つ白薔薇、ウィンチェスター・カセドラルなら『鋭銀』に区分けされ、直接的な攻撃に向く。
 黄薔薇であるエバーゴールドは『飛陽』に区分けされ、跳躍や飛空などに特化する。
 そして黒薔薇は、異薔薇の力を打ち消す『滅華』。
 黒薔薇により性能は異なるが、攻撃ならば、あらゆる異薔薇の防御を貫き、防御であれば、全ての異薔薇の攻撃をふせぐ。
 中でもリンの持つ黒薔薇バルカロールは特殊で、防護、回復、身体強化など複数の能力を持つ。
 ゆえに黒薔薇は優秀であるとされるが、その数は少ない。
 そして異薔薇の使い手は世界に一人。よって黒薔薇同士の戦闘などありえないはずだった。
 しかし現実にリンのバルカロールは、黒い剣士の黒薔薇の前に敗北した。
 さらに現れた黒薔薇の黒真珠は、そのバッカラの力を打ち消した。
 ならば、この夜において最強の黒薔薇はドレスの女の黒真珠と言える。
 だが、黒い剣士は。

 「黒を競うだと? くだらん」
 「ご無理にとは申しませんわ。男性なら面子が大切でしょうし。無様に敗北するなど耐えられないでしょうし」
 「女の見栄ほど固執せん。そして私の目的は最強などではない。その娘の存在を消すことだけだ」

 リンに視線を送る黒い剣士。
 再び、その視線上にたちふさがる金のドレス。

 「美人よりも美少女がお好みですかしら?」
 「ずいぶんと余裕のようだが・・・」

 黒い剣士がつい、と夜空を見上げる。
 かかる月は新月。もっとも月が薄い時期だった。

 「貴様の黒薔薇は今が絶頂期か?」
 「ッ!」
 「そんな所だろうな。見え見えの挑発だ」

 黒い剣士がバッカスをおさめる。

 「逃げるおつもりですか?」

 だがすでに黒い剣士はリンしか見ていなかった。

 「お前は存在してはいけない存在だ。だが、せいぜい生きるがいい。もがいて、苦しんで、泣き叫んで、絶望の中で死んでいけ」

 怒り。燃え上がる怒りよりも、それはさらに強い感情。深い深い怒りだった。
 その時。

 「月光!」

 それを隙とみた女は金のドレスの名を呼び、生み出した風にドレスを舞い上げて黒い剣士へと飛翔する。

 「黒真珠!」

 同時に宿した雷光を手に、黒い剣士へと仕掛ける。
 剣士はそれを一瞥し。

 「バユー」

 と、新たなる名を呼んだ。

 「遅い!!」

 その力が発現するよりも早く、黒い剣士の体をドレスの女の拳が貫き・・・しかし。

 「え?」

 後に残ったのは、舞い散る青い花弁。
 すでに剣士の姿は、その影すらも残さず消えていた。
 バユーという異薔薇の名を呼んだ瞬間、すでに能力は発揮されていたのだ。

 「・・・青薔薇、ですか」

 『虚空』と呼ばれる種、青薔薇の力と見たドレスの女は、一つ息をついて戦闘が終わったことを示す。
 青薔薇は幻惑を主とした戦闘補助の性能に特化するが、黒薔薇と同じくまた希少種である。
 ただし、直接的な力を持たない種であるため、こうした使い方が主であり、それゆえにまず追跡は不可能だった。

 「しかし、参りました。さすがは歴戦ですね。私を不確定要素とみては退き、おまけに黒真珠の月齢まで看破されてしまうとは」

 普段ならばあんな誘導には乗らなかっただろうが、焦りがあった為か、動揺を顔に出してしまった。

 「あの、あの・・・」

 ただ見守るしかなかったリンが、おずおずと声をかける。

 「おケガはありませんでしたか?」

 その声に振り向いたドレスの女は、とても優しい笑顔でリンへ笑いかける。
 リンよも年上であろう二十歳ころのドレスの女は、習慣なのか敬語だった。
 けれど、それは敬うというよりも、親愛に溢れた、そんな響きを持っていた。

 「は、はい・・・ありがとうございました。それで、その、あなたは・・・」
 「私ですか? ふふふ、わかりませんか? 私は貴方の・・・」

 次の瞬間、全てが暗転し。



 君が泣き 悲しみの涙が 雫になってこぼれた夢の中
 そこには 悲しみの蕾が か弱くか細く芽吹きました
 
 けれど 笑って 笑って
 悲しみも 淋しさも 切なさも 強がりでかまわない
 
 そうして 悲しみの蕾へ 何度も何度も微笑んで下さい
 なぜなら 悲しみの蕾は 君の微笑みだけを待っている
 
 だから 笑って 笑って 
 強がって 前を向き 胸を張り ただもう泣かないで 

 輝く太陽が何度昇っても 透き通る水を何度あげても
 君の微笑みだけが 悲しみの蕾を 幸せに咲かせてあげられるのだから



 「・・・ああ、続きが気になる」

 エンディングテーマまでしっかりと見てから、大型液晶テレビの電源を落とす。
 ベッドに横たわりつつも、画面に食い入るという器用な格好をしていた竜胆はベッドのわきに置いてあるデッキからDVDを取り出した。
 そしてていねいに、ケースへとおさめて専用のラックへと収納する。
 
 「おい、リン」
 「なんだ、エバーゴールド」

 鑑賞中は絶対に声をかけるなと厳命されている黄金の鷹がようやく口を開く。
 
 「たまには違うモン見ようぜ、退屈すぎる」
 「退屈? 退屈だと? この名作を見ておいて、なんという言い草だ!」
 「同じものを何回も見て、面白いか?」
 「ふん、まだセリフを覚えるほどは見ていない!」
 「オタク」
 「その言葉は使うな!! その羽根、むしり取るぞ!」

 過剰なまでに、その三文字に反応する竜胆だが、対するエバーゴルドの反応はなんとも煮え切らないものに変わっていた。

 「まぁ何度も言ってるけどな、そのアニメ。オレ達と共通する部分が多すぎて気味が悪い」
 「・・・ふむ。それは私も思っているが」
 「とは言え、アニメのエバーゴールドにゃ変身能力がなかったりと細部は違うし、偶然なんだろうがなぁ」
 「それに関しては、いつまでも結論がでんという結論が出たはずだ。ぐだぐだ考えても仕方あるまい」
 「悟りとは、一生悟れぬもの、ってのと同じか」
 「・・・ふん? お前にしては胸を打つ言葉だな。故人か偉人の言葉か?」
 「いや、アニメでそう言ってた。こんにゃくが切れないサムライがな」
 「・・・それで?」
 
 竜胆が、エバーゴールドに問いかける。

 「で? ってなんだ?」
 「今更、そんなことを蒸し返したという事は何か気になる事でもあるのか?」
 「まぁ、な。その黒い剣士とか、ドレスの女。そんなのは聞いたコトはねぇ・・・だがな」
 「もったいぶるな。簡潔に言え」
 「最近、この街に妙な力をもったヤツがいるそうだ。そうだろ? ウィンチェスター」

 話を振られ、こちらはイヤリングのままのウィンチェスターが応える。

 「エバーゴールドの言うとおりです、マスター。ですが、異薔薇ではないので、あえてお伝えしませんでしたが」
 「どういう事だ?」
 「以前にご説明したように、私の探知は異薔薇の存在や痕跡を直接、探し出すものではありません」
 「ああ、わかっている。異質なモノに襲われたモノの恐怖、つまりこの世界にはありえない質の感情の発露を感じ取るのだろう」

 竜胆は、かつてこの異薔薇と出会った夜に、教えられたそれぞれの能力の説明を思い出す。
 異薔薇の存在を探知する役であるウィンチェスターの能力は、激しい感情の起伏を察知するというもの。
 恐怖を与えられる対象が知性を増すほど、それは探知しやすくなる。
 前回の異薔薇が犬や猫を狩っていた時はなかなか見つけられなかったが、梓を獲物とした瞬間、その位置は明確となりすぐさま向かうことができた。
 それ以前の二輪の異薔薇にしても、やはり人に襲い掛かる寸前で探知。
 竜胆にとっては、次もまた犠牲者を出さずに駆けつけられるかというのが、最大の不安であり恐怖だ。

 「はい。よって結局は常に後手にまわざるをえません。ですが・・・」
 「なんだ?」
 「我々がこの世界に咲いたほぼ同時期から、この街には他の異質が存在しています。それらが与える恐怖は異薔薇のものよりも、この世界のものに準じているため、弱弱しいものではありますが、少なくとも人と人の争いでは発生しない類のものです」
 「ふむ・・・」

 竜胆はふと思いつき、最近この街に関わる三大ニュースを脳裏に浮かべる。
 竜胆が力を得たのは、ほぼ一ヶ月前。そして、今、この街を騒がしている事件も同時期から起こっている。

 「隕石の落下・・・」

 それは関係ないだろう。
 宇宙人が出てきて、街の人々を襲っているというのならまだしも。

 「くだらん。宇宙人などいるものか」
 「わかんねぇぞ、リン。なんせ魔法少女がいるくらいだ」
 「うるさい、だまれ。あとは・・・下着泥棒?」

 もしも普通の女性が出会ってしまえば、驚きや恐怖があるだろうが、探知のレベルまでは感情が高ぶることもないだろう。

 「と、なると・・・小動物の虐殺に関わってる輩か?」

 しかし、それはあの異薔薇が栄養を求めた結果のはずだ。
 仮にそういう事をしていた者が人を標的にしたとしても探知するには弱い。
 人が人に危害を加えるというのは、悲しい事にありふれた中の一つ。
 あとのニュースと言えば・・・下着泥棒ぐらいだが、どう考えても関係がない。

 「・・・わからん、な。表立っていない事件が街で起きている可能性もある」
 「まぁ、そんなワケだ。オレ達としちゃ、そういうワケのわかんねぇ存在がカラんできた場合、どうしたものかってコトだ」
 「その通りです、マスター。広い街といえど出会う可能性はあります。その際のご判断をあらかじめ確認させて頂きたいのですが」
 「判断か・・・」

 つまり、その存在を相手どるか無視するか。
 それはすぐに結論が出た。

 「見つけしだい討つ」
 「予想通りの答えだよ、リン。けどなぁ、オレ達は異薔薇を討つ為にこの世界にいるんだぜ? 無駄な敵と危険を増やす理由なんざない」
 「そこに傷つく人がいる。理由にならんか?」

 厳しい目でエバーゴールドを見る竜胆だが、涼しい顔でそれを受け流す金の鷹。

 「なんねぇな。余計な面倒ごとはまっぴらゴメンってヤツだ」
 「エバーゴールド、お前は・・・」
 
 金の鷹は、でもよ? と付け加え。

 「オレはリンが好きだからつきあってやる。別に街の人間が血を流しても心は痛まねぇけどなー、リンが泣くのはゴメンだ」
 「・・・ふん。ウィンチェスターはどうだ?」
 「私はマスターの意思に沿い、ご命令に従います」
 「よし。今後は異薔薇以外の反応も探知したら、すぐに向かうぞ」
 「へいへい」
 「はい、すぐにお伝えします」

 竜胆は一つ深呼吸をする。

 「何が相手だろうと、私達は負けはしない」
 「当然だろ」
 「無論です」

 夢見台市。ここは、竜胆の大切な家族と友人が住む街なのだから。
 それだけで戦うに値する。いや、それ以上の理由など、到底見つかりはしないだろう。
 



 

 いつものように夕食の惣菜を買い込んで、帰宅したオレがドアを開けた途端。
 下駄箱と玄関を掃除していた人が、満面の笑顔でオレを迎えた。

 「おお、梓、帰ったか! 久しぶりだな! 姉さんが面倒を見に来てやったぞ! それも冥土だ!!」
 「・・・」

 パタン。
 ドアを閉じて、考える。

 「・・・」

 はて?
 とても見覚えのある人が、けれど、いるはずのない人がいたような気がした。
 けれど、あの人はメイド服なんて着るはずもない。着物か胴着の人だ。
 ガチャ。
 
 「そう照れるな! 冥土服は男の好きな服なんだろう!? 姉さんとて、艶やかに着飾る時もあるぞ! とは言っても静寡からの借り物だがな! それで、どうだ、似合うか!?」

 パタン。
 さぁ、落ち着け。
 世の中には、起こりえることと、絶対に起こりえないコトの二つがある。
 もし起こりえないコトが目の前にあったら、それは幻覚だ。
 病院に行くか、何もかもなかった事にして寝るかで対処するしかない。
 で、今見たのはどっちだ?
 多分、起こりえないほうだろう。というコトはオレの精神がちょっと人並みでなくなってしまったというコトだろうか。
 確かに色々とあったが、自分では正気を保っていたと思う。
 思うんだけど、やっぱり無意識に負担がかかっていて、それがこうして目に見えてしまうほど症状として、うお!!

 「梓! 姉さんが来たってのに、嬉しくないのか!? 姉さんは嬉しいぞ、お前に会えてな! またこうしてぎゅっとしてやれる!」

 ドアが勢いよく開けられ、そこから伸びた腕がオレをつかまえ、引きずり込む。
 行き着く先は二つの感触、あー、間違いなくこれは姉さ・・・げふんげふん。

 「驚いたぞ! 家に帰ってみれば梓がいない。ババに聞いたら都会で一人暮らしとか言うもんだから、また驚いた!」
 「・・・」

 柔らかい。けど、それ以上に・・・うぷっ、苦しい。

 「なぁ、梓、ババは見聞を広める為とかなんとか言っていたが、実はあの家にいるのが嫌になったのか!?」   

 いや、そんなコトはない。そんなコトよりも、そのですね、姉さん、胸が。
 
 「もしかして、姉さんといるのが嫌になったとかじゃないよな!?」
 「・・・」

 全力で首を振る。抱きかかえられたままだが、それだけは否定する。

 「そ、そうか。姉さん、それだけが怖くてな! どうしても直接聞きたいというのもあって、こうしてやってきたんだ! けど杞憂だったな、良かった良かった!!」

 ・・・オレが一人暮らしを始めた理由はいくつかある。
 その中の一つは間違いなく、この姉さんの存在だ。
 確かにオレは姉さんが好きだが、あ、いや、女性としてじゃなくて、もちろん家族として。
 ただ姉さんのコミュニケーションはとにかく、スキンシップが多い。
 昔は気にならなかったが、オレももう高校生なわけでして。
 対して姉さんは二十歳です。そして美人です。あえて言ってしまうと血はつながっていません。
 なのに、オレが風呂に入ってると、背中を流してやるぞーと、全裸で入ってくるし。
 かと言って、普段は絶対に肌を見せない古風な人。一度、それをそれとなく問いかけたら、首をかしげて。
 『家族なのに、何を恥ずかしがる?』と、これがまた心の底から疑問に思ってらっしゃるから、何も言えません。
 繰り返すけど、世の中には起こりえることと、絶対に起こりえないコトの二つがある。
 オレが姉さんにまいってしまうのは・・・すいません、これ以上は勘弁してください。
 というのもあって、一人暮らしを婆さんに許してもらい、かつて両親が住んでいたというこの家にやってきたわけですがー。

 「よし、今日は一緒に風呂に入って一緒に寝よう! 実家ほど大きくないが、二人くらいなら入れるだろうし、姉さんの布団はまだ買ってきてないしな!! なに、二人しかいないんだ、いつもより甘えていいぞ!!」 

 二人しかいないから大問題なんだけど・・・。

 「どうした? 姉さんの顔に何かついているか?」

 まぁ、いいか。
 オレはようやく開放してくれた姉さんを見て。

 「・・・」

 ありがとう、そしてよろしく、と心に込めて笑い、オレは姉さんを迎えた。
 それを見た姉さんは、今まで一番の笑顔になって。

 「よしよし、家事は姉さんがやってやるから、梓は勉学と修練に奮起するといいぞ!」

 できれば、恋も・・・あ。

 「・・・」
 「ど、どうした? 姉さん、なんか変な事を言ったか?」

 もし。
 姉さんが、桜先輩を見たらなんと言うだろう。
 オレの考えなんて、目を見るだけで言葉を使うよりもすぐに察してくれる人だ。
 もしもオレに好きな人がいると知ったら、絶対に。

 「む? 梓、もしかして」
 「・・・」
 
 目をそらすオレ。

 「やっぱり、そうか。それも心配で姉さんは来たんだ!」
 「・・・?」
 「悪い虫がさっそくついてるようだな! よし、いつでも連れて来い! 姉さんに勝ったら嫁として認めてやる!!」

 目をそらしてもムダでした。
 真王寺は代々、女性が当主となる、いわば女社会。
 それも屈強・・・というのはちょっとアレなので、体育会系の女性の方ばかり。
 一方、真王寺の男は無口である事が当然というか、女のすることには口を出さないという暗黙の了解がある。
 いや、別に真王寺の男の身分がどうとかではなくて、むしろ逆で、時代錯誤というくらいの男尊女卑。
 口を出さないのではなく、女のすることに口を挟むことなど女々しいという風習なんですね、コレが。
 なので、真王寺の女は、真王寺の男が口を開かずとも、その意を察することを求められる。
 男はそういう環境で育つため、やはり口数が少ない。とりわけオレの場合はコンプレックスっぽいアレでさらに無口。
 いわば、真王寺の男の鑑? いえ、別になりくなってなったわけじゃないですが。
 とにかく、真王寺では。男は女に対して何も言わず、けれど女は常に男を中心として動く。
 これは嫁に関してもそうらしい。
 両親の場合、真王寺が女である母なので、自分の意思で父を選んだそうだが、真王寺の男であるオレの場合、ちょっと話が変わる。
 時期当主であるこの姉さんが認めないと、真王寺の一員とはなれない。
 それは交際にもあてはまってしまう、らしい。
 長く身内の話をしてしまったが、要約すると。
 非常にマズイ。

 「梓をたぶらかす女だ。腕に覚えはあるんだろうが、どれほどのものか、直々に確かめてやるぞ!!」

 ちなみに真王寺における嫁入り条件は、一般でいうステキなお嫁さんと異なってしまう。悲しいことに。
 まず武術。次に家事。気立てとか性格は、三の次くらい。
 よって姉さん、オレが好きになった女の子は、当然、なにかしらの武道の人だと思ってらっしゃる。
 
 「・・・」

 違うんですよ、桜先輩はフツーの女の子で、それはそれは笑顔が素敵な女性なんです。
 と、視線に桜先輩のコトを思い浮かべつつがんばってみる。

 「ほう? 静寡以上の使い手なのか!!」

 危険がさらに高まったー! 肝心な時だけ姉さんはオレの心を見間違うのは相変わらずだー!
 しかも、静寡さんといえば姉さん付きの女中の一人で薙刀の名手。
 
 「剣か? 槍術か? もしや徒手か? まさか都会にも梓の目に適う女がいるとはな!! けど、そう簡単に梓はやれんぞ!!」
 「・・・」
 「お前は素直だから、すぐに騙されるんだ! ただでさえ都会はそういう場所なんだ! けど安心しろ、姉さんが何もかも面倒みてやるからな!!」

 これまたいい笑顔の姉さん。笑顔度ではいえば、桜先輩と同じくらい。
 ・・・何も言えるわけがないのも仕方ないのです。
 だって、行動はどうあれ、やっぱりこの人はオレの姉さんで、オレの事を大切に思ってくれる人で。
 
 「・・・」
 「それはともかく、はやく上がれ! 今日は梓の好物ばっかりだぞ! ん、なんだその袋?」
 
 オレが持っていた袋を手にして中を見る。
 本日はエビフライー。ちょっと豪勢にと思って奮発したものの、姉さんの料理の前ではかすんでしまう。

 「なんだ、出来合いの油物じゃないか? だめだぞ! こういう油はあまりよくない! 今後は姉さんが食事も弁当も作ってやるからな!!」
 「・・・」

 それはものすごくありがたいし、嬉しい。スーパーの惣菜コーナーに行くと、オバちゃんに挨拶されるくらいになってしたし。

 「でも食べ物は粗末にできないから、衣だけとって揚げなおそう。そうだな、ついでに天ぷらもしよう。たくさん食べろよ!!」

 実家の時同様、ものすごく豪勢で、ものすごい量になりそうだ。
 それがまた、どうにも嬉しくて。

 「ふふふ、姉さんは梓の笑顔が大好きだぞ!!」

 また胸の中で潰された。
 色々と問題はおきそうなものの、こうして大切な家族である、姉さんとの二人暮しが始まりました。
 ・・・しかし、桜先輩の事、どうやって説明しようかなぁ。
 




8/『魔法少女、ちびっ子居合い使い、次はメイド・・・って!?』 END





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