三頭の凶龍






 そこは戦場だった。

 「なぜ、こんな事に……」

 呆然と立ち尽くし、呟く黒髪の青年、アザァ。
 顔立ちの整った、けれど真面目そうな好青年だった。
 その周囲には、数え切れないほどの虫の屍骸。
 それらは全て、原型をとどめてはいなかった。
 握りしめたアサシンカリンガの柄は、汗で滑りそうなほど湿っている。

 「なぜ、こんな……」

 神の姿を求めるように空を見上げた時、少し離れた後方から爆音が響いた。
 そして、太陽の光の中から降ってくるカンタロスの甲殻と羽。
 神はいなかった。
 
 「なぜ……」

 現実に視線を戻せば、目の前を横切るようにして、逃げ惑うランゴスタが一匹。
 次の瞬間、その羽音を追って徹甲榴弾が弾けた。
 粉々に砕けたランゴスタの刃羽が、アザァの顔をかすめていく。
 鋭利な刃物と同等のそれが、ひとすじの傷とともに、頬を赤く血で染める。

 「……」

 真横で地面を叩きつける音がした。
 アザァがそちらを向いた時、吹き飛んでくるファンゴで視界が埋まる。
 なす術もなく激突し、勢いよく転倒し、なだれるように下敷きにされた。
 後頭部をしたたかに打ちつけ、もうろうとした意識の中で、思い起こす。
 つい先ほど、街の酒場で偶然に出会ったばかりの三人の女性ハンターの事を。





 『アタシが手伝ってあげるから!』

 最初にそう言ってくれたのは、赤い三つ網の女性。
 レウスの鎧で身をかためた彼女は、とても頼りになりそうな、可愛い子。
 よく手入れされたグレネードボウガンを肩に担いで、アザァに笑顔を向けていた。
 面倒見のよさそうな、もし、おさななじみがいるならこんな感じかと思わせる女の子だった。





 そんな彼女は、今、アザァにおおいかぶさっているファンゴにとどめをさすべく銃口を向けている。

 「やめ……っ!」

 必死の制止もむなしく、アザァはファンゴとともに宙を舞った。
 一瞬の浮遊感ののち、激しく背中を地に打ちつけられた。

 「ゲホッ、カハッ!」

 息がつまり、地面を転がりながら、のたうちまわるアザァ。
 そこへランゴスタが舞い降りてくる。
 
 「あ……」

 アザァの視線はその先にあった。
 ランゴスタを追って空気を裂き、砂煙を上げて何かがやってくる。
 その鈍く光る塊は円を描きながら、確実にランゴスタとアザァへと近づいていた。
 アザァはその竜巻の中心で乱れる金色の輝きを見て思い起こす。





 『いえ、私が同行しましょう』

 赤い三つ網の女性と一緒に酒のグラスを傾けていた、金髪を後ろで結った女性はそう言った。 
 レイアで全身を包む彼女は、少し控えめにバインドキューブの柄をトン、と叩き微笑んだ。
 落ち着いた口調と、優しげな青い瞳は、もし姉がいるならばこんな感じかと思わせる女性だった。 





 そんな彼女が、今、遠心力を最大まで活かしたハンマーを繰り出した。

 「ちょっと……っ!」

 その重い軌道はランゴスタを完全に破壊し、ついでにアザァの前髪を数本、チリチリと焦がしていった。
 体液にまみれながらも、アザァは立ち上がり、その場から離脱をはかるが。

 「え……?」

 足元で何かが光った。
 そして、またしても味わう浮遊感。
 ともに空に浮かんでいるのは、タルの残骸と、カンタロスの破片。 





 『ダメっ、ボクが行く!』

 黒髪を短くそろえて頬をふくらました少女が、手をあげた。
 小さな身体からは元気が溢れ、妹がいるならこんな感じかと思わせる子だった。
 ハンターナイフにボーン装備。それよりも目をひいたのは、身につけている爆弾の数だった。
 ボク、力が弱いから、そう言って少女はジャラジャラと石ころの入った袋を振って笑った。





 そんな彼女に、今、アザァは再び吹き飛ばされた。 
 アザァの脳裏に、今までの思い出が浮かんでは消えていく。





 『一流のハンターになるんだ!』

 幼い頃の自分。
 木を削って作った剣を振り回し、日が落ちるまで山を駆けていた。

 『あれが竜……』 

 初めてリオレイアを見た時、遠目からもその強さを感じ震えた。
 それでも目をそむけず、いつか越えてみせると誓ったあの日。

 『あ、ありがとう……』
 
 自分の力を過信し挑んだ依頼に失敗し、危うい所を年配のハンターに助けられた時。
 そのハンターは何も言わず、ただ親指をたてて去っていた。それは目指すべき背中だった。

 『もっと強く、もっと強くなるんだ』






 やがて自分の成長を感じ、初めて村を出てやってきた街。
 右も左もわからず、酒場をうろうろとしている時だった。
 三人の女性ハンターに出会い、彼女たちはまだ未熟な自分につきあってくれると笑顔で応えてくれた。
 そこまでは良かった。
 それからが悪かった。
 酒のまわっていたその三人は、すぐに口論を始めたのだ。

 「子供はひっこんでなさい。アタシが行くから。ほら、好物のホタテチップスきたよ」
 「そういう貴女も座ってなさいな。ずいぶん酔ってるようですしね。私が行きます」
 「二人とも、ここにいて! ボクが行く!」

 三人の視線が絡みあう。絡み合ったまま、三人はアザァを見る。
 すぐに赤い三つ網がアザァの肩に触れた。

 「金髪碧眼なんて、遊んでそうよね。君さえよければ、アタシずっとつきあってあげてもいいんだけど?」

 間をおかず、金色の髪がアザァの首筋をくすぐった。

 「私の方がお役に立てるはずですわ。是非ともお側に。赤毛の猿など下品なだけですよ」

 正面から黒髪を揺らして見つめてくる。

 「オバサン達は黙ってて! ボク、こんなお兄ちゃんがいたらってずっと思ってたんだから!」

 そして口論は、醜く形を変えて、喧嘩へと発展した。

 「言わせておけば、このクソガキ! だれがオバサンよ!」

 グラスが飛ぶ。

 「へへーんだ!」

 かわしたその先で、グラスは砕け、中のボボ酒が金髪を汚す。

 「……」

 バインドキューブが雷光とともにテーブルを叩き割った。

 「……私、前々から貴女方には言いたい事がございました」
 「なんだよ、オスマシ娘」
 「なによー、文句あるのー」

 金色の眉をひそめ、優しく二人を見つめる。
 
 「世の男性は、貴女方のような乱暴な女性を相手にしません。素敵な男性ほど……」

 その白い指先で、アザァの手のひらをなでる。

 「私のような知的で清楚な女を選ぶものです」
 「倉庫にハンマーしか入ってないヤツが知的で清楚ぉ?」
 「ボク知ってるよ、そういうの、アイルーをかぶるって言うんだ」

 二つに割れていたテーブルが、すさまじい音とともに、次は粉々に砕けた。

 「……決着をつける時が来たようですね」
 「ふん、やってやろうじゃないの!」
 「ボクに勝てるとでも思ってるの?」

 ただ呆気にとられるアザァを尻目に三人の話は進んでいく。
 そして。

 「勝負はジャングル。狩った虫の総数で勝敗を。それでよろしい?」
 「ガンナーに向かって、虫? 勝てると思ってるの?」
 「ははっ、ボクが断然有利だよ、そんなの!」

 金髪はさきほどとは違う笑顔、表情は同じだが、どこか違う笑顔で、アザァに言った。

 「それでは、見届け役をお願いいたします。そして私が勝った暁には……」

 その後ろ手には、クイーンルームの鍵。

 「二人で月の光を浴びながらお酒でも……一目ぼれって信じますか?」
 「はいはいはい、その鍵はムダになるよ! アタシだって、こう胸のあたりがキュンってなって……」
 「じゃ、行こう! ボクの活躍見ててね、カッコイイお兄ちゃん!」

 黒髪の少女に手を引かれ、アザァは三人とともに街を出た。
 そして。



 今、宙に舞っている。
 叩きつけられた衝撃とともに、アザァは完全に意識を失った……










 ノーブルという国がある。
 最近、そこで活躍する四人組が、めざましい活躍をしていると評判だった。
 それを目にしたハンター達は口々に、こう噂する。
 一人はガンナー。
 明るく、情熱が燃えるような赤い髪が印象的な快活美人。
 その実力は素晴らしく、狙った標的を外すことはない。
 二人目は、あらゆるハンマーを使いこなす。
 美しく、優雅な振る舞いで、ハンマーを操るという。
 華奢な身体に巨大な武器、輝く金髪と青い瞳、そこに浮かぶ微笑みは実に魅力的だと言う。
 最後の一人は片手剣使い。
 とは言っても、主戦力は爆弾という、一風変わった少女だと言う。
 猫を思わせるような、小悪魔的な愛らしさと、日に焼けた肌が太陽によく映えるという。
 四人目がリーダーで、唯一の男。
 その戦いぶりは鬼人の如く。
 常に三人の女性を導くように、先を駆け抜ける。
 彼女たちは、皆一様に、その背中について、守られている。
 つい先日、その四人組を見たハンターは、こう語った。

 「あれが男ってもんだ。かよわい女を三人も守って、一人先に進んで血路を開く戦いなんて滅多にできねぇよ」

 ハンターは、ただなぁ、とつけ加えて首をかしげた。

 「あの美形の兄さん、足は速いんだが、なんというか。そう、竜から逃げるような走り方だったなぁ」
 
  



 その日、ノーブルのとある街の酒場で二枚の依頼書がはりだされた。
 目ざといハンター達が集まり、注目する。
 一枚目は、女性の文字だった。





 捕獲クエスト

 アザルーを捕まえろ!

 依頼主:三人のかよわい女性ハンター
 メラルーよりも大好きな、アザルーが逃げてしまったの!
 だれかアタシ達の代わりに、捕まえてきて!

 報酬金  : 三人で一晩お酒つきあいます。お酌あり。
 契約金  : 0z
 制限時間 : 無制限





 よくあるペットの捜索だが、酔った男達にその報酬は、ある意味魅力的と思われた。
 契約金もなし。何かの依頼のついでにペットを探す事もできる。
 しかし、歴戦のハンター達は、もう一枚の依頼書に釘付けになっていた。





 討伐クエスト

 三頭の凶龍

 依頼主:傷だらけの青年戦士
 火を吐く紅の龍、全てを破壊する金色の龍、爆発を撒き散らす黒い龍。
 俺はそれらに追われ続けている。どうか、この三頭を倒してほしい!
 奴らはどこまでも俺を追ってくるんだ。安全な場所なんてもうどこにもない!
 
 報酬金  : 45000z
 契約金  : 0z
 制限時間 : 俺の命が尽きる前に。





 破格の報酬の上、契約金はなし。
 しかし。そんな龍など見た事も聞いた事もない。
 ハンター達は困惑しつつも、互いに顔を見合わせる。
 
 「アレか」
 「アレだ」
 「よくあるイタズラだな」

 酔った同業者が、冗談で張っていく依頼書だ。
 特に最近、流行っている酒の肴だ。
 ハンター達はよくできた依頼書だと笑いあい、また酒の席へと戻っていった。





三頭の凶龍  END






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