英雄たちの知られざる戦い (後編)






 次の日。
 自分の酒場で依頼をうけるわけにはいかないので、隣街へ移動して依頼を受けることとなっている。
 青年は、例の貴族に見つかったら破談になるんじゃないかとたずねたが、

 「貴族が、あんな所に来るわけないでしょ」

 と、言われてみれば納得の答えが返ってきた。
 そうして、待ち合わせた酒場に二人がそろう。
 メイラはリオハート一式。顔がわからないように、カブトを目深にかぶっている。
 それだけでも十分目をひくが、ランスもまた注目されている。
 龍騎槍ゲイボルグ。希少鉱石の塊ともいえるそれを持つものは少ない。
 そして、その横に立つ黒髪の青年も際立っている。
 まるであわせたかのように、リオソウル一式。顔はもともと、全てを覆うタイプのカブトなのでわからない。
 手にしているのは、イフリートマロウ。
 二人とも、なかなか目にする事のできない、上位装備なのだから、視線を集めるのは当然だった。
 誰しもが、熟練のコンビだろうと、畏敬の視線を送っていた。
 しかし、それ以上に注目されたのは、二人の会話内容だった。

 「ちょっと、なによ、そのやる気の感じられない装備は?」
 「お前もそうだろう。半端な武具だ」
 「仕方ないでしょ、日々の生活で残ってるのはコレしかなかったんだから!」
 「オレは流浪の身だ。倉庫を使える身じゃない。武具はこれ以外、捨ててきた」
 
 英雄と呼ばれるハンターの装備というものは、この上をいく事もある。
 しかしメイラは、国を出る際、半分以上を売却し、今のメリーで家を買う為に換金した。
 素性を知られるわけにはいかないので、仕方なく闇市場に流した。
 買い叩かれたが、それでも家くらいは、即金で買えるものである。 
 対して青年は、追われる身であるから、逃げるようにして出た国の倉庫に武具は眠ったまま。
 その時につけていた武具が、これである。
 逃げ込んだ先では、この唯一の手がかりで足がつかないよう、現地で安い武具を買って使っていた。

 「・・・まぁ、いいわ。お互いワケありの身だしね」
 「レウスなら問題ない。手早く済まそう」

 最強と言われる飛龍をかるく問題ないと片付ける二人の会話に、いつしか周りが注目している。
 
 「やっぱ目立つわね」
 「・・・三日にしないか?」
 「今すぐ英雄に戻してあげようか?」
 「・・・女は嫌いだ」





 そうして、五日間の狩りが、当然ながら、一度の失敗もなく終わった頃。
 酒場では、二人を囲んで、騒いでいた。
 メイラも、金策のメドがつき、上機嫌だったし、青年も開放感から、いつもよりわずかに酒が増えていた。
 今日で最後という事もあり、二人ともカブトは脱いでいたが、幸いにも、二人を知る者はいなかった。
 英雄とは、死ねば忘れられるものであり、人々の言葉になって行き続けるもの。
 その顔や特徴は、二つ名に含まれる程度でしかない。
 実際に会ったものでなければ、何年も前の、それも死んだと思われている英雄とは思わない。
 そうして、二人が、街のハンター達と飲んでいると、色々な話が飛び交った。
 今まで、まったく接触のなかった、凄腕ハンターと話せるチャンスとあって、ひっきりなしである。
 その中にとても興味深い話題が振ってきた。

 「姉さん、気をつけてね。この街には悪い男も多いから」
 「ふふっ、ありがとう」

 達成感と安心感と、ほんのり桜色の頬でのメイラの笑顔に、話かけた若いハンターが赤くなる。

 「いや、本当に。貴族をかたって、結婚詐欺を働くヤツとかもいるから・・・」
 「・・・え?」

 青年もまた、その話を耳にしてメイラを見る。
 メイラは首を振る。
 青年はアゴをあげて、先を聞けとうながす。
 メイラはフルフルと首を振る。桜色の頬が、青くなっている。
 青年は、その若いハンターへ。

 「その話、もう少し詳しく・・・」
 「いやいやいやいやいやいや、うっぷ」

 メイラの口を押さえて、青年は若いハンターに。

 「この女は気にせずに、先を聞かせてくれ」
 「あ、はい・・・そいつは、隣の街とかにいって、仲間と打ち合わせして、絡まれる演技をするんですよ」

 メイラがますます暴れる。
 
 「それで?」
 「助けてもらったら、貴族を名乗って礼をするんですよ」
 「男が助けたら?」
 「礼に酒でもと言って、物陰で、さっきの仲間とみぐるはいでポイです」
 「なるほどな。それで?」

 メイラもがく。これでもかといわんばかりに、もがき、荒れ狂う。

 「あ、礼と言っても、金のかからない花とかで。しばらく手紙を送って、ある日」
 「・・・パーティーの誘いか」
 「え、ええ。それで、会場にいく前に、従者を語る仲間が案内するとかいって、近くのネグラに連れ込んで」
 「そこまでするのか」
 「乱暴はしないみたいなんですよ。ただ、豪華なドレスとか装飾品とかを奪うカンジで」

 青年の頭に、ふと疑問が浮かぶ。 

 「しかし、裕福な女ばかりではないだろう?」
 「そこがミソなんですよ。貴族からの招待となれば、だれでもチャンスと思いますし」

 すでにメイラは暴れていない。
 かわりに、小さく震えている。

 「家族とか知り合いとかに頼んで、高価なものをそろえようとムリしちゃいますからね・・・」
 「考えたものだ。しかし常習なら、ここのギルドは何もしないのか?」
 「被害者はここの街の人じゃないですし、証拠というものもハッキリしたものないですしね」
 「仕返しくらいされそうだがな」
 「仲間というのが、ハンター崩れの悪党ですから。それも数が結構いるんですよ」
 「・・・まったく、たいしたものだ」

 ギルドは他の街の人間が被害にあっても手は出せない。
 被害にあった者の住むギルドでは、領地干渉になってしまう。
 個人的に仕返ししようにも、相手が悪い。

 「だが、まぁ、そいつらも今日で終わりの運命か。そいつらのネグラはわかるか?」
 「ええ。この先の・・・」

 若いハンターが説明を終えたと同時にメイラを開放した。
 てっきり、猛然と駆け出すかと思った青年だが、メイラはそのまま机につっぷした。
 そして。

 「ふえぇぇぇぇん!」

 泣き出した。
 さすがに、これは青年も予想外の出来事だった。
 とりこかんでいたハンターも、あわてふためく。

 「お、おい、すまないが、みんな・・・」
 「あ、はい」
 「なんとか、してやってくれよ」

 会話の流れから事情をくみとったらしく、全員が散っていく。

 「メイラ、落ち着けよ。まぁ、確かにひどい話だが、被害にあう前だっ・・・」
 「えぇぇぇん! うぅ、ふええぇぇぇぇぇん!」

 これはダメだと判断した青年は、酒場の女給仕に部屋をとってもらい、メイラをなだめて連れて行く。
 二人が酒場を出て、すぐに、三人のハンターが入ってきた。
 とても目を引く三人だった。 



 
 
 「ほら、少し横になって休め」
 「うぅ・・・ひっく・・・」

 広いベッドにメイラを座らせ、自分もソファに腰かける。
 青年が今まであった女ハンターであれば、まちがいなく、報復にでている。
 赤髪の美人であれば、アジトは散弾で蜂の巣だろう。
 金髪の淑女であれば、全員が黒こげだっただろう 
 黒髪の少女であれば、何もかも吹き飛んだだろう。
 なんにせよ、メイラのような反応は皆無だ。
 青年は知った。
 自分が知る女ハンターが、全ての女ハンターと同じではないのだと。
 こういった、腕は立っても、恋に弱い面を持つ女性もいるのだと。
 忘れていた何かが、胸にこみあげる。

 「な、なぁ、メイラ」
 「・・・ぐすっ、なに?」

 いくぶんか落ち着いたらしいメイラが、泣き声とともに顔をあげる。
 涙で濡れたメイラの瞳が、窓からさしこむ月光で、美しく輝く。

 「その、街に戻るのか?」
 「・・・いま・・・なにも考えたくない・・・」
 「ならさ、その・・・」

 青年は言葉を詰まらせ、選びながら。

 「五日間、俺たち、悪くないコンビだったと思う」
 「・・・うん」
 「この先もメイラがよければ、その・・・」
 「・・・ハンターに・・・戻る気はない、わ」 

 ゴクリと青年が喉を鳴らし、かわいた唇をなめる。
 深呼吸をして。

 「ハンターじゃなくてもいいから・・・一緒に行かないか?」
 「・・・え?」

 メイラがしばらく、その意味を考えて。

 「同情?」
 「・・・違う」
 「アタシの事、嫌ってたじゃないの・・・わずらわしいって顔してた」
 「メイラが嫌いだったわけじゃない。女が・・・その苦手なんだ。いや、苦手だった」
 「ワケあり? フラれたとか」
 「話したい事がじゃないが、聞きたければ話す」

 終始、真剣な顔の青年に、メイラは。

 「アタシも、あなたキライじゃない。ううん、どちらかと言えば・・・だけど」

 メイラは涙をふいて。

 「だけど、そんな簡単に乗り換える女はイヤでしょ?」
 「詐欺師とオレと比べる気か?」
 「・・・ふふ・・・カッコイイね」
 「精一杯のセリフだよ」

 メイラはうつむき、両手の指をからませ、解き、またからませて。

 「アタシ、年上だよ」
 「知ってる」
 「ハンターなんてやってたから、その・・・傷とか」
 「全部ふくめてのメイラだろ」
 「あと・・・男の人、知らないから、その・・・色々と時間かかるかも。イヤとかじゃなくて、そのね?」
 「・・・」

 青年は笑って、メイラに近づく。
 こんなにも素直な気持ちで女性を見るのは、初めてだった。
 むしろ、最初が悪すぎた。

 「あ、ちょ・・・」

 青年は、メイラの髪を優しくなでる。
 そして自分に近寄せ、メイラがオロオロとしつつも、目を閉じるのを見て。
 その額にキスをした。

 「あ・・・」
 「ははは、メイラ、可愛いな」
 「・・・もうっ!」

 青年の初めて見せた笑顔に、メイラは枕を投げつける。

 「おっと・・・あ」

 避けたはずみに、足元の服を着たブタを踏みそうになって、体勢を崩す。
  
 「きゃ・・・」

 フラフラとしつつ、倒れこんだ先は、メイラの上。
 ベッドに押し倒された形になり、メイラの顔はますます赤くなる。

 「す、すまない!」
 「・・・いいよ」
 「え?」
 「・・・」

 目を閉じて、それ以上、なにも言わなくなるメイラ。
 青年は、しばし彼女の髪をなで続け。

 「メイラ」

 と、名を呼び。
 メイラは、

 「・・・あなたの名前、まだ知らないわ」

 頬を紅潮させたまま、たずねてくる。

 「そうだったね。オレの名前は」

 その瞬間。部屋のドアが叩き壊された。

 「アザァ!」
 「アザァ様!」
 「アザァ兄ちゃん!」

 アザァが凍りつく。

 「・・・」

 メイラは乱入してきた三人の女性を見て、アザァを見て。
 また目を閉じて、深く深呼吸をした。
 再び、メイラが目を開けた時、そこに芽生えたばかりの淡い恋の輝きはなかった。
 あるのは・・・最近よく見たものと似ている。
 アザァはどこで見たかすぐに思い出した。
 怒ったレウスの目とそっくりだった。

 「メイラ、違う。君は誤解を・・・」
 「アザァって言うのね。絶対に忘れないわ。だって、墓標に必要でしょ?」

 壮絶な笑顔だった。











 ある日、メリーのとある街の酒場で三枚の依頼書がはりだされた。
 目ざといハンター達が集まり、注目する。
 一枚目は、女性の文字だった。





 捕獲クエスト

 アザルーを捕まえろ!

 依頼主:三人のかよわい女性ハンター
 メラルーよりも大好きな、アザルーがまた逃げてしまったの!
 だれかアタシ達の代わりに、捕まえてきて!

 報酬金  : 三人で一晩お酒つきあいます。お酌あり。
 契約金  : 0z
 制限時間 : 無制限





 この国には珍しい、雑用のような依頼だった。
 誰もが、次の依頼に目をやる中、昔ノーブルにいたハンターが、また逃げられたのかと、口にしていた。
 ハンター達は、もう一枚の依頼書に目をやった。
 こちらは二枚とも、同じ依頼主だった。





 討伐クエスト

 三頭の凶龍2

 依頼主:傷だらけの青年戦士
 火を吐く紅の龍、全てを破壊する金色の龍、爆発を撒き散らす黒い龍。
 俺はそれらに追われ続けている。どうか、この三頭を倒してほしい!
 奴らはどこまでも俺を追ってくるんだ。ますます凶暴になっている!

 報酬金  : 45000z
 契約金  : 0z
 制限時間 : 俺の命が尽きる前に。




 そして。





 討伐クエスト

 銀狂龍

 依頼主:傷だらけの青年戦士
 
 奴の牙は俺だけを執拗に狙ってくる。三頭の凶龍のどれよりも速く、強い。
 なによりも、その眼光と咆哮が俺を狂わせる。
 だれでもいい、奴を俺に近づけないでくれ!

 報酬金  : リオソウル・フルセット
 契約金  : 0z
 制限時間 : 俺の命が尽きる前に。





 ハンター達がこの二つの依頼に色めき立つ。
 依頼された龍は初耳だが、世界は広いのだから、新種かもしれない。
 何より、金額。そして後者の現物支給だが、リオソウル一式とくれば、かなりの価値だ。
 依頼が取り合いになろうという雰囲気になった時。

 「ああ、この国じゃ、こういうジョークは流行ってないのか?」
 
 そのハンターの言葉に、皆が注目する。

 「この依頼は酒のツマミだな。俺が前いた国じゃ、よくあったんだ。文面も同じだ。銀狂龍ってのは新作だな」

 ざわめくハンター達。

 「この国の酒場は殺伐としすぎる。こういうのもアリだと俺は思うぜ?」

 最初は、こういった風潮になれないメリーのハンター達は愚痴をこぼしていたが。
 わかってみれば、よくできた内容だと、感心するものもでてきた。

 「さぁ、飲もうぜ。オレの国にいた英雄の話をしてやるよ。黒髪の片手剣使いでな・・・」





英雄たちの知られざる戦い END






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