淡い恋心 (完結編)






 両頬を手形で赤く腫らしたアザァは、酒場の床で正座していた。

 「まったく、アザァおにぃ、信じられない!」
 「いや、最初お前だって、気づかなかったろ?」
 「だって、偽者がおにぃだって思い込んでたし、おにぃは髪白いし」
 「俺は気づいたぞ。ただ黙ってただけだ」
 「なんでよ!」
 「いや、その・・・」

 チラリとメイラを見上げる。
 
 「なぁに?」

 笑顔だった。
 目だけ笑ってない。
 
 「なんでもないです」

 メイラはティティへ。

 「この人、追われてるのよ」
 「え?」
 「銀狂龍・・・って知ってる?」

 ビクリとアザァの肩が震える。

 「あ・・・銀色のリオレウス?」
 「さぁて。一応、それにはシルバーソルっていう通称がついてるし、ね、アザァ?」
 「・・・うぅ」

 苦笑するメイラ。

 「もう、冗談よ。あの時はあたしも勘違いしてたし。怒ってないわ」
 「・・・本当か?」
 「とりあえず、イスに座って。ほら」
 
 ポンポンと隣のイスを叩くメイラ。
 横にアザァが座ると、軽くもたれかかり、小声で。
 
 「ええ。それに気持ちだって変わってない・・・言わせないでよ、こんなコト」
 「・・・すまなかった」

 と、そこに。

 「アザァおにぃ・・・ぜんぜん変わってない」
 「え?」

 ティティがほほをふくらませ、二人をにらみつける。

 「昔から女の子に優しすぎる。というか、ハッキリ言って甘い」
 「う・・・それは・・・」
 「村にいた時もそう。頼まれるとイヤって言えないから、勘違いした自称恋人が何人いたか忘れたの!?」

 メイラが苦笑して。

 「ティティちゃん、それもまた魅力の一つよ」
 「・・・メイラさん。アザァおにぃが好きなんですか?」
 「そう見える?」

 ふふん、と大人の笑みで答える。

 「あ、なんかその余裕な態度、腹立つんですけど?」
 「つっかかるわね。まぁ気持ちはわからないでもないけど」

 それまで以上に、寄りかかっていくメイラを見て、ティティの頬がますます膨らむ。

 「あ・・・」

 そんなアザァはイヤなものを見つけた。
 それまで、テーブルの下で座っていたため、今まで見えなかったが。
 テーブルの上には空になったコップがいくつもあった。

 「メイラ、ティティに酒飲ませたのか・・・」
 「酒っていうほど強いものじゃないけど・・・」
 「・・・最悪だ」

 かつての村でティティが酒を飲んだときの事を思いだす。
 それはひどかった。
 とてもひどかった。
 再起不能者が何人も出た。
 目をおおいたくなる、ではなく。

 「年、考えたら?」
 「・・・あら、よく聞こえなかったけど?」

 やはり、遅かった、と一人愕然とするアザァ。

 「やっぱり年ね。老化してる」
 「・・・もう一回言ってみる?」
 「眉間にもシワ」
 「・・・」 
 「年、考える気になった?」
 「・・・胸もまともに出てない小娘が」
 「これからの若い娘とこれまでの古い女と、比べる気?」
 「・・・」

 耳をおおいたくなるほど、毒舌と化す。
 しかも、それを淡々と繰り返すのだ。
 さらに言うなら、やたらと弁が立つようになり、まず口論、というか口喧嘩が強くなる。
 おそるおそる、メイラを見れば。

 「アザァ・・・アタシ、やばい。もう無理かも」 
 「落ち着け、英雄。相手は子供だ」

 そこへ。

 「おにぃ」
 「・・・はい?」
 「こっち来て。こっち座って」
 「いや、メイラが・・・」
 「そんなのほっといて」

 そんなの? そんなのって言った?
 メイラの口から漏れる呟き。
 これ以上、放っておくとメイラが爆発する。
 アザァはあわてて席を立つ。

 「どこ行くのアザァ?」
 「いや、もう少しだから。もうすぐ潰れるはずだから」

 と、メイラは涙を浮かべつつも、アザァからわざとらしく視線をそらせ。

 「やっと再会できたのに・・・もう他の女の所に行くの?」

 アザァの指を力なく握るメイラ。
 だが、すぐに離した。

 「そうよね・・・ううん、いいの。だれだって若い子の方が・・・」
 「バカ言うなよ。メイラ! そんなの関係あるかよ!」

 メイラの手を握り返し。

 「ホント?」
 「ああ。言ったろ、メイラは可愛いって」
 「・・・嬉しい」

 よよよ、とアザァの胸にすがりつきつつも。メイラの視線はティティへ。
 そして。
 これが、大人の女の実力よ、と言わんばかりの勝ち誇った笑みを浮かべた。

 「・・・おにぃ! だまされちゃダメ!」
 「だ、だますって・・・」
 「ひどいわ、ティティちゃん・・・確かにあなたのお兄ちゃんをとったのは謝るけど・・・」

 ことさらに、『お兄ちゃん』を強調するメイラ。
 
 「・・・そうくるわけね」

 酒のせいで、一時的に思考の回転が速くなっているティティはすぐに理解する。
 あくまで、自分達を兄妹のようなものとアザァに再確認させて、自分の立場を強固なものにする手だろう。
 だが、未熟とはいえ、ティティも女。 

 「おにぃ・・・大きくなったら、お嫁さんにしてくれるって・・・言ったのに」

 ティティはじんわりと、大粒の涙を浮かべ、アザァの目を見ながら涙を流す。

 「え・・・そ、そんな約束・・・」
 「ひどいぃ、昔の事なんて覚えてないんだ。あたし、それだけをずっと心の支えにしてハンターになったのに!」

 メイラはすぐに、嘘だと見破る。
 女の涙に隠した嘘は、男には真実となりうるが、同じ女には通じない。
 ともに育ち、小さな頃の約束。しかも、自分に覚えはないが、相手は覚えている。
 アザァがこの状況で、忘れたなどいうはずがない。

 「そ、そうだったな・・・ああ、うん」

 やはり。
 メイラはすぐさま、次の手を打つ。

 「アザァ・・・女は子供の頃、結婚に憧れるものなの。ティティちゃんも、まだ・・・ね?」

 母親のような目でティティを慈しむメイラ。
 それだけで、アザァは納得してしまった。
 男に女心はわからないからなぁ、とまで呟く。
 ティティが舌打ちした。
 完全に嘘と見破られた上に、軽く戦況がひっくり返された。
 悔しいが涙と笑顔の使い方は、敵の方が、二枚も三枚も上だ。
 ならば、と、敵が自分に与えた子供という立場を逆用していく。

 「アザァおにぃ・・・あたしを置いていっちゃうの・・・」
 「うっ・・・!」

 ポロポロと涙をこぼすティティ。
 メイラは自分の失策に気づく。
 基本的にアザァは女に優しいが、自分を犠牲にする部分もある。
 つまり、自分の感情よりも、守るべき存在を見つけてしまえば、そちらに傾くのだ。
 加えて、小さい頃から育った相手ならば、情もある。
 さすがに同じ村で育っただけあって、アザァの本質を熟知した戦術展開だった。

 「やるわね・・・」

 だが、アザァの胸の中で、メイラはすでに次の策を考えていた。





 そして、アザァはその熾烈な戦いの渦中にいる事も知らず、えんえんと行ったり来たりを一晩繰り返し。





 やがて、酔いつぶれた二人を尻目に、脱兎のごとく街を出た。










 『銀の疾風』の再来と言われる銀髪の女ハンターがいると話題になっていた。
 様々な噂が流れた。
 『銀の疾風』の弟子だというもの。
 本当は死んでいなくてハンターに復帰したというもの。
 実は双子の姉妹で、その妹がハンターになったのだという事。
 中には亡霊となって、未練のある現世をさまよっているといものまであった。
 しかし、彼女はひとところに留まらず、常に何かを追うように移動している為、真実はわからない。
 だが、なんにせよ、その実力からして『銀の疾風』の跡を継ぐものとして、認められている。
 ただ、『銀の疾風』とは違う一点があった。
 その激しい戦い方から、いつしか『銀の雷鳴』と呼ばれていた。
 噂にはまだ続きがあった。
 『銀の雷鳴』には追走する若い黒髪のランサーがいる。
 未熟で、荒削りながらも、その動きは『銀の雷鳴』に師事しているかのようだった。 
 今もチアフルの酒場では、二人を目撃した、昔ノーブルにいた流れのハンターが三人の女ハンターに語っていた。

 「『銀の雷鳴』の後を懸命についていってる。アレはすぐに強くなるな」

 美人の三人に勺をされて、上機嫌のハンターの口はよく回る。

 「ただなぁ、その黒髪の若い娘、いつも叫んでるんだよ。『銀の雷鳴』に向かって、待てだの、ババァだの、年増だの 、アンタには渡さないだの・・・」

 最後に笑って。

 「それでも懸命についていくって事は、よほどの師弟関係なんだろうな。『銀の雷鳴』も、ガキだの貧乳だとと言い返 しつつも、道を開いていったし。それで黒髪の方には『黒い咆哮』って名付けられたんだとよ。その、ただ、まっすぐに 突き進む二人合わせて『双角の稲妻』ときたもんだ。まぁ、納得だ」

 うんうん、と頷く流れのハンター。

 「ああ、そういえば、こんな噂もあるな。『黒き灼熱』が死んだってヤツだ」

 それまでとは、うってかわって苦い顔をする。

 「黒髪の若い男が話していたんだが、なんでもレウス百頭を相手にして死んだってよ。この国のレウス全部、かき集めても百頭はいないだろと言ったら、その黒髪の青年、しょんぼりしてな。そんなの信じてたのかと思うと、ありゃ、 たいしたハンターにはなれそうもないな」

 三人の女ハンターは笑って。

 「アザァ、考えが浅いというか。本当に不器用なヤツ・・・」
 「そこがアザァ様の魅力でもありますわ」
 「それより急ごうよ。あの銀髪たち、まだアザァ兄ちゃん追いかけてる!」

 三人は、笑顔を浮かべつつも凶暴なハンターの目で、立ち上がった。





淡い恋心 END






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