夢想と交錯と激突と (後編)






 廊下に出ると同時に、騒音の元である部屋のドアが弾けとんだ。
 それとともに、黒髪の少女が転がってくる。

 「よくも!」

 すぐさま、起き上がるとまた部屋の中へ。
 そして、再び始まる喧騒。
 
 「派手なケンカ」

 だが、レンシィとてハンター。
 これくらいで動じることはない。
 これは文句を言った所でおさまるものではないな、と判断し、止めに入ろうとした時。

 「うっさいな!」

 問題の部屋を挟んだ隣の部屋の客も出てきた。
 さすがに、ここまでうるさいと眠れないのは、誰でも同じなのだろうが。

 「あ!」
 「あら」
 「あー!」

 出てきた三人がレンシィを見て、それぞれが声をあげた。
 レンシィもよく覚えている顔ぶれ。

 「あなた達、なんでこんなトコに・・・いるの?」

 三人の中の赤い髪の女が、

 「レンシィ、だっけ? その質問、そっくり返すよ」
 「・・・」
  
 続いて金髪の女も、溜息とともに呟く。

 「アザァ様にも困ったものね。私というものがありながら」
 「なに言ってるの? アザァ兄ちゃんはボクが好きに決まってるじゃん」

 黒髪の少女が口をはさんだ瞬間、にらみ合いが始まる。
 あくまで大人を感じさせる余裕な微笑と、あくまで陽気で無邪気な笑顔で。
 しだいに四人を取り巻く空気が緊張を帯びていく。
 しかし、それを怒号が切り裂いた。

 「もうアンタの面倒なんて見てられないわ!」
 「はっ! だれがそんなの頼んだのよ!」

 取っ組み合いながら、部屋から四人の眼下に転がってくる二人。
 部屋の備品や、酒瓶などが一緒に辺りに撒き散らされた。
 その中心の銀髪と黒髪は乱れに乱れ、なおもそれをつかみ合っている。
 
 「げ! この二人もココにいるの!?」

 赤い髪の女の声に、メイラが顔をあげて。
 そして、全員の視線が火花とともに交錯した。

 「なんでこんなトコにいるのよ! 最悪! 赤金黒と全部そろってるじゃないの!」
 「それはこっちのセリフよ! あんた死んだ英雄なんでしょ! 土に還れ!」
 「あらあら。浮気は男の甲斐性とも言いますが、アザァ様にも困ったものですわ」
 「あ、以外に若い! ちょっと、そこの黒髪! 年いくつよ!」
 「なになんなのみんなしりあいなのねぇどういうことだれかちょっとおしえてよ!」
 「え、この二人もアザァを追ってるの!? そんなぁ!」

 激しい声が交じりあった後、訪れる一瞬の静寂。
 すぐに動いたのはメイラだった
 足元にあった酒瓶を拾い上げつつ、ティティの口につっこむ。

 「はわ! あっあっあぐ・・・んぐんぐんぐんぐ・・・」

 度数の高いものだが、暴れるティティを押さえつけ、かなりの量をその胃へと注ぎ込んだ。

 「ティティ、こいつらがアザァを追ってる身の程知らずのバカ女達よ!」
 「・・・うー」

 雰囲気を一変させたティティは、それぞれの顔を見渡して、一言。

 「なんだ。オバサンばっかじゃない」

 空気が凍りつく。

 「こ、この・・・」
 「あたしは! まだ!」

 何かを言いかけたリンとレンシィに対して、ティティは。

 「あはん? 何かいった?」

 年に似合わない色気と余裕を含んだ声で制される。
 
 「ボクはオバサンじゃないし!」

 ティティが黒髪に近寄り、その頭をポンポンとなでる。

 「ああ、ガキも一匹。ホント身の程知らず」

 無表情で、淡々と。
 メイラのこめかみにも血管が浮き出てるが、とりあえずの先制攻撃は成功した。
 かのように見えた。
 それまで黙っていた金髪は、その笑みを一切崩す事なく。
 ティティの前まで歩み寄った。

 「なーに? 自分も若いつもり? 鏡見てもわからないほど老眼?」

 くすくす、と笑うティティ。
 金髪の女は微笑みを絶やさぬまま、優雅に、華麗に、流れるような動きでティティの髪を優しく撫でた。

 「本当に。可愛らしいお嬢さん。私、羨ましいですわ」
 「と、当然じゃない。オバサンと一緒にしないでよね」

 予想していた反応とは違ったためか、ティティがたじろぐ。
 見れば、その仲間である二人は恐怖の表情で、ジリジリと離れていた。

 「艶やかな髪。輝く瞳。躍動感ある肌。私もそのような頃がありました」  
 「そ、そう、よ。夢も乙女も真っ盛りよ、あたしは。オバサンなんて敵じゃない、わ・・・」
 
 さらに身を寄せる金髪。下がるティティ。その背が壁にぶつかった。

 「まだ若いのに可哀想ですね。これから先、消えない恐怖と悲しみを抱いて生きていくのですから」
 「う・・・あ・・・」

 ティティの頬を、その白く細い指先がなぞっていく。
 金髪の女がメイラへ穏やかにたずねかける。

 「私、この子とお話したい事ができまして。しばらくお借りしてもよろしいですか?」
 「・・・乱暴はダメよ」

 さすがのメイラも危険なものを感じたが、止める気はない。
 この感覚は竜に対する迫力とは違う。
 女が女に対して抱く共感。
 女として積み上げた修練と経験は同程度。
 だからこそ、わかるものがある。

 「あら? 私はお話を、と申し上げているんですよ? 何をご心配されているのですか?」
 「なら問題ないわ。ごゆっくり」

 さすがにケガなどされたらアザァから怒られるかもしれないが、話し合いならば問題ない。
 少なくとも外見上は。

 「ご理解頂けてなによりです・・・いずれ貴女ともお話したいですわね」
 「そうね、アタシもそう思うわ」

 そして一気に酒が抜けたのか、ティティが叫ぶ。

 「助けてよ、メイラ! し、師匠でしょ!」
 「弟子になったつもりないんでしょ? 短い間だったけど、楽しかったわ」

 手を振って答えるメイラを尻目に、ティティの手を優しく引いて部屋の中に入る金髪の女。
 
 「あ、あ、あ・・・」

 部屋に入るなりカギのかかる音。そして。

 「ごめんなさいごめんなさいいやいやいやもうしませんやめてとめてやめてとめてだれかだれかいやぁぁぁぁぁぁ」

 再び静寂。

 「なかなか薄情者ね」
 「ボク、知らないよ・・・」

 しかしメイラは平然と。 
 
 「あの金髪、なかなかね。違う出会いなら、いい仲間になれたかも」

 すでにティティの悲鳴が耐えた部屋のドアを見て惜しむ。

 「・・・本気で?」
 「言ってる?」
 「そうよ。そしてあなた達じゃ彼女に敵わない。無論、アタシにも・・・ね」
  
 二人がケンカ腰になった瞬間、メイラが微笑む。
 しかし、これはそういう勝負ではないと、すぐに気づいた。
 メイラの瞳は、あくまで穏やかだ。

 「あ・・・」
 「やだ、あの目、ボク、やだ・・・」
 「へぇ、ずいぶんと躾がいいみたい」

 メイラは二人の肩に手を置いて。

 「大人の女は色々な顔を使えるのよ。男に対しても、女に対しても、ね。アタシもそう」
 「や、やっぱやめようよ。こんな事しても意味ないよ、な?」
 「ボクもそう思う。無益な戦いは何も生まないって、じいちゃん言ってた」

 メイラの微笑は崩れない。
 ただ、一言、訂正する。

 「戦いは何も生まないわけじゃないの。憎悪、悲哀、復讐。様々なものが生まれる」
 「それってよくないよ、絶対」
 「そ、そうだよ!」
 「そうね。その通り」

 哀しげな目になるメイラを見て、二人が安堵した瞬間。

 「けれど、それに打ち勝てる勝者には問題ないの。ただ敗者から奪うだけ」

 素敵な笑顔だった。

 「こ、この女、アリスとは違う意味でヤバイ・・・」
 「うー、うー・・・」
  
 そして二つ目の部屋の扉が三人を吸い込んで、音もなく閉じた。

 「な、なんだったの・・・?」

 一人、残されたレンシィが呆然と呟く。
 しかし結果として、辺りは静かになり、安眠を犯すものはなくなった。

 「・・・寝よう。そして朝一番でアザァを追わないと」

 とりあえず、敵の顔を知ることができたのは大きな収穫だ。
 そうして、レンシィも再びベッドへと戻っていった。



 

 翌朝。
 廊下に散らばった様々なものを片付けていた宿の主人が、部屋から出てきた客に挨拶をした。
 騒ぎを起こした客は全員出た後だが、迷惑をかけましたね、と金髪と銀髪の女性客が倍額払ってくれたので、主の機嫌は悪くなかった。

 「すみませんね。昨日のお客様がずいぶんと騒いで、眠れませんでした?」
 「・・・色んな意味でな」
 「壁も薄いんで、丸聞こえだったでしょう」
 「・・・耳をふさいでた」
 「朝食のお代は結構ですので、どうぞ召し上がってください」
 「・・・いや、すぐに出る。騒ぎを起こした客がどこに向かったかわかるか?」
 「はぁ。なんでも人探しという事で皆さん、別の国に向かったみたいですが」
 「そうか・・・なら、イノセントに向かった者は?」
 「いえ、いらっしゃらないですね」 
 「それだけ聞ければ十分だ。とっといてくれ」

 黒髪の青年は宿代の倍額を主に渡した。

 「いいんですか?」
 「ああ、あと頼みが一つ」
 「なんです?」
 「俺はここに泊まらなかった。イノセントにも向かってない。いいか?」
 「ああ・・・そういう事ですか。承知しました」

 主にとっては、金さえもらえれば、客の素性はどうでもいい事だった。





夢想と交錯と激突と END






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