天使の両翼に包まれて (後編)






 そこは地獄だった。
 ジェンドは次々に襲い掛かってくる、大剣と爆発の中、息も荒く逃げ惑う。

 「・・・ちょ、ちょっと、落ち着いてください!」

 双子の動きは素晴らしかった。
 迷い無く目標へ駆け、剣を振り下ろす。
 間断なく、風を切り裂く蒼と紅の剣は、まるで二人が一つの竜になり、はばたいているかのような美しさすらあった。
 しかし。
 ジェンドの方向へクックが逃げれば、それを双子が追ってくる。
 空振りしようが、おかまいなしに剣を振り続けるので、巻き込まれるジェンドはたまらない。

 「あぶないよ! あはは!」
 「そうだね、姉さん。あ・・・」

 ジェンドに当たる瞬間、刃を返す判断力と技量があるのでケガはしない。
 だが、その重量が産んだ慣性こそが命の大剣。
 それまで止められるはずがなく、ジェンドは弾き飛ばされる。
 視界は天地を回り、体は浮遊感の中で、つかむものなく宙を泳ぐのみ。
 確かに、相手が火竜のように大きなものであれば、圧倒的な手数で討伐しえるだろう。

 「・・・クックに当てて下さい!」
 「あはははは! イリア、おこられた!」
 「ごめんね。姉さんも気をつけようね」

 体の小さい怪鳥相手では、どうも勝手が違うらしく、討伐開始からずいぶんと経った今も、討伐しきれない。
 自分がどうにかしようとしても、近寄れば天使の嵐が待ち受けている。
 ガンナーであれば、なんとかできるのだが、ジェンドもまた大剣を使うハンター。
 だが、そのエンシェントプレートは、いまだ一度としてクックに当てる事ができない。

 「確かに強い、強いが・・・彼女の、メサイア様の弟子とはとても思えない!」

 ジェンドは思い起こす。
 かつて助けられた女ハンターの姿を。
 自分の技量をわきまえず、火竜の討伐に向かい、その圧倒的なまでの力に為す術もなく逃げ惑った、あの時。
 見た事もない大剣と、見惚れるほどの技量をもってして、火竜を葬った女ハンター。
 自信も誇りも砕け散った。
 そして気づけば弟子入りを懇願していた。
 メサイアには無下に断られた。
 しかし、追い続けた。追い続け、いつかは弟子にしてもらうと。
 今ではずいぶんと力をつけたつもりだ。まだ遠く及ばないが、今なら認められるかもしれない。
 そして、ようやく追いついたこの国。
 聞けば、メサイアには弟子がいるという。
 どれほどの実力者なのかと、確かめてみれば・・・

 「危ないよ! どいてどいて!」
 「間に合わないよ、姉さん」
 「くっ!」

 なんとかエンシェントプレートを盾にして、危機をまぬがれる。
 こんな、こんな・・・

 「ありえない、まったくもって、ありえない!」

 夕焼けに叫ぶジェンド。
 その背中には再び、クックが逃げるように迫っていた。





 「で?」
 「あん?」
 
 すっかり酔っ払った二人は、かわらず昔話に花をさかせていた。

 「私の剣、どこにあんのよ?」
 「ああ、オレの村だ。ノーブル」
 「ふぅん? アンタ、ノーブル出身なんだ」
 「何もないが、いい所だ」
 「ま、故郷は誰でもいい所よね」
 「メサイアは?」
 「んー、内緒。いい女に秘密はつきものでしょ」
 「自分でいうか」
 「なによ、文句あるの?」
 「いや」

 酒はすすみ、二人はまた陽気に笑う。
 それを周りで見るハンター達は、一様に疑問を浮かべていた。

 「メサイアさんが男と呑んでる・・・」
 「それもあんなに楽しそうに・・・」

 メサイアは今まで、双子としか話した事がない。
 挨拶くらいは交わすが、親しい仲となると、やはり双子のみだ。
 それですら、押しかけ弟子という関係。
 しかし、今、黒髪の男とは対等というか、気の合う相棒というか。

 「恋人なのかな?」
 「そうかもしれない・・・」
 「多分、昔に生き別れた凄腕のハンターとか」

 二人を囲む者達は、なおも色々と考える。

 「結婚を約束していたんじゃないか、やっぱり」
 「悲しい話だな。そして今、再会を喜びあってるのか」
 「メサイアさんの旦那になる人なら、きっと名のあるハンターなんだろう」
 「黒髪の英雄って・・・確かいたよな」
 「なんて名前だっけか・・・」

 そこに、女給仕が料理を運んでくる。

 「はい、お待ちどうさま」
 「お、いいトコに。なぁ、あの男、何モンだい?」

 女給仕は、メサイア達に目をやって。

 「さぁ? メサイアさん、彼を見た途端、名前を呼んで走っていったから」
 「うーん、やっぱり、生き別れの恋人か?」
 「え、なになに、どういうこと?」
 「いや、色々と考えてたんが、あのメサイアさんが気を許す男って言ったらなぁ」

 女給仕は意地悪そうな笑いを浮かべて。

 「あー、あなた達、みんなフラれたもんねぇ」
 「うるさいな。お前、どう思うよ」

 あらためて二人を見てみる。

 「まぁ、恋人・・・かどうかはわからないけど、仲はいいわね」
 「ちょっと、聞いてきてくれないか?」
 「やぁよ」
 「興味あるだろ?」
 「・・・うーん、わかった。ちょっとだけね」

 女給仕はカウンターに戻ると、酒を持って二人のテーブルへ運んでいった。





 とうに日は沈み。
 ジェンドの前には、力尽きたクックが倒れている。
 あれだけの猛攻の割りに、クックに刻まれた傷は少ない。
 斬り倒したというより、疲労により弱った所をようやく討伐できたという感じだった。
 なによりも恐ろしいのは。

 「いやいやいや、強敵だった!」
 「強かったね、姉さん」

 あれだけ剣を振り回し、駆け続けたというのに、双子に疲れの色が見えない。
 ジェンドは、へたり込み、今も息を整えているというのに。
 こげた髪をととのえる気力もなく、ただ、ただ、体を休めていた。

 「わ、ワリに・・・あわない」

 一日かけて、クック一頭。
 しかも、使用した消耗品を考えれば、足がでる。
 それでも、双子に対して文句などを言わないのは、女性を敬っているジェンドだからだ。
 だが、モノには限度がある。
 ジェンドは喜んでいる二人に対し、声を荒げる。

 「お二人とも!」

 その声に双子が振り返った。
 可愛らしい顔が達成感とともに、天使のような笑顔でジェンドを見る。

 「・・・ご苦労様でした。素晴らしい腕前です・・・」
 「あはは、サリナ褒められた!」
 「イリアもだよ、姉さん」

 ジェンドは力尽き、その場に倒れこんだ。





 「お酒の追加でーす」

 酒をテーブルにおいて女給仕が微笑む。

 「ありがと、ほらアザァ」
 「ああ」

 メサイアがアザァのグラスに酒を注ぐ。
 女給仕は、初めて見る光景に驚く。
 メサイアがお酌するなど、ちょっと信じられない光景だった。
 周りの男達の予想も、あながち的外れではないかもしれない。

 「あの、メサイアさん」
 「ん?」
 「ちょっと気になったんですけど、その方とは、そのどういうご関係で?」

 おずおずと、たずねる女給仕に、メサイアは。

 「あらあら。そっか、アンタ気になってるって言ってたもんねぇ。アザァ、この娘、好み?」

 かなり酔っているのか、メサイアは笑って黒髪の男に問いかける。

 「女は苦手だよ、特に美人はな」

 こちらもかなりの量を飲んでいるはずだが、口調はしっかりしている。
 美人と言われて気をよくした女給仕は自分にも脈アリかと、なおも質問する。
 ここでメサイアが恋人と言ったら、あきらめるつもりではいたが。

 「で、どんな関係なんです?」
 「んー・・・そうねぇ。この男はひどいヤツよ。私の大事なモノを奪ったのに、私を捨てたのよ!」

 酒場に響く大声でメサイアが笑う。
 対して黒髪の男が。

 「おい、なんだそれは」
 「なによ、違うとでも言うの?」
 「ぐ・・・悪かったと思ってるよ。けど、仕方なかったんだよ」
 「あーあ、男は勝手よねぇ」

 女給仕はそれを聞いて、

 「ひ、ひどい・・・メサイアさん、かわいそう・・・」

 黒髪の青年が慌てて、

 「おいおい、勘違いしてないか?」
 「鬼! 女の敵!」

 それだけ言い残し、女給仕は他の客がいるテーブルへと走っていた。
 そこでなにやら、こちらを指さしながら、話している。
 話を聞き終えた客の中で、数人の男達が立ち上がった。

 「おいおい・・・カンベンしてくれよ」

 これから起こりそうな出来事を予想する事は難しくない。

 「おい、メサイア、メサイア・・・」
 「なによ、やられちゃえ、女の敵!」

 ケラケラと笑っている。少なくとも誤解を解く気は全くないようだ。
 アザァはそれを見て、苦笑する。

 「やっぱメサイア変わったよ」
 「美人なのは昔からだし」
 「いや、可愛くなった」
 「・・・ばーか」
 「いい弟子みたいだな」
 「・・・ええ、とても」

 怒りに肩を揺らした男たちが、いつの間にかテーブルを囲んでいた。
 アザァはもう一度、メサイアを見る。
 
 「可愛いと、褒めたところで、なんとかしてくれないか?」
 「しかたないわねぇ」

 メサイアは立ち上がり。
 すぐに、よよよ、と床に泣き崩れた。

 「ひどい、また私を捨てるのね!」
 「・・・」
 「何もかも奪って、また違う女の所へ行ってしまうのね!」
 「・・・メサイア、変わりすぎ」

 もはや、何者も止められない。
 そんな雰囲気の中、討伐を終えたパーティーが酒場へ帰ってきた。

 「いやー、疲れた疲れた!」
 「疲れたね、姉さん」
 「・・・ご苦労様でした」

 陽気な姉、無口な妹。そして疲労もあらわな、一人の男。
 しかし、酒場の様子がおかしい。
 一つのテーブルを囲んで、人だかりになっている。

 「あれ、皆、どうしたの?」
 「どうしたのかな、姉さん」
 「何か険悪な空気ですよね」

 双子は、そのテーブルへ向かい、その中央に自分の師匠を見つけた。
 テーブルには、見かけない黒髪の青年も座っている。

 「師匠、どうしたの? 泣いてるの?」
 「泣いてるね、姉さん」

 双子を迎えた人だかりが、口々に言う。

 「この男が、お前達の師匠を泣かしたんだよ!」 
 「ひどいヤツだ。今からとっちめるところだ!」
 「いや、それは誤解で。おい、メサイア、いい加減にしてくれ」

 アザァがメサイアの名を口にした、次の瞬間。

 「メサイア!? メサイア様!?」

 人ごみになど興味なく、他のテーブルで休んでいたジェンドが走って、人ごみをかきわける。

 「ああ、メサイア様! 確かにメサイア様!」
 「げ、ジェンド!?」

 それまで、楽しそうにウソ泣きしていたメサイアの顔が青くなる。

 「お探ししましたよ! やっと、やっと、お会いできた!」
 「あー、そうね、久しぶり」
 「今まで一つの街にとどまる事のなかった貴女が、ここで暮らしていると聞いて、私は私は!」
 「はは、まぁ落ち着いて」
 「ここに留まる理由は、このお弟子さん達を育てる為だったんですね」

 隣の双子を指して、ジェンドは何度も頷く。

 「私はてっきり、その・・・なんというか、そういう関係の男性ができて・・・などと、内心、気が気でなくて!」
 「あー、ジェンド」
 「なんでしょう?」
 「私は悪いけど、アンタを弟子にするつもりはないよ」
 「なぜ!? こちらの双子の女性はよくて、私だけ!?」
 「・・・あー、アンタ男だし。この子達は女だから。まぁ、そういう事で」

 実際は、この暑苦しさが大きな原因なのだが、悪気のないジェンドを傷つけるほどメサイアも狭量ではない。
 それにおしかけ弟子をとってみてわかったが、予想以上に他人を育てる事は、手間も時間もかかる。
 また自分は強くならければいけない理由もある。余分な時間はない。
 今までは相手にする事が面倒で逃げ回っていたが、ここらでハッキリさせておいた方がいいだろう。
 自分にはやるべき事、つまり強くならなければならない理由がある。

 「納得いきません!」

 やはり引き下がらないジェンド。
 と、ここで、事態を見守っていた客達が、ジェンドの肩をたたく。

 「兄ちゃん、それはこの黒髪が原因なんだよ」
 「は? どういう事ですか?」
 「コイツのせいで、メサイアさんは男性不信に陥ったんだ。かわいそうに・・・」
 「そうだ。俺たちは確かにきいた。この男がメサイアさんの純潔を奪って、ボロ屑のように捨てたとな!」

 アザァは痛む頭を抑え、つぶやく。

 「いや、誰もそんな事は言ってないだろ・・・」

 しかし、そんな呟きは怒号にかきけされる。

 「何だと! 貴様、メサイア様になんという事を! 下衆め! 男として恥ずかしくないのか!?」
 「いやいや、待て、誤解だ。メサイア!」

 見ればメサイアは、何かを考えている。

 「・・・ごめんなさい、ジェンド。そういう事で、私はもう男性を信じられない。信じられるのは・・・」

 何もわからずに、笑っている双子を抱きしめて。

 「この子達だけ。だから、私の事は、もう忘れてちょうだい・・・」
 「あはは、師匠どうしたの?」
 「ヘンだね、姉さん」

 ジェンドが咆哮した。

 「ききききき・・・貴様ァ!!」 
 「待て、誤解だ・・・うおっ!」

 殴りかかってたジェンドの拳を交わす。
 それが合図になり、周りの客もまたアザァを追い回す。

 「さて、と」

 メサイアは双子に向かい。

 「私はノーブルに行くけど、どうする?」
 「・・・」
 「・・・」

 珍しく双子が口ごもった。
 てっきり、即座についていくと言われる事を予想、いや期待していただけに、メサイアは拍子抜けした。

 「・・・師匠さ、昔、言ったよね」
 「言ったね・・・姉さん」
 「ん?」
 「この街にいる間は面倒みてくれるって」
 「・・・うぅ・・・」
 「ああ、そう言えば」

 確かにそんな約束をした覚えがある。
 メサイア自身、すっかり忘れていたが、双子は覚えていたようだ。

 「師匠、サリナが嫌いだから、行っちゃうの?」
 「・・・ひっく・・・うぇ・・・」 

 サリナは涙をため、イリアはもう泣き出している。

 「そっか。そういう約束だったわね。この街にいる間って約束してた」 

 くしゃくしゃと、双子の頭をなでる。
 自分には、目的がある。
 かつて唯一、自分が師匠と呼んだハンターとの約束。
 それを果たすには何よりも力が必要だった。
 あらゆる竜を倒し、腕をあげる為に戦い続けた。
 だから、この街に来て双子に会うまで、一度として笑った事がなかったはずだ。
 
 「師匠は笑っていたっけ」

 最後の討伐に立会った時、師匠は笑顔だった。
 そして、この戦いが終わったら、自分の剣を託すと。
 それを受けるという事は、師匠の後を継ぎ、その使命に命をかけるという事だった。
 メサイアは、すぐに頷いた。
 師匠の信頼と信用を裏切りたくなかった。
 何よりも師匠が好きだったから。師匠の生き方が大好きだったから。
 誰かを守る。誰かの為に戦う。それを誇りとする笑顔が大好きだった。

 「・・・」

 メサイアは思う。
 笑顔を失っていた自分が、果たして師匠の期待に応えられただろうか。
 力だけに目をとられ、なぜ戦うのか、その意味を忘れていたのではないか? と。
 家族を奪った、あの龍と戦う使命。
 確かに憎しみはある。恨みもある。けれど、そうして剣を振るう自分を師匠は認めてくれるだろうか。 
 少なくとも、あの師匠のように、笑う事はできない。
 誰かを守る事を誇りに思えるような笑顔には。
 思い出せ、自分が剣を託された時の想いを。
 
 「・・・そうか、そうだった」

 自分のような想いをする人を、もう増やさないために。
 そして誰もが笑顔でいられるように。
 何より、師匠のように笑いたいと想ったから。
 そう願った自分が笑顔を忘れて、他人を笑顔にできるはずがない。

 「バカだなぁ、私。ぜんぜん強くなれてないや」

 クスクスと笑う、メサイア。
 その服のすそを双子が、小さくつまんだ。

 「師匠、師匠・・・行かないでよぉ」
 「・・・行っちゃやだょお、師匠ぉ」

 メサイアはその二人を強く抱き寄せて。

 「ごめんね。私にはやる事があるの。とてもとても大事なこと。その為にはもっと強くならないと」
 「・・・」
 「・・・」

 もはや言葉も発せないほどに、双子はしゃくりあげる。

 「だから、サリナ、イリア。私の弟子になる気はある?」
 『え?』
 
 二人の声が重なった。

 「ただし、師匠命令には絶対服従。何を言われても返事は、はい、よ」

 まだ話が飲み込めていない双子は顔を見合わせている。

 「でも、弟子になるなら、どこへでもついてきていいわ。約束する」

 ついてきていい、その言葉に反応したかのように。

 「なるよ! サリナ弟子になるよ!」
 「イリアも!」
 「そう。じゃあ、ついて来なさい」

 双子は涙を払って、メサイアに抱きついた。
 今日からが本当の旅立ち。
 今日から私は本当の意味で強くなれる。
 私に笑顔を思い出させてくれた、この可愛い弟子達が一緒ならば。
 師匠、私は。
 今なら、すぐにでも師匠に追いつけると、そう思います。





 新たなる決意に身を固めていたメサイアにアザァが声をかける。

 「・・・さて、なにやらいい話が終わった所でメサイア」
 「あら、アザァ、お疲れさま」

 アザァは殴りかかってくる男たちの拳をかわしながら、メサイア達の後ろに回りこむ。

 「卑怯な! 女性を盾にするか!」

 ジェンドが怒鳴りながらも、振り上げた拳を宙にとどめる。

 「なんとかしてくれ」
 「あー、はいはい。そうね、アザァには剣を返してもらわないといけないし」

 メサイアはジェンドの頬をなで。

 「ごめんね、ジェンド。私はやっぱり彼の事が忘れられそうにないの・・・」
 「メサイア様・・・」
 「私、これからも彼についていくわ。泣いても悲しんでも、私には彼だけだから」
 「そこまで、この男の事を・・・今なら、まだ間に合います!」
 「でも実はね・・・」

 アザァがそれを見てまた額をおさえる。
 双子がそんなアザァを見て。

 「どうしたの、頭いたいの?」
 「痛そうだね、姉さん」
 「君達の師匠のせいだよ、なんとか言ってくれ」

 そんな抗議を聞いて双子が喜ぶ。

 「そうだよ、サリナは師匠のちゃんとした弟子になったんだよ!」
 「イリアもだよ、姉さん」
 「・・・メサイアも変わるはずだ」

 なんとも幸せそうに笑う双子に、アザァは苦笑する。
 話は終わったのか、メサイアがアザァに寄り添い、手をからめてくる。

 「じゃあ、いきましょうか、あなた」
 「あなたぁ?」
 「なんかそういう事になったのよ。アンタ旦那のフリしてなさい」

 見ればジェンドは、これ以上ないほど顔を赤くして、アザァをにらんでいる。

 「これ以上は、おさえられないわ」
 「これ以上、どう悪くなるんだよ」

 女給仕は、涙を流し、メサイアさん元気でね、と手を振っている。
 ジェンド以外の男たちもまた、メサイアの健気さに、怒りをテーブルやイスにぶつけていた。

 「・・・先を急ごうか。路銀、貸してくれ」
 「いいわよ、あなた」
 「ぐ」

 メサイアは双子を手招きして。

 「アザァ、紹介するわ。こっちの陽気なバカが姉のサリナ」
 「ひどいよ、師匠!」
 「それで、こっちの無口なバカが妹のイリア」
 「ひどいよね、姉さん」
 
 次にメサイアはアザァを見て。

 「二人とも、この人はアザァ。大切なモノを奪われないように気をつけなさい?」
 「・・・でも、もう師匠とられちゃった」
 「返して、師匠を返して」
 「勘弁してくれ」

 そして四人は、振り返ることなく酒場を出て行った。
 後に残った者達は、口々に、メサイアの境遇を哀れむ。

 「やはりメサイアさんと言えど、最初の男は忘れられないのか・・・」
 「メサイアさんの幸せは、メサイアさんしかわからないさ」

 そして、うなだれ、床にヒザをついていたジェンドに皆が励ましの声をかける。

 「なぁ、アンタも師事する人を他に探したほうがいい」
 「メサイアさんほどの腕前のハンターはそうはいないだろうが、がんばれよ、な?」
 
 ガバッと顔をあげ、立ち上がったジェンドは。

 「違う! メサイア様を追っていたのはそれだけじゃない! 私は、私は、メサイア様の事が!」

 そこまで言って、掲げていた手を力なく落とし、泣き崩れた。 

 「そうかぁ・・・そうだったのか・・・」
 「まぁ、気持ちはわかるよ。メサイアさん、美人だったからなぁ」
 「うぅ・・・うぅ・・・」
 
 女給仕が、酒をもってきてテーブルに置く。

 「これ、あたしからのオゴリ。元気だしてね・・・」
 「おう、俺も一杯おごる」
 「そうだな、今日は皆で飲み明かそう」
 「ありがとう・・・皆さん・・・ありがとう・・・」

 こうしてその夜。
 ジェンドは溢れる酒を呑み尽くした。
 しかし、それよりも多くの涙を流し、それはいつまでも尽きなかった。





天使の両翼に包まれて END






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