悪魔と天使






 ある大富豪の家が崩壊した。
 当主であった男、ライエントール=セイエン=ゴッツェルの急死。
 すぐさま跡継ぎである長男、ライエントール=セイエン=ターナーに家督が譲れる事となる。
 しかし、その遺言状の正当性に異議があるとして、ゴッツェルの義弟、レイント=ローウェン=ドルゴルが親族会議を起こす。
 ゴッツェルの妻であり、ドルゴルの実姉である、ライエントール=セイエン=マイアンは、これら対し、ライントールの親族に仲裁を頼む流れとなった。
 だがライエントール家は、現在二つに分かれており、ゴッツェル派と、その兄、ライエントール=ズワイン派である。
 かつて、不名誉な過去の為、『セイエン』の名をゴッツェルにより剥奪されていたズワイン。
 のちにライエントール跡目戦争と言われる、この争いの中で、ライエントール=ロイエン=ズワインと名乗る。
 これを契機にセイエン派と、ロイエン派は激しくぶつかり、この後十余年、袂をわかつこととなる。
 事態を重く見た、ゴッツェルの後見人であり、また親代わりであった、ロクノフ=ズイトーレは朋友であるレイントールに助力をあおぎ、マイアンの手助けをかってでる。
 しかしこれが、ロイエン派の不興をかった。もともとセイエンの名を剥奪された理由というのが、ズイトーレに深く関わる事だったのだ。
 さらにズワインの娘、セイエントール=アイシャンの夫、セイエントール=ログナノフが、介入し、事態は混乱を極める事となるのだが。






 今の二人には関係のないことだった。

 「・・・」
 「・・・お姉さまぁ・・・」

 固く閉ざされた門を呆然と見上げる二人。
 装飾のほどこされた、けれど実用的な黒い服を着た女。
 年のころは二十台半ばといった所で、金髪の輝く美女である。
 そしてその横には、色違いながらも、同じデザインの服を着た、かわいらしい黒髪の少女。
 ただ、その背中には、なぜか巨大なぬいぐるみを背負っている。

 「・・・」
 「クビになっちゃいましたね・・・どうしましょう・・・」
 
 黒髪の少女、メイが、すがるように黒髪の女を見上げる。

 「・・・」

 金髪の女は無言で、門を見つめている。
 しかし、これが二人に開く事はもうない。
 雇い主も死に、屋敷は売りにだされた。
 跡継ぎらしき者には、残ってもいいと言われていたのだが。

 「・・・」
 「・・・お姉さま、やっぱりグーはマズかったですよ」

 胸をさわられた瞬間、殴り飛ばしていた。
 肥えた体は派手に転がり、調度品を巻き込んで、大惨事となった。
 その弁償金で退職金は飛んだ。

 「・・・」
 「でもでも、アタシはどこまでもついていきますから! お金も少しならありますよ!」

 メイは退職金として渡された袋を差し出す。

 「・・・チッ。しゃーねぇか」

 ようやく、金髪の女が口を開いた。
 ついでにツバをはき捨てた。
 さらについでに、門をガシガシと蹴りつける。

 「メイ」
 「なんですか、お姉さま」
 「それ、いくら入ってんだ?」
 「あ、はい、どうぞ」
 「どれどれ」

 受け取った袋の中を確認し、ふむ、と、うなずく。

 「メイ、あれ」
 「え?」

 メイの背後を驚いたように指差す。
 すぐに、そちらを見るメイ。

 「なにも・・・う」

 その首に手刀を叩き込む。

 「ベートお姉さま?」

 首をさすりながら、平然と、なんですか? と振り返る。

 「チッ・・・頑丈な娘だ」
 「はい?」
 「いんや、なんでもねー。んじゃ、この金は私が預かっとくから」
 「はい、お願いします!」
 「とりあえず、今夜の宿か」
 「そうですね。がんばりましょう!」

 ベートは一度だけ振り返る。

 「ジジイ、楽しかったぜ。私がくたばったら、また仕えてやるよ」

 とだけ、言い残した。





 街について、メイはその人の多さに驚く。

 「人がいっぱいですねぇ」
 「ああ、アンタは街に下りるのは初めてか」

 既にどこかで買った酒を手に、ベートが興味なさそうに答える。

 「ええ、アタシ、お屋敷にお世話になるまでは、ナスティっていう国の山の奥の小さな」
 「あーはいはい」

 手をヒラヒラさせて、ベートは人の流れを見る。
 当然、メイとは違う意味で。

 「んー、あのヘンか」
 「はい?」
 「ここで待ってな」
 「はい!」

 疑う事を知らないメイは、すぐにうなずく。
 ベートは目星をつけていた男にかけより。

 「ヘイ、そこのダンナ」
 「ん?」

 恰幅のいい中年男性に声をかけた。

 「いい掘り出しモンがあるんだけど、どうよ?」
 「な、なんだい? 突然」
 「まぁ、聞くだけタダだから。実はさ、雇い主を失って路頭に迷ってるメイドがいるんだよ」
 「・・・アンタのことかい?」
 「いやいや、アレ。あそこの黒髪。クマ抱いてる、ちょっと頭たんないカンジの。見てくれはいいだろ? 安くしとくよ」
 
 中年男性は、しばらく考え込む。

 「確かに可愛いが・・・いや、しかしウチには使用人は足りているしなぁ」
 「また、ダンナ。とぼけちゃって。足りてるのは昼のメイドだろ?」

 ゴクリとツバを飲み込む中年男性。

 「じつはあの娘、あんなツラして、***な事や、***、**に*****が得意技なんだよな」
 「な、なんと・・・」
 「いやぁ、ダンナは運がいいな。ああ、気に入らないなら、他のトコへ・・・」
 「あー、待て。待ってくれ。しかし・・・うーん」
 「家族にバレるのが心配なら、この街に囲っちまえばいいんだよ」
 「・・・」
 「さ、どうする?」
 「む、むぅ・・・」

 中年男性は、悩んだあげく。

 「いくらだ・・・?」
 「はい、まいど。ちと、オマケしてこんくらいで」

 ボソボソと耳打ちするベート。

 「高い!」
 「じゃあ、他に」
 「ああ、わかったわかった!」

 中年男性は、ベートの言い値を渡す。
 それを懐におさめると、ベートはメイを手で呼ぶ。
 子犬のようにかけてくるメイ。

 「なんですか、お姉さま」
 「メイ。この人についていきな」
 「はぁ、なんでです?」
 「私は少し用事ができたから出かける。私が帰るまで面倒みてくれる、いい人だぞ」
 「アタシもお姉さまについていきます!」
 「なんだ? 私の言う事がきけないのか?」
 「うぅー、わかりました」
 「じゃ、ダンナ。そういうコトで」
 「あ、ああ」

 そしてベートは一度として、振り返る事なく街を出た。





 夜。
 ベートは次の街へ向かうべく進んでいたが、意外に遠い道のりであった為、野宿の準備をしていた。
 ジャングルの中だが、特に何かの気配はないの。
 そこは、開けた場所で、見上げるほど高いカゲに続く一段高い所に腰をおちつけた。
 目の前には河があり、水気を含んだ風が、汗をかいた肌に心地よい。
 
 「さて、どうしたもんかね」

 とりあえずの軍資金は得たものの、増やさない限り、いつかは無くなる。
 ベートは刈り集めた草の上に寝転んだ。
 昨夜はベッドで寝ていたというのに、人生はわからない。

 「昨日までは、あんなに元気だったのによ・・・ジジイ、あっさり逝きやがって」

 屋敷での生活を思い出す。
 屋敷内においてのベートの立場はメイド長だった。
 主人ゴッツェルのみの命令には従うが、それ以外の者には挨拶すら交わさないという、メイドにあるまじき性格。
 さらに自己中心、自分勝手、理不尽、けれど仕事は完璧。ついたあだ名は、金髪の悪魔。
 しかもゴッツェルを呼ぶときは「ジジイ」。だが豪快で奔放な性格だったゴッツェルは、そんな彼女を気に入っていた。
 誰しもがおそれる彼女をただ一人、慕い続けていたのがメイ。
 どこかの田舎から出てきた娘で、来たときからクマのぬいぐるみと一緒だった。
 さんざん、イジメ抜いて、イビリ続けて、コキ使っても、メイはついてきた。
 最初はうっとうしいだけの存在だったが、今では・・・やはり、どうでもいい存在だったので、売り払った。
 
 「しかし、あのジジイ以外、仕えたいと思うヤツなんざいねーよなぁ。どうしたもんか」

 ベートには信念があった。
 代々、優秀なメイドとハンターを輩出している自分の家。
 実子以外にも、養子や養女を多く引き取り、その家名は高く響き渡っている。
 優秀な者はギルドへも出向しており、その繋がりをもって、ますます家は安泰、繁栄というわけだ。
 父はハンターを育て。
 母はメイドを育てる。
 自分にハンターの才能がないと父に言われた為、ベートは母につけられた。
 それでもなお、代々の中で最も不出来だと蔑まれていた自分。
 だが、母だけは認めてくれていた。
 メイドたる者、仕える者を選べ。己より強く、賢く、優しい男に仕えよ。
 後継者として認められた者にしか与えられない、この言葉をも母は贈ってくれた。
 母の生き方は、まさにその言葉通りで、ベートが唯一、尊敬する人物でもあった。
 今も首にかけられたペンダントには、その言葉が刻んである。
 ベートは家名なぞはとうに捨て、名も本名であるアリベートを名乗らなくなった。
 たが、この言葉だけは大切にしていた。
 ゴッツェルとの出会いは、母からの紹介だった。
 とは言え、自分が気に入らなければ当然、断るつもりだったが。
 ゴッツェルは、ベートが認めるに値する人物だった。
 ただの金持ち貴族でない、人間としての魅力があった。
 威厳に満ち、優しさに満ち、常に威風堂々と胸を張って笑っていた。
 仕事の補佐もやりがいがあった。護衛として命をかけた時もあった。
 たまに胸や尻をなでてきたが、その時は容赦なく、にやけたヒゲヅラへ、拳をお見舞いした。
 ゴッツェルは懲りることなく、何度も顔にアザを作って笑っていた。
 そんな生活は、楽しかった。充実していたとも思う。
 ベートが母以外に唯一、気を許した人物だった。

 「母様、私はどうにも運が悪いみたいだね。メイド長から、一晩で野良メイドだよ」

 次の街についたら、この金を元手に商売でも始めるか考えていると。
  
 「逃げて! 一度体制を立て直すわ!」

 女の叫び声と、数人の足音が向かってくる。
 それを聞いてベートは顔をしかめた。
 ここから考えられる状況は、そう多くない。

 「・・・あー、最悪の展開ってヤツか?」

 ベートは、街で買っておいたハンターナイフを取り出し、辺りをうかがう。
 予想は当たっていた。
 三人の女ハンターたちが、何かに追われている。
 目をこらした先には、毒怪鳥、ゲリョスがトサカを明滅させていた。
 明らかに大きく、しかも緑色の皮膚をもった希少種だった。

 「うげ」

 役に立ちそうも無いハンターナイフをしまう。
 人を守る訓練は母から受けているが、ハンターとしての訓練は父から受けていない。
 だが、このままでは、確実に巻き込まれると判断したベートは草むらに身を潜ませる。

 「早く、早く! リエッタ!」
 「でもナイナが、まだ!」

 しばらくして、すぐ近くをハンター達がかけぬける。一人、二人。
 そして、三人のうち、遅れてやってきた最後の一人の、その足めがけて。

 「ほれっ」

 と、石ころを投げつけた。
  
 「な?」

 小さな衝撃ながらも、不意をつかれて転倒する。
 それを見逃さず、ゲリョスが襲い掛かった。

 「ナイナ!」

 その仲間の名を呼んで、他の二人のガンナーも立ち止まる。

 「いいから、行け! リエッタ! リエッタも走れ!」

 しかし仲間達は、銃をかまえ、ゲリョスに立ち向かう。
 多くの弾丸は弾かれ、ゲリョスの怒りに火を注ぐだった。

 「バカだねぇ。んじゃ、ヨロシク」

 ベートは隠れつつも、距離をとる。
 ハンターなら死も覚悟してるだろう。
 まったく悪びれる事なく、この場から去ろうとよつんばいで移動を始める。
 その間も銃声や怒号が、響き渡った。

 「あなたをおいてなんて行けないよ!」
 「早く立って、こっちに!」
 「・・・バカ! アタシはいいから!」

 必死に仲間を助けようとしてる。
 それを聞いても、やはりベートに良心の呵責はなかった。
 それどころか。
 
 「弱いんなら、討伐依頼なんてうけんなよ。こっちゃ、えらい迷惑だ」

 とまで、はき捨てる。
 しばらく移動した所で。

 「お姉さま!」

 目の前に、突如として現れた二本の足が叫んだ。
 見上げれば、顔を赤くしたメイが、クマのぬいぐるみを抱きしめて立っていた。

 「・・・メイ、どうした? こんな所で」
 「お姉さま!」

 ガッシリと肩をつかまれ、天地が逆さまになるほど揺さぶられる。
 体中の骨がきしむ中で、ベートはそれをなんとか、振りほどいた。

 「私を殺す気か!」
 「あ、ごめんなさい、お姉さま・・・」
 「で、なんで、お前がここにいるんだよ」
 「はっ、そうでした。お姉さま!」

 あやうく、また掴まれるところをかわすベート。

 「なんだよ。私に文句でもあんのか?」

 完全に理不尽な怒りをメイにぶつけるが、それをさえぎって。

 「あの男の人、ウソツキなんです! いい人じゃなかったんです! お姉さまは、だまされたんですよ!」
 「・・・」
 「今日からオレがお前のご主人様だー、げへへ、がぉーって襲ってきたんです!」
 「・・・」
 「だからアタシ、グーでパンチして、お姉さまを探して・・・そしたら、ここに!」

 ベートは考え。
 
 「そうか、タイヘンだったねぇ。よしよし」
 「あ、お姉さまぁ・・・あったかぁい・・・やわらかぁい・・・」
 
 メイは頭をなでられ、幸せそうにベートに抱きつく。

 「でさ。私も今、タイヘンなんだわ」
 「え?」

 今の騒ぎで、ゲリョスがこちらに気づき、かけてきていた。
 メイの背後にいるため、まだベートしか気づいていない。

 「メイ」
 「はい、お姉さま」
 「私の頼み聞いてくれるか?」
 「はい! もちろんです!」
 「じゃあ、そこに立って。こっちにケツ向けて」
 「はい!」

 反対を向いた瞬間。

 「あ、毒怪鳥」
 「そら行け」

 強烈な蹴りをその背中にぶち込み、ベートが逃げる。

 「あわわ」
  
 転びそうになった所へ、ゲリョスの体当たりを喰らい、メイが勢いよく転がっていく。
 さらに何度も踏みつけられるメイ。

 「お、お姉さま、イタイ、イタイです!」

 その様子を見て、しばらくは時間が稼げると判断し、ベートは立ち上がり走り出す。
 しかし、その肩に手をかける者がいた。

 「待って! あの娘、あなたの仲間じゃないの?」
 「ん?」

 それは、さきほどまで襲われていた女ガンナーの一人だった。

 「あー・・・ほっとけよ、他人の事情にクビつっこむな」
 「ちょっと、あの子を見捨てるつもり!?」

 ベートは、さも、わずらわしげに肩にかけたられていた手を払いのける。

 「うるせーな。だいたい、お前らのせいで、私達は巻き込まれたんだぞ」
 「あ・・・」

 何かに気づいたように、女ハンターが、ベートとメイを探るように見る。

 「あれ? ・・・もしかして、あなた達・・・」
 「なんだよ」

 その視線は、ベートの服に向けられていた。

 「・・・やっぱり、その服・・・ギルドの人ね?」
 「は?」
 「でも、どうしてギルドの人が・・・あたし達のような、ギルドに関係ないハンターを助けてくれるの?」
 「ギルド? 助ける?」
 「だって・・・あの子」

 そのハンターが指差した先には、クマのぬいぐるみで、ゲリョスを殴り続けるメイの姿。
 
 「・・・」

 ベートは目をこらして、その様子を眺める。
 ゲリョスの悲鳴に混じって、緊張感のない打撃音が夜のジャングルに響いていた。

 「助けてくれるのはありがたいけど・・・でもいいの? ギルドにバレたら処罰されるんじゃ・・・」

 なおも勘違いしているハンターに、ベートは。

 「ハッ、私達とギルドはカンケーないよ。ただのメイドだ」
 「・・・」

 これ以上は言うことがないと、ベートはその場から走り出そうとした瞬間。
 いや、走り出していたのだが、それ以上の速さで。

 「お姉さま! どいてください! 逃げられちゃいます!」 
 「げ」

 ゲリョスを追いかけるメイが、ベートに向かって叫ぶ。
 すんでの所で、横に飛ぶ。
 寸前までベートが立っていた場所を一頭と一人が駆け抜けていった。

 「あーあ・・・メイ、あとで死なす」

 土だらけになった服を払い、メイをにらむ。
 その間、ずっと考えていた女ハンターは、ある結論を出していた。

 「ギルドを脱退してまで、いつもこうして、人助けをしているんですね?」
 「・・・はぁ?」
 「あ、いいんです。答えていただかなくても。だから、さっきまでも、とぼけてらっしゃったんでしょ」

 突然、ていねいな口調になる。
 ベートは、眉をしかめつつも女ハンターを見る。

 「名誉あるギルドから抜けて、アタシ達のような未熟な者の力になってくださってるなんて・・・尊敬します」
 「・・・バカか、違うっつってんだろーに」
 「あ、はい。そうでしたね。そういう事なんですよね。きっと何か事情がおありなんでしょう」
 「・・・」

 ようやく、あとの二人のハンターが、その女ハンターのもとにやってくる。

 「ナイナ、その人は?」
 「ああ、この方達はね」

 と、ナイナと呼ばれた女は、勝手な説明を二人にしていた。
 途端にベートを見る目が変わった。

 「素敵です、憧れます!」
 「ギルドナイトの地位を捨ててまで・・・」
 「あー、はいはい」

 ベートはもう、面倒になって、三人に背を向けた。
 その視線の先では、メイが激しく回転している。
 誰が見ても、それは狩り。一方的なまでの狩りと呼ぶにふさわしい光景だった。

 「あの」

 ベートの背に遠慮がちな声がかかる。

 「・・・」
 「あのぅ・・・」

 仕方なく振り返るベート。
 無視していたところで、ずっと呼びかけられそうな雰囲気だった。

 「なによ」
 「いえ、その失礼かとは思うんですが・・・」

 三人が、小さな袋をベートに差し出した。

 「なんだよ、これ」
 「あ、いえ、御気を悪くされたら申し訳ないんですけど・・・その、感謝の気持ち、というか」

 ベートが受け取り、中をのぞけば、そこそこの金額が入っていた。

 「・・・」
 「失礼なのは重々承知なんですが・・・でも、そのギルドを抜けられて色々と大変かと思って、その」

 不機嫌な表情から一転して、笑みを浮かべるベート。

 「いや、ありがと。そうそう、大変なんだわ。ギルドの連中も、私達を目のカタキにしててさ」

 不興をかうとばかり思っていた三人が、安堵のため息を漏らす。そして、口々に、

 「そうですよね、お察しします」
 「頑張ってくださいね」
 「本当に助かりました」

 勘違いしたのは、相手の勝手。
 話を合わせるだけで、もらえるものがあるならもらっておく。
 やはり、というか、当然、ベートに遠慮はない。

 「じゃあ、あとは任せて、アンタ達は帰りな」
 「参戦されるんですね・・・え、でも、それ・・・ハンターナイフ?」
 「武器は選ばない主義なんでね」

 その言葉に三人がまた目を輝かせる。

 「わかりました」
 「アタシ達がいたら邪魔になりますものね」
 「すいません。いつかこの恩は・・・」

 ベートは手をヒラヒラと振り。

 「そんなのいいから、行けって」

 三人は顔を見合わせ、一様にうなずき。ベートに向かって、再び礼を言うと走り出した。
 やがて、その背が完全に見えなくなった後。

 「あー・・・世の中、あんなバカばっかりだったら楽なんだがな」

 ベートもまた走り出した。当然、メイには目もくれずに。





 結局、夜通し歩き続け、街についたのは朝だった。
 ベートは暖かくなった懐で、腹ごしらえをするべく酒場に向かう。
 そして、これから先、どうするかを考える。

 「メイの退職金と、メイを売った金、あとは昨夜の臨時収入で・・・」

 それなりに展望は開ける資金ではある。

 「やっぱ楽して生活したいしな。どうしたもんか」

 酒場に入り、あいているテーブルのイスに腰をかけた。
 次の瞬間。
 近くで、食事をしていた女が立ち上がり、走ってくる。

 「・・・」

 ベートは額を押さえる。

 「お姉さま! ああ、お姉さま!」
 「・・・」
 「昨夜はどうしたんですか!」
 「うるさいな、なによ、私のする事に口出し」

 それをさえぎって、

 「毒怪鳥を退治してみれば、お姉さまの姿がなくて、メイは、捜して捜して!」
 「・・・」
 「それで、もしかしたら、近くの街かと思って、そしたら! そしたら、ここにお姉さまが!」
 「・・・あー、そうなんだ」
 「でも、良かったです、お姉さま! ゲカとかしてませんか!?」
 「まぁ、ね」

 ふと気づく。

 「メイ、その食事・・・どうした?」
 「え?」
 「アンタ、金、持ってないでしょ」

 全てベートの懐に収まっている。

 「あ、ええ。毒怪鳥から色々、剥ぎ取って、売ってきたんですよ」

 本当に、ゲリョスを討伐したらしい。

 「全部で・・・いくらくらいになったんだ?」
 「1万ちょっとくらいです」
 「1万!?」

 一晩で稼ぐ金額としては大きなものだ。
 ちなみに昨日、ベートはメイを同じ金額で売り払っているが。

 「石が高く売れるんですよー。たまにしか取れないんですけど」
 「メイ。アンタ、元ハンターなの?」
 「え? 違いますよ」
 「そのワリには、昨日、戦いなれたカンジだったぞ」
 「ああー、それはですね。ウチの田舎には、成人の儀式というのがありまして」
 「成人の・・・儀式?」
 「一人で一角竜を倒して、やっと一人前と認められるんですよ。なので、ずいぶん鍛えられました」
 「・・・メイもそれを?」

 昨日の戦いぶりを思い出し、平然と答えるかと思いきや、メイ首を横にる。

 「無理ですよ、そんなの。だからアタシは半人前で、ハンターにはなれなかったんです。結局、厄介払いされて、メイドとして、あのお屋敷に」
 「・・・アンタ、とりあえず人間なワケね」

 昨日ベートが見る限りでは、たいていのハンターよりも腕はあると感じられた。
 見かけはどう見ても、クマのぬいぐるみとしか見えないが、そんなものでゲリョスを討伐してたのだ。
 しかし、それで半人前とされて、厄介払いとは。

 「・・・とんでもない田舎だな」
 「ですよね。アタシも火竜までは、なんとかなるんですけど・・・落ちこぼれで、皆にイジめられてました」
 「・・・」
 「そんなアタシをお姉さまは、いつもかまってくれて、可愛がってくれて・・・アタシ、すごく嬉しかったんです!」
 「・・・」

 ベートのイジメ、イビリが、可愛がってもらう程度になるほどの過去らしい。
 何人ものメイドが涙とともに屋敷から去っていった実績を持つのだが。

 「・・・ふむ」

 この先、どうするか迷っていたベートだったが、メイを見つつ。

 「メイ」
 「はい?」
 「私はね、困ってる人をほうっておけないんだ」

 その言葉に、メイが顔を輝かせる。

 「ええ、知ってます! お姉さまは優しくて素敵で美人ですから!」
 「・・・あー、そういうワケで、これからは人助けの旅にでようと思う」
 「素晴らしいです! さすがお姉さま! 素晴らしいです、とっても!」
 「メイ、一緒に来てくれるか?」
 「いいえ、いいえ、お姉さま! 来いと言ってください! アタシ、お姉さまのいう事、なんでもききます!」
 「メイ、あんた、いい子だねぇ」
 「えへへ」

 よしよし、と頭をなでる。

 「んじゃあ、残った金は私が預かっておくから」
 「あ、はい、お願いします!」

 ズッシリとした袋を懐におさめ、ベートはメイに。

 「いいか、なるべく困ってるハンターを狙う・・・じゃなくて、助けるんだ」
 「あ、もしかして、昨日もそうだったんですか?」
 「そうだ。メイは賢いな。襲われていたハンターを送ってやったら、メイとはぐれたんだ」
 「そうだったんですか・・・ごめんなさい、アタシ、気づかなくて」
 「ただし、同じ街にはとどまらず、転々とな」
 「どうしてです?」
 「まぁ、色々だ」
 「わかりました! どこまでもついていきます!」

 普通にクエストの依頼を受けて、メイに討伐させるという手も考えた。
 しかし、それでは大した報酬は得られない。
 それならば、他人が弱らせた得物をかすめとりつつ、謝礼金も要求した方が効率はいい。
 場所をかえる理由は、元ギルドナイトを名乗り、相手を信用させる算段だった。
 昨夜の三人は実に、いい事を教えてくれた。
 だがギルドの者が、ギルド以外の者に関与する事は禁じられているらしい。
 同じ場所で稼ぎ続ければ、自分達を聞きつけて本物が調査に来ると危険だろう。

 「・・・いやいや、なんか未来が明るいわ」
 「え?」
 「メイと一緒に、旅ができて嬉しいなって、思ってね」
 「あああああ、お姉さま、アタシも、アタシも嬉しいです!」
 
 ベートは笑って、大事な金づるの頭を優しくなで続けた。 





悪魔と天使 END






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