おとぎ話の英雄 完結編







 ロイエスタルは目をうたがっていた。
 一層と激しくなった火山の噴火とともに、あらわれた黒龍。

 「・・・ありえぬ」

 その数、五頭。
 過去に、複数の黒龍があらわれた事などなかった。

 「ロイエスタル様・・・これは一体・・・」
 
 ギルドナイトも同様に、とまどいを隠せない。
 ロイエスタルは、黒龍達の動きを、少しでも見逃すまいと、凝視している。
 やがて。

 「む!?」

 そのうちの四頭が、さらに高くはばたいた。

 「飛ぶのか!?」

 ロイエスタルは、その四頭の行く末を見る。
 四頭の黒龍は、それぞれが別の道へと、その凶悪な顔を向けた。
 ただ一頭だけは、はばたきを緩やかにして、降り立とうとしていた。

 「・・・各城へ伝達。黒龍が向かっている事を知らせよ!」
 「はっ!」
 「ワシはアレを討つ! 行け! 全員、退避!」

 ギルドナイトはその命令に従い、部下達へ号令をかける。
 一頭、また、一頭と、黒い翼が守るべき国へと飛んでいく。

 「まさか、こんな事態になるとは・・・全員、退避だ、モタモタするな!」

 黒い衣装のギルドナイトは、最後にロイエスタルへ。

 「どうぞ、ご無事で」
 「・・・」

 ロイエスタルからの返事はない。
 ゆっくりと、その姿を大きくする黒龍を凝視したままだった。
 ギルドナイトは深く頭を下げ、邪魔にならぬように、そこから立ち去る。

 (ここまでは予測通りだが、果たして・・・)

 ギルドナイトは黒龍を見上げつつ、ある場所へと走っていった。
 やがて、ロイエスタルだけがそこに残った。
 ゆっくりとこちらへ近づいてくる黒龍。
 夜を裂く火山の噴火の中。
 小さな点だったそれが、やがて大きくなり、羽音が響く。
 それを見上げているうちに、ロイエスタルの体が震えだした。

 「・・・」

 鋭い四本の角、見る者を震え上がらせる深い眼、轟音とともにはばたく大きな翼。
 どれもが力を宿している。老いた人間一人など、造作もなく葬る。
 一層、強い震えがロイエスタルの体に走った。
 そして。

 「くっくっく・・・たまらんな、たまらんよ」

 笑いがこだまする。

 「久しく・・・待ったぞ、この日、この時、この瞬間を!」

 ロイエスタルはハンターだった。
 ただ強さを求め、求めた先にもはや狩るべくものがなくなった、老ハンター。
 ゆえに、その槌の前には、全ての竜が葬られた。むろん、黒龍も。

 「貴様だけだ。貴様だけが、ワシを今だに震わせる、そして、奮わせてくれる!」

 黒龍の瞳がロイエスタルをとらえた。
 ゆっくりと、一人立つ老ハンターへとその頭を向ける。

 「黒龍よ、貴様の相手はここだ、さぁ、早く、早く、早く、降り立て! ワシの前に!」

 高々と両手を上げて、ロイエスタルは黒龍を迎えた。










 第一シュレイド城。
 火山から、いくつもの狼煙が経由され、黒龍出現の報が届いた。
 もう間もなく黒龍はやってくるだろう。
 人が二日かける距離を黒龍の大きな翼は、わずかな時間ほどで飛翔する。

 「メサイア様、ご用意を」
 「まさか五頭とはね」
 「・・・かつてない事です」

 メサイアはポーチの中身を確認し、超滅一門を握りしめる。
 すでに城内に人気はない。
 黒龍は、動く者全てを牙にかける。それは獲物が息絶えるまで続く。
 『龍喰らい』にとって、力なき者は足手まといになるだけだ。
 逆に、その習性を利用して一対一の形を整える。それが『龍喰らい』の戦い方。
 それならば、どちらかが動かなくなるまで、黒龍はここに留まるのだから。

 「アンタも出ていきな」
 「・・・」
 「まだ疑ってるのか? 人質とってまで」
 「・・・謝罪はいたしません。けれど、心からのご武運を」
 「ありがとう、行って」

 ギルドナイトは、深く頭を下げて出て行った。
 メサイアもまた、腰掛けていたベッドから立ち上がり、歩き出す。
 射手のいないバリスタや大砲の備えられた、闘技場ともいえる巨大な空間。
 高い城壁は、いまや黒龍を防ぐものではなく、閉じ込めるもの。
 天を見上げる。雷鳴の轟く夜空は、これからの激闘の舞台に華をそえるように。 

 「・・・たかが」

 メサイアは瞳を閉じる。
 浮かんでくるのは、双子の笑顔のみ。

 「たかが龍一匹。今の私が負けるはずない」

 無意識に笑みを浮かべていた自分に気づいて、メサイアはその笑いを苦笑にかえた。

 「昨日まではあんなに恐れていたのに。これが戦う意味を見つけたハンターってものなのかな」

 師匠とは違う理由。けれど本質は同じもの。

 「師匠、私を褒めてくれるかな?」





 城にはメサイアを隠れて見守る、二つの影があった。

 「また師匠に嫌われるかもしれないね」
 「イリアは嫌われてもいい」
 「サリナもだよ。だから」
 
 姉妹は手をつないだまま、うなずく。

 「師匠と一緒に街に帰ろう。師匠とサリナとイリアが一緒なら」
 「黒龍なんて、怖くない。なにも怖くないよ」

 二人は片手に互いの分身を握り締め。
 残る手に剣を握り締めて、愛する師匠の背を目指して走り出した。










 第二シュレイド城

 「さて、皆さん、いきましょうか」

 アリエステルは、蒼く光る龍壊棍を背にして立ち上がった。

 「あいよ」
 「うん」

 リンは繚乱を、ミラは黒龍剣を手にしていた。

 「しっかし、コレ、すごい剣だよねー」

 ミラは自分の腰にある剣の柄をポンポンと叩く。

 「ホントにもらっていいのかな?」
 「命をかける報酬なら、それくらい同然じゃないの?」

 リンもまた、先日、手にしたばかりの銃の動作を確認しながら立ち上がった。

 「簡単ながら作戦の確認をいたしましょう。まず私が黒龍の注意をひきます」
 
 二人はうなずく。

 「その後、お二人は遠距離攻撃をお願いします。ミラ、バリスタの弾はもちましたね?」
 「大丈夫だよー」
 「リン、拡散弾や毒弾などの準備はどうですか?」
 「まかせといて」
 「では」

 コホン、と咳払いをしたアリエステルは。

 「貴女達に出会えた事、私は本当に幸せだったと思います」

 その言葉を受けた二人は、目をしばたかせて。
 同時に笑った。

 「迷惑かもしれないけど、アタシ達はアリスを姉さんみたいなもんだと思ってる」
 「うん、ボクも。たまに怖いけど、でも・・・そのキライじゃないよ。ウソ、好きだよ」

 命を賭けての激闘を前にして、二人は心からの言葉でアリエステルに応えた。
 
 「貴女達・・・」
 「姉妹なら一緒にいても当然だろ、姉貴」
 「そうだね、これからもよろしくね、アリス姉ちゃん」

 アリエステルは、浮かび上がる涙をぬぐい、一言。

 「お姉様と呼んで下さい、姉貴や姉ちゃん、など私には似合いませんわ」
 「・・・」
 「・・・」

 三人は誰ともなく笑いだした。

 「さて、参りましょう」
 「おう!」
 「うん!」

 血のつながりのない、けれど強い絆の三姉妹は、黒龍を待ち受けるべく広場へと降り立った。










 第三シュレイド城、広場。
 
 「やっぱりねー、こうなるんじゃないかと思ったのよ」

 すでに無人となった城の中、メイラは黒い夜空を見上げる。
 昨日のギルドナイトとの会話の空気でわかったが、やはり『龍喰らい』はこなかった。
 メイラとしては、とっとと逃げ出してもいいのだが、アザァが絡んでいるとなると別だ。
 もしアザァがギルドに飼われるような事にでもなれば、ここで情報を得ておかなければ二度と会えない気がする。
 かつて見た夢が思い出される。

 「颯爽と現れてアタシを守ってくれないかなぁ」
  
 その可能性はないとわかっているが、期待してしまう。

 「黒龍ねぇ・・・勝てるわけないじゃないの」

 相手は伝説。
 そしてメイラの手には、その伝説の龍の体を使った武器があった。

 「黒滅龍槍、か。たいそうな名前。だけど、それだけのモノってカンジよね」

 手にしているだけで、黒い力が感じられる。人では到底、手に入れられない、得体の知れない力。
 それが心地よい。
 恐怖を知らないものは、死ぬ。
 恐怖に囚われたものも、死ぬ。
 けれど、恐怖を消し去る力が、この武器にはある。
 危険だと思う。
 人が龍に勝つには、その恐怖を感じる事で、九死に一生を得る事ができるからだ。
 命綱ともいえる恐怖を消し去ってしまう、このランスは持つべきではない。
 しかしメイラはそれでもいいと思う。
 恐怖よりも戦いに必要なものは闘争心。それこそが人の牙。

 「ま、やるだけやってみるけどね。愛する人を追っかけるのも大変だわ」

 軽口を叩いてしまう。
 不安と恐怖と。
 そして期待。
 いざ、戦いを前にしてメイラは思う。

 「ハンターって馬鹿ばっかり。だから早死にするんだわ」

 メイラもまたハンターの業から逃れられない、強き者だった。











 第四シュレイド城。

 「いいですね、ティティさん。絶対にここから出ないでください。約束です」
 「う、うん」

 控えの間で、念をおされたティティが、今までにないゴルドーの迫力にうなずくしかない。
 直前になって、自分も手伝うと言うつもりであったが。
 今、ゴルドーが手にしているランスを見て、何もいえなくなった。
 禍々しい雰囲気をまとった槍の名は、真・黒龍槍。
 生き物としての本能が、この武器を嫌悪する。
 ティティは目をそむけた。長く見るものではないと思った。
 だが、これほどの武器でないと、伝説には対峙できないのだ。
 自分のゲイボルグでは、何もできないだろう。

 「では行って来ます。なに、心配は無用です。私は過去、二度、あの龍を葬っていますから」
 「え?」
 「それでは」
 
 ゴルドーは笑って、出て行った。
 ティティは言葉を失う。
 愛する家族が暮らし、弟子の眠る街を守るためといったゴルドー。

 「・・・結局さぁ」

 ティティは、アザァ、そしてメイラを思い起こす。

 「英雄ってのは、戦う為に理由をつけるんだよね。家族の為とか、恋人のためとか。二の次なんだ」

 最後に笑ったゴルドーは、力強く感じた。背中に感じたものは、戦いを悦ぶ男のものだった。
 ティティには、それが悔しくてたまらなかった。自分と彼らと、明らかな違いを感じていた。

 「戦いをやめるのは、ゴルドーさんじゃなくて、アタシの方みたい」

 ティティはゲイボルグから手を放し、その手で自分の体を抱きしめてうずくまる。
 どこからか泣き声が聞こえた。
 それが自分のものだと気づくのは、しばらく時間がかかった。








 火山、その奥深く。
 一人のハンターが、両手に剣を持ったまま、体を休めている。
 そこへ黒装束のギルドナイトが駆けてきた。

 「お待たせしました」
 「ああ、アンタか」

 そのギルドナイトは、ロイエスタルに仕えていた者だった。

 「どうですか、それは使えそうですか?」

 若者が持つ武器は、双剣。蒼と紅の輝きを放っている。

 「ああ、気に入ったよ。趣味じゃないと思ってたが、使ってみるといいものだな」
 「それはなにより」
 「で、どうだったんだ?」
 「ええ。やはり六頭。今は、それぞれが各個撃破の構えです」
 「・・・大丈夫なのか?」
 「おそらくは。ロイエスタル様はもとより、各城には、英雄と呼ばれる者ばかりです」
 「ギリギリそろったと言ってたわりには、運がいいんだな」
 「ええ。今回ばかりは、本当に亡国の危機でしたが」

 若者は空を見上げる。
 ロイエスタルという老ハンターが相手どる黒龍が、宙の一点で浮遊している。
 おそらく、その下にロイエスタルがいるのだろう。

 「じゃあ、行こうか」
 「ええ・・・『黒き灼熱』」
 「しかし、俺でよかったのか? 他の『龍喰らい』に行かせた方がよかったんじゃないのか?」
 「ご謙遜を。貴方の力はおそらく今回のメンバーの中でも最強と私は判断しました」
 「・・・それに、伝説と戦う機会をくれたのは嬉しいが、所詮、オレは野良のハンターだ。ギルドに入る気もないぞ」
 「それも含めて、ですよ」
 
 ギルドナイトが笑う。

 「『黒き灼熱』、あなたに出会えて、本当に良かった」
 「なんだ、それ」
 「貴方ならば、死んだところでギルドに損失はない。しかし他の者たちはギルドに入る可能性がある」
 「捨て駒か」
 「ええ、そんなところです。なぜ英雄『龍食らい』を、さも一人と民衆に思わせ、その名が明かされていないかわかりますか?」
 「さぁな」

 アザァは興味がないとばかりに、肩をすくめる。

 「『龍喰らい』は死んではならないからですよ」
 「・・・なるほど。欠けたら、何事もなかったように代わりが入るってコトか」
 「ええ。今回も何人かは死ぬことでしょうね」
 「・・・黒龍とうまく相討ちになるとは思えないがな」
 「城外には、身を潜めた我々ギルドナイトのガンナー部隊が多数、配備されています」
 「弱ったところを叩く、か。なら、なぜ最初からそうしない?」

 当然の疑問だった。
 ギルドナイトは目をそらす事なく。

 「最初から多数の人員を投入しても、無差別な攻撃を受けるだけです。最悪、逃げられる事もある。黒龍の習性を利用し、確実に葬るならば『龍喰らい』による一対一が最も理想なのです」
 「過去からの教訓か?」
 「我々とて、無駄に命を落としてきたわけではないのです。そして『龍喰らい』は、おとぎ話なんですよ。決して崩壊してはいけない、大切なものなのです」
 「国の為か?」
 「国を守るだけではなく、そこで暮らす人々の心の平和も守らなくてはいけません。自分達には、絶対の力を持つ『龍喰らい』がいるのだと」
 「ご苦労な事だな」
 「・・・」
 
 アザァは立ち上がり、ギルドナイトとともに、火山を登っていく。
 ギルドは今回の黒龍複数出現を、以前の調査により予測していた。
 その時、確認された黒龍は六体。
 うち五頭は、すでに飛び立つ寸前の状態だったが、その調査隊によりかろうじて傷を負わせ、足止めする事はできた。
 代償は調査隊に同行していたギルドナイト数十人と、対黒龍用の武器を持たないまま挑んだ『龍喰らい』三人の命。
 それは三つの空城ができた事を意味する。
 その空城を埋めるべくギルドナイトは各地に飛んだ。
 次なる『龍喰らい』と、英雄を集め始めたが、少ない時間では充分な成果はえられなかった。
 最悪、空城には多大な犠牲を覚悟してギルドナイトを配置し、黒龍を弱らせ、国を焼土にしての本土決戦まで考慮されていたのだが。
 報告によれば、『銀の疾風』が第三シュレイド城にいる。これは幸運というほかはない。
 そして、報をだしておいたロイエスタルの娘も、協力者とともに、第二シュレイド城で迎撃体制にある。
 第一、第四には『龍喰らい』のメサイア、そしてゴルドー。
 ある程度、不安が残る部分もあるが、今は、これ以上はないと言える布陣となった。
 そして、六体目の黒龍。
 これに『黒き灼熱』をぶつける。
 国を犠牲にしても、この龍だけは、ここで仕留めなくてならない。
 あえて空城を増やしても、その判断はかわらなかった。
 この龍の為に控えているガンナー部隊は、各城の数倍の規模だった。

 「一つ、いいですか、『黒き灼熱』」
 「ん?」
 「正直、今回の話を受けていただけるとは思えませんでした。命がけの戦いの上、貴方にはメリットがない」
 「・・・ああ、そうだな。アンタとそう違わないさ」
 「それは一体?」

 アザァは、頭をかきつつ。

 「あの国には、俺を好きになってくれた人達がいるらしいんだよ。いつものように、すぐに逃げてきたんだが」
 「・・・人達、ですか」
 「何か言いたそうな顔してるぞ」 
 「『黒き灼熱』。女遊びが激しいという噂は本当でしたか」
 「それは間違いだ」
 
 キッパリと真顔で返すアザァ。

 「では、そういう事に」
 「ったく。ま、好きになってくれた女くらい守りたいし。俺も彼女達が・・・いや、彼女が好きだからな」
 「ずいぶんと青臭いですね」
 「俺もそう思う。けど戦う理由なんて、どれも似たようなモンだろ。大して意味ないさ」

 ギルドナイトは思う。
 泥をかぶっても、人々を守る高貴な使命。
 けれど、それは自分が誰かの悲しむ姿を見たくないから。
 幸せな国と街と、そこで暮らす人々を守りたい。
 なぜか? そう自問する。
 誇りある人生を歩みたいから、かもしれない。

 「・・・そうかもしれませんね。突き詰めれば自分の欲求の為かもしれません」
 「他人の耳に心地よい理由を無理に探すよりは、自分の心に正直でいたいと思わないか?」
 「ははは。貴方は実に、本当に面白い・・・」
 
 二人は、歩いていく。
 赤き鱗をまとう、龍のもとへと。










 数日後。
 守られた国、守られた街の人々は、ギルドからの報により災厄が現れた事を知った。
 第三シュレイド城に現れた黒龍は『龍喰らい』の圧倒的な力により、黒龍を葬ったと発表された。
 現在は黒龍の死骸と、その頭部に突き刺されたゲイボルガが『龍喰らい』を称えるために公開されている。
 伝説の龍を葬る『龍喰らい』は健在であると、人々は歓喜した。
 そして、名もなき英雄『龍喰らい』は、またおとぎ話の世界へと帰っていった。
 他の城の整備はまだ続いており、現在も立ち入り禁止となっている。
 その間に、表向きは存在しない黒龍の骸がギルドの手により引き上げられ、同時に鍛冶場や工房から、名工達が秘密裏に集められた。








 『龍喰らい』のおとぎ話。
 それはまた、色鮮やかに蘇り、また語り継がれる事となった。
 そして『龍喰らい』は姿を消した。
 おとぎ話の最後は、いつも決まっている。

 黒龍とともに『龍喰らい』は現れる。

 またいつか、黒龍が現れた時。
 『龍喰らい』は、どこからとなく現れる。
 だれもその名を知らない英雄が。





おとぎ話の英雄 END






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