砂場で遊ぶ大人たち 後編






 「で、どういう事?」

 私は例のゲームセンターに戻っていた。
 どうやら、あの若い三人組がまだ、このゲームセンターに用事があるらしく。
 酔いすぎた彼らをほっておくわけにはいかないと彼が言い、仕方なく承知した。

 「私との約束を破って、あの子達と飲んでたの?」
 「いや・・・そういうわけじゃ・・・いや、そうだよね、ごめん」

 言い訳をしないところは彼の長所の一つ。
 けれど、こういう時には、何か言って欲しい。

 「・・・私と会うのがイヤだったの?」
 「そんなことない。それは違う」

 それだけはハッキリと言ってくれた。
 それだけで、安心してしまう私がいる。
 ずいぶんと簡単な女だと思うけれど、私はそんな自分が嫌いじゃない。
 もっとも、浮気かも・・・という心配がなくなったからの余裕かもしれないけれど。
 かと言って、簡単に許してしまうの、釈然とない。

 「じゃあ、なんで?」
 「それは・・・その」

 と、そこへ。

 「あ、『かんな』さん、ちわっす」
 
 金髪キンキラの子が彼に挨拶をする。
 軽く手をあげた手首には、ジャラジャラとシルバーのアクセサリーが音を立てている。

 「やあ」

 彼も笑いかえす。
 ちなみに、これで三人目だ。
 それにしても、人種がバラバラというか、なんというか。
 それよりも、私の知らないたくさんの人と知り合いというのが意外だった。
 彼はなんというか、内向的で、あまり人と話さない。
 内気というよりは、人見知りするタチだ。
 加えて、ああいった人・・・見かけで判断するのは良くないけれど・・・

 「意外。ああいう人とも知り合いなの?」

 口にしてから、しまったと思った。
 つい意外さから出た言葉だったが、彼はやはり。

 「君こそ、意外だな。そんな言い方。気のいい子だよ」

 わかっていた。
 彼が人の悪口や、そういった事を嫌う事を。
 普段の私なら、素直を謝っていたが、今は違う。

 「と、とにかく、どうして、こんな所にいたの?」
 「・・・それは」
 
 と、また来客だ。

 「『かんな』さん、さっき、スゴかったですね」

 これまた若い男の子。
 ・・・どこかで見た事ある顔だ。それも、つい最近。
 しかし、なぜかみんな、彼を『かんな』と呼ぶのはなぜ?

 「あいつら、見ました? 台パンしてきましたよ? アホすぎ」
 「君もなかなかすごかったよ」
 「いやー、まぁ、店員として当然っすよ」
 「そのわりに最後の言葉はきつくなかった?」
 「アレは、ここの銅カップとしてですって。さすがに金カップには負けますよ」

 ああ、あの店員の子だ。
 どうやら仕事が終わり、私服に着替えていたためか、気づかなかった。
 ん・・・?

 「金カップ?」

 さっきのドラマで、なんとなく金・銀・銅の順番で強いのはわかった。
 けど? え?
 私の疑問に答えるように、店員の子が、

 「ああ、『かんな』さん、ここの金で。トップなんすよー」
 「トップ?」
 「まぁ、一番、強いってコトです」

 彼が、どこかあわてたように。

 「彼女、ゲームやらないからそんな話は・・・」

 なぜか疎外されたような感覚。
 私も、自分では平気なつもりだったが、やはり酔っていたようで。

 「テトリスくらいできるわよ」
 「いや、まぁ・・・」
 「それに金が一番、強いんでしょ。私にもそれくらいわかるわよ。実際に見てたし」
 「見てた?」

 店員の子がポン、と手を叩く。

 「そういえば、いましたね、さっき」
 「いたわよ。見てたわよ、あの子達の漫才とかも」

 私は例の戦うゲームをやっている若い三人組を指差す。

 「祥子ちゃん、落ち着いて!」
 「本日の二枚目ー、いっきまーす」
 「きゃーーーーーーーーーーー!」

 またやっていた。

 「ちょうど、今と同じ事をやってたわ。本当なら映画を見てる時間に」
 「・・・」

 第三者から見れば、かなり険悪な雰囲気だったのか。
 店員の子は、

 「じゃ、じゃあ、そーゆーコトで」
 「・・・」

 彼のすがるような、それでいてあきらめたような表情。
 今日は、普段なら見れない彼の珍しい表情をよく見る。

 「・・・そう。俺、ここで遊んでいた」
 「私の約束より大事なの?」
 「・・・違う。けど、ごめん」

 まるっきり、平行線だ。
 事情があるならあったで、説明すればいいのに。
 私だって、一年近く、つきあってるわけじゃない。
 理由もなく、私をほったらかしにしたわけじゃないだろう。
 でなければ、さっき、私と会うのがイヤなの、と聞いた時、あんなにハッキリと否定できないはずだ。  
 けれど、事情を説明する事すら言い訳になると思っているのかも。
 男らしいというか、なんというか。
 私は無意識に笑っていた。
 いつもは、頼りになる彼。
 優しくて、大きい彼。
 タバコの煙をくゆらせ、私に微笑む姿がとても様になっている彼。
 そんな彼が今、私に怒られている。
 それも、ゲームで遊んでいたという理由で。
 タバコも吸わず、テーブルに置いた缶コーヒーのフタもあけず。
 ただ、宿題を忘れた小学生のように、シュンとなっていた。
 もう、どうでもよくなってしまった。

 「ふぅ、もういいわ。でも、二度目はないからね」
 「あ・・・うん、ゴメン」
 「ほら、行きなさいよ。なんか、みんなこっち見てるわよ」

 私が指差すと、さっきの店員の子を頭にして、口々に話している。

 「なんかヘンなコト、言いました?」
 「うーん、さっきのは失言だったのかなぁ」
 「私にはゲームの事をわかりませんが、って言っとけばよかったんだよ」
 「あと、腹避けとか」
 「しつこいなオメーら」
 「名言ですから」
 「語り継ぎますから」

 私はなんともいえない気分になる。
 普段、あまり交友半径の広くない彼に、こんなに視線が集まっている。
 
 「ほら、早く行って」
 「君は?」
 「ここで待ってる・・・それにちょっと興味がわいたわ」
 「・・・ゲームに?」
 「ううん、ゲームをしてるあなたに」
 
 彼の顔が赤くなる。恥ずかしがってるのか、照れているのか。
 そして彼が、自分を待つ集団に溶け込むのを見て、私は、カフェオレのフタを開けた。
 集団に迎えられた彼は、とても無邪気に笑っていた。

 「さっき、俺、まずかったッスかね?」
 「うーん、どうだろうね。でも今日は手加減しないから」
 「げー・・・またポイントが・・・」
 「恋人ですか? 美人ですねー」
 「さぁねー。せっかくだから、今日は新キャラ使おうかな」
 「らっき、試合になる!」

 なんか。

 「子供ですよねー」

 突然、近くから声がして、私は振り返る。
 女の子。あの子だ。祥子ちゃん。

 「あ、どうも初めまして。斉藤って言います」
 「はぁ・・・」

 斉藤、祥子ちゃん、か。
 でも、何で私に声をかけて?

 「ここ、いいですか?」
 「あ、はい、どうぞ」

 私の前に座った彼女は、ブラックコーヒーの缶を持っていた。
 それをチビチビと飲み。

 「初めてで、こんなコトを言うのは、おせっかいだと思うんですけど」
 「え?」
 「あの人、彼氏ですか?」

 確かに初めて会った人に、こう面と言われると恥ずかしい質問だ。

 「ええ、一応・・・」
 「で、今日、デートの約束をしてたんですよね」
 「何で知ってるの?」
 「一週間前に相談されましたから、私」
 「相談?」

 なんだか話がわからくなってきた。

 「あ、勘違いしないでくださいね、別にとってやるとかそんなじゃないですから」

 私が考え込んだのを見て、勘違いしたのか、彼女を手を振る。

 「一応、私にもアレがいるんで」
 
 彼女の視線の先には、泣きながら自販機にお金を入れるあの横山君がいた。
 そして自販機から出てきたカードを持ってゲームの台へ。
 
 「話、戻しますね。今日はなんか大切な日だったとか?」
 「大切な日?」
 「それで、どう祝ったらいいか、女の私に相談してきたんですよ」
 
 大切な日? 私は誕生日じゃないし、彼も違う。
 何かあったかな?

 「で、結局、私は、最初の日と同じようにしたらと言ったんですよ」
 「同じように?」
 「ええ。初めてのデートと同じように、映画を観たらって」

 あ・・・
 言われてみれば、確かに最初のデートをしたのは、去年の今日。

 「・・・もしかして」

 女のカンは鋭く、そして私も女のハシクレ。

 「もちろん、覚えてるわ」

 そう言って笑った。

 「・・・」
 「・・・」
 「そうですよね、忘れるわけないですよね」

 祥子ちゃんに、私の嘘が見破れなかったのは、女として生きた時間の違い。
 などと、心の中でカッコつけた所で、どうしようもない。
 完全に忘れていた。

 「で、色々と準備してたんですよー。それでアイツラのせいでオジャン」
 「あいつら?」
 「ちょっと評判の悪いチームが、ここに来て勝負しろって」

 祥子ちゃんは、怒りを思い出すように、コーヒーをタンッとテーブルに置く。

 「それも本当は明日の予定だったのに、向こうの・・・」
 「勝手な都合で繰り上がって今夜になったのね」
 「・・・なんで知ってるんですか?」
 「たまたま観てたのよ。一部始終。まさか彼がその時の相手とは思わなかったけど」

 私はクスリと笑って。

 「斉藤さん・・・祥子ちゃんでいいかな?」
 「・・・私の名前を知ってるってコトは・・・」
 「あっちが横山くんで、もう一人が永島君で。15枚折ったんでしょ、カード」
 「・・・見てたんですね」

 カァと赤くなる祥子ちゃん。

 「まぁ、それなら話が早いです。で、ここのゲーセンの人達に頼まれて」
 「勝負を受けて、来たのね」
 「そういうコトです。かと言ってデートの約束より軽いとか重いとかじゃないんですよ」
 「わかってるわ。頼まれればイヤとは言えない人ですもの」

 祥子ちゃんが、ふと笑う。

 「それだけじゃないんですけどね。私達には多分、一生わからない世界だから」
 「男の世界ってやつ? たかがゲームなのに?」
 「たかがゲーム、されどゲームですよ。喧嘩にもなれば・・・」

 祥子ちゃんは、横山君を眺め。

 「赤い糸を結ぶことも・・・」
 「へぇー」

 どうやら、このゲームセンターの中では、私より祥子ちゃんの方が人生の先輩らしい。

 「じゃあ、あの横山君ともゲームで?」
 「い、いや、まぁ、他人の話ですよ、どっかで聞いた話!」

 慌てる祥子ちゃんは、やはり年相応に可愛い。

 「『かんな』さん、すごく楽しみにしてたんですよー」
 「・・・」
 「プレゼントはもちろん、デートコースも私と綿密な打ち合わせをして・・・」
 「ねぇ、祥子ちゃん?」
 「はい?」
 
 私はさっきからの疑問を口にした。

 「なんで彼って、『かんな』って呼ばれるの?」
 「ああ、それはですね。あのカードにゲームで名乗る名前を登録できるんですよ」
 「それが『かんな』? 変な世界ね。パソコンおたくみたい」
 「ぐ・・・い、いや、まぁ、一般の人には確かにそう見えても仕方ないか・・・」

 また感じる疎外感。

 「けど、実際、ここで会うだけの人達ですから、自己紹介するってのもヘンですし」
 「え、じゃあ、みんな名前とか知らないの?」
 「まあ、私達は知ってますけどね。でもたいていは、『かんな』さんですよ」
 「つきあいが長くても?」
 「逆に長ければ長いほど、定着しちゃいますね。でも『かんな』さんの場合は・・・」
 「ほんど本名ね」

 神無月 恵一。
 それが彼の名前。
 
 「そういう人もいますよ。本名を知らなければ、わからないですし」  
 「ま、いいけど」

 私は足をブラブラとさせて、祥子ちゃんを見る。

 「けど、デートっていつもゲームセンター?」
 「いやまぁ、さすがそれはないですけど。けど、ふらっと寄れるじゃないですか」

 言いたい事はわかる。気合入れてメイクとか、そういう面倒はなさそう。

 「それにデートだと・・・まぁ、普通の男性だと、ちょっと休んでいこうか、とか」
 「ああ・・・まぁね」
 「私、アレと付き合い始めてまだ、そんな経ってないし・・・今の状態もいいかなぁと、って私、なにを口走ってるんだろ・・・」

 照れてる照れてる。

 「それに、アレの友達とかの輪の中にいるのもなかなか楽しいですよ」
 「男の世界ってヤツね」
 「ま、そんなにたいそうなものじゃないですけど、そんなカンジです」
 「少し・・・いいかも」

 私は呟いて。

 「私もやってみようかな・・・ゲーム」
 「え?」
 「ん、だからアレ」

 私は、恵一や横山君たちが遊んでいるゲームを指差した。
 祥子ちゃんの額に、汗がひとすじ。

 「あの・・・ゲームって、なんかやったことあります?」
 「テトリスならできるけど」

 というか、これしか知らない。

 「う・・・せめて、ぷよぷよとか、パズルボブルとかは・・・」
 「ぷよぷよは知ってるよ、スライムのゲームでしょ。ドラクエの」
 「う・・・」

 私は何か間違った事を言ったのだろうか。
 
 「あの・・・えっとー」

 祥子ちゃんが私を見て、

 「あ、ゴメン。私は、辰野加奈子よ」
 「じゃあ、加奈子さん?」
 「ええ、いいわよ、それで」
 「ハッキリ言って、あのゲームはムリです。無茶です、無謀です」
 「・・・そうなの?」

 私は再び恵一に目をやる。
 ペチペチとボタンとレバーを滅茶苦茶に動かしてるだけだ。
 ボタンも三つしかない。他のゲームを見れば6個あるものもある。
 比べれば、多少は簡単そうに見える。

 「いいですか? あのゲームはバーチャファイター4エボリューションと言います」
 「長い名前ね」
 「たいていはバーチャと呼びます」
 「ばーちゃ、ね」
 「バの部分がアクセントです。今の加奈子さんの呼び方だと、おばあちゃんですよ」
 「ばーチャ」
 「バーチャ」
 「ば、バーチャ」
 「そんなカンジです」

 なんかゲームをやる以前の問題がしてきた。
 やっぱり、

 「やめとこうかな」
 「いえ、せっかくその気になったんなら、私、手伝います!」
 「そ、それは嬉しいけど・・・どうして?」
 「私、いつも女一人でさみしーんですよー」
 「ああ・・・でも男の世界なんでしょ?」
 「確かに熱い世界ですけど、暑苦しいのも事実なんですよー」
 
 まぁ、そういうものなのかもしれない。

 「・・・そうね。じゃあお願いしようかな。でも、多分、出来の悪い生徒よ、私」
 「う・・・それは、もう覚悟してますから・・・でも一月で強くさせます!」
 「一月・・・で?」

 一ヶ月で、男の世界の仲間入りか。興味あるし、いいかも。

 「はい。ただし、毎日、ここじゃないゲーセンで練習です!」
 「一月・・・も?」
 「場合によっては、それ以上です!」

 言うんじゃなかった・・・

 「でも、別にここでいいんじゃないの?」
 「やっぱり秘密の特訓ですよ、こーゆーのは!」
 「別に秘密にしなくても・・・」
 「でも、『かんな』さん、秘密にしてましたよ、ゲームのコト」
 「・・・そうね」
 「まぁ、わかりますけど。アイツもそうだったし」
 「ふーん、さすがこの世界で先輩の祥子ちゃん」
 「とにかく、明日から駅前のゲーセンに来てください。時間は夜の八時から閉店まで!」
 「四時間も!?」
 「ちなみに金曜と土曜の夜は、できる限りうちに泊まってください。特訓です!」
 「そ、そこまでやらなくても・・・」
 「じゃあ、やめますか?」

 コロっと態度が変わる祥子ちゃん。まるで、私の事なんてどうでもいいと言った感じに。

 「や、やるわよ! なによ、たかがゲームでしょ!」  
 「じゃあ、決まりですねー!」

 態度がコロッと戻った。
 騙された。駆け引きという点でも、私より経験豊富かもしれない。

 「でも、けっこう熱血なのね、祥子ちゃん」
 「・・・最近、それ気にしてるんですよ・・・アイツの影響かも・・・」





 そして一ヶ月。
 私は、バーチャカードを手に、発端となったゲームセンターへと来ていた。
 隣には祥子ちゃんの微笑み。

 「一ヶ月で九段・・・称号こそ届かなかったものの、強くなりましたよ」
 「うん。祥子ちゃんのおかげ。アリガトね」
 「いいですか、まずは態度です。強気な態度でお願いします!」
 「でも私、大根役者だと思うけどなぁ」
 「自分を信じて、さぁ、行きましょう!」

 自動ドアをくぐり、プライズコーナーを通過して、バーチャの台のある一角へ。
 すでに店内には、恵一が待っていた。
 用件は伝えてある。
 バーチャの台で対戦していた彼は、私に気づくと笑った。

 「た、対戦中に余裕ね」

 祥子ちゃんに言われたように、そりかえって威張るようにしてみる。

 「なんか、変わったね・・・加奈うっぷ・・・」

 私は恵一の口を手でふさぐ。

 「お、おーと、ここでは私は『かなん』なのよ、『かんな』さん」
 「・・・リングネーム?」
 「そ、そうよ、文句ある?」
 「ほとんど本名と変わらないよ・・・」
 「あなたもそうじゃないのよ。ご、ごたくはここまでよ」

 ずんずんと私は恵一の座る台の反対側へ。
 ギャラリーはたくさんいるが、誰も恵一に乱入していない。
 私が台の座り、祥子ちゃんが横に立つ。

 「いいですか、最初、あのメッセージで『かんな』さんはビビります。そこをつきます」
 「ええ。実力は、まだまだ敵わないからね」 

 一方、恵一側の方へ、横山君が走っていく。
 永島君はどっちについたらいいか迷い、結局、二台の境目に立っていた。

 「『かんな』さん、気をつけてくださいよ」
 「え?」
 「あのバカ女、ここ一ヶ月、プチ遠征までしてましたから。彼女さん、マジで強いかも」
 「ふーん・・・楽しみだな。加奈・・・『かなん』、強くなれたのかな?」
 「はっはっは、まぁ、でも所詮、女っすからー」

 ・・・ムカッ。
 今ならわかる。
 かつて、祥子ちゃんが、この言葉に怒り狂った事が。

 「じゃ、やるよ、祥子ちゃん」
 「がんばって!」

 コインを入れて、カードを挿す。

 「え?」

 まず恵一の意外そうな声。
 そして、周りにギャラリーから

 「マジか」
 「へー」
 「・・・似合わないなー」

 私のキャラを見ての感想が口々にもれる。
 見れば、あの店員の子まで見ていた。
 しかし、この人の集まりようは・・・

 「祥子ちゃん、なんかヘンじゃない?」
 「ですねー、様子がおかしいですよ・・・ねぇ、永島君?」

 突然、声をかけられ、永島君が、明らかにうろたえる。

 「え? 何も知らないって俺!」
 「知ってるじゃないのよ、その顔は! ベネ、折られたいの!」
 「べ、別にたいして知らないよ。ただ横山が男のプライドにかけて・・・」
 「本当はなによ! 私はマジで折る女よ!」
 「ほ、ホントは横山がみんなに今日の事を話したら、集まっちゃっただけ!」
 「また余計な事を・・・それだけ!?」
 「いや現在、9対1で賭けが成立してたりするけど・・・」
 「賭けてんの!?」
 「金じゃないよ、『かんな』さんが勝ったら、みんながジュースをおごるだけ」
 「『かんな』さんが負けたら?」
 「それは・・・」

 会話が終わる前に、試合が始まった。
 開幕のメッセージが、表示され。



 よろしくお願いします     |本気だしたら別れます(怒) 



 左が恵一、右が私だ。

 「うあ・・・」

 恵一がひるみ、同時に巻き起こる周囲のざわめき。

 「アレ、マジか」
 「き、汚い・・・」
 「こりゃーヤバイなぁ」

 そして試合が始まり。
 やはり動揺していたのか、開幕バックしゃがみダッシュの安定行動。
 完全に祥子ちゃんの読みどおり。
 私のキャラが先読みでの迷いないダッシュで追いかけ。
 鮮やかすぎるほど華麗に決まる、マシンガンニー。

 「マジか!」
 「ありえねー!」
 「つーか、女でジェフって、なによ!?」
 「いや、けっこういるぞ、実は」
 「そーなん?」

 問題はここから。
 ある程度の知識と技術は身につけたものの、恵一には届かない。
 下Pからの攻防などでは、格が違うだろう。
 それなら頼るのは一発しかない。
 ヒザと、遅らせスプラッシュ。これが今の私の武器。
 1ラウンドは、開幕からの勢いと、メッセージでの動揺で奪取した。
 2ラウンド目。
 私はバックダッシュ。
 恵一は・・・しゃがみバックダッシュ。
 祥子ちゃんの予想では下Pやスライサーで動きを止めるかも、と言っていたが。
 さすがに同じ動きはないと読んでのバックダッシュだろう。

 「距離とられちゃマズイです、ヒザの射程までいかないと!」
 「う、うん」

 あわててダッシュをかけるが、これをセットアップでとめられる。
 フラが来る。
 あわてて腹側へ避け、ヒザを入れ込むが、避けをガトリングで吸われる。

 「『かんな』さん、狙ってましたねー。即避けってのは所詮、初心者ー」

 ヒククッ・・・!
 横山君の声が、なぜか心の底から腹正しい。
 結局、起き上がりの読み合いに負け、2ラウンド目は落とした。
 この時点で、私はかなり弱気になっていた。

 「し、祥子ちゃん、なんか負けそう・・・」
 「まだタイですよ、がんばって!」

 とは言うものの、なんというか、予感がするのだ。
 この一ヶ月、祥子ちゃんに連れられて、色んなゲームセンターで対戦したけど。
 強い人とやると、こういう感覚が私を襲う。
 画面越しに伝わる強さ・・・直感、というものだろうか。

 「始まってますよ!」
 「え、あ・・・」

 慌てて、私はバックダッシュ。
 そこを追いかけ、恵一がフォーリンエンジェル。
 見事にやり返された図式だ。
 私は、さらに慌てる。ただの起き上がり蹴りはガードされ、またも投げられる。

 「落ち着いて!」

 言われれば言われるほど、慌ててしまう。
 結局、勢いに飲まれたまま、ラウンドをとられる。
 2−1。あと一本で私の負けだ。

 「加奈子さん・・・がんばって!」

 まるで自分の事のように・・・
 いや、それ以上の何かを感じるほど懸命に応援してくれる祥子ちゃん。
 なにか・・・とても嬉しい。
 それを見て、フ、と、私は肩の力が抜けた。

 「うん。まだまだ。取り返すよ!」
 「その調子!」

 鈍かった私のジェフリーの動きが戻る。
 確実に二択で攻める。三回入ったスプラッシュ、けれど二回は抜けられる。
 けれど、抜けた後の反撃は安い。
 私はとにかく入れ込みのスプラッシュと、ごくまれにヒザを混ぜて攻め立てる。
 抜け方向はわかっていても、これだけいれていけば、ガードがちになる。  
 結局、タイムオーバーで、ギリギリ私の勝ち。
 そして最終ラウンド。
 
 「・・・!」
  
 祥子ちゃんが隣で何か言っているが、集中しているため、聞き取れない。
 そして最終ラウンドが始まり。 



 私は勝った。



 経過は覚えていない。
 ただ、コマンドミスで出た通常投げを受けた恵一のサラがそのままリングアウトした。
 それだけ、覚えている。

 「・・・」
 「すごい、勝ちましたよ!」
 「勝った?」
 「そうですよ!」

 と、反対側の台では、なにやら、みんなが連呼している。

 「下P+G!」
 「下P+G!」
 「下P+G!」

 と言っていた。
 
 「ありゃー」

 永島君がなんとも微妙な表情をしている。
 祥子ちゃんが、

 「どういう事?」
 「画面見ててよ」

 私も祥子ちゃんとともに、画面に目を戻す。
 そこには、

 『I love YOU』

 とあった。
 ・・・け、恵一!?

 「あははははは!」
 「ホントに出したー!」
 「さすが金カップ!」
 
 笑いが恵一の側で巻き起こる。

 「なにこれ?」

 祥子ちゃんが永島君に聞くと、

 「いや、負けた場合、こうするってハナシで」
 「・・・だれの発案よ?」
 「こーゆーネタを出すのは、銀カップさんしかいないでしょ。『かんな』さんも断れない性格してるしねー」
 「あのバカ・・・加奈子さん、なんというか・・・すいません」
  
 なぜか謝る祥子ちゃん。

 「・・・ふふ、いいわよ。面白かったし」
 「あ、加奈子さん」

 私は何かとても大きな事をやりとげたような気分になっていた。

 「加奈・・・いや、『かなん』、強いな」
 「たかがゲームよ。たいした事じゃないわ」
 「う・・・」

 偶然とは言わない。少しでも悔しがらせないと。
 一月もがんばったんだしね。 

 「でも、あのメッセージはなに? 恥ずかしいわね」
 「それは・・・その、ごめん」

 相変わらず、言い訳はしないし、事情も話さない。
 けれど、それもいい。
 
 「でも本当に強いよ。最後まで通常投げを温存なんて驚いた。抜けたと思ったら、アレだ」

 と、急に饒舌になった恵一。
 その瞬間。
 わかった。
 わかってしまった。
 私は恵一を無視して。

 「祥子ちゃん、ちょっと休憩しよ」

 私はカードをそのままに、祥子ちゃんをレストコーナーへ誘う。

 「あ、コレどうするんですか?」
 「そっか・・・あ、そこの金メッキカップさん、ちょっとやってて」
 「・・・あぅ」

 恵一がなんとも言えない声を、なんとも言えない顔でもらした。
 周りで巻き起こる笑い。
 私はギャラリーをおしのけ、祥子ちゃんをひっぱる。 

 「どうしたんですか」
 「わかっちゃったのよねー」

 テーブルについて、私はカフェオレを二つ自販機で買って。

 「はい」
 「あ、どうも」
 「祥子ちゃん、ブラックコーヒーなんて、実は苦手でしょ?」
 「え・・・えーと、そんなコトないですよ?」

 私は笑って。

 「いつも飲んでたけど、ちょっとずつだしね。あわせてるの、横山君に?」
 「・・・えーと」
 「そうよね。結局、女だしね、私達」
 「・・・」
 「かわいいわ、男なんて。年をとっても、遊ぶ場所とオモチャがかわるだけ」
 「・・・」
 「なら、女があわせてあげないとね。別にムキになる事でもなかったわ」
 「・・・ふぅ」 

 祥子ちゃんが、何か関心したようにため息をもらす。

 「どうしたの?」
 「いえ、やっぱり大人の女の人は違うなぁって」 
 「なぁに、それ。それより、さっきの賭け。祥子ちゃんもしてみたら?」
 
 慌てて、祥子は首を振る。

 「い、いやですよ、恥ずかしいし!」
 「私だけ恥ずかしいじゃないの、そんなのズルイわよ。仲間なんでしょ?」
 「え、えーと」
 
 私は、横山君に向かって。
 いや、砂場の友達の一人に向かって。

 「こら、そこの銀カップー! ちょっとこっち来なさい!」

 と声をかけた。
 永島君が、ポンポンと肩を叩き。
 店員の子が肩をすくめ。
 よくしゃべる二人組が、励まし。
 恵一が、笑って。
 死刑を待つ囚人のように、横山君が歩いてくる。
 
 「ちょっと本気ですか!」

 祥子ちゃんが、あせり。
 私は笑って、そんな祥子ちゃんに。

 「これからも、よろしくね」





 私は今、恵一の遊び場に踏み込んだ。
 小さな公園のリーダーは、ジャングルジムの頂上で背伸びする男の子。
 それが恵一。
 私には、そんな恵一と同じ高さに登ろうとしてがんばっている。
 砂場にも、色んな子が遊んでいる。
 トンネルをほってる子、お団子を作る子。
 みんな友達で。
 一緒に遊んで、笑って、泣いて。
 そういうのも、悪くない。





砂場で遊ぶ大人たち END






ノベルトップへ戻る。



トップへ戻る。