モデストという国の中、比較的大きな街には一人の英雄がいる。
 討伐依頼であれば、相手がなんであろうと成功させる。
 多種多様な武器を操り、時にはガンを扱う事もあるほどの才能。
 討伐数はかなりの数にのぼる。英雄は『狂刃』と呼ばれていた。
 誰がつけたのか、いつからそうなのか。
 彼が二年前この街にあらわれ、しばらくしてそう呼ばれるようになった。
 狂ったように討伐を繰り返す事から、その異名はなんなく受け入れられた。
 名をイスキ。
 その圧倒的な技量は若きハンターの羨望の的である。
 だが。
 人物としての評判は、あまり良いものではなかった。
 暴力沙汰を起こす、などといった類ではない。
 酒に溺れている、女にだらしない、と言ったものでもない。
 無愛想なのである。
 特に子供に対して、それは顕著だった。
 あげとけない子供ですら、にらみつけてしまう。
 ゆえに明らかな嫌悪を向けられるわけではないが、なるべく近寄らないでおこう。
 それがこの街の者の姿勢である。
 この日もそうであった。





 「あっ!」

 街で一番の名工のいる鍛冶屋で、新しい武器を受け取り、その帰路。
 母親の前を走っていた女の子が、角を曲がった途端、ちょうど角にさしかかっていたイスキにぶつかった。
 女の子は小さな体を路地に投げ出され、転んでしまう。
 手にしていた菓子は、砂にまみれてしまった。

 「あ・・・」

 女の子は悲しげにそれを見て涙を浮かべる。
 そして地面の菓子と自分におおいかぶさる大きな影に気づき、その主であるイスキを見上げた。

 「・・・ひぅ」

 全くの無表情で、女の子を見下ろしているイスキ。
 これを見て、泣くな、と言う方が無理である。
 とたん、大きな涙をめじりに浮かべた女の子を見て、イスキの眉がピクリと動く。
 イスキは懐に手を入れて、何かをさぐる。
 探したあてたそれをつかんで、取り出そうとした瞬間、曲がり角から母親が現れた。
 一瞬、目の前の光景にひるんだが、何があったのか理解し、すぐに娘にかけより。

 「す、すいません、イスキさん。ちょっと目をはなしたスキにご迷惑をおかけしたみたいで」
 「・・・」

 イスキは黙ったまま、親子を見下ろすだけだ。
 母親の目には、とまどいがある。恐怖に近いものではあるが嫌悪ではない。
 イスキと言えば、この街の英雄である。
 『狂刃』と呼ばれるほどの男だが、暴力を振るったなどと聞いた事がない。
 ただ、無愛想なのだと聞いてはいた。遠目に見た時も、ああ、なるほどと思ったものだ。
 しかし、実際に近くで目にしてみると・・・やはり、近寄りがたい雰囲気におされてしまう。
 身長も高く、筋骨隆々とした体格。腕や襟元にさらされた浅黒い肌には裂傷や火傷の跡もある。
 そして美形には違いないのだが、それがなおさら酷薄な印象を見る者に与えてしまうのだ。
 母親は何度も頭を下げて、イスキの反応を待つ。
 状況からして娘がぶつかったのだろうし、自分としても街を守るハンターに無礼をしたくはない。

 「・・・」

 ややあって、イスキがうなずいた。
 母親はそれで謝罪が受け入れられたのだと安堵し、もう一度、頭をさげて娘と足早に立ち去った。
 ただ、その時に、娘が地面に落としてしまった菓子を見て、

 「うぇ・・・お菓子・・・」

 と、悲しげに呟いた。

 「・・・」

 一人、残されたイスキ。
 ようやく、懐から手を抜き出した。
 そこには、袋に詰められた菓子が握られていた。





夢幻泡影 〜ユメ・ウツツ〜 (前編)






 イスキはいつもの宿に戻り、ドアを閉めてカギをかけた後。
 イスキほどのハンターになると、かなり豪華な部屋を専用のように利用する。
 ハンターにとって、休息する場所は重要であるし、それを贅沢という者はいない。
 イスキの場合は、この部屋を長期契約という形で専用化している。
 宿の主人も『英雄』が滞在する事に喜色を示すことあれ、断るはずもない。

 「・・・ふむ」

 上着を脱ぎ、ていねいに折りたたむと、大きなベッドに寝転ぶ。
 寝転んだ後。

 「またやってしまったか」

 落胆。

 「私はなぜ、こうもダメなのだろうか」

 さきほどの女の子の悲しい泣き顔が脳裏で渦巻く。
 手を差し出して助け起こす事も、代わりの菓子を渡す事もできなかった。

 「・・・」

 にが虫をかみつぶしたかのように苦悶する。
 ひとしきり反省した後、ベッドの下に隠された手製の紙片の束を取り出した。

 「そうだ、コレだ。この状況だ」

 左端をヒモで閉じた、数百枚以上はあるだろうと思われる紙の束をめくり、その指が止まる。
 そこには『子供がぶつかってきた時の対処法、その3』とあった。

 「まず助け起こす。そしてしゃがんで目線を合わせ、笑顔で大丈夫か、とたずねる」

 読み上げながら実際に体を動かして、とるべき動作をなぞる。
 かなり手馴れた動きで、何度も練習した成果だと一目でわかるほどである。
 イスキは次に違う項目を開く。

 「そして『子供が泣いている時の対処法、その6』、さきほどの状況はまさにコレだ」

 そこには、泣いてしまった場合の対処法がつづってあった。
 長々と書いてあるが、一言で要約すると、菓子を与えるというものだ。
 この状況に陥った時の為、イスキは菓子を持ち歩いていたのであったが。

 「そして、こうする。こうだ、このように」

 さきほどとは天と地の差ほどもあるスピードで、懐から菓子をとりだす。
 そしてひざまずき、そこにいると仮定した子供に、これ以上ない優しい笑顔で菓子を手渡しする動き。

 「準備も心構えも完璧のはずだった・・・」

 歯軋りするイスキ。  

 「逆に怖がらせてどうすると言うのだ、イスキよ。貴様は皆に愛される英雄を目指しているんだろう」

 イスキ。
 善人でありながら、その不器用さにより恐れられる英雄。
 将来の夢は、噴水のある街の広場などで子供達の笑顔に囲まれる、そんな人生。
 買い物にいけば、おまけだよ、と笑顔で迎えられる愛される正義の味方。
 男の子達はイスキの冒険話に胸を躍らる。将来ハンターを目指すなら、その目標。
 時には遊びを交えて、木の棒で稽古をつけてやり、運動の後で腹がすいたなら、一緒に食事をしたりして。
 男の子はたくさん食べなさい。私のように強くなりたいなら、などと言ってみて。

 「うむ、うむ・・・」

 女の子であれば、イスキの傷跡を心配したりして、「痛くなかった?」と心配してされる。
 当然、イスキは「愛する皆を守る為についた、ハンターの勲章だ」と心からの笑顔で応えたい。

 「うむ、うむ・・・」

 イスキはまた違う紙の束をベッドの下から取り出す。
 そこには、今までイスキが手がけた討伐の記録があった。
 ギルドがつけるような無味乾燥なものでなく、ある程度の脚色のされた、いわば物語である。
 かつ、わかりやすく省略されたもので、後半はしっかりと盛り上がる構成だ。
 いつか子供達に話してやろうと、月日をかけて厳選し、編集された一品。
 これに比べれば街の吟遊詩人など、道化になりさがるほどの出来栄えである。

 「・・・コイツの出番はまだまだ先か・・・」

 元の位置に戻すと、イスキはまたしても違う紙の束を取り出した。
 表紙の題名は『反省文』とある。

 「同じ過ちは繰り返さん・・・」

 日付を書き込み、さっきの状況とミスを書き連ねる。

 「確かあの子はリアナちゃんだったな・・・リアナちゃんを怖がらせたのは今日で・・・」

 表紙の裏には子供達の名前が名簿のように記されている。
 その一人として掲載漏れのない名簿には、ある意味、危険な匂いも漂う。
 だが、イスキは純粋なまでの善人であり、決して人に言えない趣味ではない。
 街の皆に愛されるハンターになるには、まず子供からという順序を決めたに過ぎない。
 一時期、自分は無意識ながらも、そういった少数派の暗部に属する人間かと苦悩した過去もある。
 苦悩して、苦悩して、苦悩した挙句。
 自分は街の皆を、そしてこの街好きだ、というなんの答えにもなってない答えを導いた。
 以降は、なんら悩む事なく、愛される英雄への求道者である。
 ただ、この名簿が他人に触れると誤解を招くかな、程度の常識はあるので隠しているわけだが。
 そして、その問題の名簿に並んだ名前の横には、何本もの棒が書かれていた。
 リアナの名の横には棒が四本ひかれている。イスキは五本目を書き足した。

 「五回目か・・・もう完全に嫌われただろうか・・・」


 再びベッドに寝転びシーツを頭からひっかぶる。そのままゴロゴロと転がる。
 しばらくして。
 シーツにくるまれたイモムシのすすり泣きが、部屋に響き始めた。
 しばらく続いたその嗚咽に、違う音が重なる。
 コンコンとドアをノックする音が室内に響いた。

 「・・・誰か?」

 問うイスキに、すぐさま返ってくる若い女の声。

 「教官、お時間です。お迎えにあがりました」
 「む・・・」

 もそり、とイモムシが起き上がる。
 イスキは一人のハンターであるが、ギルドから依頼された教官という一面も持っている。
 最初はギルドナイトにという誘いだったが、当然断った。
 理由は単純にして譲れない。この街にいられなくなるかもしれないのだ。
 ギルドに入ってしまえば国を出るにも許可がいるし、裏の仕事もあるだろう。
 清く、強く、正しい。愛されるべきハンターになるならば、これは絶対条件だ。
 ただ、ギルドからの申し出を断るというのは、なかなか難しい所ではある。
 しかしギルドは意外なほど、それを受け止めた。
 代わりに互いの妥協というか、折衷案として話し合った結果が、この教官というものである。
 最初は面倒な事になったと思っていたが、今はいつか子供に剣を教える時に役立つだろうと考えてもいる。
 イスキが面倒を見ているのは二人。どちらも将来ギルドナイトが約束されたエリートである。
 そのうちの一人が今、ドアをノックしている。

 「入りなさい」

 すでにイモムシの面影はなく、強者のみが放つ雰囲気をまとって、生徒を迎えるイスキ。

 「失礼します」

 現れたのは若い女ハンター。
 名をエルナムといって先日17歳になったばかりである。
 肩ほどでそろえた銀髪が静かに揺れている。
 エルナムは数歩進み、不動の姿勢をとる。
 明らかに緊張した面持ちで、イスキを見ている。 
 しかし、その美しくも愛らしい顔に恐怖はない。尊敬、憧憬、羨望・・・そういったもので満ちている。

 「今日もよろしくご指導、お願いいたします」

 エルナムのように将来が約束されている新米ハンターというのは、ギルドが創設している学園の仮の卒業生である。
 教育課程には実戦もあり、厳しいものである。
 仮とはいえ、その卒業を認められた者は数少ない。
 実際、エルナムの腕は、そのへんで自分を凄腕と言っているハンターよりも上だろう。
 ゆえにエリートとされる仮卒業生の中には、不遜な態度をとる者も少なくないがエルナムは違う。
 エルナムは己を過信する事なく、イスキの教えを一切背くことなく従っている。
 なぜなら教官は『英雄』である。自分のように誰かに教えを乞う事なく、頂点に立つ者。
 『英雄』の技術を学べるなど、まずない機会であるし、自分がその幸せを甘受しているとも自覚している。
 つまり、エルナムはこれ以上ないほどの教え子なのである。
 今は美少女であり、数年後には間違いなく美女になる。
 可憐であるが決して弱々しくない笑顔は、常に教官であるイスキを尊敬している。
 また教官としての地位を利用して、男の風上におけないような行動をとる事もない。
 ギルドの学園を卒業する時、そのような場合は教官に従えと言われ、ある種の覚悟をしていたエルナムである。
 最初に会った時は実際、色々と覚悟した。
 巨躯に刻まれた傷跡は無数。張り詰められた筋肉。けれど俊敏さをイメージさせる引き締まった体。
 まさしく野獣の様相。性格もきっとそうなのだろうと思ったのだが、イスキの最初の一言は、

 「イスキと言う。この名でもいいし、教官でもいい。好きなように呼びなさい」 

 笑顔だった。
 なんというか、包容力に溢れ、頼りがいのある、年上の紳士といった感じなのである。
 エルナムの緊張は違う種の緊張になり、ますます体を縛る。
 そんなエルナムの頭を優しく撫で、

 「がんばりなさい。必ず強くなれると信じて」

 この時、エルナムはイスキが教官である事に嬉し涙を流したほどである。
 なのだが。
 エルナムの心中は、そういったもので埋め尽くされているのだが、イスキには別の思惑があった。

 (子供に剣を教える前に、その15・・・)

 「エルナム。君はまちがいなく成長している。今日も、ともにがんばろう」
 「は、はい!」

 感極まったエルナムの表情を自己採点する。

 (うむ。使えるな、このセリフ回しは。はげましつつも、一緒にというのはいいかもしれない)

 イスキはエルナムの心情や女心の機微など一切、理解できていない。
 ただ、子供に教える時に使う案をエルナムで試しているのである。
 言うまでもなく、最初に出会った時にイスキがとった仕草や言葉も同様である。
 すでにエルナムの表情が尊敬だけでない事など、紅潮したほほを見れば明らかなのだが。
 実際、エルナムはそれとなく、さりげなく、何度か自分をアピールしたりしている。
 ギルドナイトを目指す道中にありながら、自分ははしたない、と思いつつも、乙女心は抑えられない。
 イスキの下で学んで一月ほどだが、その想いは日々強くなっていくばかりである。
 そんな、どこか溶けたような眼差しに対するイスキの心中と言えば、

 (明日は子供に教える前に、その16を試してみよう・・・)

 うむ、とうなずくイスキの思惑を勘違いして、エルナムも大きくうなずく。
 イスキ、27歳独身。
 正義の味方を目指す朴念仁であった。 





 依頼の出発地点である酒場へ行くと、もう一人の教え子が待っていた。
 エルナムが優等生であるならば、このシャロンは扱いにくい生徒であった。

 「教官、おはようございます」

 形だけのお辞儀をした後、薄く笑う。
 ただし、テーブルに座ったままである。
 どこか気だるげに長いポニーテールをもてあそび、二人を挑発するような目。

 「シャロン、教官に失礼でしょう! 立ちなさい!」

 エルナムが激昂する。
 ギルドナイツという群れは、上の者には絶対服従である。
 ゆえに仮卒業時に、教官には何を言われても、例え女として求められても従えというのは、この規則を徹底させる為だ。
 が、それを冷たい目で流すシャロン。

 「『教官』様の命令には従うわよ? けど、ご機嫌とりなんて必要ないじゃない?」 

 イスキに聞こえるような声の大きさだ。

 「シャロン!」

 つかみかかるエルナム。シャロンが、その手をはじく。

 「いい子ですねー、エルナムは。教官にかわいがられて、わざわざ部屋までお迎えにあがって」
 「何がいいたいのよ!」
 「豪華なお部屋でなにしてたんだか?」
 「教官を侮辱するのは許さない!」
 
 酒場には、他のハンターもいる。
 いつもなら野次馬になるところだ。美少女二人がとっつかみあいのケンカを始めたのだから。
 しかし、この二人はギルドゆかりの者であり、その教官は『英雄』イスキである。
 皆、見ないふり、聞こえないふりで、とにかく関わらないようにしている。

 「シャロン、あなたは学園でも教官に無礼を働いてばかりで!」
 「ふふん、それでも次席よ? もっともアンタみたいに猫をかぶってればアタシが主席だったでしょうけどね!」
 「口の減らない!」
 「実力が全てなのよ、この世界! それに気づかれないと思ってるの、エルナム? アンタは教官に・・・」
 「あーあーあー! わーわーわー!」

 エルナムとシャロンは旧知の仲。つまり学友である。
 ギルドからまかされた時に簡単な履歴は聞いており、主席がエルナムで次席がシャロンである。
 だからなのか、ライバル意識が激しく、不仲なのだとギルドの学園の教官はため息をついていた。
 イスキは落ち着いた顔で思案する。
 イスキには街の皆に愛されるハンターという遠大な目標がある。
 そして当面の課題として自分に課しているのが、この二人を仲良くさせる事である。
 いざという時、仲たがいの仲裁や取り直しができれば、遠大な目標に近づけるはずである。
 さっそくの実践。

 (子供を仲直りさせる方法、その5・・・いや、7あたりか?)

 子供向けに考えたものであるかせ、効果は未知数である。
 イスキは賭けた。 

 「やめなさい、二人とも。友人は何よりも大切だ」

 エルナムだけが手を止めたが、そこにシャロンの拳が飛ぶ。

 (ダメか。むぅ・・・)

 子供相手でも、成功する事ないだろうその仲裁の言葉のどこがいけなかったか考える。
 考えながら間に割って入り、その拳をなんなく受け止めるイスキ。 

 「あ・・・」

 反射的に目を閉じていたエルナムにイスキがさとす。

 「ハンターはどんな時も目を閉じてはいけない。死を招く」
 「は、はい! 申し訳ありませんでした!」

 この忠告は、自分の目標など関係のない、教官としてである。
 限られた期間ではあるが、イスキにとっても初めての弟子である。
 自分に教えられる限りの事は教えてやりたいし、何より後をついてくる弟子はかわいいとも思う。
 シャロンにも向き直り、

 「シャロン」
 「はいはい、なんですか?」
 「君は強い。ひとかどのハンターとして充分に通用する」
 「あら、教官もわかってるんですね?」
 「しかし、君達は一定期間、私のような現役ハンターの下につかなければ正式に卒業できない」
 「ええ、まったく誰が決めたんだが」
 「もし君が望むなら、私がギルドに君の卒業を認めるように進言しよう」
 「は?」

 思いもよらなかった言葉にシャロンの目が見開く。

 「今すぐでもいい」
 「・・・何か条件があるとか?」

 シャロンは、下衆な何かしらを強要されるといぶかしむが。

 「何を考えているか知らないが、私は今すぐでもいいと言ったのだが」
 「・・・いいんですか? 教官の職務放棄ととられるかもしれませんよ?」
 「別にかまわない。君の実力ならば、新米のギルドナイトとして充分だ」
 「・・・新米の?」

 ただ、正直に悪意なく感想を述べるイスキ。
 それがシャロンを刺激した。

 「つまり、アタシはまだ教官には遠く及ばない、と」

 にらみつけるようなシャロンに、イスキはやはり正直に。

 「私に及ぶ必要はないと思うが」

 あっさりと肯定した。
 別段、イジメているわけではない。
 イスキは弟子がかわいい。
 できるだけ、望み通りにしてやりたい、その一心なのだが。
 それにしても言い方がある。もうすこしトゲのない言い方というものがあるのだが。
 嘘が下手なのではなく、嘘をつくという考えがないのである。
 余計な事は言わないが、何かを聞かれれば思うまま答えてしまう。
 だいたい、それほど器用ならば、ベッドの下にあんな紙の束を隠す事もないだろう。

 「・・・クッ」

 その言葉で、今まで押しとどめていたものがはじけた。
 シャロンとて、教官が『英雄』である事が幸運である事はわかっている。
 だがそれは自分の実力が優れていた為、そこらのハンターでは教官が務まらないと判断されたものと思っている。
 実際に目にした『英雄』は確かに強者の雰囲気がある。
 しかし、いまだにこの『英雄』は自分で一度も戦っていない。
 常に自分とエルナムのサポートにまわり、一度も実演をした事がないのだ。
 それがシャロンには気に入らなかった。
 結局、『英雄』というのは口だけで、一度その地位に立ったら戦わず、過去の栄光にすがっていると。
 『英雄』の話というのは、どれもが信じられないものばかりだ。誇張されているに違いない。
 ノーブルの黒き灼熱など、そのいい例だ。
 最も扱いの難しい片手剣で、百以上の火竜を倒してなお存命など。
 そして今、その『英雄』はギルドナイトとして迎えられており、大きな部隊の隊長になったと聞く。
 後方から指令を出し、部下を使い、自分は戦わない。
 無論、それは部隊としては当然だ。命令を出す者が剣を振るような部隊など存在しない。
 けれど『英雄』ならば・・・と、願いのような思いも抱いていた。
 今では、どうせうだつのあがらいハンターに違いないとさえ思っている。
 そんな今までの疑問が全て怒りに変わったのだ。
 それまで口には出さなかったが、血がのぼっていたシャロンは、ついにそれを言葉にした。

 「教官は、一度もアタシ達にその実力を見せていただけませんね?」
 「む?」
 「教官はご自分の実力にアタシが及んでいないとおっしゃいますが、アタシは教官の実力を知りませんから」

 エルナムがシャロンの意図を理解し、またも叫ぶ。

 「それ以上、教官を愚弄するな!」
 「アンタは黙ってなさいよ、だいたいアンタだって、同じ思いでしょう!?」
 「う・・・」

 確かに信頼に揺るぎはないが、見た事もないものは完全に信用はできない。
 さらにシャロンは詰め寄る。

 「というわけで、今日は教官にお手本を見せていただきたいと思いますが?」

 だが、ここにきてシャロンの内心は実際、微妙なものに変わる。
 引き受けるはずがないと確信し、現実の英雄はそんなものだと、そう現実的に考える自分と。
 引き受けて、『英雄』たるゆえん、その実力を見てみたいという願いにも似た憧れ。
 どちらかと言えば、後者の思いが強い。
 ギルドナイト。
 力なき民を守る盾。強くなりたい、強くならなければならない。
 シャロンとて、その想いはある。いや、それだけしかないほど純粋である。
 だからこそ、強さを売り物にする『英雄』が許せないという感情は自然と沸き起こってしまうのだ。
 だからこそ、目の前の『英雄』は、本物だと信じたかった。
 そして今、自分からその真偽を問うてしまった。
 理想を壊してしまうかもしれない、言葉を。今まで言えなかった言葉を。

 「・・・」

 イスキは、ふと考え。
 やはり、正直に。

 「私が戦っては君達のためにならない」
 「ふふ・・・あははは!」

 シャロンは笑った。かすかだが、涙がにじんだ。
 そんな自分が許せなかった。『英雄』などいないとわかっているのに、信じていた自分が。
 ギルドナイツが結成されたのは、強大な竜に対抗するべく、弱き人が集まったものなのだ。
 そして幻想とも言える強さを持つ龍種に対抗するための弱き群れ。
 幾多の国で語られる『英雄』もまた、弱き人が生み出した、幻想の生き物でしかないのだ。

 「・・・」

 エルナムもまた無言であった。
 信じて疑わなかった何かが崩れる音を心の中で聞いていた。
 イスキは背を向ける。

 「ふふふ・・・あははは・・・」
 「教官・・・」
 
 その背を冷笑で眺めるシャロンと、その背をただ見ているエルナム。
 酒場から出て行くものと思っていた二人。
 しかし、イスキは依頼の張り出されたボードの前で腕を組んでいる。
 やがて、一枚を手にして二人の前に戻ってきた。

 「私が至らぬせいで、君達の信用を得られない私の不徳を許して欲しい」

 エルナムとシャロンが、首をかしげる。

 「君達の限られた貴重な時間を使わせてしまうのは心苦しいのだが、君達がそう言うのであれば応えたい」
 
 イスキが何かを言っているも、二人は理解ができない。
 
 「残念ながら、見る事でわずかでも勉強になりそうな依頼はこれくららしかなかった」

 テーブルに置かれた依頼書を見て、二人が理解した。
 本当に申し訳ないとイスキは思っているのだが、原因はわからなかった。
 なので、シャロンの望みに応えようとしただけの事だった。

 「あの、教官・・・もしかして?」

 エルナムに続いて、シャロンが言葉をつなげる。

 「本当に、見せてもら・・・見せてくださるんですか?」

 イスキは首をかしげ。

 「教え子が望む事をしない教官はいないと思う・・・が。私は新米教官だからな。もしや間違っているのか?」

 ギルドでの学園の教官も、そうではないのかと逆にイスキが二人に問いかける。

 「い、いえ、ですが、その・・・」

 エルナムがたとだとしく。
 しかし、シャロンは何かが払拭されたような、まぶしいものを見るような笑顔で。

 「グラビモスを二頭同時に、お一人で討伐されるおつもりですか?」
 「不満ならば他のものでもかまわない。君達で選んでくるか?」
 「はい! エルナムきなさい!」
 「えっ、ちょっと・・・!」

 元気よく答えたのは、エルナムではなくシャロンであった。
 シャロンは、何かを言いかけたエルナムの腕をひっつかみ依頼書のボードの前へ走っていく。
 おもちゃを与えられた子供のように。

 「・・・? シャロンが急に素直になったのはなぜだろうか」

 考えるイスキ。
 なぜかわかれば、また一枚、子供に対する教え方が追加できる。
 だが、結局、謎はとけなかった。


続く・・・




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