『美学』


 

 

 豪雨が降りしきる廃棄ブロックで俺は立っていた。
 月もない漆黒の夜の中、まるで恋人を待つように。
 後ろで束ねた髪も、くわえたタバコもぐしゃぐしゃに濡れそぼっている。
 やむ気配すらない雫に濡れて重くなった黒いコートは所々ほころんでいた。
 愛用の品だ。見てくれよりも愛着が捨てられない。
 そのスソをつまんで、ふと思い出す。

 「確かに・・・デートにはみっともない、か」

 つい苦笑してしまう。
 先日、沙奈と久しぶりのデートでこれを着ていったらカンカンに怒りやがった。
 恋人の俺を友人に自慢しようとしたらしいが・・・なんとも。
 まぁハンターの恋人なんて珍しいからな。その上、俺はいい男ときてる。
 ただ、このコートを着ていかなければの話だが。
 沙奈のご友人一同には、さぞみすぼらしく見えただろう。

 「それでも・・・な」

 コートに染みついた硝煙と爆薬の臭い、そして思い出と言えるほど美しくない記憶。
 バーミンとの戦いの狭間で常に俺を包み続けていたこのコートには、そんな俺の全てが詰まっている。そうそうおざなりにできるもんじゃない。
 だが沙奈はそれを臭いの一言で片づけやがる。
 戦う男の香りってものをまるでわかっちゃいない。

 「なんであんな跳ねっ返りなんて恋人にしちまったんだか・・・」

 俺はふとため息をついて、正面を見つめる。
 視線の先、距離をだいぶ置いたビルの角からゲストが到着した。
 巨大な体躯に、六本腕と四つの羽が特徴的なシルエットだった。

 「やっとお出ましか。あんまり人を待たせるなってママに教わらなかったのかね?」

 シルエットはまだ俺に気づいていない。ただ辺りを見回しているだけだ。
 おそらくは俺の気配と臭いだけをたどって捜しにきたのだろう。
 所詮はケダモノってヤツだ。だがこのままじゃフェアじゃない。
 俺は腰の銃を抜くと虚空に向けてトリガーを引いた。

 ドンッ・・・

 シルエット振り向いた。赤い瞳が不気味に輝いている。

 「散歩にはいい夜だ。そう思わないか?」

 人が笑顔でアイサツしてるってのに、シルエットは猛然と走り出したきやがった。
 礼節ってもんを知らないのかって・・・まぁ、同然か。
 そしてシルエットは飛んだ。

 「今夜の獲物は活きがいいな」

 濃緑の体が闇の空を疾風する。翼の音だけが雨と冷気を切り裂く。
 はっきり言って何も見えん。
 俺は棒立ちのまま、夜の空を見上げる。
 この季節、星が見えるはずなんだが雨のせいでムードもなにもない。
 戦いには最低限の演出ってもんが必要だ。
 一本のタバコと冷たい外気が包む夜、そしてわずかに散りばめられた星。
 今は最後の条件が欠落している。致命的だ。
 ため息をつきつつ、俺はコートのポケットから小さな鉄の箱を取り出す。
 全面を覆うようにつけられている粘着テープの保護シートをめくって弄ぶ。
 トン、トン、トンと足でリズムを踏みながら、

 「そろそろか?」

 俺は軽く横にステップを踏んだ。そして鉄の箱だけ浮かべるように宙に置いていく。
 すると、その場所を目にも留まらぬスピードで何かが通り過ぎていった。
 強烈な横風でくわえていたタバコが吹き飛ばされる。

 「・・・最後の一本だってのに」

 タバコはない、冷たすぎる雨と暗雲につつまれた夜空。もうサイテーだ。
 俺はなんだか泣きたい気分の中、カウントを始めた。

 「3・・・2・・・1・・・」

 指をパチンと弾く。
 背後の虚空で激しい爆発音が響いた。一瞬だけの光に俺の影がのびる。
 爆風が後ろから突き抜けて、俺は仕事を完了した。





夜包街 外伝
-the verminhunter-






 雨の中で傘をさす事は当然だ。
 だが俺は雨に打たれたまま、夜の街を歩いている。
 ちょっとした悲壮さとダンディズムがもっとも映えるシチュエーションだからだ。
 この程度でカゼをひくようなヤワな体じゃないし、なによりも雨に濡れて一人歩くは王道。それに戦う男が傘をさすなどみっともないマネはできない

 新しく買ったタバコの封を切りくわえる。小雨程度におさまってきた空の涙の中で、鉄のオイルライターのフタを指先で弾き、タバコに火をつけた。
 だが惜しむは人通りの少なさ。周りには二、三人の通行人しかいない。
 美学というものは他人がいてこそ存在するという悲しい性質を持つ。
 今日は厄日に違いない。俺は今夜、二回目のため息をついた。

 「イヤ!誰か・・・・」

 悲鳴・・・?
 わりと近くから聞こえたが、どこからだ?
 さっきまでの気落ちから一転して、俺の心は躍動していた。
 小雨の中で響く悲鳴。それも女性、聞いた感じではうら若き乙女。
 まさに俺の為につむがれるべきドラマの到来を予感させずにはいられない。
 俺は耳をすます。もう一度。そう一度だけでいい、声をあげれば場所を確定できる。
 
 「・・助け・・・」

 十分だ。
 俺はタバコを捨てて走り、声の主の元へと急ぐ。
 こういった場合のセオリーである路地裏からそれは聞こえた。
 ネオンも街灯もない、人工の輝きの中に造られた人工の闇。
 そこは一般で言う荒くれ者、俺から言えばただの筋肉ダルマが集まる酒場の裏だった。
 物陰に身を潜め、状況をうかがう。

 「静かにしろってんだ!」
 「うーうー!」
 「ちゃんとおさえてろよ」
 「失神させんなよ、俺だって楽しみてぇ」
 「すぐに代わるって」

 袋小路のそこは卑わいな落書きで装飾されたコンクリートのカベに囲まれていた。
 その奥で二人の筋肉ダルマに一人の女性がおさえつけられている。
 残念ながら、その容姿は陰になっていて確認できない。

 「・・・うーむ・・・」

 判断が難しいところだ。まぁ、襲われるほどだからそこそこの美人なんだろうが。
 問題は名乗りを上げて派手にいくか、それとも静かにクールで決めるか、だな。

 「いや・・いやぁ!」

 と、あまり逡巡もしてられんようだ。とりあえず・・・

 「よしな・・・」

 俺はユラリ、と身をあらわす。そして心持ち下を向けていた顔をゆっくりと上げながら最も重要、そして難しいシーンに入る。
 壁に背をもたれかけ、同時にタバコをくわえる。そしてライターに火をともす。
 この火の加減が難しい。明るすぎても暗すぎてもいけない。俺の顔が見えるか見えないかの光量が必要なのだ。
 もっとも・・・俺ぐらいのレベルになると非の打ち所はないだろうがな。
 俺は火のついたタバコを指先ではさみ、チッチッチッと振った。

 「女性はもっと大切に扱うもんだ。微風に揺れる一輪の花のように・・・」

 完璧だ。まさにビクトリー。
 ここから予想されるのは悪人どもが脅え、ヒロインが俺の背に逃げ込む事だけだ。
 カッコよく、強すぎる俺だからこそ可能な・・・

 「やめ・・・やめて、お願い!」
 「おい、ちゃんとおさえてろって!」
 「このアマ、暴れんな!」
 「・・・・・・・」

 俺は銃を抜いた。
 スタスタと歩く。歩いて、銃口を筋肉バカの背中に向けた。そして撃った。
 
 ドンッ!

 「ぐあ!」
 「な、なんだてめ・・・」

 もう一人が振り向いた。

 ドンッ!

 倒れた。

 「・・・・・あ・・・」
 「もう安心です」

 俺はへたりこんでいる女性の前にかがみこむ。
 そしてまず足を見る。白く柔らかい曲線はタイトなスカートの先に続いている。そして腰から胸にかけてのライン、ふくよかではないものの決して物
足りないプロポーションではない。むしろ躍動的な美と獣のようなしなやかさを兼ねているのだ。
 そして俺は誠実な瞳で見つめた。

 「大丈夫でしたか、お嬢・・・」
 「あぅ・・・」
 「ちゃん?」
 「ひっ・・・・う・・・」

 俺の期待していたドラマは悲惨な終結を迎えるに至る。
 襲われていた女性、いやガキは十四、五歳と言った所だ。
 地に伏してるヤツラがロリータ趣味とは予想しなかっただけに、俺のミスでもある。
 ちなみに俺の銃の弾頭はゴムだ。それでも痛い。気絶させる程度には。
 
 「ふぅ・・・ヤレヤレ。こら、小娘。こんな所でなにやってんだ?」
 「・・うぅ・・・あ・・・」

 ショックで口もきけないか。
 小さな体が振るえているのは雨の寒さじゃない事は一目瞭然だ。大の男、それも二人がかりでレイプされそうになってたんだ、無理もないか。

 「とっとと帰れ。ガキはもう夢の時間だろ」
 「・・・ぁ・・・ぅ・・・」

 俺は三度目のため息とともに立ち上がった。今夜はロクな事がない。
 そしてそれは続く。悪夢のように。

 「・・・・・・」

 俺は小娘を見下ろす。正確には俺のコートをつかんでいる手を。

 「何のマネだ?」
 「・・・いかな・・いで・・・」
 「そんなにヒマじゃないんだ。お前につきあう時間はない」

 そうヒマじゃない。
 帰ってすぐにベッドに潜り込むという大偉業が待っている。

 「怖いの・・・たすけて・・・」
 「あのな・・・俺にはそいつらみてーな趣味はないの」
 「・・・あ・・・・」

 ピッとコートを小娘の手から強引に奪い返す。

 「早く帰れ。また襲われるぞ」
 「いや・・・連れていって・・・」
 「あのなぁ、助けたからって俺が安全ってわけじゃないんだぞ、ちったぁ用心ってもんを知らないのか?」
 「・・・・」
 「俺だって飢えればどうなるかわからんぞ。おまけに今は気が立ってるしな」

 ガオーと両手を上げて襲いかかるマネをする。

 「・・・・」

 が、ただ懇願する瞳に俺はその手を上げた。

 「わかった、降参だ。勝手にしろ」
 「・・・ありがとう」

 俺はだいぶ遅れた家路についた。背後にオマケを連れて。

 



『美学』  END
to be C・・・・





『素顔』


 

 

 そして俺の生活は奇妙なリズムに乗り始めた。
 朝、目覚めれば暖かい朝食とほろ苦いコーヒーの香りが待っている。
 ベッドを降りれば掃除の行き届いたフローリングの床が足につく。ちょっと前までは雑多な物で散らかって踏み場もなかった部屋とは思えない。
 朝食を終えれば、ちょうどいい温度に設定されたバスが用意されている。
 なんとも・・・
 俺はシャワーを浴びながら独り、ぼそりとつぶやく。

 「あの小娘が来てからもう一週間か」

 最初の二、三日は帰れと繰り返してたが、全然言うことを聞かない。
 一度だけ強引に追いだそうとしたら大声で泣きやがった。
 ガキだろうと妙齢の美人だろうと女の涙は反則だ。コレには逆立ちしたってかなうわけがない。
 そして今朝に至るわけだが・・・

 「アイツ、いつまでいるつもりだ?」

 こんな事が沙奈に知られたらタダじゃすまない。
 ロリコン呼ばわりは当然の事、ネチネチと事情を詰問され、言いたい事を吐き尽くしたらビンタのフルコースだろう。たまらんな。

 「まぁ、帰る家がないのか、事情があるんだか知らんが今日こそは説得せんとな」

 ここ数日の暮らしぶりは規則正しく健康維持の代名詞のようなものだったが、今までの生活のリズムと違いすぎるため俺にとっちゃ逆に疲れる。
 バスから出て用意されてあったタオルと衣服。

 「確かに役には立つんだが・・・」

 あと七年したら・・・いや五年したらこっちからお願いしてでも住み込んで貰いたいもんだ。今はまだガキだが、将来は美人になると俺の本能が告げ
ている。

 「お湯加減、どうでした?」

 バスルームを隔てるドアの向こうから小娘が声をかけてくる。
 
 「ちょうどよかったが・・・あのな」
 「はい?」
 「いや・・・後でいい」

 どうも調子が悪い。勝手にあがりこんできたんだのは向こうだ。泣きわめこうがなんだろうが、かまやしないってのは頭じゃわかってるんだが・・・

 俺は濡れた髪にタオルをかぶせてバスルームから出た。
 と、小娘はベランダで洗濯物を干している。なんとも、まぁ。

 「だんだん所帯じみてきたな・・・」

 とてもじゃないが、クールな一流ハンターの生活とは思えん。
 その時。

 PULULULU・・・・

 「誰だ、こんな朝っぱらから・・・」

 鳴り響く電話にハイハイと返事をしながら受話器をとる。

 「はいよ、誰だこんな朝から?」
 「あら珍しい。寝起きじゃないの?」
 「・・・沙奈?」
 「なによ。恋人が電話してあげたってのに、その不満げな声・・・あ、もしかして」
 「な、なんだ?」
 「あんた、浮気してんじゃないでしょーね?」
 「してねーよ!そんな事のために電話してきたんじゃねーだろ?」

 浮気はしてないぞ。俺は決して嘘は言ってない。
 ただガキが一人すみついているだけだ。

 「で、用件は何なんだ?」
 「そのビジネスライクな話し方やめた方がいいわよ」
 「余計なお世話だ」
 「ま、いいわ。今日さ、仕事入ってる?」
 「ん?いや・・・」

 さすがに毎日毎日バーミンが出没するわけでもない。
 そうなったら世も末だ。

 「じゃあ、今から行くわ。どうせ朝食もまだなんでしょ?部屋も散らかってるだろうし」
 「いや、待て、今日は・・・」
 「じゃあね」
 「おい!沙奈!」
 「・・・ツー・・・ツー・・・」
 
 切りやがった・・・それどころじゃない。

 「おい、小娘!」

 干し終わり空になった洗濯カゴを抱えて部屋に入ってきた小娘が振り返る。

 「小娘って・・・あたし、葉月っていう名前が・・・」
 「んなこたぁどーだっていい!!」

 俺は慌ててサイフから金を取り出して投げ渡す。

 「買い物に行ってきてくれ、頼めるか!?」
 「え・・・お買い物ですか・・・?」
 「ああ、それもできるだけ急いで出て、できるだけ遅く帰って来るんだ!」
 「じゃあ・・・まだここに居ていいんですか!?」
 「ぐ・・・」

 今までの家事は俺が頼んだ訳じゃない。自発的に小娘がやっていただけだが俺から頼み事をするとなると・・・
 俺は迫り来る危機と小娘の滞在を秤にかけた。一瞬でそれは傾いて落ちる。

 「ああ、だがずっとってわけじゃないからな!あくまで臨時だ!仮決定だ!」
 「はい!ありがとうございます!」

 笑顔で答える小娘・・・別にロリコンってわけじゃないが、こいつは笑った顔が一番可愛いな・・・って。

 「急げ、夜になるまで帰ってくるなよ!?」
 「え、でもそんな時間はかからないと・・・」
 「んじゃあ、余った金で遊んでこい!」
 「でもお世話になってる上に・・・」
 「いいから!」
 「じゃあ・・・そうします」

 小娘は金を受け取ると、エプロンをはずして出ていった。

 「・・・・ふぅー・・・・あとは」

 俺は本棚から本を出すと床に散乱させる。なるべく自然に散らかったように配置。
 そしてゴミ箱をけっ飛ばし、たたんであったベッドカバーをはがして、くしゃくしゃにした。ぴっちりとアイロンのかかった愛用コートも、泣く泣く
シワをよせて床に投げつけ追い打ちとばかりに灰皿をひっくり返す。
 そんな奮闘のすえ、いつもの俺の部屋が擬似的に再現された。

 「こんなもんか」

 ピンポーン・・・

 「ギリギリ間に合ったな・・・」
 
 俺は髪をぐしゃぐしゃにかき回し、眠たそうな目でドアを開けた。
 あくまで自然に、かついつも通りを心がける。

 「おう沙奈、早かっ・・・・」
 「あの、何を買いに行けばいいんですか?」
 「小娘!」
 「葉月ですってば・・・」
 「何でもいいから・・・そうだ、メシの材料でも・・・」
 「メシの材料ならあるわよ」

 小娘の後ろにやってきた女は口元に静かな笑みを浮かべていた。
 終わった、な。



 「で、あんたはこの子と一緒に住んでるってわけだ?」
 「まぁ、そうだ」
 「・・・・・」

 ひとしきりの説明を終えた後、沙奈は小娘を眺める。

 「名前は?」
 「あ、葉月です」
 「こいつに何かされなかった?」
 「え?・・・いえ、とても親切にして頂いて・・・」
 「ふぅーん?」

 視線が痛い・・・俺はなにもやっちゃいないぞ。こんなガキに手ぇ出すほど飢えちゃいねぇ・・・だから、そういう目で俺を見るな!

 「まぁ・・・いいか。あんたがロリコンじゃないってのはわかりきってるし」
 「当たり前だろ!」
 「いいわ、許して上げる。その代わり、今日はつきあいなさいよ」
 「どこへ?」
 「買い物」
 「・・・まぁ・・・その程度ならな」
 「当然、お金を出すのはあんただからね」
 「・・・・・」

 女は賢い。賢いの前にズルという修飾語がつくが。

 「でも・・葉月ちゃんだっけ?」
 「あ、はい」
 「よくこんな汚い部屋にいられるわね?」
 「え・・・えっと・・・」

 あたりには即席で散らかした俺の部屋。裏目にでやがった。

 「居候してるならしてるで、家事ぐらいしてあげたら?」
 「あの・・・その・・・・・」

 責めるような口調に小娘が俺の目を見る。察しのいい娘らしく、俺の仕業と答えるのに迷っている様子だ。
 だが、俺もこんな小娘を盾にするつもりはこれっぽっちもない。

 「あのな沙奈、これはだな」
 「黙ってて」

 妙な迫力。なんだってんだ畜生。

 「すみません、これからはそうします・・・」
 「よくできた子ね。あんたも邪険に扱ったらダメよ」
 「あのな、本当は・・・」
 「わかってるわよ。どーせあんたが慌ててカモフラージュしたんでしょ?」
 「げ・・・なんで?」
 「やっぱりね」
 「・・・誘導か?きたねーな」

 俺のぼやきを無視して沙奈は葉月を見つめる。
 
 「・・・葉月ちゃん、あなたがいてくれれば安心みたいね・・・」
 「え?」
 「ううん、なんでもない。こいつ不精者だから大変だけどがんばってね」



 俺達三人は、それから車に乗り込み街へと出た。
 運転席には当然ながら俺。助手席に沙奈。後部シートに小娘が座っている。
 
 「この辺もそのうち廃棄ブロックになるのかしら?」

 このブロックは先日に俺の仕事場となった地区だ。

 「たまたまバーミンが連続してあらわれただけだからな。廃棄まではいかないだろ」
 「・・・あんたさ、まだハンター続けるの?」
 「なんだよ、突然?」
 「別に・・・ただ聞いてみたかっただけ」
 「変なヤツだな。そりゃ、ハンターは俺の生き甲斐だからな。止める気はない」
 「そう・・・そうよね。そんなあんただから私は惚れたんだし」

 やはりいつも沙奈じゃない。
 こいつは自分の弱みとか感情とか、そんなにあけすけに話す性格はしてない。
 事実、沙奈は俺を好きだとか、今みたいに惚れただとか俺は耳にした事がない。
  
 「おいおい・・・ホントにどうしたんだ、変だぞ?」
 「・・・・・」
 「なにかあったのか?話してみろよ」
 「・・・・・いずれね」
 「俺じゃ頼りにならんってか?」
 「そうじゃない!」

 叫び、沙奈が俺の方を向く。
 そしてまた顔を下に向けて。

 「そういう問題じゃないのよ・・・」
 「いいから話せよ」
 「・・・うん」
 
 そして沙奈はゆっくりと話し始めた。

 「私の父親・・・知ってるわよね」
 「ん、ああ。どこぞの武器開発企業の社長だろ?」
 「・・・でね、その父があんたの事をどっかで知ったらしいの」
 「なんだ、言ってなかったのか?」
 「だって・・・」
 「しょーがねぇか。いいとこのお嬢様の恋人が下品なハンターとは言えんわな」

 バウンティにしろバーミンハンターにしろ、一般の認識ではハンターは粗雑で乱暴なイメージがつきまとう。
 それというのも俺のように仕事をスマートに行うハンターが少ないせいだが。

 「そんな事ない!私は貴方が好き!ハンターだからって・・・ううん、ハンターだから、普通の男性にはない魅力があるから・・・・」
 「貴方・・・か、久しぶりにそう呼ばれたな」
 「あ・・・ごめんなさい」
 「いいさ。社交界で育ってきた時のクセはなかなかぬけんようだからな」

 元来、沙奈のしゃべり方はとても丁寧なものだ。
 そんな沙奈に俺がとても耐えられないから無理矢理崩させている。
 だが興奮したり取り乱したりすると地が出る。今のように。

 「・・・それで、父が貴方・・・あんたと別れろって・・・じゃないと」
 「じゃないと?」
 「社会的制裁を与えてやるって・・・」
 「・・・ククッ」
 
俺は呆れたね。社会的制裁だと?
 抑えきれず、口の端から笑いが漏れる。

 「な、なによ?」

 俺の表情の中には、ある種の含みがあっただろうか。沙奈の声が微かに震えている。
 決して平和な世界で生きる者にはない、迫力のようなものが。

 「沙奈。俺はサラリーマンしてるわけじゃないぜ?」
 「でも・・・」
 「フ・・・・」

 俺は車を止め、沙奈の肩に腕を回して強く抱き寄せる。
 そして沙奈の瞳に今にもこぼれ落ちそうになっていた涙を指先で優しくぬぐう。
 強さと弱さの微妙な感覚に沙奈はただ俺を見つめるしかない。
 全ての仮面を、強がりというマスクを脱いで素顔になった沙奈は可愛い。

 「いいか?俺には肩書きも名誉も必要ない。必要なのはハンターとしての技術だけだ」
 「で、でも・・・父はなにをするか・・・もしかしたら貴方を賞金首にしてしまうかも・・・」
 「上等だよ」

 俺は唇をゆがめて不敵に笑う。

 「バーミンという悪魔と常に戦う俺だ。賞金目当てに動くハンターどもなんて所詮はザコでしかない。全て返り討ちにしてやるさ」
 「でも、ずっと追われて・・・会えなくなるかも・・・・」

 俺は沙奈のアゴをクイッと軽く上げる。

 「俺が好きか?」
 「・・・ええ・・・」
 「なら連れていってやるよ。どこまでもな」
 「・・・・」

 沙奈がゆっくりと瞳を閉じる。
 俺が唇を重ねようとした時、ふと後部座席の小娘が目に入った。

 「あ・・・・」

 顔を真っ赤にしてうつむいている。ちょっと子供には早いシーンだったか?

 「・・・・どうしたの?」
 「いや、その」

 間が悪いといった俺の視線を追う沙奈。

 「あ・・・葉月ちゃん・・・」
 「・・・・・・コホン」

 俺は重くなりかけた空気を破るように車を発進させた。
 と、横から沙奈が小声で囁いた。

 「ずっと・・・愛してるからね」

 

 

『素顔』  END
to be C・・・・


 
 

『過去』


 

 

 街についた俺達は車をパーキングした後、沙奈は洋服を買いに行くと言い出した。
 さっきの熱っぽいシーンの後、沙奈はふっきれたように笑顔を取り戻している。

 「沙奈、服なんて腐るほど持ってるだろうが?」

 沙奈は違うわよ、と呆れた物腰で答えやがる。
 生意気だ。さっきまでしょげてやがったクセに・・・これだから女はわからん。
 世にも不思議な事象は腐るほどあるが、永遠の謎は女心に違いない。

 「葉月ちゃん、いつまでも同じ服なんて可愛そうでしょ?」
 「え、あたしに・・・ですか?」

 まさか自分の為とは思っていなかったらしく、小娘がキョトンとする。
 沙奈は笑って、

 「そうよ。女の子は着飾って当然。より可愛く、より美しくってのは女の特権なんだから」
 「でも・・・」
 「お金なら心配いらないわ。ねぇ?」

 最後の、ねぇ?の部分だけが俺に向けられた。俺はため息をついて降参の意を現す。

 「紳士じゃないけど、フェミニストなのがあんたのいい所よね」
 「うるせー」
 「フフ・・・じゃあ、行こうか葉月ちゃん」

 沙奈は小娘の手をとって俺の先を歩き始めた。



 女の買い物というものは長い。
 なぜこうも非合理で非能率なのかが不思議に感じられる。世の男達はこうして不条理なデートに泣いているんだろう。
 すでに何件目なのかもわからない中、俺は両手に紙袋を抱えている。無様すぎる。
 同じ抱えるにしても、バーミンにかこまれて重火器を抱えている方がマシだ。

 「あら、これもいいじゃない?」
 「え、あ・・・かわいいです」
 「ほら、試着してみなさいよ」
 「あ、じゃあ」

 しんどい・・・やっぱりバーミンの相手してた方が百倍楽だ。くそったれ。
 キャーキャーとあーだこーだ騒ぐのに年の差は関係ないのか、すっかり意気投合してやがる。何の因果で俺がこんな目に会うんだ?

 「お待たせー」
 「お待たせしました」
 「はいはい・・・」

 俺は追加される紙袋を抱えた。
 しょせんは布のきれっぱしと紙袋だから重量はないが、かさばる事この上なし。
 無様が無様に上乗せされ、さらに無様だ・・・はぁ。

 「じゃあ、次のお店に行こうか」
 「おい!」
 「なによ?」
 「もう十分だろうが!こんだけ買い込んでまだ・・・」

 と沙奈が俺の耳元で。

 「下着がまだよ」
 「ぐ・・・」
 「それとも同じ下着をずっと使わせる気?花も恥じらう、うら若き葉月ちゃんに?」
 「ぐ・・・」

 正論・・・だがこれ以上は体がもたないのも事実。

 「わかった・・・行ってこい。だが、俺は車で待ってるからな」
 「いいわよ。さすがにランジェリーショップに男性は連れていけないしね」

 それだけ言うと、二人は楽しそうに歩いていった。
 仲間外れにされた事が妙に悔しく、男のプライドの安さを一瞬悲しく思ってしまった。



 沙奈は葉月を連れて歩きながら、

 「葉月ちゃん、ちょっと聞いていい?」
 「え、なんですか?」
 「・・・・ご両親は貴方がここにいる事を知ってるの?」
 「・・・・・」
 「家出?」
 「・・・・はい・・・逃げてきたんです」
 「何かあったの?」
 「・・・・・」

 沙奈は葉月の表情から見て、自分の質問がいいものでないとすぐに気づく。それでも。

 「できれば話してほしいの。彼の側にいてくれるのなら」
 「え?」
 「車の中でも言ったけど・・・私は彼と別れる事になるわ・・・」
 「でもさっき・・・・」
 
 沙奈は首を振る。

 「彼の言葉はとても嬉しかった。だけど、私は父に逆らえない」
 「どう・・して?」
 「私、孤児だったのよ。幼い頃に父に引き取られたの」
 「・・・・」
 「だから跡継ぎにふさわしい男性と結婚しなくてはならない。当然、父もそう望んでいるわ。それが育ててもらった恩を返す事ができる唯一の・・・

 「孤児・・・だったんですか」
 「ええ。だから父にはすごく感謝してる。いつのたれ死んでもおかしくなかったんだもの」
 「あたしも・・・孤児でした」
 「・・・そう」

 葉月は二年前、自分が沙奈と同じようにある家に引き取られた事を告げる。

 「でも、どうして家出なんて?」
 「養父は・・・あたしを・・・・それが目的で・・・あたし、あたし・・・」
 「・・・・そう、もういいわ。ごめんなさい」

 葉月の言葉と態度で沙奈は全てを理解した。
 よくある話だ。ある程度の財がある人間が自分の性の欲求を発散する為に子供を引き取る。
 沙奈の養父はそうではなかったが、葉月は運が悪かったのだろう。
 だが求められたものが違えど、沙奈もまた同じようなものである。

 「それで逃げて・・・そうしたら男の人が・・無理矢理・・・」
 「そこを彼が助けてくれたのね」
 「・・・はい」
 「そっか」
 「とても嬉しかったです・・・男の人を初めて暖かく感じました」
 
 沙奈はクスリと笑う。実に彼らしい行動だ。口だけの下心に隠された優しさ。
 沙奈は今までの世界、つまり企業のトップなどが集うパーティーなどで飛び交う腹に隠された本音や下心を知っているがゆえに、人間の本心には敏感
である。
 
 「彼はね、言葉だとあんな風だけど・・・とても優しくて頼りがいがある人だから安心していいわよ」
 「はい・・・でも沙奈さん、本当に?」
 「うん。彼にハンターをやめてもらって父の会社に入って・・・そう言おうとも思ったけど・・・」

 沙奈が空を見上げて葉月から顔をそむける。

 「でも断られる事を願ってた。彼は私とは違う世界で生きていて・・・私はそんな彼に恋してるってわかってるから」
 「・・・・・」

 葉月は乾いたアスファルトに落ちた雫に何も言えなくなる。
 それはどんな言葉よりも、いかに沙奈が愛しているかを物語っていた。

 「あ、ごめんね、暗い話しちゃって」
 「・・・沙奈さん」

 取り繕ったような笑顔はとても寂しいものだった。

 「さ、行こ。あんまり待たせると彼に悪いから」
 「・・・はい、そうですね」

 

 

『過去』  END
to be C・・・・

 

 

『信念』


 

 

 「ったく・・・おせーな」

 俺は倒した車のシートで腕時計に目をやった。
 二人と別れてからもうだいぶ経つってのに、一向に帰ってこない。

 「女って生き物は永遠の謎だな」

 たかが買い物だけにこれだけ時間を消費するくせして、待ち合わせには少しばかり遅れただけでも怒り出す。

 「ま、そこがいいんだが・・・ん?」

 もたれかかったシートからサイドミラーに目をやると、体格のいいスーツを着た男が二人ばかりこちらへと歩いている。ただの通行客にしては殺気が
ある。

 「俺・・・か?」

 疑問に思うまでもないか。ハンターなんぞヤクザな商売をやってりゃ自分の知らない場所で恨みをかっていても不思議じゃない。
 俺は寝たフリをする。やはりカンは当たっていた。
 横のサイドガラスがコンコンとノックされる。
 俺はできるだけ眠たげな目でそちらを見て、ウインドゥを開けた。

 「沙奈さんはどこへ行った?」
 「どっか買い物だ。なんだあんたら?俺は眠いんだが?」

 と、通行人から隠すように銃口を俺に向けた。
 どちらにしろ、こんな所で銃を抜くんだ、素人か・・・
 
 「お急ぎのようだな、つきあってやるよ」
 「ふん、強がりは立派だな」

 強がり、ね。まぁいいさ。
 あとは二人の指示に従った。従順なかよわき子犬のように。ワンワン。



 連れ込まれた先は裏路地だった。なんてセオリーな場所だ。脅迫も背に銃口をつきつけるだけという美学も何もない、俺に言わせれば顔から火が出る
ほど恥ずかしいものだった。俺は二人の前に座らされる。
 
 「我々の言う事をきけば命だけは助けてやる」
 「・・・聞くだけ聞いてやるよ。本来ならむさい野郎に耳を貸す趣味は持ち合わせてないんだがな」
 「この・・・」
 「よせ、いいか?」

 二人のスーツのうち、年を食ったほうが口調も静かにだが、銃に殺気をこめて口を開く。
 あと数年すればそこそこの荒事師にはなれるかもな。

 「我々の要求は一つ。沙奈さんの事を忘れて二度と現れるな」
 「くそくらえ」
 「貴様・・・もう一度言って見ろ、状況をよく見てな」

 スーツが銃をちらつかせる。
 まだまだだな、銃は脅しに使うもんじゃない、撃つもんだ。
 俺はため息混じりに言ってやる。
 
 「顔も悪いが耳も悪いようだな。く・そ・く・ら・え。そう言ったんだよ」
 「・・・お前、死にたいのか?」

 俺はそう言ったスーツを正面から見る。
 その銃をわしづかみにして、俺は自分の胸へと密着させた。

 「撃てるか?どうせ人を殺した事などないんだろう?」
 「・・・は、離せ・・・!」
 「人を殺す時に言葉はいらない。静かに、そして確実に実行するだけだ」
 「く・・・・」

 荒事のプロらしいが、生憎と俺もプロだ。それもバーミンハンターのな。
 睨むだけでスーツは後じさりする。染みついた迫力というものが違う。

 「社長さんに言っとけ。沙奈は俺のモンだ。手放しはしないとな」
 「・・・これでもそんな事が言えるか?」

 もう一人も銃を抜いた。
 俺はただ笑う。あくまでクールに。そして冷酷っぽく。
 
 「バーミンハンターの俺に・・・そんなものが本気で通用すると思っているのか?」
 「なんだと?」

 もちろん通用する。急所に当たれば一発であの世行きだ。
 だがバーミンハンターというのはその職業上、恐れられている事が多く噂にも尾鰭背鰭がつきやすい。俺が聞いた噂には、バーミンハンターは銃の弾
丸を目視でよけ、手から火を出すなどという魔法使いのごときものもあった。

 「どうやら身をもって教えてやるしかないか」

 静かにセリフを言い終え、俺は髪をかきあげる。

 「無駄な殺しはしたくないが・・・」
 「く・・・・」

 銃をかまえたまま硬直する二人。
 
 「どうした・・・死ぬのが怖いか?」
 「う・・・ぅ・・・」
 「・・・いいだろう。今なら遊びですませてやる、消えな」

 俺はアゴで行けと合図した。
 すると二人を縛っていた見えない糸が断ち切れ、あとは一目散に逃げ出していった。
 ただ、その際。

 「社長はお前をずっと追い続けるだろう!たかが一人の女の為に命を狙われてもいいのか!?」

 負け惜しみのようにスーツが叫ぶ。俺に対する脅しのつもりか?
 俺は皮肉っぽい笑みで答える。

 「愛とは後悔しない事、それが俺の信念でね」
 「後悔するなよ!」
 「最低の捨てゼリフだな。あそこまでは落ちぶれたくないねぇ」



 俺が車まで戻ると二人のレディが、一人はふくれっツラで待っていた。

 「どこ行ってたのよ。だいぶ待ってたのよ」
 「ん、あ、ちょっとな」

 俺だって死ぬほど待ったとは言わず、車のロックを開ける。
 女という不条理な生き物にそんなことを言った所でムダだとわかってるからな。
 全員が乗り込み、俺はエンジンをかけた。

 「買い物はもう全部終わったか?」
 「ええ、もういいわ」
 「そりゃ良かった。これ以上は体がもたん」
 「ふふ、お疲れさま」

 車中、俺は後部座席の小娘を見る。

 「眠ったようだな」
 「そうみたいね。だいぶ歩いたから、疲れちゃったのよ」
 「・・・沙奈」
 「なに?」
 「なにも心配はいらない。だからずっと俺の側にいろ」
 「・・・・・うん、ありがとう」

 

 

『信念』  END
to be C・・・・





『別離』


 

 

 マンションに到着するころには日も傾いていた。
 高層というほどでもないが、その一階のつきあたりが俺の部屋だ。
 なんというか、その場の流れで今夜は沙奈がウチに泊まっていくらしい。

 「今夜は騒がしいパーティーになりそうだな・・・」

 二人してキッチンを占領し、料理を始める後ろ姿はなんとも平和である。
 が、たまにはこういうのもいい。
 戦士には休息が必要だ。戦いのさなかに感じるスリルとは違った感触があるからな。
 上質の酒と極上の女、そして吸い慣れた一本のタバコ。最高の休息だ。
 
 「お待たせー」

 沙奈と小娘が湯気も白い料理をテーブルに並べながら俺を呼ぶ。
 なんとも豪勢な食事だ。ここ数日は小娘のおかげでまともな食事が続いていたが、さすがに沙奈の料理は食材が高いだけあってゴージャスだ。

 「こいつは旨そうだな」
 「失礼ね、美味しいに決まってるでしょ?誰が作ったと思ってるのよ」
 「これは失敬」

 俺の横に小娘が、正面の席に沙奈がつく。

 「じゃあ、いただくとするか」
 「いただきます」
 「熱いから気を付けてね」

 ほのぼのとしたアットホームなムード。
 ・・・・一瞬、いやな事を想像しちまった。俺らしくもない。

 「ねぇ」
 「なんだ?」

 沙奈が思いついたように声をかける。

 「なんか家族みたいね」
 「ブッ!」
 「あ、汚いわね!」
 「お、お前な・・・」

 沙奈が言った事こそ、今さっき俺が想像していた事だった。
 俺に似つかわしくない単語は努力、根性、友情。そして家族だ。
 孤独なバーミンハンター、それが俺のはずなのに・・・
 ここ最近の俺はヤキがまわったとしか思えない。

 「あんたもさ、いつまでも孤高の戦士なんて気取ってないで落ち着いたら?」
 「なんだと?」
 「似合わないってのよ。クールっぽいカッコも、フェミニストまがいのセリフも」
 「こらこら、誰にモノ言ってるんだ?世界中探したって俺ほどのナイスガイはそうそう見つかるもんじゃないぜ?」

 俺は余裕のある仕草で両手を呆れたように広げる。
 言葉ではいわず、態度だけで「わかってないな、ヤレヤレ」と表現した。

 「それが似合わないっての」
 「いちいちうるせーな・・・犯すぞ」

 野獣の目で睨む俺。対して。

 「やれるもんなら、やってみなさいよ」
 「言うじゃねーか、なら・・・・」

 俺が冗談で立ち上がり、沙奈に襲いかかろうとした時、横で肩を震わした小娘がいた。
 何もいわず、ただうつむいている。

 「・・っと」

 俺はそこで動きを止めた。
 沙奈がいつもより厳しい目で俺を睨む。

 「葉月ちゃんの目の前でそんな事、冗談でもできると思ってんの?」

 ・・・確かに、小娘にゃトラウマになってるっぽいが・・・
 フェミニストの俺とした事が、考えなしの発言だったか。

 「ほれほれ、なんとか言ってみなさいよ」

 と、一転した態度でスカートのスソをひらひらと指先で弄ぶ沙奈。
 だからと言って、なんで俺がここまでなぶられにゃならんのだ?

 「葉月ちゃん、だめよぉあーいう男につかまっちゃ」
 「・・・・・はーい」

 今度はさげすむような眼差し。あー・・・もう、好きにしろ。
 が、おかげで雰囲気も暗いものではなくなった。
 これがもし、沙奈の計算づくだったら怖いがな。

 「でもさぁ・・・」
 「なんだ?」
 「こういうのもいいよね・・・」

 沙奈がぼんやりと呟く。

 「・・・そうだな」

 戦う必要のない時間。愛する者の笑顔と頼ってくる小さな心。
 心地よい感覚だ。互いが違いを必要としている。

 「ねぇ、沙奈さん」
 「なに?」
「やっぱり・・・二人はいつも一緒の方がいいと思う」
 「おいおい、どうしたんだ小娘?」

 なんだか妙な事を言い出しやがる。
 沙奈の親父が追っ手を出してきたのはバレてないはずなんだが・・・

 「葉月ちゃん・・・」
 「・・・・」
 「ありがとう、大丈夫よ。私はいつも彼と一緒にいるから・・・」
 「本当に?」
 「うん、例え・・・彼がダメって言ってもついていくわ」

 最後の所で沙奈が俺の方を振り向く。
 その目の中に映る俺は笑う。

 「後悔すんなよ?」
 「貴方と別れるよりも後悔する事なんてないわ」

 また、貴方、だ。
 苦手なんだよな、こういう時の沙奈は。
 妙に迫力があるし・・・たまらなく魅惑的でひるんじまう。濡れた唇と潤んだ瞳が俺をたまらなく魅了してくる。まさに女は魔物ってヤツだ。



 夜も更けて。沙奈達も隣の部屋で熟睡してる頃だろう。
 俺はベッドの中で、スーツ姿の二人組の言葉を思い出していた。
 これから何度でも沙奈を狙ってくるだろう。
 ならば何度でも返り討ちにしてやる。相手が諦めるまで。
 沙奈の父親がいつまでも諦めないならば・・・直接乗り込んで、親父を殺す。
 どうせ沙奈を育てた人間と言っても、所詮は沙奈を政略結婚の道具としか見てはいまい。

 「そんな義理の父親でも沙奈は俺を恨むだろうが・・・邪魔はさせん」

 たとえ、止められても俺は実行するだろう。
 命を賭けて女を愛するとはそういう事だ。
 たとえ沙奈に恨まれても、嫌われても、俺は沙奈を愛し守り続ける。
 そう、彼女が俺に別れを告げない限り。

 「・・・・これが俺の愛し方だからな・・・・・」

 近く、この家も引き払った方がいいだろう。
 どうせ小娘の事もあるんだ、すぐに手狭になっちまう・・・って。

 「・・・・まぁ、いいか。にぎやかなのも悪くない」

 これからは子連れハンターで名を上げるかね。
 俺は笑ってあきらめにも似たため息を吐いた。
 と、

 コンコンコン!

 「ん?」
 「起きて!沙奈さんが!」
 「なんだ?」

 俺はかけていたシーツをはがし起きあがる。ドアを開ければ小娘が騒いでいた。

 「どーした?こんな夜中に?」
 「こ、これ・・・」
 「あん?」

 小娘は一枚の手紙のようなものを俺に渡す。
 それを読んだ時、俺のはらわたは煮えくり返った。自分のあまりの不甲斐なさに。

 「なにを・・・考えてやがんだ、あの女は・・・・!」
 「早く捜しに行こうよ!」
 「当たり前だ!」

 俺は素早く着替え、コートをわしづかみにする。
 
 「お前は留守番だ、大人しくしてろ!」
 「いや!ついていく!」
 「お前が来ても邪魔なだけだ!」
 「私だって沙奈さんが大好きだもん!連れていって!」

 悲しみと強さが混同した表情だった。
 今にして思えば、沙奈と小娘はどこか似ているのかもしれない。

 「・・・ふん、邪魔だけはするなよ」
 「うん!」

 

 

『別離』  END
to be C・・・・





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