――セオアニン星、首都城トラビジル。その地下、特別警護牢獄。
「王が・・・崩御、だと?」
「は! 今しがたの事です! 一刻も早く貴方様の耳にお入れしなければと!!」
暗い地下の一室。
幾重もの厳重なロックを無断で開放し、兵士はその部屋の主へと駆けつけて悲劇を報告した。
その訃報を耳にした部屋の主、若い黒ずくめのローブを来た男は取り落としたディスクにかまわず、報告に走ってきた兵士に駆け寄る
。
「よく知らせに来てくれた!! 現状はどうなっている? 後継者はまだ決まっていないのだ、国が、星が、この銀河が荒れ果てるぞ!!」
大恩ある王の死を悲しむよりも、男はそう詰問する。
今は自分の感情にかまう時ではない。
数多の星を統べるこの国の王が死んだのだ。
「現在は宰相のハーサス様が・・・王に代わり、ご聖杖を振るわれておりますッ!」
ハーサスという名を聞いた瞬間、ローブの男は舌打ちする。
「やはりアイツか! 王はなぜ死んだ!?」
「それが・・・何者かに」
「殺されたというのか!?」
黒いローブの男は、ジルベルドの顔を思い起こす。
一切の感情がない、能面のような男の顔を。
間違いなく・・・王を殺したのは。
「ハーサス・・・ッ」
その名を呼んだ瞬間。
「がっ!」
兵士の体から力が抜け、かわりの大量の血を吐き出した。
次の瞬間、暗い室内に武装した多くの剣士が侵入し、ローブの男を遠巻きに取り囲む。
「く・・・」
全て理解した。
あのハーサスが行動を起こすという事は、全ての準備が整い予想される全ての妨害を排除したという事だ。
むしろ軍、政、教の全てを把握しなけれけば、王を殺すなど不可能。
そして、今、自分が取り囲まれているという事は。
「久方ぶりだな、英雄ムナ。いや、今は逆賊ムナと呼ぶべきか」
「貴様・・・」
最後に入ってきた白髪交じりの壮年の男が、黒いローブの男ムナに目を合わせて呟く。
その言葉でムナは確信する。ハーサスはやはり自分を王殺しの犯人に仕立てているのだと。
おそらくは王を殺した感触がまだ手に残っているだろうに、今もいつもと変わらぬ無表情さで立っていた。
そして、口だけを動かす。
「大人しく捕縛されろ。お前に逃げ場はない」
「ハッ! つかまった所で弁明できる場があるとは思えないがな。貴様の事だ、すでにオレが犯人である証拠もあるんだろう?」
「お前が王をしいし奉った、その一部始終をとらえた映像がある。言い逃れは見苦しい」
「まったく、ご丁寧な事だがな」
ムナが足元のディスクを拾い上げようとかがんだ瞬間。
「動くな、そのディスクに手を触れればこの場で」
ハーサスの言葉をさえぎり、ムナは笑う。
「この場で? どうする? オレを殺せるか?」
「・・・」
それでもハーサスの表情は崩れなかった。しかし、付き合いの長いムナにはわかる。
今回の件は、ハーサスの長い人生において、おそらく初めて賭けに出た行動だ。
反乱であるのか、革命であるのか、それとも違う名目があるのかはわからない。
だが、それが何であれ、事を完全に為す為に必要な”鍵”の場所がわからなかった。
そしてムナだけが、それを知りえると判断し罪をかぶせたに違いない。
ムナはディスクを拾い上げ、手の中でもてあそびながら。
「今、王の血を引く後継者達の中で『艦』を起動できるのは三人。その中で最も共感率が高い皇女で、おそらく30%」
「・・・確かに。後継資格第十五位の皇女リューベン様の28%が最高値だ」
「跡継ぎとしては充分だろう。王は47%だったとは言え、歴代の中ではとびぬけて高い数値だというだけで、28%もあれば充分な示威数値となる」
「確かに。だが、しかし」
ハーサスがムナを見る。
「そうだ」
ムナもまたハーサスを睨みつける。
「オレが王にまかされ、こういった事態にそなえて隠匿した皇女の数値は・・・157%」
「・・・」
「絶対的な力を持つ『艦』であろうと28%が操る以上、157%である彼女への攻撃はできない。逆に全てが逆流する可能性が高い
」
もてあそんでいたディスクを握り締め。
「お前のクーデターは、彼女が一言『艦』に命ずるだけで終わりだ。お前達兵士もよく考えろ。ハーサスには理も義も力もない」
しかし、ムナが見渡す兵士達には微塵の揺らぎもなかった。
「・・・ムナ。お前は誤解している。これはクーデターなどではない」
「これがクーデターでなくてなんだと?」
「独裁政治というものは、より優れた指導者が行うものだ。王は優秀であったが・・・年齢を重ねて決断が鈍くなっていた」
「だから、お前が成り代わるとでも? 三つの銀河は長い争いを経て、今、ようやく平静にある。そして我々の銀河は、王家による統制があったからこそ一つになっている。もし、我々の銀河が崩れれば、あとの二つの銀河は奪い合うようにこの銀河へと群がってくる。それは・・・かつてない規模の争いへと発展するだろう。それがわからんお前ではあるまい?」
「・・・」
その問いには答えず。
ハーサスは手を上げ。
「最後だ、ムナ。投降しろ」
「断る」
即断するムナに、ハーサスは首を振る。
「・・・捕らえろ。だが、ムナにはまだ用がある、殺すな」
「ハッ、やってみろよ」
ムナの手にあるディスクが光を帯びる。
「英雄ハトゥ殿! この距離でリーディングなどさせません!」
剣士隊の隊長がムナの姓を叫び、その合図とともに一斉に襲い掛かる。
いまは逆賊と囲んではいるものの、ムナ=ハトゥといえば、救星の英雄だった男。
長くの軟禁状態であったと言え、彼の名の頭に英雄とつけてしまうのは仕方の無い事だった。
「リーディングを、させない、だと?」
剣士と魔術士との戦いにおいて重要なものは、距離。
攻撃にしろ、防御にしろ、魔術士は時間を要する。
一対一である場合、十歩以内の距離であれば剣士が間違いなく勝利すると言われている。
そして、今、ムナと剣士達の距離は五歩とない。
しかし。
「おせぇよ。とっくに終わってる」
ディスクからほとばしる雷光。
それは全員の心臓を鎧の上から直撃し、全員を昏倒させる。
王の警護をつかさどる兵士の鎧には、幾重ものプロテクトがかかっているにもかかわらず、一瞬の制圧。
ハーサスは、かわらず無表情のまま。
「力溢れる彼方からの異邦人の力というのは、あいかわらず凄まじいものだが・・・」
「お前らとは言語が違う。ハーサス、お前と言えどオレの術は防ぎようが無い」
いまだ雷光の余韻が残るディスクをハーサスに向けるムナだったが。
「ニホンゴ、だったか? お前の魔術構成言語は?」
「・・・」
「皇女もおそらくは、お前の故郷にいるのだろう。見知らぬ星に送り込むとは思えん。確かに、貴様の故郷は我々からすれば謎と脅威に満ちている。ゆえに銀河にある全ての者達が足を踏み入れることもない。かつて銀河の全てを蹂躙したあの王族が侵略をかけ、戻らなくなった時からな。が、お前ならばその星でも安全を確保できるだろう」
「・・・」
「しかし、私の狙いは皇女だけではない」
「・・・なに?」
初めてハーサスが笑みを浮かべる。
「むしろ最大の目的は、貴様の星・・・『青き地獄』の戦士の力を得て、私は全銀河を統一する」
「・・・なんだって?」
初めてムナが額に汗を浮かべる。
対するハーサスは天を見上げるように。
「貴様の星に踏み入れること、それは禁忌にも近い事だが・・・」
ハーサスは見上げていた視線をムナに戻し。
「逆に言うなれば、こちらに引き入れる事ができたのならばどうだ? むろん、戦闘となれば、こちらの損害は少なくないであろうが・・・たとえ少人数であれど、我が陣営に加えれば絶大な戦力となるのはわかっているしな」
「・・・ちょ、ちょっと待て」
朗々と、そして喜々として語るハーサスに対して。
ムナの、英雄であり戦士としての顔が崩れていく。
「お前には、そういった戦士の面倒をみてもらわなければな。文化の違いというものは、時に想像できない隔たりがある」
「隔たり・・・いや、確かに、そうだが・・・」
「私に従うというならお前の束縛は解くし、地位も与えよう。『青き地獄』の戦士達の力ならば、全ての銀河を一つにできる・・・いや、正直に言おう」
ハーサスが再び笑う。羞恥を隠した子供のように。
「なにより、私の最大の願いはな。またお前とともに空を翔け、星をまたぎ、強者達と戦う事なのだ。宰相という地位を得てわかった。所詮、私は戦士。戦士には、剣と野心と・・・戦友こそが最大の宝なのだと、な」
ハーサスはムナを見る。かつて、ともに最前線を駆けていた戦士であった過去を思い起こしているのだろうか。
ハーサスは地位を得るために、様々な物を犠牲にして、のし上がった。
捨て去ったもの、それは愛であり、夢であり、ムナという親友であり。
だが、そうして。
ようやく探し当てた大切な物は、本当はもう手にあったのだと気づいた。そんな少年のような瞳だった。
が。
ムナは頭をかきむしる。
「待て待て。なんかいい話してるつもりだろうが、お前の切り札というか、力の確信は・・・オレの故郷の者達か?」
「そうだ。お前を見れば『青き地獄』の戦士の力は容易に想像できる。しかも、その様々な戦士は、我々も知らぬ宇宙の種族と戦い全てを退けている。貴様の記憶から探ったのだ、間違いなかろう。中には我々の戦士達と酷似した姿形の者もいた」
それを聞いたムナは、つい外見年齢相応の十七の少年のような表情に戻る。
「いや、だから、それは・・・何度も説明したように! というかお前、アタマいいのにバカなのか!?」
「今更、またあの馬鹿げた戯言を繰り返すか? 現に貴様という戦士がいるではないか? この星に来たとき、まだ魔術の基礎すら知らぬお前は、素手で剣士隊を崩壊させた。『青き地獄』の戦士でもなければ、不可能な事だぞ?」
「いや、それはオレの家系が特殊だったせいで・・・こ、これだから、この星の、いや、この銀河のヤツらは・・・」
「すでに様々な偽装を施した兵団を乗せた高速巡洋艦隊が『青き地獄』の軌道上に到着している。そろそろ行動を起こす頃だろう」
「げ、マジか、本気でアホなのか、お前は!?」
「艦長はレンブルグ。この国で最高の知識と知能、経験と判断力を備えた戦士だ。第一陣にして、必ず成功させる事だろう」
「よりにもよって、あのカタブツか!」
頭をかきむしり続けるムナ。
「くそ、地球のピンチってヤツかよ! しかも、こんなワケのわからん思い込みで・・・!」
「・・・思い込み、か。そこまでシラを切るというのならば・・・証を見せてやろう」
ハーサスがデイスクを取り出し、リーディングをかける。
身構えるムナ。だが、ハーサスは首を振り、見ろ、と、ある映像を宙に映し出した。
ムナにとって、それは懐かしい光景。
見覚えのある草木と一つだけの月が浮かぶ夜空。
「貴様の故郷『青き地獄』へ送った強行偵察機の映像だ」
「・・・」
郷愁がムナの胸に広がる。
しかしそれも一瞬。
「な、なんだ!?」
映像は一転して魔法少女・・・というには、少々大人の女性が黄金に輝くドレスをまとって戦う姿があった。
強行偵察機の攻撃をかわしながら、白と黒の不可解な輝きを発する手甲のようなもので殴りかかっている。
さらにいうならば、その後ろ。黒ずくめの鎧をまとった男の姿もある。
こちらは剣をたずさえ、女とともに戦闘に参加している。
映像はそう長く続くことなく。
偵察機の破壊をもってして終了された。
「さすが、というべきなのだろうな。簡単に着陸を許したと思ったら、待ち伏せとは。偵察機とはいえ、全ての攻撃は回避、もしくは無効化され、魔力によって強化された装甲ですら脆くも破壊されたのは・・・実に予想外であり、頼もしい」
ハーサスは笑う。
その強大な力を確信し、それを手中にした先に待つ未来に。
そして。
「ちょ、え? なにが? なんだ、今の?」
ムナだけが混乱の最中にあり。
そんな呆然とした瞬間をハーサスが見逃すはずもなく。
「まぁ。隙あり、だ」
「うおっ、しまった!」
そして、ムナは捕縛された。
10/ 『晴れ、ときどき玉子焼き、ところにより宇宙人』
オレは今、心身ともに疲労の絶頂にあるわけで。
先週は色々とあった。本当に色々とあった。自分の記憶の正気を疑うぐらいに不思議なことも。
うつろな目で、指にはまっているリングを見る。
「・・・」
どこまでもリアル。
・・・。
普段は無口でシャイな高校生! そんなオレの正体は魔法少女とともに戦う男! 薙峰梓、推参!!
「・・・」
などと心の中で自虐的なボケをしてみても、精神的疲労は一切とれない。
さらに追い討ちをかけるように、先週の末に突然やってたある人物がオレの疲労を倍加させていた。
姉、真王寺要。
加えてなぜかメイド服。
静寡さんが持っていた服らしいが・・・二人とも世俗にうといから絶対に何か勘違いしてる。しかも全力でナナメ後ろ方向へ。
そして姉と言っても、血がつながっているわけではなく。
そんな弟である自分が言うのも何ですが、美人で大きい人。
そう、とても心が大きい人。あと、それ以外も大きい人。
ともかく、そんな人と二人っきりの週末。
食事は一気に豪華になり、育ち盛りとしては非常にありがたいものの。
風呂に入っていれば、「背中を流してやるぞ!」と素っ裸で乱入してくる。
布団に入れば、「たまには一緒に寝よう!」と下着姿でもぐりこんで来る。
実家にいた時以上のスキンシップに、オレの心は常にレッドゾーン。
当然、昨夜も眠れず。というか、姉さんが来てからまともに寝ていない。
というか眠れるか、でっかいのが背中にあたってるのに!
「・・・」
と。
そういうわけで、登校してすぐさま机につっぷしてしまいました。
普段であれば、忌むべき称号『殺人鬼』も、こんなときは便利というかなんというか。
先生達もオレを見てみぬ振り。
・・・悲しいといえば悲しい。
そんな空虚な時間は続き、やがて昼放課。
「・・・」
普段ならば、屋上で桜先輩を待つ幸せな時間。
とは言え、今日は無理すぎる。
こんな精神状態、つまり抑圧された若い青少年の猛々しさがオレの心に充満しきっていて、いつ爆発するかわからない。
もし屋上で桜先輩と二人っきりになってしまったら・・・止まらない。多分。
ゆえに無の境地へ。チキンとかではなく、これは愛する人を守るために!
「ン・・・お・き・て?」
ん・・・?
いかんいかん、無理に眠ろうとしているせいか、桜先輩の声が耳元にあるような幻聴まで聞こえ始めた。
と、思った瞬間。
ものすごい勢いで体を揺さぶられ、おうおうおう!
「・・・」
何事かと顔を上げれば。
そこにはアップで笑顔全開の桜先輩の桃色の唇が!
一気に目が覚めました。
「さ、屋上行くよー!」
目がさめても体は急に動かない。オレは桜先輩に手を・・・柔らかい・・・つかまれたまま連行される。
途中、高野君にお礼を行っていたけど、知り合いだったとは知らなかった。
そして屋上。
あいかわらずそこだけ他の生徒が近寄ることのない指定席で、オレと桜先輩の昼食が始まった。
しかも本日はいつもより風が強いというコトもあって、生徒の数も数えるほど。
「・・・」
と、ここで気づく。
弁当がない。
確か、姉さんが弁当を作ってくれると言っていたのにすっかり受け取るのを忘れていた。
かと言って、今からパンを買いに行くというのも。などと考えていると。
「おや、お昼ゴハンは? あ、そっかそっか、アタシが急がせたから手ぶらになっちゃったんだね」
などと、なぜか嬉しそうに言いながら。
「仕方ない。本日はこの優しい桜先輩が、お手製のお弁当をわけてあげましょうー」
と、バッグから取り出したのはいつもの小さなランチボックス。
ではなく、大きな弁当箱。
「・・・」
「・・・な、なにかな、その目は?」
なぜか顔が赤い桜先輩。
だが一瞬でオレは理解した、桜センパイ、いや、おそらくは乙女心というモノの本質を。
今ならわかる。
乙女心、それを察するコトのできない男は、女の人を愛する価値などないと思う。
「べ、別に、キミに食べさせてあげたいからってワケじゃないんだからね?」
「・・・」
桜先輩、かわいい。
そうですよね、やっぱり女の子でも食べる人は食べるでしょう。特に桜先輩のような元気全開の人は燃費も悪いだろうし。
しかし、いつものは人の目がある。そんな中で男子生徒のような弁当を持ってくるのは、女の子として恥ずかしいのだろう。
そこでオレ。
あくまで二人で食べるというのであれば、それほど不思議な量ではない。
深遠と思っていた乙女心も、こうして理解してみれば、そう難しいモノではないと思う次第。
しかしこの乙女心作用からなったこの状況はオレにとっても嬉しい。
ひとつの弁当を二人でなんて、まるで恋人同士みたいではありませんか?
などと、幸せにひたっていると。
「あ、しまったー」
と、まったく、しまっていないような棒読みで桜先輩。
続いた言葉は。
「おハシが一膳しかないや。うーん、仕方ない」
と、またしても棒読み。
「こ、これじゃ、そのー・・・仕方ないね」
まぁ・・・確かに仕方ない。
オレは昼食抜きですね。幸福というものはそう簡単にやってこない。そんな優しい神などいないのだから。
「はい、あ・・・あーん?」
「!!」
「仕方ない、仕方ないから、あーん・・・口をあーん!!」
仕方ないって・・・そっちの方向に仕方ない!?
しかもなぜか、やけっぱちのように顔が真っ赤。
オレの目の前には、ピンクのハシにはさまれた玉子焼き。
「・・・」
オレ、動けず。
「・・・」
桜先輩も、固まったように玉子焼きを差し出したまま不動。
「・・・」
心臓の音が次第に大きく速くなっていく。
いいのか?
これを・・・あーん、してしまっていいのだろうか?
桜先輩にとっては何気ないアクションなのかもしれない。
しかし、姉さんのせいでオレの理性はいつもより少し、そう、ほんの少しだけワイルドになってしまっている。
あーん、から、ああん、になってしまう可能性も、待て待て、落ち着け、オレは何を考えている!?
桜先輩はオレを番犬のように思っているだけで、きっとこのあーんも、わんこにエサをやる程度の・・・それはそれで悲しすぎる。
「・・・」
桜先輩を見る。
「・・・」
桜先輩もオレを見ている。
「・・・」
桜先輩を見る。
「・・・」
桜先輩もオレを見ている。
「・・・」
桜先輩を見る。
「・・・」
桜先輩が目をそらし。
「そのさ・・・あーん、しないの?」
「!!」
確信をもって言える。
神は・・・いた!!
そして、今から食べるこの玉子焼きは、これまで食べたあらゆるものより美味い玉子焼きだと!!
「・・・ッ!!」
オレは拳を固め、全身を緊張にみなぎらせながら口を開き。
ジリ、ジリ、ジリと、ゆっくりだが、確実に玉子焼きへと近づく!
額から流れた汗が目に入るが、目標を見失うコトなど今のオレには決してない!
そして!
まさにあーんを達成しようとした瞬間!!
パンッッッ!!
どこからか、乾いた爆発音のようなものが響き。
「きゃ!!」
「!!」
桜先輩の小さな悲鳴。
そして。
その衝撃で。
オレの目の前で。
黄色くて。
柔らかそうな。
玉子焼きが。
ハシから離れ。
ポトリと。
落ち。
た。
「・・・」
おおおおぉぉぉぁぁぁあああああ!!!
「薙峰クン、見て、アレ、何が起きたの!?」
今までの生涯でもっとも深い悲しみに落ちたオレの首をぐりっと向けて、破裂した給水タンクに向ける。
膨大な量の水が溢れ出し、屋上は水びたしの状況になりつつある。
すでに他の生徒達は校舎の中へと避難を始めている。
・・・落ち着け、オレ。
今すべき事は玉子焼きの事を忘れて、桜先輩を安全な場所に避難させる事。
うなずき、オレは桜先輩とともに校舎へと戻ろうとする。
その瞬間。
給水タンクから飛びだした赤い何かが、オレと桜先輩の前に落ちてきた・・・いや、着地した。
「まったく・・・隠密行動どころではないな。副艦長も手荒いものだ」
それは赤い服を着た人間だった。
ずぶ濡れのそれは、しかしすぐさま水分を蒸発させて、ライダースーツのような質感となる。
なん・・・だ?
「おや? すまない。少々驚かせてしまったようだ」
顔すらも赤いヘルメットで覆っているが、声からして男だとわかる。
「ついで、と言ってはなんだが・・・君は戦士かな?」
「な、何言ってるの、この人?」
不安げにオレに抱きつく桜先輩。やわらか・・・それどころじゃない。
あきらかに異常な状況。
パッと見、戦隊ヒーローに出てきそうなヤツが突然、現れたのだから。
「・・・」
指輪の感触を確かめながら、オレは桜先輩の手をとり自分の背に隠し数歩下がる。
「警戒させてしまったかな? 戦士でないならば、危害を加えるつもりはない。それならば、少しだけ話を聞きたいと思うのだが」
赤の男は手を広げてオレ達に歩み寄ってくる。
校舎へのドアは・・・男の背の向う。
「さて。まずは戦士かどうかだが、是か否か?」
「・・・」
かつて。
オレを襲った化け物は桜先輩の姿に化けていた。
幻覚効果だか何かよく理解できなかったが・・・この男もそうではないとは言い切れない。
少なくとも味方ではない。敵かどうかを確かめようにも、桜先輩に何かあってからでは遅い。
「な、薙峰クン・・・」
背中で震えている桜先輩。
バルカロール、その力を今こそ使うべきなのだろうか?
しかし、バルカロールはあくまで守りの力だったはず。
と、なると竜胆を呼ぶしかない。
「・・・」
オレは携帯を取り出そうと、スボンの後ろポケットに手を回し。
「おっと」
それまで何も持たずゆっくりと歩いていた赤い男が、どこからか取り出した銃口を向けてきた。
「!!」
「じ、銃!?」
桜先輩がますます声と体の震えを大きくする。
「君がもし戦士だとするならば、わずかな挙動を許せば先制を受ける危険があるからな。今、手にしたのは武器の類か? とりあえず
ゆっくり出して下においてもらおう」
意味がわからないが、オレは従う。
今は自分だけではない。桜先輩の安全が第一だ。
オレはゆっくりと携帯電話を取り出し――つつも、一件しかないアドレスならばすぐさま発信する事ができる――竜胆に電話をかけた状態にしながら地面に置く。
「武器、のようには見えないが・・・微弱な発信反応がある、な」
赤い男はしばし何かを考え。思い当たったように。
「戦士か仲間を呼んだ、か?」
銃弾をオレの携帯に放った。粉々に砕け散る電話。
「あ・・・」
「!」
それを見たショックで、桜先輩が気を失う。
がくり、と力の抜けた桜先輩の体を支えつつ。
しかし。
オレは聞き逃さなかった。
電話が破壊される瞬間、竜胆が電話に出たのを。
竜胆なら事態を察してかけつけるはずだ。問題は。
「ややこしい事をしてくれたな。これではやってくる戦士に敵視される可能性が高い。今は望ましくない事態だ。撤収すべきだろうが君と・・・その少女には私という存在を知られてしまっている」
「・・・」
赤い男が銃口をオレ達に向ける。
「予定通りにはいかないものだな。作戦の練り直しか・・・君たち、すまない。何、命まではとらない。少し、記憶を改ざんさせてもらうだけだ」
そして、ちゅうちょなく引き金がひかれた瞬間。
オレは反射的に叫んでいた。
「バルカロール!!」
赤と黒で飾られた指輪の名を。
即座、目の前に赤いバラの花びらが一枚、ヒラリと舞い降りる。
「!?」
い、一枚!?
しかし。
バケモノとの戦闘では嵐のように舞い散っていた力だが、今回はそれで充分と言う様に。
その一枚は確実に赤い男の弾丸を包み込み、ともに地に落ちて弾丸ごと消滅していく。
「・・・やはり、戦士か」
赤い男が右手だけでなく、左手にも銃を構える。
「見たことのないプロテクトだが・・・それはそれで面白い」
何か言っている。言っているが、オレにできる事は防戦のみだ。
一瞬の動きも見逃すまいと身構えるオレに対し、赤い男がとった行動は実に意外だった。
「順序が逆になったが・・・互いに戦士というならば、名乗るのが礼儀だな」
赤い男が、厳かに二つの銃を自分の胸の前で交差させ。
「我が名はレンブルグ。銃に刻みし銘は”探求”。この身は強者との戦いで、強さを探求する為にある」
それだけを一息にオレへと投げかける。
「・・・」
で、何か期待するようにコッチ見てるんですけど
「・・・」
まだ見てる。
「・・・?」
いや、首をかしげられても。
「つかぬ事をきくが・・・」
なんでしょうか。
「この星では、戦士の決闘前に名乗りをあげる事はないのか?」
う・・・やっぱり、今のは名乗り上げ、か。
少し前、例の居合い使いのチビっ子に名乗られそうになった時は、なんとか助かったものの。
今回はどうしようもない、か。
しかも、この星って・・・。
宇宙人ですか、そうですか。いまさら驚くこともない。
魔法少女がいるなら、宇宙刑事も、なんとか戦隊もいるんだろう。
問題は、この男が銃を所持して、それをこちらに向ける意思があるという事だ。
とは言え、名乗られてしまったのは事実。
「・・・」
オレは手でちょっと待ってとジェスチャーする。
「・・・ふむ」
赤い男が銃をおさめる。あ、伝わるものなんだ。
とりあえずオレは桜センパイを少し離れた、いつものベンチへと運び休ませる。
「・・・」
そうして、意を決すると、すぐさま男の前に戻り。
「真王寺流無名、薙峰梓」
名乗られたならば、名乗り上げろ。
それはオレが真王寺の家を出るときにつけられた約束の一つ。
要は、ケンカを売られたら全部買え、もちろん全て勝て、というハナシだ。
しかし、まさか初名乗りの相手が宇宙刑事みたいなヤツになるとは思いもしなかった。
「長い名前だが・・・ムナという名が入っているという事は、あの英雄殿の血族なのか」
「・・・」
全部名前だと思われているらしいものの、訂正するのも面倒になりそうなのでそっとしておく。
人違いされているみたいですが、無名というのは、言いたくないけど、まだヒヨっ子という意味です。
姉さんとか、御付きの三人の人たちにはそれぞれ名前が与えられている。
「ふ、余計な事は語らない、か。私も饒舌なほうではないのだが、やはり『青の地獄』の戦士は違うな」
赤い男、レンブルグが銃を再び構えつつ。
「命まではとるつもりはないが・・・おとなしくついてきれるようでもないしな。手足の一本や二本、とらせてもらう」
「・・・」
殺意や殺気は感じられないまま。
レンブルグの目が熱さを帯びていく。まるで試合に臨む闘技者のような雰囲気。
「行くぞ!」
二つの銃口がオレへと向けられる。と、同時にこちらへと走り出すレンブルグ。
「!」
やばい、いきなりピンチ!
対峙したものの、オレには攻撃手段がない。
よって、向こうの攻撃をなんとか凌ぎつつ、竜胆が来るのを待つという手しかなかったのだが。
接近され、銃口を密着されられたら、バルカロールの花弁では防御しようがない。
あわてて後ろへと飛び、距離をとろうとするも、それが裏目に出た。
「やはり密着では防げないタイプのプロテクトか。リーディングは素早いが、それでは私の弾は防げん!」
プロクテトとかリーディングとか謎の言葉はともかく、こっちに他の防御手段がない事もバレた!
「逃げの一手とは、名乗りあげた名が泣くぞ!」
そうは言われても、こっちは対宇宙人を想定してないッ!
防戦というより、完全に逃げているだけのオレだったが、ついに懐に入られる!
「まず、その足をもらう!!」
銃口が太ももに押し付けられる感覚、これはヤバイ!!
すぐさま来るであろう激痛を覚悟ししつつも、少しでも可能性にかけ、オレは。
「バルカロール!」
銃声とオレの声が同時に響く。瞬間、はじかれたように距離をとったのはレンブルグだった。
チャンスだったはずだが・・・痛みはない。不発?
オレはすぐに体勢をたてなおし、距離をとる。
「ほう・・・そういう、事か。ここの戦士にしては貧弱なプロテクトと思ったら誘いだったとは。ますます楽しくなってきた」
オレは楽しくない!
「なら、こちらも多少、工夫させてもらう。そちらも本気になったようだ。声からして男と思っていたが・・・」
なぜか、レンブルグが二挺の銃を腰の後ろに回し頭を下げた。
「いや、失言だ。非礼を重ねた。しかし女性とは言え、手加減はできそうにもないぞ?」
女?
また何を言い出して、うお!!
「バルカロール!」
突如として、二丁の銃を乱射しだすレンブルグ。
だが、オレの呼びかけに反応したバルカロールが視界を埋めるほどの無数の花弁を撒き散らしを全て防ぐ!
と。
「ッッ!!」
花弁が弾丸を防ぎ、開けた視界に、レンブルグの姿はなく・・・
「欠点が多いな、そのプロテクトは!!」
背後、背中に押し付けられた二つの硬い感触。
「さて、こちらのスーツの耐久度はどうかな?」
瞬間、背骨の芯へと響く衝撃が無数に駆け抜け・・・生まれた激痛を新たな激痛が何度も何度も塗り重ねられて、ぐっ!!
そのまま思い切り吹き飛んだオレは、屋上を囲うフェンスへと埋没する。シャレに、ならない・・・
「・・・たいしたものだ。君は戦闘型ではなく、防壁支援役の戦士という事か。ここまで完全に無効化されたのは初めてだ」
自分の体がどうなっているのか、それどころか意識すら朦朧としてきた。
「だが、スーツは耐えられても中身は無事ではあるまい? 向こうの少女には、記憶を改ざんさせてもらうが、君にはご同行願おう」
オレのぼやける視界の中、レンブルグが桜センパイへと歩き出す。
命までは奪わない・・・と言っていた。
それなら・・・なら・・・
「・・・いいワケねぇだろうが!!」
オレは叫び、立ち上がる。
オレはバカか。何が守るしか手がないだ!
ボヤけていた視界が明確になっていく。体中の血が逆流するように熱くなっていく。
武器はあるだろう、ここに・・・握り締める拳が二つもある!!
「ほう? スーツも予想外なら、それを纏う者もはやり予想外。いや、当然なのかもな。ここはなにせ」
「そう、ここは『青き地獄』!!」
突如。
オレではなく、レンブルグではない、女の声が響いた。
それは破裂した給水塔の上に立っていた。
「・・・新手、か。君が呼んだ戦士かな? しかし、探していた目標が現れるとは、私も運がいい」
喜色を含んだレンブルグの呟き。
しかし、それを完全に無視した乱入者はオレをビシッと指さし。
「キミ!!」
全開の笑顔をもって。
「超可愛い女のコの為よくがんばった! 彼女はもうベタ惚れだ!! でも、あのコはシャイだからあとでキミからデートに誘いなさい!! そして、後はアタシにぃぃぃぃぃぃぃおまかせだッ!!」
オレにそう叫びつつ、なにやら珍妙な決めポーズをしている声の主は、 豪奢な金色のドレスを着た年上の女性であった。
「とおッ!!」
そして高く跳躍すると、オレをかばうようにして着地し、レンブルグと向き合う。
間髪いれず、そのままのテンションで。
「愛で空が落ちてこようとも!」
その声とともに、ビシッと空を指差してポーズを決める。
「微笑み忘れた顔などさせたくないッ!!」
今度はオレを指差して、ビシッ。あ、美人。すごい美人。
「我こそは愛の新世紀救世主!! その名も! ・・・あ、その、名も・・・」
・・・。
「えっと・・・えっと、えっと!」
あ、なんか泣きそうになってる。
なんか勢いだけで出てきた若手芸人がネタを忘れた時のような。
「・・・い、行くぞ、悪者!! 覚悟しろッ!!」
ビシリとレンブルグを指差した名無しさん。押し切ったなぁ。
しかし一方、レンブルグは。
「ほう?」
今までとはまったく違った表情、つまり怒気をふらんだ顔になっている。
「・・・私程度には名乗ることすら不要、という事か?」
なんというか、訂正するべき部分が多すぎる上、オレも気合だけでたっている状態。ツッコミを入れる余裕はない。
「う、うるさい! 名をたずねるときは先に名乗るのが礼儀でしょ!!」
たずねられてもないし、勝手に名乗ろうとして自爆したように見えたが・・・しかし、大丈夫なんだろうか。
あ、いや、頭が、ではなく、レンブルグを前にしてという意味で。
あのドレス、おそらくは竜胆の関係者か仲間、なんだろうと思う。
しかし、竜胆からそんな話は聞いていない。だが、さっきの跳躍の高さは常人のそれではない。
「どれほどの相手かと期待していたが、品性に欠ける戦士というのは不快だ。それが女性ならばなおさらな。説得どころか連れ帰る気にもならんよ」
「へーんだ、言われなくてもそんなナンパになんかついていきませーんよーだ! ね!?」
なぜコッチ見ますか。
「もういい。向こうで倒れている戦士には同行してもらうが、キミにはここで退場願おう」
「ほう? ほほう? この愛の救世主に勝てると思うてか!!」
「黙れ、耳障りだ」
二つの銃口が火花を散らす。オレがさきほど食らった連射!
一方の名無しさんは。
「よろしく、月光!」
金のドレスが風を生み出し、全ての弾丸を風圧で弾き飛ばす。
「おいでませ、黒真珠!」
声とともに、右腕を包むように現れた黒と白の手甲。やはり、バラだ。間違いない。
「おっしゃー!!」
月光という金のドレスの風が方向をかえ、名無しさんの体が弾丸のようにレンブルグへと突進する。
もちろん。
「ナメて、いるのか?」
そんなものが当たるはずもない。
速度があろうと威力があろうと、ただまっすぐ飛んでいくというだけの技なのだ。技なのかな?
レンブルグも、わずかに身を横にそらすだけだった。
が。
「ふふ、甘いよ? 乙女ちゃん!!」
声とともに左手にあらわれたのは先端に拳ほどのトゲのついた白い鎖。
それをすれ違う瞬間、レンブルグへ解き放つ。
「む!」
しかし、それを避けたレンブルグ。そしてそのまま、鎖はレンブルグの足元に突き刺さる。
「ふ、たいしたものだ。今までの態度は油断を誘うためのものだったか!」
レンブルグがオレに向けていたように、うれしそうな顔に戻ったのもつかの間。
「甘いと・・・言ったあああぁぁぁぁあああ!!」
鎖を打ち込んだ反動で空中で姿勢を止め・・・
再び鎖をたどるようにして月光でレンブルグへと突進していた名無しさん。
「ぬ!!」
さすがにこれは避けられず直撃。
レンブルグが破裂していた給水塔へ吹き飛んでいく。その衝撃で破壊された給水塔の残骸が辺りに散乱する。
そして、華麗に着地した名無しさんは、再びポーズを決め。
「アタシをノリだけの美女と思ったのが運の尽きさ!!」
自分で言うか。まぁ確かに美人ですが。 と、次の瞬間。
給水塔から目もくらむような強烈な閃光がはしる。視界が・・・白くなる。
「・・・逃げられた、かー」
すでに給水塔の瓦礫から露出していたレンブルグの姿は見えなくなっている。
「ふぅ、さて、と」
チャラチャラと、おそらくは”乙女”という名のバラの鎖をもてあそびつつ、名無しさんがオレへと近づいてくる。
「立てるかな?」
「・・・」
差し出された手をとろうとして、ふと気づく。
なんだ、このオレの手・・・というか・・・服、は?
「ふふふ、似合ってるよ? オトコのコにしとくにはもったいないくらいにねー」
「!」
そう。
オレは・・・今や、目の前の名無しさんのごとく、貴婦人のごとくドレスをまとっていた。
しかも、黒のゴスロリドレス。ご丁寧にヘッドドレス付きだ。
これって確か・・・子供姿の竜胆が着ていたものをそのまま大きくしたデザイン・・・
あ、もしかして、二回目に名を呼んだときか!!
密着した状態でレンブルグの弾丸を防いだのは花弁ではなくて、ドレスを出した、からか!!
「バ、バルカロール!?」
オレが動揺してその名を呼んだコトをどう解釈してくれたのか。
実に頼りになる、この指輪さんはまたも一枚の赤い花びらを中空に生み出す。
それはヒラリヒラリと舞いながら・・・離れていた先輩の体へと舞い落ちた。そして、そのまま霞むように溶けていった。
途端。
「んー・・・んん」
桜先輩のうめく声。意識を取り戻した!!
そういえば、バルカロールは防御だけでなく、治癒とかそんな力もあった。
オレが名を呼んで、桜先輩の治療を命じたと思ったのだろう。
なんて気の利く、そして素晴らしい力。
だが今はマズイ!!
「あ、もう目が覚めちゃったかー。仕方ない、もっとロマンチックにいきたかったんだけどなぁ」
存在を忘れていた名無しさんが、オレの顔をガシっとつかみ。
「・・・ん」
「!!」
キスされた。
「・・・ふふ、ファーストキス、い・た・だ・き!」
「っ? あ、う?」
「じゃ、またね! よろしく月光!!」
そして空高く飛んでいく名無しさん・・・
・・・え? 何が起きたの、今。
「・・・んん? あ、あいたたた」
うっすらと目を開ける桜先輩。
しまった、忘れてた!!
「・・・ッ!」
よくさ。命と名誉で、名誉をとるとかマンガであるじゃない?
オレ個人としては、死んだら意味がないと思うタイプだったので、フィクションの中の話だと思っていましたけども。
今。
この瞬間。
オレは名誉を優先した。
死んでもこんな姿を見られたくない!!
バルカロール、信じている、頼む!!
「あ、あれ・・・アタシ・・・?」
桜先輩が頭をさすりながら体を起こした時、オレはすでに。
給水塔とともに破壊された屋上の一部、落下防止用のフェンスが外れていた場所へ猛ダッシュしていた。
そして。
「な、薙峰クン、どこ・・・」
不安そうな声でオレの名を呼んでいる桜先輩をその場に残し、屋上から全力で飛び降りた。
今、オレはまさに鳥の如く。
着地の衝撃は、また花びらかドレスでなんとか!!
迫り来る地上! バルカロールの名を呼ぶべく息を吸い込んだ瞬間。
「お兄ちゃん!?」
太陽を背にして、とてつもないスピードで滑降してきたのは幼女バージョンの竜胆。
学園からかけつけてくれたのだろう。白い制服に埋もれるような状態だ。
「早くつかまって!!」
そしてドレスをひるがえしながらまっさかさま状態のオレに、ウィンチェスターである銀の杖を差し出す。
オレはそれを何とかつかむが。
ガクン、とバランスを崩す竜胆。
「お、おもいよぉ!!」
がんばれ竜胆! マジでがんばって!
気合が通じたのか竜胆はなんとか姿勢を直し、そのままま着地しようとしたのでオレは慌てて校外を指差す。
「え? あっち? あっちに行けばいいの?」
とりあえずオレに疑問と疑惑の視線を向けつつも従ってくれる竜胆だったが。
その素直なご主人様の背中に生えている四枚の羽根から声がする。
「小僧、お前さんはアレだな。変態だろ?」
「だ、だめだよ、エバちゃん、そういうこと言っちゃだめなんだよ!!」
泣きたい。
さらに、つかまっている銀の杖からも。
「マスターが特別な趣味という事はわかっていましたが、上には上がいるという事では?」
「ウィンちゃん!! あ、あ、でも、でも、リンはお兄ちゃんステキだと思うよ!!」
純真な気遣いが痛ましい。
「リン、目が腐ったか? 脳がイカれたか? それともそういう趣味もあんのか? 男がフリフリのゴスロリドレス着てんだぞ?」
言うな、バカ鳥!!
「確かにマスターはバルカロールをそのような形態でまとっていましたが。なにも貴方までドレス形式でなくとも性能はかわりませんよ?」
・・・好きでこういうコトになったわけじゃないんですが。
「あ、もしかして」
「・・・?」
「お兄ちゃん、バルちゃんに、どういう服にして欲しいか言ってなかったの?」
そういった打ち合わせは特にしておりません。オレ達コンビは無口なので。
いや、それならそうと教えておけよ、竜胆。
と、責めようにも、相手は現在、幼女なのでいかんともしがたい。
それにこうして結果的にはオレのこの姿を見られなかったので、良しとしよう。
バルカロールとは後でヒザをつきつめて話し合うとして。
「リン、それはムリじゃないか?」
「え?」
え?
「そうです、マスター」
「あ・・・!」
何かに思い当たったかのように、てへへ、と首をかしげる竜胆。
あいにくオレは、無力な存在に対して多大な抱擁衝動や、深遠な哲学かつ神秘学に啓蒙する者ではない。
「ごめんね、お兄ちゃん。バルちゃんのドレスって今もお兄ちゃんの治療とかでたくさん力を使ってるから、その、ね」
その可愛らしい仕草からもれ出た言葉は絶望。パンドラさんが開けた箱にだって希望は入っていたというのに。
そして希望の代わりに飛んできたのは。
「小僧、オメーさんの治療をストップしてやってみるか? 治癒の進み具合によっちゃ死なねーかもな?」
「参考までに。あの夜、貴方が受けた外傷はほぼ即死でした。ちなみに現在、貴方は内臓器官に損傷を負っていますので、あわせて即死レベルです」
「え? お兄ちゃん、ゲカしてるの!?」
あわせて一本みたいなノリで軽々と。心配してくれる竜胆の頭をなでながら思考。
要するに、バルカロールに余分なコトをする力はない。あ、だからさっきも花びら一枚だけだったのか?
かと言って、命がけでモデルチェンジするというのはさすがにシンドイ。
不幸中の不幸だがサイズだけはなんとか合わせてくれたようだ。
これがもし、ミニスカボディコンゴスロリドレスだったら、オレは迷わず命をかけたと思う。
「・・・」
結果。
オレの境遇は今朝方悩んでいたものより、少々グレードアップしたコトになる。
魔法少女とともに戦う男ではなく。
魔法少女に扮して戦う男となった。
そう。
ファーストキッスを名も知らぬ女性に奪われたという過去を持った魔法少女に!!
・・・竜胆にも相談できないな、これ。
10/ 『晴れ、ときどき玉子焼き、ところにより宇宙人』 END
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