「あの、どうでしょうか・・・」
 「はい、おいしいですよー」
 「そ、そうですか、あり、ありがとうございます!」

 ボクは肉じゃがをつまみつつ、後ろで正座している咲夜さんに答える。
 一緒に食べようと言っても、とんでもございませんの一点張り。今も、おひつの側でボクの食事の給仕さん。
 幼いころからボクに従うよう、しつけられてきたんだろうけど、さすがに堅苦しいかな。
 そう、つい、先日の事。
 ボクには同居人ができた。
 いや、同居人というのは彼女に失礼かも。同棲相手の許婚と呼ぶべきかな。
 ちなみに許婚といっても、一年以内に子を宿さないとその資格が失われる。
 もちろんボクに選ぶ権利があり、優秀な子孫を残せないと判断したら抱くことはない。
 古い家というのは、やっぱり男尊女卑。特にウチみたいな狂人の集まりはね。
 そんな中、今回やってきた女性、この咲夜さんは谷地家の娘さん。
 鷹乃本家の年寄りと分家の当主たちとのやり取りで決められた女性であり、それは谷内家が現在、鷹乃本家にもっとも貢献度 が高いか、優秀な許婚候補を擁した分家という証明でもある。
 けれどそうした女性が子を宿したとしても、ボクと暮らすわけじゃない。
 子は、男子であれば鷹乃当主候補として、女子であればその家の当主として、それぞれの分家で育っていく。
 そして、ボクのもとにはまた別の分家から女性がやって来て、子を宿す。その繰り返し。
 そう、ボクらの一族。いや、血族とでも言うのかな。とにかく、こうして長い間近親相姦を繰り返している。
 この咲夜さんも、たどっていけば当然ボクと血のつながりのある人。
 古風漂う奥ゆかしい美人。
 だけど、まー、こんな血が流れるんだから、ボクとおなじく、まっとうな人間ではないということだよね。
 それにしては、血の香りというのが全くないというのが不思議。
 十六歳になって、ボクのところにやってきたという話だけど。

 「・・・」

 後ろを振り返ると、咲夜さんと目が合う。

 「な、なにか? あ、おかわりですか?」
 「・・・お願いしますー」
 「はい、ただいま」

 瞳をのぞきこんで見ても、やっぱり一点の曇りもない。

 「どうぞ」
 「はい、ありがとうございます」

 んー・・・。
 なんというか、激しい違和感。鷹野の血脈、というとカッコいいけど。
 ようは、ロクデナシの集まりの中において、この純粋と清廉さは逆に不気味。
 あ、ゴハンはとても美味しいです。
 
 「あ、あの、それで掠様・・・」
 「はい?」

 ボクが食事を終えてハシを置いたタイミングで、後ろから遠慮がちな咲夜さんの声。

 「今夜はその・・・あの・・・」
 「なんでしょうかー?」
 「い、いえ、その・・・まだ春先ですし、お布団も肌寒い季節、ですよね・・・」
 「そうでもないですよ」
 「あぅ・・・」

 言いたいことはわかってるけど、咲夜さんはただの人形。とても肌を重ねる気にはなれない。
 ・・・もっとも。
 今の咲夜さんが本当の姿であるわけがないしね。
 高野が鷹乃であるように、谷地とは八千(ヤチ)の表名。
 八千とは多くの、という意味。歴代の八千の人たちはその名に恥じない特技を持っている。
 そして咲夜さんは常に一振りの直刀をたずさえている。
 アレを使っての八千、かな。
 八千咲夜、として出会う時こそボクが咲夜さんを抱くか決める時。
 確かに、淡い紅を唇に引いた着物姿の咲夜さんは魅力的だと思うけど。
 結局のところ。
 ボクらの一族は血化粧しか似合わない。





12/ 『晴れ、ドキドキ青春、ところにより殺し合い』






 翌日。
 ボクはいつものように登校し、迎えた昼放課。
 先生が出て行った途端、パタンと眠りに入った薙峰君に気を使って静寂が支配する教室でふと気づく。
 確か、咲夜さんが弁当を作ってくれていたが、見事に持ってくるのを忘れてしまった。
 もともと学食を使っていたから、弁当を持ってくるという習慣もないから仕方ないけど、咲夜さんには申し訳ないことをして しまったかな。
 よって、いつも通り学食へと思いつつも、この空気を破るのもなんとなく悪い気がする。
 ボクもまっとうな人間ではないとは言え日本人。空気は読みます。
 と、そこへ。

 「ごぎげんよう、後輩諸君! そして頭が高い! ひかえおろー!」

 ボクの片思いの相手である、春日桜がやってくる。
 そのまま薙峰君の席へ突撃。彼をひきずりながら、ボクを見つけると。

 「お、この前はサンクスだったね、はい、名誉後輩賞授与ー」

 いちご牛乳が投げ渡された。
 そしてそのまま走り去・・・らず、また足を止めて。

 「あ、そうだ。キミ、今からダッシュで校舎裏にツラ出しなさい。友達にキミのコト話したら会って話をしたいんだってさー 。ナマしちゃダメよ?」
 「さー、わかりましたー、さー」
 「うむ。よろしい。キミはホントにナイス後輩だなぁ」 
 
 今度こそ教室から去っていった。
 ボクに会いたいという人物に興味はないけど、春日桜の周囲の人物とつなぎを作っておく好機。
 腕力で獲物を狩る、というのはあんまり趣味じゃない。
 父はそのタイプだけど、ボクは好きじゃない。
 余興の殺し合いというならそれも嫌いじゃないけど、鷹乃として動くならば、獲物に気づかれず近づき奪うのが似合いだと思 う。
 このへんは美意識の問題かなー。姉たちもどちらかというと父よりだし、ボクは誰に似たんだか。
 そういう意味では、妹も誰に似たものかなぁ。






 事情を聞こうと集まってきたクラスメートの輪から抜け出して、ボクは指定されていた校舎裏にやってきたわけだけど。

 「・・・誰もいないねー」

 人気のない場所。
 校舎と、敷地を囲む塀に挟まれた狭苦しい空間。その隙間、3メートルくらい?
 近くにあるのは焼却炉ぐらいなもので、腰を下ろすベンチなんてのもない。
 校舎の壁にもたれかかり、ボクはただボーッと。
 と。
 校舎の角から息を切らした女生徒が姿を現す。おそらく、彼女がボクを呼び出した人物。
 その子はボクを見つけると、また走り出し。

 「ご、ごめんなさい、呼んでおいて、遅れてしまって・・・」
 「さー、いいえ、ボクも今来たばかりです、さー」

 リボンの色は春日桜と同じ、つまり二年生。
 従順な後輩で通っているボクとしては、春日桜と同じように接するべきだろう。
 バカみたいだが、こういう道化役もやってみるとなかなか楽しい。

 「・・・さーって。ふふふ、春日さんに聞いたとおり、面白い子なのね・・・あ、ごめんなさい、笑ってしまって、馬鹿にし てるとかそういうのじゃないの、気に障ったらごめんなさい」
 「さー、いいえ、さー」 

 厚い丸メガネと野暮ったくほつれた三つ網。
 これはあれかな、メガネをとって髪をおろしたら美人でしたーっていう展開?

 「さー、それでご用件はなんでしょうか、さー」
 「あ、そうね、その、急なお話だし、突然なんだけど」

 たいてい急なことは突然だけど、それを突っ込むのもちょっと野暮なので続きに耳をかたむける。

 「私の推薦紹介で、生徒会に入ってくれない、かしら・・・?」
 「さー、はぁ、さー?」

 確かに急で突然なお話。

 「あのね、恥をさらすようだけど、私、その友人とか少ないの。本ばっかり読んでるし、暗いって思われるし、最近の流行と かも知らないし・・・」

 モジモジと小さな声。

 「当然、後輩にも知り合いなんていなくて・・・でも、生徒会の決まりで二年生は一人、一年生を入会させないといけなくて
。でも、ツテもなにもないし、かといって知らない一年生に声をかける勇気もなくて・・・」
 
 長くなりそうだ。 
 察するに、ボクのことを春日桜に紹介されたという話なんだろうけど。
 そんなに顔を赤くしながら話す事でもないと思うから、サラっと言ってくればいいのに。
 ボクとしては、片思いである獲物に近くいられるチャンスなんだから、断る気はないし。

 「それに、二年生の書記と、その紹介で入った一年生の子は一緒に仕事する機会も多くなるから、いざ入ってもらったら、実 は怖い子だったとか・・・」

 まだ続くみたい。

 「それで、その、同じ生徒会の春日さんに相談したらキミの事教えてくれたのよ」

 やっと本題。

 「でも、男の子だし、怖い子だったらと後で思ったんだけど、君は・・・優しそう、だね」
 「さー、たぶん怖くはないです、さー」

 少なくとも、この先輩を怖がらすことはないかな。興味ないし。

 「それで、その、お願いしてもいいかしら?」
 「さー、いいですよー、さー」
 「ほ、本当に? ありがとう! じやあ、早速だけどこれ・・・」

 渡されたのは一枚の書類。
 生徒会入会希望申請書。推薦人の欄には、

 「さー、鬼河原先輩、ですか、さー」
 「あ・・・ごめんなさい、名乗るのも忘れてしまって・・・あ、あらためて。私は鬼河原有栖(オニガワラ アリス)・・・ 変な名前よね、厳つい姓だし、下の名もアンバランスだし・・・わ、笑ってもいいよ?」

 どうやらこの名前、特に姓にそうとうのコンプレックスがあるみたい。
 その恥じらいというかむしろ、自虐の表情に・・・少しだけ鷹乃の血がうずく。

 「さー、ボクは高野涼です、よろしくお願いします、さー」
 「高野君、ね」
 「・・・さー、ところで入会に一つ条件があります、さー」
 「じ、条件?」

 後付でこう言われて、少し身じろぐ鬼瓦有栖先輩。いや、先輩というのはやめよう。
 やっぱり彼女も悪くないかも。情がうつるから、獲物に敬称はつけるべきじゃない。
 けど、獲物としてみるからには、多少は気を使っておくべき。
 なついたところを食らうってのも悪くないしね。
 怯える彼女にボクは作った笑顔で。

 「さー、リョウと呼んでもらえますか、さー」
 
 涼ではなくリョウ。微妙なイントネーションの違い。

 「え、下の名前で、って事?」
 「さー、そうです。呼び捨でいいです、さー」
 「で、でもそんなの。恋人同士、でも、ないのに、できないわ」

 男との交際なんてしたことのないであろう彼女は、また顔を赤くする。
 ボクは続けざま。

 「さー、代わりにボクもアリス先輩と呼ばせていただきます、さー」
 「ア、アリスってそんな・・・あ・・・」

 ボクの考えに気づいたらしい。

 「・・・ごめんね、年下の、それも初対面の子にそこまで気を使ってもらって」
 「さー、なんの事でしょうか、さー」
 「・・・ありがとう、高野君」
 「・・・」

 ボクは初めて、返事をかえさない。

 「た、高野君?」
 「・・・」

 おまけとばかりに、プイっと顔を横に向けてみる。

 「お、怒ったの? 私何か気に障る事・・・あ・・・」

 今まででもっとも顔を赤くした先輩は。
 やっぱりいい、この表情。

 「あ、ありがとう、リ・・・リョウ、君」 
 「・・・」
 「む、ムリよ、いきなり呼び捨てなんて、私、男の子とお付き合いしたこともないし、ね、リ、リョウ君」

 凍える子犬のような表情。なんとも心地いい。
 もう少し押したい所をボクはおさえて。

 「さー、では今はそれでいいです、さー」

 まぁ、今はこれでよしと。今はつまみ食い程度で。
 と、ここで、先輩が反撃を試みようとしているのか、少し恨めしそうな顔で。

 「でも、リ、リョウ君は私を先輩付けで呼ぶのよね? 君こそ、呼び捨てにできるの?」
 「さー、できますよ、アリス、さー」
 「う・・・で、でも、それは、さー、とか付けてるから、そんなにマジメっぽくないし。恥ずかしいの、ごまかしてるんでし ょ。いいわ、私も条件を出すわよ、私にさーってつけるの禁止! ほら、アリスって呼べる?」

 いまどき純粋すぎるというか、なんというか。
 それに条件に対して条件を出したボクに条件っておかしいよね? まぁ、いいけど。
 ボクは、先輩にずいっと近寄り。
 ついでに、手をとり体を入れ替えて、彼女の小さな肩を校舎の壁に押し付ける。

 「そんなことないよ。こんな事で恥ずかしいなんて、アリスはかわいいね?」

 ついでに敬語もやめて、少し演技過剰気味にからかってみると。

 「あ、あう、あ、あ、あう!」

 火でもでるんじゃないかと言うくらいに顔を真っ赤にする。いいねよ、実に。

 「冗談ですよ、失礼しました」

 ボクはすぐに開放する。と、同時にぺたんと座り込んでしまうアリス。
 ん。
 春日桜のように髄まで食らいたいというカンジじゃないけど。
 たまに味見するには、実にもってこいな獲物だ。
 最近は街で狩りを自重してたところだから、ボクにとっては思わぬ幸運。
 と、その瞬間。


 ドンッ!!


 「きゃ!!」
 「?」

 爆音とともに、校舎に響く振動。上から?
 
 「いや、なに!?」
 「なんでしょうね?」

 ガス爆発でも起きたのだろうか?
 とはいえ、どうでもいい。たとえ誰かがケガをしていたとしてもボクには関係ない。
 と、言うのに。

 「アリス先輩? どこに行くんですか?」 
 「だ、だって、何か爆発したみたいだし、誰かケガでもしてたら・・・」
 「でも、危ないですよ? 原因もわからないんですし、そういったのは先生方にまかせたほうが」
 「私、生徒会の一人だし・・・それにこんなに近くにいるんだから・・・」

 足も言葉も震えているというのに、たいしたもの。
 だというのに、ボクと話していた時に垣間見せた怯えなんてものは全くない。
 ・・・また興味がわく。
 命の危険があるかもしれない場所へ臨もうとしても、怯えないアリス。
 そういった気丈な女は獲物としての価値を高める。
  
 「じゃ、ボクも行きますよ。まだ生徒会の一員じゃないですからから、一人の男としてね」
 「・・・あ、ありがとう、リョウ君」
 「でも、気をつけてくださ」

 い、と言葉を続けるよりも早く、ボクは動いた。
 
 「きゃ!!」

 アリスを抱き上げ、そのまま大きく飛ぶ。
 一瞬だけ筋力のリミットをはずした跳躍は約10メートル。
 直後。

 
 ドンッッッッ!!!


 すぐにそこにある焼却炉が、木っ端微塵にはじけ飛んだ。


 「・・・」

 飛散した鉄片が塀や校舎へと突き刺さる。
 当然、その一部はボクらにも飛来するが、それをすべて叩き落す。

 「な、な、なに、どうしたの!?」
 「焼却炉が爆発したのかも」
 「そんな事あるわけ・・・」

 アリスの否定の言葉は最後まで続かない。
 
 「くそったれ! ま、た、かッ、あのクソ女!!」

 残骸と化した焼却炉、そこに立つ一人の影。

 「毎度、毎度・・・いい加減、ブチ殺すぞ!! クソっ、バイザーがイカれやがった、こんなザマじゃ任務もクソもねぇだろ うが!!」

 ヘルメットのような物を脱ぎ捨て、たたき付ける。 
 黄色のボディスーツを着込んだ男だった。
 痩躯、けれど、明らかに戦闘を生業としている体つき。実に見事と言えるくらいに実戦的。
 ボクはまず敵か、そうでないかを判断する為に観察をする。
 男はすぐにボクらの存在に気づく。
 ため息をひとつ、そのまま投げやりに。

 「・・・いきなり見つかってんじゃねぇか。よう、お前ら、戦士か?」

 そして、投げナイフがボクの頬をかすめた。それはそのまま背にしていた校舎の壁に深く突き刺さる。
 うん。敵か、そうでないか、実にわかりやすくていい。
 
 「チッ、反応すらしねぇんじゃ戦士なワケねぇな。それともこの星の戦士はただ過剰評価されてるだけか?」

 ガリガリと髪をかきむしる黄色の男。
 反応できなかったわけじゃないんだけど、わざわざ教える義理もないしね。
 それより、この、星? どういう意味だろう。
 
 「何、言っているの、この人・・・だいたい、なんで学校の中に部外者が・・・」 

 アリスは高速で放たれたナイフに気づいていない。
 気づいていたら、それはそれで面倒だったけど。とりあえず。

 「アリス先輩。申し訳ないんですけど、ちょっと眠っててくださいね?」
 「え?」

 トン、と抱きかかえていたアリスの首筋を指で叩く。
 
 「あ・・・」

 ボクは制服の上を脱ぎ丸めると、それを枕のようにして意識を失ったアリスをゆっくりと横たえる。
 そして、中庭の方でもまた爆発音。

 「ずいぶんと離れてんじゃねーか。水場がそんなに少ないのか、このエリアは?」

 爆発の方に顔を向けている男。
 ・・・この瞬間にも殺せるだろうけど、それは面白くない。

 「あのー」
 「・・・なんだ、ガキ。戦士でもないヤツに用はねぇよ、ムダに殺しはしねーからとっと消えろ」
 「おっしゃってる意味はわからないんですけどー」

 トントン、と地面の感触を確かめる。
 せめてアスファルトならなー。この足場ならやっぱり、さつきと同じく三割くらいかな。

 「なんだよ」
 「こっちはムダに殺すのも嫌いじゃないんですよねー」

 再び筋力開放、同時にヒジから指先の関節を硬直化させた右腕を突き出しボクは跳ぶ。
 瞬時の交錯。

 「・・・へぇー?」

 ボクの一撃は、男のスーツを切り裂いただけだった。
 心臓への一撃は到達寸前でかわされたのだ。
 常人であれば、文字通り目にも見えない一撃だったというのに。

 「てめぇ・・・戦士か!」
 「戦いを生業にしてるわけじゃないですよー。こんなのはただの趣味ですし」
 「ふざけんな! このスーツを一撃で、しかも素手で引き裂いておいて戦士じゃねぇだと!?」

 よくわからないけど。
 とりあえずどうでもいい。

 「せいぜい足掻いてくださいね、久しぶりなんで、楽しみたいですしー」
 「ガキが、ナメんじゃねぇ!」

 さきほどと同じナイフを両手にボクへと切りかかってくる。
 けど、遅い。
 視力を鋭敏化、広域化するまでもなく、通常の反射でかわせる範疇。
 さっきの投擲技術と比較すると、近接戦闘技術はかなり落ちるのがあきらかに不自然。
 
 「チョロチョロと逃げ回るんじゃねぇ!!」
 「・・・んー」

 考えられるのは、激昂しているフリをしつつも、本命の何かを狙っているってパターンかな。
 射撃とか投擲を得手にするタイプは、冷静で集中力の高い人が多い。
 そして攻撃の瞬間、その集中力はさらに高まる。
 ボクはそれを待つ・・・ってのいうのは性に合わないので誘ってみる。
 ナイフをかわしつつも、不自然ではない程度に、

 「あ!」

 足をとられたように、わずかにバランスを崩してみると。
 男の目が浮かべていた激昂を消し、冷水のごとく覚める。やっぱりそういうタイプ。
 そして。
 ボクはわずかに頭を横へずらした。
 背後から細い刃が、それまでボクの頭のあった空間を通り過ぎる。

 「な、に・・・?」

 必殺の一撃をはずされた男は、呆然と立ち尽くす。
 なかなか面白い手。
 刃が放たれた場所は、一番最初に投げて校舎にささっていたナイフ。
 その柄に仕込まれていた射出刃が死角から襲うという一撃。 
 どうりで、動きが荒く多い割りには、位置関係を堅持すると思った。 

 「なんで・・・バレた?」

 言ってしまえばただのカンだけど、それも説明する義理はない。
 乱暴で簡単に言えば、危険察知できる能力。最初に焼却炉が爆発した時に回避できたのもこの力のおかげ。
 鷹乃の能力の中ではわりと基本的というか、遺伝的に備えている能力。
 それをさらに薬物などで強化してるので、まず外れることのないカン。
 さて。

 「まさか、今のでおしまいですか?」
 「・・・クソガキ、が!」

 さらに複数のナイフを取り出す男。
 ちょっと感心して、それ以上に呆れる。

 「キレーな刃ですけど、毒とかは使わないんですねー。まだ余裕ですか?」

 最初のナイフがかすめると知っていてかわさなかったのは、同じく何も塗られていない刃だったため。
 そんなボクの言葉を苦々しく受けながら。

 「・・・ケッ、野良犬にも矜持ってもんがあるんだよ!」
 「そちらの事情は知りませんが、あなたが三流という事はわかりました」
 「何とでも言えよ、これをかわしたらな!」

 両手の指に挟んでいた合計六本のナイフをボクへと放つ。
 最初よりも速い、が、それだけ。
 そして予想されるのは、

 「芸がないなー」

 ボクがかわした瞬間、柄から発射される剥き出しの刃が六本。
 背後からくるそれを、一本、二本、三本、とかわしていく。
 四本、五本とかわして最後の六本目は不発。なんとも情けない結果。

 「・・・あのー、もう手がないなら、遠慮なく終わらせていいですか?」
 「青き地獄、か。気合を入れてたつもりだが、どこかで甘く見てたな。次に会うときは本気でいかせてもらう」
 「次なんてあるとでも?」
 「六本目。不発だとでも思ったか? オレがそんなにマヌケに見えるか?」

 男が六本目のナイフの到達点に、クイ、と首をやる。
 危険感知にはひっかからなかったなのに、何か仕掛けが?
 などと、一瞬なりとも期待してわずかに視線を向けた瞬間。 

 「テメーのツラ、覚えたぜ」

 その言葉の直後、男の姿がかき消えた。

 「・・・手品だけはお見事。タネも仕掛けもわからない」
 
 男は最初の仕込み刃を外された時から、逃げをうつと決めていたわけだ。
 口調や性格のわりには、常に先読みする戦い方は嫌いじゃない。引き際も見事な部類。
 なんにせよ、そういう男が次は本気というからには、それなりに策なりあるだろうし、ちょっと期待しておくことにする。
 ボクは決して戦闘狂ってわけではないけど、人生にはそれなりの刺激が必要だしね。

 「でもさー」

 ボクは辺りの惨状を前にどうしたものかとため息をつく。
 爆発した焼却炉はともかく、ナイフが散らばってるとか。誰が見ても異常だよね、一般的に。
 




 その後。
 焼却炉が破裂したアクシデントよりも、激しいことが他にも二箇所で起こっていた。
 校長の校内アナウンスでは、ガス爆発という事だったけれど、目撃者からすれば明らかに、ねえ?
 それに中庭の噴水はともかく、屋上の給水タンクとか焼却炉にガスとか関係ないし。
 しかし、現場に居合わせた目撃者が全員、生徒会役員だったという事もあり。
 メンバー全員に、緘口令がしかれ、真実は闇の中へ。
 そして、ボクを含め新メンバー三人の加わった生徒会の総力を結して。

 「ちぇぃッ・・・さぁぁぁぁぁ!!」

 中庭の噴水の瓦礫を撤去していた。
 他の生徒達は避難もかねて、すでに全員下校している。
 あらかた片付いたものの、あとひとふんばりという所かな。
 太陽もずいぶんと落ちて、辺りの景色は赤く染まり始めている。

 「・・・はぁ、ったく、こんな作業、生徒にやらせんなよ!!」
 「おみごとー、ぱちぱちぱち」
 「お前も手伝え!!」
 「は、はい!」
 「妹、お前じゃない、そっちのボケ姉貴の方だ!! い、痛ッ、離せ、三つ網、痛いッ!」

 巨大な瓦礫を台車の上に乗せ上げる生徒会長。
 隣で拍手している長身の女子が副会長とその妹であり、ボクと同じクラスで新メンバーの子。
 あのチビっ子会長、顧問でありウチの担任から撤去作業を命ぜられた時は、花のような笑顔で快諾していたのにね。
 ここまで裏表が激しいと、むしろ気持ちいい。
 そして、少し離れた場所では。

 「いいかい? キミは確かにクールでおっとこ前だが、今回のはNGだ、漢の資格免停モノだ!」
 「・・・」
 「気絶した女の子をほっといて、風とともに去りぬとかダメすぎ。ぶっぶー!! スカーレットにフルボッコされても止む無 しだぞ! シェーンもカムバックして殴りに戻ってくるくらいダメダメ君だ!!」
 「・・・」
 「し・か・も! 気絶してたのはただの女の子でなく、この桜先輩イコール美少女だというのに! キミは、キミというヤツ は!!」
 「・・・」

 瓦礫の上で怒りのダンスを狂い踊り、薙峰君を見下ろして説教する春日桜。
 薙峰君は無言でそれを聞いている。つきあいがいいというか、なんというか。
 実際、薙峰君って温厚な性格で、人より正義感が強い人と予想しているんだけど。
 なんか、人には言えない隠し事、みたいなものをたくさん抱えている気もする。
 もしくはただ、不器用な人。
 そして。
  
 「リョウ君、ごめんね、入会早々・・・」
 「いいえ、これも仕事のうちですよ」

 申し訳なさそうな顔でボクに謝るアリス。
 例のナイフはボクが回収して実家に送る事にした。
 この星、というフレーズはともかく。
 あのナイフ、硬度が高そうなのに異様なくらい軽い。
 質感としては鉛のような弾性があるのに、刃先は超硬のような鋭さがある。
 要するに、見たこともない材質というコト。
 おそらく鷹野本家で検分した後、紫苑家か仁科家あたりのチームの解析が始まると思う。
 一応、分家がやってる表の家業で稼げそうな時は協力しとかないとね。
 
 「んー・・・」

 それにしても。
 退屈だろうと思っていた生活。
 それが、春日桜と出会ってから色々と起きてくれる。
 まず本命である春日桜本人。それに加えて、

 「リョウ君? どうしたの?」
 
 このアリスもその一つ。
 そしてあのナイフ使い。仲間もいるような口ぶりだったし、当分の間、楽しめそう。
 
 「・・・」
 「? どうしました、アリス先輩?」
 「う、ううん、なんでも、ない、けど」
 「気になる言い方ですね? なんですか?」
 「・・・怒らない?」
 「怒りません」

 アリスは身を固くしたまま、

 「今、ちょっと怖そうな顔で笑ってたから・・・」
 「そうですか?」
 「う、うん」
 「実はどうやってアリス先輩をモノにしようか考えていたので」

 ウソは言っていないよね。

 「え、そんな、え?」
 「さ、あと少し。がんばりましょう」
 「リ、リョウ君、今の、ええ?」






 帰還した三名の戦士は、みな一様に無口なまま映し出される映像に食い入っていた。
 明かりを落とした艦の一室。
 作戦会議の際に使用される部屋であり、再生されているのはそれぞれのバイザーに記録された戦闘記録である。
 それも終わり。
 
 「・・・以上で、映像は終わりですが・・・まぁ、なんとも無様なことですね」

 室内で唯一の女性が痛烈な言葉とともに、部屋の照明をつける。
 燃えるような赤い髪は強いウェーブがかかっており、まさに炎のようにして彼女を飾っている。 
 同じく赤い瞳で、黄色のスーツの男へ。

 「しかも、ゲシュウル殿にいたってはバイザーを破損して記録すらとれず、と。戦士としての御自覚はおありですか?」
 「ッ・・・てめぇ・・・この、クソ女、誰のせいでぶっ壊れたと思ってんだッ!」

 イスを蹴り上げ、殴りかからんとしたゲシュウルを、青のスーツを着たもう一人のゲシュウルが止める。

 「落ち着け。君は誇り高い親友ではあるが激昂しやすいのが欠点だな。それに副艦長殿。君も魅力的な女性ではあるが、その 唇に引かれたルージュは無口な方が映えると思うが?」
 「ご忠告どうも、ゲシュウル様」

 副艦長と呼ばれた女性は、優雅なまでに一礼する。
 
 「それで?」

 一通りの喧騒が終わったの見計らい、赤の男が問う。
 副艦長は、各人の席にあるコンソールへデータを表示する。

 「交戦した戦士は、三者すべてが異なるタイプと推測されます。そのデータは各人のスーツが受けたダメージです」

 通常ありえない数値が次々と表示されていく。

 「まずは艦長の相手。我々の目標であったドレスの女を含めた二人の同タイプ。こちらは複数の武器を扱うようですが、破壊 力という点では、今回の中では最も非力です」

 非力、と言いつつも副艦長は自分の言葉に呆れる。
 艦長がまともに食らった攻撃はただ一発。それだけでスーツの耐久限界近くまでの負荷をかけられている。

 「次に、ゲシュウル様の相手。こちらも女ですが・・・素手、そして生身です。単純な衝撃力でスーツの限界を超えられまし た。よって、こちらの判断で強制的に帰還して頂きました。そして最後に」

 スーツを回収され、上半身は裸のままのゲシュウルへ目をやり。

 「最後に。ゲシュウル殿の相手。こちらは映像はありませんが、彼が言うには男。年若く、こちらも素手との事ですが・・・ 」

 裂かれたスーツを三人の前で広げ。

 「その素手で裂かれました。ゲシュウル殿に負傷はありませんが、まともに食らっていれば、即死、だったでしょうにね」

 肩をすくめる副艦長に、またゲシュウルが目を吊り上げる。

 「てめぇ、オレが死ねば良かったってツラだな、おい?」
 「まさか。ご無事の帰還、この艦で一番私が喜んでおりますよ?」
 「いい度胸だ、このクソアマ」

 今度はイスを蹴り上げる事はなかったものの、涼しい女の瞳と猛る男の眼の視線が交錯して火花を散らす。 

 「ふむ」
 「いかがします、艦長?」

 赤い男へ青い男が問いかける。
 ランダムに選んだ降下地点ですらこの結果だ。
 今回、出会った戦士が強者であればまだ救いはある。
 しかし、そうでなかったら?
 彼らよりも強い戦士がうごめいてるとしたなら?
 その可能性を考えれば、また無作為に降下して作戦行動など無謀の極みである。
 しかし逆に考えれば。
 すでに戦力として迎え入れたい力ある戦士が複数確認されているのだ。
 ここは逆に騒ぎを起こさず、彼らの獲得に絞るのが現状では最も安全に迅速に望む結果を得られるだろう。

 「よし。まずは今回の映像をさらに解析。その後は、今回戦った戦士への獲得へ移行する」

 艦長の決定に、全員が了解の声をあげる。
 そして、解散となったものの、副艦長が。

 「艦長、少しお話が」
 「・・・ああ。二人は部屋へ戻って休んでくれ、ご苦労だった」

 うなずき、二人は出て行く。
 その直後。

 「お兄様! お兄様、お兄様、お兄様!!」

 態度を急変させた副艦長が、赤いスーツへと駆け寄る。
 一方の赤いスーツは、げんなりとした表情を隠そうともしない。

 「なんだ、またいつもの話か?」

 かけよった副艦長は、艦長のバイザーを乱暴に脱がす。
 そこには髪だけは短いものの、瓜二つの顔があった。
 双子である。

 「ゲシュウルが、また私にひどいコト言いました!」
 「お前が悪いんだろ」
 「こんなに愛しているのにッ! いつだって私はゲシュウルの事しか考えてないのにッ!!」
 「なら、そう伝えろ。交際するなら反対はしない」
 
 とたん、怒り顔で赤かった顔が、違う感情でさらに赤くなる。

 「そ、そんなぁ。女からそういう事を切り出すのは、その、恥ずかしい・・・」 
 「・・・サー・ゲシュウルに相談して、仲をとりもらってもらったらどうだ?」
 「あ、思い出しました! あのボンボン! さっき、ゲシュウルが私の胸に飛び込んできてくれそうになったのにジャマした !!」
 「・・・」 

 どう見ても殴りかかっていったんだがな、という言葉を口にしないのは兄としての優しさではなく、言っても無駄だという兄
とゆえのあきらめ。
 
 「でも、生きて戻ってきてくれて、私、本当に安心しました。そう言ったのに、クソアマって言われました、やっぱりヒドイ ですよ!」
 「会話内容は確かに合ってるがなぁ・・・着地の不手際はなんなんだ?」
 
 通常、転送の際は送り込む質量と同程度以上の水がある場所が選ばれる。
 転送はその位置へと割り込む為、着地地点は液体である事がのぞましい。
 そうでない場合、その地点にあるものを引き裂くようにして着地する。
 給水ポンプや噴水の破裂は、あくまで着地時に飛散した水圧であり直接の衝撃ではない。
 しかし、ゲシュウルが焼却炉を破裂させたのは、その身の割り込みである。
 耐ショック性をメインとするスーツはともかく、索敵などの精密なパーツ群の一部を露出している頭部のバイザー部分は破損 してもおかしくはない。

 「あれは・・・その・・・」
 「やれやれ、いつもの事か。いいから見せてみろ」

 副艦長は母艦からの高感度カメラで、ゲシュウルの戦闘を記録したデータを展開する。
 戦闘者視点ではないものの、相手は確かに若い男。素手であり、戦闘服らしきものもまとっていない。
 音声はなく、詳細な拡大もできないので解析という点では、あまり有用なデータではないが、相手の顔くらいならば判別できるものだ。

 「はぁぁぁぁ・・・やっぱり、ゲシュウルの戦う時の横顔・・・ステキぃ・・・」
 「・・・まったく。ゲシュウルに負傷がなかったとは言え、いい加減にしておけよ。もういいから、お前も休め」
 「はい。では、お先に、お兄様」

 しっかりとゲシュウルのデータを胸に抱きかかえて出て行く妹。
 本来ならば大問題であるが、艦長も叱責はしなかった。
 ゲシュウルはもともと生身の五感をもって戦う戦士。
 バイザーからデータを受けて、それによる判断をもって戦うタイプではない。むしろ、身一つで戦った方が力を発揮できるの だから。
 ゲシュウル自身もそれはわかっていながらスーツをまとっているのは規則であるからに過ぎないし、データの収集などで勝手 に装備を外す事も許されない。
 しかし、副艦長の不手際により規則破りの罰則をなく、バイザーから解放されて己の五感で戦う事は、逆に利になる。
 だが。
 毎回毎回、着地のたびに壊されて脱ぐのでは心情的に大違いだ。
 
 「まぁ、いいさ。何だかんだで結果うまく回っているだしな」
 
 考えるべき事は、ほかにある。
 偵察機を破壊した黄金のドレスの女には出会えた。
 しかし、もう一人の黒い剣士。
 協力しあっていたように見えたが、姿を現さなかった。

 「仲間・・・というわけでもないのか? だとすれば、我々の存在を知り排除する為に一時的な同盟を組んだというあたりか ?」

 パネルを操作し、偵察機が破壊された時のデータを再生する。
 黄金のドレスの女と同じく、剣士もまた力を発揮する際に、武具の名前らしきものを口ずさんでいる。
 
 「・・・バユー、バッカラ・・・そしてバルカロール、か」

 力を発揮する際に必要な手順だろうか。我々の星の技術でいうなれば、リーディングにあたるような。

 「なんにせよ、情報が少なすぎる。話し合いの場を持つにしろ、力尽くにしろ、もう何度かぶつかり合う事になるだろうな」

 本星の情報も届かない、この遠い地で。
 艦長はただ、未来を思い描く。
 全ての銀河を統合し、その頂点に立つ、王の姿を。
 ハーサス、という真の王の姿を。
 そう。
 今頃、すでに彼は戻れない場所に立っているだろう。

 「私は、二人の戦友と、大切な妹を騙しているんだろうな」

 作戦上の機密とはいえ、これはやはり謀反なのだろう。 

 「それでも、私は戦士なのだから」

 新しい王が戦いを与えてくれるというならば、それでかまわない。

 「・・・実に素晴らしい星だ。青き地獄は」

 今夜もまた眠れそうにないと、自嘲する艦長の目はとても純粋な闇で輝いていた。





12/ 『晴れ、ドキドキ青春、ところにより殺し合い』  END
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