夜。
 その静寂を引き裂いた激しい衝撃音。
 地を大きくえぐりとるほどの爆発は、彼方からの着地によるものだった。
 彼方、とは言え。
 それは単純な距離を指すものではない。
 土煙とともに生まれたクレーターのごとき巨大な穴の中心には、一人の黒い影が立っている。
 その黒は、鎧の色。全身を覆う黒い甲冑であった。
 
 「・・・」

 あたりを見回す。
 そこは深い山中。

 「・・・無事、着地できたか」

 予定通りの景色に安堵の息を漏らす。
 万が一にでも、軸がずれる事などあってはならない。これまでの苦労が水泡と化す。

 「あと、十五秒」

 そして、すぐに気を引き締める。
 小さく数を数えながら、空を見上げる。
 もっとも、それは降ってくる、と言えるものでもないのだが。

 「・・・三秒」

 甲冑の視線が、下に降り。
 自らが作り出したクレーターのやや先を見つめる。
 そこには小さいながらも、池といえる程度に水を湛えた場所があった。
 そして、呟く。

 「バッカラ、出番だ」
 
 その声に、甲冑の手甲に八本の足で張り付いていた蜘蛛が炎をまとった黒い剣となる。
 次の瞬間、黒甲冑の視線の先の池で爆発が巻き起こる。

 「目標は三体、まずは小型の二機を落とす」

 水煙で視界などないに等しい中で、断言する。
 当然だ。それが何であるかわかっているのだから。

 「バッカラ」

 名とともに剣を振る。
 炎が地を走り、それはトゲを宿した太いツルとなって。

 
 

  
 「転送完了、三機とも異常なし。スケジュール通り、この区域の探索を・・・え?」

 艦の指揮所で、偵察機を操作していたオペレーターが声を高くする。

 「どうした?」

 それを問うのは赤毛の女。艦の一切をとりしきる副艦長である。

 「一機、消失。トラブル・・・では、ありません! 破壊されました!!」
 「なんだと? 残りの二機、映像だせるか!?」

 副艦長の声に答え、すばやくパネルを叩く。

 「メインモニター、出ます!」

 指揮所の正面に備えられた、巨大なモニターを二分割して、それぞれの偵察機が送り出す映像が映し出された。
 瞬間、右のモニターが反応を消す。

 「さらに一機、破壊されました!!」
 「待ち伏せ? いや、そんなはずはない、転送先を知る手段など皆無だ」

 最後の偵察機の映像には、黒い鎧を着た戦士の姿が映し出されている。

 「これが・・・『青き地獄』の戦士、か」

 誇張された噂にしかすぎないと思っていた。
 が、もしや、という思いから一機だけ特別な機を送り込んでいた自分の用心深さにうなずく。

 「まずは様子見といこう。衝撃弾、発射」

 三発の拳ほどの大きさの弾丸が偵察機より発射される。瞬間、

 「バルカロール」

 と、黒甲冑が呟くと、その甲冑の表面に花びらのようなものが浮かび上がり全身を覆う。
 弾丸は対象である甲冑の戦士に直撃する寸前、自爆し、あたりに衝撃波を撒き散らすが・・・。

 「無傷、か」

 土煙の中、まったく変わらぬ姿で立っている戦士。

 「接触弾用意」

 衝撃波ではなく、直接の耐久力はどうかと副艦長が指示を出すも。

 「バユー」

 と、次に戦士が呟いた言葉とともに、甲冑の姿が霞むようにぼやけ、さらにその数が増えていく。

 「・・・視覚効果をもった幻惑か?」

 偵察機のデータはそれらすべてが存在するものとして認識している。
 これでは攻撃対象の補足ができず、命中させる事など不可能である。
 副艦長は一瞬の思考の後。

 「・・・次、接近してきたら全火力で迎撃する。例の弾丸を用意」

 こちらから仕掛けられなければ、仕掛けてくるのを待てばいい。

 「よろしいのですか? それですと、この戦士の獲得どころか命すら・・・」
 「かまわん。確かに惜しいが、『青き地獄』に戦士が一人というはずもない。それにいい機会だ。我々の技術でも『青き地獄』の戦士を打倒できるという証明もできる」
 「は、カウンター準備します」

 黒い甲冑は先の二機のように、すぐにでも斬りかかってくると思いきや。

 「目標、動きません」
 「・・・カウンターを看破されたのか? それこそまさか・・・」

 ふいに。
 甲冑が背後を見る。

 「なんだ?・・・カメラ向けろ」
 
 オペレーターが素早く指示に従う。と、その瞬間。
 視界が砂煙に染まる。

 「なんだ? 爆発か?」
 「いえ・・・これは、転送です! 我々のシステムと同種の・・・いえ、それよりも数段上の技術です!」
 「どういう、ことだ?」

 


 すでに幻惑を解いた黒い甲冑は跳躍一つで、さらに新しく生まれた三つ目のクレーターの側へと着地する。
 砂煙が晴れたそこには。

 「鬼に会ったら鬼を斬り・・・仏に会ったら仏を斬り・・・」

 妙なポーズで硬直している金色のドレスを着た女の姿があった。

 「愛する人に会ったらモミクチャに抱きしめる!」

 シャキ、シャキ、と言葉の終わりごとにポーズが変わっていく。

 「爆、誕!! 愛の戦士、キューティーハ・・・は、まずいから、キューティー・・・ハ、ハ、ハ・・・ハート!!」

 どーん、とどこからか聞こえてきそうな決めのポーズで再び固まる金色のドレス。
 
 「・・・ちょっと語呂悪いかー。新しいの考えとかないとイザって時、カッコつかないなー」
 「失礼、そこの・・・美しい女性の方」
 「イエス、アイアム、ビューティフルレディー。そんなあなたはどちら様?」

 ポーズは崩さず、首だけをくりんと甲冑へ向けるドレスの女。

 「貴女の目的は知っている。邪魔する気はない。で、そこの浮いているのを見てもらえるか」
 「なぜ知っているのかな、と聞いていも答えてやんないオーラ漂ってるね。で、浮いている、というと。ああ、あれかー」

 



 「新たな戦士、出現」
 「・・・仕方ない、二人を同時にというのは贅沢な話だしな。最初に接近した方を確実にしとめる。残った方は可能な限り、ダメージを与えるぞ」
 「了解」

 モニターの中の二人の戦士はしばらく会話をしていたかと思うと。
 金色のドレスの女が、拳を掲げ。
 白と黒の雷光を発した。そして金色の粒をばらまきながら、急スピードで接近してくる。

 「カウンター、発動」
 「発動します」

 偵察機のボディから無数の針が射出される。
 形状は針であるが、それぞれが誘導型の小型爆弾。
 現行のバトルスーツでも二発と耐えられない強力な武器である。
 すぐさまそれらは着弾し、予想どおりの経過をつむぐが。

 「・・・」
 「・・・」

 その結果は予測の埒外にあった。
 モニターの中で、金色のドレスの女はその針を全て食らっている。
 一発目で中空く舞い上がり、それを追って他の針が宙にあるままの金色のドレスへ次々と爆発を加えていく。
 まるでお手玉のように跳ね上がってく。
 普通ならば、四肢どころか、人の形を成さないほどのダメージを受けているというのに。

 『あいたたたたたたたたたたたたたたたたたた! やーん、やーん、この、いい加減にし、いたた、こらー!!』

 偵察機のスピーカーを通して、響き渡る緊張感のない悲鳴。

 「効いて、ないのか?」
 「敵戦士のスーツの形状は初期のまま損傷なし・・・ダメージ、皆無です・・・」

 指揮所全てのクルーが呆然としている中で。

 『脇役は大人しくしていろ・・・バッカラ』

 その隙に接近していたもう一人の黒い甲冑の戦士が、偵察機の視界を埋めるようにして剣を振り。
 映像はそこで途切れた。

 「・・・艦長に報告してくる」
 「あの、再度、偵察機を出しますか?」
 「いや、無駄だろう、あの特別機もそう数はないのだしな。そのまま待機だ、私は直に報告へ行く」

 副館長は指揮所を出ると。

 「・・・」

 すぐさま、辺りに誰もいない事を確認し、鏡を取り出し、乱れた髪を入念に整える。
 これから会うのは兄である艦長と。

 「ゲシュウルなら、私のゲシュウルなら、あんな女なんて。ふふふ、また隠し撮りしないと、ねー」

 愛してやまない男、ゲシュウルなのだから。
 邪魔くさいボンボンもいるが、早く戦死すればいいのにとすら思いながら、副艦長は三人の休んでいる部屋へと向かった。





 黒き剣バッカラを蜘蛛に戻し、さらに、ブレスレットへと姿を変えさせたところで。
 甲冑が立っているその真横に、夜空から金色のドレスの女が落ちてきた。

 「・・・じー」

 大の字になったままで、擬音つきで自分を見上げてくる金色のドレスの女の視線から。

 「・・・」

 ふいっと顔をそらす黒い甲冑。

 「攻撃はしてこないけど、硬くて壊せないからって言われて、殴り飛ばしにいったら、星になったよね、あたし?」
 「・・・」
 「これなんていう囮? しかも受け止めてくれると思って、お姫様抱っこのポーズで落ちてきたから、お尻痛いんですけど?」
 「借り一つ、という事で。何かあればお手伝いしますから」
 「貸し二つ、なら」

 受け止めておくべきだったと、軽く後悔する。
 むしろ、まさかそのまま落ちてくるとは思いもしなかったのだが。

 「・・・わかりました。ただ私は五月までは動けませんので、それ以降になりますが」
 「ワケあり?」
 「貴女と同程度には」
 「んー、まぁいいや。じゃ、そん時はよろしくね。じゃ、そういうことでー」

 と、金色のドレスの名である、月光の名を呼ぶと、そのまま月へ向かって急上昇し。
 月を背後にして、妙に躍動感のあるシルエットで決めつつ、飛んでいった。

 「さて、私も騒ぎになる前に動かないとな」

 爆発音によって、人が集まってくるまでそう時間もない。
 黒い甲冑がバルカロールと呟き、その名を持つ甲冑を消してリングの姿に戻す。
 裸身となった鎧の中身は、二十歳ほどの女性。
 バルカロールやバユーのような異薔薇の装飾品であろう、いくつものリングやピアス、ペンダントで白い肌を飾っている。
 そのきらびやかな姿で、もっとも目を引くのは胸に咲くような・・・赤い薔薇の刺青。
 
 「バユー」

 装飾品の一つが、微かに輝くと。

 「・・・とりあえずは、これでいくか」

 瞬間、裸身だった女性の姿は、制服をまとった女子学生となり、年齢も相応のものと変化する。
 自分の姿に幻覚をまとわせる力を持つ、青薔薇バユーの能力であった。 

 「なんにせよ・・・ようやく始まりだ」





13/『三人の行動者、一人の誘導者』






 広い和室で一人、座して待つ青年がいた。
 学生服を着ているが、瞳を閉じて微動だにしない姿には、年不相応な雰囲気がある。
 それは、この場所が敵中の最中であったとしても、おそらくは変わりないだろう。

 「失礼します」

 その声から一拍して、す、と障子が音もなく開かれる。

 「主はいまだ目を覚まされません。勝手ながらお食事などを用意させて頂きました。よろしければどうぞ」

 着物姿の小柄な少女であった。
 青年は目をゆっくりと開き、立ち上がる。たったそれだけの所作の振る舞いにすら、自然体。

 「・・・その前に」

 立ち上がった青年の前まで歩み寄る着物の少女。

 「昨夜は本当に有り難うございました。そして申し訳ありませんでした・・・」
 「・・・」

 学生服に隠れて見えないが、青年の肩には包帯がまかれている。
 昨夜、ある事件が起こり、その場に居合わせていたこの青年の肩に小刀をつき立てたのは、この少女である。

 「主の恩人と知らず・・・あげく刀を突き立てた私を冷静に諭していただき・・・言葉もありません」
 「・・・」

 青年はただ首を横に振る。気にするな、という事なのだろう。

 「言葉はありません、が・・・そんな愚かな女が出来る事といえばこの程度しか・・・」

 するり、と着物の帯をゆるめ、裸身をさらす。

 「申し遅れました。私、名を更葉臘月と申します。ご覧のとおり・・・その、女としてはいささか物足りぬ躯でありますが・・・あ、このような見た目ですが、お相手するに足る年は相応ですので、あの・・・」

 頬を染め、目をそらす臘月。

 「・・・」

 返事はない。代わりに青年が学生服を脱ぐ音が聞こえた。
 包帯があらわになる。血のにじんだ赤い包帯が。
 臘月の心中としては、体を差し出すのはあくまで主を守ってくれた恩人に対する礼であり、傷つけてしまった謝罪。
 だと、言い聞かせているというのに、胸の鼓動は高まる一方だった。
 男というものに、いささかの理想も抱いていなかった。
 しかし、突然現れた主の恩人。静かな男だった。猛りも張りもないようでいて。

 『オレは君の敵でも、この子の敵でもない。君はこの子の友人か? ならば早くどこかで休ませた方がいい』

 肩に突き刺した刀の感触が臘月の手にある中で、流れる血に目をやる事なく、見つめてくる青年の視線。
 そしてまだ警戒している臘月に背を向けて、主をこの屋敷まで運んでくれた。
 問う。自分を刺した相手に、なぜ背を向けられるのかと。

 『君の目が綺麗だから。誰かを守る、そんな人の目の美しさは千の言葉よりも信用できる』

 息をのむ臘月に、青年は続けて。

 『・・・オレもそんな目になりたいけれど、落ちこぼれの未熟者だから。大切な人がいる君がとても羨ましくて、眩しい』 
 
 それにしても笑うしかない。未熟、などと。
 少なくとも、この目で見たというのに、今も現実とは思えない化け物を倒した力は、人をはるかに超えている。
 昨夜、会話らしきやりとりはこれだけだった。
 それだけで十分すぎた。
 認めよう。私は惚れてしまったのだと。
 上半身をあらわにした青年が、臘月に歩み寄る。
 視界のすみに、彼が昨夜休んだであろう布団が目に入り、さらに心音が高まる。
 だが。

 「・・・」

 青年は脱いだ制服を臘月の白い肌にかけた。
 瞬間、その意図がわからず、すぐに理解した。涙がにじむ。 

 「な、え・・・わ、私ではやはり、ご不満ですか?」
 「・・・」

 違うと首を横に振る青年。

 「礼や謝罪で、君の肌に触れたくない。男としてのつまらない意地だけど」

 見れば、青年は恥ずかしそうに笑っていた。
 ああ。
 と思う。
 青年の気遣いが痛いほどわかる。きっと昨夜の事を負い目に思って私がこうしているのだと、悟ったのだ。
 けれど、そこまでわかってくれるなら、もう少し奥の方までわかってほしい。
 そなに思いで私が何も言えず、無言でうつむいていたからだろうか。青年はこんな事を言い出した。
 
 「・・・けど、すごく綺麗だった」
 「や、やめてください、そういうの、その、恥ずかしいので!」

 無意識に突き飛ばす臘月、その手が見事に肩の傷に。
 その痛みによろめいた青年が、足元の枕につまづき転倒する。

 「あ、申し訳ありません、申し訳、あっ!」
 
 さらに臘月もつまづき、青年におおいかぶさってしまい、はずみでかけられてただけの学生服が落ちてしまう。
 またしても裸身を、それもさっきよりも近い体勢でさらしてしまう。

 「あ、あの・・・」
 「えっと・・・」

 庭からカコーン、と、ししおどしの音が響く。
 障子越しの柔らかい陽光は、さらしたお互いの肌に心地よく。

 「・・・」
 「・・・」 
  
 そして無言。
 と、その時。

 「失礼する。お待たせした、昨夜は危うい所を助けていただ、き・・・?」

 さらり、と空けられた障子。そこには昨夜、青年が助けた女性の呆然とした姿。
 どう見ても、ケガをしている男の制服をはぎとって、裸になった臘月が押し倒したようにしか見えない。
 それでも。

 「・・・とりあえず礼だけでも。私は葛竜胆。昨夜は助かった」
 
 障子を開けたままの格好で、そう言う竜胆に。

 「薙峰梓です。大事無いようでなにより」
 
 臘月に組み伏せられたまま、律儀に返す梓。

 「では詳しい話は後ほど。邪魔をした。ああ、臘月。恩人はけが人だ。昨夜の戦いからして豪傑であるし、お前がなびくというか、押し倒してしまうほど積極的になるのもわからんでもないが・・・ま、ほどほどにな」
 「ち、ちが、これは、その違いま」

 そして、すたん、と障子が閉められ。
 臘月の哀れな悲鳴がこだました。





 ため息が漏れる。
 ここも駄目だ、と。

 「・・・力の目覚めが性急すぎる。少なくともこの段階で、生身でバユーを倒すのはバランスが崩れる。絶対行動者の動きを変えるには、動き出す前でなければ」

 ため息の主は、その光景を遠方より眺めていた黒い鎧姿。
 
 「まぁ、面白い見物ではあったがな。バルカロール」

 その言葉とともに、ゆらりと姿がゆらめいていく。
 そして、そこには元より何もなかったかのように、ただ風が吹いていく。



 

 屋敷はいつも以上に警戒態勢が敷かれていた。
 緋桜の殺人鬼。
 朝のニュース番組からその言葉がキャスターの口から何度も発せる存在の為だ。
 緋桜学園、入学式当日。その新たな学園生活の始まりを血で染め上げた殺人鬼。
 負傷者、ゼロ。死亡者、百九十九名。
 一日経った今も、殺人犯は逃亡中である。
 その惨劇を目にしていた生徒の証言によれば、驚くべきことに殺人鬼は、素手で人の四肢をねじきったり、屋上から飛び降りたりと、人とは思えない動きをしていたという。

 「ひどいものだな・・・」
 「はい。初真学園からも連絡があり、犯人が逮捕されるまで休校という事です」
 「ま、もともと行く気もなかったが・・・」
 「もちろん外出も控えていただきます。夜のご散策などもっての他」
 「・・・しかし、この殺人鬼、あの一族か」
 「でしょうね。同姓、というだけではないでしょう」
 「姉様方が登校されていたらと思うと、背筋が凍る」
 「むしろ、我が妹がいればここまでの凶行に及ばなかったかもしれませんが・・・」

 殺人犯の名は高野。
 今年入学したばかりの新入生であった。





 黒い鎧は、苦い声でつぶやく。

 「鷹乃の目覚め方が最悪の部類だ。流動行動者の動きだけはどうにもならん」

 そしてバルカロールと呟き、ゆらりと、霞むように消えていった。





 真夜中。
 監視カメラはその者を捉えているのにかかわらず、まったくの意味を成さなかった。
 侵入者は、ただ一人。
 初真学園の白い学生服を着た男子生徒。
 その手には一振りの日本刀が握られている。
 正門から堂々と足を踏み入れた青年は、駆けつけた巨躯の警備の二人を一瞬で昏倒させた。
 立て続けに屋敷から現れる護衛たち。その手にはスタンロッドが握られているものの。
 多勢を正面に相手どった青年がとった行動は。
 ただ、顔をあげ、目を開いただけだった。
 そして、それだけで事足りた。
 護衛たちの動きが張りつけられたように硬直する。
 手にしていたスタンロッドをとり落とし、声すらも上げられず、次々と泡を吹いて昏倒していていった。
 
 「・・・轟の次代は歴代でも傑出しているという話、噂だけではないようですね」

 屋敷の奥より現れたのは、着物姿の小柄な少女、といってもそれは見た目ばかりで、実際の年は青年より二つ上である。
 更葉臘月。椿であった。

 「当主様よりお話はうかがっておりますが・・・婚約者といえど、夜這いにしてもいささか乱暴かと思いますが?」
  
 再び青年が、現れた小柄な女に視線を合わせるも。

 「これが・・・”威合い”ですか」

 目は合っている。されど、臘月の動きには微塵の揺らぎはない。
 
 「私には効きません」
 「・・・」

 青年は、手にしていた刀の柄を初めて握る。

 「名乗りすらせず、刀に手をかけますか? もはや夜盗の如きですね」
 「・・・」
 「貴方は少なくとも敵ではないと思っていましたが、それは私の勘違いですか?」
 「・・・」

 いくばくか思うところがあるのか、青年は柄から手を離す。

 「俺は」

 そうして名を口にしようとした瞬間。

 「・・・?」

 青年の体に鈍く重い感覚が走る。

 「甘い、甘すぎますよ、風下にありながら呼気を大きくするなど」

 臘月が忍ばせていた小刀を飛翔させ、ついで自らも走り出す。 

 「毒、か」

 青年、轟は自らの体に起こった異常の元凶を知る。
 相手は椿。得手は特定のものではなく、個人によって違う。
 とは言え、護衛を主とする椿が毒とは、完全な油断。
 しかし轟は、再び刀の柄に手をかけ、呟く。

 「――虎雷(コライ)、縛を”伺う”」

 と。
 飛来していた小刀を脱力したままかわし、迫り来る臘月の手刀――その爪は毒がしこまれた黒爪――を、つかみとる。

 「まさか、ここまで動ける?」
 「椿が毒とは油断した。得手の違いはあれど、近接戦闘を主としている者ばかりだからな」
 「ちっ・・・ッ!?」

 空いている左手で再度、轟の首を狙うも、一瞬はやく、刀の柄を腹にめり込まされる。

 「ぐ・・・」
 「なるほど。視神経を麻痺させる毒を自ら含み、視界をかすませ”威合い”を破ったか。誤れば命すら落とすだろうに」
 「・・・申し訳ありません、竜胆様、お先に逝きます!」

 瞬間、臘月の口の中に指をもぐりこます轟。

 「奥歯に仕込んでいるな・・・」

 そして臘月の着物を強引に剥ぎ取ると。

 「古風だな」

 体中に巻かれた爆薬。おそらく奥歯のスイッチを入れた瞬間、敵である轟もろとも、という思惑だったのだろう。
 
 「はやまるな。完全な無駄死にだぞ・・・茜、出て来い」

 その名を呼ぶと、臘月の現れた屋敷の奥から、二人の人影が現れる。

 「ろ、ろうげ、つ・・・」

 苦しげな声をあげているのは、羽交い絞めにされ、首に小刀をあてられた竜胆の姿だった。
 捕らえているのは、夜の闇に紛れる黒いツーピースのスーツを着た茜である。

 「というわけだ。お前が爆死して主にもしもの事があったらどうする?」

 そう言って、臘月の口から指を抜き、代わりに腕をねじりあげ拘束する轟。
 地に組み伏せられた臘月は、砂をかみながら激昂する。
 
 「ッ・・・貴様、貴様、貴様ぁぁぁぁ!!」

 それまでの、自爆する際ですら、どこか気品のあった臘月の表情は、獣のごとき容貌となっている。
 主を守る事もできず、主の敵を葬る事もできず、ただ生き恥をさらしているのだから。

 「茜、もういい、離せ」
 「は」

 轟の合図とともに、竜胆が開放される。
 竜胆が病魔に蝕まれている体に力をこめて、せめて恨みの一にらみと背後を振り返ると、すでに茜の姿はない。

 「椿。お前では葛竜胆を守りきれない」
 「・・・ぐ、ぐ、ぐ・・・」

 臘月の涙は赤い。血涙に顔と地を染めながらも、轟を射殺さんばかりに睨みつける。

 「父からの命により、これより葛竜胆はオレが守る。お前はもう戦う必要はない。消えろ、邪魔になるだけだ」
 「・・・ぐ、ぐぐ」
 「相手は鷹乃だという話だからな。お前の主は実にいい餌だよ。オレはこの戦を楽しませてもらう」
 「貴様、絶対に殺す、殺す!」
 「面倒な女だ。せっかく情けをかけてやってるというのに・・・ならお前はここで死んでおくか?」
 
 次の瞬間、竜胆の悲鳴が夜を引き裂いた。




 
 「・・・轟剛毅。相変わらずの力はともかく、ここでは戦闘狂か。確定行動者とはいえ、これではな」

 ここでは他の二人、絶対行動者と流動行動者の動きは許容範囲内だったが、三人のバランスがとれてなければ意味がない。

 「惜しいが、次だ。バルカロール」

 そして消えていく黒き鎧。





 「はい、あーん」
 「あーん」
 
 晴れた屋上。
 指定席のようになった一基のベンチで、仲睦ましく昼食をとっている二人の生徒。
 女子生徒・・・春日桜のさしだした卵焼きを、なんの恥らしいもなく食べいている男子生徒は薙峰梓。

 「おいしいよ、桜のお弁当はいつも最高だネ」
 「もう、学校では春日先輩って呼ばないとダメだよ、めっ!」
 「あははは、そうだった。ごめんね。さ・く・ら」
 「もぉー」
 「あはははははー」
 「うふふふふふー」

 そこに乱入者が現れる。

 「・・・梓、き、貴様、私と、私の弁当を食べてくれるという約束は・・・約束したのに!」
 「いいえ、申し訳ありませんが、薙峰様は私と、二人っきり、で昼食をともにする約束でした」

 竜胆と臘月。着ている制服は二人とも緋桜学園の物。

 「臘月・・・主に逆らうと?」
 「この世に神がいなければ、戦争の半分はなくなるでしょう。そしてこの世に恋がなければ、世界から争いはなくなります」

 ジリッ、と対峙する二人。
 さらにそこへ。

 「あらあら、薙峰君。私達と昼食を、という事じゃなかったかしら?」
 「いやいや、その年でずいぶんな数の女を侍らしているが、英雄、色を好むとも言うし、結構な事だ!」

 桂小百合と抱月の二人までも現れる。
 二人は緊迫した空気を全開で漂わせている、竜胆と臘月の横を素通りし。

 「桜、独り占めはだめよ? 今日は私達の番でしょ」

 梓の胸にしなだれかかり、その首筋を細い指先でなぞる小百合。続けて。

 「自分で言うのもなんだが、私達は面倒ではないぞ? 三角関係にもならんし、恋人にしろとも言わん」

 腕を抱き寄せ、自分の胸に埋没させる抱月。

 「あははは、まいったなぁ」
 「ん、もぅ、キミの彼女はこの桜先輩なんだゾ!」

 ほほを膨らます春日桜、なぜか起こる暖かい笑い声。

 


 
 
 「・・・」

 やや、呆然とした後。

 「かなり希少だが・・・こういう可能性もあるのか」

 これはこれで幸せなのだろうが、こちらの問題を解決する当てにはまったくならない。

 「・・・しかし、当人達はいいのだろうが・・・」

 見ている方の背筋が寒くなる。違う意味で正視に耐えられない。

 「バルカロール」

 姿をゆらめかせ。

 「幸せに、な」

 一言だけ残して、完全に消えていく。
 

 

 
 そんな事を。
 何度となく繰り返した。
 薙峰梓、鷹乃掠、轟剛毅という三人の異なるタイプの行動者のバランスを計り、望むべく結果への可能性が高い道筋を。
 しかしバルカロールも万能ではない。飛べる時間も着地できる場所も制限されているのだから。
 そんな制限の中で、ようやく最も高い可能性をもった世界を見つけられたのだと思う。
 それぞれが必要な力を持ちつつも、拳を向き合わせていない、まさに砂漠の中で一粒の真珠を探し出すような世界。
 そして、バルカロールの現界可能時間帯の末日である、四月の終わりの段階で一人も欠けていない世界。
 あいにく、異薔薇が一輪、枯れてしまっているが、許容範囲内でもある。
 それがこの世界。
 ただ。

 「三人とも・・・どこかズレているというか、なんというか」

 この世界で得られた情報を整理してみる。
 絶対行動者、薙峰梓。
 バユーとの戦いの時の身のこなしで、それなりに鍛えているというのはわかる。
 しかし無口すぎる。もともと口数の多い男ではないが、それにしても。
 また珍しく、臘月に毛嫌いされている。九割がた惚れられているので、その落差が激しい。
 加えてバルカロールもドレス形態のままであったりと、第三者から見ると少し気の毒ではある。
 流動行動者、鷹乃涼。
 この世界では接点が極端に少なく、のぞき見る事ができる情景はないに等しいので、確信はない。
 が、この時点で騒ぎを起こしていないという事は、力を発露させていないという証。
 このまま騒ぎを起こさず、少なくとも大切なピースを欠けさせる事がなければいい。
 元々、動きを読める相手ではないのだから、多くを期待してはいけない相手だ。
 確定行動者、轟剛毅。
 もっともズレている男。正直、女装趣味というのは面くらったが、それでも立ち位置はやはり変わりない。
 力に関しては数ある轟の技術に心もとないものの、”伺い”を極めているのならば、まったく問題はない。
 
 「ここに賭ける、か」

 黒い鎧は、長かった旅に終わりを告げる。

 「この展開を確実に反芻させるとするなら・・・行動できるのは五月からか」

 こうしてのぞき見るだけならば五月まで可能であるが、自分という存在をもぐりこませる事ができるのは、三月のあの日。
 この場において、今の自分は鏡に写った虚像のようなものなのだから。
 ここまので条件は微差はあれど同じ。ならば、自分がたどった道をなるべく再現させればたどりつくはずだ。

 「さあ、行こう、バルカロール」

 そして消えていく黒き鎧。
 再び、視界が開ける先は、あの山の中だ。
 姿なき隕石の衝突と言われ、謎の現象と言われているクレーターの一つは自分なのだから。

 「・・・」

 胸に手をあてる。
 自らの肌に咲いた薔薇。
 奇跡のような確立で咲いた、異形の赤い薔薇。
 それでも。
 一輪では足りなかった。
 だから、もう一輪。
 この世界で赤薔薇を咲かせてみせる。
 ”可能性”を内包する『異形』の赤薔薇を。





13/『三人の行動者、一人の誘導者』 END
next『14/白馬の王子様に憧れた罰ですか?(上)』




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