駅前の商店街から少しはずれた銀行支店。
 二時五十分。あと十分で閉行時間である。
 この時間ともなると、駆け込みの客でもない限り、人も少なく。
 行員達も、時計を見ながら締めの準備を始めていた。
 そこへ。
 あわただしく、入ってくる若い二人組み。

 「もー、お家賃の振込み今日までって言ったでしょー!」
 「ごめん、すっかり忘れてた!」

 若いカップルがけたたましく走りこんでくる。
 すぐさまATMへ向かうも。

 「あ、カード忘れた・・・お財布ケータイじゃダメ、だよね?」
 「あーもー、なにやってんのよ、このおバカ!」

 わずかにいた客も、そんな光景に微笑みながらも出て行く。
 結局、三時をまわり、残ったの客はその二人のみとなり。 
 
 「す、すいません、コッチでまだ間に合いますか?」
 
 申し訳なさそうに受付にやってきたのは、女の方だった。
 
 「はい、大丈夫です。どうぞ。お振込みですか?」
 「あははは、丸聞こえでした?」
 
 恥ずかしそうにして、女はスポーツバックをいくつもカウンターに乗せると。

 「じゃ、ありったけの現金をこの中へよろしく!」

 その顔は笑顔、その手には銃。
 男はすでにカウンター内に入り込み、同じく銃を手にしていた。

 「はい、そこの偉い人。シャッター閉めて。三時ですよ? 本日の業務は終了でーす」

 脅された支店長がシャッターを閉め。
 
 「では、他の方々はお仕事を中断してもらって、あちらのソファでかけてお待ちくださいねー」

 来客用にソファに集められる行員達。
 非常ベルがなることなく、二人は流れるように事を進めていった。





『14/白馬の王子様に憧れた罰ですか?』






 五月。
 出会いという桜の季節も終わり、クラスメートの名前と顔も一致してくる時期。
 部活などでも新しい友人などが生まれる時期でもあるわけですが。

 「・・・」

 全ての授業が終わった放課後。
 オレは一、二年生の教室が集まる東校舎から抜け、渡り廊下を渡って、三年生や特別教室のある西校舎の廊下を歩いていた。
 周りは全て上級生達と思うと、緊張でどうしても肩が小さくなってしまうのですが。

 「・・・おい、あの一年・・・」
 「アレが薙峰か?」
 「おい、目、あわせんな」

 などと、なぜか先輩方は一様に窓の外の景色に夢中になってしまい、オレは三年生の背中が並ぶ光景の中、割れた海の中を歩 くモーゼのごとく歩を進めている。
 一年のオレがなぜ、こんな所にいるかというと、ある場所を探しているのだが。

 「・・・」

 もらった地図と、目の前の道やら教室がどうにも一致しない。
 そうしてウロウロしている内に、さらに迷いに迷ってしまいさまよい歩いている。
 そうしていくうちに、先輩方が小声で話す内容も、

 「三年すらも支配下にってノリか? 今時番長なのか?」
 「いや、女が目当てかもしれん」

 と、次第にイヤなカンジでストーリーが出来上がりつつある。
 女子の先輩にいたっては、悲鳴をあげて遠ざかっていくという・・・。
 道を聞こうにも、こんな雰囲気では到底無理であります。
 そうして一人、孤独感にさいなまれていると。

 「君。一年生だろう? こんな所でどうした?」
 
 背後からこんなオレに声をかけてくれた先輩が!
 しかも女の人。うれしさに感動し、振り返ってみれば。

 「・・・」
 「おお、薙峰か。どうしたこんな所で? ん?」

 更葉抱月先輩が、満面の笑顔で立っていた。
 あいかわらず美人で、そこにいるというだけで、人の大きさを感じさせる雰囲気のある先輩。そして他も大きい人。

 「なんだ? もしかして私を探していたのか? ちょうどいい、私から会いに行こうとしていた所だ。先日の恩返しすらでき ず、心苦しくてな」

 そういえば以前、そんなような事を。しかし、何が恩にあたるのやら。

 「何、そう構えるな。自分で言うのもなんだがな、これでも私は尽くす女だと思っているぞ? お前が飽きたら後腐れなく消 えるつもりだから安心しろ」
 「・・・」

 なんかとんでもない事を口走る抱月先輩。
 同時に周りの空気が一変する。

 「あの更葉が落ちた!?」
 「剣鬼が・・・かつて男子剣道部を壊滅させ、廃部に追い込んだあの更葉が・・・」
 「薙峰、ついにあの更葉までも毒牙に・・・」

 この学校の人はアレですかね。
 人の噂話を本人に聞こえるようにするという伝統とかルールがあるんでしょうか?
 と、その言葉を鵜呑みにしかけたオレに、眉をしかめる抱月先輩。

 「本気にするな。失礼な。私を見て冗談かどうかわからんか?」
 「・・・」

 まぁ、冗談ですよね。くだけた雰囲気があっても、常識のある抱月先輩素敵です。

 「言うまでもなく、飽きられない自信はある。一応、女としての自信もそこそこある」

 そっちの方で冗談ですか。

 「たとえば」

 腕を腰にやって、胸を張る抱月先輩。
 ぷるん。
 などと、かわいらしい擬音ではない。
 ドンッ、と重低音溢れた確固たる存在感が二つ、そこにはある。

 「言っとくが本物だぞ?」 

 言わなくていいです。

 「なんだその目は? 疑っているのか? ならば揉んでみるか?」
 「・・・」
 
 なぜか。
 一瞬、辺りが静寂に包まれる。
 そして無数の視線を感じる。主に男子先輩達の。

 「・・・やっぱり本物、なのか?」
 「それを証明できる男なんて現れないと思っていたのに・・・」
 「緋桜学園七不思議の一つが遂に解明されるってか?」
 「薙峰・・・揉めるのか? 揉める男なのか!?」
 「ヤツなら・・・薙峰ならやってくれるんじゃないか・・・」
 「アイツが男なら、いや漢なら・・・」

 期待が。
 なんだかよくわからない熱さが。そう、世界の神秘を解き明かしたいという男のロマンのような真剣な想いが。
 今、オレの背中に熱くのしかかってくる。
 ・・・オレは初めて、この学園で期待されているのではないだろうか。
 思えば入学式の空手部崩壊から今日まで、桜先輩達以外からは恐怖と忌避の視線しか送られなかったオレが。
 初めて期待されているのだ。それも男として。
 幼いころから研鑽を積んできたこの拳。
 それが、誰かの役に立てられるなら、それがどんなにすばらしい事かと思う。
 かつて桜先輩を救えたように。
 そして、今、再び。
 オレが背負っている皆の(主に男子生徒先輩方の)期待に応えらるというなら。
 鍛え上げたこの拳を開き、揉んでみせる。
 いや、わしづかみにする事すら・・・
 ――ためらわないッ!
 
 「・・・」

 カッと目を見開き、オレが決意を拳にのせ、手を開いた瞬間。

 「ま、それこそ冗談だ。お前がこんな衆目の中、そんな破廉恥な行為に及ぶとは思えんしな」

 はっはっは、と豪快に笑う抱月先輩。

 「・・・」
 
 開いた手をすぐさま拳に戻すオレ。 
 そして聞こえてくるのは・・・怨嗟の声。

 「薙峰、使えないヤツ」
 「殺人鬼とか期待させるだけさせて、それか。男の風上にも置けんヤツ」
 「緋桜の殺人鬼改め、緋桜のガッカリ君め」
 「死ね。ケシゴムのカドに頭ぶつけて死ね」

 ・・・ひどい。
 
 「で、どうした? 何かを探している風ではあったが」
 「・・・」

 オレは男して肩身の狭くなったこの空間で、抱月先輩に一枚のメモを見せる。

 「ん? ああ、あの子の地図だな、これは。あいかわらず役に立たない地図どころか、余計に迷う代物だ。もはや才能だな」

 一目で一蹴された桜先輩お手製の地図。
 というか、知り合い?

 「あの子とは家が近所でな。といっても、私は居候の身なんだが」
 「・・・」

 なにやら事情がおありのようですが。

 「まあ私の事はいい。ついて来い、案内しよう」


 


 「茶ー。熱めでー」
 「はいはい、ちょっと待ってなさいねー」

 生徒会室で、もっとも大きな机に小さな体をふんぞりかえらせているのは、この部屋の最大権力者である生徒会長である。
 その机に、熱い茶を出したのは副会長。お茶請けに固焼きせんべいも忘れない。
 
 「しかし・・・どーするよ、これ。嫌がらせの一種か?」
 「例の文化交流会?」

 大きな机には一通の手紙。 
 安っぽいプリントではなく、手触りからして明らかに上質な紙に、手書きでの文章。
 送り主は近隣とはいえ、これまで全く接点のなかった初真学園、その生徒会からである。

 「初真学園っていやー、オジョー学校だろ? 最近、共学になったらしいが」 
 「そうねー、でもだからこそって理由なんでしょ?」

 内容としては、学園としての共通行事である文化祭や体育祭を合同でやらないか、という話である。
 設備や場所は初真学園が全面的に提供する、というものであり、その根幹の理由としては。

 「建前はな。難しく書いてあるが、要は男に慣れてない女ばっかりだから、男に免疫つけるためにって話だろ?」
 「まぁ、そんなとこねー」
 「でもさー、それって、やっぱ金持ちのご都合主義だよな」
 「んー、そうかもしれないわねー」
 「こういう行事ってのはさ、いい施設、いい場所とかでやるんじゃなくて、母校でやるからいいんだろ」

 おー、と感嘆の意を表しつつ、拍手する副会長は相馬歌恋。

 「クールなようでいて、ホットなのはイタチちゃんのいい所ねー」
 「イタチゆーな」
 「じゃ、マーちゃん?」
 「やめい」
 
 うんざりしたような顔の会長に、歌恋は。

 「もー、呼びようがないじゃないー」
 「会長閣下と・・・もーいい、好きに呼べ」

 文句を言う前に、自分の三つ網をつかまれて、しぶしぶ降参する会長。

 「で、どうするの?」
 「どーしたもこーしたも、こんなもん却下だろ」
 「でもね、物は考えようよ?」
 「どういう意味だ?」

 再考の余地などないだろうという口調の会長に対し。

 「初真はさっきも言ったように、良家の子女が通う学園よね。ということはー、いい所とコネを作れる、という機会でもある わー」
 「清く正しい学園生活、っていうのが一応、私の公約の一つなんだが」
 「清く正しいコネ作りも学園生活の一部よ? 別にお金とかからむわけじゃないんだしー。貴女にとってもチャンスよー?」
 「・・・不思議だ。そう言われると正論のような気がする」
 「正論なのよー」
 「さすが。やっぱりお前も、いーとこのオジョーだな」
 「そうよー。だから、もっと私を利用してね?」

 両者の言葉にまったく含みはなく、そのままの意味で会話している。
 この二人の間柄には、命の重みを経た絶対のつながりがあるのだ。その上で、二人は共になって進んでいるのだから。

 「それはともかくな。誰も来ないのはなぜだ?」
 「さぁー」
 「特に雑用の一年坊ども。あいつらは、先輩が来る前に掃除を終わらせて、直立不動で待ってるくらい当然だろ?」
 「貴女が一年生の時にそんな事したかしらー」
 「するわけがない」
 「そうよねー」
 
 ため息と。

 「ふぁあーぁーあーぁー」
 「変なあくびね」
 「眠いわー、ほんと。日差しはあったかいし、学園は平和だし、書類は山積みだし」
 「ん、私も少し眠い、かなー」

 二人はしばし目を合わせると。

 「寝るか。誰か来たら起こしてくれるだろ」
 「そーねー」

 備え付けのロッカーから取り出したクッションを枕に、ふたりはそれぞれの机で寝息を立て始めた。



 



 「梓と一緒にいるのは・・・抱月か。まずいな」

 三年生の制服を着た、長い黒髪を腰の後ろでまとめた女生徒がつぶやく。 
 時計を確かめる。あと10分ほどだろうか。
 このまま時が進めば、緋桜学園と初真学園との最初の接点が消失する可能性が出てくる。
  
 「抱月がいては、契機となる事件が起こる前に収まってしまう恐れがある、か」

 少し考え。

 「あまり表立って介入したくはないが、そうも言ってられん」

 長い黒髪をうっとうしげに払った腕には、黒いブレスレット。

 「バユー」

 そしてそのブレスレットに語りかけるように呟く。
 次の瞬間。
 女生徒の姿がにじみ、それは形をかえていき。
 まったくの別人の姿となっていた。





 目の前の背中に黙ってついていくオレ。
 異様な雰囲気がつきまとう中で、そんな事をまったく気にしていない抱月先輩。
 やがて三年生の校舎をぬけ、渡り廊下付近にある階段へ戻ってくるオレ。
 東と西の校舎を結ぶ渡り廊下は、この二階にある。
 校舎から出ずに一階や三階へ行くには、校舎内ではこの階段を利用するしかない。
 一階までいけば、この渡り廊下の出入り口の真下に、それぞれの出入り口がある。要するに三階だけはつながっていないとい う話。
 いつも先輩と食事をしているのは東校舎の屋上。西校舎の屋上はフェンスの老朽化などで、現在閉鎖中となっている。
 ちなみに、東の校舎のタンクやフェンスはすでに修理が終わっているので、今まで通り使用可能に戻っている。
 また、西校舎の構成は、一階が特別教室と職員室、あとは保健室。二階が三年生の教室で埋まっており。

 「薙峰、君の探している生徒会室は三階だ。つきあたりの最奥にある」

 桜先輩直筆の地図を見ると、二階となっている。
 ように見えるが、よくよく見て見ると、三階のようにも見える。不思議な地図だ。

 「理解しようとするな。その努力は無駄に終わる。少なくとも私はもう諦めている」
 「・・・」
 「さ、いくぞ。しかし本当だったんだな。君が生徒会に入会していたというのは」
 「・・・」

 先日の謎の爆発事件が起こった後、正式に新生徒会役員の発表があった。
 お昼時の放送で行われた瞬間、あらゆる所で声があがった。
 オレのいた屋上以外で。
 まぁ、歓迎はされないだろうと思っていたものの。

 『うふふふふふ。さぁ、キミはこれで正式に、この桜センパイのしもべとなりました!』

 と、うれしそうな笑顔をみせられたので、すべてがどうでも良くなった。
 他人からどう見られようと、これでオレは桜センパイの近くにいられる理由ができたのだから。
 あの公園の時のような思いはもうしたくない。
 それに生徒会の仕事が遅くまでかかれば、送っていくというのも自然な・・・流れになるといいなぁ、とかなんとか。

 「・・・」

 などと考えていると。

 「更葉さん」

 声をかけてきたのは。

 「おや、これは桂先生」

 一礼する更葉先輩。オレもまた同じように軽く頭を下げる。

 「あら薙峰君、一緒だったの?」

 にこやかな笑顔を浮かべて、近寄ってきたのはクラスの担任でもある桂小百合先生。

 「ちょうど良かったわ」

 今日はよく、ちょうどいいと言われる。

 「春日さんが探していたみたいよ? さっき裏門あたりまで君を探していたみたいだけど?」
 「・・・」

 む。
 もしかして、生徒会室にたどりつくのが遅くて、オレを探しにいっているのだろうか。
 だとしたら。
 オレは二人を見る。
 抱月先輩は肩をすくめ。

 「行ってこい。その地図の苦情くらいちゃんと言ってやれ」
 「そうね。早く行ってあげて」
 「・・・」

 オレは二人に一礼して、その場を立ち去る事とした。





 走り去る梓の背中を見送りながら。

 「さて、桂先生?」
 「なにかしら、更葉さん?」

 抱月は辺りを見回す。

 「ご覧のとおり。辺りに人気はないわけですが。何かおっしゃる事がありませんか? 桂、先生?」

 桂、という名を強く発してみても。

 「そうね、それがどうかしたの? 更葉さん?」
 「いえ、皆、部活などで忙しいようです」
 「ええ。あなたもがんばってね」
 「はい、ああ、ところで」

 本当に何気ない所作で。
 手にしていた木刀の入っている竹刀袋を薙いだ。
 パンッという短く乾いた音。
 抱月の払った一閃は、桂の片手で止められていた。
 
 「・・・鋭いわね」
 「たいしたものだ。これだけ近くにいても全く違いがわからん」
 「ならどうしてわかったのかしら?」
 「基本だよ。私を更葉と呼び、あの子を春日と呼んだ」
 「・・・本当に基本ね」

 苦笑する桂の顔。

 「――で、何者だ、貴様」

 抱月の瞳が変わっていく。まさしく、そのまま意味で。
 その黒い瞳は次第に細く、猫の目のようになっていく。
 桂の顔はそのままに、口調が変わる。

 「敵ではないし、これだけは誓う。お前にもお前の大切な人にも危害を加えるつもりはない」
 「・・・嘘のない目だな。何か企んではいるようだが」
 「重ねて頼みごとがある。これから起こるある事件に手を出さないで欲しい」
 「事件、だと?」
 「私の読みが正しければ。いや、間違いなくケガ人などは出ない。むしろお前が手を出すほうが危険かもしれない」

 抱月の脳裏に、まず浮かんだのは先日の謎の爆発。

 「また、何かが起こるのか?」
 「そうだ。しかし、これは必要な事だし、絶対に避けられない。決まっている事だからな」
 「どういう意・・・」

 問いかける抱月の言葉をさえぎって。 

 「バユー」

 と、桂の口が、一つの名を呟いた。

 「な、に?」

 その名とともに、目の前の女生徒が消えていく。
 
 「な、貴様、一体何者・・・」
 「また、いずれ」

 ただ呆然とその光景を見ていた抱月は、消えた女の言葉を反芻する。

 「事件、だと・・・?」

 それが何なのかはわからない。わからないが、抱月は一階へと走る。
 
 「・・・」

 予言じみた狂言のようであるが、目の前で起きた幻覚のような現実。
 人が目の前で消えるなどという事がおこったのだ。
 その人物が何か起こるというならば、そうであるべきと仮定して行動する。
 脅威の排除は役割ではない。護衛こそが自らの本分だ。
 この学園には大切な友人もいる、かわいい後輩もいる。
 しかし、それらを今、構う余裕はない。
 椿という花は、ただ一人だけの為に咲いているのだから。





 裏門まで休むことなく走り続けたオレは、目当てである桜センパイ。
 ではなく。

 「・・・」

 閉ざされていた裏門に、今まさに正面から突っ込んでくる白いライトバンを見ていた。
 激しいブレーキ音もむなしく、正面から衝突するライトバン。
 ドライバーは大丈夫なのかと、無意識に駆け寄るオレ。

 「ミスったー! ここまでハデにぶつけるつもりはなかったのにー」
 「もー、アンタって、ホントにダメね! 何からか何まで失敗ばっかりじゃないの!」 

 声もけたたましく、白いライトバンからいくつものスポーツバッグを下ろす若い男女の二人組。
 ケガはないようだが・・・。 

 「・・・」

 その光景をただ見つめていたオレに、二人が気づくと。

 「あ、君、この学校の子だよね?」  
 「ごめんなー、門、壊しちゃって」 

 やたらとノンキというか。

 「悪いんだけど、弁償とかそういうのあるからさー、ちょっと職員室まで案内してもらえないかな?」
 「ついでに、荷物も持ってくれると、お姉さん助かるなー」

 なんというか。
 わりと大事故の直後だというのに、マイペース。
 ただ、悪人ではないんだろうというのはわかる。
 オレも色々と人生経験を積んでいるし、目を見れば悪人かどうかくらいはわかるのです。
 自らの成長を確かめつつ、二人に近寄ると。

 「これこれ。二つあるんだけど持てるかな?」

 持ってみると、やたらと重いスポーツバッグ。それが二つ。
 しかし、男の人の方はそれを両肩に二つずつ下げている。
 さすがにこれは女の人では持ち上げるだけならともかく、移動する事は難しいだろう。
 オレは気合をいれて、両肩に一つずつ下げる。
 ん、重くはあるが余裕をもって動ける。これでもそこそこ鍛えている成果だ。

 「おー。若いねー、さすがだねー」

 四つも下げて、余裕の表情のこの人はどれだけ鍛えているのか。

 「じゃ、案内よろしくね」

 オレがうなずくと。

 「あちゃー」
 「あーあー」

 背後を振り返って、二人が眉をしかめた。
 その方向からは。
 赤いランプとサイレンをこだませて、走りこんできた何台ものパトカー。
 大破した門とライトバンのあたりで停まり、何人もの警官が現れ。

 「その生徒からすぐに離れろ!」
 「あきらめて投降しろ! もう逃げられんぞ!」

 一人のスーツを着た、多分刑事さんらしき人が吼える。
 その生徒? もしかして。

 「はい、動かなーい」

 オレに向けられていたのは、女の人のかわいらしい笑顔と・・・銃。
 
 「ごめんなー、オレ、ミスッちゃってねー。ご迷惑おかけしますー」

 男の人の手にも銃。
 ・・・オレの人の見る目って、まったく信用できないです、調子にのってました・・・。





 で、一時間後。
 全ての生徒や職員が避難した校舎の中の一室、なんの因果か我が1年C組の教室で。

 「ごめんねー」
 「ごめんなー」

 にこやかな笑顔を向けられる中、オレは自分の椅子に縛り付けられて教室の中央にいた。
 教室の机は半分ずつ前と後ろに詰められて中心を開け、オレの椅子の周りに二人が立っている。
 校舎の外からは。

 『お前たちはすでに包囲されている。人質を解放して、出てきなさい』

 と、刑事ドラマそのままのセリフが拡声器を通して響いてくる。

 「うあー。台本そのままってカンジのセリフねー」
 「よく恥ずかしげもなく出てくるもんだ」
 「事件は現場で起きている! ひゅーひゅー」
 「人間かわっちゃうよー」
 「それ古い」
 「あ、そう?」

 などと、やはりまったく緊張の色もなく。

 「・・・」  

 さて、どうしたものか。
 縛られている、とはいえ、どうにかならないレベルではない。
 このへんもいい加減で、手首を回すスペースが空いている。
 力を入れて何度も回せば、ゆるんでいくだろうし。
 問題はその後。
 いざ格闘戦、となれば・・・多分勝てる。
 女の人は論外としては、男の人の方もパワーはあれど、武道の心得はないだろう。多分。
 しかし。
 銃はよろしくない。ハッキリ言ってオレでは無理。
 刃物ならなんとか、とは思うものの、飛び道具となるとかなり厳しい。
 オレの知る限り対処できそうなのは、要姉さんと、お付のあの三人の人達。
 あとは実家の年寄り二人・・・というか、真王寺本家の人達なら、全員当たり前のようになんとでもできるだろう。
 オレもがんばってはいるんですが。

 「・・・」

 だが・・・そんなオレにも秘策というか、奥の手がある。
 そう。バルカロール、という超常現象的な。
 ただ。

 「あー、ヘリまで出てきた。でも、警察のじゃないわねー」
 「テレビ局のヘリだなー。ご苦労なこって」

 カーテンの引かれた教室の奥にいるため、死角にはなっているが、もし万が一。
 ゴスロリドレスでキレーに着飾ったオレの姿が全国に披露するハメになったら・・・。

 『変態! 薙峰クン、ド変態!! ザ・超変態ッ!!』

 と、桜センパイになじられようものなら、オレはバルカロールなしで、もう一度、この学園の屋上から飛ぶと思う。
 竜胆に助けを求めるという手もあるが、携帯だけは真っ先に取り上げられた。肝心な所はシッカリしている。 
 つまり、手詰まりである。
 この後の展開としては、王道ながらオレという人質を縦にして脱出を図る、というものだろうが。
 どうもこの二人を見ていると、そんなチープな手を使いそうにない。かといって、他の手も予想できない。
 今のオレはただ、時が経つ中、こうして展開に身をまかせるしかない。
 いざとなれば・・・男らしくバルカロールを身にまとって、姿をさらす前に脱出を・・・

 「・・・」

 カタン、と。
 物音。

 「なんか物音したね」
 「お? 後ろのロッカーかな?」

 まるでドラマか映画のような展開。
 誰かが隠れているとでも?

 「オープン・ザ・ロッカー、ででんでん!!」

 という掛け声とともに、女の人がロッカーをあけると。

 「中に入っていたのは、かわいらしい女の子でしたー」

 男の人の方が、本当に隠れていた女生徒の手をつないで連れて来た。
 
 「ひっ、ひっく、うぐ・・・」

 ボロボロ泣いている。まぁ、これが普通の反応だろうけど。
 ・・・あれ? この人。

 「あーあー、何もしないから泣かないでねー。あ、ポッキー食べる? イチゴとショコラあるけど、どっちがいい?」
 「暴君ハバネロもあるけど?」

 オレの隣に座らされ、その机の上にお菓子が置かれる。
 やっぱりそうだ。
 この人、いや、この先輩は鬼河原有栖。二年生の生徒会役員だ。
 二人の犯人達はカーテンを開け、新しい人質の存在を知らせていた。

 「・・・」

 この人がなんでここにいたかはともかく、ますます動きにくい状況になってきた。
 さて、本当にどうしたものか・・・





 「ふーん。ま、だいたいの事情はわかった。ふぁーあーぁーあーぁー」
 「たいへんねー、どうしたものかしらねー」

 生徒会室。
 目をこすりながら、あくびをする会長と。
 四人分のお茶の用意をし始める副会長、歌恋。

 「な、なんで会長先輩も歌恋ちゃんも、そんなに、そんなに落ち着いてるの!?」

 一方で、慌てふためいているのは副会長の妹で、相馬藍湖である。 
 
 「でも、アレだろ? 警官達がビッチリ包囲してる。私達がココにいるって事も知られてないし」

 何を心配するコトがあんのよ? と、まったく緊張感のない顔の会長で。

 「逆に聞くけどさ。私達がなんかできるか?」
 「う、まぁ、それは」

 携帯電話に映し出されるテレビのニュース。
 自分のいる学園が、上から映し出されているのいうのは奇妙な感覚ではある。

 「それに、人質がいるっていっても、アイツだろ?」
 「薙峰君ねー」
 「なんかうやむやになってるけどさ、アイツ、アレだぞ? 痴漢野郎だぞ?」
 「それは貴女の誤解というか、いつもの一人暴走妄想でしょー」
 「別にアイツがいなくても、世界に影響はないって」

 と、そこで。

 『続報です! 緋桜学園銀行強盗篭城事件ですが、まだ校内に残っていた女生徒がおり、人質になった模様です!』

 早口で叫ぶアナウンサーの声。

 「あん? 誰だ、マヌケな女だなー」
 「生徒会長の言葉として、それはどうかしらねー」

 小さい画面に、全員の視線が集まる。

 『女生徒の名前は・・・二年生、鬼河原有栖さん、との事です!』

 こういう場合、実名を公表していいのか、という疑問よりも早く。

 「・・・有栖? ウチのか?」
 「二年生で、鬼河原有栖と言えば、ウチの有栖ちゃんしかいないわねー」
 「ふむ・・・しかし、なんで捕まったんだ?」
 「ここに来ていないから、てっきり校外に避難していたかと思っていたけれど・・・」

 それまで、音も立てず、副会長に出された茶をすすっていた一年生が。

 「さー、おそらくボクを探しにきたのかと思われます、さー」
 
 手をあげ、口を開いたのは一年生役員、高野涼である。

 「あん? どーいうコト?」

 会長からの疑問に、推測ですがー、と前置きし。

 「生徒会室の場所を知らないだろうとボクを迎えにきていただけたのかと。しかしボクはおらず、探し回っているウチに強盗 に鉢合わせになりそうになって、隠れたのがあの教室ではないかと、さー」

 そんなバカな、と出そうになった言葉を飲み込む会長と副会長。
 あれだけの騒ぎになって、皆が避難していたというのに逃げ遅れるなど、ありえない。
 ありえないが、もし、この高野という一年生が逃げ遅れていないかと、探し続けていたとすれば。

 「ありえるな。あの蛮勇溢れるお節介なら」
 「ありえるわねー、無謀だものねー」
 
 あわあわしつつも、諦めることなく探し回っていた姿が二人の脳裏に容易に浮かぶ。

 「つまりアレだ。高野」
 「さー、なんでしょう、さー」
 「お前の責任というワケだ。と、なると、やらなきゃいかんコトがあるんじゃないか?」
 「さー、というと? さー」
 「とっとと、助け出して来い。男だろ」

 こんな時にも冗談を言えるというのは、すごいコトなのかと藍湖が妙な感心をし。
 あいかわらず、興味も関心もない相手には無茶苦茶言うわねー、と歌恋が微笑み。
 さぁ行け、すぐ行け、ほら行け、と、まったくの本気である小さな会長に対して。

 「さー、それでは行ってきます、さー」

 と、やはり、会長と同じく本気で受け取った高野が立ち上がる。
 慌てる藍湖、あらあらと微笑む歌恋、会長だけが。

 「マジか、コゾー?」
 「さー。実はボクと彼女は、もう名前で呼び合う仲なんです、さー」
 「ほー。お前の手が早いのか、有栖が一目ぼれしたのかはともかく。私の下僕としては合格だ。腐った男はいらんからな」

 会長は立ち上がり。

 「妹、お前はここで待機。いざという時は、歌恋を守ってやれよ」
 「なんだかんだで、やっぱり行くのねー」
 「薙峰はともかく有栖はいかん。犯人はどうも暴挙にでるタイプではないっぽいが、有栖が無謀なコトをしでかす可能性が高 い」 
 「そーねー、はいこれ、私も連れて行ってね」

 歌恋は自らの髪を束ねていた白い布を”私”と言って差し出す。
 受け取った会長は、それを額に巻きつけた。まるで決闘に向かう武士の如きである。

 「さー、会長も行くんですか、さー?」
 「当たり前だ。今、犯人どもも含めて、最も強いのは私だ」
 「・・・さー、相手は銃を持ってるんですが、さー」
 
 会長は顔をしかめる。
 コイツはアホか、という表情を隠すつもりもないぐらい呆れている。

 「だから何だ? 正面から突っ込んでいくとでも思ってるのか? 地の利はコッチにあるんだ、頭を使え」
 「さー、了解です、さー」

 ボクはあんまり頭使わないからなー、と誰にも聞こえないほど小さく呟く高野。

 「じゃ、いくぞ、コゾー。しっかり働けよ」
 「さー、いえっさー」 







『14/白馬の王子様に憧れた罰ですか?(上)』 END
next『15/白馬の王子様に憧れた罰ですか?(下)』





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