通話の終了した携帯電話を胸の内側のホルスターにしまいこみ、その女生徒は微笑む。
 さして広くない一室。
 豪奢、というものではない。調度品の類は一切ないし、部屋にあるものはあくまで事務用品としての机や椅子。
 しかしその部屋にかけられた金額は見た目に反するものである。
 見るものが見れば、その一つ一つがどれほどの職人の手によって生み出された芸術品か瞬時に理解できるだろう。
 初真学園、生徒会室である。
 
 「・・・フフ」

 微笑みがいっそうと深くなる。
 無意識に口元を手で隠すのは、その育ちからなのか。
 
 「フフフ・・・」

 その女生徒は。

 「フフフフフフ」

 さらに微笑みを強くし、会長と書かれたプレートの机に座る。そう、椅子ではなく、まさに机の上に優雅に腰をかけ。

 「オッーホッホッホッホッホッホ!!」

 と、微笑みから笑顔という過程を飛ばして、高笑いへとシフトした。

 「まさに完璧、パーフェクトな結果! 緻密な計画と人選、それを可能としたワタクシの知力と人脈!!」

 どの新聞にも先日の銀行強盗の件が大きく載っている。
 当分、これ以上に話題性の高い事件はおきないだろう。
 銀行強盗が学園にたてこもり人質をとったものの、その後は人質を解放して逃亡。新聞ではこの程度だが。
 実際は銀行強盗が学園にたてこもり、とらわれた人質である女生徒を生徒会の生徒が救出したというものなのだ。
 当日のテレビを見ていた者なら誰でも知っている。
 
 「これでワタクシの案は通る。いえ、通して見せましょう。愛のために!」

 生徒会役員の証である銀の懐中時計を胸元のポケットから取り出す。
 フタを空ければ、時を刻む時計盤。そのフタの裏側に張られた一枚の小さな写真。

 「まさかまさかまさか、でしたわ。あの方がこんな街にいらっしゃるとは。てっきりお義父様やお義姉様方と、お仕事に向かわれてしまうと思っていただけに」

 写真は女生徒の想い人。
 少し年下ではあるものの、彼女にとってはそれもまた魅力である。
 大人しそうで、優しそうな顔立ち。性格はどうなのだろうか、身長は自分より高いのか低いのか、好きな色は? 言葉は? 食べ物は? 
 写真を見るたびに、いつも同じ問いかけをしてしまう。
 そう、彼女はその写真の人物と会ったこともない。正確には禁じられていた。
 今でもあの屈辱の夜を思い出す。
 ――ワタクシは会おうとした。掟など知らない。
 会いたいという想いが彼女を突き動かした。
 難攻不落の要塞とでも言うべき、あの超高層ビル。
 幾多の侵入者が下から頂上を見上げ挑んだものの、全てを排除してきた通称バベルの塔の。
 その最上階にある私室から逆に下へ下へと駆け下りた。
 各フロアに陣取り番人のごとく待機している血族の使い手たちを後ろから不意打ちし、ド突きまわして、さらに下へ下へと。
 無論。
 そんな手を使えばすぐに異常事態は発覚する。
 それを止めるべく、同じ血族が彼女を追い、押さえつけようとした。
 しかし愛の力は無限。止められる者などいやしない。
 駆け下りる。
 ひたすらに、駆け下りる。
 今ならば、このビルにワタクシを止められる者などいないのだから。
 そしてたどり着いた一階のロビー。
 ・・・そこには師匠が立っていた。
 スケジュールを調べ、今はこのビルにいるはずのない、師匠が。
 わざわざ師匠の出かけている日を選んだというのに、なぜここに。
 ワタクシの唯一、力及ばぬ存在が、そこに立っている。
 予定が変更されたのか、それともすでに所用を済まして帰ってきていたのか。
 どちらにしろ、ワタクシにとって最悪の状況だった。
 だというのに。
 それだと言うのに、師匠がワタクシを見て放った言葉は。

 『ばーかばーか。外出するとかウソだから。ほんっとお前って単純だなぁ。お前が彼の存在を知ってどう動くかなんて余裕で先読みできんだよ?』

 自分の頭の血管が立て続けに数本切れた音がした。 
 この人はいつもそうだ。
 人の、いや、ワタクシの嫌がるコトを楽しそうにいつもいつもいつもいつも・・・いつも!
 今だってそうだ。わざわざ期待をもたさせるように一階で待ち受けるなどと!
 無論。
 戦った。
 フロアの壁を床を天井を突き破るような戦い。
 しかし、幸い向こうは捕らえるつもりしかない。
 ならば、こちらがヤる気ならば・・・と、凶悪な笑みで己が鍛えた柔鋼を取り出したものの。
 さらに凶悪な笑顔で師匠は大人気なく柔超鋼を持ち出し、それで結った縄により自分をがんじがしらめにして連れ戻した。
 その後、この初真学園に放り込まれ、街を出ることを堅く禁じられる今に至る。
 もちろん大人しくこんな状況に甘んじるつもりではなかった。
 いつもならば、誰がそんな禁など守るか、すぐに抜け出して、と思うものの、捕縛され、ぐるぐる巻きのまま師匠の肩に担がれていた時。
 禁を破れば、ワタクシに与えられた三位の権利を他の同族の女に譲ると言われてしまった。
 さすがに、そう言われてはもう何もできない。
 現状でも三位、しかしその権利を失ってしまっては、今以上に難しい事となるのだから。
 よって彼女はトボトボとこの世の終わりのような顔で、この初真学園に入学したのである。
 入学式の日、周りの生徒達がこれからの期待に笑顔を浮かべている中。
 彼女だけが全ての絶望を背負ったように、この学園の正門をくぐった。
 正門には『汝、一切の希望を捨てよ』という文字が浮かび上がる幻覚すら見た。
 それから一年と少し。
 故郷から少々離れ、想い人とも引き離された場所で奇跡を待った。
 そう。例えば、月の美しい夜。
 自宅としてあてがわれた血族の所有するマンション。街を一望できる高層マンションの最上階の一室の寝室。
 そのテラスに想い人が舞い降り、お待たせ、お姫様、との言葉とともに、微笑んで手の甲にキスをする、などと。

 「・・・けれど現実は・・・」

 彼女がテラスに干していた下着が盗まれたぐらいである。
 想い人がテラスに舞い降りる夢を見つつも、現実にあるわけがないと下着を干しているのが女心のシビアにて難しい所ではあるが。
 それ以前に、どうやってそんな高い場所に干してある下着を盗んだのかというのもまた謎である。
 監視カメラの類はいっさい取り付けさせていないし、手伝いなども呼んでいないのため、完全な一人暮らしである。
 普通ならば怖いなり気持ち悪いなりと思うのが一人暮らしの女性であるが。

 「・・・罠にはかかっていませんし。もう来ませんわね。ま、野良犬にかまれたと思って諦めましょう」

 テラスにはもちろん、室内にもいくつか非致死性のトラップを仕掛けているものの、効果なし。
 
 「今はそんな事よりも!」

 再び銀時計の写真に視線と微笑みを向けて。

 「今はこの運命を! いえ、運命であるのは当然、それを加速させた奇跡に感謝し、あるべき結末へと導かねば!!」

 そう。
 下着泥棒などはどうでもいい。本当にどうでもいい。まぎれこませていた致死性の罠にかかってくれてもいいくらいに。
 今、この街に。
 それまで愛の苦しみを日々、胸に募らせるだけだった、この監獄というべき街に。

 「通う学び舎が異なる、という障害はありましたが些細な事。それもまたすぐ排除いたします!!」

 腰をかけた机には、緋桜学園にあてた文化交流会に関する手紙の原稿がある。

 「ああ、ああ、早くお会いしとうございます!」

 まずは文化交流というイベントとして合流。
 これに関してはすでに先方に伺いの手紙を送っている。
 事件が起こる前、というのがポイントだった。
 ただ単に文化交流という理由では説得力が薄い。
 初真に通う生徒はやはりどこかエリート意識を持っている。悪く言えば庶民の通う学園と接点を持つ意味などあるのか、と。
 しかし、今回のような事件でさえ生徒達の力で解決できるような生徒達が通うような学園、という事であれば多少なりともハードルは下がる。
 さらに自分には先見の明があるという事も示された。もちろん全てが自作自演なのではあるが、実にうまくいった。
 そしてもう一つ手も打ってある。
 最近になってようやく姿を現した一年生。
 この生徒にも生徒会役員への入会勧誘の手紙を送っている。
 実際に会った事はないが、葛家と言えばその名の影響力は絶大。この勧誘に成功すれば自分の発言力はこの学園において大きく増す。
 葛にとっても、後藤である自分の誘いを無碍に断る事はできないはずだ。

 「これで少なくとも、声を大にして反対される事はないでしょうし、あとは・・・」

 最終的には姉妹校締結ののち、交換留学生・・・正確には交換友好生、とでもなるのだろうか。
 しかし自分はすでに二年生。時間は少ない。
 少なくとも今年中にそこまでをテストケースとして持って行かなければ意味が無い。
 同じ学び舎で過ごしたいのだから、早ければ早いほど良いのだ。
 それに生徒会の顧問である大伴先生は、その人生経験の長さからか、清濁併せ持った実に理解のある老教諭。
 今回の事件をうまく説明すれば、間違いなく味方についてくれるだろう。
 加えて大伴先生にはそれだけの力がある事を知っている。
 学園で知る者はワタクシ一人であろうが、大伴先生はこの学園の設立者の血縁であり、現在の理事長だ。
 それを隠して一教諭として振舞っているのは何か理由がおありのだろう。
 おおかた、生徒と直接触れ合っていたいという、教師らしいお考えではないかと思うし、それは実に素晴らしく尊敬もしている。
 しかし。
 それはそれ、これはこれ、ワタクシはワタクシ。今回は尊敬の念を抱きつつも、おおいに利用させていただくとする。
 そして、急ぐ理由はもう一つある。
 すでに一位の権利を持った血族の女がはべっているはずである。
 別に想い人が自分以外の女とどういう関係となろうが、気にはしない。いや、多少は気にする。気にするが、気合で気にしない。
 しかし、何もなければそれが一番いいのだ。
 それに自分はどの血族の女よりも優れようと努力してきたし、美しさも磨いてきたつもりだ。
 三位、というのは納得いかなかったものの、基準がそういう女の部分ではなく、自分ではどうしようもないものだったから、それ以外である才能や美しさを磨いたのだ。
 一人暮らしをしているのは家事などを身につけるためでもある。
 だから順番が回ってきたらならぱ、自分は絶対に通り過ぎさられる女にはならない、そんな決意ゆえに。
 しかし、時を待たずして、運命という風が自分に奇跡を運んでやってきた。
 こちらから追うことはできなくなったが・・・想い人がこの街にやってきたならば、掟を破った事にはならない。
 それに学園の一生徒として会うのならば、それは仕方ない事なのだ。
 その生徒として仕方なく会うのがたまたま他校に転入していた人物であり、それがたまたま想い人であったとして、誰が責められようか。
 期待はもはや身に収めきることができないほどに膨れ上がり。

 「ッ! ・・・マぁ!・・・サマぁぁあ!!」

 恋を胸に秘めるもの。とは思いつつも、想い人の名を小声呟いてしまい、それは次第に大きくなっていき、同時に全身でもだえ始めた。
 胸元で揺れる銀時計が、重力を無視して浮き上がり、その鎖が同じようにくねくねと悶える。

 「掠サマぁぁぁぁぁぁああ!! はあああぁぁぁぁんんん!!」

 高野掠。
 それが彼女の想い人の名であった。 





『16/たった一つの冴えたやり方』


 
 

 
 あわただしく始まった五月もようやく二週目。
 先週の篭城事件も記憶に新しい中で、緋桜学園の中ではまた一陣の風が静かにざわめいていた。
 今期生徒会メンバー名簿の公式発表があったからだ。
 事前にそういった噂は流れていたものの、信憑性の薄い人物の名もあがっており、むしろ、信じたくないといった生徒達の否定もあった中で。
 決定的な事実がプリントとして全校生徒に配布されたのである。
 私の手にもそのプリントはしっかりとあり、上から眺めてくと、一年書記の欄にしっかりと彼の名前が載っている。

 「更葉先輩、これって本当なんでしょうか?」

 部活動も終わり、更衣室での着替えの最中に三人の後輩がおずおずといった雰囲気で、事実を確かめに来る。
 後輩たちの手にも同じプリント。

 「ああ、間違いない。生徒会の顧問である桂先生もそうおっしゃっていたしな」

 とは言え、私は疑っていたわけではないし、わざわざ確認もしていないが。

 「・・・そんな」
 「先輩を無理やり押さえ込もうとしたり・・・」
 「あたし達じゃかなわないのに、またあんな事があったら」

 かつてこの三人の後輩は、例の彼、つまり薙峰梓に一度負けている。
 私もその時に誤解であるという事は説明したのだが、どうにも信じていないようではある。
 もっとも、それはそれで面白いと、それ以上に誤解を解こうと努力しなかった私も私だが。
 
 「あんな怖い人が生徒会なんて、何を考えて・・・」
 「生徒会の人たちも脅されてるんじゃ?」
 「先輩、どうにかならないでしょうか・・・」

 どうにか、といわれても。
 生徒会の方もこういった問題を知らずに採用したわけではないだろうが。
 あの会長も、表面上はしとやかな優等生を演じているが、中身ははなかなかどうして大した正義感だし、器も大きいと思っている。
 親友であり、補佐である副会長にいたっては、正や悪などという範疇外で物を判断し、さらにはその埒外で会長の為に生きているような女だ。
 それぞれ一人ではとても危ういが、二人でいるとなると、あれ以上にバランスのとれたコンビはない。
 むしろ出会っていなければ、二人ともこの世にいなかったかもしれない。少なくとも副会長の方は世を去っていただろう。
 だが、出会ったからこその今がある。 
 ゆえに、無謀と言える突貫力と決断力を持つ会長と、その軌道上にあるものを排除するべく暗躍する副会長に成せぬ事は少ないだろう。
 もちろん学生である今は、その立場に準じた成果しか出せないと思っていたが、先日の強盗から人質を奪回したりなど、すでに学生レベルの行動半径を逸している気配もある。
 二人の歩むべきこれからの将来を考えればいい経験になるのだろう。

 「先輩?」
 「あ、ああ、すまない。考え事をしていた。だが、君たちの懸念もわからない事もないが、現生徒会の会長と副会長は優秀だ。脅されてどうこうという事はないだろう」

 あの小さな会長が脅すことはあっても、とは言わなかったが。

 「とは言え、それでは君たちの曇りもとれまい。私から少し、生徒会や桂先生に、彼の採用に関して話を聞いておくとしよう」

 そう言うと、後輩たちは一同に安心した顔になる。
 結果は変わるまいが、気休めというものは時にして、十分な効果は生むものだ。  





 そういった理由で、私は今、生徒会室のドアの前にいる。
 部活後にはシャワーも浴びたし、それなりに身だしなみも整えてきたつもりだが。
 
 「・・・ふむ」

 鏡を取り出し、髪の乱れを整える。
 いくら武の道にあると言えど私も乙女だ。
 想う相手と会うとなれば緊張もするし、少しでも身奇麗な姿でありたいと思うのは当然の事。
 ノックをすると、すぐにどうぞ、と返ってくる。この声は・・・有栖か。

 「お邪魔する」

 私は入室した途端、硬直する。

 「・・・ッ」

 生徒会室には、有栖と桂先生・・・そして見慣れぬ老人と初真の制服を着た女子生徒。
 私は反射的に動こうとした体を無理やりに押さえ込み、自然な動きで身内二人の方へと寄り添う。

 「あ、更葉先輩、いらっしゃい。でもその今ちょっとお客様が」

 有栖がどうしたものか、という表情で困惑している。
 かわって、桂先生が。

 「更葉さん。何か生徒会室に御用?」
 「あ、いえ。来客中とは気づかず失礼しました。私の用件は些事ですし、会長と副会長に直接、うかがいたいものですので」

 いつものような絵笑みだが、ここは学園内としてのケジメをつけて、あくまで教師と生徒として呼び合う。

 「そう? じゃあ申し訳ないけど」
 「はい。ここで待たせて頂きます」

 また後で来てね、そう続けようとしていた桂先生の言葉を途中で切り、私は二人の後ろ、とは言っても一息で跳べる距離に椅子置き腰かける。

 「・・・まぁ、なんて不躾な。やはり学園の格が知れれば、生徒の質も知れるというものですかね」

 初真の女生徒が初めて口にした言葉はそれだった。
 なかなか高慢で居丈高な態度と口調だが、それが様になる見た目もあってか逆に感心してしまう。

 「失礼ですが」

 珍しく微笑みを消して、子供のようにムッとした顔で桂先生が抗議しようとした所を私はまたもさえぎる。
 来客中に陣取るなど失礼だと思うのは常識からして当然の感想ではあると思うが、私はここから離れる気はない。
 かといって、これ以上、失礼な態度をとる気もない。

 「初真の方。その言い分は至極ごもっとも。礼儀も知らぬ田舎者ゆえ、どうぞ私の事は案山子と思っていただき、お話を続けていただければと」

 一切のトゲを含まず、私は椅子から立ち上がり、深く頭を下げて謝罪する。
 私がここに陣取るのは私の都合であり、彼女には関係のない話なのだから。

 「・・・」

 私の言葉を受けて、初真の女生徒は首をかしげ、その表情にあった侮蔑を消す。かわりに、微笑みを浮かべ。

 「・・・どうやら礼を失したのは私のようでしたわね。雰囲気からして武人の方。それも高潔な意思を感じますわ。そういった方が不調法とわかっていながら座を辞さないというなら、それなりの理由がおありなんでしょう。謝罪いたします」

 長いスカートをつまみ・・・ではなく、私と同じように深く頭を下げる。
 どうも私は勘違いをしていたようだ。
 金髪で渦を巻いたような髪型をしていたので、てっきりそういうお嬢様かと思っていたのだが。
 それはともかく私はもう一度頭を下げ。

 「ご理解痛み入ります」
 「いえ。では、用件の方を手早く済ませるといたしましょう」

 私に気を遣ってかそう言うと、初真の女生徒は桂先生と桜へと向き直る。

 「先日の交流会の件なのですが、そちらのお返事はどうようなものになりましたか?」
 「その事なんですが・・・生憎と会長、副会長とも不在でして。事前にご連絡を頂ければ同席できたのですが」

 約束もなしにやってきたらしい。礼儀に深いと思えば、なかなかアンバランスだ。

 「それはおかしいですわね? 私はこの日に来るように言われて、こうして参じたのですけれど・・・?」

 嘘ではないようだ。本気で首をかしげている。

 「頂いたお手紙にはこうして校内の地図も同封されておりまして・・・詳細な地図なのですが、部屋の名などは書き忘れてしまったのか部屋割りだけしか書いておらず。少々迷ってしまいましたが、おそらくは生徒会室だろうとあたりをつけて辿っていくと、やはりここに到着しまして」

 地図。
 校内の地図。
 私に一抹の不安。

 「初真の方。失礼ですが、その地図、拝見してもよろしいですか?」
 「後藤=メーデンスティル=鈴、と申します」

 なるほど、ハーフか。顔立ちは日本人らしくもあるが、金髪は染めたような不自然さのない美しさにも納得がいく。

 「・・・失礼。私は更葉抱月と申します。改めて後藤さん、地図を拝見しても?」
 「ええ」

 その細い指先にわずかに触れた時、違和感を感じつつも、地図を受け取ると・・・ああ、やはり。

 「貴女は天才、というものを信じますか?」
 「禅問答ですか? 普段なら馬鹿らしいと思いますが、貴女のような方相手ならば面白そうですわね。ふむ、天才ですか・・・」

 しばし後藤は考え。

 「天才は確立の上の存在とならばありえますわね。まず自分がもって生まれた才能を運良く見出し、努力によってそれを研磨した先に在るべく人の結果かと」
 「なるほど。私も共感する部分のあるご意見ですが、しかし例外というものもある。自らを観察する事もなく、また練磨する事もなく発露する才能というものが」
 「興味深いですわね。貴女がその例外の天才、ですか?」
 「まさか。今ここに天才が残した才能の片鱗があるのです」
 「・・・その地図ですの?」

 私は呆れるように、そして諦めるように。

 「この地図の作成者はきっとできうる限りわかりやすく詳細に地図を書いたのだと思います。部屋の名を書き忘れたのは手落ちでしょうが、今回はそれがさらに彼女の才能をさらに顕著にしてしまった」
 「・・・何をおっしゃっているのか」
 「失礼。結論から申し上げると、彼女の地図はどれだけ緻密であろうと、むしろ、緻密であるほどに、それを持つ者を目的地にだけは導かないというものです」
 「・・・」
 「これを才能というならば、彼女はやはり天才かと」
 「・・・故意、ではなくて?」
 「これを故意だとすれば、幼きころ私が彼女の地図を頼りにして、山の中で三日三晩あてもなくさまよった挙句、熊と鉢合わせした事を許して今も友人である事はないでしょうね」
 「・・・なかなか壮絶な人材を擁しておりますのね、ここの生徒会は」

 どうやら信じたようだ。
 桜に地図をまかせたのはこの才能を知らない会長か副会長だろう。桜も自覚がないからまた困り者だが。

 「とは言え、彼女に地図を書かせて届けたのはこちらの不始末。よければ私がご案内いたしますが」
 「けれど、先ほどのお話からして貴女にも目的地はわからないのでは?」
 「過去の教訓より、私は彼女の地図をある程度は解読する術を得ておりますので・・・もっとも、ここまで難解な魔法の哲学書のごとき地図となるとお手上げですが」
 「ではどうなさるの?」
 「過去からすれば現代社会の科学技術は魔法のごとくでしょう。よってこの魔法の哲学書も現代科学で対処します」
 
 そういって私は携帯電話を取り出す。

 「・・・なるほど、ですわ」 
 
 何度か呼び出しをすると、桜の声で。

 『ほーちゃん? どうしたの?』

 桜は私をほーちゃんと呼ぶ。皆の前では呼ばないが、学園の外では聞きなれた愛称だ。

 「桜。お前の地図の犠牲になって遭難したお客様が生徒会室にお見えだ」
 『またー。またまたまたまたー。ほーちゃん昔からそのネタ好きだよねぇ。別にアタシは地図作成が趣味だったり特技だったりしないけど、フツーに書いてるからフツーに来られるってー』
 「ああ、そうだな・・・そうだと皆が幸せなんだがな」
 『ま! あえて言うなら、アタシが描けない地図は愛の地図? 愛しいあの人へ想いを届けるための道、つまるところバージンロードへ続く道だけはわかんないけどねッ!!』
 「ああ、そうだな・・・で、今どこにいる? 生徒会の他のメンバーはどうした?」
 『会長と副会長、アタシと藍湖ちゃんは西校舎の屋上にいるよー。薙峰クンと高野っちは会長の命令で、お菓子とか買いに行ってるけどー』

 西校舎の屋上とは。今回は校舎内の教室ですらなかったか。
 しかし、薙峰はさっそく使い走りにされているのか。高野というのはまだ顔も知らないが不憫な事だ。
 ん? 西?

 「西? あそこは立ち入り禁止だろう」
 『会長権限で特別にだって。地図にもそう書いておいたのに、どうして迷うかなー?』
 「わかった。では、そちらにご案内する」
 『はーい、よろしくねー』

 まったく・・・
 私はため息とともに、現代七不思議に仲間入りしそうという意味では学術的に貴重な地図をゴミ箱に放り込み。

 「お待たせした。それではご案内しよう・・・ですが、桂先生と鬼河原はここに残っていてください」

 立ち上がろうとした二人を私は制する。

 「どうして? 私は顧問だし、学園同士のお話にもなる事だから」
 「桂先生のお立場は存じておりますが、この件に関しては私から後ほど”理事長”に詳しく説明を差し上げに参りますので」
 「・・・貴女がそういうならば仕方ないわね。わかりました」

 この会話に違和感を覚えたのか。

 「更葉先輩、あのお話が見えないのですが」
 「鬼河原。お前もいずれ三年になればわかる。今は私の言うとおり、ここに残って桂先生といてくれ」
 「あ、はい」
 
 先輩の言うこと、先生のいうことは、疑問あってもうなずく。有栖はいそういう意味では良い生徒、良い後輩なのだが。
 時折、無謀さにかけては会長を上回る部分がある事を私はよく知っている。
 ゆえに、わずかでも危険の可能性があるならば、遠ざけるに越した事はない。

 「それでは参りまょうか、どうぞ」

 と言って、私は部屋の外をうながす。
 普通ならば私が先に立ってドアを開けるべきだが、それを疑問に思わず後藤が部屋を出て。

 「・・・どうぞ?」
 「・・・ふむ?」

 老人、いや教諭であろう男だけが動かず、私を見て初めて口を開いた。

 「猫か?」

 やはり、この老人。
 背後で桂先生が身を震わせたのが気配でわかる。

 「そう毛を逆立てるでない。ワシはただの年寄りだ。もはや若者と戯れる元気もないぞ」
 「・・・ならば、貴方はさしずめ、狸といったところですね、ご老体」
 「ほ。うまいことを言う。なるほどなるほど」

 さもおかしそうに笑う老人。私はつかみとごろのない気配に体を硬くする。

 「だがワシは言うなれば抜け殻であり、ただの目印でしかない。中身はいまだ天の川で泳いでおってなぁ」
 「・・・」

 意味のわからない言葉を並べられるが、それがどうにも誤魔化しの類ではないような雰囲気がある。
 比ゆと揶揄に隠されているが、嘘はついていない。そんな感じだ。

 「ま、それは今のここでは関係のない話か。しかし、後藤の嬢は今回の交流会を奇跡だの運命だとのはしゃいでおったが・・・数奇な事はあるものだの」

 老人は、私から視線を外し。
 瞬間、私の緊張も極限まで高まる。

 「桂先生、とおっしゃいましたか」
 「あ、はい」
 「この大伴。今回のような生徒達が自発的に何かを成そうとするのには実に賛成でしてな。無論、立場上は保護者兼責任者として同行しておりますが、口は出さぬつもりです。あくまで生徒達の意思と決断にまかせ、それが実を結ぶかはともかくとしても。行動そのものは応援してやりたいと思っておりますので」
 「そうですね。とてもよい事だと私も思います」
 「交流会、うまくいくようであれば、また都度お会いできるでしょうな。楽しみにしております」
 「ええ、私も」
 「ほっほっほ。それでは失礼。猫殿、では案内をお願いしますぞ」
 「・・・猫はやめて頂けるか?」
 「失敬。では更葉さん、よろしくお願いしようかの」
 「・・・はい」

 
 
 




 西校舎の屋上へ続く扉は普段、鎖と南京錠で施錠されているが、会長権限とやらで開放されていた。

 「ここ、ですの?」

 さすがに案内された場所を不審に思ってか、後藤がいぶかしむが、それも当然だろう。

 「はい、会長、副会長、書記とそれぞれがお待ちしておりますが・・・さすがにこの場所の意図までは」
 「会談の場所もユニークですわね。さっきの地図の方からして、会長さんやその他の方々も傑出した人物なのでしょうか?」

 皮肉ではなく、冗談をまじえるようにしての問いかけに。
 私は、首を振り。

 「残念ながらそのとおりです。私が言うのもなんですが、方向を間違えた天才が何人か」
 「それはそれで楽しみですわ。望めるのならば、平凡な方よりも貴女のような才人と友人になる機会が欲しいですわ」
 「私など」
 「ワタシクは貴女にともて好感を持っておりますよ。それともワタクシのような友人は不要でしょうか?」
 「とんでもない。私も貴女の立ち居振る舞いには気持ちよく思っております」
 「それは友人になっていただけるというお返事ですかしら?」
 「喜んで」

 妙な流れになったものだが、私は言葉とおり、この後藤という人物に好感を持っている。
 おそらくは何かしらの術を修めた武人の類だとは思うが、そのわりに一切の邪気がない。
 しかしそれでいて、何かしら胸に熱いものを秘めたようなひたむきな雰囲気がある。
 屋上への扉の前で私は二人に向き直り。

 「では後藤さん、大伴先生。私はここで。以降は生徒会同士のお話ということになるでしょうから」
 「ええ、では次は交流会でお会いしましょう。その時は後藤ではなく、鈴、と呼んで下さるかしら? あと、その敬語もやめていただければ嬉しいですわ。ワタクシはまだ二年生の年下ですわ。こちらの学園の白いリボンは三年生の証でしょう?」

 私の白いリボンを見ながら、なんとも可愛らしい笑顔でそう言ってくれる。

 「わかった、鈴。ではまた近いうちに」
 「ふふふ、そちらの方がずっと魅力的ですわ。更葉先輩」
 「抱月でいいぞ」
 「では、お言葉に甘えて抱月先輩。また近いうちにお会いしましょう、ごきげんよう」
 「ああ、またな」

 そして私は一人の友人を得て、

 「それでは大伴先生、失礼いたします」
 「ほっほっ、またのぅ、猫殿」
 「・・・」

 一つの不安も胸に宿して、場を立ち去った。







 こんにちは、先日、正式に生徒会の書記となった相馬藍湖です。
 なんというか。誰にでも憧れってありますよね?
 高校という新しい学園生活。勉強にスポーツとか。
 生徒会活動にしても、姉の歌恋ちゃんに誘われたものの、やっぱり興味はあるわけで。
 こう、優しい先輩に色々と教えてもらったりとか、それから恋心とか芽生えちゃったり。
 残念ながら、先輩はみんな女の人ばかりでしたけど、一年の書記には男の子が二人います。しかもどちらもクラスメート。
 これはもしかして、的な展開もあるかもしれないじゃないですか。
 クラスメートでもあるし、生徒会の仕事で遅くなって送ってもらったり、とか。
 もしくは、二人の男の子が自分をとりあって、キャーみたいな・・・すいません、調子にのりました。
 けれど、なんというか楽しく過ごせそうな環境とシチュエーションではあります。
 ・・・ここまでの話なら。
 けれど実際には、生徒会に入る前には青いタイツを着た変態に追われたり、生徒会の男の子の一人が実は殺人鬼だったり。
 もう一人の男の子は、かわいいカンジの人だけど、すでに鬼河原先輩のお気に入りっぽい上、やっぱりどこかポーっとして頼りないし。
 先日なんて銀行強盗が篭城ですよ? まぁ、それに関して私は直接の被害はこうむっていませんが。
 まぁ、それはそれでよくないけどいいとしても。

 「遅い!!」
 「そうねぇー」

 頼れるべき先輩、優しく色々と教えてくれるポジション的な会長先輩は今、屋上の中心で腕を組んで仁王立ちをしております。
 額に巻いた白い布・・・あれって多分、恋歌ちゃんのリボンだけど、それが風にバッサバッサとたなびいています。
 長い二本の三つ網も同じようにバッサバッサしていて、そのうちリボンとからまってえらいコトになるんじゃないかなぁ。 
 というか、話し合いをするというのに、なんでこんな所であんな格好なんだろう。
 聞いても、客人を迎える為の正装だ、としか言われなかったし。
 まるで昭和年代の学生マンガで、番長が決闘するみたいなノリだし。
 それよりも、お菓子を買いに行かされたあの二人・・・高野君はともかく薙峰君まで素直に従ってたのはどうして?
 やっぱり今は大人しくして、スキあらば・・・うううう、怖い、怖い、胃が痛い・・・
 と、そんな恐怖心を吹き飛ばすような会長先輩の怒号が響く。
 
 「遅すぎる! クソッ! 武蔵でも気取ってんのか!?」
 「物干し竿、持って来た方がいいかしらねー?」
 「いらん! 女なら拳一つで充分!!」

 頭痛が痛いです。
 つまりそれくらい頭がクラクラするというコトなんですが。
 
 「春日!」
 「はーい、なに?」
 「場所と時間、ちゃんと書いたんだろうな!」
 「バッチだよー。地図も気合いれて丁寧に書いたしねー」
 「むぅ!」

 しかし、五月とはいえ、これだけ風が強いとさすがに寒い。
 とくに会長先輩は何を思ったのか体操服。しかもブルマ・・・いや、ウチの学園、短パンなのに、自前?
 見てるだけで寒いんですけど・・・会長は寒さをものともせず風に逆らうように仁王立ちのまま。そういうのはさすが? なのかなぁ。

 「歌恋!」
 「なーにー?」
 「寒い!!」

 あ、やっぱり寒いんだ。

 「はいはいー」

 といって、歌恋ちゃんが持っていた大きなバックから出したのは・・・学生服。ただし男物で妙に丈が長い。

 「はい、長ランー」
 「うむ、やっぱりいいな、こういう場所にはやはりコレだ!! 淑女としてTPOには気を遣いたいものだ」

 歌恋ちゃんが着せてあげると、会長先輩はガシガシと腕まくりをして手を出す。
 寒いといいつつも、前のボタンはしめないのは何かのこだわりなんだろう。
 ・・・聞きたくないし聞かないけど。
 と、ここで春日先輩の携帯が鳴った。
 
 「はいはいー」

 応対する春日先輩。会話のふしぶしから、どうにもお客さんが迷っている様子。
 電話を切った春日先輩は。

 「ほーちゃ・・・更葉先輩が案内してくるって。お客さんなんか迷ってたみたい」
 「初真の人間は地図もまともに読めんのか、まったく」

 それから、しばらくして。
 カタカタと小刻みに震え始めた会長先輩が、寒さに気合負けして学生服のボタンをとめようとした時。
 顔をクイっと上げ、ドアをにらむ。
 
 「む、来たな」
 「あら、ほんとー? 足音でもした?」

 ドアを見るが、まだ誰も現れていない。

 「カンだ」
 「よくあたるものねー」
 「っしゃー!! 先、手、必勝!!」

 え、あ? うそ! 信じられない!!
 ドアが開いた瞬間、会長先輩が現れた人影にドロップキックで飛んで行った! なにこの人!!






 ワタクシがドアを開けた瞬間。

 「逝け、オラァ!!」

 下品な声とともに、目前に迫っていたのは、そろえられた小さいシューズの裏。

 「なんですの?」

 といっても、シューズが飛んできたのではなくて、シューズの持ち主も一緒に飛んできているよう。
 ああ、これがドロップキックというものですね、と思ったものの。
 ワタクシはふいと、それを交わす。
 庶民の学園ですから何が起きても不思議はないでしょうが、まさかプロレスごっこをしているとは。
 
 「あ」

 後ろには大伴先生が、と思うもすでに。

 「ほっほっほ」

 同じく大伴先生もかわしていた様子。
 やはり何かしらの武芸をたしなんでいらっしゃいますわね。
 そして、背後ではなにやら尾を踏まれた子猫のような悲鳴とともに階段を転げ落ちていく音が響いていきましたが。
 ワタクシはかまわず、ドアの向こう、風の舞う屋上へと歩を進めると。

 「あらあらー、不発ねぇ。初めまして、初真の会長さん。私は相馬歌恋と申します」

 面白そうに笑っている女生徒と目があう。
 ・・・こんな学園にいるには不釣合いなほどに瞳の深い人。なかなかお目にかかれる瞳ではないものです。なるほど、これが会長。
 さきほど友人になった抱月先輩とは違ったタイプなものの、興味のある人物といえます。
 掠サマが目的とはいえ、案外、この学園と交流する事はワタクシ自身にとっても利になる気がしてきましたわ。

 「初めまして、初真学園会長の、後藤=メーデンスティル=鈴と申しますわ。で、今のは何かの趣向で?」
 「そうねぇ。歓迎の意としてもらえれば助かるわー」
 「変わっていますのね」
 「私もそう思うわー」

 周りを見回すと、他にも二人の女生徒。ひとりは屈託のない笑顔で、もう一人は呆然というか、唖然とした表情で硬直しています。
 まぁ、なにかしら宗教的な理由があるのかもしれませんので、そっとしておくとして。

 「さて、まず遅れた事をお詫びいたしますわ。なにせ慣れぬ場所で」

 例の地図の才能はともかく、一応はこちらが持ちかけた話。

 「いえいえー、お気になさらずにー」
 「それで、早速ですがお返事をいただきたいのですが・・・」

 いくつかベンチが設置されているが薦められない、という事は色よい返事はもらえないかしら?
 そもそもこちらが手紙を出してから、あまりにも早い会談。もとより生徒会がでてきた時点でいい返事は期待していない。初真ならともかく、普通の学園ならば、生徒会という雑用係に権限などないものですしね。
 と、ある意味で予定通りの展開に、次の案へ移行しようとしていたワタクシに。

 「お返事はイエスですー」

 予想外な返答が投げかけられた。
 
 「・・・それは嬉しいお返事ですが、ずいぶんと即決なのですわね? こちらから打診してまだそれほど日も経っていませんでしたし」
 「私達の学園の事は生徒が全て、というのは過言ですが、だいたいの決定を生徒がいたしますのでー」
 「なかなか奇特な校風ですのね」
 「正確には生徒の代表としての会長の独断で決まりますけれどもー」
 「・・・なかなか変わった校風ですのね」

 ワタクシは多少、言葉を変える。
 つまりはこの女の独裁状態というわけなのでしょう。
 とは言っても、やはり学園生活レベルですし、そう大それた事もできないでしょうけれども。
 いえ、そうとも限りませんわね。初真という学園の価値を認識していれば、こちらの要望を叶える代償を要求してくるはず。

 「ただし、条件がありましてー」
 「それはどういったものですの?」

 やはり価値というものをしっかりと把握できる人物のようですね。
 逆に安心します。思考のレベルと方向が同じならば、相手の考えも読みやすいですし。

 「やはり事が事だけに、意見も分かれましてー。よって、会長いわく、”たった一つの冴えたやり方方式”にて可否を決定することになりまして、こうしておいでいただいたのですねー」
 「・・・貴女が会長ではなくて?」
 「違いますわー。私は副会長でしてー、アレが会長ですー」

 と、背後を見れば。
 さきほどの少女が、ドアから現れ、猛然と走ってくると、息をきらしてワタシクの前に立ち。

 「緋桜学園生徒会長様だ!! 少しはやるようだが、言っとくが今のは全力じゃないぞ!!」

 ・・・冗談にしても苦笑すら出ませんわ。

 「なぜ小学生がここにいらっしゃるの?」
 「あらあらー」

 ワタクシは副会長と名乗った相馬さんに尋ねた途端。

 「だっぁしゃー!!」
 「あうっ!!」

 延髄? 延髄斬りですの!?
 さすがにこれだけの至近距離で、子供に不意打ちを仕掛けされれば虚をつかれてワタクシとて!

 「な、なにをなさるの? 子供といえどおイタは許しませんわよ!?」
 「まだ言うか、このドリル女!!」
 「はいはいブレイクブレイクー」

 と、相馬さんがワタクシと子供を引き離し。

 「さきほどの話の続きですけれどー、条件とは互いの会長のタイマン、というコトでしてー」
 「怠慢?」
 「タイマン、ですー、一対一の決闘というコトですねー」

 決闘?

 「あ、藍湖ちゃん? どしたのどしたの?」

 背後ではさきほど硬直していた生徒が倒れたようです。なるほど気分が悪かったのですね。
 それよりも。

 「タイマンという言葉すら知らんとはな! 浪漫の欠片もないヤツと、共に学園生活が送れるとは思えんぞ!」
 「ですから・・・この子供はなんなんですの?」

 さすがに子供相手といえど、ワタクシも我慢の限界というものが。

 「ですからー、当校の会長閣下ですよー」
 「・・・」

 は?

 「細かい事をぐだぐだと話し合いで決めるは面倒だ!!」

 この子供が会長、ですの?
 
 「新しい事をするなら、良いことも悪いこともあるだろうが、問題はそうして一緒に過ごすヤツが、良いヤツか悪いヤツか、それだけわかれば十分だ!!」

 ・・・いやですわ、何かいい事を言われた気がするのは気のせいですの?

 「ほっほっほっ、素晴らしい考えをお持ちだの、小さな会長どのは」

 大伴先生が楽しげに笑ってらっしゃる。

 「後藤の嬢。頼みごとをしているのはこちら。なれば、あちらの意を汲んでみてはどうかの?」
 「はぁ、まあ、大伴先生が、そうおっしゃられるのであれば」
 「話はついたか、なら始めるぞ!!」

 そうして、ワケもわからぬまま、ワタクシはたいまん、という決闘を受けるハメになったのですわ・・・。





16/ 『たった一つの冴えたやり方』  END
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