2/『チキン・ザ・ナイトが精一杯』






 全ての授業が終わり、先生が出て行くと同時にオレはカバンを持って立ち上がった。
 オレが教室にいると、他のみんながどうにも緊張して気の毒なのである。オレも気の毒だけどね。ふふふ・・・あははは。
 などと壊れ気味な気分で、教室から出ようとドアに指をかけた時。
 ピーンポーンパーンポーンと、教室内に設置されているスピーカーからマヌケな音とともに、我ら1−Cの担任である桂先生の声が飛び込んできた。

 『1−Cの薙峰君。生徒指導室へお願いします。繰り返します、1−Cの薙峰君、生徒指導室へ』

 そしてまた、ピーンポーンパーンポーン。
 ・・・はて? 例のケンカ騒ぎは緘口令をしかれた上で決着がついているし・・・それ以外で呼び出されるような事など心当たりがないが、などと眉をしかめて考え込んでいると。
 いつの間にかオレへと向けられていた視線の主達が小声で騒ぎ出す。

 「桂先生・・・やりやがった」
 「薙峰君を呼び出すなんて・・・」 
 「まだ若いってのに、もう教師生活どころか人生にピリオドをうつつもりか?」
 「見ろよ、薙峰君のあの表情・・・生徒指導室は血で彩られるに違いない」
 
 いや、眉をしかめていただけでそんな・・・。オレは咳払いをひとつして、いつもの無表情を装う。
 すると今度は別のグループの女の子達が。

 「ああ・・・薙峰君がその気になっちゃったみたい」
 「私、桂先生の事、好きだったのになぁ・・・」
 「そうよね、あんなに優しい先生だったのに・・・」
 「せめて私達だけは、桂先生の事、忘れないでいてあげよ、ね?」

 なんか泣いてるし。いや、オレにどうしろと。
 というか、本当にキミ達はその会話が聞こえてないと思っているのでしょうか?
 




 オレはまだ見慣れぬ校内を歩き回り、ようやくたどりついた指導室の前で深呼吸。
 別にやましい事は一切ないが、呼びだされた以上何かはある。問題はその何かが誤解だった場合、どう身の潔白を証明するかだ。相手が先生であってもオレの口が動かないのは、入学式のケンカの時に職員室で事情を聞かれた時に証明済みだ。あの時は桜先輩がいたため、どうにかなったものの今のオレは一人きりである。
 とにかく話を聞いてみなければどうにもならない。オレは指導室のドアを軽くノックする。

 「薙峰君ね? どうぞ」

 すぐに返ってきたのは、桂先生の声だった。失礼します、と心の何で言いつつオレはドアを開けた。
 さして広くない生徒指導室は長机が一つあり、それを挟んで二つずつのパイプイスが置かれている。桂先生は部屋の奥でオレを出迎え、笑いながら部屋の隅に置かれていたポットの前に立っていた。

 「ちょっと待って。今、コーヒーを煎れるから」

 桂先生。確か下の名前は小百合。まだ若い女性の先生で、授業中のイメージはクールな年上美人。
 長い黒髪を腰の後ろでまとめ、パリッとした紺色のツーピースをまとった現代国語の先生なのであるが、今の桂先生は鼻歌交じりでポットから紙コップへお湯を注いでいたりする。
 桂先生にはこんな予想外な一面もあるのか、などと思っていたが、それよりも予想外だったのはすでにパイプイスに座っていた人物である。

 「待ちくたびれたよー。それとも女を待たせるのはキミのライフスタイルの一つか? 江戸時代だったら島流しものだぞ?」

 と、桜先輩が背もたれを前にした椅子に座り、腕を組んで笑っていた。
 桜先輩の時代考証については、このさいどうでもいいからスルーする。
 それよりも・・・女の子がそんな足を広げて座ったら、その・・・見えますよ?
 ここは注意すべきだろうが、そうできないのは例のアレ・・・だという事にしておく。決して、もう少ーし、あと少ーしなどとは思っていない。
 と思っていたら。

 「桜、見えるわよ?」

 お盆に三つの紙コップに入ったコーヒーとシュガーポッドを載せた桂先生がやってきて、桜先輩のスカートに視線を向けて注意する。

 「あ、見えてなかった? シルクの白よ? サービスがいたらなくてごめんね?」

 オレにウインクして、イスを戻し普通に座り直す桜先輩。
 もうマジなんだかジョークなんだか・・・あ、ここでいう真偽ってのは、サービスとかなんとかの部分であり、決して本当に白かどうかという事ではない。でも、まぁ・・・その、桜先輩には白が似合うと思う・・・げふんげふん。

 「桜、砂糖いるでしょ?」

 桜先輩の前にコーヒーとシュガーポッドを置く桂先生。

 「んー・・・いらない。深くは聞かないで」

 なぜかチラリとオレを見る桜先輩。

 「ふふふ。いいわね、そういうの」
 「余計なコト言わないでよ? あと、そこの少年は、いつまでも立ってないで座りなさいな」

 オレは言われたまま、机を挟んで桜先輩の正面へ座った。

 「薙峰クンは見た目からしてブラックでしょ? むしろそれ以外は許さん」
 「ふふふ、そうね。そんな感じだもの」

 桂先生がオレの前にコーヒーを置いてくれ、オレは軽く頭を下げる。
 なんなんだろう、この光景。桜先輩と桂先生の会話はどう見ても生徒と教師のそれではない。
 オレがそう疑問に思い、桂先生を見ていると桜先輩からのツッコミが入る。

 「ほほう、キミは年上好き? 年上の女性のスーツ姿に異常な興奮を覚えてしまい、ついムラムラっとなって襲ってしまう性癖があるとか? いや、むしろスーツフェチ? 年上への憧憬というか、自立した女性を支配したいという征服欲求というか制服欲求から憤る若く青い性の暴走?」
 
 いや、もう、本当にカンベンしてください。あと暴走してるのは桜先輩です。

 「ウソウソ、怒らないの。そんな目しちゃイヤ。あー、アレでしょ? アタシと桂先生の関係が生徒と教師には見えないとか、そんなカンジの顔してる。ま、それを説明するために来て貰ったんだけど・・・」

 だけど?

 「言っておくけど、アタシ達には、生徒と教師の禁断の関係、あげくに美女と美少女のアブノーマルでエロティックかつバイオレンスな要素はないから期待しないでね?」

 期待してません。あとバイオレンスはジャンルが違います。むしろ桜先輩の恋愛観には血みどろのナニかがからむかどうか疑問ですが、知りたくもないし、聞きたくもありません。
 というかオレが桜先輩に期待するのは、自分で美少女と自覚しているその容姿に似合う言動です。

 「ちょ、ちょっと、桜・・・ごめんなさいね、薙峰君。この子、昔から言ってる事と考えてる事とやる事が違ってて」

 あわてる様にして、桂先生も自分のコーヒーを机に置き桜先輩の横に座った。
 この二人がやたらと親密なのは理解したが、はて、それがどうしてオレに関係あるのだろうか?

 「さて、と」

 桜先輩は桂先生を見てうなずく。桂先生はうなずきかけるが・・・うつむいてしまう。

 「はー・・・やっぱり言いにくいか。じゃあ、アタシから言うわよ?」
 「う、うん、お願い桜」

 イスから立ち上がりって後ろ手を組み、すーっと深呼吸をした桜先輩はオレを見つめてこう叫んだ。

 「薙峰梓に問う!」
 
 む。なんでしょうか?

 「貴様は何だ?」

 何だ、と言われましても・・・というか、今度はなんなんでしょうね。
 桜先輩、あなたのノリには慣れてきましたが、飽きる事は当分なさそうです。

 「首をかしげるな! 聞いているのはアタシだ! 貴様は女の秘密を軽々としゃべるような男か!?」

 そういう事ですか。オレはマジメな表情で首を横に振って否定する。
 満足げにオレの反応を確認し、イスに座りなおす桜先輩。

 「うん、いい子いい子。ま、わかってたけどね。一応、ケイちゃんを安心させときたいし」

 ・・・ケイちゃん? どこかで聞いた名前のような・・・あ、もしかして。
 オレは桂先生の顔を見る。桂先生は下を向いたままモジモジとしているが、前髪に隠れた顔は赤い。
 桂先生。カツラという名字は確かにケイと読める。という事は・・・。

 「さすが女殺しの薙峰クンは察しがいいね? まぁ、そういう事。改めて紹介するわ。桂先生ことケイちゃんがアタシの親友」
 「そ、そういう事です、薙峰君。桜とは家が隣同士なの。幼馴染みというのが一番近いかしら。ちょっと年は離れているけど」
 「堅苦しいなぁ。お姉ちゃんみたいなもんよ。あ、何度も言うけど、お姉さまン、じゃないかね?」
 「さ、桜、もうっ」

 なるほど。ここまで聞いただけでも、気づく点がいくつかある。
 確かに恋人とのキスシーンを見られるのは恥ずかしいだろうが、脅されるようなネタではない。
 しかし桜先輩は友人のケイちゃん、つまり桂先生はこの学校の生徒と交際していると言っていた。
 つまり先生と生徒の間柄。そうなると話は別だろう。
 それに桜先輩は入学式の途中でケイちゃんが保健室へ行ったとも言っていたが、確かに桂先生は式の途中で抜けている。
 また、職員室で桜先輩が桂先生が脅されていた事を言わなかったのも、問題をさらに悪化させない為の気配りだろう。
 素直に感心する。自分があれほど怖い目にあった直後というに、すぐに親友の身を案じる優しさ。なかなかできる事じゃない。
 オレがそう思い桜先輩を見ると、桜先輩は途端に顔を赤くして。

 「な、なにかな? なんか気のせいかキミから熱い眼差しを感じるのはアタシの自意識過剰かな? あははは・・・あ、コーヒー、おかわり? そ、そうだよね?」

 と言ってオレの紙コップに手を伸ばすが、まだ口もつけていないカップからコーヒーがこぼれ桜先輩の指にかかる。

 「うあっひゃん!」

 珍妙な悲鳴とともに熱さに驚いた桜先輩が手を引っ込めるが、その拍子にカップが転倒してさらに大惨事になる。こぼれたコーヒーは湯気を立てたまま机に河をつくり、滝となって桜先輩のスカートへ勢いよくこぼれていく。

 「うああああっつい! かなりィ、すごくゥ、とてもォ・・・熱い!」
 「さ、桜、大丈夫?」
 「超大丈夫じゃない!」

 あわてて桂先生がハンカチを取り出し、桜先輩のスカートをぬぐう。

 「ケイちゃん! よけいに熱い! むしろ痛い! アイッ・・・タァァァ!」
 「でも、シミになっちゃうから。もう、大人しくして」

 わめく桜先輩に対して、冷静にトントンとハンカチでスカートを叩く桂先生。

 「ケイちゃん、あんまりめくらないで!」
 「だって、こうしないと熱いでしょ?」

 スカートを軽く持ち上げて、トントンと叩いている桂先生。

 「見える見える!!」
 「見せてたんでしょ?」
 「アレはセクシージョーク! こら、薙峰クン見るな! あっち向け! 男はいつも夢と希望と明日を見てるもんだ!」

 慌てて目をそらすオレ。
 ですが、桜先輩・・・すいません、見えました。本当に白でした。





 ――十分後。
 ドタバタもなんとかおさまり、生徒指導室は平和を取り戻していた。

 「いつもはもっと落ち着いている子なんだけどね・・・ふふふ」

 桂先生は、桜先輩が出て行ったばかりのドアを見て楽しそうに呟く。
 騒ぎが一段落した後、桜先輩は体操服に着替えてくると言って生徒指導室を出ていった。
 当然、オレと桂先生だけが残される。
 なんとなく訪れる静寂。
 コンプレックスだのどうこう言う前に、こういう場合は男はあんまり口を開かない方がいいと思う。

 「・・・薙峰君」
 
 桂先生がとっくに冷めたコーヒーの紙コップを掌の中で回しながら、弱くて小さな声でオレに語りかける。

 「桜から薙峰君の事は色々と聞いたわ。今、君はあらぬ噂をたてられてるみたいだけど、それを否定したりしないのも私や桜の事を思ってなのでしょうね」

 ここにも優しい勘違いが一人。
 実情は状況に流されてこうなったわけだが、今となってはこれで良かったとも思う。確かにちょっとグレーな青春ではあるが、オレは確かに二人の女の人を守れたのだから。 

 「何の関係もない君に、まして生徒である君に助けられて。私、どうすればいい?」

 真摯な目で問いかけてくる桂先生。
 その視線はとても真っ直ぐオレを見つめている。
 そしてオレは情けなくも、その視線から目をそらすだけだった。
 いや、だって、ねぇ? 年上さんの美人さんの女教師さんとこんな狭い部屋で二人っきりで、なんか窓からは暖かい風と桜の花びらが入ってたりしてきて、そんなムードの中さらに潤んだ瞳で見つめられたら、他にどうしようもないと思う。

 「ふふふ・・・桜から聞いた通りね。それは気にするなって意思表示かしら?」

 この際、それでいいです。むしろ、それならなんとかカッコつくし。

 「いずれ何かお礼をさせてね。大した事はできないかもしれないけど・・・もし困った事があったら言ってきて」

 桂先生は真剣にそう言ってくれている。そんな心遣いを向けられて、そっぽを向けるほどオレは恥知らずではない。
 オレは桂先生に向き直り、頭を下げて立ち上がった。話はそれだけだろうし、このままここにいたら、オレがどうにかなってしまう。
 いや、あくまで緊張してという意味で。

 「もう行くの? 桜は待ってなくていいの?」

 う・・・どうしよう。しかし立ち上がってすぐまた座り直すというのも、なんとなくバツが悪い。
 それにオレがこれ以上、桂先生にできる事はないだろう。この後のことは桜先輩にまかせるのがいいかもしれない。
 オレはそのまま歩き出し、ドアへ向かう。そんなオレの背中に桂先生が声をかけてくる。

 「本当にありがとう・・・感謝してるわ」

 オレは足を止め、その言葉を背中で受け止めた。
 そうして得た少しだけの誇りを胸に、指導室から退室した。
 
 


 
 校門を出たオレは、いつものように商店街へと足を向け、夕食の材料を買い込んで帰宅した。
 授業が終われば部活動をしていないオレが学校にいる用事もなく、下校時に考えることは今夜の夕食のメニューくらいだ。
 使う食材だけを台所に投げ出し、残りを冷蔵庫へ。さっそく調理にとりかかる。
 この年で一人暮らしというのは珍しいかもしれないが、慣れてみればそう大変なものでもない。
 幸いにも両親が残した家もあるし、その維持費を払うくらいの蓄えもあった。
 それに母方の祖母が未成年のオレでは手に負えない書類などの面倒を見てくれているため、とりたてて生活に支障はなかった。

 「・・・」

 そこそこ上手にできたオリジナル丼をかきこみながら、テレビをつける。
 ちなみにオリジナル丼は日ごとによって違う。
 今日は卵ごはんの上に惣菜コーナーで買ってきたかき揚をのせ、海苔で巻いて食べるという調理スピードに着眼した丼。調理、というレベルではないかもしれないが。
 だいたい男の一人暮らしで料理が上手いヤツは一握りだ。現実はこんなモンである。

 「・・・」

 全国から地方のニュースにきりかわると、この辺りでは今だ話題になっている隕石の落下地点の捜索模様が伝えられた。
 一ヶ月ほど前のことだったと思うが、ここからそう離れていない、例えば電車で向かえば三駅くらい、にある山に複数の隕石が衝突したらしいのだ。
 らしい、というのは肝心の隕石や、そのクレーターが見つかっていない事。
 ニュースの受け売りだが、大気圏で燃え尽きずに降って来た隕石というのは、小さいものでも落下してくるとそうとうのモノらしい。実際、近隣住民のインタビューでは何度も轟音と衝撃が伝わってきたという。
 けれど、その山を探せどそれらしき痕跡はなし。科学者は興奮、警察関係者は困惑の顔でインタビューに答えていた。
 この不可思議な現象ゆえ、いまだ様々な憶測とともに話題を呼んでいる。
 特番も組まれ『夢見台市の超常現象』とか『消失した隕石の真相!』などというタイトルが今日もテレビ欄にいくつか見受けられる。外国から、その道の権威などの研究チームまで出張っている様子もテレビには映されていた。
 まぁ。
 オレにとっては興味のないジャンルなのでワリとどうでもいい。

 「・・・」

 それよりも、オレには気になっている事がある。
 しばらくニュースを眺めていると、隕石の話題から連続下着泥棒へうつった。
 ・・・いや、ある意味、コレも気になるというか、興味をひく事件なのだが。
 女性からすればこういう言い方もアレだが、たかが下着泥棒。それが地方のニュースといえ、放送されるにはワケがあった。
 被害はかなりの件数にのぼっており、いまだ目撃者はなし。
 同じ家は狙わず、被害にあった場所も広範囲の為、警察は網を張ることすらできないようだった。
 さらに言うならば10階のビルのベランダの下着やら、婦警の寮からの盗難などもあったらしく、どうやって入り込んだのかという被害報告もある。
 しかし、それだけの場所に侵入できる腕があるなら、まっとうな、というのもおかしいが、金目のモノのある場所にも容易に入り込めそうである。
 インターネットなどでは、そんなところから『ネジの飛んだルパン』やら、『江呂川五右衛門』などとよばれていたりするが、まぁ、言いたいことはわからないコトもない。

 「・・・」

 そしてまたニュースがきりかわり。
 この街で一月ほど前から起こっている事件でオレが気にしている報道が始まった。
 内容は・・・野良犬や野良猫などが次々に殺されているというもの。
 ハンマーや鈍器などで撲殺されたものや、刃物でメッタ刺しにされているものもあれば、原型をとどめないほどに引き千切られたものも発見されているという。
 愉快犯ではないかと思われているがその動物の惨たらしい状況から、精神疾患のある者の可能性もあり、いずれ人相手への暴行に及ぶものではないかと指摘もある。
 近隣住民への警戒がよびかけられており、警官のパトロールも強化されているが、いまだ犯人の手かがりは皆無という事だった。
 
 「・・・」

 桜先輩の笑顔が浮かび上がる。
 もし先輩が被害にあったりしたら・・・などと想像するだけで震える。
 実は桜先輩。書記という立場だった為、ずいぶんと遅くまで学校に残っている事も多い。始業式にもかりだされていたのも生徒会だからとの事。
 それを知ったのは、つい先日。
 あれは、いつもように昼放課、屋上で食事をしていた時だった。

 「まだ新学期が始まったばかりなのに、すでに生徒会のメンバーが決定しているのは、この学園独自の制度なのよ」

 そう言って、桜先輩は小さな弁当箱をつつきつつ、自分が所属する生徒会のシステムを説明してくれた。

 「この学園には選挙がなくてね。全て前任者が推薦して、推薦された人が受諾すれば、それで成立。それも三学期末には全て決めちゃうの。そのメンバーが新年度に反映されるから一年生が役職として生徒会に入る事はなし。なんか問題ありそうな制度だけど今まで上手く言ってるから、これからも大丈夫なんじゃないかなーって風潮で続いてるワケ。ちなみにアタシが生徒会入りしたのはケイちゃんが顧問というか相談役ってのがあったから、つきあいでね」

 しかし桜先輩のお弁当って小さいよな。いや女の子ってたいていそうか。アレで足りるのが不思議でしかたない。
 そういうオレはすでに二つ目のパンへ突入している。

 「でもね、ある程度の決まりごとがあって、会長と副会長は三年生、書記三名は二年生。さらに各書記はそれぞれ任意で一名ずつ書記補佐って名前の、ぶっちゃけ雑用係を生徒会に入れる事ができるのよ。つまり最終的には八名で生徒会は構成されるわけね。ただ、その雑用を任命するのは一年生が学校に慣れた五月以降からオッケーって事になってるから、それまでは人手不足で、前年度に残ってた雑務とかで忙殺さるってワケ」

 めんどくさいわよぉ? と言ってのびをしながら、食べ終えたちっこいお弁当箱を片付ける桜先輩。さすがに食べ終わるのも早い。

 「あーあ。はやく五月にならないかなぁ? キミも五月が待ち遠しいよねぇ? 今年の生徒会はスゴいぞ? なんと全員女の子で美人ばっかり! 中でも書記の春日桜ちゃんなんて学園のアイドル? そんな桜ちゃんが選ぶのは誰だろうねぇ? 一緒にお仕事して、一緒に帰って、そ、そ、そのぉ、手・・・とかつないじゃったり!? あはははは、何言ってるんだろね、アタシ!」

 と言いつつ、獲物を狙うような目でオレを見ていた。正確にはオレの手を。
 オレも朴念仁ではない。すぐに桜先輩の意思を汲み取り。

 「・・・」

 半分に割ったクリームパンを差し出した。
 やっぱり足りませんよね、そのオモチャみたいなお弁当では。
 その上、この購買のクリームパンはただのクリームパンではない。
 購買のパン屋のオッチャンは、街から出張販売してくれているのだが、その豊富なメニューの中でも三種のパンと呼ばれるものがある。
 一つは、見るだけで胸焼けがするほど大きなチョココロネ、しかしその実、サックリとしたパンの食感と甘さおさえめのチョコが織り成すハーモニーが絶品の、通称ドリル(450円)。
 女の子が三人くらいでつまむとちょうどいいので、いつもセーラー服の列ができている。
 最初は500円だったらしいが、三人で割り勘にしやすいように値段が下げられたという逸話がある。
 買っている生徒も明らかに利益がでないだろうとわかるこのドリルを510円に値上げしないどころかか、値下げするのがまたニクいと女の子にオッチャン大人気に。
 ちなみに値段が下げられたその年のバレンタインは、そんなオッチャンの粋なはからいに対して大量のチョコが届いたとかなんとか。オッチャンは顔を真っ赤にしつつも、いつものように無愛想な表情を無理やりとりつくろって、受け取るたびに頭をさげて頂いたとの事。
 二つ目は、サンドイッチ(600円)。
 その値段からして売れなさそうであるが・・・これまた絶対に赤字だろうというくらいデカい。もはやヤケクソに近い。何を考えてあのオッチャンはこれを考案し、実行したのだろうか。
 その正体は食パン一斤をまるまる使用。パンの中央が丸くえぐられ、まずレタスがしかれ、次にベーコン、トマト、スライスされた大量のチキンと半熟卵の目玉焼きが穴からあふれて詰まっている。某ハンバーガーチェーンの大きさがウリのハンバーガーなど比較にならないほどの存在感である。くわえて言えば、BLTという単語が生まれるよりも以前から存在するのが地味にスゴい。
 一度試しに並んで買ってみたが、手にした瞬間にまず思った事が、重い。料理に対する感想としては初めてのモノだった。
 けれどやたらと美味しい上、食べ盛りの体育会系でもコレ一個で十分のボリューム。ついた愛称は男玉。
 量はともかく美味しいので、女生徒から小さいバージョンも出して欲しいと要望があったらしいが、オッチャンこれを断固拒否。このサンドはこれで完成形だと言い切ったそうな。
 男子からはその職人気質に喝采がおくられたが、その年は女子からチョコは贈られなかったという逸話もある。でもオッチャンは泣きはしなかった。代わりに男子生徒からドンマイだの、オッチャンは男の中の男だと励まされていたとの事。
 そして三つ目こそ、このクリームパンである(80円)。
 この白いクリームパン、確かに見た目は前者の二つと比べてインパクトはない。
 しかしこのクリームパンこそ、オッチャンが自らの集大成と誇っているパンなのだ。
 オッチャンは基本的に無口で無愛想であるので、これまた逸話のたぐいなのだが、このクリームパンはオッチャンの壮絶な過去がこめられている。
 オッチャンは過去、クリームパンになみなみならぬ情熱をかけていた時期があった。
 なぜなら当時まだ幼かったオッチャンのお子さんが事故にあい、特にアゴのケガがひどく固形物を口にする事も難しい状態だったという。
 点滴や流動食ばりかを受ける我が子に、医者でもない、ただのパン屋である自分に何ができるというのだ、と嘆いていた。
 そして決意する。パン屋である自分、父である自分。そんな自分にしかできない事があると。
 徹夜と研究をかさね、できあがったのがこのクリームパンだった。
 生地は綿のように、しかし触れただけでは崩れない柔軟さ。
 しかし口にふくみ、舌にふれた瞬間、パン生地がとけるようにとろけ、中からクリームの味が広がっていく。
 かといってクリームそのものではなく、二重構造になっていた内側のパン生地にしみ込ませたクリームの味なのである。
 内側のパン生地は外側のものよりさらに柔らかく仕上げられている為、初めて食べた者は、まるで本当のクリームのような錯覚をうけるのだった。
 外も中の生地も、そのまま飲み込む事すら可能なほど柔らかくあり、それでいてパンの形を保持する、まさに芸術品。
 医者の了解を得て、お子さんにそれを食べさせた時、お子さんはまだ継いだアゴの骨が固まっていないその口で、おいしいよお父ちゃん、と言葉にならない言葉をつむいだ。それがキッカケとなったかはわからないが、お子さんは予定よりも早く完治退院したという。
 ゆえにこのクリームパンはオッチャンのお子さんの名をいただいて『雪ちゃん』と呼ばれ、親しまれている。
 見た目も真っ白なこのクリームパンにはピッタリであり、そんな儚くも美しい逸話によく似あう愛称だ。
 だが、この『雪ちゃん』は毎週、火曜日と金曜日のみの販売で、数もそう多くない為なかなか手に入らない。なぜ火曜・金曜かというと、オッチャンが雪ちゃんのお見舞いに行っていた日だそうだ。
 ちなみにオッチャンの逸話はまだまだあるが、二年生、三年生のほとんどはそれを知っている。というのも、この学園の文芸部が『オッチャン逸話集』を製作し頒布した為である。毎年発刊されるそれは、逸話のほかにもオッチャン珍プレー・好プレー集やら、無口なオッチャンがたまに呟く名言集などが漏らさず編纂されていたりする。
 一年のオレがなぜ知っているかというと、興味本位でおとずれた図書室に保管されている昨年のものを見つけて読んだからだ。
 だが、今年も発刊されるならばぜひ一冊手元においておきたいと言えるほどの完成度の本だった。

 「・・・?」

 で。
 オレはその半分に割った『雪ちゃん』を桜先輩に献上しているのだが、さっきまで陽気に笑っていた桜先輩は腕をくんで、プンプンと声を出して怒ってらっしゃる。

 「プンプン。アタシの話をどう聞いたらそういう素敵アクションになるのかな? プンプン! プププゥーン!!」
 「・・・」

 ・・・むむ? かと言われて、さらに考えられる可能性は・・・

 「もう一回言うからね? 五月になるとアタシは一年生から自分の補佐を選べます。さて、誰を選ぶでしょう? ・・・べ、別に手をつないで帰らなきゃいけないとかじゃないから、安心してね! あ、でも、ほら・・・そう、エスコート! 女性をエスコートするのは男の役目かなぁとかなんとか!? それが学校の帰り道でも!!」

 桜先輩の視線はオレの手から離れない。ならば至る答えはただ一つ。
 わかりました、オレも男です。好きな人にそこまで言われたら、応えざるをえません。
 オレはうなずく。

 「え? それはオッケーってコト? あ、あーっと。そうなんだ? そのムリ、しなくていいよ?」

 オレはそれをさえぎるように笑う。

 「・・・あ、あのさ、本当に?」

 うなずくオレ。

 「そ、それは一人の先輩に言われたからとかじゃなくて? アタシだからって、その勘違いしても・・・いい、のかな?」 

 勘違いどころか、桜先輩の為ならなんだってします。
 そう目でがんばって語るオレと、桜先輩の視線が一直線に結びつく。
 ゴクリとノドをならした先輩。そんなにまで・・・
 
 「・・・聞いて・・・アタシね、その、あの日から、キミのこ・・・と?」

 オレは両手の『雪ちゃん』を桜先輩にさしだした。
 わざわざ関係のない生徒会の話を使って遠まわしに言うところが、また可愛いというか。
 それに先輩がオレなんかと手をつなぎたいなど思うほど、オレは夢を見ていない。
 つまり、手へ注がれた視線から予測される先輩の真意は『雪ちゃん』である。ここまでは間違いなかったのだ。
 ただ、まさか桜先輩がそこまで『雪ちゃん』が好きだったとは思わなかった。こんなコトなら二つでも三つでも勝ち取って、渡してあげたかった。
 だが、半分だけとは何事かとお怒りの桜先輩。しかしもう一度チャンスをもらえたのはありがたい。
 今度こそはと自信満々に、パーフェクト『雪ちゃん』をさしだしたオレを見る桜先輩は、さぞ嬉しそうな顔を・・・してなかった。

 「なに、これ?」

 ご所望の『雪ちゃん』ですが・・・
 なぜか受け取らない桜先輩に対して首をかしげるオレと。
 なぜか首をコキコキする先輩。そしてグルンと首を一周させた桜先輩は。
 
 「おい、薙峰。正座」
 「・・・」

 ひたすら怖かった。おとなしく従うオレ。木のベンチに正座ってけっこう痛い。

 「あいうえお。これが日本語だってわかる?」

 はぁ。まさしく日本語ですね。

 「かきくけこ。これも日本語よ?」

 ええ。まったくもってその通りです。

 「さしすせそ。たちつてと。いいわね?」

 うなずく。
 そんなやりとりが、わ・を・ん、まで続いた後。

 「よし。キミはまぎれもなく日本語が堪能なワケだ」

 むしろ日本語以外はまともに知りませんけど。

 「な・の・に! キミは! キミは! あーもうッ! あーあーあー! もうッもうッもうッ!!」

 『雪ちゃん』をオレからとりあげ、まさしく一気飲みする桜先輩。
 さすが二年生。『雪ちゃん』本来の正しい食べ方をカンペキに体現していらっしゃる。 

 「・・・」

 以上、回想終わり。
 と、まぁ、そこからわかるように。
 『雪ちゃん』好きの桜先輩が、生徒会のメンバーである事を知った今、その帰り道に危険があるというのは気が気でない。
 おそらくはお隣さんでもある桂先生と一緒に帰宅しているだろうが、それでも女性二人。危険がないわけではない。
 対してオレは入部希望だった空手部を潰したと言われている当事者でもある。つまり現在は帰宅部。さら言えば早く帰宅しても特にやる事もない。つまり、もし先輩が学校に残っているならば、それを待って自宅まで送る事に問題はない。
 ただ。

 「・・・」

 それを言い出す度胸がないという事である。
 なんてチキン、なんて軟弱、なんて芋侍・・・。
 しかし、桜先輩に可能性とは言え危険があるならばなんとかしたい。なんとかしたい。なんとでもしたいのである。
 映画のように桜先輩を抱きかかえて守る事などできなくてもいい。いや、ちょっとは憧れるけど・・・とにかく。
 唸りつつ考えて。
 そしてオレはひねり出した一案を翌日から実行に移した。





2/『チキン・ザ・ナイトで精一杯』 END
next 3/『ケモノで上等!』





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