3/『ケモノで上等!』






 そして、その翌日。
 まったく身の入らないまま全ての授業が終わり、その放課後。
 オレは一人、中庭のベンチに寝転んでいた。ただし目はカッと見開いている。
 このポジションは、距離は離れているが校舎の玄関である校門と、裏門へ続く道の両方が見える位置だ。
 今日の昼放課、桜先輩といつものように食事をとっていると、生徒会メンバーの招集が校内放送でアナウンスされていた為、桜先輩はまだ校内に残っているはずだった。
 そしてオレは最後の授業が終わったあと、まっすぐここに腰を落ち着けた。
 ここならば確実に桜先輩に気づかれず帰りを待てる。その後、出てくる桜先輩の後をつけて、自宅まで送ろうという計画。
 ・・・わかってる。ストーカーとかいう単語は、この案を考えた時に確かによぎった。
 かと言ってオレには、校門で堂々と桜先輩を待つという事など不可能。
 しかし、しかしだ。
 自分にできることを自分にできる範囲で、かつ全力を傾けて臨む姿勢は認められてもいいはずだ。
 他人の目をおそれて、義を見失う事こそ、男として・・・などと、自分をなんとか慰めていると。

 「・・・あれって薙峰君じゃないか?」
 「あ、ホントだ・・・」

 ちょうど後ろから聞こえてきたその声は、オレの現状を毎日のように後ろの席から伝えてくれている声。
 つまり、振り返るまでもなく、おなじみクラスメイトの加藤君と鈴木さんである。
 オレはあえて気づかないフリで、ベンチに転がったまま校門を眺めている。かかわると、色々と厄介なことになりそうなので。

 「何してるんだろう、一人で・・・」

 何をしてると言われても、ちょっと人に言えない事・・・になるのかな、やっぱり。

 「あ・・・鈴木。よく見てみろよ、この場所を」
 「え?」
 「ここからだと、校門が丸見えだし、裏門に続く道もバッチリだろ」
 「う、うん。そうだけど、それがどうしたの?」

 ずいぶんと離れているのに、加藤君が息を呑む音が聞こえた、気がした。錯覚?

 「薙峰君は探してるんだよ・・・」
 「え、誰を?」
 「決まってるさ。次の獲物だ」
 「え、獲物!?」
 「鈴木、声が大きい、聞こえるぞ」
 「もごッ」
 
 加藤君が鈴木さんの口をあわててふさぐ。

 「いいか、獲物と言ってもすでに空手部は薙峰君が潰したし、この学校には不良らしい生徒なんてもういない」
 「じゃ、じゃあ、獲物、なんて・・・」
 「甘いぞ鈴木。薙峰君は向けどころのなくなった闘争心をもてあまして、今にも爆発寸前なんだ」

 また、ゴクリと加藤君。ついでにポタリと汗が地に落ちた。ような音がしたような気がした。多分これも錯覚。

 「ほら。パッと見、眠っているように見えて、アレは猛る心を薙峰君の理性が抑えている状態なんだよ」
 「そ、そうなの、かな?」

 そんなバカな。
 と、心の中でツッコミをいれつつ、今更声をかけるのもどうかと思い、俺はそのまま二人の話を聞いている。
 ・・・どうせ、否定もできないしね。

 「いいか鈴木。バイオレンスな人生を返り血で染めながら歩んでいる薙峰君の闘争心を満足させるのは、戦いと・・・女だ」
 「う、うん」
 「当面、薙峰君にケンカをうりそうな生徒はこの学校にはいない。ならば、次はおそらく格闘技系の部活か、他校へと殴りこんでいくのは、誰だって簡単に想像できる事だろ?」

 本人すら想像していない事なんだけど・・・。

 「けれど、あんな騒ぎを起こした直後だからな。先生達にもマークされていると考えて、しばらくはおとなしくするつもりなんじゃないかと俺は思う」
 「じゃ、じゃあ獲物って?」
 「言ったろ、女さ。きっと薙峰君の事だからな。気弱そうな・・・いや、薙峰君には関係ないか。とにかく気に入った女の子をとっつかまえて、その後は・・・」
 「ひ!」

 ・・・泣きたくなってきた。
 ただ中庭のベンチで寝転んでいたというだけなのに、ここまで他人の想像をたくましくしてしまう自分の立場に。
 それに明日になったら、俺は中庭で女生徒を襲っていたという事になっている気がする。
 加藤君や鈴木さんに悪意はないとは思うんだけど・・・どうすればいいんだろうね、ホント。
 と思っていると、二人の会話が妙な方向へと。

 「とりあえず、薙峰君に気づかれる前にここから離れよう」
 「う、うん」
 「俺・・・もうこの前みたいのは耐えられないんだ」
 「・・・ゴメンね、あたしのせいで、薙峰君ににらまれて・・・」
 「違う。鈴木が、その・・・危ない目にあうのがイヤなんだ」
 「か、加藤君、それって・・・?」
 「ワ、ワリィ。ヘンな事言って。せっかくクッキー作ってきてくれたんだ。中庭じゃなくて屋上のベンチで食べようぜ。風が強いかもしれないけど」
 「うん。ちょっと寒いかもね・・・でも、こうしてれば・・・手だけはあったかいよ?」
 「鈴木!?」
 「さ、行こう」
 「ひ、ひっぱるなよ・・・」
 
 ・・・本当に泣いていいかなぁ。




 そんなこんなで、さらに数時間後。やがて日が傾き始め、辺りは夕日で紅く染まりだしていた。
 春先という事もあり、すぐにも暗くなるだろうが、桜先輩の姿はまだない。

 「・・・」

 グラウンドや体育館から聞こえていた声もなくなり、ほどなくして部活を終えて着替え終わった生徒たちがバラバラと校門をくぐっていく。
 そんな光景を見て、ふと思う。
 
 「・・・」
 
 なんか、青春だなー。と。
 本当ならオレも空手部の一年生として、あのヘンに混じっていた予定だったのに。
 けれど空手部が不良の温床であり、かつ桜先輩が襲われていたという事件が人生のイベントに割り込んできた。
 そして誕生したのが緋桜の殺人鬼。

 「・・・」

 もちろん、後悔はしていない。
 もしあの時、桜先輩を助ける事で、こうなる事がわかっていたとしてもオレは同じ事をした。それは絶対だ。
 
 「・・・」

 それでも、部活で知り合あえたであろう新しい友人達と、楽しそうに下校するのはやっぱりうらやましいワケで。
 いや、だが、そういった生活を得たオレは、果たして桜先輩と知り合う事ができたであろうか?
 確かに共に拳を交えて、共に強くなり、共に熱く語っちゃったりするのは、ちょっと汗くさいが憧れる。
 だが。
 それと同じくらい、いや、むしろその倍以上に・・・桜先輩の笑顔は素敵だ。
 ああ、ジレンマ。得ることができなかったモノには憧れ、代わりに得たモノは絶対に手放したくないモノ。 
 愛とは、恋とは、ツライものか。
 んー、でもまぁ、それ以前にただの片思いで、今のところ番犬扱いだから、ナニかを得たワケでもない。
 むしろ、桜先輩が身の安全を確認したらオレはお払い箱のような気もしてきたり。
 いかん、考えがイヤな方向にループしてきてる。
 とりあえず今はまだ大丈夫。まだ頼ってもらえる。だからがんばろう。
 ・・・でも、今みたいなストーカーっぽい事してたら、それもなくなる? いかんいかん、考えがまた危険だ。
 大丈夫。今、オレは正しい。きっと正しい。多分、間違ってない。とも言い切れない・・・?
 などと、一人心の中でもんどりうっていると。

 「おい」

 と、後ろからえらく高圧的な口調で声がかけられた。

 「・・・」

 どちら様? と体を起こして振り返れば、見知らぬ女生徒が立っている。
 制服に縫い付けられた校章は・・・赤。三年生のお姉さん。
 ただ、物騒なコトに竹刀袋からのぞいた柄を握っており、いつでも抜けるような状態。
 理由もわからず、手打ちにされるほどオレはおとなしくない。すぐに体の筋肉に力を入れる。
 心拍数があがり、緊張感が場を支配する。だが。

 「ん? 貴様・・・いや、失礼。君は一年生か」

 と、オレの白い校章を見るとそう呟き、先輩は竹刀から手をはなす。
 ・・・しかも竹刀かと思ってたら、木刀ですね、それ?

 「すまなかった。人違いのようだ。部の新入生が中庭に危なそうな男子がいると騒いでいたので、てっきり先日、廃部になった空手部の残党かと思って様子を見に来たのだがな」

 あー、多分、その危険人物はオレです。
 けれどわざわざしまって頂いた木刀に活躍のチャンスを与えるほど、オレはチャレンジャーではないし、人生に退屈しているワケでもないので何も言わない。
 そんなオレに対して周囲を見回している、おそらくは剣道部所属の先輩。しかし、それらしき人物がいないと確認すると、けわしかった表情がなんとも大人っぽい包容力のある微笑みにかわった。

 「ふむ。やはり君一人だな。騒がせてしまって悪かった」

 微笑まれた。この先輩にそんなつもりはないだろうが、コロっといってしまいそうな破壊力。
 しかし・・・なんというか、この学校は美人・美少女の度合いが高いと感じていたけど、さらに突出した人があと何人いるんだろうか。
 この先輩は、桜先輩とはまた違った美人さん。
 桜先輩がその名の通り桜のような、あえてつけくわえれば全開の桜吹雪みたいな人なのに対し。

 「しかし、こんな所でどうした? 四月とは言え、夕方ともなれば冷える。風邪をひいてしまうぞ」

 そんなふうにオレを気遣ってくれる口調は明朗、たおやかな微笑みは精錬。
 艶やかさより、凛とした雰囲気が強く、そしてそれがよく似合っている。一輪の白椿とでも言おうか。
 
 「どうした? 私の顔になにかついているのか?」

 などと見とれてたら、不審がられた。オレは首を横に振る。

 「そうか」

 と言って。
 なぜか、オレの横に腰掛ける先輩。

 「・・・?」
 「どうした?」

 どうした? と言われても、どうしてですか? と問いたい。
 
 「ああ」

 何かに気づいたようにポンと手を叩く先輩。
 しかし、ホントにポンと手を叩く人って結構いるのかな。桜先輩もやってたし。実は流行ってるとか。

 「申し遅れたな。私は3−Aの、更葉 抱月(サラバ ホウゲツ)という。女子剣道部主将でもある。抱月でかまわない」

 んー。なかなか変わった名前だ。小さい頃は多分帰り際とかに、さらば抱月、とかからかわれたのではないだろうか?

 「それで、君の名は?」

 名乗られて、名乗らないのは失礼だ。なんとか気合で口をこじあけるオレ。

 「薙峰、梓・・・」

 オレが名乗ったその瞬間、抱月先輩の目が見開く。

 「君が・・・か?」

 抱月先輩はそう呟き、まじまじとオレを見る。
 ふと、気づく。
 そういえば抱月先輩は危険人物を探しにここにやってきたワケで。
 それを忘れて名乗ったオレは・・・やはり木刀と仲良くなるのでしょうか?
 しかし、抱月先輩の反応はまったくの予想外。

 「ふふふ・・・そうか。君が薙峰か。そうか、そうか。なるほど、噂とはまったくもって当てにならないものだな」

 さもおかしそうに、そしてどこか嬉しそうに笑う先輩。
 殺人鬼とまで呼ばれているオレに対して、なんともフレンドリーな感触なのはなぜ?

 「ふむ。確かに、無口なようだが・・・かと言って冷たいという感じでもない。むしろ、筋の通った男気すら感じる。その年でたいしたものだ。うむ、実は私はな、君をもっと狼藉者のたぐいと思っていたのだ。しかしそれでも恩は恩。それもとうてい返せそうなものでないほどの恩を受けた。私にできる事ならば、たとえ君の膝に乗るのもやむをえないとすら思っていたのだが・・・」

 恩? それにヒザに乗るって・・・言い方は古いけど、それってアレですか?
 いや、だいたい抱月先輩とは初対面だし、何が何やら。

 「どうやら、空手部の件は本当に義侠心からの行動だったか。私は自分が恥ずかしい。何かよからぬ企みがあって恩をうったのだと思ってしまった。本当にすまない。君は武士・・・いや、騎士といった方が正しいかな?」
 「・・・」

 もうなんだかやたらと上機嫌の抱月先輩と、もうなにがなんだかわからないオレ。

 「褒めているというのに、それでも照れる事なく無口なままか。良い良い。まったくもって良い! 最近は口数だけの男が多くて飽き飽きしていたものだが、君のような男もいるものだな! おお、そうだ、何か困った事があったら遠慮なく言ってくれ。私は君の為ならば迷い無く剣を振るい、この身をもって盾ともなるぞ」
 「・・・」

 何がなんだかわからないが、今言われた事は理解できる。
 とりあえずオレは女の人を盾にするような趣味はない。なので、横に首を振ったのだが、それがまたいけなかった。

 「ふふ、ふふふふ、やはりそういう反応か!」

 そう言って、突然オレを抱きしめる抱月先輩。しかし決してそれは抱擁のようなロマンチックなものではなく。

 「はっはっはっ! いい男だな、君は!」

 ものすごい力で抱きしめられ、バンバンと背中を叩かれる。こ、この細腕のどこにこんな力があるのだろうか。

 「・・・」

 オレはただ何もいえないまま、抱月先輩の胸の中で締め付けられる背骨の痛みと、部活を終えてシャワーを浴びたのだろう石鹸の甘い香りに包まれて、微動だにできなかった。
 幸せな瞬間(男の子ですから)には間違いない。
 しかし、こんな光景をもし桜先輩に見られたらと思うと、冷や汗が出てしまう。
 オレはなんとか身をよじって立ち上がる。しかし抱月先輩も一緒に立ち上がってくる。
 むむ。
 ならば、と、抱月先輩の抱擁から逃れようとその手をとったのだが。

 「お? なんだ? やはり私のような色気の無い女に抱きしめられても嬉しくないか?」

 悲しそうな顔の抱月先輩はこれまた魅力的であり、そんな事はないと全力で首を横に振って否定する。
 この人に色気がないというなら、ほとんどの女性にも色気がない事になる。
 というかですね。
 オレの胸に当たってるその二つの凶器がですね、オレを正気から狂喜をもって狂気へと変えてしまいそうというか。
 その破壊力はレベルDとかEとか? いや、アルファベット認定基準はよく知らないので、わかりやすく一言でいうと。
 デンジャラスぼよよん。
 その形容こそがまさしくふさわしい。
 ちなみに桜先輩は見たカンジ、ビューティフルぷるるん? 桂先生は、えーと、その・・・穏やかなる海、という事で。
 オレは何を言ってるんだろうか。だいたい女性を胸で比べるなど人として最低というか、でもね、オレだって思春期まっさかり、青春まっさかさまの男の子なので仕方ないんですよ、とか悶絶していると。
 
 「では、しばらくそのままでいろ。私はお前みたいな男に会えて嬉しいのだ!」

 オレがつかんでいた手をスルリと外し、また抱きしめてくる抱月先輩。
 でーんーじゃーらーすー・・・ボヨヨンッ、ムギュ! 
 いかん。このままではいかん。
 悪いことなど一つしてない幸福感は否定しないが、とにかくいけないんです。

 「む、まだ抵抗するか」

 単純な筋力差でなんとかオレが抱月先輩を押し返し、ベンチに再び座らせる事に成功。
 しかし、抱月先輩はオレを逃すかとばかりに背中に回していた手を首へと回してきた。
 たいしてオレの手はどうしていいやらと、ただ宙を踊っている。
 ちょ、ちょっとマズいですよ? さらに体勢が危険な事に!
 目と目、鼻と鼻がくっつきそうな距離で、なおも抱月先輩が微笑む。

 「ほほう? 間近で見ると君の顔は実に整っていると実感する。少々、女顔ではあるが・・・それもまた粋だな。どうだ? ひとつキッスの一つでも試してみるか? 君ならあの人も許してくれるだろうしな」

 キス? いや、それよりも、あの人? 許す? えーと、つまり抱月先輩には彼氏がいる、と?
 ま、まぁ、そりゃそうだ。こんな美人さんを周りに男がほっとくワケない。

 「おや? 私に恋人がいるのが残念か?」

 ・・・桜先輩以上に、人の心を読む人を発見。

 「なに、理解ある人だ。さきも言ったが君が相手ならば浮気の一つや二つ許してくれるだろう。あ、だが、勘違いするなよ。こんな状況では説得力など皆無だが、私は誰とでもこのように迫る女ではない。私が愛した人はいまだあの人、ただ一人だ」

 ならば、なぜさらに首に回した手に力を込めてきますか。

 「だが君という男にも、私は参りかけている。自分でもこれが恋なのか、それとも自分の理想の男性像たる君という男の気にあてられたのかはわからん。だからキッスの一つでもすれば、それがわかるのではないかと思ってな、そら、もっと寄れ!!」

 直情かつ直球な検証方法ですが、なんの根拠もないような気がします・・・うお、ホントにパワフル!?
 男とはいえ首の力。女性とはいえ普段鍛えている抱月先輩。首相撲相手ではかなり不利だ。
 ギリギリと骨のきしむ中、抱月先輩の艶やかな唇が迫ってくる。
 ああ、なんで目を閉じているのにそんな正確な誘導を!?
 クッ、仕方ないここは無理やりにでも外すしかない。
 オレは宙に浮いていた手で首にまわされていた抱月先輩の手首をつかみ、なんとか首を解放させ、そのままその白い両手をベンチへと押し付けた。
 だが向かい合っているため、さらに顔が近くなる。あせるオレに対して余裕の表情の抱月先輩。

 「ふふ、さすがに男の力だ。だが、女は時に力づくで抑えられる事も悪くないと思っているものだぞ?」

 桜先輩とは違う方向にデンジャラスかつ、妖艶で過激なセリフ。

 「まぁいい。今回は私の負けだ。次の機会を狙うとしよう」

 ともかく、冗談か本気かわからないが、この悪ふざけは終わったようだ。オレが抱月先輩の手を離そうとした瞬間。
 今更ながら、さっきは望んでも来てくれなかった介入者が登場した。

 「せ、先輩ッ!」
 「いやあ! 先輩が襲われてる!」
 「今すぐ行きますからがんばってください!」
 
 三人の女生徒がこちらを見るなり悲鳴をあげて、だが、一斉に走ってくる。
 それが剣道部の後輩である事は明らかだった。だって、ねぇ? 全員が竹刀を持ってるんだから。
 彼女達から見れば、オレが抱月先輩の両手をわしづかみ、ベンチに押さえつけて、キスしようとしているふうに見えただろう。狙ったとしか思えないタイミングだ。

 「おや? 君はつくづく間が悪い男のようだな。ふむ。お手並み拝見といこう。ああ、多少なら痛い目をみせてやってもかまわん。あの子たちも実戦を知るいい機会だ」

 ・・・止める気、まったくありませんね。
 オレはとっさに抱月先輩の手を離し、そのベンチから離れる。言うまでもなく、抱月先輩を巻き込まない為だ。
 一番いいのは抱月先輩が今すぐ誤解をといてくれる事だったが、やはり楽しそうに笑ったままだ。痛い目にあわせていいと言われても、できるはずないですよ。
 
 「よくも先輩を!」

 つかの間もなく、そして襲い掛かってくる女剣士たち。
 迷いの無い一撃というのは美しい。ただ見ほれるわけにはいかないので、面にきた軌跡の竹刀をかわす。
 勢いよすぎた竹刀は地をえぐる。その竹刀へローキックを見舞うと、竹刀は弧を描いてとんでいく。

 「あ・・・」

 呆然と愛刀(?)を見つめる女剣士その1。

 「このッ!」

 さらに別の角度から胴薙ぎ。一対一ならばともかく、複数相手の今、これは無理に大きくかわして体勢を崩すよりもヒザで受けた方がいい。バシンという音とともに動きの止まった竹刀にヒジを打ち込むと、その振動で女剣士その2は竹刀を取り落とした。

 「えいッ!」

 最後は突きだった。さすがにコレをノドにやられると危険だが、竹刀が狙う先はオレの腹。
 まぁ普通はそうだ。防具もつけてないノドに竹刀とは言え、突きなんぞかまそうものなら大事だ。もし、そんなコトを躊躇無くできる人は武道家の類ではない。
 こんな状況で父の言葉を思い出す。”武道とは飽くまで道を歩む者”、つまりは精神の向上を旨とする。
 この女生徒もそういった道にまい進している、素晴らしい人なのだろう。
 せまった竹刀、それはあえてかわさず腹筋をしめてはじきかえすと。

 「・・・うそ」

 呆然と女剣士3は戦意を喪失。残る二人も同じだった。そして。

 「う、ひっく・・・」

 みんなして泣き出した。
 この場で一番泣きたいのは、唇を奪われそうになり、それを誤解されて竹刀をもった集団に襲われたオレだと思うが、事情はわかるので黙っているしかない。

 「いや、たいしたものだ。君に比べれば素人同然のこの子達とはいえ、剣道三倍段という言葉もある。いやいや、やはり君はいい男だ! そんな顔をするな。誤解である事は今すぐ説明する」

 抱月先輩は泣き始めた後輩達にまず。

 「彼は薙峰梓」

 その名を聞いてさらにビクっと体を震わす三人剣士。顔はともかく、名前だけは二年生にも完全に知れ渡っている証拠だった。
 
 「だが、お前達は誤解をしている。彼はいい男だぞ。もしや今、お前達には私が手篭めにされているように見えたのか?」

 コクコクとうなずく後輩さん達。

 「それは誤解だ。あれは私が薙峰を手篭めにしようとしていたのだ。だがどうにも身持ちが堅い男でな。もう少しだという所だったのだが」

 と言って快活に笑う抱月先輩と、呆然とする後輩さん達と、唖然とするオレ。
 まぁ、誤解がとけただけでもよしとする・・・

 「な、薙峰君・・・」
 「あれって・・・剣道部? それを一蹴!? しかも全員、女の子・・・や、やっぱり、薙峰君はもう誰にも止められない!?」

 甘かった。
 誤解と噂の先導者、1−Cが誇るアジテーターズ、加藤君と鈴木さんがちょうど校舎から仲良くでてきて、遠めからこっちをうかがっていた。
 というか・・・君たち、まだ学校にいたの?





 「・・・」

 抱月先輩は後輩たちとともに下校した。
 その際、抱月先輩は「最近、物騒だからな。この子らを送っていく事にしている」と言って、さらに付け加えた。
 
 「君も知っているだろうが、素性の知れない輩がうろついている。君ほどの男ならば不覚はとるまいが、相手は凶器を持っているらしいからな。用心に越したことはない。なるべく早く帰宅する事だ」

 オレは軽くうなずき、抱月先輩達を見送った。
 わけだが。
 それから一時間はたつというのに、生徒会メンバーらしき生徒が出てくる気配はない。
 あたりはすでに暗い。もしや見落とした? いや、それはない、と思う。
 一応、確認の為に生徒会室の様子を見に行くかと思いもしたが、そこで入れ違いになると目も当てられない。
 ううーん、どうしたものか。そう悩んでいると。

 「あら? 薙峰君?」

 今日はよく後ろから声をかけられる日である。そしてこの聞き覚えのある声は・・・

 「どうしたのこんな所で、こんな時間まで?」

 桂先生だった。
 という事は生徒会の仕事は終わったのだろう。知られずに送っていくつもりだったが、まぁバレてしまったなら仕方ない。なんとか偶然を装って、一緒に帰宅しよう・・・って、あれ?
 桂先生だけである。他の生徒会メンバーの姿はなし。

 「あ、もしかして桜を待っててくれたの?」

 う、もしかして桂先生も人の心が読めるタイプですか?

 「何か急ぎの用事があったのかしら?」
 「・・・」

 ホッと一安心。

 「でも入れ違いね。あの子、さっき職員室の裏の通用門から出て行ったのよ。面倒くさがって、いつもそうなの」
 
 げ。そんなトコに秘密の出口が。

 「最近は危ないからいつも車で送っていってるんだけど、今日は何かの発売日とかで駅前の繁華街へ走って行っちゃったのよ。他の生徒会のメンバーはそれぞれご家族の方とかが迎えに来てるみたいだから安心なんだけど・・・もし急な用事なら、電話してみましょうか?」

 用事というものはないが、ひとまず安否が確認できる。オレはお願いしますとばかりに頭を下げる。

 「ちょっと待ってね。ええと、コレをこうして・・・」

 ・・・桂先生、機械音痴か。見れば若者向けの携帯ではなく、液晶もデカければボタンもデカい、いわゆるシニア向け携帯である。せいいっぱいの意地とばかりに、ストラップだけはかわいらしいチェック柄のクマがついている。

 「あ、かかったわ」

 ようやく携帯を耳にあてた桂先生。音もデカく設定してあるらしく、近くにいるとプルルルルという呼び出し音も聞こえてくる。
 だが。

 「・・・でないわね。気づいてないのかしら? それとも電波の届かない地下とかに入ってるのかしら?」

 電波がとどかなければ、呼び出しもできません。などと冷静なツッコミをいれるのももどかしいほど、オレはイヤな予感に焦る。
 すでに日は完全に暮れている。駅までの距離は徒歩で15分ほど。途中の道はわりと人通りも多く、そう危険もないだろう。
 しかし、駅へのショートカットが存在するのだ。そのルートは地元の人しか通らないような細い路地を抜け、途中で大きな公園をはさみ、さらにその公園の中の林道を通る。これだと10分。走れば7分をきれるルート。急いでいたという事と、桜先輩の性格からして、こっちを選びかねない。
 オレはいてもたってもいられず、桂先生に頭をさげて、走り出した。

 「あ、ちょっと、薙峰君!?」

 その声がオレの耳に届く頃には、すでに校門をくぐり、全力疾走に入っていた。





 ボクにとって、それはどうという事ではなかった。
 世間はやたらと騒いでいるが滑稽でならない。
 世の中には自分以上の悪人が腐るほどいる。
 それにボクは人を傷つけたりしているわけではないのだ。
 確かにボクがしている事は善行ではないし、多少の罪悪感はある。
 だが仕方の無い事。これは血。自分の家系に流れる血。父と母から受け継いだ血。まさしく血族の性と業。

 「・・・」

 もともとボクはそんな自分の血を否定していた。
 両親や姉達が血によってしでかす事をボクは愚行だと蔑んですらいたのだ。
 しかし両親はボクにこそ、もっとも期待した。唯一の男子であり、将来、家を継ぐ者として。
 血は修行により精錬され、肉体は俊敏に磨がれ、それでも精神だけは家にふさわしいものとはならなかった。
 両親はそんなボクを幾度となく諭し続けたが、それもやがて無駄だと諦めたのだろう。
 結局、両親と姉達はボクだけを残して国外へと渡った。
 大仕事になるであろう、それをボクのデビュー戦としたかったのだろうが。
 けれど、一人になってから、ボクが目覚めたのは皮肉としか言いようが無い。

 「・・・」
 
 一人暮らし、というものはわりあい気に入っている。
 ただ食事の支度だけはなんともならない。今日もこうして駅前の商店街で惣菜などを買っていたわけだけど。
 その時、初めて感じる種の衝撃が走った。いや、正確には二度目の出会い。

 「どこにも、ないッ!!」

 本屋から出てきた少女は、自分と同じ学園の生徒。先輩である二年生だ。
 名前は確か、噂の春日桜。薙峰の生贄と呼ばれる存在。
 綺麗な人だ。いや、可愛いといった方がいいかな。
 ふと、ざわめく。血が、体中に流れる血が躍動する。
 これまでと同じだが、それはいつも事の後に湧き上がる達成感のようなものだ。
 今のこれは・・・期待感。
 もしこの人の・・・と思った時、春日桜がボクに気づいた。そして同時に声を荒げて。

 「お、後輩発見! 先輩の問いに答えなさいな! この辺りに穴場の本屋はないかな!?」

 穴場の本屋? うーん。あ、でも確か。

 「さー、駅の反対側に、最近出来た本屋さんがあります、さー」
 「お? 君は先輩に対する口の利き方をよく心得ているな・・・って、あ、キミは1−Cの窓際の子か! 名前聞いてなかったね?」
 「さー、高野です。さー」
 「よっし、高野君、キミには名誉後輩賞をさずける!」

 一度、わずかに言葉をかわしただけでよく覚えている。たいした記憶力だ。

 「今度、お礼をするからね! あでゅー!」

 と言って、ボクの教えた本屋へとダッシュしていった。

 「・・・」

 今までは。
 あらかじめ獲物を定めて、この手を振るうなどという事はなかったけど・・・

 「春日桜、か」 

 高野、ね。自分で名乗っておいて笑ってしまう。この字は戸籍上のものでしかない。
 血族が継ぐ本当の名は鷹乃。その字を冠した、鷹乃 掠(タカノリョウ)がボクの名前。掠とは掠奪の意。
 翼を広げるがごとく走り、鋭く迷いなく爪を立て、然らば鷹の如くあれ、だ。

 「この血もまんざら、悪いものじゃないね。こんな快感、初めてだ」

 ボクはゆっくりと彼女の跡を追い始めた。
 自分が自分でなくなっていく感覚。両親がボクへ望んだ、もう一つのボクへときりかわっていく感覚とともに。





 ――オレは細い路地をかけぬけていた。
 街路灯などない中をただ駆ける。
 桜先輩の姿は・・・まだない。
 公園にさしかかり、申し訳程度の灯りをともす光源がいくつか立っているが、その薄暗い灯りの中にも桜先輩はいない。
 息がきれかかる。それでも走る。
 そして林道へさしかかって。
 一気に駅の裏まで駆け抜けた。

 「・・・」

 オレは来た道を振り返る。少なくとも路地と林道では、狭い道なのですれ違えば絶対に目に留まる。
 もし行き違うなら公園の中だが、急いでいた桜先輩がのんびり寄り道をしているとは思えない。確実にオレと同じ場所を通ったはずだ。

 「・・・」

 なら、桜先輩は無事に駅前に到着し、今頃どこかで買い物をしているという事だろう。
 ムダな徒労に終わったが、言う事なしだ。
 ようやくホッと一息ついたオレは、とりたてて用事のない駅前から退散し、来た道を戻って行った。
 さっきは全力で疾走した林道は、こうして歩くと実に危ない雰囲気だ。無論、明るいうちであれば、眺めと空気のいい散策路なのだろうが、日も暮れた時間に女の子が一人で通る場所ではない。
 明日の昼放課にでも、なんとかこういう所を通るのはやめてもらうよう、言葉以外で伝えるか。けれど、どうやって伝えたものかなと考えていた所に。

 「・・・?」

 林道のわきの暗がり、つまり林の奥から何か物音が聞こえた。
 オレはそちらの方へ視線と耳を注意深く向ける。

 「・・・」

 やはり、何か気配がある。直感めいたものだ。不安がそういう錯覚を生んでいるだけかもしれないが、一度気になったら、振り払う事はできない。
 オレはすぐに林道からはずれ、林の中へ踏み込んだ。
 自分でも否定しているが、もしこの奥に・・・桜先輩がいるとしたならば、何度この道をさがせど見つかるはずもない。
 そんな不安感はすぐに焦りに変わり、はじめゆっくりと慎重だったオレの歩幅は、すぐに大股に、そして全速力へと変わる。
 市が運営、管理するこの巨大な公園は緑地公園であり、その半分以上が林と芝生で埋められている。当然、かなりの敷地が木々で覆われている為、奥へ行けば行くほど灯りは薄くなり、高い木々の葉は月の灯りすらも隠すカーテンとなる。
 それでもオレはかすかな物音と気配を頼りに、木々をぬって闇の中を走る。
 突き出した枝がほほを切り、せりだした木の根に足をとられながも、かまわず走った。
 ふと。
 足に当たった何か。それは暗がりの中で、それでもなお明確にオレの目に焼きついた。
 そこに残されていた痕跡は、まさしく。

 「・・・ッ!!」

 さらに走る力を込める。
 転がっていたのは千切られた・・・いや、粉々になった肉塊。
 いくつも、いくつも。
 それらを超え、そしてたどりついたのは、木々の空白。

 「・・・」

 円形に開かれた場所には、いくつかの朽ちたベンチが設置されている。何本かの電燈も立っているが、いまだ電気が通っているのはただ二本で、頼りない灯りで辺りを照らしていた。
 かつてはここにも林道が続き、散策路の一つだったのだろうか。この公園にはこういった場所がいくつか存在し、知る人だけの場所となっているが、こんな林の奥にもあったとは知らなかった。
 オレは辺りを見回す。
 確かにこのあたりから物音がしていたと思うのだが・・・
 円形の中央には、大きく立派であるも、汚水がたまった噴水があり、それを囲うようにして八基のベンチが設置されている。
 電燈はそれぞれのベンチの後ろに一本ずつで当然八本。灯りが生きている電燈はオレが手をついているコレと、噴水をはさんでよく見えないベンチのにある一本だ。
 オレはその電燈から離れ、ゆっくりと反対側へと回る。
 噴水の陰になって見えなかったそのベンチ。
 それこそ。
 物音と気配の原因だった。
 オレは、そのベンチで息を荒げていた人物へ声をかける。

 「・・・桜、先輩・・・?」

 ベンチには桜先輩の姿があった。かけよる事ができなかったのは・・・その姿。
 一糸まとわぬ姿で、オレを睨む桜先輩の目。それは不審を通り越し、敵を見るかのような視線。
 それでもオレはひるまず、制服を脱いでそれを桜先輩の体にかけようと近寄るが。

 「ッ!」

 桜先輩は立ち上がり、身構えようとした。
 しかし相当の疲労があるらしく、すぐに足から力が抜けて、またベンチへと腰を落とした。
 オレはその隙に制服を桜先輩の体にかける。やはりオレがわかってないほどに錯乱している。

 「・・・」

 考えられることは、一つ。
 間違いなく桜先輩は何者かに襲われた。体には血がにじみ、懸命に逃げていただろう。木々での枝でこすったような傷がいくつも・・・いくつもあった。
 動物が殺され続けている事件が浮かぶ。それはついに人を襲ったのだ。よりにもよって・・・桜先輩を。

 「・・・」

 オレは無意識に、桜先輩の髪をなでていた。
 されるがままの桜先輩は、ベンチに座りったまま、制服をかたく抱きしめ、いまだオレの名を呼ぶ事はないが。
 それでも少しだけ安心したような表情を見せてくれた。
 その視線を見つめ返したまま、オレは自分の感情をなんとか抑えようとする。
 まずやるべき事は、桜先輩を安全な場所へつれていく事。そして警察へ連絡する。
 わかっている。それはわかっている。はずなのに。
 いきどおる感情が口をこじ開けた。

 「・・・ふざけ・・・やがって・・・」

 オレは桜先輩を背に護るようにして立ち上がり、そして暗い闇の中へ吼えた。

 「くそったれ! ブチ殺してやるッ!!」

 抑えられる感情ではない。少しでも早く吐き出さなければオレが壊れるほどの怒りが心に渦巻いている。
 拳を固める。爪が肉に食い込み、血の感触で手のひらがぬめる。
 目をすえ、歯を食いしばる。視界が鋭利になり、奥歯がきしむ。
 覚悟があった。
 自分が傷つき、悪くすれば凶器によって殺される覚悟・・・ではなく、相手を殺しても後悔などしないという覚悟が。
 ナイフ? 左手で受けて、右手で顔面をブチ破ってやる。ハンマー? 一緒だ。
 人を殺す事にためらいをなくした人は、ヒトではなく。
 それでもいいと思った。ケモノのオスはメスを守るために戦う。ケモノで上等ッ!!

 「出てきやがれッッ!!」

 だが。
 辺りはただ静寂。
 すでに犯人は桜先輩を見失って去ったか、オレに気がつき逃走したのか・・・
 オレはそう判断すると、高ぶった気をなんとか抑えつつ、後ろの桜先輩へ振り返った。
 桜先輩は、いまだ不安げな表情だったが、オレにおびえる事はなく、かすかに笑った。
 その瞬間。

 「ッ!!」

 桜先輩の顔が驚愕へ、そしてその視線はオレの背後へ。
 すぐに状況を理解し、オレは構えつつ背後を振り返る。そんな気配などなかったというに、いつの間に迫られていた!?
 だが、目にしたそれは――ひどく現実感のないモノ・・・人間ではなかった。





3/『ケモノで上等!』 END
next 4/『悪夢と現実と少女とオレと』





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