5/「zzzzz」






 「くだらん!」

 土曜だというのに、今日も朝からしつこく世話役達が説得を繰り返すが、少女はベッドの上からそれを一蹴する。

 「父や母が決めた許婚などに興味はないと何度言ったらわかる!」

 部屋にかけられた白い襟章のついた真新しい制服は、しかし一度も袖を通されていない。
 
 「ごていねいに同じ学校に誘導しおって。その、たわけた婚約が解消されん限り、私は登校せんぞ!」

 だが、声を荒げた為か。

 「ごほっ・・・」

 せきが出てしまう。
 それはなかなか止まらず、世話役達がいつもの薬と水を用意する。
 しかし、これでも彼女の体調はずいぶんと良くなってきたのだ。
 以前は起き上がるのも困難、声を荒げる事などとうていできるものではなかったのだが。
 一月ほど前、突然と言っていいほど急に体調が回復した。大事をとって、安静にはしていたものの、健康そのものと言って良いほどに。
 しかし、今朝になってまた容態が悪化していた。
 起き上がれないほどではないが、それでも昨日にくらべて明らかに調子が落ちている。
 事実、彼女はいまだベッドの上に座っているだから。
 
 「ああ、ありがとう・・・ごほっ・・・」

 話を続ければまた調子を崩すかもと、一礼だけを残して部屋から退出していく世話役達。
 入れ替わりに、二人の女性がやってきた。

 「お邪魔してもいいかしら?」
 「やっほー、ひきこもり娘ー。体どーお?」

 年の離れた二人組だった。それでも年下の女性は少女より一つ年上だ。

 「これは・・・姉さま方。散らかっておりますが、ささ、どうぞ」

 ベッドから出ようとする少女を、年上のスーツ姿の女性がおさえる。

 「いいから横になってなさい。今もセキが出ていたでしょう」
 「あれは、あの者達がくだらない話を・・・」
 「その話で私達も来たのよ」
 「・・・」
 「ああ、勘違いしないで。いくらなんでも今回の話は急すぎると思うし、私達だってこの話を知ったのはつい先日だし、どう対処したもの か考えあぐねている所でもあるのよ。でも一つだけ、これは絶対だけど・・・」

 スーツ姿の女性は少女の髪をなでて。

 「私達は貴方の味方だから」
 「・・・ありがとうございます」

 少女もまた、スーツ姿の女性の胸に顔をうずめる。
 口には出さないがスーツ姿の美人と病に伏せる美少女が抱き合うようにしてると絵になるなぁ、などともう一人の少女は思っていたが。
 
 「スーツ姿の美人と病に伏せる美少女が抱き合うようにしてると絵になるねー。うふふふふーん?」

 やはり口に出してみた。
 とたん、スーツ姿の女性が離れる。

 「さ、桜ったら」
 「はいはい。ケイちゃんはともかく、行き過ぎたスキンシップはよろしくないよー?」
 「桜姉さま、行き過ぎなど・・・むしろ私は嬉しいのです。このような不出来な私を気にかけていただいて・・・」

 普段、毅然としている少女だが好意や善意を向けられると、こうして照れてしまい、赤くなった顔をそらしてしまう。
 それが桜の琴線に触れる。

 「あーもー! かわいいなぁ、こんちくしょー! たーべちゃーうぞー!!」

 桜はそう言ってベッドにダイブし、上半身だけ起き上がっていた少女を押し倒す。

 「おや? おやおやおや?」
 「な、なんでしょうか、桜姉さま・・・」
 「また育ってる!」

 中年男性もかくや、という手つきで少女の胸をわしつがんでいる桜。

 「桜姉さ、ま。おやめくだっ、あ、おやめ、あっ!」

 もだえる少女と。

 「え・・・また育ってるの・・・?」

 自分のなだらかというか、おだやかな胸と比べて愕然とする小百合だった。
 





 「おお、なつかしの我が家よ!」

 声の主は朝日を浴びながら、久しぶりに屋敷の門をくぐった。
 小さな村の中、その中心にある屋敷は一帯を治める地主である。
 梓の木が立ち並ぶ庭を持つ屋敷、その表札の名は『真王寺(シンノウジ)』。

 「今、戻ったぞー!」

 大きな声で、屋敷へと帰宅を告げると。
 数人の女中姿の三人の女達が走ってくる。皆、自分付きの女中達だ。

 「あ、お帰りなさいま・・・せ」
 「ああ、またたくさんのおケガを!」
 「お帰りなさいまし、要様」

 要(カナメ)と呼ばれた傷だらけの空手胴着の主は笑って。

 「なに、これくらい。弟の相手をするには、まだまだ頑丈にならんとな! やはり山篭りはいいものだ!」

 豪快に笑い飛ばす要。
 そして、首を回し周囲を見回す。

 「ところでアイツはどうした? 受験も終わってもう高校生になったんだろう? 勉強勉強で、体もなまってるに違いない。いっちょ組み 手といきたいんだがな」

 途端、女中達が要から顔をそらす。

 「ん? どうした? どこかにでかけているのか?」

 要は心当たりを思い浮かべる。
 小さな村だ。遊びに行くとしても、川か山、もしくは隣町くらいのものだろう。

 「山で走りこみか?」

 女中の一人が首を振って否定する。

 「なら川で魚でも捕ってるのか?」

 違う女中が、また同じように否定する。

 「なんだ、町に出ているのか?」

 三人目の女中が否定し、要は腕を組んだまま、首をかしげる。

 「ならば、どこへいったというのだ?」
 「そ、それは・・・」

 三人の女中達は小さな声をそろえて。
 梓が都会の街の学校へ進学した事を告げた。そして、この屋敷にはもうおらず、その街で一人暮らしをしている事も。
 それを聞いた瞬間、要は沸騰した。

 「要様、どうか、どうか落ち着いて!」
 「これが落ち着いていられるか!」

 なんとかなだめようとする女中達にかまわず、長い廊下を突き進む要。
 目指すは屋敷の最奥であり、屋敷の主が住まう部屋。
 その障子を蹴り破って、要は叫んだ。

 「ババ!!」

 部屋には一人の壮年の女性が座っていた。
 年は六十過ぎあたりだろうか。そのヒザには猫を抱いており、しわだらけの顔をもっとくしゃくしゃにした笑顔で要を迎え入れる。

 「おお、カナや。戻ったか」
 「戻ったか、じゃねぇ! アイツをどうしたんだよ!」
 「アイツ、とは?」
 「弟のことだ! 受験の邪魔になるかと思って山篭りしてたってのに、帰ってきたらいないってのはどういう事だよ!」
 「おお、それか」
 「おお、それか、じゃねぇ!」

 回し蹴りを繰り出す要。
 女中達の悲鳴が響くが。

 「うげっ!」

 老婆に要の足が触れた瞬間、要の体は宙を舞い、背中から畳へと落ちる。

 「カナは元気があるのぅ。よいよい」

 倒れこんだ要の頭を撫でる老婆は、まさに孫をかわいがる祖母の顔。

 「さわんな、ババ!」

 すぐに起き上がるも、要は距離をとってにらみつけるだけにとどまった。

 「くそったれ。このバケモン!」

 渾身の蹴りだった。山にこもる前よりも、速さも威力も増していたはずだった。
 それでも届かない。
 悔しさに顔をゆがめる要に、老婆は優しく。

 「カナはまっすぐじゃ。まっすぐじゃから、ひねたババには届かんなぁ」
 「未熟だってのか!」
 「いんや。それでええ。それがええ。カナや、お前は本当に強くなってくれた」

 じんわりと涙すら浮かべた老婆の言葉続く。

 「ババは外道の技しか知らんでな。たとえ相手を殺せても、心は倒せん・・・それは強さとは言えんよ」

 その言葉が要の心を撫でた。

 「そんなことねぇ! ・・・悔しいが、ババは強いんだ、強いやつが弱いやつの前で自分をおとしめんなよ!」
 「・・・ほんに、カナは良い子に育った、ババうれしゅうて・・・」
 
 なんとも言えない空気に要は気勢をそがれ、ただ問いかけた。

 「ババ」
 「ん?」
 「アイツがこの屋敷にいないって聞いた。本当なのか?」
 「ほ」

 老婆に視線を向けられて、女中達は深く頭を垂れて退室していった。

 「アイツ、都会の学校に行ったって」
 「そうじゃ」
 「なんでだよ? 内緒にして、そんなのババらしくない」
 「じゃが、知ればカナは止めた」
 「当然だ! アイツはこの屋敷で育ったんだから、この屋敷で暮らすのが正しい! なのに、どうして突然、アイツを遠くの街へなんてや ったんだ!?」
 
 老婆は表情を変えることなく。

 「特に理由なんぞなぁね。あえて言うなら、あやつの見識を広めるため、かの」
 「なんだよ、その理由、そんないい加減な・・・」
 「カナ、一つ問うが」

 しかし最後まで言わせず、老婆は要に問いかける。
 
 「もしやカナはアレを好いておるのか?」
 「そりゃそうさ! ずっと一緒に育ってきたんだ!」
 「そうではない。女として、好いておるのか、と問うておるのよ」
 「・・・は?」

 真王寺要(シンノウジ カナメ)。
 真王寺家の養女でありながら、次期当主の娘。
 
 「・・・どういう意味だ?」
 「ほ?」

 老婆は肩すかしをくらったように口をあける。

 「心配なんだよ。アイツは、梓は絶望的に運が悪い」
 「ん、そうさのぅ。運というより、特に女難の相がとんでもない」

 二人にも、思い当たることが多すぎた。

 「だから、ヘンな虫がつかなように見張ってやらないと」
 「・・・ふむ」

 老婆が要に内緒にしていたのは二人が今後、不毛な男女関係とならないようにとの配慮だった。
 実の孫と養女とは言え家族なのだ。しかしそれも、どうやら杞憂だったのだろう。
 どうにも、このまっすぐな心は、やはりまっすぐに弟を心配しているだけのようだ。
 老婆だけは、少しだけ考え。

 「なら、追うか?」
 「いいのか?」
 「だが、男の一人暮らしの家に駆け込むのじゃからな? 何があってもババは知らんぞ」

 住所を記した紙を差し出しながら、老婆は語る。
 その言葉は老婆の優しさであり、最後の忠告。
 若いゆえの過ちというものは、誰にでもありえる話なのだ。
 しかし。
 要はただ素のままで、その紙を受け取り。
 
 「何があるってんだ?」
 「男の一人暮らしの部屋だぞ?」

 いまいちわかっていな要に、再度告げる。が。

 「ああ、大丈夫だって。部屋の掃除なんて、まともにしてないだろうけどさ。少々、散らかっててもおどろきゃしないよ」

 書かれた住所は予想よりも遠く、要はすでに、ああでもない、こうでもないと、どういう交通路で行くか考え始めていた。

 「なぁ、ババ。この夢見台市に行ったのは、なんか理由があるのか?」
 「ん、ああ。その街には娘夫婦が昔、住んでおった家があってな。梓が生まれてこっちに戻ってきたゆえ、住む者はおらんかったが、処分 もしておらなんだで、ちょうどいいと思うてな」

 答えつつも、違う意味で不安になる老婆。
 ふと思う。
 要は・・・恋慕の情に疎いというより、いまだ目覚めてないのではと。
 確かにこの山にいる限り、要に手を出そうという男はいないだろうし、要もまた修行に明け暮れて育ってきたのだ。

 「梓の両親が住んでた家、か・・・なら、感慨深いかもな」
 「さて。梓が生まれてすぐに娘夫婦はこっちに戻ってきたからの。本人にそれを教えたときも、そうだったのか、程度の顔しかしとらなん だぞ」
 「まぁ、そんなもんか。でも、それならあたしが居つく部屋くらいあるよな。掃除するにもそこそこ広くないと遣り甲斐も張り合いもない し。絶対に散らかしてるぞ、あいつ」

 ちなみに要、こう見えても炊事洗濯といった家事全般を、少々古めかしい手法は混じれど、なんでもこなす。
 いわゆる花嫁修業という分野において、要はすでに卒業の域だが。
 
 「純心無垢と言えば聞こえがいいが、はて、どうしたものか・・・」

 家事の腕は問題なくとも、肝心の情緒が花嫁どころか童心のままというのが、老婆の頭を痛める。

 「ババ? なんか言ったか?」
 「いんや。しかし行ってどうする? お前はもう二十歳になろう? 学校も卒業しておるしな。特にやる事もあるまい?」
 「そうだなぁ。身の回りの世話でもしてやるさ。メシもろくに作れないヤツだし」
 「女中か」
 「そんな所か。けど別に姉弟が一緒に住むのに、理由なんかいらないと思うけどな? 手狭なようだったらだったら、また考えるさ。通い で面倒みてやってもいいし」
 「それもええかもの。そん時は連絡せ、近場の寝床を用意してやろ」

 老婆は、ああ、とうなずく。
 それならそれで、多少なりとも残っている不安を、これまた多少なりとも削ることができる。

 「本当か? なんか急に協力的になったな、ババ」
 「ババにも色々と考え事があるのさ。で、いつ発つ?」
 「風呂入って、すぐに用意する。昼過ぎには出るよ。そうすれば明日の昼過ぎには着けるだろうし」
 「あいかわらず性急な」
 「あー、でも都会かぁ」

 初めて要が不安な顔をする。

 「どうしたや?」
 「いや、都会の若者は洒落てるんだろ? あたしゃ、空手胴着と着物しか着た事ないからなぁ」
 「それなら女中たちに借りればええ」
 「お、そっか。そうするよ。お菊さーん!」

 あらかじめ部屋の外に控えていたのだうろか。
 あらわれたのは要がババと呼ぶ老婆と同じ年の老いた女中である、菊。
 音もなく障子を少しだけ開くその皺だらけの指は、それでいて美しさがあった。

 「お帰りなさいまし、要」
 「うん、ただいま、お菊さん」
 
 女中である菊は要を呼び捨てる。それは要が望んだ事。要の考える立ち位置はシンプルだ。 
 自分より強いか、そうでないか。
 それは力であり、技であり、心であり。
 菊の心は常に澄んでいる。だが喜怒哀楽を捨てたわけではない。全てをあるがままに受けいれた、強者にて超者の瞳。
 もしや当主である老婆よりも強いのかと思う時がある。
 一度だけ、たずねた事があった。菊はババより強いのか、と。
 若い頃、彼女達はともにこの家で武を磨いていた。真剣な手合わせもあったはずだ。
 菊はその問いに、表情を変えることなく、またどちらが強いとも言わなかった。
 代わりに。
 『受け入れた者と、受け入れざるを得なかった者。はたしてどちらの心が強いと思われますか』と。
 おそらく前者は菊。後者が当主の事だろう。
 要はその時、受け入れた者の方が強いと思った。
 だが、今では迷う。
 受け入れたというのは、ある意味、諦めにも近い。
 受け入れざるをえない、という事は、望んでいなかった事を飲み込んだという事。
 受け入れざるをえなかった者が、その果てに朽ちたならば、それは弱いと言える。
 しかし、それでもなお、立っているならば、受け入れた者よりも、強いのではないかと。
 ただどちらにせよ、菊が自分より強い事に違いはない、そして要にはそれで充分だった。

 「ね、あいつら集めといてくれないかな?」
 「はい。服を持たせ、要の部屋に集めておきましょう。先に湯を浴びていらっしゃいまし」
 「うん、そーする。あと、ババ」
 「ん?」
 「・・・ありがとうな」 
 「ええ、ええ。いってらっしゃい」
 「うん」

 要はうなずくと。
 正座し深く頭を下げて。

 「行ってまいります」

 と、残して部屋から下がった。






 「でもね、だからと言ってずっと学校に出ないわけにも行かないでしょう?」
 「それは・・・そうなのですが」
 「貴女の通う学園、初真(ハジマ)学園は良家の息子さん、娘さん達の通う設備も警備も整った学園でしょう? それならば体の弱い貴女 を安心して任せられると貴女のご両親の判断はされたのよ?」
 「それも・・・そうなのですが・・・しかし、許婚の件はそれと別です!」

 小百合の正論に、言葉を詰まらせつつも反撃をする少女。
 しかし、そこに割り込んだのは桜だった。

 「でもさ、考え方によっては、そんなのもいいんじゃないかな?」
 「どういう事ですか、桜姉さま?」
 「もしさ、相手のコがステキ少年だったらどうする? どうしちゃう? どうなっちゃーう!?」

 一人、舞い上がる桜に対して、少女はただ首を横に振る。

 「相手が問題ではないのです。嫁ぎ先は己の目と心で認めた男性でありたいと思っているのだけです」
 「だからさ、一回見てみれば? ハートにばっきゅんってきちゃうかも?」

 いつの間にやらジト目になっていた竜胆は桜に。 

 「・・・桜姉さまがそんなに強く言うのは・・・」
 「ん?」
 「桜姉さまが相手の男を見てみたいという興味からではないですか?」

 ギクリ、という表情を顔に出せといわれたら、これほど素晴らしい見本もないだろうという表情を浮かべる桜。
 
 「けれど・・・確かに私も興味はあります」
 「小百合姉さままで、そんな・・・」
 「葛家の娘と縁を結ぶ事は、私達三家との強い接点を持つという事よ? ましてや貴方は一人娘。当然、婿入りが条件になっているはず。 ゆくゆくは葛の主となる貴方に最も近しいものとして、それなりの力も得る。だからこそ、相手となる人は慎重に選ばれるべきだけど、成人 を待たずして定めていたというのは、貴女のお父様、葛の現当主様はそうとう気に入られたようね。しかも当人に直前まで秘密にして」
 「その辺りの事は詳しく聞いておりませんので・・・ただ渡米している両親から、突然、その旨を記した手紙が届いたのです」

 少女の名は、葛 竜胆(カズラ リンドウ)。初真学園に今年、入学した一年生だった。
 しかし、親達が決めた婚約者もまた本年、新入生として入学している為、それを拒否する主張としていまだ登校していない。
  
 「リンちゃん、相手の事って何かわかってるの?」
 「いえ、それが名前すらも知りません。学校へ行けば向こうから声をかけてくるとの事ですので・・・ただ、初真学園に通う為に、こちら へ越してきた、とだけは聞き及んでおりますが・・・」
 「あら? あらあらあらあらー?」
 「な、なんでしょう・・・」
 「それは違うでしょー。その学校に通うためじゃなくて、リンちゃんに会う為に引っ越してきたんだって!」
 「やはり、そうなのですか?」

 桜は意地の悪い笑顔で。

 「お相手、ずいぶんとゾッコンラブ? ヒューヒュー!! おおぅ、モーレツッ!」
 「・・・桜。いつも思うんだけど、貴方はどこからそんな古い言葉を覚えてくるの?」
 「ケイちゃん古いなぁ。あえて逆をつくのがナウなヤングにバカウケなんじゃなーい」
 「そ、そうなの?」
 「ケイちゃんって学校だとお堅いイメージあるからさ。アタシの真似すれば、きっとクラスからいい意味で緊張が抜けるかもよ?」
 「・・・試してみようかしら・・・」

 桜は考え込む小百合を放っておいて、なおも妄想を膨らます。

 「遠く離れた地からやってきた男のコと運命の出会い! これは盛り上がる展開! まさに王道!!」 
 「そうねぇ、まるで誰かさんと同じ。ドラマみたいな出会いだったしね、桜?」

 珍しく小百合が意地悪く、クスリと笑う
 その視線を向けられた桜は、一瞬、どういう事かわからず。
 唐突に自分の事だと理解した。

 「え、薙峰クンって引っ越してきたの!?」
 「そうよ? 本人から聞いてないの?」
 「聞ーいーてーなーい! もうッ! 教えてよね、そういうの!」
 「もう知ってるものだと思ってたから・・・でも、だからこそ納得できる事もあるでしょ」
 「何が?」
 「彼の現状よ。あんな風に言われてるけど、それはあの事件からの出来事。もし以前の、例えば中学時代を知る子がいれば、もう少し変わ った評価になっていたはずよ?」
 「むむ・・・確かに」

 緋桜の殺人鬼、薙峰梓。
 だがその噂の全ては、梓の入学式当日から始まっている。
 もし、中学でもそのような生活だったならば、過去の悪行? も一緒に流布されるはずである。
 それがない、という事は梓の過去を知る者がいないという事だ。

 「そうかー、薙峰クンは転入生だったのか」
 「転入してきたわけではないけれど、ニュアンスは近いわね。私のクラスには、他にも入学式に合わせてこの街にやってきた子があと二人 いるわよ」
 「ふぅん? 別になにかある街ってワケでもないけどねー」
 「あ、そうそう。桜、いい事教えてあげましょうか?」
 「なになに? 薙峰クン関係?」
 「そう。彼ね、一人暮らししてるわよ。ご両親は一緒じゃないみたい。さすがにどういった事情かまでは知らないけど」
 「え?」
 「ご飯でも作りに行ってあげたら? でも住所は自分で聞きなさいね?」
 「・・・あはははは!! そっかー、一人暮らしかぁ・・・やっぱり定番の肉じゃが? 月曜日に住所を聞くとして・・・」

 そんな桜を微笑ましく見ていた小百合が、ふと思い出したように。

 「あ、そう言えば桜。昨日は彼と会えたの?」
 「え? お昼なら一緒だったけど?」
 「違うわ、帰り道でよ。薙峰君、桜に用があったみたいで、中庭で待ってたの」
 「ウソ! ホントに!?」
 「でも桜、通用門から出て行ったでしょう。それを教えてあげたら、走って追いかけて行ったんだけど・・・その様子だと、会ってないみ たいね」
 「ええー!! うわぁ、最悪! アタシ、あの日自己新じゃないかってくらいのダッシュだったからなぁ・・・」
 「月曜日になったら、どんな用件だったか、聞いてみなさい?」
 「んー、そーする」
 「でも残念ね。もしかしたら一緒に下校できたかもしれないのに」
 「ああ、言わないで! その可能性を考えるとヘコむから、ワザと考えないようにしてたのに!」

 と、完全に蚊帳の外だった竜胆が、遠慮がちに声をかける。

 「あの、お話が見えないんですが・・・」
 「ああ、ごめんなさいね。桜ね、最近好きな・・・きゃ!」
 「いらんこと言う口はこの口かー! そんなヤンチャな唇はふさいでやるー!」
 「さ、桜?」

 両手をあげて襲い掛かろうとする桜だったが、ピタリと動きを止める。

 「・・・こほん」

 いそいそと乱れた服を直しつつ、なぜかただずまいを直して正座する桜。

 「まぁ、それはいいとして」
 「え、ええ、そうね」
 「ともかく、リンちゃんの今後を考えないとね」

 竜胆はようやく話が本筋に戻った事に安堵し、お願いしますと頭を下げた。





 それまでそういった事に興味を示さなかった要の要望に、要付きである三人の女中達は喜んで従った。
 山と言えど、若い女達。
 都会から取り寄せた本などで、流行をおさえて、日々の娯楽としてそういった服飾品を三人して集めていたらしい。
 要が風呂からあがり自室に戻ると、様々な衣装を用意して三人が満面の笑顔で待ち構えていた。
 要はそれを見るなり。

 「なんだ、これ。なんだ、この量」

 と発したのも無理はない。
 二十畳の要の部屋、その畳の上を占領するきらびやかな衣装と装飾品の数々。
 色とりどり、形状も複雑。要からすれば、どうやって着るのかわからない服の方が多い。

 「都会の女達は、こんなものを着てんのか?」

 驚きやら呆れやらが混じった顔の要に、

 「こちらなど、どうでしょう・・・か?」 

 そう言って、一つ目の服を差し出したのは、おっとりとした女中で、名を風撫(カナデ)。
 丈の短いスカートと、長いタイツ。
 いわゆるミニスカニーソというものだが、当然、要は初めて目にする。

 「これは・・・肌を出しすぎだ。いくらなんでも、ふしだらじゃないか?」

 豪快奔放といえど、古い家で育った女である。色恋沙汰は別としても、基本的には慎み深い。
 服を手にして要は頬を赤らめる。 

 「これがよいのです、よ・・・恐らく」

 風撫も少々、不安げな顔を浮かべているが、後ろ手に隠した都会のファッション雑誌には、同じようなデザインの服を着たモデルがたくさ ん写っている。

 「いや、でもこれはさすがに、なぁ」
 「そうです・・・か?」

 風撫が残念そうに差し出した服をひっこめ、入れ替わりに次が要の前に広げられた。

 「では、こちらなんてどうですかー?」

 二人目の女中、和美(ナゴミ)がすすめたのは。

 「これまた動きにくそうな。しかしさっきのと比べれば、肌はずいぶんと隠れているな」
 「近代になって生まれたドレスの新しい形だそうですよー?」

 やはり要が知るはずのもないが、いわゆるピンクハウス系である。
 ピンクとホワイト、フリルとレースの塊。

 「西洋人形、もしくは道化だな」
 「それがいいんですよー? たぶん」

 やはり実践がともなわないセンスというのに不安があるらしく、和美も首をかしげている。

 「要様。この二人は、せんす、というものが欠けています。どうぞ、こちらをお召しください」
 「ひどい・・・よ」
 「ひどいなー」

 三人の中で、最も年上の静寡(シズカ)がいつものように能面のような顔で三つ目を差し出す。

 「ほう。これは」
 「でざいんも秀逸ながら、動きやすさも考慮され、機能美も備えた一品です」
 「確かにな」
 「これなるは西洋の女中服。近代において最も男性の心を惹きつけ魅せる魔装であります」
 「ふうん? なんというものなんだ?」
 「めいど服、というものです。おそらく字をあてるならば冥土でしょうか」

 もしこの分野に造詣が深い者がこの場にいたら、静寡の選択に渋い、との感嘆を漏らしただろう。
 静寡が手にしているのは、丈の短いスカートではなく、ロングスカート。
 そして過剰なフリルなどの装飾はなく、あくまで機能的、実用的なものだった。
 それでいて生地は上等、配色はニュートラル系で統一され、全身において控えめでありながら独特の一体感がある。
 昨今流行のメイド服とこれは明きらかに異質。
 前者がアイドル歌手とするならば、後者はアカペラの歌姫という感じだろうか。
 
 「なるほどな。冥土の土産に拝みたいほど、男が欲するものか」
 「左様かと」

 要は考え。

 「よし、今ある冥土服を全て見せてくれ」
 
 こうして今、一人のメイドが誕生したのであった。





5/『zzzz』 END
next 6/ 『戦士には二種類ある。選ばれし者と、巻き込まれちゃいましたーって者と』





ノベルトップへ戻る。 

ノベル簡易トップへ戻る。

トップへ戻る。