6/『戦士には二種類ある。選ばれし者と、巻き込まれちゃいましたーって者と』






 オレが目覚めたのは、見たこともない部屋だった。
 やたらと広い和室、その中央にしかれた高そうな布団の中だ。

 「・・・」

 なんでこんな所に? そんな疑問とともに、昨夜の記憶をたどる。
 桜先輩が心配になり、駅へと続く道を探していた。
 それから・・・
 そうだ。裸の桜先輩がいて、でもそれは先輩じゃなくて。
 ・・・でっかい三つ目の狼もいて、底なしに腹立つ金色の鳥がいて、そいつらは人の言葉を話して。
 その後、魔法少女がでてきて、桜先輩に化けていた灰色の塊を倒した。

 「・・・」

 我ながらひどい悪夢だ。
 そう。夢。でなければ、オレはあの灰色の塊のトゲに刺されて、胸に風穴を開けられている。
 無事で済むはずもない。
 オレは痛みなどまったく感じない自分の胸を見下ろす。

 「・・・」

 包帯が巻かれていた。うっすらと血もにじんでいる。

 「・・・」

 いや、待て待て。
 こんな軽症じゃなかった。はっきり言って重体のレベルだったはずだし、痛みがないというのがそもそもおかしい。
 オレは混乱する記憶の中で、頭を抱える。
 と、額に違和感。

 「・・・?」

 何か硬いものが抑えた額に当たっていた。
 その正体は・・・指輪? 
 オレの指には、ツタを模した黒いリングに赤いバラのあしらわれた、なんとも高級そうな指輪がはまっていた。

 「・・・」

 まったく見覚えのないものだ。
 いつの間にこんなものがはまっていたのだろう、と、それを外そうと触れた瞬間。

 「ッ!」

 指輪から小さなトゲがはえ、拒絶する。
 そして、微かな光を生んで、また静まった。
 
 




 「やっぱさ、とりあえず学校に行ってみるべきじゃない? 許婚ボーイの正体を知っとくだけでもしないと」
 「そうね・・・相手の家の格によっては、こちらがとる対処方法も限られてくるし」

 二人はとりあえず竜胆の婚約を解消させる方向で考えを進めていた。
 そんな中。

 「あ・・・」

 と、唐突に竜胆が声を漏らす。

 「んー、どうしたの、リンちゃん?」
 「いえ、その・・・」
 「また調子が悪くなったのかしら」

 小百合が竜胆の額に手をあてる。

 「熱はないようだけど・・・ごめんなさいね、私達が騒がしくしてしまったせいかしら」 
 「そのような事はありません」
 「ふふ、ありがとう。でもそうね。今日はこれで帰るわ。安静にしてなさい」
 「そう、ですか」

 寂しそうな顔をする竜胆、その頭を桜がなでる。

 「またすぐ来るからね。その許婚の事は、んー、まぁテキトーでいいんじゃない? いざとなったら、アタシが闇討ちして不登校にしてあ げよう!」
 「桜ったら、またそんな・・・」
 「アタシはどこの馬の骨ともわかんない男にリンちゃんをあげるくらいなら、あえて悪の名をかぶってしまいますわよ!?」
 「・・・ありがとうございます、桜姉さま」

 竜胆はそんな気遣いに感謝し頭を下げる。
 桜は陽気に振舞い明言はしていないが、許婚の相手が竜胆よりも葛の名前を目的にしている可能性を案じているのだ。

 「あははは。ま、そういうコト。あ、今日はお土産があるのよ? いやー実は昨夜ね、渡そうと思って来たんだけど、リンちゃんどっかで かけて渡せなかったんだ」
 「出かけていたって・・・また内緒で夕涼み? だめよ、リン。世話係の人たちも心配するから」

 出かけていたという言葉に竜胆が反応するが、二人はそれに特に気づいた様子もない。
 体調の良くなり始めたこの一月ほど、竜胆は時折、家を抜け出していた。

 「まーまー。体調が良くなった証拠でしょ?」

 そう言いつつ、桜は持っていたカバンをゴソゴソとして。
 
 「じゃーん! 初回限定DVD付きよー? いやぁ探した探した」

 桜が竜胆のベッドの上に置いたのは、本屋の名前がはいった紙袋。

 「これは?」
 「開けてみなさいなー」

 中身をゴソゴソと取り出す竜胆。その表紙を目にし、瞳が輝く。

 「『ルージュ・ド・ベーゼ』のファンブックだよー。なんか原作の『野ばらのキッス』の映像付きなんだって。リンちゃん大好きでしょ? 」
 「え! な、なぜ、桜姉さまがそれを、ご存知、で・・・」
 「知ってるもなにも・・・」

 桜は部屋を見回し。

 「これだけポスターがバシバシ張ってあったら、ねぇ」
 「・・・お恥ずかしい限りです」

 正式名称、『異薔薇の国の魔法少女 ルージュ・ド・ベーゼ』。
 現在放映されている魔法少女アニメであり、竜胆がはまりこんでいるアニメ。
 もともとは『野ばらのキッス』という三銃士をモチーフとした、古い女の子向けのアニメのリメイクだった。
 その原作で重視されていた戦争の悲しみや人間関係などを、さらに掘り下げたのが『ルージュ・ド・ベーゼ』である。
 あまりの人気で、延長に延長を繰り返し、現在放映から10年目を迎えていた。
 物語のヒロインは、ある日、胸に咲いた異世界の薔薇から与えられた力をもって、同じ異世界からの侵略者を打ち倒していく。
 しかしその侵略者もまた悲しいしがらみの犠牲者・・・
 悲しみの連鎖、憎しみの絡み合い、それらを乗り越えた先にあった愛。
 子供向けでありながら、難解な物語性をもち、かつそれをわかりやすく表現された秀逸な作品。
 そのストーリーの深さゆえ、多くのファンがいるのも不思議でないものだった。
 しかし、竜胆がもっとも惹かれたのは主人公の生き方。
 物語の主人公の名前は『鈴音(リンネ)』。自分と同じ幼く病弱だった女の子。
 竜胆は名前も似ているその主人公と自分と重ねて見ていた。
 しかし竜胆と鈴音の違いは、その心の強さ。
 すがすがしいほど明るく前向きに生きる少女、鈴音は竜胆にとって光だった。
 幼い頃より病弱でベッドに伏せっていた竜胆は、このアニメから、この鈴音から多くの勇気や希望を与えられた。
 それは今でも続いていた。物語の鈴音もまた成長し、今期の放映からは16歳という設定となっている。
 奇しくも竜胆と同じ年となって。竜胆が一層の感情移入をしてしまうのも無理のない事だった。
 
 「まーいいんじゃない? アタシもたまに見るけど、子供向けじゃないよ、あれ。じゃ、そういうコトで。お大事にー」
 「またね、リン。桜じゃないけど、あまり考え込まないようにしなさい」
 「はい。姉さま方。ありがとうございました」

 二人が部屋から出て行ったあと。

 「・・・」

 竜胆はバラを模した銀色のイヤリングに話しかけた。

 「ウィンチェスター」
 「はい、マスター」
 「彼が目覚めたのか?」
 「そのようです」

 続けて、金色のペンダントが夜着の中、胸のあたりで輝き。

 「しぶといヤツだよな。体ぶちぬかれてたんだぜ?」
 「そんな事を言うな。彼を巻き込んだのは私達なのだから」
 「へーへー」
 「見慣れない部屋で目覚めて戸惑っているだろう。早く行ってやらんとな」

 竜胆はなんとかベッドから起き上がり、着替えを始める。
 夜着であった白のネグリジェを脱ぎ、同じく白いワンピースにそでを通す。
 その際、あらわになった雪色の肌、その胸の中央にはさらに白い薔薇の刺青が浮かんでいた。






 オレがバラの指輪をマジマジと見ていると。

 「竜胆様・・・お体は?」
 「ああ、大丈夫だ。それよりも彼は?」
 「まだお休みになっているようですが」
 「そうか。ではあとは私が面倒を見る。お前はさがっていてくれ」

 障子の外から話声が聞こえてきた。
 若い女の子の声が二人分。
 
 「昨夜遅く、お電話にて一人で来いと言われてみれば・・・竜胆様が血だらけの彼の介抱をしていたわけですけれど、いまだ何の説明もい ただいておりません。その上、この部屋には誰もいれぬように見張れと命じられました。挙句、このまま下がれと言われますか?」

 多少、険のある声に対して。

 「何も聞くな。他の世話役にも他言無用だぞ・・・お前ひとりで来てくれと言った意味、わかるだろう?」
 「事情も聞くな、理由も聞くな、と。この身は葛のご当主様から竜胆様の全てをまかせているのです。知らなかったでは、申し訳がたちま せん」
 「それはわかるが、それを承知で頼んでいる」
 「聞けません。どうぞ、ご説明を」
 「むむ」

 立場が上と思われる若い女の、竜胆さんという人の声がうなり声にかわり・・・苦悶の末。
 ともかく、この人たちがオレを助けてくれた、のだろうか?
 昨夜、胸を貫かれた後の記憶はまったくない。
 オレは今の状況から予想するしかない。

 「なぁ、臘月(ロウゲツ)」
 「なんでしょう」

 もう一人の女の子は臘月と言うらしい。
 
 「お前は父と私、どっちの味方なんだ? 確かに当主は父だが、主人は私だろう?」 

 応えにくいだろう質問に臘月さんは、しかし即答した。

 「ご当主様です」
 「・・・はっきり言うな。お前の妹はもう少し融通が利くだろう」
 「アレと私は違います。アレは・・・椿の中でも変わり者ですから」
 「ならお前は生粋という事だな」
 「おそれながら、そう自負しております」

 深いため息と、無言のうなずきが障子越しからでも感じられる。

 「まったく。頑固というかなんというか。双子でありながらこうも違うものか?」
 「一卵性ではありませんし、顔と声も違いますし、むろん中身も違います」
 「・・・で、その格好も大事なご当主様の意向を汲んで、大事ではない主への嫌がらせ、か?」
 「聡明な主を持つと、ご理解が早くて助かります。このまま無視されると思っていましたが、やはり気になられるご様子」
 「そこまであからさまな皮肉は、いっそ気持ちがいい。・・・まったく。お前でなければ怒鳴りつけるところだがな」
 「どうぞ、ご遠慮なさらずに」
 「・・・わかった、ここまでだ。初真学園には・・・まぁ一度くらい足を運ぶ。だからそこで寝ている男の事は聞くな」
 「交換条件ですか?」
 「妥当だろう?」

 そう持ちかけた声は、これでもずいぶん妥協したんだぞ、という口調だったが。

 「お話になりません。交換条件は互いの利益か立場が対等でなければ成り立ちません。私の使命は竜胆様をお守りする事であり、学園への 登校はあくまで竜胆様を思ってのこと。対して身元も事情もわからない男のいさかいに竜胆様が巻き込まれている可能性があるならば、学園 どころか夜のご散策をおとめしてでも外出は控えていただかなければなれません」

 臘月さんに、あっさりと斬って捨てられる。

 「む・・・うーん・・・」
 「それは私としても心苦しいのです。よって相互理解のためにも、彼のご説明を」

 無言が流れる。
 かといって張り詰めた空気というより、何かを迷っている雰囲気。

 「・・・仕方ない」
 「わかっていただけましたか」
 「無理に通ってもらって道理には引っ込んでもらう。お前は自分を完璧だと思っているのか?」
 「いいえ。人であるなら完璧などありえません。ですから私はせめて、何者にも恥じる事のない生き方を貫いているつもりです。ゆえに、 いかなる言葉を投げられようと、己の心を揺すられるような弱みなどはありません。力ずくというのなら、まさしく論外ですが?」
 「確かにお前には弱みはないかもしれん。だが弱点はある、そう、根本的かつ決定的な弱点がな。いや、椿の花の宿命とも言えるが」
 「・・・あ」

 何かに気づいたのか、それまで冷静だった臘月さんが初めて漏らした狼狽。
 
 「私としても、こういった手段はいささか気が引けるし、性分でもないのだが」
 「それは卑怯です、弱者に対しての心遣いというものが微塵も感じられない狭量な・・・あ!」
 「逃げるな」
 「や・・・やぁー」 
 「動くな」
 「・・・ぅぅぅ・・・うううー!」

 ・・・この薄い障子の向う側で一体、なにが行われているのでしょう。
 
 「さ、私のいう事を聞いてくれるか?」
 「・・・だめ、です」
 「もっとか。こうか?」
 「・・・だめ・・・」

 この状態で大人しくしていろ、という方が無理だと思うわけで。
 いやいや。決してやましい感情からではなく、純粋な好奇心をもってオレはゆっくりと障子へと近寄る。
 そして慎重に、神経を削るようにして、障子に手をかけわずかに開く。
 そこから覗く光景は。

 「いい子、いい子。そら、いう事を聞くな?」
 「くぁ・・・」

 板張りの廊下の上で、白いワンピースを着た髪の長い少女が、正座して固まっている白い制服を着た小柄の少女の頭を撫でていた。
 ・・・ただ、それだけ。
 しかし、頭を撫でられるたびに制服姿の少女は、むずがゆそうに、それでいて嬉しそうに体を震わせている。
 その頬は桃色どころか、真っ赤に染まっており煙でも出るのではないかというほど。
 ゆえに陥落も時間の問題だった。

 「わ、わかりました。内緒にします。だから、もももう・・・」
 「よし。それでこそ私の椿だな」

 そういって手を離すワンピースの少女。おそらくこちらが竜胆という少女だろう。
 あっさりと手を離された少女、臘月さんはしばし名残惜しそうに竜胆の手を見ていたが、ぶるぶると首を振り。

 「・・・こ、今回だけです。また何かあったらその時はしっかりと説明して頂きます!」
 「わかったわかった。今度はもっと入念に撫で回す事にしよう」
 「うう・・・それで、学園に足を運ぶというお話に間違いはありませんね」
 「さて? 交換条件は成り立ってなかったのだろう?」
 「・・・」

 ジト目の臘月さん。ものすごくジトーとしてる。

 「そんな顔をするな。ただし一度だけだぞ。くだんの許婚が話しかけてきても無視するだろうが」
 「結構です。私としましても、その許婚の方はどうでもよろしいので」
 「・・・そうなのか?」
 「おかしいですか?」
 「いや、てっきり私とその許婚を合わせるために、学園に行かせようとしていたと思っていた」
 「他の世話役はそうかもしれませんが、私はあくまで竜胆様のためと思って登校をすすめているまでです」
 「それはさっき聞いたが、お前は本当に嘘をつかんな」
 「それも先ほど申し上げました。誰にも恥じぬ生き方をしているつもりです、と」
 「そうだった、な。まったく融通の利かないヤツだ」
 「どうにも誤解されているようなので、念のため申し上げておきますと。確かに今回は当主様の意向には従っていますが、それは主である 竜胆様の為になると判断したからです。私が唯一大切な人は竜胆様のみです」

 本人の前で、その人を大切です、と言える事がどれだけすごい事か。
 しかも照れも一切なく、真剣に。
 オレも言ってみたい。桜先輩に・・・。
 だが、そんな感動のセリフを竜胆さんは皮肉めいた笑いで返す。

 「今回は、ではなく。今回も、だろう」
 「まったく残念です。私としては竜胆様にお味方したいと常々思っておりますが。竜胆様の行動と言動は、どうにも竜胆様の為にならない 事ばかりで」

 臘月さん、何気にすごい事を言う。
 ここで竜胆さんが何か悪戯を思いついたような顔で。

 「ならばもし父が私を殺そうとしたらどうする?」

 ・・・とんでもない事を言い出した。
 確かにこれなら臘月さんも、竜胆さんの味方ですと言うだろうけど。
 しかしまた極端な例えだなぁ、とオレが驚いていると。

 「ありえません」

 ・・・あ、いや、ま、それはそうだけど。臘月さん、竜胆さんの例え話の意図がわかってない反応だ。
 けど、こんな世の中だから、そんな悲惨なニュースを耳にする時もあるけどね。

 「わからんぞ? こんな世の中だ。親殺し、子殺し。あふれてるとは言わんが、起きても不思議ではない世の中だ」

 イヤな気分だが、オレも同感。しかし臘月さんの答えは変わらず。

 「ありえません」
 「・・・なぜ言い切れる?」
 「単純な理由です。そうなる前に、私がご当主様を殺します。竜胆様はご自分に殺意が向けられた事すら知ることないでしょう。ですから 殺されそうになる、その状況がまず起き得ません」

 ・・・例え話の意図がわかってないなど、とんでもなかった。
 例え話を、竜胆さん以上に、現実にありえる可能性として本気で返答している。
 いや、もちろん臘月さんにそんな事ができるわけがないだろう。
 だが、これは覚悟の問題であり。
 自分がどれだけ忠実であるか、そしてどれほど主である竜胆さんが大切かを告げる、いわば従者の権利だ。
 そして主である竜胆さんは、それを真顔で真摯に受け止めていた。
 
 「・・・」
 「・・・」

 なんというか生まれてはじめて感じる沈黙の空間。
 竜胆さんも臘月さんも無言でありながら、無表情ではない。
 竜胆さんの瞳は閉じられていたが、しかしその口元には微笑があった。
 臘月さんの唇は全て語り尽くしたといわんばかりに強く結ばれている。

 「そう・・・なら、いつまでも、どこまで私についてきなさい」

 まぶたを開けた竜胆さんの言葉に、臘月さんは無言でうなずく。
 最後の言葉は親愛に溢れるものだった。
 しかし。
 美女二人の何かいわくありげな、まさしく映画のようなシーンだったなぁ。
 などと感慨にひたっていたオレは。

 「それで、だ」

 ゆえに、竜胆さんその声とともに唐突に障子に手をかけて一気に開いた時、何も反応できなかった。

 「・・・」
 「お前は何をやっている。男子たる者が覗きか?」
 「見、見ましたね。私の、私のさきの姿を・・・撫で撫でされている姿を!」

 いかにも覗いていましたという格好のままのオレは、二人の少女の視線を受けて。
 そのまま倒れこむように土下座した。




 右頬に平手の痕をつけたオレは、なぜ自分が生きているのかという説明を受けるに至った。
 部屋の中には、オレと竜胆さんのみ。
 臘月さんはオレに強烈なビンタを見舞ったあと、部屋の外、障子の向こう側で誰も入ってこないように見張っている。
 
 「信じろ、という方が無理かもしれんが、現実だ。受け入れろ。私は一月ほど前から、ああいった戦いを繰り返している」
 「・・・」
 「実際、傷ついたお前の体が回復の域にあるのが証拠だろう」

 オレの胸を指差す竜胆さん。確かにそう言われてしまえば、信じざるを得ない。

 「お前にはめた指輪の名はバルカロール。治癒や回復、身体機能を強化する能力がある。それを外したら、その瞬間また傷が開くぞ。見た 目は完治に近いが、バルカロールの力によって肉体のほつれを編みなおしている状態にすぎない。本当の意味での完治は・・・まぁ一ヶ月で はすまないだろうな。即死に近い傷だったんだ」
 「・・・」
 「加えて、最初、お前は敵を守ろうとしていたようだが・・・敵はある種、幻覚のような力を使うものがいる。おそらくお前はアレが近し
い者の弱った姿か、お前が身を賭してでも守りたいと思わせる存在に見えていたはずだ。敵の防衛手段の一つだよ。あのままだと、油断して いたお前は、何もわからないまま食われていただろう」

 確かにオレにはあの時、あの塊が傷ついた桜先輩に見えた。それもまぁ今の説明でなんとかつじつまは合った。
 魔法を使う少女がいるのだ、その敵が同じく魔法じみた事をしても、不思議ではない。
 それはいい。そのへんは実際にこの目でみた結果の説明なのだから、どうしようもなく理解せざるをえない部分だし。
 それよりも他にもっと強い疑問がある。
 今まで、竜胆さんがあまりにも物知り顔で事情を説明するので、その勢いに逆らえなかったのだが。

 「なんだその目は?」

 とは言え、オレは例の症状で言葉を発せないわけで。
 加えて、この竜胆さん。
 物腰とか口調、態度とか立ち居振る舞いは武士の如く、すきがなく凛としているのだが。
 外見はどう見ても、お嬢様。かもし出す雰囲気は、どうしようもなく美人オーラ。
 白いワンピースに艶やかで長い黒髪という取り合わせだし、この上麦藁帽子でもかぶって、バスケットを持ってピクニックでもしようもの なら、映画の1シーンと言うしかない。
 初対面の美人さんに対して、緊張するなという方が無理な相談。
 つまり。
 この人は、誰だろう、という単純な疑問。
 そして、昨夜の事をなんでここまで知っているかという事。
 オレが昨日見た悪夢の中の登場人物は、ゴスロリドレスを着た空飛ぶ魔法少女と、不思議な生き物が三体だ。
 いやま、確かに竜胆さんもさっき、自分も戦っていると言っていたので、あの魔法少女の知り合いとかなのだろうけど。
 それにしても、昨夜の状況に詳しすぎる。

 「・・・なぁ、リン」

 と。
 どこからか聞いた事のあるような、腹立たしさをともなった声が響く。
 声の主は、竜胆さんのアクセサリーだった。
 ペンダントがしゃべったッ!? 
 という反応をしようとしたオレの心が、それよりも先に昨夜の記憶の一部をフラッシュバックさせた。
 胸にかけられた金色のペンダント。あー、すっごく印象に残ってる。
 
 「なんだ、エバーゴールド」
 「こいつさ、リンが誰かわかっていないぞ。まぁ、当然っちゃ当然だけどな」
 「・・・あ」

 竜胆さんはポンと手を叩き、全ての謎が氷解したとばかりにうなずいた。
 そして、咳払いを一つして。

 「お前の最大の疑問は昨夜、お前を助けた少女の事、そして私の素性か」
 「・・・」

 うなずくオレ。
 けれど、まぁ。
 ペンダントがしゃべっている時点で、だいたい結果は予想できる。というか、間違いないんだろうな。

 「昨夜の少女は・・・その、な。私が変身したものだ」

 やっぱり。 
 普通の日常会話で、少女に変身などと言われれば、大丈夫ですか、となる所だが。
 変身というフレーズを聞いても違和感がないくらい、昨夜の出来事はとんでもなかったワケで。

 「こ、これにはな、事情があるのだ! 素顔をさらして、あんな戦闘を続けていればいつか人目につく。それを見越しての事なんだ!」
 「そうなのですか、マスター? エバーゴールドが持つ変身能力の利用目的がそうだとは知りませんでした。てっきりマスターの趣味だとばかり」
 「そう言ってやるな。殺伐とした戦いの中にも雅を求める粋な女と思ってやれ。心の強いヤツのみが可能なコスプレってやつだろ?」
 「うるさい、ウィンチェスター! エバーゴールドも黙れ!」

 真っ赤になってどなりつける竜胆さん。
 美人の紅潮した顔というのは、それだけ見れば素晴らしく魅力的。
 なんだけど、その頬を染めた理由がどうにもマニアックなようなので、オレの個人的評価のコメントは控えさせていただく方向で。

 「四の五の言うより・・・エバーゴールド!」

 立ち上がり、竜胆さんはその名を呼ぶ。
 それに応えて。

 「ま、見せた方が早いわな」

 という声がした、次の瞬間。
 ふわりと浮く竜胆さん。その体はまばゆい光に包まれる。
 その光が一瞬でおさまると、そこには。

 「どうかな、お兄ちゃん? 信じてくれた?」

 白いワンピースを着た、というか白いワンピースの中から首をうんしょ、と出した昨夜の少女がそこにいた。

 「あ、服はね。バルちゃんが変形したものだから今は着られないけど。でも、お兄ちゃんを助けたのはリンだよ?」

 清楚可憐にて無骨な美女は、純真無垢な少女に変身した途端、性格も変わるらしい。

 「ま、そーいうこった。理解したか、小僧?」
 
 金のペンダントのセリフは無視して、オレはうなずいた。
 まぁ、とにかくこれで昨夜の疑問は解けた。
 オレは戦いに巻き込まれ。
 竜胆さんが救ってくれた。
 この二つだけわかれば充分。
 ゆえに。
 竜胆さんが、どうしてあんな戦いを繰り返しているか、とか。
 そもそも、この魔法のような力はどうなっているのか、とか。
 その辺りには突っ込まないでおく。
 人には人の事情があり、世界はまだ謎に満ちているという事だ。
 けれど、いつか。
 もしも彼女が話してくれるのならば、オレは腰をすえて聞くだろう。
 命の恩人に対して、オレができる事ならば、なんでもする。
 そして、その時がきたなら、おそらくオレも戦いに巻き込まれるだろう、という予感めいたものはあったのだが。
 そんな予感は、三秒後に到来した。
 
 「でね、お兄ちゃん。バルちゃんを預けちゃったから、その、リンね・・・戦えないんだ・・・」

 申し訳なさそうに言う竜胆さん。

 「バルちゃんが変身したドレスは、リンを守ってくれる力があるの」

 あー、そう言えば、昨夜の戦いで大活躍してたような。花びらをまいて、オレの体を貫いたトゲを完全に無効化してたし。

 「だから、その・・・」

 指輪を返せという事なのだろうか? けれど、それはさっき竜胆さん自身が外すなとも言っていたし。

 「リンと一緒に戦ってくれない、かな? ううん、ずっとじゃなくて、体が治るまででいいの」
 「・・・」

 なるほど。
 確かにそれがスジだ。
 竜胆さんは戦いに不可欠なこのバルカロールという指輪をオレに預けてまで、傷を治してくれているのだから。
 ふと考える。
 昨夜の戦いの様子と、さっきの説明からしてバルカロールの役目は防御。
 盾というか、護衛というか、そんなカンジになるのだろうか。
 心の準備期間など皆無、なのに思いつく限りの中で最高で最悪の参戦内容となりそうだ。
 だからと言って。
 もし断ったとしても、竜胆さんがオレから指輪を取り上げる事はないだろう。
 
 「・・・」

 いや、それ以前にオレが断らない。
 さっきも言ったように、竜胆さんは命を恩人であり、なによりも女の子だ。
 女の子が一人で戦っていると知った上、共に戦って欲しいと言われて男が断るはずもない。
 オレは恩と信条を持って、うなずこうとした瞬間。

 「つまり、小僧の役目は弾除けってコトだぁな。今度はくたばるかもな?」 

 ああ、腹立たしいことこの上ない。お前がくたばれ、焼いて食っちまうぞ。

 「エ、エバちゃん、ダメだよ、そんな言い方。ごめんね、お兄ちゃん。あ、でも・・・結局、そういう事なのかな・・・そうだよね、もし かしたらもっとひどいケガをしちちゃうかもしれない・・・せっかく助かったのに、リン、それで恩をきせるみたいにして・・・」
 
 申し訳なさそうにうつむく竜胆さん。
 オレは無言のまま、その頭を優しく撫でる。

 「え?」

 顔を上げた竜胆さんに、オレはただうなずく。
 確かにあんな戦いを繰り返せば、どうなるかわからない。手足の一本くらいサヨナラしてしまうかもしれないが。
 少なくともオレが今、やるべき事は。
 目の前の小さな女の子に、もう一度笑顔を浮かべてもらうこと。それに間違いはないのだから。 

 「・・・ありがとう、お兄ちゃん」

 笑顔で礼を言う竜胆さん。

 「じゃあ、お話の続きだけど・・・うーん、とりあえず戻るね? エバちゃん、お願い」
 「ほいよ」

 言うが早いか、竜胆さんはオレの手を頭に乗せたまま、再びまばゆい光を放って変身を解除した。
 
 「・・・いつまで、触れている?」

 ギロリと睨まれて、オレはあわてて手を引っ込めた。

 「女の髪に気安く触れるな・・・さて、話の続きだが」
 「・・・」

 別人のごとくクール&シャープです。

 「この一ヶ月ほどで私が散らしたのは昨夜のものも合わせ三体。敵が現れる周期も位置も不明だが、出現すればウィンチェスターの能力に よって感知できる。そうなればすぐに連絡をするから、お前は全力で駆けつけろ」

 と言って、竜胆さんは携帯電話を取り出す。そして。

 「お前の番号は?」
 「・・・」

 オレも電話を取り出す。
 とは言っても、こちらに越してきてすぐに購入したものの、いまだ一件の登録もない悲しき電話。
 殺人鬼と電話やメールのやりとりする人なんていやしませんから。
 よってこれは、ただ日々、充電されたエネルギーを待ち受けで消費していく電話の形をした充電池。
 当然、そんな電話の番号など覚えていない。
 
 「・・・」

 扱いなれないこの電話の番号はどう表示するのかと悪戦苦闘するオレ。
 桂先生ほどではないものの、中継アンテナどころかアンテナショップすらない山奥で育ったオレには、最近の若者のような基礎知識が欠け ているのであります。
 電話をかける、メールをうつ、くらいの知識はあるものの、設定やらなんやらといった部分は、なかなか難しく感じる。
 ああ、でも、まず竜胆さんの番号を登録して、こちらからかければ・・・などと、電話をいじり回していたオレを見かねたのか。

 「貸せ」

 と竜胆さんが言いつつ、オレの手から電話を奪っていった。
 当然、オレが寸前まで開いていたのはアドレス帳のページ。
 登録件数0件のアドレス帳でございます。 

 「・・・すまん」

 それはアドレス帳を見た行為に対してなのか、中身のないアドレス帳を見たことへの謝罪なのか。
 ・・・どっちでもいいですけど。
 竜胆さんは、鮮やかな手つき、というのもおかしな表現だが、使い慣れた電話のようにオレの電話へと自分の電話番号を登録。

 「返すぞ。あと、今更だが名乗っていなかったな。私は葛 竜胆。高校一年だ。お前の名前は?」
 「・・・薙峰 梓、高一」

 最近は名前を聞かれる事が多く、深呼吸すら必要なく名乗るオレ。しかも今、何気に学年までスラスラっと。いやいや、成長しました。

 「ほう。男には珍しい声質だが悪くない。透き通るような・・・いや、何を言っているんだ私は。ふむ、薙峰、梓か・・・ん?」 

 首をかしげる竜胆さん。

 「つい最近、どこかで聞いたような・・・」
 「・・・」

 よくある名前、というわけでもないと思うけど、どこででしょうね。

 「まあいい。梓と呼ばせもらう。お前も私を竜胆と呼び捨てろ。同い年でもあるし、なによりも私達はこれより戦友となる。遠慮はいらん 、いや、むしろ遠慮などするな」
 「・・・」
 
 呼び捨てろ、と言われても。まぁ心の中では、そう呼ばせてもらいます。

 「あと、私の電話にはお前を偽名で登録してある。私が電話する時、お前を峰子と呼ぶからそのつもりでいてくれ」
 「?」
 「お前は私の電話の中ではこうなっている。そら」

 竜胆さん、いや竜胆が開いて見せたアドレス帳には、”梓川峰子”という登録があった。
 オレの名前をもじって明らかな女性名にしてある。
 しかし、なんでまたそんな事を。

 「すまんが私の事情だ。万が一にも、男の名前などを登録してあると、姉さま方に知られれば、どう遊ばれるかもわからん」
 「・・・」
 「誤解するな。私は決して姉さま方を疎んじているわけではないぞ。私のような不出来な者にも、それはそれは優しく接してくださる方達 でな。先ほども素晴らしい物を頂いたばかりだ」
 「・・・」

 まぁ、なにか色々と家庭の事情があるのだろう。
 ちなみにオレの携帯のアドレスにある彼女の名前は、”リン”。これまたシンプル。
 けれど、自分と同じ年代の女の子の名前が電話に入っているというのは、なんとも・・・悪くない気分。
 できれば。
 そう、できれば、桜先輩の名前を登録したいと思う!
 いや、とりあえず、現状は思っているだけで、まったく進んでいませんがね。
 携帯をしまい、竜胆はオレへとたずねかけてきた。

 「これで話は終わりだ。詳しい事情は、まあ、聞きたければ後々話す。それで今日の所は・・・どうする?」
 「?」

 どうするとは?

 「体の調子がよくなければ、もう一晩くらい泊まっていくか?」
 『コホン』

 途端、障子の向うから咳払いが聞こえた。あー、忘れていたけど、臘月さんがいたっけ。
 
 「ああ、気にするな。臘月にできるのは、せいぜい咳払いだけだ」
 『ゴホンゴホンゴホンゴホンッ!!』
 
 その言葉に触発されたように、えらい勢いで咳払いが連発される。

 「どうした臘月。風邪でもひいたか?」

 楽しそうに笑う竜胆。なんだかんだで、仲が良いのだろう。
 オレは立ち上がる。

 「ふむ。どうやら大丈夫そうだな。ああ、そうだ一つ言い忘れていたが、バルカロールの力を借りる時は、ただその名を呼んでやればいい 」

 オレはうなずく。

 「臘月、入れ」
 「はい、ようやくですね」

 臘月さんが音もなく障子をあけて入ってくる。しっかりとオレをにらみつつも。
 
 「表にいたなら話は聞いていただろう。ま、信じる信じないはお前の勝手だが、さっきも言ったとおり、何も聞くな」

 そう言えば、竜胆は臘月さんに何も聞くなと言っていたのに、今までの会話は筒抜けのはずだ。
 それがわかっていて、控えさせていたというのは、どういう事なんだろうか。

 「まったくです。お話中、何度この障子に穴をあけようかと思いましたが、それではそこの男と同じですし」

 いや、ほんと、すいませんでした。

 「竜胆様の正気も、今のお話も疑いはしません。けれどわざわざお聞かせ頂いたという事は・・・察するに、私はまた昨夜のように何かあ ったら、皆に内緒で駆けつけろという事ですか?」
 「さすがだな。話がはやい」

 つまり竜胆は、臘月さんの性格を見越して、話を聞かせていた上、協力してもらおうと企んでいたらしい。

 「お断りします。何も聞きませんが、何もいたしません」
 「ほーう?」
 「う」

 ジリッ、と竜胆が臘月さんに近寄る。手をわきわきとしながら。
 ズサッ、と臘月さんがあとずさった。頭の上を両手でかばって。

 「わ、わかりました・・・ですが、これっきりです、これ以上はありませんから」
 「ああ、ではよろしくな。ふむ、挨拶代わりだ、梓を玄関まで送ってやれ。ではな、梓。電話は肌身離すなよ」

 そう言って竜胆はさっさと部屋を出て行く。
 その間際、ふと足を止め。

 「アレを見て、あの戦いを見て・・・協力してくれるとは正直、思っていなかった。梓、お前は男だな」

 竜胆なりの褒め言葉なのだろう。ここでカッコよく微笑んで応えられれば最高なのだが。

 「・・・」

 オレは目をそらして、軽く手を上げた。
 ・・・いや、これでも精一杯カッコつけたんだけどね。
 だいたい、あんな気の強い美人から、優しそうに、かつ嬉しそうに、正面から褒められたら緊張しても仕方がない。

 「ふ、無口な男だな。それもまた悪くない。では、これからよろしくな」
 
 今度こそ竜胆は部屋から出て行った。
 しかし、年の近い女の子にここまで下の名前を連発で呼び捨てられたのは、久しぶりだ。
 今までオレを梓と呼んでいたのは、姉さんくらいなものだった。
 ・・・あー、そういえば姉さん、怒ってるかな? 何も言わずに出てきたし。
 今頃、山ごもりから帰ってきて、梓はどこだーとか言ってるような気がするけど、まさかこっちにまで来ることはないだろう。
 ・・・と思うんだけど、姉さんのやらかす事って予測できないし。
 これで今日、家に帰ったら姉さんがいたいりして。
 姉さん、自覚ないけど他人の世話焼くの大好きだし。
 帰ったら、メイドさん登場だーとか言って、面倒みにきたぞー、とかさ。いや、さすがにそれはないか。
 
 「物思いにふけっている所、申し訳ありませんが」
 「・・・」

 と、臘月さんがオレを見ている。相変わらず刺すような視線で。

 「竜胆様が貴方を戦友と言った以上、竜胆様の従者である私としても礼は尽くしましょう」 
 「・・・」
 「とは言え、さきの話を聞いた限り、貴方の役割は盾との事」

 ここでひときわ、きっつい視線がオレを射抜く。

 「竜胆様がもし傷を追おうものならば、絶対に許しませんから」
 「・・・」

 臘月さんの目は相変わらず鋭い。しかしその鋭さの中には、不安と心配、そして悔しさがあった。
 
 「竜胆様が戦友としたのは貴方・・・その盾となりたくとも、私は後方を命じられたのですから」
 「・・・」

 竜胆は、きっとこの臘月さんを巻き込みたくなかったのだろう。
 オレが負傷した為、やむなくこういった形で協力してもらったとは言え、それも竜胆の本意ではないに違いない。
 確かにさっきの竜胆との会話からして、臘月さんは忠義の人だ。覚悟の量なんて、それこそそこらの男十人分くらいはある。
 けれど、臘月さんの外見は、見た瞬間から暴力沙汰には向かないと誰でも思うだろう。
 ほっそりとした体と、か細く白い首すじ。竜胆も雪のように白かったが、臘月さんも同じくらい真っ白。
 その上、女性の中でも小柄とも言える身長。座っているので正確にはわからないが、多分150センチくらい。
 ウエストはちょっと力を入れて抱きしめたら、簡単に折れてしまいそう・・・って、できるわけないけども、そんな事。
 足なんてオレの腕より細いしね。体重どれくらいなんだろう? 間違いなく片手でお姫様だっこできる。
 とにかく、そんな感じで全てのパーツが、なんと言うか小さくて細かい。
 ここまで来るとまさにお人形のような感じ。
 などと、上から下まで眺めていたオレは、ようやく気づいた。
 刺すような視線が、今まで以上に強烈な変貌を遂げ、もはや殺気にまでなっていた事に。

 「・・・ケダモノですか、貴方は」
 「・・・」

 本日、二度目の土下座。
 その後、オレは臘月さんに案内された裏口から蹴り出される様にして葛家を後にした。
 なんだかんだで、すでに三時を回っている。
 あんな大怪我をして寝込んだのが半日だけというのはまさに魔法。
 ま、人外魔境の戦いにも巻き込まれましたけどー。

 「・・・」

 リングをはめた手を太陽にかざし、軽く拳を作ってみる。
 一緒にご主人様を守ろうな、と思いを込めて。
 バルカロールは、なんの反応もない。どうやらこいつは、銀狼やバカ鳥のように饒舌ではないらしい。気が合いそうだ。
 けれど、今日が授業のない週の土曜でよかった。別に皆勤賞を狙っているわけではないけどね。
 ちなみに緋桜学園は第一・第三土曜が休みで、21日の今日は第三土曜だ。
 もちろん殺人鬼に予定なんてないわけで・・・。
 さて、これからどうしたものか、などと考えつつ初めて屋敷の外観を見て思った。

 「・・・」 

 廊下を歩いているときも大きな屋敷だとは思っていたが、ここまで大きい家だったとは。
 竜胆、まさしくお嬢様。臘月さんや、他にもお手伝いさんがいるみたいだったし。
 さらに驚いたことに、同じような規模の屋敷が隣に二軒続けて建っていた。
 どんな人が住んでるのか興味はあるが、こちらは裏口なので表札すら見えない。
 竜胆みたいなお嬢様が住んでいるのかも。
 笑うときは口元を手で隠したり、クシャミなんて小鳥のさえずり、みたいな。  

 「・・・」

 ふと、そんな仕草をする桜先輩を想像してしまう。

 「・・・」

 ・・・あ、ダメだ。どうにもイメージがかけはなれて、想像すらできない。
 さすがに大口開けて爆笑したり、オッサンのようなクシャミはするはずないけど。
 ・・・ここにいても仕方ない。とりあえずオレは帰宅する事とした。



 ――その頃の春日家、桜私室。
 
 「あはははははは!!」
 「ふふ、面白いわね、この映画」
 「うぁ? ・・・ふえっ、うえっくしょーい! ちくしょーめッ!!」
 「あら、桜? 風邪?」
 「いやいやー。バカは風邪ひかないってことわざ、先生やってるのに知らないの?」
 「・・・桜。それ、ことわざじゃないわ」
 「今のはね。きっと、アタシを愛してしまったオ・ト・コが噂をしてたのよ? ふ、アタシって罪な女」
 「薙峰クンかも、ね」
 「え・・・? ・・・ん、もうー!」
 「ふふふ」





6/ 『戦士は二つにわけられる・・・選ばれし者と、巻き込まれちゃいましたーって者と』 END
next 7/『誤解には慣れましたけど、正直過酷です』





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