7/ 『誤解には慣れましたけど、正直過酷です』






 梓が竜胆の家を出たその頃。
 夢見台駅の西口改札出入り口を抜けた一人の少女が、辺りを見回しながら現れた。
 商店街の通りに面した改札口だ。土曜の夕方前となれば多くの人々達が通りかがる。
 そんな中で、彼女は実に目立っていた。
 長い髪を首の後ろで結び、着物の少女。
 さらりと流れる黒髪と、ほのかに薄紅色に染められた着物。帯と足袋は雪白。
 背筋の通った姿勢と、自然と浮かんでいる柔和な笑顔、古風な立ち居振る舞い。 
 遠巻きながらも、自然と視線が集まるのも無理はないだろう。
 ただし、それだけが原因では人が避けて通ることはない。

 「ここが夢見台市、ですか・・・なんて人の多い街でしょうか」
 
 刀を胸に抱いた着物の少女、谷地咲夜。
 なんにせよ、人通りの多い場所である。
 ティッシュ配りのアルバイトや、ナンパ目的でたむろしている若者もいるのだが、近寄る事ができない。
 それも当然だろう。刀だけでも視覚的、物理的に危険だというのに。

 「姉様、手土産は何がよろしいでしょうか?」
 「そうだなぁ。白襦袢一枚で、私をどうぞ、でいんじゃないか?」
 「ね、姉様、そんな、はしたない・・・」
 「冗談だ。ま、無難なところで夕食の用意だろ。客として行くんじゃないんだからな」
 「そうですね。では、そのように・・・掠様、何がお好きでしょう?」
 「弱気だな。嫌いな物でも美味いと言わせるぐらいの腕を見せてやりな」
 「は、はい!」

 咲夜にとってはいつもの姿の見えない姉との会話。
 だが、第三者にとっては刀を抱いた少女が独り言を言っているようにしか見えない。
 精神的にも確定で危険人物。自然、咲夜の周囲を人が避けて通るようになったのも納得である。
 
 「では、まずお買い物をしてから向かいましょう」
 「そうだな・・・さて、掠様はどんな男かね」
 「きっと凛々しくて威風堂々としている方ですよ」
 「そういうのが好みか? ま、ただのガキって事はないだろうよ。なにせ鷹乃、だ」

 その時。
 
 「この畜生が、待たんかぁ!」

 カン高い声が響く。
 咲夜が視線を向けた先には、人だかりを振り払うようにかけてくる男の姿。
 手には紳士バッグが握られている。

 「おう、誰か捕まえろ!!」
 
 ずいぶんと遅れて、その男を追っている中年男性が叫ぶ。
 いわゆるアレある。少なくとも慈善事業に関わっている風体ではない。
 加えてかなりの強面であり、それが怒声を撒き散らしながら走ってくるのだ。
 今の世の中、ただでさえ厄介ごとに関わらない事こそ護身である、という世知辛い時代。
 その上、こういう人まで絡んでいるとなっては、一般常識がある人間ならば関わるどころか、道をあける。
 だが、これこそがひったくり犯の狙いでもあった。
 万一、被害届けが出された所で、警察が真面目に捜査するはずもない。
 捕まった場合のリスクは高いが、足には自信がある。今までも何度となく、走り抜けた。
 なにより彼は弱い者から奪う事を良しとせず、奪うのは力ある者から、そして正面からという信条があった。
 今回もそれは成し遂げられようとしている。いつもであれば。
 しかし。
 ここに時代と常識から取り残された人物が一人。

 「姉様、あれは・・・?」
 「ひったくりだな。おーおー、オッサン、ハゲ頭真っ赤にして怒ってるな。タコだ、まるで」
 「だ、だめですよ、姉様、そんな言い方・・・捕まえましょう」
 「そーだな。礼にメシでもおごってもらうか。持ち合わせも寂しいところだし」
 「人助けです、姉様。そんなさもしい・・・」

 咲夜はひったくりを正面にとらえるように移動する。
 花子がリン、と鳴くが。

 「駄目よ、花子は大人しくしてないと」
 「まぁなぁ。流石にお前の出番はないわ」

 自分が抜かれないとわかると、リィン・・・と寂しそうに鳴りやむ。
 
 「では、参ります」
 「おう、やったれ咲夜」

 ひったくり犯は奇妙なものを眼前にとらえた。 
 淡い色の着物を着た・・・日本刀らしきものをもった少女が立ちふさがっているのだ。

 「オイオイ?」

 ひったくり犯、名を山本川 大海(ヤマモトガワ タイカイ)というこの青年。
 走力には自信あり、腕力にもそこそこ自信あり、というだけあり、ヤクザの若い衆くらいならば蹴散らして逃げる事もできる。
 しかし、相手は女の子である。初めての状況だった。

 「ムム・・・?」

 迂回しようと進路を変えるが、咲夜もまたそれにならう。
 結局、大海は止まるしかなかった。後ろからは怒声が近くなってきている。
 しかし大海にとって女の子を殴るどころか、体当たりやら突き飛ばすやらも、もっての他だ。
 ”女の子は大切に、かわいい女の子はもっと大切に”が座右の銘であるのだから仕方ない。
 
 「ほう、咲夜を見て止まったぞ。目は確かだ。なかなか腕がたつのかもしれんな」
 「そうですね、姉様。気を引き締めて臨みます」

 彼女の実力を見抜いて足を止めたわけではないのだが、咲夜はいくぶんかの緊張を体に張り巡らせる。
 大海が体を揺らし、フェイントをかけて誘うが、咲夜は目を細めて微動だにしない。

 「ぉうら、こんガキ! そのまま動くなや!」

 そうこうしている間にも、すぐそこまでバッグを取られた非一般中年男性がやってきている。

 「おっと、こうしちゃいられないッ」

 両者ともまったく別の意味ではあるが、大海にとって腕力でどうこうしたい障害ではない事にはかわりない。

 「なら、こうサ!」

 やけに爽やかな笑顔で咲夜へと駆け出す。

 「いざ!」

 咲夜が凛とした声で気合を発する。
 だが大海は寸前で体を横へ。

 「また会おうね、かわい子チャン!」
 「え?」

 そのまま跳躍し近くにあった犬の銅像(待ち合わせ場所の目印として親しまれている、通称ハナ公)を蹴る。
 ハナ公像を足場にし、さらに高く跳躍した大海の足は咲夜の背後へ着地していた。

 「あ・・・」
 「軽業師かよ、あの野郎」

 唖然とした瞬間にはすでに大海は走り出していた。
 それを追っていた中年が、咲夜を突き飛ばして駆けて行く。

 「あっ」
 「ジャマじゃ、こん役立たずが!」

 硬いアスファルトに投げ出され、尻餅をついた咲夜。
 
 「も、申し訳ありません・・・」

 謝る必要など微塵もないが、それでも頭を下げる咲夜。
 当然。

 「あんのタコハゲが・・・ッ!」

 姉はキレていた。
 そしてガチガチガチガチッと鳴り響いているのは、己が力で刃を晒さんと鍔鳴りしている花子である。
  
 「だ、だめです、姉様! 花子も落ち着い・・・あ・・・」

 瞬間、咲夜は見た。
 新たに現れた人影を。





 偶然というものは、起こりそうにない事を指す。
 ならばこれは偶然といっても差し支えないだろう。
 アレな人に追いかけられている、ひったくりに立ちふさがった二つ目の影。
 すなわち、時代と常識にとらわれず、自らの心を自らの体で示す女に。

 「ヤヤ!?」

 大海は目を疑った。
 美少女の横を駆け抜けたと思ったら、次は目を見張るほどの美人との連続邂逅。
 ただ、その服装にも目を見張った。

 「今度はメイドさんときたッ!?」

 どう見てもメイドだった。その丈の長いスカートをひるがえした女性は高らかと。
 
 「義をみてせざるは勇なきなり、機をみてせざるは優なきなり! 真王寺 要、参る!!」

 透き通った声で名乗りを上げた。
 威風を声に乗せ堂々としたその姿は、ゆえにまさしく威風堂々であり。
 そして極めて場違い。だが当人は、それに気づくことなく、ひったくりを指差し。
 
 「さっきの軽業は見事だったが、同じ手は通じねぇ! 外道、邪道と言えど、その道さらに進みたくば・・・」

 弧を描くように振るった拳で風をきり、硬いアスファルトへブーツを叩きつけ、要は真王寺の構えをとり。

 「あたしを倒し、踏み越えて行きなッ!」

 その目には挑むような喜び、その口元には不敵な笑み。

 「く・・・・アツイ!」

 大海も少々と言え腕には覚えのある男である。
 熱いのは嫌いではないが、やはり座右の銘”女の子は大切に、かわいい女の子はもっと大切に”は破れない。
 しかし、ここにはさきほどのように跳躍の為の足場がない。そしてまたフェイントでどうこうなる相手でもないと見てとれる。

 「なら・・今度はこうだッ!」
 「よっしゃ、来い!」

 大海はクルリとその場で回転した後、素早くバッグを宙高く投げる。
 それは要の右後方へと飛んでいく。

 「お?」

 一瞬の隙をついて大海は走った。
 バックとは逆の、要の左後方へ抜けるように。そしてあっという間に人ごみに紛れて逃走した。
 つまり、どういう事かというと。
  
 「・・・獲物を捨てて、逃げを打つとはなぁ」

 要から見れば、ひったくりの男の腕はそう立つものではないと判断していたが。
 まさか初手から、しかもバッグを囮にしてまで。

 「引き分けってとこかな」

 要は苦笑して、落ちていたバッグを見つけて拾い上げる。
 ようやく追いついたアレな人がそれを見て。

 「おう、姉ちゃん! よこせ!」

 と、礼すらなく奪いとる。
 要も基本は礼節を尊ぶ人種である。相手の職業はともかく、傍目から見て悪いのはひったくりだと判断したゆえの手助けだった。
 しかし、この態度にはいささか思うものがある。

 「おい、オッサン。ずいぶんと礼儀知らずだな。見返りが欲しくてやったわけじゃないが、礼の一つも言えねーのかよ」
 「うるさい女だな、とっとと消えろや・・・ん?」

 男がバッグの中を確認した瞬間。

 「な、ない! なんもかんもない!」
 「・・・ああ、あの時か」

 バッグを投げる瞬間、不可解な動きがあった。攻撃を仕掛けるでもないのに、こちらに背を向けて回転していた。
 おそらくあの瞬間に全ての中身を抜き出したのだろう。

 「軽業の次は早業か。参った。あたしの負けじゃねぇか、はっはっはっ!」
 「おのれは何を呑気にわらっとるか、こんボケが!」

 要の我慢はここまでだった。
 礼儀知らずとは言え、被害者であり目上の者である。相手が無礼であっても、自らは律していたが。
 殴りかかってくるならば、それは敵だ。

 「ふん」
 「な、ぐほ・・・う」

 要の防御に、いなす、かわす、はない。
 前身に構えた左腕で全てを受け、腰だめから右の正拳。
 要の義祖母とは全くの逆である。かつて要は義祖母にそういった技術を請うたが、それは受け入れられなかった。
 代わりに、あらゆる力を受ける技を叩き込まれたのだ。義祖母いわく、それが真王寺本来の姿だと言う。

 「おの、れ・・・」
 「へえ?」
 
 中段を喰らってなお、ヒザをつくだけの男に要は感心した。
 だが。

 「ぐぅ」

 そのままパッタリと倒れる。

 「やせ我慢かよ。なんとも呆気ない」

 乱れたメイド服を直しながら、要は歩き出した。
 野次馬が海を割る如く道を開けたその先には。

 「おーい、大丈夫か?」
 「あ、はい・・・」

 倒れたままの咲夜に手を差し出す要。

 「まったく。ならず者もいいとこだったぞ。手助けするどころか逆にのしちまった」
 「・・・」

 しかし咲夜は要の手をとらず。ただ呆然と要を見つめていた。

 「ん? 頭でもうっちまったか?」
 「威風堂々として・・・凛々しい方・・・」

 その一言に反応したのは姉。

 「お、おい、咲夜? 咲夜?」

 しかし頬を染めた咲夜には姉の声さえ届かなかった。
 
 「ほら。どっか痛いのか? とにかく立ちな?」

 要が強引に咲夜の手をとって、立ち上がらせる。勢いあまって咲夜はよろめき、要の胸へ。

 「おっと。軽いなぁ、あんた」
 「なんて強引・・・でも素敵・・・」
 
 メイド姿の美女と着物の美少女が抱き合う。
 それは確かに美しいのだが・・・街の往来という場所を考えると、そういった意味も含めて出会ってはいけない運命の出会いであった。
 

 「けれど・・・咲夜には・・・咲夜には掠様というお方が!」

 要の胸から逃げるようにして、咲夜は走り出した。

 「なんだ・・・ありゃ。ま、都会だし、変わった奴の一人や二人はいるか。さて、と。梓の家はどう行くんだか」

 変わった奴の一人二人の仲に自分が確実に含まれる事など、当然考えも及んでいない。
 そんな要はメモを取り出し、なんとなく見当をつけた方向へと歩きだした。





 オレは竜胆の家を出た後、結局する事も見当たらず街を散策していた。
 せっかくの休日、一人さびしく家でボーっとするのも何か違うので、せめて賑やかなところへと足を向けてみた。
 そうして今歩いているのは、繁華街の中でも遊戯施設の最も多く、当然、若者も多い通り。
 アクセサリーショップ、オープンカフェ、ゲームセンターなどが軒先を連ねている。
 土曜の夕方という事で人通りも多く、皆一様に楽しそうに歩いている。
 主にカップルとか。

 「・・・」

 なんというか、世間がとてもうらやましい。
 対してオレのここ最近の出来事と言えば。
 学校では殺人鬼と呼ばれ、深夜の公園で死に掛かり、助かったと思ったら、不思議すぎる戦いに巻き込まれる。
 刺激的過ぎて、どうにもめまいがしそうだ。
 できれば、恋と青春の方向で刺激的な高校生活を送りたかったと思うのは、神様、わがままな事なんでしょうか?
 ふと、桜先輩の顔を思い浮かべる。

 「・・・」

 この街にやってこなければ、確かに殺人鬼だの、死に掛かるだの、こんな指輪をはめる事もなかった。
 だけど。
 桜先輩にも会えなかった。

 「・・・」

 再び、道行人々を見るオレ。
 さっきまでは一転して、妙な優越感が湧き出る。
 今、ここにいる人たちの中で、どれほどの人が今のオレのような気持ちを抱けるだろう。
 だって、一目ぼれした相手が、性格もこれまた可愛くて、しかも友達思い。
 
 「・・・」

 ・・・充分、恋と青春が刺激的。
 確かに今はまだ番犬扱いだけど、ゆくゆくはその、ねぇ?
 と、そんな事を考えながら歩いていたオレは。

 「あ!」
 「・・・」

 曲がり角から飛び出してきた影と衝突。いつもなら回避できるものの、桜先輩の笑顔とか思い浮かべていたら無理です。
 とにかく、まずは相手の無事を確認しようと視線を向けると。

 「いたたた」

 地面に放り出されたようにして、転んでいるその姿は小さな女の子。
 長い三つ網もまた地面で輪をつくっている。
 あわてて、手を差し出すオレ。

 「あは、ありがと。紳士なんだね?」

 その幼い容姿には似合わない言葉と大人びた笑顔でオレの手をとる。
 瞬間。
 天地が逆転した。

 「・・・?」

 この感覚・・・婆さんのアレ、か?
 すぐに自分の体の状況を把握し、身をひるがえすオレ。そこまでせまっていた地へ足を向け、ことなく着地する。
 そう。
 オレは今、投げられていたのだ。
 手を接点として、ほとんど崩しのない状態から投げられた。見事と言うしかない練度。
 しかしそれは一般学生レベルの話として、だ。
 あいにくオレは、もはや神技の域の技を何度も経験している。
 そう、婆さんの投げには遠く及ばない。あの人の投げはもう何がなんだかわからないレベルだ。
 さんざん投げられたが、今にしてもどうゆう作用で投げられたのかサッパリわからない。
 ・・・と。
 なんでオレは投げられましたか、今?
 そんな疑問を抱えつつ、目の前の少女を見る。

 「そんな・・・今のをかわすのか?」

 そこにさきほどまでの年相応な無邪気さはない。
 あるのは驚愕と呆然、そして次第に憤怒へ。

 「・・・」
 「たかが痴漢ごときが、私の技を・・・」

 痴漢? どこに痴漢が? 大変だ、警察にー。
 なんてね。はいはい、どうせオレの事でしょうけど、誤解を解くのはもう無理。
 すでに少女の顔が怒りで真っ赤になっている。
 これは痴漢に向けるものではなく、自分の技を破った相手に対する武道家独特の目。

 「ふん、いいだろう。勝負してやる、たかだか痴漢ごときにナメられる私ではない!」
 「・・・」

 どうしろと。
 だいたいこの子、年はいくつなんだろうか。
 見た目、幼く見えるけど、さっきの技のキレはそれなりに年を重ねた修練の結果手にできるレベルのはず。
 中学生では無理だ。少なくとも高校生・・・かなぁ?
 それほど幼い外見だが、目の光の強さは、鍛錬を積み重ねた時間に比例する。
 でも同い年、もしくは年上とはとうてい思えない。
 
 「貴様もさっきの動きからして何か使うんだろう。名前くらいは聞いておいてやる」 
 「・・・」

 こんな野次馬が集まった状態で、さらに痴漢呼ばわりされているのに名乗れとは、なんと残酷な。
 まぁ、それはなくとも、どうせ口は開きませんけど。

 「なんだ、その目は。名を聞くからには、私から名乗れという事か? たかだか痴漢の分際で!」
 「・・・」
 
 もうね。どうしましょう。

 「いいだろう。お前を血の海に沈める私の名、その魂まで刻んでおけ!」

 物騒な。
 というか、そんな名乗り上げなんてされたら、オレとしてはとても困る。

 「私の名は、もぐぁ!!」

 もぐぁ?

 「はいはい、すいませんね。皆さん、おさわがせしましたー。そこのキミもごめんなさいねー」 

 と、曲がり角から現れた新たな登場人物が、オレたちを見るなり、もぐぁさん(仮)、の口を後ろからふさいでいた。
 女の子にしては背が高く、オレよりも少し高いほどだ。

 「まったく。勝手に先に行ったと思えば、またこんな騒ぎを起こして・・・ん、今回は暴れてないみたいで良かったわー」

 いや、すでに暴れていましたけどね。ただ被害がなかったというだけで。

 「うがぁ、放せ! この痴漢に天誅をくだしてやるのだ!」

 と、オレを指差す。
 う。痴漢じゃないです、決して。と目で語ってみるが。

 「はいはい。あ、キミ、ちょっとゴメンね」
 「・・・」

 終始なごやかな笑顔のその人はオレに向かって。

 「てんちゅーてんちゅー」
 「・・・」

 オレの頭にチョップチョップ。

 「さ、これでいい? キミもごめんねー。今度あったら、お詫びにお茶でもおごるからー」
 「だぁー! ふざけるな、お前はいつもいつも、そうやって!」
 「いつもいつも勘違いで騒動を起こしてるのは、あなたでしょー。休憩はおしまい、まだまだお仕事残ってるんだからー。さっさと着替えて戻るわよー」
 「三つ網を持つな! おい、貴様、覚えておけ、次に会ったら、痛い、ひっぱるなー!!」
 
 そうして、騒がしくも二人は雑踏の中へ消えていった。

 「・・・」

 なんだったんだろうか。
 
 「・・・」  

 もし再会してしまったら、すぐに逃げ出す事にする。
 今回はたまたま事なきを得たものの、こうも上手くいくことは少ないしね。
 ま、広い街だから、そうそう出会うこともないだろうし。
 間違っても桜先輩の前で、見た目幼い子に痴漢なんて呼ばれたら、多分泣いちゃう。





 駅のトイレで着替えた二人は、今や装いを変えて制服姿だった。
 せっかくの休日を朝から仕事で潰す気にはなれず。
 かと言って街を歩くのに制服では目立つので、わざわざ着替えてを駅のコインロッカーに詰めて、気分転換も兼ねて街で食事や買い物をしていたのだが。 

 「よかったわねー。制服じゃなくて。ウチの学校の子もけっこういると思うしー」
 「ふん!」
 「はー。四月もようやく終わるわねー。こんな休日登校ももうすぐ終わり、と」
 「ふん! ふん!」
 「なに、まだ怒ってるのー? どう見ても、というか、何も見てないけど、どうせまたあなたの空回りでしょー?」

 三つ網をもてあそびながら苦笑する。

 「今度こそ間違いなく痴漢だ! 曲がり角で待ち伏せて、突き倒すなど。わざとらしく助け起こそうなど、白々しい!」
 「つまり、あなたが前もまともに見ず飛び出したら、さっきの彼にぶつかって、起こしてもらおうとしたのよねー?」
 「ハッ! はためにはそう見えるかもしれんがな!」
 「どこから見ても、そうにしか見えないわよー、きっと」

 そうして二人は、校門をくぐる。
 
 「じゃあ、もうひと頑張りしましょうねー」
 「まったく。五月になったら、一年どもをこき使ってやってラクするぞ!」
 「生徒会長は、あんまりそういう事をいっちゃダメよー?」
 「大切な休日をこう何度も潰してたま・・・」

 と、その瞬間。

 「おお、お疲れ。どうだい、生徒会業務はもう慣れたかな、新生徒会長」
 「いえ。まだまだ前会長の足元にも及ばず、力不足を痛感しております。情けなくも、今日もこうして登校しておりますし」

 控えめな態度かつ、うやうやしく通りかかった教師に微笑む。
 完璧な生徒会長の姿である。

 「休みだというのにご苦労様。副会長も頑張ってな」
 「はいー、なるべく早く片付けますー」
 「副会長、手を抜くことはしていけませんよ。まがりなりにも、私達は学園の代表として責任を・・・」
 「ははは、今期の会長はずいぶんと厳しいな」

 好感の意で笑う教師に、生徒会長は恥ずかしげにうつむく。
 そして、教師が立ち去った後。

 「あー、肩こるー」
 「はい拍手、ぱちぱちぱちー」
 「さっさと済まして、帰るわぞ。パっと見だけ片付けて、あとは五月に回してさー」

 そうして二人は、書類舞う生徒会室へと向かっていった。





7/ 『誤解には慣れましたけど、正直過酷です』 END
next 8/『魔法少女、ちびっ子居合い使い、次はメイド・・・って!?』





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