「・・・まずい」

 彼女は財布の中を確認して、いや、確認するまでもなくわかっていたが。
 現実を見つめなおして、出した結論が。

 「・・・とても、まずい」

 だった。
 この国では珍しい、銀髪の持ち主の顔色はかなり切迫したものだった。
 せまい自室に置かれたテーブルの上の手紙を、あらためて読み返す。
 隣の街に住む男性からの手紙は、とても長い彼女への賛辞がつらなっている。
 そして、最後の一文に、

 『次の満月の晩に晩餐会を開きます。勝手ながら招待状を同封いたします』

 とあり、その通りに金箔で飾った招待状が入っていた。
  
 「・・・仕事・・・行かないと・・・」

 苦悩しても解決策はなく、彼女はいつもの時間、いつものように職場へと向かった。






 街には、様々な人間がいる。
 真新しい装備を身に着けた新米ハンター。
 数え切れない傷を、武具と自身に刻んだ熟練ハンター。
 子供たちの目を輝かせる話をする引退ハンター。
 そして、それらを取り巻くギルドメンバーや商人たち。
 彼らは入れ代わり立ち代りに、街へと活気を与える。
 それらはどこの国のどこの街にもある光景だ。
 だが、それらの人々の顔は変わっていく。
 ハンターとは、決して長続きする稼業ではないのだから。
 死と隣り合わせであり、死がいつも側にある。
 新米が熟練となるまでには、その何倍ものハンターが、命を落としている。
 だからこそ、多額の報酬や、名誉、地位・・・といったものが、得られる唯一のものでもある。
 そして熟練からさらに、英雄とまで言われたハンターもまた、唐突に姿を消す。
 狩りなれた得物が相手であろうと、油断の一切がなくとも。
 街に帰ってこない英雄は何人もいる。
 壮絶な死を遂げた者もいるだろう。
 死神に見初められた不運な者もいるだろう。
 街に残った者は、ただ想像するしかない。
 そして、酒場で英雄が座っていた席に、一人、また一人と、酒の入ったグラスを置いていく。
 それが、ハンターにとっての墓標であるかのように。
 彼らは、いつまでも英雄であるのだから。





英雄たちの知られざる戦い(前編)






 「メイラ、これよろしく!」
 「はーい!」

 三つ網にした銀髪を振り回し、酒場を慌しく動き回る。
 手にはボボ酒や、ホタテチップ、顔は汗を浮かべても、快活な笑顔で。
 ここはハンター達が依頼や休憩をする、ギルド直営の酒場である。 
 看板娘として名を馳せたメイラは、すでにここで1年ほど働いてる。
 
 「よぉ、メイラ、これ見てくれよー!」

 酒を運んだテーブルには、四人のハンターが囲む、狩りの成果があった。
 青い皮が何枚か、その上に、まばゆい宝石が二つ。

 「あら、ノヴァクリスタルじゃないの。それも二つも」

 四人のハンターは、いっきに破顔する。

 「さすが、メイラ!」 
 「わかってるねぇ。滅多に見れるもんじゃないのにな」

 ゲリョスの討伐で、ごくまれに手にする事ができる希少鉱石。
 ハンターの集う酒場で働いていれば、素材などには詳しくなる。
 それでも、こういった希少な品をすぐに見定める事は、なかなか難しい。
 
 「売れば大もうけね。それとも何か作るの?」

 またまたハンター達が、笑顔を深くする。
 素材の価値もわかり、その使い道までわかっているのだから、話もはずむ。

 「いやいや、それが悩みどころでなぁ」
 「素材として使いたいのもあるが、俺達は四人だろ?」
 「やっぱ売った金を分けるのが公平だろ?」
 「どうしたもんかな。メイラどう思う?」

 メイラは笑う。

 「四人なら誰が使ってもいいじゃない? そうしてアンタ達はまた強くなるんだから。パーティなんでしょ?」

 四人は一瞬、顔を見合わせ。

 「そりゃそうだ!」
 「大の男が四人で、セコイ事言ってるのが恥ずかしいな」
 「メイラ、ありがとよ」
 「まったくだ!」
 
 話は盛り上がり、最後は気分も良くしてくれる。
 そして、なによりも、彼女が美人である事。
 これだけ揃えば、メイラを看板娘に押し上げ、いまも不動の位置なのもうなずける。

 「メイラー、こっちも見てくれよ!」
 「なーに? 何かくれるの?」
 「おおーい、メイラー!」
 「あら、お久しぶりね。その顔は成果ありかな?」

 次々に、名前を呼ばれるメイラ。
 ただ、これでは、他に働いている女達はおもしろくない。
 と、それが普通なのだが。

 「きゃ!」
 
 奥のテーブルから、小さな悲鳴があがる。
 メイラが目を向けると、いかにもといった風体のハンター達が、一人の女給仕をからかっている。
 初めて見る顔だ。どこかの街からやってきたのだろうが・・・

 「やめてください!」
 
 涙を浮かべて、つかまれた手を振り解こうとする、栗毛の女給仕だが。

 「一緒に飲んでくくらいいいだろうが」
 「そうだぜ、ネェちゃん。俺達は街を守るハンターだ」
 「そうそう、感謝の気持ちってヤツでさ」

 他の女給仕たちは、すぐにメイラにかけよってくる。
   
 「メイラ、メイラ!」
 「あなた達は、いつものように他の客達をお願いね」
 
 それだけ言って、メイラは近くのあったテーブルのハンター達に。

 「あとでおごるから、コレ、ちょうだいね」

 飲みかけの酒の入ったグラスをあるだけ、手にする。
 ハンター達は自分の酒を取り上げられたにもかかわらず、ニヤニヤと、親指を立てて見送る。
 他の女給仕たちが、すぐに、いまにも立ち上がりそうなハンター達をおさえにかかった。
 
 「ねぇ、アンタ達」

 四人が、メイラの声に視線を向ける。

 「なんだい、アンタもつきあってくれるの?」
 「こりゃ美人だわ」

 メイラは、とても優しい笑顔で。

 「今日はご苦労様。コレ、アタシからのおごり」

 持っていた酒を四人の頭へぶちまける。

 「ぶわっ」
 「この女・・・!」

 その怒声がかききえるほどら、一斉に笑いが沸き起こる。
 
 「街を守ってやってるだって? そんな装備で笑わせるんじゃないよ!」

 ハンターであれば、誰もが自分の武具には、誇りと愛着を持っている。
 普段のメイラならば、絶対に口にしないが。

 「ああん、この女、レイア装備も知らねぇのか!」
 「酒場で働いてるなら、常識だろうが!」

 確かに四人とも、レイアとレウスで全身を固めている。
  
 「傷一つない防具ってのは、女の洋服にも劣るわよ!」

 四人の顔が、一気に真っ赤になる。羞恥と怒りだ。
 しかし、メイラの言葉はまだ続く。

 「その上、他のハンターの剥ぎ残しで作ってるなんて、見ればすぐわかる!」

 これを聞いて、ハンター達は、四人とも口を閉ざすしかなくなった。
 武具の素材というものは、なかなかに選定が厳しい。
 戦闘中の損傷や、老化、鮮度により、使えるものは結果少ない。
 ハンターは、それを見極めて無傷な部分を剥ぎ取り持ち帰る。
 そして武器屋に渡し、使えると判断されるものは、五個から十個というのが平均だ。
 だが、それらの廃棄素材をうまく入手して、劣化した武具を作る事はできる。
 そういったものは、たいていが、いびつな形や色をしているが、素人に見分けにくい。

 「酒場の女の眼を甘くみるんじゃない!」

 もう言われ放題である。
 そして、この後の展開は、ほぼ決まっている。

 「この・・・女!」
 
 その一、殴りかかる。
 メイラは軽くかわす。足をひっかけるのも忘れない。

 「おわっ!」

 転倒したところへ、ヒールで一撃。
 
 「てめぇ!」

 その二、つかみかかる。
 メイラは軽くかわす。足をひっかけるのも忘れない。
 
 「うお・・・!」

 転倒したところへ、ヒールで一撃。
 これが人数分続くのである。
 しかし、この日は違った。

 「いい気になるんじゃ・・・ねぇ!」

 残り二人が、こともあろうに武器を持ち出した。
 さすがに、これは、周りで笑っていたハンター達も各々が武器を持ち、立ち上がった。
 しかし、誰もが間に合わない、そう思ったとき。
 
 「黙れ」

 それは、よく通る、透明感のある声だった。
 すぐ隣で、一人、騒ぎにも目をやらず飲んでいた男だった。
 黒髪で、どことなく影はあるが、目鼻立ちの整った男である。
 店売りのバトル系装備を腰と足だけにつけた、いかにも新米ハンターの格好である。

 「酒がまずくなる。消えろ」

 ただ、その態度は、新米としては不遜すぎる。
 当然ながら、二人の怒りを買った。   

 「・・・お前、相手みてケンカうれよ?」
 「バトルでクック狩ってるような、うげ!」
 
 最後まで言う前に、拳が飛んでいた。
 呆然としている残り一人には、蹴り。同じように吹き飛ぶ。
 
 「・・・酒、もらえるか?」
 「あ、ええ」

 メイラは呆然とうなずく。
 黒髪の青年は、何事もなかったように、また席に座り、メイラに注文をする。
 その後、ハンター達から、拍手喝さいが送られた。

 「やるねぇ、兄ちゃん!」
 「クックばっか狩ってる新米かと思ったら、なかなかだ!」

 周りを囲むハンターからの賛辞をわずらわしげにしつつ、青年はグラスを傾ける。

 「・・・あの男」

 メイラは思う。
 あの青年は、最近、この街に現れた新米ハンターだ。
 新品の装備に、受ける依頼はクックのみ。
 だが、それを毎回成功させている。何日も続けて・・・
 さきほど、メイラが呆然としたのは、青年の目を見たからだ。

 「探ってみるか」

 ころあいを見て酒を持ち、メイラは青年のテーブルにおく。
 囲んでいたハンターは、青年が何も反応しないので、飽きて、元の場所に戻っている。

 「さっきはありがとう」
 「・・・」
 「まさか武器を振り回してくるとは思わなくて・・・」

 メイラ自身、ちょっと媚びすぎかなという程に、可愛く話しかける。
 そして、一緒のテーブルに腰掛ける。

 「お、メイラが落ちたか!?」
 「おいおいおい、マジかよ!」

 外野は無視しつつ、メイラは話を続ける。

 「その黒髪からして、出身はノーブル?」

 青年は何も言わない。ただ、酒を飲み続ける。
 メイラは男の装備を改めて確認する。

 「真新しいバトル装備に、歯の磨り減ったアッパーカリンガ、か」

 青年は何も言わない。 

 「同じ頃に揃えたものとは思えないわね」
 「・・・」

 メイラは笑う。
 新品同様の装備は、単純にダメージを受けていないからであり。
 磨耗している武器は、狩りの激しさを物語っている。
 青年は何も言わない。

 「ノーブルで突然、姿を消した片手剣使いの英雄知ってる? 『黒き灼熱』・・・だっけ?」
 「・・・」
 
 青年が初めて、メイラと目を合わせた。

 「追われてるらしいわね。彼ほどのハンターが何を恐れているのかは、誰も知らないけど」
 「・・・何が望みだ」
 
 メイラは笑った。

 「ちょっと手伝って欲しいのよ」
 「・・・だから、女は嫌いだ」





 かつて、グリードという国に、一人の英雄がいた。
 銀の疾風。
 銀色の長髪をなびかせ、ランスを操る女傑。
 しかし、彼女は老山龍に一人立ち向かい、そして戻ってこなかった。
 そして老山龍もまた、人々の前から姿を消した。
 ハンター達は、相撃ちとなって最期を遂げたのだろうと、口々に彼女の死を悼んだ。
 だが、実際は。





 「こんな事、言いたくないけど、もう27歳なのよ」
 「オレより年上か」
 「うるさい」

 場所は、メイラの自室である。
 一つしかないテーブルに、向かい合わせで座っている。
 テーブルには、ボボ酒と、例の招待状。

 「25歳の時、アタシは悟ったわ」
 「なにを?」
 「このままじゃ、結婚できないという、とても悲惨な事を」
 「だから?」
 「ラオシャオロンを倒して、そのままこの国に流れ着いてきたわ。アタシを誰も知らないこの街に」
 「それで?」
 「この街で普通の女性として、暮らして、ステキな旦那様を見つけようとしたのよ」
 「結果は?」
 「・・・いいから黙って聞いてなさいよ、逃げた英雄」
 「・・・わかった、とうのたった英雄」
 「くっ・・・それで、半年くらい前にね」 

 それは偶然だった。
 街には不釣合いな身なりをした男が、数人に囲まれていたのだ。
 メイラとしては、見ないフリという選択肢はない。
 すぐさま、声をかけて、ヒールの音が人数分響いた。
 男は従者とはぐれた、隣の街の貴族だった。
 礼をしたいというので、名前を教えたら、次の日、自宅に花と手紙が送られてきたという。

 「内容は?」
 「要約すると、多忙だから会いに行けないけど、これからも手紙を出していいですか? って、ていねいに」
 「運がいいな。貴族なら理想的だろう」
 「そうなのよ。同じ年ぐらいだったし、なかなかいい男だったし」

 メイラは青年を見る。

 「あなたも、まぁ少しは・・・ウソ。かなり、いい男だけどね」
 「どうでもいい」
 「・・・冷めてるわよね。アタシはタイプじゃない?」

 ちょっとは自信あるのよ? と、小声で言ってみるメイラ。

 「美人だ。それは認める」
 「ありがとう。ホントにうれしいわ」

 口数の少ない男の賛辞は、嬉しいものである。
 しかし態度が落ち着きすぎてるのが、気に食わない。
 青年を部屋にあげてから、しまった、とも思ったのだが。
 羊さんのままで、狼になる気配はまったくない。

 「あなた、実は男の方が・・・」
 「話を続けろ」
 「はいはい。まぁ、そんなワケで、このチャンスは逃がしたくないのよ」
 「オレが関わる部分があるのか?」
 「わからない? まぁ、男じゃムリないか」
 「・・・?」
 「ドレスと装飾品代よ。貴族様の晩餐会ってのは、つまり、女性の戦場よ」
 「女なら、それくらい持ってるだろう」
 「せいぜいハンター装備ね。周りは、最低レウス級」
 「・・・攻撃をかわせば、どんな龍も倒せる」
 「例えよ、例えの話!」

 メイラは、とにかく! と続け、

 「これからの五日間はレイアとレウスを狩りまくるの。それを手伝って欲しいのよ」
 「・・・」

 青年が渋い顔をする。

 「何よ、別に怖いワケじゃないでしょ?」
 「・・・」
 「それに、クックばっかり狩ってて、バカにされてるじゃないの。元英雄として、面白くないでしょ?」
 「・・・目立ちたくない」
 「は?」
 「五日もレウスを狩り続ければ、目立ちすぎる」
 「・・・ああ、つまり追っ手があなたを見つけるかもしれない?」
 「いや・・・」

 青年は、目を閉じて。

 「確実に見つかる」
 「ふぅん。でも、断れないわよ」
 「なんだと?」
 「断ったら、明日の晩には酒場のみんなが、あなたを英雄って呼ぶコトになるから」
 「・・・三日でどうだ」
 「五日」
 「四日で・・・」
 「五日」
 「・・・わかった。他言無用が絶対条件だ」
 「ええ。いい仕事ができそうだわ」
 「女は嫌いだ・・・」


続く・・・





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