「ここも・・・やられてる」

 レンシィは自分の獲物になるはずだったものを見て、目を細める。
 これで五箇所目だった。
 ここも含めて、荒らされた狩場をレンシィ以外で知る者は少ない。

 「妨害か、嫌がらせか・・・」

 この調子では、他の狩場も似たようなものだろう。

 「尾行されていたのかもしれない」

 竜の気配には敏感だが、人の気配には注意を払わない。
 逆に言えば、余計なものに気をやれば、それが命とりになる事もある。

 「私に負ける事が、そんなにも腹立たしいの?」

 レンシィは足元に転がるそれを蹴る。
 
 「これだけデカくなったのは、そうないってのに」

 しかし、ここで愚痴を言っている場合ではない。
 契約の時は、明後日の朝まで。
 使える時間は明日しかない。

 「・・・仕方ない。あそこへ行くしかないか・・・」





 世界に英雄は多い。
 『黒き灼熱』、『銀の疾風』、『血風の花弁』、『雷光の薔薇』、『破壊の蕾』・・・
 挙げればキリのないそれらだが、彼女もまさしくそうだった。
 しかし、表立って語られることはない。
 彼女は常に一人であり、またその姿を知る者も少ないのだから。





誇り高き女ハンター (前編)





 
 次の日の朝、レンシィは、普段はまず足を向けない酒場へと出向いた。
 一番奥の席、酒場の入り口の見える場所に座り込み、入ってくるハンター達を見定める。

 「使えるヤツが三人・・・せめて二人は欲しい」

 今日の狩場はレイアの巣が近くにある。
 その上、繁殖期のせいで、レウスが数頭、徘徊してレイアを奪い合っている状態だ。
 気性の激しい複数のレウスから逃げ、さらにレイアの巣を通り抜けた先が目的地。 
 たいていのハンターは断るだろう。しかも自分には、それに見合う報酬など出せないのだから。
 金銭以外にレンシィが払えるものと言えば、そう多くない。
 彼女は女だ。
 十人に聞けば十人が美人と言うであろう女。
 ならば、答えは一つ。

 「強くて・・・だましやすい男が欲しい」

 とても、たくましい女性だった。
 そうして、ハンター達の武具や雰囲気などを観察し続ける。
 朝食が並んでいたテーブルには、すでに昼食となっていた。

 「めぼしいのは・・・アレとアレか」

 それでも及第点とはいかない。
 装備はそこそこだが、力不足の感は否めない。
 それでも、目的地まではたどりつけそうではある。
 たどりついた時には、自分一人になっていそうだが。
 往復できなければ、意味がない。

 「うーん・・・おっ」

 新しく入ってきたハンターの身なりは、リオソウルに全身を包んでいる。
 レンシィ以外の皆も、さすがに驚きと賞賛の視線を注いでいる。
 そのハンターがテーブルにつくと、早速、何人かのハンター達が話しかけてる。
 レンシィも、聞き耳をたてつつ様子をうかがう。

 「ソウル一式そろえる腕なら一人でも・・・」

 集まってきたハンター達と話すため、カブトを脱ぐ。
 この国では珍しい黒髪、そしてその素顔は。

 「・・・次」

 彼女は女であった。
 とても、面食いな女性だった。
 と、そこへ。

 「あら、『孤高の鷹』じゃない。こんな所でどうしたのかしら?」

 突然、横からかけられた声に視線をやると、見慣れてしまった顔があった。

 「・・・何か用? 『蜘蛛の碧眼』」
 「やめてよ、その呼び方。好きじゃないのよ!」
 「私がつけたわけじゃないでしょ。で、何か用なの、サバーラ?」
 「・・・ふん。まぁいいわ。ところで。こんな所でずいぶん余裕じゃないの?」
 「別に私が、どこで何をしていようと・・・」

 レンシィは気づく。
 いつもであれば、もっと意味のない事で難癖をつけてくるサバーラ。
 その様子は常に、不機嫌な顔であるのだが。
 
 「明日までじゃなかった?」
   
 レンシィはその言葉で全ての納得がいった。
 どうりで、今日は余裕たっぷりの顔でいるわけだ。

 「自分の成果が少ないから、他人の狩場を荒らしてってワケか。あいかわらずね」
 「なんのコト? さっぱり話がわからないわねぇ」

 青い目に嘲笑を浮かべてサバーラはなおも言葉を続ける。

 「さて、私はもう行くわ。今日は真紅の谷へ出向くつもりだし」
 「・・・」

 レンシィの目的地だった。だが、予想はしていた。
 どこで見つけたかは知らないが、サバーラの後ろには三人のハンターがいる。
 レンシィとは違い、サバーラは常に四人のパーティを組む。
 そして自身を司令塔として、四本の手で獲物を狩りつくすのだ。
 『蜘蛛の碧眼』と呼ばれるゆえんである。

 「今回の手足はずいぶんと・・・よく集めたものね」
 「仲間よ。仲間。まぁ、彼女達と会えたのは偶然だけどね」

 サバーラの偶然は金で買えるものらしいが。
 今回の三人は、金でどうにかなるタイプでないのが一目でわかる。
 生粋のハンターで、獲物を追う事に生きがいを感じる戦う者の光がある。
 ならば、何かしらの利害の一致があったのだろうが・・・

 「あ、リオソウルだ!」
 「こんなとこにいたか!」
 「ふふふ、とうとう捕まえましたわね」

 三人のハンター達は、さっきレンシィが目をつけたリオソウルのハンターの所に集まっていた。
 彼女達のレベルでも、やはり珍しい装備なのだろう。
 だが、なにかしらを三人が会話をした後、リオソウルの男が激昂して立ち上がった。
 そこへ、容赦のない三人のヒザ、ヒジ、踏みつけが炸裂して、騒ぎは騒ぎとなる前に終わっていた。

 「息のあった三人ね」
 「・・・皮肉のつもり?」
 「褒める筋合いはないわ。けど、戦闘になれば頼りになりそうなのは認める」
 「ふん。あんたはそこで、大人しくしてなさい。彼女達以上を今日見つけるのはムリよ!」

 サバーラは、それでも余裕のあるレンシィをにらみつけ、三人をともなって酒場を出て行った。

 「・・・まいったな」

 余裕の顔、とサバーラは見ていたらしいが、実際は。

 「あれだけの力量を三人なら、突破どころか、レウスの全討伐もできそうじゃないか」

 レンシィも、この世界に入って長い。
 ハンターの雰囲気や態度。なにより、その目を見ればその実力を計ることはできる。
 一人一人が相当な腕。それが三人で、チームワークもいいとなれば。

 「はぁー」

 溜息しかでなくなる。
 別に常に自分が一番でありたいわけではない。
 ないのだが、生活がかかってる。
 多くの成果を出せば、多くの報酬がある。
 若い身空で、二人の子供を養っているのだから、金はあっても困るものではない。

 「・・・孤高の鷹、か。そうよね、今までも一人だったし・・・」

 考えようによっては、四人よりも素早く動ける事は確かだ。
 しかしその利点も、出発を遅らせるだけ減っていく。
 レンシィは、家で待つ二人の為に一人、酒場を出た。





 やはり、目的地への最初の関門へたどりつくのは、レンシィが先だった。
 紅の谷へは、この細い渓谷を抜けていくしかない。
 しかし、細かい砂の積もった道に足跡は一つとしてなかった。

 「・・・っつ!」

 しかし、レンシィもまた、その砂地へ足跡をつける事ができずにいた。
 紅の谷とは、レウスでその空が埋まる事からついた名称だ。
 今、こうしている間にも、レウスの咆哮は断続的に続いている。
 生き物としての本能的な恐れが、彼女の動きをとどめてしまうのだ。

 「でも・・・行かないわけには、な」

 たまには小さな二人に美味しいものや、服も買ってやったりしたい。
 レンシィは二つの小さな笑顔を思い出し。 
 大きく一歩を踏み出した。





 どれほど進んだだろうか。
 帰りの分のクーラードリンクに手をつようと迷ったあたりで砂地は終わった。
 そして、ようやく密林がレンシィの前にあらわれた。
 この密林を抜ければ、見晴らしの良い丘へ続き、レイアの巣がある。
 しかし、ここからは格段に危険度が増す。
 レウスの咆哮は、ますます大きくなり、場合によってはこのあたりにも舞い降りるからだ。
 その上、生い茂った木々のため、目と鼻の先のものですら、まともに視認する事が難しい。
 しかも、この辺りはいつも天気が悪く、灰色の雲に覆われて、さらに視界を悪くしていた。
 近くには滝や河もあり、聞き分けるべき音も、それらが邪魔をする。
 頼りになるのは、経験と勘。

 「・・・ふぅ」

 踏みしめる葉の音がやけに大きく響く。
 ともなって、自分の心臓の音も大きくなっていく。
 常に上空と正面へ最大の警戒をしつつ、歩を進める。
 
 「あ・・・」

 開けた場所に、数頭の動くものがあった。
 だが、レウスよりも小さい。
 慎重に近づくと、少し離れた場所にアプトノスの群れだった。
 危険は少ないが、それはここでない場所、今ではない時の話だ。
 レウスが舞い降りるとすれば、こういった狩場がもっとも多い。

 「・・・まずいわね」
 
 アプトノスに気づかれた所で、どうという事はない。
 とにかく、ここから離れる事が先決だ。
 レンシィが背を向けて走り出した時。

 「・・・!」

 数十歩と離れていない場所にレウスが立っていた。
 獲物を探すように、ゆっくりと前進している。
 咄嗟の悲鳴を理性で抑えたのは偶然に近い。
 密林の視界の悪さは、二つの生き物にとって平等だ。
 ただ、それが出会ったとき、狩るか、狩られるかの存在にかわる。
 そしてレンシィは間違いなく、狩られる側だった。

 「・・・」

 ゆっくりとあとじさるレンシィ。
 まだレウスは気づいていない。
 髪を振り乱して、どこかに身を潜める場所や、やりすごせる場所を探す。 
 さきほどのアプトノスの群れまで、気づかれなければ、助かる可能性がある。
 しかし、このままでは、その前に見つかるのは必至だった。

 「・・・どこか・・・なんでもいいから・・・」

 こうしているうちにも、レウスとの距離は縮まっている。
 しかし、レンシィが隠れるほどの大木や岩石はない。
 ポーチに手を伸ばし、閃光弾を取り出すが。

 「外したら・・・」

 想像する事もなく、結果はわかっている。
 しかし目くらましが成功した所で、その後は執拗に追い回されるだろう。
 そして、他のレウスにも気づかれる可能性もある。
  
 「・・・くぅ」

 絶望に支配されても、なお、レンシィは足をとめない。
 少しでも長く、そして好機をつかむために。

 「あっ!」

 
 その背が硬いものに当たり、レンシィの歩がとまる。
 木にぶつかったショックで声を出してしまった。
 途端に、レウスが首をもたげ、辺りを見回し始めた。

 「・・・」

 瞬時に判断をくだし、レンシィは走り出そうとする。
 見つかっても、アプトノスの群れにまぎれれば。
 そう思い、背を向けようとした所で、足元のツタが絡まり、転倒してしまった。
 精神に身体がついていけず、恐怖に本能がしびれた結果だった。
 そして、レウスと目が合った。

 「ごめん、アーニ、サーシャ!」

 二人の顔をまぶたの裏に思い浮かべ、レンシィは覚悟を決めた。

 「謝るのは当然だが、オレはそんな名前じゃない」
 「は!?」

 その場に似つかわしくない、声をあげてレンシィが目を開ける。
 木だと思ってぶつかったのは、人間だった。
 それも、朝に酒場で見たリオソウルの男。

 「アンタ、なんで、違う、じゃなくて、今!」
 「・・・落ち着きのない女だな」

 リオソウルの男の言葉をかき消すように、咆哮が響き渡る。

 「ん?」

 青いカブトが、レウスに向く。

 「アンタ、気づいてなかったの?」
 「別にレウスが目的じゃない」

 レンシィは、一瞬、その言葉の意味がわからなかった。

 「・・・だから気づかなかったの!?」
 「騒がしいな。静かにしてくれ」
 「どうするつもりよ! 逃げて! はやくはやく!」
 「目的地はこの先だ」
 「バカでしょ! 命が、だから、レウス!」
 「・・・だから女は嫌いだ」

 リオレウスの男は首を横に数度振って、レンシィの横を通り抜ける。
 当然その先には、レウスの鋭い眼と牙が待っている。
 すぐさま、咆哮は炎へと姿をかえて青い鎧を燃やし尽くした。

 「あっ! もうだから! ああもう!」

 あの鎧なら一命はとりとめているかもしれないが・・・
 レンシィは、男を助けるべきか、これを好機として逃げるべきか逡巡する。

 「・・・もう、もう、もう!」

 閃光弾を投げつける。
 それはレウスの眼前で破裂した。

 「やった!」

 すぐさま炎の残滓が立ち上る所へかけよるが。

 「あれ?」

 そこには火の粉が、ゆらめているだけだった。
 続けざまに、上がる悲鳴。
 それはレウスのものだった。

 「あ・・・」

 それはレンシィが閃光弾を投げつける前から始まっていのだろう。
 すでに羽の爪は粉々に砕かれていた。
 リオソウルの男は、その体よりも大きな剣で、レウスに攻撃の隙すらも与えない。
 見たこともない大剣の切れ味はすさまじく、その全ての剣戟が、あたりに血の花を咲かせていた。
 やがて、レウスが逃げるように男から離れる。
 すでに足をひきずり、息も絶え絶えの状態だった。
 男はそれを見て剣をおさめる。
 そして一言。

 「使いにくい剣だな」

 そして、何事もなかったかのように歩き出した。
 レンシィは耳をうたがう。
 あれだけの腕と、すさまじい切れ味の剣で、この一言を吐く男の言葉。

 「ちょ、ちょっと!」
 「・・・」

 レンシィの声など聞こえてないかのように、歩調は変わらない。

 「待ってよ、ねえ!」

 慌てて立ち上がり、男の腕をつかむ。

 「・・・なんだ?」
 「なんだって、そりゃ・・・なんで、逃がしたの?」
 「言っただろう。レウスが目的じゃない。無駄に殺してどうする」
 「無駄に・・・って」
 「爪は再生するし、尻尾も斬ってない。そのうち元気なる」
 「別にレウスの心配なんてしてるわけじゃないわよ!」
 「何が言いたんだ? オレは急いでるんだが」
 「あー・・・そのどこ行くの?」
 「お前には関係ない」

 会話にならない。
 しかし、レンシィとしてはこの男を逃す気はない。

 「この先ってレイアの巣?」
 「巣があるのか」
 「知らなかったの?」
 「オレの目的は・・・」
 「ああ、ごめん、そうだった。で、何が目的なの?」

 さすがに答えないと、この問答が続くと思われたのか、男は言葉を続ける。

 「この先を抜けるとシンシアの国に続くと聞いた」
 「・・・それだけ? シンシアに行きたいから?」
 「急いでる。ここが一番の近道と聞いた」

 さすがにレンシィは愕然とした。
 確かにここは近道だが、あの世への近道でもある。
 それに三日程度もかければ安全な道筋で、アプトノスを使って楽にたどれるルートもあるというのに。
 とりあえず、それはいい。何かの事情があるのだろうし、この腕なら踏破も可能だろう。

 「じゃ、じゃあさ、ついでに私を連れて行ってくれない?」
 「断る」

 考えてすらいない、即答。

 「報酬は出すからさ」
 「断る」
 「・・・じゃあ、お金じゃなくさ、違うものならどう?」

 つい、酒場で見た素顔を思い出してしまうが、背に腹はかえられない。
 ただ、だましやすそうな顔であったのは覚えている。
 それより、ここまでの実力の持ち主と見抜けなかったのが、不思議だった。
 中年で、ただの女好きな顔にしか見えなかったのだが。

 「誰にでも言ってるわけじゃないのよ?」

 これでもかといわんばかりの媚態で、レンシィはリオソウルの鎧に指先をなぞる。
 さりげなくかがみ、自分の胸元がのぞくようにしていたりと、技術も駆使する。

 「断る」
 「ぐ・・・」
 
 コケにされたとか、バカにされたとかではない。
 完全に、眼中にない。
 そして、また歩き出した。

 「ちょっ・・・と」

 じゃあな、とか、早く帰れとか、ついてくるな、とか。
 一切なしである。
 リオソウルの男にとってのレンシィは、空気よりも透明な存在だった。 
 希望が離れていく。
 レンシィは思わず。

 「うぅ・・・」

 嗚咽をあげた。
 絶命の危機から助かった安堵感。
 凄まじい技量を目にしての驚愕。
 さしこんだ希望から、再び絶望。
 それが、混ざり合って、レンシィはヒザを地に落としてしまった。

 「・・・待ってる家族がいるんだろ。命を無駄にするな」

 初めてリオソウルの男から声がかかった。
 さすがに、泣き落ちた女は放っておけなかったのだろうか。
 立ち止まったまま、レンシィの様子をうかがっていた。
 
 「そうよ! あの子たちの為にここにいるんだから!」
 「子供がいるのか」

 少し驚いたように。

 「ならなおさらだ。母をなくしたら・・・」
 「母親じゃないわよ・・・だから、私がいなきゃ、あの子たち家もなくしちゃうのよ!」

 今の時代、孤児は珍しくない。
 
 「私と同じ思いを味あわせたくないのよ・・・!」

 そして孤児だった者が孤児を引き取る事も、また少なくない。
 リオソウルの男は何かしら考えているようだったが。

 「・・・勝手にしろ」

 そう言って男は歩き出した。

 「え?」
 
 しかし、その歩調はさきほどよりもゆっくりとしたものに変わっていた。

 「ありが・・・ありがとう!」
 「・・・」

 リオソウルの男は何も言わない。
 レンシィは心の中で思う。
 目を見ればハンターの実力がわかるなどと、うぬぼれもいい所だった。
 カブトからわずかに見えた男の目は、酒場の時とはまったく違う。
 強さと、優しさを備えた目だった。とても素敵な目だった。

 「ねぇ、聞いていい?」
 「なんだ?」
 「女は顔だと思う?」

 場にそぐわない問いかけに、なぜか男は真剣に答えを返してきた。

 「関係ない」
 「そうね。私も男は顔じゃないって思い始めてた。あと、さっき女は嫌いだとか言ってたけど、なんで?」
 「女はうるさい。それにすぐに暴れる」
 「口数が少なくて、大人しい女は?」
 「見た事ない」 

 レンシィは、とりあえず。

 「じゃ、黙ってるし、大人しくする」

「・・・どうだかな」



続く・・・






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