淡い恋心 (中編)






 「黒き灼熱・・・ここに眠る・・・」 
 
 ヒザをつき、呆然と墓標の前でうなだれる姿があった。
 銀髪をゆらす風は強く、英雄の死を悼んでいるようでもあった。
 想い人の足跡を追ううちに、偶然通りかかった墓標。
 リオレウスの巣が近くにある、こんな場所では訪れる者もなく、寂しい限りだ。
 そう思って、通りかかった同業者として祈りをささげようと、足を止めたにすぎない。
 だが、墓碑名は、自分がよく知る者。

 「・・・」

 悪い冗談だと思った。
 レウスすら凌駕する腕の持ち主が。  
 『黒き灼熱』と呼ばれて久しい英雄が。
  
 「ウソ、でしょ・・・アザァ・・・」 

 見慣れたイフリートマロウは、半ばから折れている。
 激しい戦いだったのだろう。
 苦しい戦いだったのだろう。
 
 「アタシが側にいれば、こんな事には・・・」

 かつて、自らも英雄と呼ばれた事もある。
 自惚れるわけではないが、一人よりも二人だ。
 彼の最期はどうな結末だったのだろうか。
 強さとは、自分の力を知る事。
 アザァほどの男であれば、引き際を知っているはず。

 「また・・・誰かを助けてたのかな?」

 自然と笑みがこぼれる。
 
 「ホント、バカな男なんだから」

 跡を追えば、いつも黒髪の青年に助けられた人がいた。
 名も名乗らず、ただ先を急ぐ男。
 リオソウルに身を包み、炎の剣を操り、あらゆる飛竜へと立ち向かう。

 「・・・まぁ、助けてるのはたいてい女の子ってのが気に入らないけど」

 自分もその中の一人なのだから、文句は言えない。
 
 「アザァ、アタシさ。ハンターに復帰したよ。最初はアザァを追いかける為だったけど」

 そっと、イフリートマロウの刃をなでる。

 「アタシも誰かの為に戦ってみたくなったから」

 アザァの通った後には、笑顔があった。

 「アタシがそっちに逝ったら、また色々と話そうね・・・」

 最後にそれだけを告げて、レイラは墓標に背を向けた。

 「・・・なんてね」

 振り返ったメイラはその墓標を、愛槍ゲイボルガの一撃で貫いた。










 「先生!」

 その声にエンが振り返る。
 いつもの時間、いつものテーブルで、エンはティティを待つ。

 「よ、我が弟子よ。今日も元気だな」

 あの日、クック討伐でエンを認めたのか、ティティは妙に素直で覇気に満ちた顔になっていた。
 自然と、言葉遣いも丁寧なものに変わっている。
 あれから十日。
 ティティは実にいい生徒だった。
 覚えも早く、なにより向上心がある。

 「それで、どうだ? 昔の知り合いには会えたのか?」
 「どうやら大きなクエストにでたらしく、しばらくは戻らないそうです」
 「それは残念・・・って、あんまり落ち込んでないな?」

 強がりというわけでもなく、ティティは笑顔でエンを見ている。

 「ええ。多少は寂しいですけど、再会するまでに少しでも強くなっておきたいですから」
 「ふ・・・そうなったら、俺はお払い箱か?」
 「もう、意地悪いわないで下さいよ! あたしは先生以外の人に」

 その言葉をさえぎるように、

 「なんだ、俺に惚れたか?」
 「ちがいますなんですぐそういうことをいうんですかせんせいのしたでつよくなるっていいたかったのに」
 「そう怒るな。冗談だ」
 「先生の冗談は、タチがわるいんですよ。そういう意地悪な冗談、女の子に嫌われますよ」
 「ふむ。それならそれでいいけどな」

 ティティを見て笑う。

 「あー、あたしの事、お荷物って目で見てる!」
 「違うぞ。お荷物じゃなくて、厄介なお荷物の間違いだな」
 「ぶー!」

 エンがあらかじめ頼んでいた二人分の昼食が、テーブルに運ばれてくる。
 
 「食ったら行くぞ。今日からはゲリョスだ」
 「え? クックじゃないの?」
 「ずいぶんと、成長の早い弟子だからな」
 「あは、やった!」

 かきこむように、食事を始めたティティを見てエンが呟く。

 「・・・幸福と平和って、どこにでもあるんだなぁ・・・」










 咆哮の響くジャングルの中、『黒き灼熱』は、追い込まれていた。

 「アザァ、もう回復薬ないよ! やっぱり討伐なんて無理だった!」
 
 ガンナーの女が叫ぶ。
 すでに拡散弾は使い果たし、通常弾をリロードする。

 「こっちも!」
 「どうするの!?」

 あとの二人の女ハンターも、リオソウルの男に怒鳴りちらす。
 これまでは三人が麻痺弾をうち、アザァが尻尾を切るというものを繰り返していた。
 クエスト報酬は手に入らないが、逆鱗をはじめとして、金稼ぎとしては悪くない。
 しかし、今回は三人が討伐を目的として、クエストを成功させたいと言い出し。
 アザァは止めたものの、三人がある約束をしたため、首を縦に振った。
 その結果が、今の状況だった。

 「ちっ・・・」

 アザァはポーチから閃光弾をとりだし、三人に向かって叫ぶ。

 「お前達は引け。街に戻ってろ!」

 その声に刺激され、レウスの目がアザァに向いた。

 「どうするつもりよ!」
 「いくら英雄って言っても・・・」
 「無茶よ!」

 それを聞いた三人が驚き、口々に問い返す。

 「女を死なせる趣味はないんでな。なに、心配はいらない。一人には慣れてる」

 返って来たのは冷静で、そして歯を光らせた笑顔だった。

 「・・・ゴメン!」
 「やっぱり、あたし達、足手まといになったね・・・」
 「待ってるからね!」 

 閃光弾の輝きとともに、四人はキャンプへと走り出した。
 やがて、その場には目を回したレウスとアザァだけが残る。

 「・・・四人いても、討伐は無理か・・・だから、あれだけ止めたのによ」

 アザァはイフリートマロウを握り締め。

 「さて」

 その燃え盛る鋭い刃を、鞘におさめて全力で走り出した。










 ティティは、視界の悪いジャングルの中で、目標を探しながらゆっくりと歩いていく。
 エンもその後方で歩調を崩すことなく、ティティの後をついていく。
 緊張している気配はなく、常に周囲とティティを観察している。
 
 「・・・い、いないよ?」

 千里眼の効力は短い。
 いくら急いでも、その間に竜が移動する事もある。
 辺りを忙しく見回すティティ。
 エンは何も言わず、ただ剣をおさめたまま立っている。
 対照的に、ティティはかなりの緊張を強いられていた。
 ゲリョスとは何度か戦った事はあるが、その表皮はかなり弾力があり、まともに刃が通らない。
 その上、村にいるゲリョスよりも、大きいだろうという予測は、クックからして明らかだ。
 クエストに出かけるまでは、自分の力が認められて嬉しかったが、いざとなると、やはり怖い。

 「・・・」
 「ね、ねぇ・・・もしかしてもう見つけてる?」

 こういう時、エンは一切、口を開かない。
 クックの時も、自分は気づいているのに、ティティが見つけられるまで何も言わなかった。

 「うぅ・・・やっぱり厳しい」 

 だからこそ、自分でも驚くほど早く強くなれているのだとわかっているのだが。
 仕方なく、ティティは盾を前にして、ジリジリと歩みを進めていく。
 ゆっくり、ゆっくり。
 どんな小さな動きも見逃すまいと、集中する。
 と。

 「・・・うひゃ!」

 背後から、数度、炎の炸裂する音がした。
 振り返れば、エンはもう剣をおさめ、その足元にはファンゴが焦げて転がってる。

 「前だけを見るな。集中と視野を狭めるのとは違う」
 「う・・・」
 「返事」
 「は、はい!」

 酒場にいる時のエンとは、別人と思えるほど厳しい。
 ティティは、言われたとおり周囲の警戒をしながらも、進んでいった。
 それから、かなりの時間がたった。
 日もずいぶんと傾いてきた。
 千里眼の薬は、エンの持っていたものもティティが使い果たしていた。
 緊張の持続により、ティティの疲労はかなり溜まっている。 

 「ふむ」
 「エン・・・?」

 いつまでも目標すら見つけられず、ついに怒られると思い肩をすくめるティティ。
 だが、エンは何かを考えるようにして、腕を組んでいる。

 「ティティ」
 「なんですか?」
 「一度、戻るか」
 「・・・怒らないんですか?」
 「酒場でこってり絞ってやる」
 「うぅ・・・やっぱり、お説教・・・」

 だが笑ったエンの手がティティの頭にのびる。
 
 「冗談だ」

 ガシガシと頭を乱暴になでられる。
 そして。
 
 「何かおかしい。ゲリョスの移動にしては頻繁すぎる上に・・・」
 「上に・・・?」
 「いや、なんでもない。とにかく帰ろう。ここにいると、多分、ロクな事にはならない」

 曇り空を見上げるエン。

 「急ぐぞ」
 「え? は、はい」

 エンの背について、ティティも走り出した。










 三人の女ガンナーは、街へとたどりつく道をふさがれていた。

 「クッ・・・」

 何発、打ち込んだだろうか。
 閃光で何度も焼かれた目をこじ開けて、次の弾丸を発射する。
 三人の内、一人は弾も体力も切らしヒザをついている。
 さらに一人はケガを負って倒れてしまった。

 「ナイナ! あんただけでも逃げて!」

 倒れている戦友の側で、今も戦う仲間に向かって叫ぶ。

 「冗談! アンタ達を残してどこに行けってのよ! それよりもローシャンは!?」
 「大丈夫、血もそんなに出てないし・・・」
 
 ナイナはリエッタに向かって、薬草を投げ渡す。

 「それが最後! ローシャンをつれて、逃げて!」
 「ナイナはどうするのよ!」
 「ここで、ゲリョスをひきつけておく!」
 「一人じゃ無理だよ!」

 ナイナは笑う。

 「大丈夫よ。すぐに彼が駆けつけてくれるはずだから!」
 「・・・本気で言ってる?」
 「え?」
 「アザァが戻ってくると思ってるの?」
 
 確かにレウスを相手にして、そう簡単には駆けつける事は難しい。
 それに英雄とはいえ、無傷でレウスに勝てるとは思えない。

 「でも、彼は『黒き灼熱』よ・・・きっと・・・」
 「そういう事じゃない!」

 リエッタが叫ぶ。

 「いくら私たちが足手まといでも、レウスにずいぶんと苦戦してた!」
 「じゃあ・・・くそ!」

 ナイナが通常弾を撃ちつくし、麻痺弾を装填する。

 「じゃあ、偽者だっていうの!?」
 「そうは言わない。だけど、噂は大きくなっていくものだから・・・」

 その時だった。

 「さがってなさい」

 突如として現れた、ランサーの女はゲリョスに向かって一直線に疾走する。
 鋭い穂先を受けて、ゲリョスが悲鳴をあげ、地に倒れこんでもがく。

 「あら・・・かなりやられたわね」

 銀髪のランサーは粉をあたりに撒き散らす。
 生命の粉塵が、三人の傷の痛みをやわらげた。

 「そこの子。コレを使いなさい」

 回復薬と秘薬を受け取ったナイナは、ランサーを見る。
 強く、そして、澄んだ瞳。
 流れるような銀髪。
 手にするは龍騎槍。
 身を包むはリオハート。

 「あなた・・・でも、そんなはず・・・」
 「お話は後でね。あたしも聞きたい事があるし」

 そう言って、立ち上がりかけていたゲリョスへと、再度チャージをかける。
 ナイナ達とて、ゲリョスくらいならば、何度か討伐している。
 しかし、銀髪のランサーの戦いは、それとは圧倒的に何かが違う。
 ランスの理想。
 堅実に攻撃し、確実に防御する。
 言うのは簡単だし、それは実に効率的ではある。
 しかし、実際はランスという武器の特性上、構えてしまうと動きが鈍重になりがちだ。
 目の前のランサーの動きは、その上にある。
 竜の動きを先読みし、最小限の動きにより、攻撃を当て、反撃を体にかすらせる事すらない。
 右へ、左へ。常にステップし、下がる事なく常に前へと攻撃をしかける。
 その猛攻に、ゲリョスはあえなく断末魔の叫びをあげた。

 「うーん、さすがになまってるなぁ」

 ランスを研ぎながら、そんな事をいう銀髪のランサー。
 ナイナの予想はもう確信となっていた。

 「・・・『銀の疾風』」
 「あら、知ってるの、アタシの事」

 すんなりと肯定がかえってくる。

 「知ってるどころか・・・グリードの英雄じゃないですか!」
 「え、うそ! 本当に『銀の疾風』!?」
 「・・・死んだって・・・」

 回復した二人もまた、驚きに目を見張る。
 メイラは、悠然と笑って。

 「一度死んだけど、死に切れなかった。そういう事にしておいて。そっちの二人、もう大丈夫?」

 問いかけられた二人は、緊張もあらわに。

 「は、はい!」
 「ありがとうございました!」

 メイラは苦笑する。
 
 「そんなにガチガチにならなくても。アタシが英雄なんて呼ばれていい気になってたのは昔の話よ」

 だが、三人はますます目を輝かせて。

 「そんな、昔だなんて!」
 「そうです、すごかったですよ、今の!」
 「感動しました。ランスってあんなに素早く動けるんですね・・・!」

 誉められて悪い気はしないメイラだが、とりあえず聞きたい事を口にする。

 「ところでさ。『黒き灼熱』って知ってる?」










 「ティティ!」
 「え、きゃあ!」

 前を歩いていたエンが、突如、ティティにおおいかぶさった。

 「だ、だめですよいくらせんせいでもそういうのしないっていったのにやっぱりおとこはみんなおおかみで」
 「動くな!」
 「ああだめだめですせんせいのことしんじてたのにしんじてたのにたしかにいいなぁとかいまはおもって」
 「喋るな!」
 「でもこんなのないですよいつかあたしからゆっくりゆっくりちかづいてすてきなおへやでわやわやちゅっちゅっってむぐっ!」

 口を手でふさがれた瞬間、空から火球が轟音とともに降ってくる。
 すぐ側で、木々を燃やすそれは、もしティティが口を開けたままなら、その熱気を吸い込んでしまい肺を焼かれた事だろう。

 「・・・やはり、な」

 エンはすぐさま立ち上がり、コロナを抜き放つ。

 「え、え、え!?」

 ティティが初めて見る、飛竜だった。
 王者の風格とともに舞い降りた、それは。

 「リ、リオレウス・・・!?」
 「ティティ、下がってガードをかためておけ」

 エンはポーチから閃光弾を取り出し、ティティに言い聞かせる。

 「せ、先生?」
 「いいか、お前の腕では火球のブレスを回避するのは難しい。狙われたら、多少は熱いがガードでしのげ」
 「先生!」
 「なんだ?」
 「戦う気ですか!?」

 一瞬、首をかしげたエンだったが。

 「・・・ああ、そういうことか」
 「は?」

 何か考えるようにして。そして何かを思いついたように。
 その表情は真剣だが、しかし口元だけは笑っている。

 「いいか、スキを見て逃げるんだ。俺がヤツをひきつける」
 「・・・一人で戦うなんて、む、無理ですよ・・・」

 涙が溢れる。
 なぜ、この人はこんな時も笑ってるんだろう。

 「お前は優秀だ。すぐに強くなれる」
 「そ、そんな事、言わないでください、お別れみたいじゃ・・・」

 こぼれ落ちそうになる涙をエンの指が優しくぬぐう。
 会ってまだ間もないあたしのために。

 「楽しかった。元気でな、ティティ」
 「せ、先生・・・」
 「止めるなよ。もし一言でもバカな事をいったら、破門にするからな」
 「う・・・あ・・・」

 どうして。
 どうして、そんな事ができるのだろうか。
 
 「なんで・・・逃げましょうよ!」
 「お前は逃げるんだ。師匠命令だ」
 「そんな・・・そんな・・・」
 「師匠ってのは、いつでも弟子の前じゃカッコつけたいものさ。それが可愛い女なら、なおさらな」
 「先生はいつもカッコいいです! だから、だから!」
 「・・・先生って呼ばれるのも、なかなか良かったよ」

 ティティの中で、何かがはじけた。
 そして、それはエンに抱きつき、爆発した。

 「ダメ! 死んじゃう!」
 「話を聞いてたのか? 命令を聞かない弟子は、破門にするぞ。」
 「いいもん! 破門でも、だから逃げて!」
 「ティティ・・・クッ」

 その瞬間、エンが腹をおさえてうつむいた。

 「あ・・・先生!」



続く・・・





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