「いやいやいやいや、まいったねぇー。あっはっはっはっ!」

 髪をガシガシとかき乱しつつ、豪快に笑うサリナ。

 「まいったね、姉さん」

 無表情に、同意するイリア。
 いつものように、二人でクエストに出かけようとした所。
 流れ者らしい、男二人組が同行したいと言ってきたので、連れてきたのはいいのだが。

 「まっさか、逃げちゃうとはね。どうしたもんか。困った、困ったー!」
 「困ったね、姉さん」

 聞かれなかったので、クエスト内容は話していなかったのだが。
 キャンプについて、サリナが、「じゃあ、レウスから行っくぞー!」と、楽しそうに笑い。
 続けて、イリアが「レイアは後だね、姉さん」と呟いた。
 同時に、二人組の男から、にやけた笑いが消えた。
 すぐさま男達は、イリアがもっていた依頼書を確認し、その討伐内容を見た瞬間。
 
 「全力疾走だった。いやいやいやいや、見事な逃げっぷりだー!」
 「一目散だね、姉さん」

 だが、二人が逃げたハンターを恨む気配はない。
 サリナは、愉快に笑い、イリアは、コクコクとうなずいている。
 それだけだった。

 「まぁ、仕方ない。じゃ、行くぞー!」
 「行こう、姉さん」

 そして、二人の男ハンターを忘れたかのように、走り出した。
 姉、サリナ。18歳。
 短い金髪で、常に陽気な大剣使い。
 愛刀、オベリオン。
 妹、イリア。18歳。
 長い金髪で、常に無口な大剣使い。
 愛刀、ティルタニア。
 可愛らしく、仲のいい双子のハンターだった。





天使の両翼に包まれて (前編)






 酒場では、いつでも話題にのぼる二人がいる。
 若く、美しい双子ハンターの話だ。
 この街で彼女達を知らない者はいない。
 陽気な姉、冷静な妹。
 そして双子ならではの息の合った連携は、何頭ものリオレウスとリオレイアを狩っている。
 飛竜の巣が近くにあるこの街では、その討伐依頼は頻繁にあるのだが。
 それが三日以上張り出されたままだと、その双子が持っていく。
 一応、他のハンター達への気配りらしいのだが、同時討伐を受ける事のできる腕のハンターは少ない。
 熟練のハンターが四人パーティーを組んでも苦戦は必死だという依頼なのだが。
 双子は二人で行ってしまう。そして必ず帰ってくる。
 このように。

 「疲れた、疲れたー、いやいやいや、おなか減ったー!」
 「疲れたね、姉さん。クタクタだね」

 酒場で、二人の帰りを待っていたハンター達が、一斉にグラスを鳴らして迎え入れる。
 様々なテーブルから声が飛ぶ。

 「お帰りサリナ、今日も成功か!?」
 「どーんときて、ひゅーんときたけど、がんばったからね!」
 「そうかそうか、そりゃタイヘンだったな」

 サリナが手振り身振りで報告する。
 つまり、ちょっと苦戦したが、討伐成功したという事だ。
 慣れない者だと、首をかしげるが、ここにいる者達には長いつきあいで通じてしまう。

 「イリアちゃん、ケガとかしてないか?」
 「・・・」

 無言で無表情で、それでも相手の目を見てうなずくイリア。
 たずねた相手も無言で笑い。一瞬の間をおいて、同時に親指を立ててみたりする。 
 ハンターには様々な人種がいる。
 そして様々な感情がうずまいている。
 自分の手にあまる討伐を成功させる者への嫉妬。
 自分よりも若い者より、劣っているはずがないという自負。
 だが、そういったものはここにはない。
 シンシアという国柄もあるだろうが、その中にあって、この街はひさきわ明るい。
 なにより、この街が生み、この街で育ち、この街の誇り。
 決しておごらず、決して諦めず、決して引かない。
 美しくも、あとげない、双子の天才。
 そんな二人が陽気なハンター達の自慢だった。
 二人が持つ大剣は、まるで一つの生き物であるかのように羽ばたく。
 それが、この街で『天使の両翼』と呼ばれる二人だった。





 が、メサイアだけは別である。





 「ああ、腹立つ・・・少しは落ち着け!」

 酒場の隅でギリギリと歯をかみ締める女ハンターが一人。
 名をメサイア。二十台後半の美人で、年相応の落ち着きと寛容さが、いつもならば漂っている。
 しかし、今の顔を見て逃げない男はいないほど怒り満面だ。
 彼女の座るテーブルだけが、闇の中であるかのように錯覚させるほど、暗く、そして熱い。
 肩ほどで揃えられた赤い髪は、まるで燃え盛る炎のように震えている。

 「なにが、どーんときて、ひゅーんよ。突進と滑空でしょうが。ちゃんと喋りなさいよ」

 ある意味、この街で最もサリナの言葉に精通しているが、それは苦い過去のせいだ。
 サリナを見る目は、まるでこれから討伐に向かうハンターの如きであるのだが。
 狩られるべき二人は、一向に気にした様子はなく、こちらに向かってくる。
 そしてテーブルの前まで来ると、

 「あっはっはっ! 相変わらず面白い顔してる!」
 「変な顔だね、姉さん」

 と、勇気ある言葉。
 しかし、メサイアが怒りをぶちまける間も与えず。

 「こっちに色々よろしくね! 三人分だよ!」
 「よろしくね」

 給仕に注文して、同じテーブルにつく。

 「ちょっと、何、座ってんのよ!」
 「あっはっはっはっは!」
 「・・・」 

 笑うサリナと、親指をたてるイリア。

 「師匠、ダメだよ、笑ってないと!」
 「アンタみたいに? はっ、やめてよ、バカ丸出しじゃないの! それに私はアンタ達の師匠になった覚えはない!」
 「あっはっはっ! いいのいいの、笑うと楽しいよ!」

 コクコクと無表情で頷くイリア。

 「・・・イリア、あんたが同意しても説得力ないわよ」

 メサイアは、バン、とテーブルを叩きつけて。
 
 「いつも言ってるでしょ! 私は、アンタ達が嫌いなの! どっか行け!」
 「サリナは師匠が大好きなんだから、問題ないよ!」
 「イリアも師匠、大好きだよ、姉さん」

 サリナが笑い、イリアが親指を立てる。

 「・・・くっ・・・このバカ姉妹がぁー!」
 「あっはっはっは、師匠も笑った!」
 「笑ったね、姉さん」
 「怒ってんのよ、見てわからんのかー!」

 それを周りで見る仲間達の目は暖かい。
 この街に、女ハンターは三人。
 双子とメサイアだけだ。
 かつて三人はパーティーを組んでいたが、その頃からこんな感じだった。
 初めて双子がハンターとしてクエストを受けた時、ちょっどこの街に滞在していたメサイアが同行を頼まれた。
 メサイヤは無下に断った。
 新米と同行して自分に利益はないし、そんなクエストでは実入りも少ない。
 しかし、双子は食い下がった。
 確かに自分以外に女ハンターはいなかったし、心細かったのだろう。
 メサイアは、しつこい双子に一度だけと念を押して同行したのだが。
 それ以来、ずっと双子はメサイアについて回った。
 メサイアとしては、誰かの面倒を見るのはごめんだったし、迷惑以外のなにものでもない。
 それに自分には、一つの街に留まる余裕はない。
 身に帯びた使命のため、さらに強くならねばならい。
 自分の家族や街を奪った龍に対抗できるだけの力と技を。
 だが、双子の才能に気づいしまい、つい、色々と教え込んでしまった。
 結局、弟子にはしないが、この街にいる間だけは、面倒をみると約束してしまった。
 そうして気づけば一年が経っていた。
 二人は自分になついていたし、少しばかりの情も移ってしまった。
 しかし、強くなりすぎた。しかも、その才能は、まだまだ底が見えない。
 さすがに、これ以上は付き合いきれないとばかりに、少し前にパーティを抜けたのだが。
 いまだ、この街にいる。

 「聞いてよ、師匠! 今日はサリナすごかったよ! 羽根がばっさばっさしてる時に、足元に潜って・・・」

 パカン、とメサイアがサリナの頭を小突く。

 「大剣使いが足元に潜るな言ってるだろうが」
 「あはははは、怒られた!」
 「で、イリアは、その時なにやってたの!」
 「・・・」

 視線をあわせられたイリアは、しばらくして。
 目をそらした。

 「アンタも同じ事やってんじゃないわよ!」
 
 やはり、小突かれる。
 頭をおさえて、テーブルに潰れたイリアを見て。

 「あははは、イリアだめだ!」
 「アンタの真似をしたんでしょうが!」

 ドカンと、手加減なくサリナの頭に拳が飛んだ。
 姉妹ともども、テーブルでのたうつ様を見て、メサイアは溜息をついた。

 「もっとシッカリしなさいよ、まったく・・・」

 二人が心配で、いつも酒場で彼女達の帰りを待っている。
 結局、メサイアも双子が好きだった。
 そしてその夜もいつも通り、朝まで喧騒と説教と嬌声が響き渡っていた。

 








 「この街らしいが」

 呟きとともに、ハイメタ装備の男が街に足を踏み入れた。
 朝日に照らされた黒と赤の防具は、通常のそれよりも希少な品で、道行くハンターが羨望の視線を送っている。
 それにかまわず、眼光の鋭い男は、その視線を辺りに這わした。
 誰も彼もが、陽気でのん気に笑っている。

 「・・・これがハンターの集う街か?」

 軽い怒りのようなものを、呟きとともに吐き出す。
 今まで、ずいぶんと逃げられてきたが、ようやくこの街で追いついた。
 足跡を追い続けて、どれほど経っただろうか。
 今でも、鮮明に女の顔は思い出せる。
 忘れはしない。
 忘れられるはずがない。

 「しかし、なぜ、こんな街に滞在している? まさか・・・?」

 自分が追いかけているのを知っているからこそ、今まで逃げ回っていたはずだ。 
 ある予感が、頭をよぎる。

 「・・・まさかな」

 しかし、それはありえないことだと、頭を振って払拭する。

 「とにかく、情報からか」

 ずいぶんと長い間追ってきた。
 我流ではあるが、追跡術らしきものすら会得している男は、すぐに近くの女性に声をかける。

 「・・・あの、すいません?」

 それまでの雰囲気とは違い、物腰の柔らかい、流れのハンターといった感じだ。

 「はい? あ・・・」

 声に振り返った若い女は、男の顔を見るなり頬を赤くして、視線をそらした。
 艶やかに流れる赤い髪と、希少にて高価な防具を身に付けている美男子。
 男はその反応を見て内心で笑い、そして。

 「この辺りにハンター達の集う酒場はありませんか?」

 あくまで丁寧に、そして紳士な振る舞い。
 ハンターというものは、多くが力を誇示する部分がある。
 それが乱暴者という印象を与えてしまうのも事実だ。
 しかし、今の男の様子から、そんな雰囲気は受けない。
 だが、男は知っている。
 街で暮らす人間が、ハンターをどのように見ているのか。
 だから、些細な事を聞くにも安心感を与える事で、滞りなく情報を手に入れる事ができると。
 そして男は知っている。
 自分が、少なくともそこらを歩く男よりも見栄えがいいという事を。
 だから、些細な事を聞くなら、女性に尋ねた方がいいと。

 「あ、はい。そこを真っ直ぐ行って、赤い屋根の建物を・・・」

 若い女が、道筋を説明する。
 聞き終えた男が頭を下げて、その手をとって甲に唇を寄せる。 

 「きゃ・・・」

 キザ以外のなにものでもないが、男の仕草は慣れたもので、嫌悪させるものではない。
 
 「助かりました。ああ、ところで私は人を探しているのですが、こういう人物を知りませんか?」
 
 男は、懐から似顔絵を取り出して、女に見せる。

 「あ・・・メサイアさん、かな」
 「肩ほどの赤い髪で、大剣使いなんですが」
 「じゃあ、間違いないですよ。いつも夜になると、さっきの酒場にいるはずです」
 「そうですか。とても助かりました。この街について間もないものでして・・・」

 男は、またも内心で笑う。
 旅に慣れないうちは、道を聞くのも四苦八苦していたが、今ではこの通りの手管だ。
 男が若い女に背を向けた所で、遠慮がちな声がかけられる。

 「あの、お食事はまだですか? よければ、この先に美味しいお店があるんですけど・・・」
 「お誘いはありがたいのですが、長旅でしたので・・・・」 

 男は申し訳なさそうに、女に詫びる。

 「あ、いえ、そうですね。私ったら・・・」
 「ありがとうございました。では」

 最後に笑顔を浮かべて、男はさっそく酒場へと向かった。





 酒場に足を踏み入れた男は、カウンターに肘をついている女給仕にたずねかけた。

 「君、聞きたい事があるんだが」
 「はい? あ・・・」

 姿勢を正して、女給仕は突然現れた美貌に目をそらす。

 「この女性に見覚えは?」
 「え? ああ、メサイアさんですね。間違いないと思いますよ」
 「・・・ふむ。ここにはいつも来てるのですか?」
 「そうですね。毎日来てますよ。今朝まで、皆と騒いでましたから、こられるなら夜かもしれませんが」

 男は首をかしげる。
 彼女は仲間など作らず、常に一人で生きていた。
 別人ではないかと考え始め、質問を口にする。

 「大剣使いで、かなりの腕なのですが?」
 「じゃあ、やっぱりメサイアさんですね。この街には女ハンターは三人。二人はメサイアさんの、お弟子さんですから」
 「弟子!?」
 「え・・・あ、正式にはどうかわかりませんが・・・色々と面倒みてるのは確かですよ。火竜を何頭も討伐していますし」

 ますます考えられない事だった。
 結局、自分の目で確認するしかないと結論づけ、男は料理を注文し、テーブルへ向かった。 





 昼過ぎ。
 酒場に女ハンターが姿をあらわした。
 だが、二人組み。男の待つ相手ではない。

 「あれぇ、今日は皆、まだ来てないね!」
 「・・・」

 やたらと陽気で大声の女と、対照的に無口で無愛想な女。その瓜二つの顔は、双子と一見してわかる。
 二人はカウンターの給仕と軽く会話を交わしたのち、注文をしてテーブルへ。

 「彼女達が・・・例の弟子、か」

 しばらく、二人の様子を見ていた男だったが、ふと思いついたように、男は依頼書が張り出されている壁へ向かう。
 ざっと見た限り大物はないが、その腕を見るには適度なものがあった。
 その依頼書をはぎとり、そのまま二人の女ハンターのもとへ。

 「失礼」

 声をかけたられた二つの同じ顔が、男を見る。

 「なになに? 初めて見る人だね、初めまして!」
 「初めましてだね、姉さん」
 「・・・初めまして」

 二人のペースに乱されそうになりつつも、いつも通り平静を装う。

 「突然で申し訳ないのですが、お時間、あいていますか?」
 「うん、ヒマだよ!」
 「ヒマだよね、姉さん」
 「では、この討伐依頼なのですが、ご同行して頂けませんか?」

 男が依頼書を二人に見せる。

 「なになに、レウス?」
 「レイアかもよ、姉さん」

 最強と呼ばれる火竜の名を軽々と口にし、その口調に恐れはまったくない。
 男は、本当に二人がメサイアの弟子なのかと思った、次の瞬間。

 「うーん、ゲリョスか! ゲリョス、ゲリョスかぁ!」
 「どうしようね、姉さん」
 「ご不満ですか?」

 彼女の弟子ならば、この程度が相手では、気が乗らないのかもしれない。
 しかし、男の予想は違う方向で裏切られた。

 「サリナはね、きっとゲリョスに勝てないよ!」
 「イリアもだよ、姉さん」
 「は?」
 「大怪鳥なら、多分勝てるよ、それにしよう!」
 「そうだね、多分、勝てるよね、姉さん」
 「・・・は?」

 意味がわからなかった。
 さきほど給仕に聞いた話では、火竜を何頭も討伐しているという話なのだが。

 「はぁ、それでは・・・イャンクックなら、ご同行いただけると?」
 「うん、いいよ! でも多分、サリナ足手まといになると思う!」
 「イリアもだよ、姉さん」
 「・・・」

 男はとりあえず、依頼書を変更し、三人で受付をすませた。
 考えられない事だが、もし二人の言うことが事実であっても、自分ひとりでどうにでもなる相手だ。

 「それでは行きましょうか?」
 「ちょっと待って、準備してくる!」
 「イリアも」

 双子の姉妹はそう言い残し、酒場から出て行く。
 しばらくして戻ってきた時、二人は過剰武装ともいえるいでたちだった。
 ポーチからは、音爆弾や閃光玉、回復薬などの各種が溢れているし、爆弾の類までそろっていた。

 「あの・・・そこまで慎重になるほどの獲物では・・・」
 「サリナはいつだって全力だよ!」
 「イリアもだよ、姉さん」

 なるほど、と、思う。
 どんな相手にも慢心せず、慎重にという事だろう。
 正直、採算が合わないこの準備も、万一には代えられない。
 むしろ、これほどの用意があるなら、ゲリョスどころか火竜にも対抗できる。
 ならば、なぜか。

 (・・・私の実力がわからないから、か)

 自分も相手を試すつもりで、ゲリョスを選んだ。
 だが、双子にとってはどうだろう。
 見知らぬ男が、ゲリョス討伐を手伝ってほしいという。
 当然、一人ではゲリョスを狩るのが難しい腕だと判断したのだろう。
 ならば、自分達の足手まといになる事を予想しての過剰準備。

 「遅れました。私の名はジェンド。よろしくお願いします」
 「サリナ! よろしくね!」
 「イリア・・・よろしくだね、姉さん」

 確信めいたものを感じて、ジェンドは双子とともに、森へと向かった。





 日が傾き、空が赤く染まりだした頃。
 酒場に、一人の男が訪れた。
 誰もいない酒場で、男はまず討伐依頼書を眺め、首をかしげる。
 この時間はいつも暇なのか、カウンターで、うたた寝していた女給仕にたずねかけた。

 「なぁ、君」
 「え、はい、ごめんなさい・・・あ・・・」

 本日、二人目の美貌に女給仕は、またも目をそらす。
 今朝の美貌は、気品と礼節に溢れており、一緒に街を歩いて、お茶や買い物をしてみたいタイプ。
 今、目の前の美貌は、力強さの中に優しさを秘めた雰囲気があり、守ってもらいたいタイプだった。
 この国では滅多に見る事のない黒髪が印象的だった。ノーブルの出身だろうか。

 「ここらは火竜の巣が近いから、そういった討伐の依頼があるかと思ったんだが・・・」
 「・・・ああ、この酒場には、火竜専門のハンターが二人いますから。依頼はひんぱんにありますけどね」
 「なら、依頼を待つか」
 「早ければ明日にも依頼があるかもしれませんね。お客さんも火竜専門ですか?」
 「そういうわけじゃないが。しかし、火竜専門とは珍しいな・・・まさか? いや、この国には誰も来てないはずだが・・・」

 最初は感嘆、次に疑問、そして独り言。
 見た目はいいが、なんとなく不審人物である。
 女給仕は、おずおずと声をかける。

 「他に御用は?」
 「ああ、いや、ありがとう・・・あ、一つ聞きたい。そのハンターの名前は?」
 「サリナとイリアといって双子の女性ハンターですよ」
 「そうか。なら安心だ」
 「? 二人の事、ご存知なんですか?」
 「いや、知らないから安心なんだ」
 「はぁ・・・」

 それだけ言い残し、男は軽い食事の注文をして、テーブルへと腰かけた。
 女給仕は、しばらく、その男を見ていた。
 食事を終えた後も、何をするでもなく酒を飲んでは、ニコニコとしている。
 
 「・・・変な人」

 女給仕が首をかしげる。
 この商売も長いと、雰囲気だけでハンターの強さがなんとなくわかる。
 黒髪のハンターは、間違いなく強い部類に入るだろう。
 だが、そういった者には、ある種の緊張感が常に漂っている。
 しかし、意味もなく笑顔で酒に溺れている様子は、それとは遠くかけ離れている。

 「まぁ、色んな人がいるものよね。でも顔は好みだしなぁ」

 仕事が終わったら、誘ってみようかしらと考えてみる。

 「どうしたの?」
 「あ」

 そんな事を考えていると、横から声をかけられた。
 
 「メサイアさん」
 「ぼんやりしてると、また怒られるわよ」
 「ははは。いや、あそこの人、ちょっとイイなぁと思って」
 「また? どうせ顔がいいからって理由でしょ」
 「いやいや、今回は腕もたちそうな人ですよ。守られたいタイプ」
 「へぇ?」
 「ほら、あそこ。あの奥のテーブルの黒髪の人です」

 メサイアもまた、その男に目をやる。

 「あ」
 「どうです? いいと思いません?」
 「アザァ!」

 メサイアが叫んだ。
 途端、奥で平和に飲んでいた黒髪のハンターが酒を吹き出し、立ち上がる。
 そして、張り詰めた緊張感とともに、辺りを見回す。
 メサイアがズカズカと近寄り。

 「あんた、よくも!」
 「・・・メサイア?」

 アザァと呼ばれたハンターは、メサイアに気づき、なんとも言えない表情で立ち尽くしていた。
 やがてメサイアは、アザァの目の前で仁王立ちになり。

 「返して、私の剣!」
 「あー・・・やっぱり覚えてたか」
 「当たり前よ、信用してたのに!」

 アザァは短い間だが、メサイアと組んでいた事がある。
 少し前の話だが、メイラと三人組から逃げ出し、何も持たずメリーに逃げ込んだ。
 防具だけはリオソウル一式を着込んでいたものの、武器がない。
 同じ頃、何者かに追われているという女ハンター、メサイアと会った。
 彼女もまた、武器だけ抱えてメリーに逃げ込んでいた。
 お互いの境遇に意気投合し、二人はとりあえずの路銀を稼ぐために協力体制をとった。
 所持金は互いを合わせても、10日分程度の滞在費しかない。
 相談して、防具はサイズ的にアザァしか使えないので、アザァが武器を借りて、報酬をわけるという形にした。
 当然、メサイアも大切な武器を会ったばかりの男に預ける事はできない。
 なのでクエストには同行。アザァも当然の事と承諾し、その関係はうまくいっていた。
 しかし、ついにメサイアの追っ手が追いついてきた。
 アザァが使っていた剣は、話題となっても不思議ではない上位のもの。
 それを利用して、メサイアは、その剣の使い手が自分ではないと追っ手が判断するまで街に隠れる事に。
 アザァは、目立つように大物を狩り続けた。結果、追っ手が街から消えたのを確認。
 用心の為、しばらくは身を潜める事にしたメサイア。
 そこまではよかった。

 「事情があったんだよ、俺にも」
 「何よ、言い訳とは男らしくないじゃない!」 
 
 アザァもまた、自分に迫る追っ手の陰を感じていた。
 確たる証拠はないが、追われ続ける者のカンが危険を告げていた。
 そして、そのカンが外れた事は一度もなかった。
 メサイアには悪いと思いつつも、結局、剣をかりたままシンシアへ逃亡。
 結局、三人に見つかり、さらにレンシィという女性と出会ったりと、色々あった。

 「・・・と、いうわけなんだ」
 「ふぅん。ま、ウソじゃないみたいだけど」

 自分も追われる身。それに少なくともアザァのおかげで、追っ手の目は逃れたのは事実。

 「そういう事なら仕方ないか。じゃ、剣」
 「あー、それなんだが」
 「・・・何よ?」

 イヤな予感を抑えて、メサイアは冷静に問い返す。

 「今、持っていない」
 「・・・」
 「待て待て、そのイスをおろせ!」
 「アンタ・・・あの剣がなんだか知って・・・」
 「使いにくい剣だったのは覚えてる。切れ味は良かったが」

 大剣はどうにも使い勝手が、と勝手な愚痴までこぼすアザァに、メサイアは無感情で呟く。

 「・・・一回、死ぬ?」
 「待て待て、そのテーブルを降ろしてくれ!」
 「どうしてくれんのよ!」
 「もちろん返す! それまでのつなぎに同じ程度のものをやるから、怒りを静めてくれ!」
 「簡単に言ってくれるけどね、アレがどんな・・・」

 と、そこまで言って、メサイアはアザァの腕を思い出す。

 「・・・まぁ、確かにアンタなら無理じゃないか」
 「悪いな」
 「絶対に返してよ。アレ、ワケありの剣なんだから」
 「ああ、なんなら一緒に取りにくるか?」
 「近いの?」
 「少し遠い。半月くらいかかるな」
 「・・・まぁ、いいわ。絶対必要なモノだから、行くわよ」

 テーブルを戻し、メサイアはとりあえずイスに腰かける。
 アザァもまた座りなおす。

 「なら、ますます剣がいるわね。でも、同程度の剣っていうと限られるわよ。せめてブラッシュデイムあたり」 
 「わかった。じゃあ、それを用意するよ。素材は?」

 メサイアが告げると、アザァはポーチを確認する。

 「大丈夫だ、すぐに作れる」
 「あら、そうなの? さすがね」
 「ただ、問題が一つあってな」

 アザァは困ったように笑う。

 「何よ?」
 「金がない。路銀すらな」
 「・・・うわ、最悪」
 「だから稼ぎにきたんだが、火竜の依頼は無しときてる。どうも火竜ばかりを狩るハンターがいるらしくてな」
 「ああ、あの双子の事ね」
 「知り合いか?」
 「まぁ、私の弟子・・・みたいなもの。押しかけ弟子よ」
 「へぇ・・・どうりでな」

 アザァが納得いったという顔でうなずく。

 「なによ、それ」
 「いや、メサイアの弟子なら火竜を相手どっても不思議じゃない。それと」
 「それと?」
 「昔より明るくなった。以前は誰も信用せず、かかわらず、そんな感じだったが。弟子に感謝する事だな」
 「・・・やめてよね。私は私。変わってないわよ」
 「ま、なんにしろ、生きて再会できたのはなによりだ」
 「そうね。じゃ、再会を祝して」

 二人は笑って、久しぶりの再開にグラスを鳴らした。



続く・・・





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