おとぎ話の英雄 後編






 三人が街を出て二日目。

 「少し、休みましょうか」
 「あー・・・助かるー」
 「ボク、もうクタクタだよ」

 三人は、火山に向かう途中にある第二シュレイド城で、一息つくべく城内へと踏み入れた。
 警戒厳しい中で、黒い衣装を着たギルドナイトが、アリエステルを丁重にもてなす。

 「こちらが控えの間になります」
 「ありがとう。けれど私達はすぐに火山へ向かいます。父はそこでしょう」
 「は。ですが、その前にお話があります」
 「あら、なんでしょう?」

 アリエステルとギルドナイトの間で、話が進んでいく。
 リンとミラと言えば、見慣れぬ城に興味津々で、色々と触ったり、物珍しそうに見物していた。
 一度覚悟を決めた二人に、もはや不安などは全く見受けられなかった。

 「どうかこの城にとどまって頂きたいのです」
 「それはできません。ここの『龍喰らい』に失礼でしょう」
 「残念ながら、今『龍喰らい』は二人。昨晩、第三シュレイド城からの狼煙で、三人となったようですが、この城はいまだ、空いております」

 各シュレイド城の通信は、狼煙で行われている。
 その煙の形や長さで、状況を伝達している。もちろん、黒龍が現れれば、火山から、いくつもの狼煙を経由して、城へも伝わるようになっている。
 人の足で二日かかる道も、黒龍ならば半日ほどだ。どんな乗り物でも、間に合わない。
 そして現在、整備が終わり、『龍喰らい』が待機しているのは、火山と第三のみ。
 第四へは、ゴルドーが急遽、向かう事となったが、この第二はいまだ、予定がたっていない。
 このままならば、ギルドナイトによる総力戦となる。
 以前も同じ状況はあったが、足止めが精一杯。その間に『龍喰らい』の到着を祈るのみしかない。

 「ロイエスタル様の実子である、アリエステル様ならば・・・」
 「そういう事ですか」

 アリエステルはしばし考える。
 父は高齢。ゆえに火山に向かっていたのだが、まさか『龍喰らい』が欠けて城が空いているとは。

 「・・・父は」
 「はい」
 「まだ戦える体ですか?」
 「それはアリエステル様といえど、失礼な物言いです」

 怒りの表情を浮かべるギルドナイト。
 隊長クラスは、総じてギルドナイトを尊敬している。異常とも言えるほどに。
 しかし、嘘をつくのもまた上手い。
 彼らほど手段を選ばない人種はないのだから。
 アリエステルは、しばしギルドナイトの目を見ていたが。

 「わかりました。嘘ではないようですし、我々はここに留まりましょう」
 「そう言って頂けると思っておりました・・・新しき『龍喰らい』を歓迎いたします」
 「いえ、勘違いしないでください」
 「は?」
 「私だけではなく、この二人も一緒に戦います。『龍喰らい』は独力で黒龍と戦う者のみに与えられる名誉でしょう」
 「・・・そのお二人はお仲間でしたか?」
 「そうです。お茶仲間にでも見えましたか?」
 「てっきり、従者の方かと」

 調度品などをいじって遊ぶ二人は、気づいていない。
 ギメドナイトが頭を垂れるのはギルドゆかりの者に限った事であり、アリエステルは次期『龍喰らい』を期待されている人物。

 「もう一度言いいます。彼女達は仲間です。大切な仲間。私と同等に扱いなさい」
 「お言葉ですが」
 「なら、話は終わりですわ」
 
 アリエステルは立ち上がる。

 「失礼しました。どうか、お座りいただきたい」
 「以後、気をつけてくださるならば」
 「肝にめいじておきます」
 「結構ですわ。では、早速、この城に補完されている武具を用意して下さい。三人分ですよ。間違いのないように」
 「はっ。すぐにご用意致します。槌と・・・」

 ギルドナイトがすばやく二人の装備を確認する。

 「軽銃、それに片手剣でよろしいですか?」
 「ええ。あと爆薬類もよろしく」
 「かしこまりました」

 こうして、第二シュレイド城にも、迎撃準備完了の狼煙があげられた。





 その煙を遠く見上げながら、ゴルドーもまた歩いていた。
 急遽、使者から向かう城が変更となったが、やるべき事はかわらない。
 その横には、なぜか。

 「ゴルドーさん、アレがシュレイド城ですよね」

 ようやく見えてきた第四シュレイド城を指差す元気な声。

 「・・・ティティさん、本当についてくるおつもりですか?」
 「ええ。約束は守りますから」

 二日前、街を出るとき、ゴルドーを追ってティティが走ってきた。
 ギルドナイトが追い払おうとしたものの、やはりついてくる。
 結局、ゴルドーが一切、手出しをしないという条件をつけて、随行を許した。
 その道中、ティティはゴルドーに様々な話を聞いた。
 おとぎ話は、今、現実にここで紡がれようとしてる。その興奮は今も収まっていないようだ。

 「言っておきますが、命の保障はしません。相手は黒龍。厳しいようですが、ティティさんでは絶対に敵いません」
 「う・・・わかってます。興味本位とか軽い理由じゃないですから。覚悟はします」
 「強くなるため、ですか」
 「ええ。ハンターにとって、それ以外に命をかける理由ないですから」
 「・・・約束ですよ。決して手はださない。私に何があろうともですよ」
 「はい!」

 そうして二人もまた城内へ入り、準備完了の狼煙があげられた。










 全ての城に狼煙があげられ、準備が整った。
 様々な意思、思惑が混ざる中で、『龍喰らい』達が戦いに備えていく。
 各ギルドナイトの黒き隊長達も各自連絡をとりあい、情報などを交換し、足らない物資などを補強する。
 あとは、黒龍を待つのみとなった。










 火山で待ちうける最古参の『龍喰らい』。その名は、ロイエスタル。

 「あー、その後、どうなった」
 「は、なにがでしょうか?」
 「いや、そのアレの行方よ」

 ギルドナイトは、ああ、とうなずき。

 「二日前、空いていたままの第二シュレイド城に到着されたとの事です。お仲間とともに、と報告がありました」
 「そうか! ・・・待て、城をまかせたのか?」
 「はい。今や『龍喰らい』はロイエスタル様とゴルドー様、そして今回より参加のメサイア様。一人たりませんでしたので、勝手ながら」
 「まだ娘には早い。早急に退避させるなり、こちらの補佐にまわせ」
 「いえ、アリエステル様ならば、お役目はきっと果たすに違いないと思われます。なにより、ここを抜けられなければ、全てが杞憂となりましょう」
 「私の命に従えぬと?」
 「ご理解ください。用心はいくらしすぎても、充分という事はないのです」 
 「うむむ」

 ロイエスタルとしても、それは納得できる答えだった。

 「ご安心ください。お仲間も参戦されるとの事です」
 「なんだと? 男か!?」
 「いえ。以前、ご報告したとおり、リン様、ミラ様と、お二人の女性ハンターで、アリエステル様が強くその実力を推しているとの事です」
 「・・・ふむ。あの娘が仲間と言ったか」
 「はい。あの城に控える隊長が言うには、アリエステル様と同じように扱え、とも」
 「ほう。自分と同等という事か・・・」
 「充分な戦力かと思われますが」
 「・・・まぁ、いい。ここは抜かれぬよ。なぁ」
 「その通りです」

 火山を見るロイエスタルに、ギルドナイトが深くうなずく。

 (後ろにご息女がいるなれば、ロイエスタル様は絶対にここを抜かれる事はない)

 ギルドナイトは、ロイエスタルの背で深く頭をさげた。




 
 第一シュレイド城。

 「メサイア様」
 「・・・」
 「メサイア様?」
 「・・・なによ?」
 「あまり食事がすすんでいないようですが、ご気分でも?」

 テーブルには、ほとんど手のつけられていない食事があった。
 メサイアは、ギルドナイトに向かって手を振る。

 「犬には上等すぎる食い物でね」
 「また、そのような」
 「冗談・・・悪かったね、今まで当り散らしてさ」
 「いえ」

 もう、いつ黒龍が来てもおかしくないというのに。
 先日まで抱いていた不安や恐怖が全くなかった。
 二人を追い出してから。
 メサイアが考える事は、その姉妹の事だけだった。
 
 「絶対に守る・・・あの二人を」

 先代の『龍喰らい』のように、誰かを守る為に、そして、それを誇りに微笑む事はまだできない。
 けれど。
 あの二人を守るために、歯を食いしばる事ならできると思う。
 わかれた時ずいぶんと冷たくしてしまった。
 恨まれているかもしれない。
 けれど、何よりもあの二人を失いたくない。
 それ以上の怖さなどメサイアには無かった。

 「あの二人は?」
 「はい。ここに一番近い街の宿で警護するよう命じておきました」
 「・・・私が逃げると思ってるの?」
 「・・・」
 
 警護とは聞こえがいいが、つまる所、人質という事だろう。
 メサイアは、勢いながらも、二人をここから連れ出させたのは間違いではなかったと思う。
 いざとなれば、あの二人も戦いに参加させられたかもしれないのだから。

 「まぁ、いいわ」

 メサイアは、剣を握り目を閉じた。
 まぶたの裏に浮かぶ、二人の笑顔。
 力は限りなく、体のすみずみから湧き上がってくる。

 「守る・・・絶対に・・・」
  




 第二シュレイド城。

 「ねぇ、アリス」
 「なにかしら?」

 ギルドより与えられた銃、繚乱の対弩の整備をしながらリンがアリエステルに問いかける。
 ミラはすでに、寝息を立てている。

 「アタシさ。正直、怖いのよ」
 「あらあら。貴方ともあろう者がですか」
 「そう、アタシともあろうものが」

 リンの視線は、手元の銃に注がれたまま。

 「と言っても、今だけじゃない。いつもそうだった」
 「それは初耳ですわね」
 「見損なった?」
 「ええ。まったく残念ですわ」
 「ははは、だろうね。けどさ」

 リンが顔をあげると、アリエステルはすでにリンを見ていた。
 いつも浮かべる余裕の微笑みで。

 「アタシ、アンタ達といると、なんていうか安心するんだ」
 「安心?」
 「どんな竜にも勝てる。後ろにはアンタがいて、ミラがいる。そう思うと何も怖くなくなる」
 「あらあら。一人では何もできないのですか?」

 いつもの憎まれ口。
 ここから口げんかになるのがいつもの事だった。
 けれど、この夜は違った。

 「そうだね。そうかもしれない」
 「・・・」
 「けどね」
 「リン」

 リンの言葉をさえぎって、アリエステルがリンの名を呼ぶ。
 アリエステルの顔から微笑が消えていた。

 「なに?」
 「・・・私もです」 
 「え?」
 「私は『龍喰らい』の後継者として育てられました。そして、今、ここにいます」
 「・・・うん」
 「けれど、私はまだ未熟。本来ならば、私は一人でここにいなければいけない」
 「・・・」
 「私こそ、一人では何もできない。黒龍には勝てないと。だから貴女達を巻き込んだのです。調子のいい事を言って。けれど、もし貴女が・・・」
 「待った」
 「え?」

 リンは立ち上がり、アリエステルの手をとる。

 「くだらない事を言うつもりなら、やめてよね。アタシの話はまだ終わってない」
 「・・・」
 「安心するって言ったのはね。アンタがいつも、余裕で、憎たらしいほどの余裕の顔で笑ってるから」
 「・・・」
 「持つ武器は違っても、アンタはいつだって、今だってアタシの目標。コレが本音」

 恥ずかしそうに、リンが顔をそむける。そして。

 「さて、アリス。さっきは何を言おうとしてたの?」
 「・・・まったく。意地悪ですね、貴女は」

 アリエステルは笑っていた。今までリンが見た事のない、微笑みだった。

 「なぁにー、うるさいなぁ」

 ミラが目をこすりながら、おきだす。そして、アリエステルの笑顔を見て。

 「・・・アリスが赤ちゃんみたいに笑ってる・・・夢かぁ」

 と、言って、また転がった。

 「・・・アリス、落ち着いて」
 「なんの事です? 私は何も怒ってませんよ?」

 いつもの微笑みに戻っていた。
 リンは苦笑しつつも。

 「アタシ達、なんだってできるさ」
 「・・・ええ、そうですわね」





 第三シュレイド城

 「で、ここの『龍喰らい』はまだ到着しないの?」

 ギルドナイトに問いかけるメイラ。

 「ええ。明日には到着するかとは思うのですが」
 「しっかりしてよね」
 「申し訳ありません・・・ところで」
 「なに?」

 ギルドナイトが、茶のおかわりをメイラの前におく。
 礼を言って、一口ふくむ。香といい、味といい、素晴らしい。

 「一段と綺麗になられましたね。好きな男性でもできましたか?」
 「ぶっ」

 吐き出した。

 「なにいってんのよ」
 「いえいえ。以前の『銀の疾風』は、名の通り、鋭さに満ちていましたが。今は加えて艶やかになられた」
 「そ、そう?」
 「ええ。その男性がうらやましい」
 「・・・そうねぇ、いい男よ。強くて。ちょっと女の子に甘すぎるけどね」
 「『黒き灼熱』、ですか」

 メイラの照れたよう笑いが消える。

 「・・・へぇ、目をつけてたの?」
 「彼ほどの実力者に気づかないほど、我々は無能ではありませんよ。そして余裕もない」
 「で?」
 「で、とは?」
 「ギルドに入れって誘って、断られたんじゃないの?」
 「ええ。まったくその通りです。ですが、彼も今回の件に絡んでいますよ」
 「アザァが!?」
 「とある場所で、待機しております」
 「どこで?」
 「・・・そうですね。無事、全てが終わり次第、お教えしますよ」
 「あいかわらず、汚い」
 「どうも」

 ギルドナイトが淹れなおした茶は、ただ冷めていった。






 第四シュレイド城。

 「ゴルドーさん」
 「はい?」
 「ゴルドーさんはなんで、強いって事を隠してたんですか?」

 ティティは、ゴルドーに用意された防具の点検を手伝いながら、たずねる。

 「・・・強くなどありませんよ、私は」
 「『龍喰らい』が、ですか?」
 「ハンターとしては、そこそこかもしれませんがね」

 ゴルドーはアイアンランスに目をやりながら、呟く。

 「つまらない話ですが、聞いてくれますか?」
 「お願いします」 
 「私にはかつて仲間がいました。弟子に近いかもしれませんが」
 「・・・」
 「彼もまたランサーでした。飲み込みもよく、素質もあった。私なぞよりもよっぽど」

 ゴルドーは、君のような明るい子でした、とティティに微笑む。

 「けれど、ある日。私は彼を助ける事ができなかった」
 「・・・」
 「爪は彼の防具を簡単に貫いた。その魂ごと」

 ゴルドーの目のはしに涙が浮かぶ。

 「彼は私の恋人の・・・今は妻ですが、兄でした」
 「!」
 「私は妻に謝った。謝ってすむものではないですが・・・けれど、妻はこう言った」
 「・・・」 
 「兄もハンターです。覚悟していた事ですから、と」

 狭い部屋。
 石造りの天井を見上げたゴルドーのほほから、雫が落ちる。

 「そんな男が強いですか? 弟子も守れず、悲しむ女性すら慰める事もできず」
 「・・・」
 「私はハンターを引退しようとしました。けれど妻は首を振った」
 「え? なんで・・・?」

 兄を戦いで亡くし、恋人もいつそうなるかわからない。
 女であるティティならば、納得できない答えだった。

 「ハンターである私が好きだから、兄もハンターとしての貴方に憧れたのだから、と」
 「・・・」
 「以来、私はこのアイアンランスを持つようになった。けして無理はしない依頼だけを受けてきた」

 自嘲するゴルドーにティティが怒鳴りつけた。

 「違うよ、ゴルドーさん!」
 「え?」
 「奥さんは、そう言ってるけど、きっとゴルドーさんにハンターをやめて欲しいって思ってる!」
 「・・・」
 「けど、ゴルドーさんが好きだから! そう言うしかなかった! ゴルドーさんの生き方を変えたくなかったから!」
 「・・・そうかもしれないですね」
 「もうゴルドーさんは戦うべきじゃないと思う。戦う理由も目標もない人は、この世界じゃ長生きできない」
 「そうですね。そうかもしれない」

 けれど、と付け加えて。

 「この戦いだけは別です。私はあの街を守る為に、妻と娘を守る為にここにいる」
 「・・・」

 この言葉をティティは否定できなかった。
 かわりに。

 「これで最後にしたほうがいいと思う」
 「・・・考えておきますよ」
 「うん・・・」

 



 こうして、それぞれの夜が過ぎていった。
 火山より、黒龍現るの狼煙があがったのは、翌日の夜だった。





続く・・・





ノベルトップへ戻る。



トップへ戻る。