砂場で遊ぶ大人たち 前編






 私には、好き人がいる。
 彼は年上で、とても優しく、そして頼りになる人。
 流行とかにもうとくて、俳優や歌手の名前すらあまり知らない。
 それにあまり自分の感情を表に出さない人。
 付き合い始めて一年ぐらい。
 けれど、私はまだ、彼が心からの感情を出した顔を見た事がない気がする。
 いつも小さく微笑んでいて。
 私が怒っても、笑っても、泣いていても。
 彼は、その微笑のまま、誤り、笑い、慰めてくれる。
 普通の女なら、別れていたかもしれない。
 けれど、何かを隠している、何かを秘めている。
 そんな気がして、私は彼から離れられなかった。
 それはどこか怖く、そして少なからず、私の不安をあおるもの。
 しかし、私は知ってしまった。



 彼にあんな一面がある事を。



 その日、私達はデートの約束をしていた。
 今、話題になっている映画を見る約束は、一週間前にしていたもの。
 私は大学から帰宅し、その時は、6時を少しまわった頃。
 突然、携帯から彼の着信があり。

 『ゴメン・・・今日、ダメになった』

 私は、落胆の色を隠せず、

 「そう・・・なんだ」
 『ホントにゴメン』

 けれど、携帯が鳴った時、ある程度、この内容は予想していた。
 普段から、約束を破ることがない彼。
 しかし、土曜日の夜にした約束だけは、たまに、こういった事がある。
 何の用事か、私はもう聞かない。
 かつて、一度、激しく追及した時、彼は、本当に困った声で、

 『・・・ゴメン、俺ってバカだから・・・ゴメン』

 と、後ろめたさと、自身への侮蔑をこめた声で、ずっと謝られた事があった。
 私は、その時のことをはっきりと覚えている。
 確かに悪いのは約束を守れない彼で、私がそれを非難するのは自然。
 けれど、彼にとっては大切な何かがあるから、こうして。

 「・・・ゴメン。また電話するから」
 「うん」

 そうして、電話はきれた。
 一度、女友達には、浮気してるんじゃないの?
 そう言われた。
 けれど、それはないと私は確信している。
 心を表すのがめったにない彼が、私に謝る時。
 それだけは、本当りの心を私に見せてくれていると思っているから。
 予定の空いてしまった私は、携帯のストラップを指にかけたまま、時計を眺めていた。
 と、そこへ、新しい着信。
 一瞬、彼かとも思いましたが、それは仲の良い女友達の一人。
 これから呑みに行くから、どう? そんな誘い。
 特にすることもなくなった私は、途中だったメイクを再開した。





 夜の街に出て2時間。
 二件目を出て三件目に向かう途中だった。
 彼女のポリシーか何か知らないが、同じ店で飲み続けるのは性に合わないらしい。
 その彼女はかなりいい気分で、今、私の肩にもたれかかっている。

 「あんたさァ、あの年上の彼とどーなってんの?」
 「どう・・って?」

 一瞬、質問の内容がわからず、私は質問に疑問で答る。
 
 「いやー・・・これから先ってコト。まだ私ら、若いしさ」
 「・・・別れるつもりなんてないよ」

 少し、言葉を強くして、私はハッキリと言う。

 「でも、なんか彼ってさ、ちょっとワカンナイとこ、あるじゃない?」
 「それは・・・」
 「隠してるってゆうかさ、だいたい今日の約束だって、前からしてたんでしょー」
 「う、うん」
 「浮気、ぜーったい浮気! いたたたたた!」
 「呑みすぎ!」

 私は彼女のほほをつまみ、ひねる。
  
 「まー、泣くのはいつの時代も女よねー、あはははは」
 「そういう言葉がでてくるあなたは、いつの時代の人よ」

 その後、歩きながらそれぞれの今の話から、昔の話へ。
 酒の勢いも手伝って、話は高校時代、ともに所属していたバレー部の話までさかのぼる。

 「あの頃は部活帰りにゲームセンターに行ってたねー」
 「ブリクラ、はやったからね」
 「撮ってく? あるじゃん、そこに」

 彼女が指差す先には、大きなゲームセンターが。

 「やめとこうよ。もう高校生じゃないし。それに酔ってるし」
 「別にプリクラに年齢制限はないっしょ、行こ行こ」
 「ちょ・・・」

 なかば強引に連れ込まれた店内。
 私は、かつて見たゲームセンターとの違いに驚く。

 「プーリークーラは、っと」

 きょろきょろと見渡す彼女を尻目に、私もまた店内をきょろきょろと。
 ゲーム機がたくさん並び、そのテレビの中にはとてもゲームとは思えない人の映像。
 ドラムセットや、ギター、ピアノまで置いてあり、どう遊ぶのか見当もつかない機械。
 本物の車のような大きな台のゲーム。
 とくに目を引かれたゲームが一つ。
 ほとんど写真や映画のような景色の中、モデルのようなスタイルの人達が戦うゲーム。
 正確には、その金髪の女の人。
 坊主頭のハイハイと奇声を発する男の人を相手に、キックを決める金髪の女の人。

 「んー・・・どーしたのー」
 「あれ。美人だなぁと思って」
 「ゲームじゃん。現実とゲームを混同すると、日本じゃオタクっていう病名の病気よー」

 言いつつ、彼女がふと、首をかしげる。

 「なんか、あの女の子ってさ、アンタに似てない?」
 「そう? でも、最近のゲームってすごいね」
 「私はプレステもってるよー、白いやつ」
 「トロの?」
 「あ、それそれ。弟が黒いプレステ買ってさ。くれたんよ」
 「なんで二台も買ったの?」
 「色が黒いからじゃないの? で、一緒にもらったドラクエやってんのよ今」
 「面白い?」
 「なんかねー、一時間くらいやったけど、敵が出てこないのよねー」
 「ふーん。私、テトリスしかやってことないから、よくわからないけど」
 「でもさー、アンタのテトリス見てると、すんごい速さで落ちてくるじゃん」
 「アレね、だんだんスピードが速くなるから」
 「で、人が集まると途中でやめんのよ、アンタ」
 「だって、見られるの恥ずかしいし」

 一度、UFOキャッチャーをやりたくて彼とゲーケセンターに来た時にもやってたけど。
 彼、目が点になってた。
 けれど、その表情はゲームなんかやってる女に呆れた・・・というより。
 意外そうに、けれど嬉しそうで、一言。

 『すごいね』
  
 だった。めったに聞かない心からの言葉の一つ。
 あれはなんだったんだろう。
 さっきのゲームは人が入れ替わり立ち代り、続いている。
 どうやら、反対側の機械とつながっていて、一緒にやっているらしい。
 勝ったり負けたり。
 けれど、綺麗な女の人を使う反対側の人はずっと勝っていた。
 こちら側に3台あるから、合計で6台も同じゲーム。 
 それぞれで、色んな人が色んな会話をしていた。
 一番左の台では。

 「かっかっか、所詮、女にゃ3Dはムリってこった。葵タン、萌えー」

 今の試合に勝った男の人がこちら側に来て、負かした女の子をからかっていた。
 言葉の意味がちょっとわからないけど、雰囲気は伝わる。 

 「ああ・・・私のジャッキー兄さんがぁ」
 「量産型の強キャラ使いなんてな、対策されりゃ終了なんだよ、葵タン萌へー」

 やっぱり言葉の意味はわからない。けれど、最後の一言は妙に間延びしている。

 「銀争奪だったのに・・・だいたいアンタ、もうアイテム、コンプしてるじゃないの!」
 「だから何だよ、萌え、譲れってか、萌え、ならお願いましすと言いなさい、萌えー」
 「くっ」

 肩を震わせる女の子。
 と、急に男の子の方が真剣な目になり。

 「な、なによ」
 「いいかい祥子クン。宝箱というのは、譲ってもらうものじゃない。奪いあうもの」
 「・・・けどさ、アンタが誘ったバーチャなんだから、ちょっとくらい」
 「そう確かに新規カードを渡したのは俺。技表を貸したのも俺。コーチしたのも俺」
 「・・・」
 「しかし、それは遠大な計画であり、全ては俺の葵タンをリカちゃん人形とするため」
 「つまり・・・私からアイテムをとる、ため、と」
 「うむ」

 そしてまた態度が、戻り。

 「だーかーらー・・・あげないかっこはぁとかっことじるあんど萌えー」
 「・・・かっちーん!」

 そうとう悔しかったのか、女の子は立ち上がり、男の子をつきとばし反対側へ。  

 「え、あ、祥子ちゃん! しまった! 横山、ヤバイ・・・ああー」

 反対側で、二人の友達であろう男の子の声がして。
 戻ってきた女の子は、男の子に。

 「ふふーん」
   
 手にはテレホンカードサイズの赤いカード。
 見れば、どの人もカードを台にはめて遊んでいる。

 「テンメー、ブッこ抜いたな・・・永島、ちゃんと見張ってろって言ったろ!」
 「・・・サードの対戦見てた」

 申し訳なさそうに、反対側から友達であろう男の子が出てくる。

 「コッチを向きな」

 女の子の低い声。しかし二人は気づかない。

 「テメーはいつもそれだ、サード馬鹿!」
 「いや、今さ、ケン・ダッドリー戦で、投げから烈破が実戦で決まって・・・」
 「コッチを向けって言ってんのよ!」

 それを見た男の子がさきほどまでの余裕はどこへいったのか、脂汗を額に浮かべている。 
 女の子がカードをプラプラとさせている。

 「お前、それをどうする気だ・・・!?」
 「うふふふふ」

 そのカードを縦に指ではさみ、グッと力を入れる女の子。

 「や、やめろ・・・やめてくれ・・・」

 男の目は、まるで、最愛の人を人質にとられた映画の主人公のように。

 「うふふのふー」
 
 そして女の子は、悪の大幹部のような顔で。
 同性でも可愛いらしいと思える顔だけに、余計に怖い。

 「落ち着け!」

 後ずさる男の子。むしろ、演技じゃないかと思えるほど。
 辺りを見渡せば、二人を囲んで観衆が集まっていた。
 一番、近くにいた二人組みの会話も聞こえる。

 「まったやってんな、チーム『三年越し』」
 「いっつもやってんな。特にあの二人」
 「葵使いのSYU-と、ジャッキーのSYO-だろ、けどあの二人、アレなんだろ」
 「まぁ、つきあってるってハナシだが・・・けど、本当にそーならあんなコトできるか?」
 「先週もアイツ、カード折られてただろ。確か、強者のハゲ」
 「その前は、十級アキラだったな」
 「なんで十級なんて折られてんのよ?」
 「リモンとヤクホ、テンザンだけで、あの子に20連勝してたから」
 「ああ、納得」
 「二人とも強いんだけどな、やっぱ、SYU-が上だわな」
 「銀カップは伊達じゃないか」
 「まぁ、見世物としちゃおもろいし」
 「同感」

 どうやら、いつもの事らしい。
 ちょっとした有名人なのかな。

 「さぁ、お別れの言葉があったら言いなさい」

 観衆の目はカードに注がれていた。 
 でもカード一枚で何をそんなに?

 「待て、頼むからそれだけは、そのカードだけは!」

 男の子の悲痛な叫び。
 カードがぐにゃりと曲がり、あ、折れるかなと思った時。
 彼女は指の力を抜いた。

 「しょ、祥子・・・」
 「ふふふ」 

 その顔は微笑み、冗談だったと語りかける。

 「バカね、こんなふうに折るわけないじゃない?」
 「おお・・・わかってくれたのか・・・さすが俺の宿敵(とも)・・・」

 が、すぐにさきほどの顔に戻り。

 「横山。アンタの考えてるコトなんてお見通しよ」
 「・・・え?」
 「わかってんのよ。今まで折ったカードは15枚」
 「・・・」
 「そのたびにアンタは作り直してた。でもそれは私を油断させるため」
 「な、なんのことだよ」
 「そう、それはいつか、この葵が私の手に奪われるかもしれない、そんな時のために」
 
 ビシィと女の子が、さっきの男の子を指差す。

 「永島君に見張りを頼み! しかし、それでも奪われてしまう危険性!」
 「あはははは。ごめーん」
 「笑うな永島、テメーのせいだろ!」

 女の子の言葉は続く。

 「その時のために、今まで折ったカードは削除していた。けれど」
 「け、けれど?」
 「私は知ってるのよ・・・」

 女の子はカードをタテからヨコへと持ち替えた。

 「そう、重要なのはチップの位置を熟知するコト、そしてリーダーに挿せなくするコト!」
 「くっ・・・まさかそこまで知ってたとは!」
 「つまり、すべきコトはサジタル面の切断!」
 
 緊迫した空気の中、もう一人の友人が。

 「祥子ちゃん、そんなコト、調べてる時間があるならヒット確認の練習しようよ」

 内容はよくわからなかったけれど、女の子がその子をにらみつける。
 
 「ほっといてよ! 足位置知らずの筋肉フェチ!」
 「・・・ひどいよ、祥子ちゃん」

 男の子はしゅんとうつむき、言葉を閉ざす。  
 その瞬間、男の子が動いた。
 風のような速さだったが、一瞬早く、女の子がそれをかわす。

 「・・・ちぃ!」
 「油断もスキのありゃしないわね・・・さて」

 パキッ。

 それまでの長い、長いやりとりはとは裏腹に、カードはあっけなくタテに折れた。
 慣れた手つきで、ニ、三度まげてから、ひねるように。

 「・・・」
 「・・・」

 静寂が流れ。

 「きゃーーーーーーーー!」

 男の子の声が響く。
 ガクリとヒザをつき、そこに追い討ちをかけるように、女の子が歩み寄り。

 「また、つまらぬものを折ってしまった・・・」

 苦悩するようにつぶやき、二つになったカードの破片を足元に放り投げた。
 一番、近くにしたさっきの二人組が。

 「ひでぇ・・・」
 「鬼だ」

 衆人の小さな声をかきわけ。女の子は違うゲームへと。

 「お、サード行ったー」 
 「八つ当たりで死体の山を作るかー、えらい迷惑だな、サード勢」
 
 二人の視線は男の子へうつる。

 「なぁ、横山・・・」
 「うう、球もあったのに・・・」
 「行こうぜ。他の人の笑い者・・・じゃなくてジャマになるし」
 「うう・・・葵ー」
 「俺のサブ葵やるから・・・二級だけど」
 「ううー、ううー」

 連れられて、二人はレストコーナーに向かっていった。
 ずいぶんひどい事をされたようだけど、ケンカにならないのは、

 「お互い好きなんだろうな。若いのに、あの男の子、偉い」

 おそらく、今の状況ですら、男の子は楽しんでいるのだろう。
 好きな人に感情を吐露してもらうという事、それはとても嬉しい事だから。
 ・・・形はどうあれ。

 「なんか、すんごいドラマだったんじゃないの、今の?」
 「そうだね、内容はよくわかんなかったけど」

 一方、一番、右側でやっていた人たちは、あまりしゃべらずやっている。
 年は私と同じくらいで、立ち代り入れ替わり。
 ただ、反対側の人がずっと勝っているらしく。
 お金を入れるのは、こちら側の人達だけだった。

 「金髪の女の子を使ってる人、強いじゃん」
 「そうだね、ずっと勝ってるみたい」

 さっき展開されたドラマのせいか、プリクラも忘れて、ゲームを見る私達。
 こうしてみてる間にも、金髪の女の人の方がずっと勝っている。

 「遠征組み、ボッコボコだな」
 「まー、ウチの金カップだしなー。さっきのお笑いコンビも強いけど、質が違うし」
 
 さっきの二人組が感想を述べ合っている。

 「でもアレだろ。遠征組の一方的な変更で、明日の予定が今日になったとか」
 「金カップって、たいてい土曜はこないのにな」
 「こっちのチーム連中に頼み込まれたとかで、ムリして来たらしい」
 「なんか頭文字Dの世界だな。でも金の人、いい人だしなー。俺、この前、初めて話しかけたら、色々、教えてくれた」
 「強くて、いい人って、なんか反則だ」

 感じのいい人らしい。
 しかし、ただゲームがうまいっていうだけで、尊敬されるってのは変わった世界。

 「チッ」

 また負けた人が、台をたたく。
 画面では、ハチマキの男の人が倒れ、女の人が、片足を上げている所で終わっていた。
 そしてその人の知り合いらしき人も、口々に相手を罵っている。
 逃げすぎ、とか、下がりすぎ、とか。

 「おっ、台パン、あーんど抜き」
 「噂どーりじゃん、あのチーム」
 「まぁ、そりゃ叩かれるわ。確かにアイツらにゃには負けたくない」
 「マナー悪いし。んで、勝つと死体蹴りか。そんなんで、よく遠征なんて来るよな」

 台を叩くだけでは収まらなかったのか、その人は立ち上がり、反対側へ。

 「お、やばいかも」
 「行くか。さすがにナメてんな、あいつら」

 二人も反対側に行ってしまう。

 「何、ケンカー?」
 「さぁ、私達も行く?」
 「まぁ、ここまできたら、見ないとねー」

 反対側に行った私達の前には数人の人だかり。
 台を叩いた人とその仲間が四人。
 けれど、反対側のいた、ここの地元の人たちは10人を越えていた。
 さらに、さっきの二人も加わる。

 「ありゃー、圧倒的じゃん」
 「あの人、いい人なんだって。それで味方が多いみたい」

 その、いい人は、人だかりで見えない。

 「わざわざ遠征にきてやったのに、こんな暴ればっかじゃつまんねーって言ってんだよ」

 台をガンガン蹴っていた、その人が一言非難すると。

 「暴れっつーより、アンタのバレバレなP投げがカウンター食ってるだけじゃん」
 「つーか、それで称号ってどこから来てんだよ」
 「だいたいあんたらが勝手に日程決めて、逃げんな、とか書き込みして、コレかよ」
 「ダレも来てって頼んでないからー」
 「試合は録画してっから、前みたいに嘘だらけの叩きもできんぞ」
 
 数倍になって、文句が返ってくる。 

 「どうしました?」

 さすがにこれだけの騒ぎになると、店員も気づいてかけよってくる。
 けれど、店員の体は台を叩いた人に向かっている。
 普通、こういうのは非がありそうな方をとめるもの。
 だから、大人数の方に聞くのが普通なんだけど。

 「こいつら、なに? なんか大勢でからんでくんだよ」

 自分の事を棚に上げて、相手方を非難する。
 みんなが何かを言おうとする前に、店員が。

 「そうですか・・・何が原因で?」
 「対戦でさ、こいつら俺のスタイルが気に食わないとかで文句つけてきてさ」

 よくもまぁ、口がまわるもの。
 関係ない私がこれだけ腹ただしいのだから、みんなはもっと怒っているだろう。
 しかし、店員が抑えるように差し出した手で、みんなは言葉をふさがれている。
 店員は落ち着いた顔のまま口を開く。
 
 「で、台パン一発、台蹴り三発、と」
 「・・・」

 途端に、うなる台を叩いた五人組。 
 店員の言葉が続く。

 「私にはゲームの事はよくわかりませんが」

 なぜか、ここで地元の人達からふくみ笑いがこぼれる。

 「台が破損した場合は、理由の如何にかかわらず、警察に通報するよう店長から指示が出ています」
 「なんだよ、それ・・・悪いのはあっちじゃん」
 「ですから、理由の如何にかかわらず、と申し上げました」

 さすがに警察という単語が出てきて、形勢不利と見たか、五人組は店員に背中を向ける。

 「あーあ、バーチャも知らないヤツが店員ってなどんな店だよ、バーカ」

 捨てゼリフ。
 と、そこへ、店員が。

 「お客様」
 「んだよ、文句あんの?」
 「フラは腹側避けですよ。背中じゃありません」
 「・・・!」

 その言葉は、何か痛烈だったらしく、台を男は、顔を真っ赤にして、けれど何も言わず。 

 「どけよ」

 私達を押しのけて、店から出て行った。
 残された人たちは、みな、笑いながら、店員を囲んでいた。
 店員が、さっき私達の近くにいた二人組につっつかれ。

 「さすが銅カップ。何が『ゲームの事はよくわかりませんが』だよ、ジャンキーのくせに」
 「『フラは腹側避けですよ。背中じゃありません』。この名言は語り継がれるよ」
 「うっせー、バカ」

 次に年下の子が拍手しながら。

 「しかも負け犬の遠吠えにカウンターヒットっすか。えぐいすっねー」
 「えぐかねーよ。フラ始動くらって、即背中避けってどんな称号だよ。弱者か?」
 「うう、ひどすぎる。あなたは鬼です」

 また最初の二人組が。

 「バカとは何だ、お客様に向かって。あやまりなさい。ゲームの事はわかりませんが」
 「そうだ、こちらのお客様に謝罪として新規カードを渡しなさい。フラは背中避けです」
 「俺は店員様だ、逆らうな。さぁー、全員散った散った、見せモンじゃねーぞ」

 カウンターに戻っていく店員。
 その後ろで、やんやと拍手が起こり、

 「フラは背中じゃありません。いい言葉だ」
 「ゲームの事はよくわかりませんが。名言だ」

 とさっきの店員の言葉を口々にする集団。
 やってる事は、なにかとても・・・こう言ってはなんだけど。

 「幼稚だねー」

 彼女が代弁した。

 「でも、なんかいいね。ゲームだけなのに、なんかつながりがあって」
 「まぁねー。ケンカになりそうだからって、関係ないヤツラが味方するのはスゴイかもね」

 なんというか独特の世界だった。
 結局、それ以降は特に問題も起きず、私達はお目当てのプリクラをとって、店を出た。

 



 その後、軽い食事をして、彼女と別れた後。
 私は、ぶらぶらと夜景を眺めながら歩いていた。
 場所は繁華街。
 私と同じように、頬をお酒に染めた人がたくさんいる。
 陽気に笑っていたり、道の隅で吐いていたり・・・色々な人がいる。
 
 トンッ

 「あ・・・」
 「あ、すいません、大丈夫ですか?」

 そんな風景に目をやっていたせいか、私は、居酒屋から出てきた人にぶつかった。

 「こちらこそ・・・」

 その子は、見た事のある子。
 さっきゲームセンターでカードを折られて、泣いていた子だった。

 「横山ー、なにやってんのよー」

 後ろから、カードを折ったあの可愛らしい女の子が、その横山君にもたれかかる。

 「祥子ちゃん、酔いすぎだって」

 さらに男の子。確か、永島君。

 「うっさいわねー。呑めば呑むほど強くなるー、18杯飲んだら大変よー」
 「お前の場合、飲んだら飲むだけからんでくるだろーが」
 「うるさいなぁ、二級のくせして生意気よー。下段、下段、下段!」
 「いて、バカ、やめろ!」

 なんとも元気な子達だ。

 「どうしたの? なにか騒がしいね」

 さらに連れがいたらしく、声をかけてきた男の人がいた。

 「あー、聞いてくださいよー。この酔っ払いがからんでくるんすよー」
 「カードの一枚や二枚、グチグチゆーなー、男の子だろー」
 「いや、祥子ちゃん、今日の葵で、16枚目だけどねー」

 そして私の目が点になった。

 「あ・・・」
 「あ・・・」

 彼だった。



続く





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